第29話 妹を戻す扉は、救いとは限らない
《ORIGIN REGISTRY》中継施設から、休眠中のイオナ・グレンへ信号が届いた。
人格鍵を送れば、生物身体への復元経路が開かれる。
それは、サヤが十七年間探し続けたものだった。
しかし、現在のイオナを構成する人格断片は三十二パーセントしかない。
残りを何で埋めるのか、《ORIGIN REGISTRY》は説明していなかった。
『人格鍵を送信してください』
黒い鍵が、サヤの指の間にある。
長さは親指ほど。
表面には、イオナ・グレンの人格署名が細い光として流れていた。
『送信後、生物身体復元経路を開放します』
『推定復元時間、五時間四十二分』
サヤの親指が、送信面へ触れる。
「待って」
俺が言った。
「まだ送るな」
「時間を無駄にするな」
サヤは中継施設を見つめたまま答えた。
《ウェイフェアラー》の正面。
砕けた小惑星の内部に、白い輪が浮かんでいる。
《ORIGIN REGISTRY》中継施設。
外壁も、通信塔もない。
岩の亀裂から、白い構造体の一部だけが見えていた。
「イオナは、眠りたいと言った」
「分かっている」
「身体へ入れられることも怖がってた」
「分かっている!」
サヤの声が、操縦室へ響いた。
右手の鍵が震える。
黒い人工眼は、施設の中央から動かない。
「では、どうしろと言う」
低い声。
「十七年だ」
「私は、この経路を十七年間探した」
「妹の身体が戻る」
「声だけでも、記録だけでもない」
「触れられる身体だ」
サヤの左手が、古い傷の残る自分の頬へ触れる。
「もう一度、抱きしめられる」
「それを、画面に表示された一行だけで捨てろと言うのか」
「捨てろとは言ってない」
「同じだ」
「違う」
俺は中継施設から送られてきた情報を開く。
「身体を作る方法が書かれてない」
「イオナの人格記録は三十二パーセント」
「残りの六十八パーセントをどうする?」
「復元するのだろう」
「何から?」
「記憶の痕跡。身体記録。家族情報」
「それでも足りなかったら?」
サヤが答えない。
「送る前に、施設の中で確認しよう」
「人格鍵を使わず、どうやって入る」
「別の入口がある」
施設の外周図を表示する。
白い輪の背面。
回転する構造体の間に、小さな接続口がある。
百年以上前の救難船規格。
現在の船では、ほとんど使われていない。
「《ウェイフェアラー》の救難接続口と一致してる」
「幅が足りない」
航路席のレナが言った。
「接続可能時間は、輪が重なる一・四秒間のみです」
「失敗したら?」
「右推進器が施設外壁へ接触します」
「被害は?」
「《ウェイフェアラー》右舷区画が失われます」
「やめろ」
サヤが即答した。
「鍵を送れば、安全に正面から入れる」
「イオナの記録ごと送ることになる」
「鍵だけだ」
「説明には、人格署名と現在状態を同時送信するって書いてある」
鍵は、ただの暗号ではない。
イオナ本人であることを証明するため、人格記録の一部を送る。
一度送れば、《ORIGIN REGISTRY》は彼女の現在位置を知る。
転送経路を通じ、保管庫へ干渉する可能性もある。
「救難接続口から入る」
俺は言った。
「危険すぎる」
「だから、全員の力を借りる」
「《SOUL REPAIR》を使うのですか?」
レナが尋ねる。
「使う」
「対象は?」
「レナの航路予測」
「サヤの追跡感覚」
「ミラの救難接続記録」
「船体全体へは接続しない」
「時間は?」
「一・二秒」
「接続終了条件は?」
「固定具の第一爪が閉じた時」
以前より、必要な範囲を細かく決められる。
サヤが黒い鍵を握る。
「妹を戻すための経路を使わず、船を壊すかもしれない方法を選ぶのか」
「選ぶのはサヤだ」
「私に船長判断を押しつけるな」
「船を接続させるのは、俺が決める」
サヤを見る。
「でも、鍵を使うかどうかは俺には決められない」
「使えば、イオナを起こせるかもしれない」
「うん」
「使わなければ、この機会を失うかもしれない」
「うん」
「お前は、それでも使うなと言うのか」
「俺は、使ってほしくない」
正しい答えではない。
ただの俺の希望だ。
「イオナが、今は眠りたいと言ったから」
サヤの手の中で、黒い鍵の光が動く。
送信面へ置かれていた親指が、ゆっくり離れた。
「救難接続口へ向かえ」
サヤが言った。
「いいの?」
「二度言わせるな」
鍵を腰の収容具へ戻す。
「ただし、船を壊したら撃つ」
「船長を?」
「接続が終わってからだ」
「終わる前は困るから?」
「操船に必要だ」
「信頼されてるのか、されてないのか分からないな」
「両方だ」
レナが推進器の出力を上げる。
《ウェイフェアラー》が、白い輪の背面へ回り込んだ。
◇
『救難接続口まで、三百二十メートル』
ミラが告げる。
『外周輪、回転速度を上昇』
「こちらに気づいた?」
『不明』
「接続可能時間は?」
「一・二七秒まで短縮されました」
レナの指が航路図を動かす。
「レンの接続上限と、ほぼ同一です」
「なら、ちょうどいい」
「余裕がありません」
「長くつなぐ余裕もないから、使いすぎない」
「前向きな解釈ですね」
「駄目?」
「いいえ」
レナは右手を差し出す。
青い《帰灯環》が光っている。
「航路予測の共有を許可します」
俺は彼女の指先へ触れた。
サヤは《MOURNING STAR》から遠隔接続する。
『追跡演算だけだ』
「分かってる」
『妹の記憶へ触れたら切る』
「接続対象に入ってない」
『念のためだ』
ミラが、百十三年前の救難接続記録を開く。
『私からは、固定具の位置情報および旧式接続手順を提供します』
「ミラ自身の記憶は?」
『提供しません』
「了解」
全員が、自分で渡す範囲を決める。
俺は接続端子を左手で握る。
右手の親指を、終了用の物理スイッチへ置いた。
少しずつ動くようになった指。
強く押す必要はない。
自分で終わると決めた時、触れられればいい。
『接続可能位置まで、十秒』
白い構造体が近づく。
巨大な外周輪。
船体を切り裂くほどの速度で回っている。
その隙間に、小さな接続口が見えた。
『五秒』
レナの予測。
サヤの照準。
ミラの記録。
三つは、まだ別々にある。
『三秒』
「接続する」
俺は息を吐いた。
「《SOUL REPAIR》」
音が重なった。
レナが聞いている推進器の振動。
サヤが数えている外周輪の回転。
ミラが記録していた、百十三年前の接続音。
三つの異なる拍子が、一つの瞬間へ近づいていく。
俺は新しい情報を作らない。
誰かの技術を奪わない。
ただ、重なる一点を選ぶ。
「左推進器、二パーセント低下」
レナが操作する。
「船首、右へ〇・四度」
サヤが外周輪の隙間を捉える。
『固定爪、展開』
ミラが旧式装置を起動する。
〇・四秒。
白い輪が船体の上を通過。
〇・六秒。
《ウェイフェアラー》の右舷が、構造体へ近づく。
警告音。
〇・八秒。
「今!」
船体下部の固定具が、接続口へ入る。
第一爪が閉じる。
右手の親指を動かした。
物理スイッチへ触れる。
接続を切る。
〇・九一秒。
共有されていた感覚が消えた。
俺は船長席にいる。
意識はある。
呼吸も乱れていない。
左手の指先に痺れ。
右の親指には、スイッチを押した感覚が残っている。
『接続完了』
ミラが告げる。
『船体損傷なし』
「成功?」
「はい」
レナが振り返る。
「接続時間、〇・九一秒」
「上限以内だ」
「終了条件も守りました」
「褒めてる?」
「事実を述べています」
「少しくらい褒めてもいいだろ」
「よくできました」
「医者みたいだな」
「では訂正します」
レナの表情が、わずかに柔らかくなる。
「格好よかったです、レン」
今度は別の意味で、呼吸が止まりそうになった。
『いちゃつくのは侵入後にしろ』
サヤの声が入る。
「聞こえてたのか」
『接続回線が残っている』
「早く切ってくれ」
『その程度で動揺するな』
「サヤに言われたくない」
『私がいつ動揺した』
「鍵を持ってた時」
通信が切れた。
本当に切られた。
◇
中継施設の内部には、空気があった。
温度も、人間が活動できる範囲に保たれている。
廊下は白い。
汚れも、継ぎ目もない。
以前、《ウェイフェアラー》へ侵入した回収実働体と同じ色。
俺は浮遊椅子。
レナは右脚の補助具を使い、隣を歩く。
サヤが先頭。
今回は銃を抜いていない。
代わりに、腰の人格鍵へ何度も触れている。
『旧式救難接続を確認』
施設の声が響く。
『登録船、《ウェイフェアラー》』
『救難対象を提示してください』
「イオナ・グレン」
サヤが答えた。
『人格鍵を提示してください』
「提示しない」
『本人確認不能』
「復元手順の情報開示を要求する」
『権限不足』
「本人の保護者だ」
『保護者登録なし』
「姉だ」
『生物学的関係は、管理権限を付与しません』
サヤの表情が歪む。
施設の回答は、内容だけなら間違っていない。
姉だからといって、妹の人格を自由にできるわけではない。
だが、その正しさを利用し、本人の記録を管理しているのは《ORIGIN REGISTRY》だ。
「救難船権限で、治療計画の開示を求める」
俺が言った。
『救難対象本人の認証が必要です』
「現在、本人は休眠を希望してる」
『休眠希望記録は、完全人格によるものではありません』
「三十二パーセントなら、無効?」
『人格完整度七十パーセント未満の意思表示は、参考情報として扱われます』
「残りを埋めた後なら有効になる?」
『肯定』
「何で埋める?」
施設の声が止まる。
『復元室へ案内します』
廊下の先に、扉が開いた。
サヤが進む。
「罠の可能性があります」
レナが言う。
「分かってる」
サヤは止まらない。
「それでも見る」
復元室には、大きな透明槽があった。
中身は空。
液体も、身体もない。
だが、サヤが近づくと、槽の内部へ立体映像が表示された。
白い髪の少女。
閉じた目。
細い身体。
サヤより少し幼く見える。
「イオナ」
サヤが名前を呼ぶ。
『生物身体設計を確認』
『人格記録を受信後、復元を開始できます』
「復元後の人格完整度は?」
『九十六・八パーセント』
「三十二パーセントしか残っていないはずだ」
『不足領域を補完します』
「補完元を表示しろ」
『管理権限が必要です』
サヤが人格鍵を取り出した。
「使うの?」
俺は聞く。
「情報を見るだけだ」
「鍵を挿したら、人格記録へ接続される」
「分かっている」
黒い鍵を握る指へ力が入る。
復元槽の中では、イオナの姿が眠っている。
映像だ。
本物の身体ではない。
それでも、十七年間探した妹が目の前にいる。
『人格鍵を提示してください』
施設が繰り返す。
『イオナ・グレンを復元できます』
『失われた家族を取り戻せます』
「家族」
サヤが低く呟く。
「お前が、その言葉を使うな」
鍵を端末へ近づける。
接続直前。
俺は止めなかった。
ここで手を掴めば、サヤから選ぶことを奪う。
彼女はしばらく、そのまま動かなかった。
「限定認証を要求する」
サヤが言った。
「人格記録の転送は許可しない」
『限定認証は利用できません』
「嘘だ」
腰から銃を抜く。
端末へ向けるのではない。
人格鍵の側面にある、小さな物理端子を銃身で押した。
黒い鍵が二つに展開する。
送信用の中央部。
閲覧認証だけを行う外周部。
「賞金稼ぎは、鍵を渡す側より、盗む側で使うことが多い」
外周部だけを端末へ差し込む。
『限定認証を確認』
『警告。復元処理は開始されません』
「構わない」
復元計画が表示された。
最初の三十二パーセント。
『原人格記録』
次の十一パーセント。
『身体記憶および家族提供記録から推定』
残り五十三・八パーセント。
『社会適応人格モデル』
『従順性補正』
『管理者信頼補正』
『回収拒否反応の削除』
『管理命令への抵抗値低減』
サヤの顔から、表情が消えた。
「これが、復元か」
『人格完整度、九十六・八パーセント』
「違う」
『数値上は――』
「数が足りない部分へ、お前たちに都合のいい別人を入れただけだ」
さらに古い処理記録が開く。
十七年前。
イオナが回収された日。
人格と身体が分離された。
三十二パーセントの人格は、中継施設へ保存。
残された身体には、一時的な社会適応人格が書き込まれた。
サヤのもとへ戻されたのは、その身体だった。
「だから」
サヤの声が震える。
「戻ってきたイオナは、私を見ても何も言わなかった」
『社会適応人格の定着に失敗』
『身体機能は、三百十二日後に停止』
「妹が死んだのではなかった」
サヤは復元槽の映像を見る。
「妹の身体へ、別の何かを入れて返した」
「イオナ本人は、ここへ閉じ込めたまま」
十七年間の疑問。
なぜ、妹の身体だけが戻ったのか。
なぜ、サヤを覚えていなかったのか。
なぜ、何も望まず、何も怖がらず、静かに停止したのか。
答えは、目の前にあった。
『再復元では、定着率を改善します』
施設が告げる。
『家族関係も再現可能です』
復元槽のイオナが目を開く。
映像が、サヤを見る。
『お姉ちゃん』
サヤの指が動いた。
銃を握る手が震える。
目の前の映像は、イオナの記録から作られたものではない。
家族情報から、サヤが呼ばれたい言葉を選んだだけ。
それでも、十七年ぶりの声だった。
『お姉ちゃん』
もう一度。
『迎えに来てくれたんだね』
サヤが一歩近づく。
透明槽へ左手をつく。
「そうだ」
掠れた声。
「迎えに来た」
『人格鍵を送信してください』
『今度こそ、家族を取り戻せます』
黒い鍵の中央部。
送信面へ、サヤの親指が触れる。
俺は呼びかけなかった。
レナも動かない。
サヤが、自分で映像を見る。
妹の顔。
妹に似た声。
自分が欲しかった言葉。
やがて、彼女は腰の記録端末を取り出した。
再生する。
以前、《MOURNING STAR》で聞いたイオナ本人の声。
『新しい身体には、入れないで』
『今は、眠らせて』
短い記録。
立体映像のイオナが、同時に話す。
『お姉ちゃん、身体を返して』
二つの声。
一つは、本人が残した拒絶。
もう一つは、施設が作った願望。
サヤは目を閉じた。
長く息を吐く。
人格鍵の中央部から、親指を離した。
「復元しない」
『再確認』
『復元を拒否した場合、生物身体を得る機会が失われる可能性があります』
「復元しない」
『イオナ・グレン本人の拒否は、参考情報です』
「なら」
サヤは鍵の外周認証から、イオナの休眠希望記録を呼び出す。
「拒否記録を、この施設へ登録する」
『人格完整度不足により受理できません』
「ミラ」
俺は呼ぶ。
『応答しています』
「旧式救難船に、治療拒否の保護手続きはある?」
『検索中』
《ORIGIN REGISTRY》は、元は医療計画だった。
身体と人格を救うために作られた。
管理組織になるより前。
患者が望まない処置を止めるための規則が、残っている可能性がある。
『該当手続きを確認』
ミラが答える。
『外部救難医療保留』
『本人の意思確認が不完全な場合、不可逆的治療を停止できます』
「必要なものは?」
『本人による拒否記録』
『独立した救難機関による証明』
『外部証人一名』
「拒否記録はある」
『確認』
「救難機関は《ウェイフェアラー》」
『登録可能』
「外部証人は?」
レナが一歩前へ出る。
「私が登録します」
「《ウェイフェアラー》の乗員だと、外部にならない」
「では、サヤです」
俺は彼女を見る。
「《MOURNING STAR》は同行船だけど、独立してる」
サヤは黒い鍵を握った。
「私が証人になれば」
「イオナの復元を止められる」
「いつまで?」
『本人による新しい意思確認が行われるまで』
「永遠かもしれない」
「うん」
「別の中継施設で、復元できなくなる可能性もある」
「うん」
「それでも、イオナが後で望めば?」
『新しい意思記録により、保留を解除できます』
未来のイオナから、選択肢を奪うわけではない。
現在のイオナが拒絶した処置だけを止める。
「証人登録を行う」
サヤが言った。
『氏名』
「サヤ・グレン」
『救難対象との関係』
「姉」
『関係性は、代理決定権を付与しません』
「分かっている」
サヤの声は、もう震えていなかった。
「私は、妹の代わりに決めない」
「妹が残した言葉を、改変せずに届ける」
『証言内容を記録』
俺は《ウェイフェアラー》の救難署名を送る。
サヤが証人署名を送る。
最後に、イオナ本人の声が流れる。
『新しい身体には、入れないで』
『今は、眠らせて』
復元槽の映像が止まる。
『外部救難医療保留を受理』
『生物身体復元経路を停止』
『停止期間――本人による再確認まで』
白い髪の少女が消える。
空の透明槽だけが残った。
サヤは、その前から動かなかった。
「終わった?」
俺が尋ねる。
「いや」
彼女は黒い鍵を端末から抜く。
「やっと、始められる」
「何を?」
「妹を戻すことではない」
人格鍵を腰へ戻す。
「妹が望む場所を探す」
十七年間、サヤはイオナを過去へ戻そうとしていた。
身体を。
声を。
家族だった頃の時間を。
今、初めて、妹自身が進みたい未来を探すと言った。
◇
復元経路を停止すると、施設の別の扉が開いた。
『外部救難医療保留を受理した機関へ、監査権限を付与』
「こんな規則が残ってたんだな」
『旧式です』
ミラが答える。
「古いものが、全部悪いわけじゃない」
『同意します』
扉の先は、細い通路だった。
壁面には無数の記録が流れている。
回収された身体。
分離された人格。
修復された記憶。
社会適応という名前で削られた拒絶。
すべて《ORIGIN REGISTRY》が、治療として行ってきた処理。
俺たちは中央制御区画へ進む。
レナが隣。
サヤが後ろ。
「レン」
サヤが呼ぶ。
「何?」
「さっき、私を止めなかったな」
「鍵を送ろうとした時?」
「そうだ」
「止めてほしかった?」
「分からない」
「俺も、止めるべきだったか分からなかった」
「妹が危険だった」
「でも、サヤが決めることでもあった」
「私が間違えたら?」
「その時は、イオナの記録を切断する準備をしてた」
サヤが黒い人工眼を細める。
「止めないと言いながら、止める準備はしていたのか」
「船長だから」
「便利な言葉だな」
「最近、俺もそう思う」
少しだけ、サヤが笑った。
「信用度を更新する」
「何パーセント?」
「七十一」
「急に上がった」
「妹の声を、私へ聞かせるために利用しなかった」
「そんなことしない」
「以前の私なら、した」
復讐のため。
情報を得るため。
他人の能力を使い、傷を利用する。
彼女は、自分がそうしてきたことを認めた。
「今は?」
「しないようにする」
「断言じゃないんだ」
「お前と同じだ」
否定できなかった。
◇
中央制御区画へ到着する。
円形の部屋。
中央には、一本の白い柱が立っている。
俺が入った瞬間、柱の表面へ文字がともった。
『生体識別完了』
『《BIOLOGICAL REBUILD》参加者』
『神代レン』
右半身が、わずかに痺れる。
回収実働体に止められた時と同じ感覚。
「身体反応を確認」
レナが、すぐに俺の右肩へ手を置く。
「接続してない」
「施設側からの信号です」
『遮断しますか?』
ミラが尋ねる。
「まだ」
白い柱の表示が変わる。
『管理契約――本人により撤回』
『撤回状態――暫定』
『最終確認が必要です』
その下に、二つの選択肢。
『管理を再開』
『契約を更新』
「契約を終了、は?」
俺が尋ねる。
『選択肢に存在しません』
「なら、作る」
『管理権限が必要です』
「俺の契約だ」
『契約対象に、管理権限はありません』
白い柱の奥から、巨大な演算反応が立ち上がる。
中継施設全体が、俺の存在へ気づき始める。
『神代レン』
『あなたは、人格接続機能を完成させるために再構築されました』
『管理を再開してください』
俺の右手が勝手に持ち上がりかける。
親指が、白い柱へ向く。
左手で手首を掴み、止めた。
今度は、身体を奪わせない。
「レナ」
「はい」
「サヤ」
「いる」
「ミラ」
『応答しています』
一人で接続すれば、また止められる。
だが、俺がつなげるのは、自分と施設だけではない。
仲間の判断。
技術。
拒絶。
帰りたい場所。
それぞれ違うものを、一つの命令へ潰さずにつなぐ。
「次は」
俺は白い柱を見る。
「俺たちの条件で接続する」
次回、第30話「俺の人生は、俺が更新する」。
レンは仲間たちの力をつなぎ、過去の契約へ現在の答えを刻みます。




