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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第28話 兵士の忠誠は、命令だけでは測れない

百七十三の人格記録を乗客として迎え、《ウェイフェアラー》は《ORIGIN REGISTRY》中継施設へ向けて出航した。


マーテル兵であるユーノは、正式乗員にならず、一時同乗者として船に残っている。


航海三日目。


彼女は拳銃と身分章をレンの机へ置き、上官ダリウス・ヴェインとの直接通信を求めた。


通信を始めれば、十一分後には現在宙域を特定される。

「ダリウス隊長と話をさせてください」


 ユーノは、俺の机へ二つのものを置いた。


 マーテル制式拳銃。


 《ORDER ENFORCEMENT》の身分章。


 拳銃からは弾倉が外されている。


 身分章の中央には、彼女の名前と階級が表示されていた。


『ユーノ・カストル』


『第七回収部隊所属』


『状態――任務継続中』


「通信をつないだら、位置を知られるんだよな?」


「正規回線を使用すれば、十一分で現在宙域まで特定されます」


「正規回線以外なら?」


「本人確認を通過できません」


「話すだけじゃ駄目なの?」


「記録を渡す必要があります」


 ユーノは拳銃を見た。


「《ORIGIN REGISTRY》の回収実働体」


「百七十三の人格記録」


「過去のレンさんが署名した契約」


「現在のレンさんによる撤回記録」


「これらを、ダリウス隊長へ直接送ります」


「マーテル全体じゃなく?」


「組織の記録網へ入れれば、《ORIGIN REGISTRY》にも届く可能性があります」


「ダリウスなら信用できる?」


「分かりません」


 ユーノは迷わず答えた。


「以前は、できました」


「今は?」


「確かめたいのです」


 《ウェイフェアラー》の船長室。


 寝台と机だけで、半分以上が埋まる狭い部屋。


 扉の向こうにはレナの部屋がある。


 医療区画からは、ミサキが機器を動かす音が聞こえる。


 この船で、ユーノに割り当てられた個室はない。


 一時同乗者用の寝台を使っている。


「もし、ダリウスが追跡命令を出したら?」


「通信を切ってください」


「ユーノは?」


「拘束してください」


「自分から連絡するのに?」


「私は現在もマーテル兵です」


「だから、命令されたら従うかもしれない?」


「分かりません」


 二度目の、正直な答え。


「レンさんたちを捕らえることが、マーテルの秩序を守ると判断した場合、私は武器を取る可能性があります」


「今、そう思ってる?」


「いいえ」


「なら、拳銃は返す」


 俺は机の上の拳銃を取った。


 弾倉も一緒に、ユーノへ差し出す。


 彼女は受け取らない。


「通信前です」


「だから?」


「敵へ変わる可能性がある相手へ、武器を返すのですか?」


「敵になると決めたら、武器がなくても何かするだろ」


「それは――」


「それに、今は俺を撃つつもりがない」


「断言できるのですか?」


「できない」


「では、なぜ?」


「話す前から敵として扱ったら、ユーノが何を選ぶのか確かめられない」


 ユーノの手を取り、拳銃を握らせる。


 以前なら、こんな動作も誰かにしてもらう必要があった。


 左手だけではあるが、今は自分で渡せる。


「俺も、ユーノを信用できるか確かめたい」


「賭けです」


「船長になってから、そういうことが増えた」


「良くない傾向です」


「俺もそう思う」


 ユーノは拳銃を見下ろした。


 弾倉を戻す。


 安全装置を確認し、腰の収容具へ納めた。


「通信は許可する」


「ありがとうございます」


「ただし、十一分待たない」


「どのように接続しますか?」


「ミラに方法を探してもらってる」


『準備が完了しました』


 船内端末からミラの声が響いた。


『前方に、旧式救難中継標識があります』


「使える?」


『一度だけ』


「一度?」


『信号を送信した後、マーテル側からの逆探知処理により制御回路が焼損します』


「誰が設置したもの?」


『百二十九年前の救難航路管理局です』


「使っていいの?」


『通信機能は、遭難者による利用を想定しています』


「俺たちは遭難してない」


『ユーノは、所属組織との関係において遭難状態であると判断できます』


「そんな判定でいいのか?」


『旧式の規則です』


 最近、その言葉をよく聞く。


「接続時間は?」


『六分四十秒』


「短いな」


『現在位置を特定される前に中継標識を切り離します』


「それでいこう」


 ユーノが首を振る。


「記録をすべて送るには、九分必要です」


「先に圧縮しておく」


「マーテルの検証署名が失われます」


「署名が必要な部分だけ先に送る。残りは、ダリウスが受け取ると決めてから」


「交渉するつもりですか?」


「情報を全部渡して、追跡されるよりいい」


 俺は通信手順を表示する。


「最初の二分で本人確認」


「次の二分で、回収実働体の記録と百七十三人の名簿を送る」


「残り二分四十秒で話す」


「契約記録は?」


「ダリウスが何を選ぶか見てから」


 ユーノは俺を見る。


「私が持ち込んだ情報です」


「でも、この船と乗客に関係する」


「船長権限を使うのですか?」


「嫌なら通信を許可しない」


 言葉にしてから、少し強すぎたと思った。


 けれど、訂正はしなかった。


 位置を知られれば、危険にさらされるのはユーノだけではない。


 俺が判断しなければならない。


「責任は俺が持つ」


「分かりました」


 ユーノは小さく息を吐く。


「その手順に従います」


     ◇


 旧式救難中継標識は、廃棄航路の端に浮かんでいた。


 赤と白の塗装は剥がれている。


 表示灯も一つしか残っていない。


 それでも、《ウェイフェアラー》から接続信号を送ると、折れ曲がっていた通信板がゆっくり動いた。


『正規認証回線を確立』


 ミラが告げる。


『位置特定まで、推定十六分』


「十一分じゃないの?」


「中継標識の規格が古いためです」


 ユーノが答える。


「マーテルの現行システムが、処理に時間を使っています」


『旧式の利点です』


 中継標識から、細い光が宇宙へ伸びる。


 操縦室の中央へ、マーテルの紋章が表示された。


『所属と識別情報を送信してください』


 機械音声。


 ユーノが身分章を端末へ置く。


「第七回収部隊、ユーノ・カストル」


『状態――任務継続中』


『現在地を報告してください』


「報告を拒否します」


『上官命令により、報告を要求します』


「上官との直接通信を求めます」


『理由を入力してください』


「《ORIGIN REGISTRY》による人格記録の違法回収」


 機械音声が止まる。


 代わりに、警告表示が出た。


『当該情報は、特別管理対象です』


『通信を維持してください』


「来た」


 俺は転送を開始する。


 回収実働体の映像。


 白い無貌の身体。


 レナ、ガイ、ピコの機能を停止させ、俺の右半身を動かなくした瞬間。


 内部から確認された、百七十三の人格反応。


 その中の四人が選んだ現在状態。


 マリア・セルヴァ。


 ボルド・エイト。


 セラ・ノーン。


 イオナ・グレン。


『送信完了まで、一分三十秒』


 操縦室の警告灯が点滅する。


『通信先が、当船の位置検索を開始しました』


「予定より早い」


『中継標識の暗号鍵が、一部更新されています』


「切る?」


 レナが尋ねる。


「まだ」


「特定まで?」


『八分二十秒』


「それなら予定内」


 ユーノは動かない。


 拳銃へ手も触れていない。


 ただ、表示されるマーテルの紋章を見つめている。


『上官回線を確立』


 紋章が消える。


 代わりに、鋼鉄の巨人が映った。


 重装甲強化外骨格《TITAN FRAME》。


 人間の身体を覆うほど巨大な装甲。


 重力制御器。


 土色の装甲板。


 その中央に、ダリウス・ヴェインの顔が表示される。


『ユーノ』


「ダリウス隊長」


『生きていたか』


「はい」


『負傷は?』


「治療を受けました」


『誰から』


「《HELIX CLINIC》の水城ミサキ医師です」


『そうか』


 ダリウスの顔は、ほとんど変わらない。


 それでも、その一言に安堵が混じったように聞こえた。


『現在地を報告しろ』


「拒否します」


『命令だ』


「従えません」


『理由は?』


「私の報告を、最初から聞いてください」


『すでに受信している』


 ダリウスの視線が動く。


 こちらから送った記録を確認している。


『この白い実働体は、《ORIGIN REGISTRY》の正規回収装置だ』


「ご存じだったのですか?」


『存在は知っていた』


「人格を百七十三人保存していることも?」


『知らん』


 短い答え。


 言い訳はしなかった。


『マーテルの登録上、回収対象は再利用可能な神経演算資源だ』


「人です」


『記録上は違う』


「本人たちは、名前と希望を答えました」


『見た』


「それでも、資源ですか?」


 ダリウスはすぐには答えなかった。


 映像の背後で、何者かが報告している。


 通信を維持しろ。


 追跡班を接続する。


 そんな声が、わずかに聞こえる。


『神代レンはいるか』


「ここにいます」


 俺は船長席から答える。


『百七十三の記録を、貴様が管理しているのか』


「保護してる」


『言葉を変えただけではないのか?』


「本人が望めば、この船から降りられる」


『身体のない記録が、どのように降りる』


「安全な保管先を選ぶ」


『選択肢を用意する者が、選択を支配する』


 痛いところを突かれた。


「だから、選択肢を増やす」


『貴様の判断で?』


「俺たちだけで決めない。本人と、必要なら外部の人にも聞く」


『理想論だ』


「マーテルなら、どうする?」


『全記録を隔離し、危険性を検査する』


「その後は?」


『安全なものから利用方法を――』


 ダリウスの言葉が止まった。


「利用?」


『……社会へ戻す方法を検討する』


「今、言い換えたな」


『そうだ』


 彼は否定しなかった。


『マーテルの規定に従えば、人格記録は利用可能性によって分類される』


「戦える人格」


「働ける人格」


「価値がある人格」


「そういう分類?」


『そうだ』


「それが、ダリウスの守りたい秩序?」


 ユーノが尋ねた。


 彼女の声は静かだった。


「《HELIX CLINIC》を包囲した時、隊長は、限られた資源ですべての者を守ることはできないと言いました」


『今も考えは変わらん』


「では、百七十三人のうち、誰を守りますか?」


『検査せずには決められない』


「身体を望まない者は?」


『優先度が下がる』


「眠りたい者は?」


『保管費用が必要だ』


「働けない者は?」


『ユーノ』


 低い声。


『俺に、言葉だけでこれまでの判断を捨てろと言うのか』


「いいえ」


 ユーノは首を振った。


「今、届いた記録を見てください」


「その上で、隊長自身が判断してください」


『俺の判断が、貴様の望むものと違えば?』


「その時は」


 ユーノの右手が、腰の拳銃へ触れる。


 抜かない。


 武器がそこにあることを確かめるだけ。


「私は、自分の判断で隊長に従いません」


 操縦室が静かになる。


 ダリウスの背後から、別の声が入った。


『第七回収部隊長』


『通信対象の位置特定を優先してください』


『《ORIGIN REGISTRY》共同管理局より、即時回収要請が――』


「共同管理局?」


 俺が聞く。


 ダリウスの表情が険しくなる。


『こちらの通信へ介入するな』


 背後の声へ命じる。


『しかし、中央命令です』


『切れ』


『隊長権限では――』


『俺の回線だ』


 雑音。


 映像が一度乱れる。


 背後の声が消えた。


『位置特定まで、四分十秒』


 ミラが告げる。


 ダリウスにも聞こえているはずだ。


『神代レン』


「何?」


『送信記録の続きがあるな』


「ある」


『過去の契約か』


「それと、現在の撤回記録」


『送れ』


「条件がある」


『俺と交渉する気か』


「そのために、全部を先に渡さなかった」


『小賢しい』


「褒め言葉として受け取る」


 レナが隣で、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「百七十三人の人格本体は渡さない」


『当然だ。通信回線で送れる量ではない』


「複製も許可しない」


『証拠として必要だ』


「本人たちの状態を示す署名付き記録は送る。それ以上は、本人ごとに確認する」


『時間がかかる』


「待てないなら交渉は終わり」


『ほかの条件は?』


「この通信から位置情報を取らないこと」


『すでに自動追跡が動いている』


「止められる?」


『止めれば、俺が規則違反になる』


「じゃあ、どうする?」


 ダリウスは答えない。


 映像の端に、新しい命令が表示される。


『中央指令』


『回線維持』


『対象船識別後、《ORIGIN REGISTRY》へ位置情報を共有』


 ダリウスも、その文字を見ている。


『位置特定まで、三分三十二秒』


「レン」


 レナが呼ぶ。


「いつでも切断できます」


「あと三十秒」


「根拠は?」


「ダリウスが考えてる」


『貴様に俺の何が分かる』


 通信越しに聞こえた。


「分からない」


「だから待ってる」


『三十秒だけか』


「船長だからな」


『短気な船長だ』


「逃げる船には必要だ」


 二十秒。


 十五秒。


 ユーノは何も言わない。


 命令に従ってほしいとも、裏切ってほしいとも言わない。


 ダリウス自身の回答を待っている。


 十秒。


 ダリウスが動いた。


 《TITAN FRAME》の腕を、通信制御盤へ叩きつける。


 画面の中央に、大きな亀裂が入った。


『何をしているのです、隊長!』


 背後から叫び声。


『第七回収部隊の外部通信装置が、重力異常により破損した』


 ダリウスが無表情で告げる。


『事故だ』


『明らかに今――』


『事故報告書は、後で俺が書く』


 位置特定表示が止まった。


『追跡信号、消失』


 ミラが報告する。


 ダリウスは、自分の通信機を壊した。


 中央命令へ従わないことを、自分で選んだ。


 映像は激しく乱れている。


『長くは話せん』


「契約記録を送る」


『送れ』


 過去の俺が署名した《BIOLOGICAL REBUILD》の契約。


 未来の人格まで、永続的な管理下へ置く条項。


 そして、現在の俺による撤回。


 サーティーンの《WITNESS PROTOCOL》。


 すべてを転送する。


『受信した』


「どうする?」


『調べる』


「マーテルの規則で?」


『俺の部隊でだ』


 ダリウスは、百七十三人の名簿をもう一度見る。


『俺は、すべての者を平等に守れるとは考えていない』


「うん」


『限られた物資、時間、兵力。優先順位は必要だ』


「それも分かる」


『だが』


 土色の装甲の中で、彼の目が鋭くなる。


『誰を数え、誰を資源へ分類するかを、外部組織に任せた覚えはない』


「《ORIGIN REGISTRY》との協力を止める?」


『第七回収部隊に限り、共同回収命令を保留する』


「期間は?」


『二十三日』


「短い」


『俺が事故報告書を書き続けられる限界だ』


「十分だ」


 中継施設まで、残り十六日。


 調査と移動を含めても間に合う。


『加えて、回収実働体が使用していたマーテル認証鍵を失効させる』


「同じものが来ても、船へ入れない?」


『マーテル設備を経由する限りは』


「助かる」


『礼は要らん』


 ヴァレリアにも同じことを言われた。


 権力を持つ者は、礼を拒否する決まりでもあるのだろうか。


『ただし、勘違いするな』


 ダリウスが続ける。


『俺は貴様の能力を安全だと認めていない』


「分かってる」


『民間区画へ被害を出せば、次は俺が直接止める』


「その時は止めてくれ」


『抵抗しないのか』


「やってないことまで決められるのは嫌だけど、実際に誰かを傷つけてるなら別だ」


『甘い回答だ』


「ダリウスよりは」


『否定はしない』


 映像がさらに乱れる。


『ユーノ』


「はい」


『帰還命令を出す』


 彼女の背筋が伸びる。


『第七回収部隊へ戻り、正式な事情聴取を受けろ』


「拒否します」


 迷いはなかった。


『理由は?』


「現在のマーテルでは、私の記録が《ORIGIN REGISTRY》へ渡る可能性があります」


『俺が守る』


「隊長が通信装置を破壊しなければ守れない場所へ、戻ることはできません」


 ダリウスの眉が動く。


「それに」


 ユーノは俺を見る。


「私は、この船で確かめたいことがあります」


『神代レンを信用したのか』


「すべては信用していません」


「そこは言い切るんだ」


「事実です」


『では、なぜ残る』


「通信前、私は拳銃を預けました」


『それで?』


「レンさんは、私が敵になる可能性を知った上で返しました」


『愚かな判断だ』


「私もそう言いました」


「二人から言われると、少し傷つく」


「ですが」


 ユーノは拳銃の握りへ触れる。


「この武器を使うかどうかは、私が決められます」


「ここでは、命令を拒否しても、すぐに人格や身体を止められません」


「私は、それがどのような秩序になるのかを見届けたい」


『マーテルを捨てるのか』


「捨てません」


 ユーノは身分章を取り上げる。


「だから、報告しました」


「組織を捨てるなら、黙って逃げています」


「私は、マーテルが守るべきものを、自分の目で確認します」


「その結果を、もう一度隊長へ報告します」


 ダリウスは、しばらく何も言わなかった。


 映像の雑音が増える。


 残り時間は少ない。


『ユーノ・カストル』


「はい」


『帰還命令を一時撤回』


 身分章の表示が変わる。


『第七回収部隊所属』


『臨時任務――外部人格回収事案の現地調査』


『期限――二十三日』


「そのような任務規定はありません」


『今、作った』


 ミラが小さく反応する。


『合理的です』


「ミラ?」


『旧式規則の更新と同一の手法です』


 ダリウスが一瞬だけ、何の声だという顔をする。


『二十三日後、必ず報告しろ』


「はい」


『その時、俺の判断と違えば?』


「従わない可能性があります」


『先に言うな』


「虚偽の回答はできません」


『そうだったな』


 ダリウスの声が、少しだけ懐かしそうになる。


『生きて戻れ、ユーノ』


「隊長も」


 通信が切れた。


 次の瞬間、窓の向こうで旧式救難中継標識が火花を散らす。


 最後に残っていた表示灯が消えた。


 百二十九年前の通信機は、一度だけ遭難者をつなぎ、完全に停止した。


     ◇


『追跡信号はありません』


 ミラが確認する。


『マーテル認証鍵の失効も確認しました』


「本当に、ダリウスは止めたんだな」


「第七回収部隊の権限だけです」


 ユーノが言った。


「ほかの部隊は、これまで通り追跡できます」


「それでも二十三日は稼いだ」


「隊長は、処分を受ける可能性があります」


「心配?」


「はい」


「戻りたい?」


 ユーノは身分章を見る。


 そこには、臨時任務の表示。


 規則にない任務。


 ダリウスが、彼女を拘束対象にしないため作った場所だ。


「今は戻りません」


「分かった」


「止めないのですか?」


「止める理由がない」


「臨時任務は、二十三日です」


「その後は、その時に話そう」


 ユーノは身分章を胸へ戻そうとする。


 途中で止めた。


 一時同乗者用の名札を取り出す。


 二つを見比べる。


「両方つければ?」


 俺が言った。


「マーテル兵と、この船の同乗者を?」


「どっちかを消す必要はないだろ」


 ユーノは、身分章を左胸へつける。


 《ウェイフェアラー》の一時同乗者札を右胸へつけた。


「不格好です」


「レナも似たようなことしてる」


「アークライト家の紋章と《帰灯環》ですか」


「うん」


「この船では、二つつけるのが流行しているのですか?」


「自分で決めていいなら、何個でも」


「重くなります」


「そこは自分で調整してくれ」


 ユーノは、ほんの少し笑った。


     ◇


 人格記録保管庫へ行く。


 百七十三枚の表示板。


 まだ多くは灰色。


 船外映像には、遠い星が映っている。


『通信結果を確認』


 ボルド・エイトの声。


「聞いてた?」


『保管庫内の安全に関する部分のみ』


「どう思った?」


『ダリウス・ヴェインは、敵か?』


「分からない」


『ユーノ・カストルは?』


 ユーノが答える。


「現在は、敵ではありません」


『将来は?』


「その時、判断します」


『不確定要素が多い』


「兵士だからな」


『兵士は、命令により行動する存在では?』


 ボルド・エイトの問いに、ユーノは身分章へ触れた。


「命令に従うことは、兵士の役割です」


「ですが、命令の結果から目を逸らすために、忠誠を使ってはいけない」


「私は、そう考えることにしました」


『記録』


 ボルド・エイトが言う。


『将来、回答が変化した場合は?』


「更新してください」


『了解』


 ユーノは、百七十三人の名前を見る。


「私は以前なら、これを証拠品と呼んでいました」


「今は?」


「乗客です」


 船の登録画面に書かれている言葉を、そのまま答える。


 けれど、彼女の声は記録を読み上げたものではなかった。


「二十三日間で、全員の希望を確認することはできないでしょう」


「うん」


「中継施設の調査も必要です」


「うん」


「私に、できる仕事はありますか?」


 命令ではない。


 自分から尋ねた。


「マーテルの記録形式を知ってる?」


「はい」


「《ORIGIN REGISTRY》と共有されていた項目を探してほしい」


「了解しました」


「嫌な仕事だったら言って」


「嫌ではありません」


 ユーノは灰色の表示板の前へ立つ。


「自分が所属していた組織が、何を数えていなかったのか知りたい」


 彼女の調査が始まる。


     ◇


 《ウェイフェアラー》は航路へ戻る。


 二十三日。


 ダリウスが作った、短い猶予。


 彼が味方になったわけではない。


 自分の信じていた秩序を捨てたわけでもない。


 それでも、中央命令より自分で見た記録を優先した。


 ユーノも、マーテルを捨てなかった。


 命令へ従うことだけを、忠誠と呼ぶのをやめた。


「目的地まで、あと十三日」


 レナが報告する。


「追跡反応は?」


「ありません」


「ダリウスの認証鍵失効は?」


「船体全域へ適用済みです」


「分かった」


 右手の親指を動かす。


 以前より、少しだけ深く曲がる。


 何かを握れるほどではない。


 けれど、動かすたびに、自分の身体へ戻ってきている感覚がある。


「レン」


 レナが呼ぶ。


「何?」


「中継施設から、微弱な応答信号を受信しました」


「こっちを見つけた?」


「いいえ」


 表示された信号には、宛先がある。


 神代レンではない。


 《ウェイフェアラー》でもない。


『人格記録――イオナ・グレン』


 眠っているサヤの妹へ向けられた信号。


 その下に、一つの処理命令が記されている。


『生物身体復元経路、使用可能』


『帰還を希望する場合、人格鍵を送信してください』


 サヤが十七年間、探し続けたもの。


 妹を身体へ戻すための扉が、中継施設から開かれようとしていた。



次回、第29話「妹を戻す扉は、救いとは限らない」。


サヤは、イオナの人格鍵を使えば開ける中継施設へ向かいます。

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