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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第30話 俺の人生は、俺が更新する

《ORIGIN REGISTRY》中継施設へ侵入したレンたちは、イオナの身体復元に隠されていた真実を知った。


失われた人格を本人の記憶から直すのではなく、管理へ従順な人格で埋める偽りの復元。


サヤは妹を無理に身体へ戻す道を閉ざし、イオナ自身が新たな希望を示すまで眠らせることを選ぶ。


施設中央では、レンの過去の契約が待っていた。


表示された選択肢は二つ。


《ORIGIN REGISTRY》による管理を再開するか、管理される条件を更新するか。


契約を終えるための項目は、存在しなかった。


 俺の右手が、俺の意思を無視して白い柱へ伸びた。


「レン!」


 レナが手首を掴む。


 白い柱に表示されたのは、二つの選択肢。


『管理を再開』


『契約を更新』


 終了はない。


 拒否もない。


 右手の親指が、《管理を再開》へ向かって曲がっていく。


「止まれ」


 自分の手へ命令する。


 止まらない。


 レナの右腕に力が入る。


 俺と彼女の青い《帰灯環》が重なった。


『運動機能の補助を開始しました』


 施設の声が告げる。


「補助じゃない」


『神経伝達の異常を確認』


『正常な選択動作へ修正します』


「俺が選んでない」


『過去の意思記録に基づいています』


「現在の俺は拒否した」


『拒否状態は暫定です』


 右腕へ、強い痺れが走る。


 回収実働体に身体を止められた時と同じ感覚。


 自分の腕なのに、誰かが内側から動かしている。


「切断できますか?」


 レナが通信へ尋ねる。


『施設からの神経接続は、レンの生体識別を経由しています』


 ミラの声。


『物理回線を切断しても継続する可能性があります』


「接続範囲は?」


『右半身から拡大中』


「あと何分?」


『全身運動機能へ到達するまで、推定二分四十秒』


 サヤが銃を抜く。


「柱を壊す」


「待って」


「身体を奪われるぞ」


「この柱を壊したら、契約記録も消えるかもしれない」


「消えて困るのか?」


「俺の記録だけじゃない」


 壁の向こうには、回収記録がある。


 この中継施設を通った者たち。


 身体から分離された人格。


 改変された拒絶。


 すべてを証明する記録だ。


 柱だけを正確に止める方法が必要になる。


『神代レン』


 施設の声が響く。


『あなたは、《PERSONA-LINK》を完成させるため再構築されました』


『管理を受け入れてください』


『身体機能を完全修復します』


『右半身の運動機能を、即時回復できます』


 右脚の感覚が強くなる。


 床へ足がついている。


 温度。


 圧力。


 足の指。


 一瞬だけ、すべてが分かった。


 浮遊椅子から立てるような錯覚。


『レナ・アークライトの身体も修復可能です』


 レナの左腕が、わずかに持ち上がる。


 停止しているはずの腕。


 彼女自身の命令では動かない腕が、施設からの信号で動いた。


 俺の手首を、両手で掴む。


 金色の瞳が揺れた。


『胸部属性炉を再構築』


『右脚、左腕を完全復元』


『二名の身体機能を、六分以内に正常化します』


 欲しい。


 俺は歩きたい。


 右手でレナに触れたい。


 レナにも、もう一度二本の剣を持ってほしい。


 次の祭りでは、二人で並んで歩きたい。


「レナ」


「はい」


「直りたい?」


「直りたいです」


 迷わない答え。


「俺も」


「はい」


「でも、この方法は嫌だ」


「私もです」


 動かされた左腕を、レナが自分の右手で押さえる。


 彼女の意思で、俺の手首から離した。


『不合理です』


 施設が告げる。


『二名は修復を希望しています』


「希望してる」


「だから、修復を受け入れろと言っている」


「受け入れない」


『矛盾を確認』


「欲しいものと、払いたくない代価があるだけだ」


 エリスが通信へ割り込む。


『それを取引と呼ぶのよ』


「聞こえてる?」


『最初からね』


 《ウェイフェアラー》に残っているエリス。


 六本指で、中継施設から取得した契約情報を解析している。


『レン。契約終了の項目は隠されているわけじゃない』


「存在しない?」


『現在の形式にはね』


「じゃあ、どうする?」


『《契約を更新》を使う』


「更新しても、管理は続くんだろ」


『通常の更新なら』


 立体画面に、契約構造が表示される。


『この契約は古い』


『条項を一つずつ変更する形式ではなく、署名された最新版が以前の契約全体へ優先する形式よ』


「全部を書き換えられる?」


『管理権限があれば』


「俺にはない」


『正確には、暫定状態』


 エリスが別の記録を開く。


 サーティーンの《WITNESS PROTOCOL》。


 過去の俺を監視し、必要なら回収信号を送るよう命じられていた旧型作業機。


 命令を実行せず、自分の判断で俺を守った存在。


『サーティーンは、再構築後のあなたに自律判断能力があると証明した』


『第21話――ではなく、以前確認した記録上、管理権限は現在のあなたへ移されている』


「この施設は認めてない」


『中継施設の記録が古いのよ』


 エリスの声が強くなる。


『最新の署名記録を、中央契約へ接続すればいい』


「方法は?」


『直接接続』


 白い柱を見る。


 それは、施設が俺へ求めていることでもある。


 接続すれば、契約を書き換えられるかもしれない。


 同時に、全身を奪われる可能性がある。


「一人では無理だな」


『一人でやるつもりだったの?』


「今回は違う」


 俺は通信先を開く。


「全員、聞いてほしい」


 《ウェイフェアラー》の操縦室。


 医療区画。


 機関区。


 人格記録保管庫。


 《MOURNING STAR》。


 それぞれの場所へ、声が届く。


「中継施設へ直接接続する」


『反対です』


 ミサキが即答した。


「最後まで聞いて」


『聞いても、危険性は変わりません』


「接続時間を決める」


『何秒ですか?』


「必要時間は?」


 エリスが計算する。


『契約構造の解析に〇・六秒』


 ミラが続く。


『《WITNESS PROTOCOL》の転送に〇・四秒』


 ユーノ。


『マーテル外部証明の登録に〇・三秒』


 ピコ。


『施設管理回線の切り替えに〇・五秒』


 ガイの声が響く。


『余裕を入れて三秒だ』


「長すぎる」


 俺のこれまでの最大接続時間は、〇・九一秒。


 一度に三秒は危険だ。


「同時に全部やらない」


 俺は言った。


「役割を分ける」


「俺は全員の情報を受け取らない」


「必要な相手同士だけを、一時的につなぐ」


『レン自身を経由しない接続ですか?』


 ミラが尋ねる。


「入口と出口だけ作る」


「俺の中へ入れず、通過させる」


『理論上は可能です』


「負荷は?」


『従来接続の三十八パーセントと推定』


 ミサキが計算結果を確認する。


『上限を二・四秒に設定します』


「三秒必要だ」


『二・四秒です』


「ミサキ」


『それ以上必要なら、一度切ってください』


「切ったら、施設に取り返される」


『なら、二・四秒で終わる計画を作ってください』


「簡単に言うな」


『医師ですから』


 譲る声ではない。


『二・四秒を超えた時点で、私が接続を強制遮断します』


「俺が止めると言っても?」


『はい』


 以前なら、俺は拒否したかもしれない。


 最後までやらなければ意味がない。


 自分が倒れても、結果が残ればいい。


 そう考えただろう。


「分かった」


 俺は答えた。


「二・四秒で終わらせる」


『約束してください』


「約束する」


『医療遮断権限への同意を記録しました』


 施設が、俺たちの会話を聞いている。


『第三者による能力制限を確認』


『管理再開を推奨します』


「ミサキは、俺を管理してるんじゃない」


『能力使用を停止する権限を与えています』


「今回だけ、頼んだ」


『差異を確認できません』


「そのうち分かるよ」


 俺は全員へ役割を伝える。


「レナは、施設が俺の身体を動かす瞬間を予測して」


「了解しました」


「サヤは、契約中枢を探す」


「偽装経路が七つある」


「本物だけ追える?」


「誰に聞いている」


「サヤ」


「追える」


「エリスは新しい契約文」


『すでに作っているわ』


「俺が知らない内容を入れるなよ」


『最終承認はあなたがするの。契約は読むのでしょう?』


「今回は読む」


「ユーノは、マーテルの外部証明」


『ダリウス隊長から受け取った臨時権限を使用します』


「危険は?」


『任務外使用として記録されます』


「嫌なら――」


『使用します』


 ユーノは言い切った。


『私は、百七十三人を乗客として報告すると決めました』


「ミラは《WITNESS PROTOCOL》と救難医療保留」


『準備完了』


「ガイとピコは、施設の制御回線を切り替える」


『船体固定具から逆方向へ電力を送る』


 ガイが答える。


『加減を間違えれば柱が爆発する』


「間違えないで」


『簡単に言うな!』


『出力制御はピコが担当』


「それなら安心」


『俺は?』


「配線を間違えないで」


『もっと安心しろ!』


 声が重なる。


 全員が、自分の役割へ答えた。


「百七十三人の人格記録は接続しない」


 俺は最後に言った。


『演算資源として利用可能です』


 施設が提案する。


『接続安定性が向上します』


「利用しない」


『本人確認を行えば、一部を――』


「眠ってる人もいる」


『状態信号のみを使用できます』


「使わない」


 今度は、はっきりと答えた。


「助けた相手を、勝つための部品にはしない」


 人格記録保管庫から、ボルド・エイトの声が届く。


『接続を希望した場合は?』


「ボルド?」


『私は起動中』


『外部観測回線の維持を支援できる』


「本当にやりたい?」


『肯定』


「仕事だからじゃなく?」


『私は、この船の窓を失いたくない』


「分かった」


 ボルド・エイトの接続範囲を、船外観測情報だけに限定する。


 マリアからも通信が届く。


『私は、役に立てることがありません』


「役に立たなくていい」


『ですが』


「船で待ってて」


『……分かりました』


「穀粒を守ってて」


『それは重要ですか?』


「俺には重要」


 短い沈黙。


『了解しました』


 戦う者。


 見守る者。


 眠る者。


 参加しない者。


 全員が同じことをする必要はない。


 俺がつなぐのは、今ここで接続すると決めた者だけだ。


     ◇


『全身運動機能への介入まで、残り一分』


 施設が右腕をさらに強く動かす。


 レナが俺の手首を支える。


 サヤは白い柱の反対側へ回り、銃型探査器を構えた。


「レン」


 レナが呼ぶ。


「はい」


「帰る場所を覚えていますか?」


「《ウェイフェアラー》」


「その中の?」


「俺の部屋」


「向かいは?」


「レナの部屋」


「はい」


 金色の瞳が、俺を見る。


「戻ってきてください」


「約束する」


 左手を白い柱へ置く。


 右手は、レナが支えている。


 右の親指だけが、自分の命令でわずかに動く。


 接続終了用のスイッチ。


 今回も、自分で切る。


「ミサキ」


『監視を開始しています』


「二・四秒」


『超過は認めません』


「ガイ」


『出力準備完了』


「ピコ」


『〇・〇一秒単位で調整可能』


「エリス」


『契約文、準備完了』


「ユーノ」


『外部証明、待機』


「ミラ」


『救難管制士として接続を承認します』


「サヤ」


「本物は私が見つける」


「レナ」


「あなたの動作を、私が見ます」


 息を吸う。


 四つ数える。


 吐く。


 接続範囲。


 許可された技術情報のみ。


 人格記憶への接続なし。


 百七十三人を除外。


 最大時間、二・四秒。


 終了条件、新契約の記録完了。


 医療遮断権限、水城ミサキ。


「始める」


 白い柱へ触れた。


「《SOUL REPAIR》」


 施設全体が、俺の中へ入ろうとした。


 押し寄せる情報。


 無数の身体設計。


 人格記録。


 治療命令。


 拒否の削除。


 以前なら、全部を受け止めようとした。


 壊れている場所を見つけ、俺の身体で修復しようとした。


 今回は違う。


 扉を作る。


 一つ目。


 レナの予測から、サヤの照準へ。


 施設が俺の右腕を動かす瞬間と、契約中枢が切り替わる瞬間をつなぐ。


 二つ目。


 サヤの照準から、ガイとピコの制御線へ。


 七つの偽装経路から、本物の一本だけを選ぶ。


 三つ目。


 ミラの《WITNESS PROTOCOL》から、ユーノの外部証明へ。


 古い救難記録と、現在のマーテル記録を並べる。


 四つ目。


 エリスが作った契約文から、俺の認証へ。


 最終承認だけは、誰にも渡さない。


 情報は俺の中へ滞在しない。


 扉を通り、必要な相手へ届く。


『新規接続形式を確認』


 施設の声が響く。


『《PERSONA-LINK》』


「名前は、俺が決める」


 〇・三秒。


「サヤ!」


「右上、第三経路!」


 サヤが本物の契約中枢を撃つ。


 弾丸ではない。


 追跡信号が、白い柱の一点へ打ち込まれる。


 〇・五秒。


『送電!』


 ガイの声。


『出力四十一パーセント』


 ピコが調整する。


 《ウェイフェアラー》から流れ込んだ電力が、第三経路だけを開く。


 〇・七秒。


『《WITNESS PROTOCOL》転送』


 ミラが、サーティーンの最後の判断を送る。


『監視対象、神代レン』


『再構築後、自律判断能力あり』


『管理権限を、現在人格へ移行』


 施設が拒否する。


『証人人格完整度、十一パーセント』


『証明能力不足』


「証明したのは、残った人格の量じゃない」


 俺は言った。


「ORIGINの命令を理解した上で、別の判断をした事実だ」


 一・〇秒。


 ユーノの身分章が光る。


『マーテル外部証明を登録』


『百七十三件の人格反応を、独立意思を持つ存在として確認』


『回収資産分類へ異議を提出』


 施設が、ユーノの権限を検査する。


『臨時任務』


『規定外』


『無効の可能性』


『それでも、正式な隊長署名があります』


 ユーノが答える。


『規定外であることは、存在しないことを意味しません』


 一・二秒。


 過去の映像が現れた。


 西暦二一四六年。


 病室の俺。


 痩せた身体。


 動かない手足。


 生きるために、《BIOLOGICAL REBUILD》へ署名した俺。


『私は、未来の治療へ同意します』


 過去の声。


『再構築後も、《ORIGIN REGISTRY》による管理を受け入れます』


 施設が告げる。


『原契約者の意思を確認』


『現在人格による拒否は、契約違反です』


 映像がそこで止まる。


「続きを再生して」


『契約上、不要な記録です』


「ミラ」


『完全記録を再生』


 病室の俺が、もう一度映る。


 署名を終えた後。


 カメラを見ている。


『未来の俺へ』


『もし、お前がこの契約を嫌だと思うなら』


『俺が決めたことだからといって、従わなくていい』


『身体も、人生も、その時に生きているお前のものだ』


 過去の俺は、生きたかった。


 間違ったのではない。


 管理を受け入れてでも、未来へ行きたかった。


 その願いがあったから、俺はここにいる。


「ありがとう」


 映像の中の自分へ言う。


「生きたいと思ってくれて」


「ここまで渡してくれて」


「でも、ここからは俺が決める」


 一・五秒。


『契約文を転送するわ』


 エリスの声。


 新しい契約が表示される。


『第一条』


『神代レンの身体、人格、記憶および能力に関する管理権限は、現在の神代レン本人に属する』


『第二条』


『治療、修復、能力調整、記憶処理は、実施時点における本人の確認を必要とする』


『第三条』


『同意は、いつでも撤回できる』


『第四条』


『死亡、再構築、複製または人格変化後の存在へ、過去の同意を自動継承しない』


『第五条』


『拒否、沈黙、休眠を、人格異常として修正しない』


「第五条は、俺以外にも関係する」


『あなたの契約へ書くのは、あなたが他者へ接続する際の制限よ』


 エリスが答える。


『ほかの人格を、あなたの能力で正常化しないための条項』


「分かった」


『読んだ?』


「読んだ」


『承認する?』


「一つ追加する」


『何を?』


「俺が助けを求めた相手は、俺が拒否しても接続を止められる」


 ミサキの声が聞こえる。


『それでは、本人の管理権限と矛盾します』


「自分で事前に頼んだ時だけ」


『撤回は?』


「接続する前ならできる」


『接続後は?』


「決めた上限まで」


 短い沈黙。


『医療安全条項として追加します』


「お願い」


 一・八秒。


 施設が新しい契約を拒否する。


『ORIGIN管理権限が削除されています』


『契約として成立しません』


「俺とORIGINの契約じゃない」


『では、何ですか?』


「俺が、俺の能力を使う時の規則だ」


『外部管理者が存在しません』


「必要ない」


『安全性を保証できません』


「保証できない時は、仲間に頼む」


『仲間は、管理機関ではありません』


「知ってる」


 レナの声が、接続の向こうから届く。


「私は、レンの航路士です」


 ミサキ。


『私は、担当医です』


 ガイ。


『俺は機関長だ』


 ピコ。


『整備主任兼船内労働調停官』


「後半は今いらない!」


 エリス。


『私は、契約担当』


 ユーノ。


『現地調査員です』


 サヤ。


「私は、私だ」


 ミラ。


『私は、救難管制士です』


 ボルド・エイト。


『私は、窓を見ています』


 一人として、俺の所有者ではない。


 俺も、彼らの所有者ではない。


 それぞれ違う役割で、今だけ力を貸している。


 二・〇秒。


『管理権限の競合を確認』


『現在人格』


『原契約』


『WITNESS PROTOCOL』


『外部証明』


『医療安全条項』


『優先順位を決定できません』


「優先するのは、現在の俺だ」


 右手の親指を動かす。


 白い柱へ押しつけられていた手を、自分の意思で少しだけ横へずらす。


 施設が戻そうとする。


 レナが、その動きを読んで支える。


「今です、レン」


 二・一秒。


 新しい契約の承認欄へ、親指を触れさせた。


『本人認証』


『神代レン』


『現在意思を確認』


『契約を更新しますか?』


「更新する」


『ORIGIN管理を削除した場合、身体修復は中止されます』


「分かってる」


『完全な能力解放も行われません』


「必要な分は、自分で覚える」


『拒否後の危険は、本人が負担します』


「全部一人では負担しない」


「でも、最初に引き受けるのは俺だ」


 二・二秒。


「承認」


 契約が光る。


 白い柱から、俺の右半身へ流れていた命令が逆流する。


 サヤが標的を固定。


 ピコが出力を抑える。


 ガイが制御線を切る。


 ミラが記録する。


 ユーノが外部証明を送る。


 エリスが契約の完了を確認。


 レナが、俺の戻る瞬間を見ている。


『更新完了』


『神代レンに対するORIGIN管理権限――終了』


『遠隔身体制御――不許可』


『人格接続機能――本人管理へ移行』


『過去同意の自動継承――無効』


『現在の意思記録を、優先記録として登録』


 二・二七秒。


「切る!」


 右の親指を、終了スイッチへ動かす。


 自分で押した。


 すべての接続が閉じる。


     ◇


 音が戻る。


 白い部屋。


 レナの手。


 サヤの呼吸。


 施設の低い駆動音。


 俺は浮遊椅子に座っている。


 意識はある。


 視界も暗くない。


 呼吸もできる。


「レン」


 レナが顔を覗き込む。


「聞こえますか?」


「聞こえる」


「名前は?」


「神代レン」


「現在地は?」


「《ORIGIN REGISTRY》中継施設」


「接続時間は?」


「二・二七秒」


「正解です」


 通信から、ミサキの声が入る。


『神経活動、安定』


「倒れてない?」


『倒れていません』


「全身麻痺は?」


『確認されません』


「呼吸停止は?」


『会話しているでしょう』


「念のため」


『右手を動かしてください』


 親指。


 曲がる。


 人差し指。


 少しだけ動く。


 中指。


 震える。


 以前は数ミリしか動かなかった右手。


 三本の指が、自分の命令へ答えた。


 右腕を持ち上げる。


 重い。


 肩が痛い。


 それでも、白い柱から手を離せた。


 自分の力で。


「動いた」


「はい」


 レナが俺の右手へ、自分の右手を重ねる。


「握れるかな」


「無理はしないでください」


「少しだけ」


 指を曲げる。


 完全には閉じない。


 レナの手を包むこともできない。


 それでも、三本の指が彼女の指へ触れた。


「右手で触れた」


 祭りの夜。


 アークライト家へ行けば、右手でレナに触れられると話した。


 完全修復は選ばなかった。


 それでも、自分で選んだ方法で、ここまで戻ってきた。


「はい」


 レナの指が、俺の指の間へ入る。


「触れています」


 金色の瞳が、近くにある。


 抱きしめたい。


 口づけたい。


 でも、今はサヤも見ている。


「何だ」


 サヤが言った。


「何も」


「私が邪魔なら、先に戻る」


「邪魔とは言ってない」


「顔に書いてある」


「人工眼で、そこまで分かるのか?」


「分かるようになった」


「何が?」


「お前が分かりやすい」


 否定できなかった。


     ◇


 白い柱の表示が変わる。


『契約更新を確認』


『外部救難医療監査を継続』


 百七十三人の記録が表示される。


『分類――回収資産』


 文字が点滅する。


 ミラが《ウェイフェアラー》の乗客登録を送る。


 ユーノの外部証明。


 イオナ、マリア、ボルド・エイト、セラの意思記録。


 残る百六十九名の一時保護記録。


『分類の競合を確認』


「資産分類を解除して」


 俺が言う。


『神代レンに、他者の登録を変更する権限はありません』


「分かってる」


「俺の権限では変えない」


『では、誰の権限を使用しますか?』


「本人」


『百六十九名は、現在意思を確認できません』


「だから、一時保護」


 ミラが旧式救難規則を送る。


『意思確認不能者に対する不可逆的処理を保留』


 ユーノが続ける。


『マーテル外部調査対象として、資産利用を停止』


 サヤ。


「《MOURNING STAR》船長として、イオナ・グレンの拒否記録を証言する」


 レナ。


「《ウェイフェアラー》航路士として、本人ごとの目的地が決まるまで移送を継続します」


 俺は最後に、船長署名を送る。


「全員を、一時保護乗客として登録する」


「人格本体は変更しない」


「起動、休眠、身体復元は、本人へ確認するまで保留」


 施設が長い演算へ入る。


『資産利用停止を受理』


『百七十三件を、外部救難保護対象へ変更』


『本人確認が完了するまで、回収命令を停止』


 完全な解放ではない。


 百七十三人全員の未来を、俺たちが決めたわけでもない。


 ただ、もう資源として使われない。


 時間をかけて、一人ずつ自分の希望を答えられる。


 そのための時間を勝ち取った。


『ほかに、治療要求はありますか?』


 施設が尋ねる。


「ない」


『身体機能の修復が可能です』


「今は受けない」


『レナ・アークライトの修復も――』


「本人へ聞いて」


 施設がレナを認識する。


『レナ・アークライト』


『完全修復を希望しますか?』


 彼女は俺の右手を握ったまま答えた。


「現在は希望しません」


『理由を入力してください』


「必要ありません」


『記録できません』


「希望しない、だけを記録してください」


 短い演算。


『記録しました』


 それで終わった。


 拒否を異常として修正されない。


 理由を説明できなくても、拒否として残る。


 俺たちが更新した規則が、最初にレナへ適用された。


     ◇


 中継施設から、監査記録を受け取る。


 人格分離の履歴。


 社会適応人格による補完。


 マーテルとの共有記録。


 俺の契約更新証明。


 すべてを三つに複製する。


 一つは《ウェイフェアラー》。


 一つは《MOURNING STAR》。


 最後の一つは、ユーノがダリウスへ送る。


「中継施設を破壊しますか?」


 レナが尋ねる。


「しない」


「再び《ORIGIN REGISTRY》が使用する可能性があります」


「ここを通った人の記録が残ってる」


「すべて回収するには時間が必要です」


「一度、閉じよう」


 施設へ、外部医療監査中の停止命令を送る。


『新規回収受け入れを停止』


『人格処理を停止』


『身体復元を停止』


『監査解除には、独立した三者確認を必要とします』


 白い照明が、一つずつ青色へ変わる。


 死んだわけではない。


 壊したわけでもない。


 誰かを勝手に直す機械から、本人の回答を待つ施設へ変わった。


 この中継施設だけ。


 《ORIGIN REGISTRY》全体ではない。


 それでも、最初の一つだ。


「帰ろう」


 俺が言う。


「はい」


 レナが答える。


 サヤは空になった復元槽を一度だけ振り返る。


 もう、そこに妹の幻は映らない。


「サヤ」


「何だ」


「イオナの鍵は?」


 彼女は腰の収容具へ触れる。


「ここにある」


「使わなくてよかった?」


「分からない」


 正直な答え。


「身体を与えれば、幸せだった可能性もある」


「いつか後悔するかもしれない」


「それでも」


 黒い人工眼が、青くなった施設を映す。


「妹が起きた時、私を恨める未来の方がいい」


「どうして眠らせたと怒られても?」


「その時は謝る」


「許されなかったら?」


「また謝る」


 サヤは歩き始める。


「それが、家族だろう」


     ◇


 《ウェイフェアラー》へ戻る。


 接続口を離れると、中継施設の白い輪がゆっくり停止した。


 小惑星の暗闇。


 青色へ変わった表示灯が、一つだけ残っている。


『全乗員の帰還を確認』


 ミラが告げる。


『おかえりなさい』


「ただいま」


 操縦室へ入る。


 エリスは、契約記録を六本指で何度も確認していた。


「不備は?」


「悔しいけど、今のところ見つからないわ」


「悔しいの?」


「私が作った契約だから、見つかると困る。でも、完璧だと仕事が終わってしまう」


「面倒だな」


「だから、契約担当が必要なのよ」


 ユーノはダリウスへの送信準備を終えている。


 ガイとピコは、接続固定具の焼けた回路を調べていた。


「壊れた?」


「一部な」


「直せる?」


「誰に聞いてる」


「ガイ」


「直す!」


 ミサキが医療端末を持って近づく。


「診察します」


「倒れてないけど」


「倒れなければ診察が不要だと、いつ決まりましたか?」


「決まってません」


「医療区画へ」


「今?」


「今です」


 浮遊椅子を動かそうとする。


 右手へ、もう一度力を入れた。


 三本の指が動く。


 操縦盤の小さなレバーへ触れる。


 引く。


 浮遊椅子が前へ進んだ。


「右手で動かせた」


「確認しました」


「褒めてもいいんだぞ」


「診察結果に問題がなければ」


「厳しいな」


「医師ですから」


 レナが隣を歩く。


 右脚の補助具。


 青い《帰灯環》。


 アークライト家の金色の紋章。


 右手は、俺の浮遊椅子に触れない。


 押す必要がないからだ。


「レナ」


「はい」


「戻ってきた」


「はい」


「約束、守れた?」


 彼女が俺の右手を見る。


「接続時間は二・二七秒」


「医療上限以内です」


「意識清明」


「運動機能も改善しています」


 少し間を置く。


「よくできました、レン」


「それ、やっぱり医者みたいだ」


「では」


 レナが少しだけ顔を近づける。


 ほかの乗員には聞こえない声。


「格好よかったです」


「ありがとう」


「診察後」


「うん」


「あなたの部屋へ行ってもいいですか?」


「航路相談?」


「現在は、その回答を使用しません」


 何のためか聞こうとする。


 レナは先に歩き出した。


 右脚の金属音が、少しずつ遠ざかる。


 答えを考えた瞬間、ミサキが浮遊椅子の進路を医療区画へ変更した。


「診察が先です」


「分かってる」


「顔が赤いですが、神経負荷ですか?」


「違うと思う」


「では、原因を記録します」


「しなくていい」


 エリスの笑い声が、後ろから聞こえた。


     ◇


 医療区画へ向かう途中、人格記録保管庫の前を通る。


 百七十三枚の表示板。


 青。


 緑。


 深い紺。


 そして、まだ答えを待つ灰色。


 分類表示が更新されている。


『回収資産――零』


『外部救難保護対象――百七十三名』


 窓には、ボルド・エイトが選んだ星空。


 観測台には、マリアへ見せるために置いた白い穀粒。


 イオナは眠っている。


 セラも眠っている。


 ほかの者たちも、これから一人ずつ希望を尋ねる。


 俺は過去の契約を消さなかった。


 あの時の俺が、生きるために選んだ記録だからだ。


 ただ、その下へ新しい記録を加えた。


 今を生きている俺の答え。


 未来の俺へ、選択を強制しないための規則。


 人生を最初からやり直したわけではない。


 過去を否定したわけでもない。


 続きを、自分で更新した。


『船長』


 ミラが呼ぶ。


「何?」


『次の航路を入力してください』


 中継施設の先。


 まだ知らない星。


 助けを待つ人格記録。


 マーテル。


 アークライト家。


 《HELIOS》。


 そして、《ORIGIN REGISTRY》の中枢。


 行くべき場所は、いくつもある。


「今日は進まない」


『停船しますか?』


「安全な宙域まで離れたら、十二時間休む」


『追跡の可能性があります』


「ダリウスがくれた猶予も残ってる」


『肯定』


「全員、働きすぎた」


『船長命令ですか?』


「提案」


『乗員投票を行います』


 結果は、休息六票。


 作業継続二票。


 作業継続へ入れたのは、ガイとピコだった。


『多数決により、十二時間の休息を決定』


「食事は?」


『エリスより、全員で食べることを提案されています』


「食卓、狭いだろ」


『七名が着席した場合、物理的接触は避けられません』


 レナの部屋へ行く約束。


 ミサキの診察。


 エリスの食事。


 機関区からは、ガイとピコの怒鳴り声。


 窓の向こうには星。


 帰る部屋もある。


「それでも、全員で食べよう」


『了解しました』


 勝つためだけに生きているのではない。


 勝った後、誰と食卓を囲むか。


 誰の隣へ座るか。


 何を食べたいか。


 そんなことまで、自分で決められる人生を取り戻した。


 《ウェイフェアラー》が青い中継施設を離れる。


 古い救難船は、誰かが決めた航路ではなく、俺たちが選んだ次の場所へ進み始めた。



次回、第31話「救難船の食卓は、七人には狭すぎる」。


勝利後の十二時間、乗員たちは初めて全員で食卓を囲みます。

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