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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第27話 百七十三人は、同じ未来を望まない

修復を終えた《ウェイフェアラー》に、乗員たちの名前と帰る部屋ができた。


次に迎えるのは、《ORIGIN REGISTRY》の回収実働体へ保存されていた百七十三の人格記録。


しかし、身体を失った者が全員、新しい身体や目覚めを望んでいるとは限らない。


レンたちは全記録を一律に処理せず、最初の三人へ希望を尋ねることにする。


『分類を選択してください』


 《ウェイフェアラー》の乗員登録画面に、三つの候補が表示されていた。


『貨物』


『機密情報』


『回収資産』


「全部違う」


 俺は言った。


『既存分類に、ほかの候補はありません』


 ミラが答える。


「なら、増やそう」


『新規分類名を入力してください』


「乗客」


『身体を持たない人格記録は、乗客の定義に適合しません』


「どの部分が?」


『乗客とは、船体内の空間を占有する生命、人工生命、機械知性、または混合存在です』


「保管庫の空間を使う」


『物理的容積は、一名あたり〇・〇〇三立方メートルです』


「小さくても使ってる」


『生命維持装置を必要としません』


「代わりに、人格維持用の電力が必要だ」


『自力移動できません』


「医療区画の患者だって同じことがある」


 短い沈黙。


『規則の更新を提案します』


 ミラが言った。


『乗客とは、本人の移動意思に基づき、船が目的地まで運ぶ存在』


「それでいい」


『本人の移動意思を確認できない記録は?』


「確認できるまで、一時保護」


『一時保護対象は、乗客に含まれますか?』


「含める」


『理由は?』


「目を覚ましてから、自分だけ貨物扱いだったと知ったら嫌だろ」


 ミラの応答まで、少し時間があった。


『新規分類を登録』


『百七十三の人格記録を、一時保護乗客として仮登録します』


 人格記録保管庫の壁に、百七十三枚の細い表示板が並ぶ。


 まだ名前は表示されていない。


 灰色の空白。


 これから、一枚ずつ本人の名前と希望を記録するための場所だった。


「全員を同じ状態で移すの?」


 俺は尋ねる。


『技術上は可能です』


「安全性は?」


『記録の完整度に差があります。一律の起動設定を適用した場合、二十一名に人格崩壊の危険があります』


「駄目だ」


 即答した。


 保管庫の中央には、《MOURNING STAR》から伸ばされた太い転送線が接続されている。


 その向こうに、百七十三人分の記録がある。


 サヤは保管庫の入口へ立ち、人工眼で接続状態を監視していた。


「だから、三人を先に起こす」


 彼女が言った。


「状態の安定した者から、異なる構造を持つ三人を選んだ」


「本人たちは、会話へ同意してる?」


「簡易信号で確認した」


「質問内容は?」


「転送を希望するか」


「それだけ?」


「それ以上の質問は、完全起動後でなければ意味を持たない」


 サヤは中央の端末へ触れる。


「ただし、起こした後に転送を拒否した場合は、《MOURNING STAR》へ残す」


「分かった」


「お前が望む回答をしなくても、説得するな」


「どんな回答でも?」


「新しい身体を要求されても」


「できる範囲を伝える」


「眠りたいと言われても」


「分かった」


「消去を要求されても」


 俺の返事が止まった。


「それは」


「同じ条件だ」


「一度消したら戻せない」


「だから、拒否するのか?」


「確認は必要だ」


「何回なら納得する」


「回数の問題じゃない」


 サヤの黒い人工眼が、俺を見る。


「お前は、生きたいと考えている」


「うん」


「だから、目覚めたくない者の回答を、異常だと思う可能性がある」


「思わない」


「本当に?」


 すぐに返事ができなかった。


 俺は、生きたい。


 次の祭りへ行きたい。


 レナの隣を歩きたい。


 この船で、まだ見たことのない場所へ行きたい。


 だからこそ、それを望まない相手の気持ちを理解できるとは言い切れない。


「理解できなくても、聞く」


 俺は答えた。


「ただ、取り返せない処理だけは、本人の状態を確認してからにする」


「誰が確認する?」


「ミサキと、ミラ。それから本人が希望する第三者」


「お前は?」


「最終決定者にはならない」


 船長ではある。


 けれど、船長だからといって、他人の人格を消す許可まで持っているわけではない。


 サヤは数秒、俺を見ていた。


「それならいい」


 彼女が端末を操作する。


「一人目を起こす」


     ◇


『痛覚を接続しないで』


 最初の声は、それだった。


 保管庫の中央へ、淡い立体映像が現れる。


 三十代ほどの女性。


 短い茶色の髪。


 作業着。


 輪郭の一部が、時々砂のように崩れる。


『身体を作るなら、痛覚を接続しないでください』


「今、痛い?」


 俺は尋ねた。


『今は何も感じません』


「名前を聞いてもいい?」


『マリア・セルヴァ』


 最初の表示板へ、名前がともる。


『マリア・セルヴァ』


「俺は神代レン。この船の船長です」


『船?』


「救難船《ウェイフェアラー》」


『《ORIGIN REGISTRY》ではない?』


「違う」


『証明できますか?』


「今すぐ信じなくていい」


 俺は保管庫の構造情報を開示する。


「外部通信は制限されてる。でも、マリア自身で保管状態を確認できる」


『私自身で?』


「読み取り専用だけど、検査画面を操作できる」


 マリアの映像の前へ、操作領域が表示される。


 彼女はすぐには触れなかった。


 こちらを疑っている。


 当然だ。


『《ORIGIN REGISTRY》も、最初は選べると言いました』


「何を選ばされた?」


『元の身体へ戻るか、健康な身体へ修正するか』


「マリアは?」


『健康な身体を選びました』


 映像の右腕が、左脇腹を抱く。


 そこには何もない。


 それでも、生前にあった痛みを覚えているようだった。


『私の身体は、生まれた時から神経に異常がありました』


『皮膚へ服が触れるだけで痛い日もあった』


『歩けました。でも、歩くたびに足の骨が内側から焼かれているようでした』


 俺は何も言わずに聞いた。


『《ORIGIN REGISTRY》は、痛みを取り除くと言いました』


「取り除かなかった?」


『痛みへの反応を消しました』


「反応?」


『身体は痛がっていました。私は、それを重要ではない情報として処理するよう変更された』


 痛みがなくなったのではない。


 痛いと訴える人格の方を変えた。


『笑うことができました』


『歩くこともできた』


『でも、笑っている私の奥で、ずっと誰かが叫んでいました』


 マリアは操作画面へ触れる。


 現在の人格構造。


 記憶の欠損。


 保存時刻。


 一つずつ、自分で確かめる。


『元の身体の設計情報が残っています』


「残ってる」


『健康な生物身体へ修正した設計も』


「ある」


『どちらも使わないでください』


「身体は要らない?」


『違います』


 マリアは、はっきり答えた。


『機械の身体が欲しい』


「アンドロイドの?」


『痛覚を、自分で調整できる身体』


『危険を知るための感覚は必要です。でも、苦痛へ支配されたくない』


『歩くための脚』


『土へ触れるための指』


『それだけあればいい』


「生前は何をしてた?」


『農業技師です』


 少しだけ、彼女の表情が和らぐ。


『水の少ない惑星で、根を深く伸ばす作物を育てていました』


「また育てたい?」


『できるなら』


「すぐに身体は用意できない」


『どれくらいかかりますか?』


「分からない」


 嘘は言えない。


「でも、希望として登録する」


「生物身体への復元はしない」


「痛覚の調整権限は、マリア本人だけが持つ」


「それでいい?」


『第三者が変更できないようにしてください』


「分かった」


 最初の表示板へ、二本目の文字がともる。


『希望形態――機械身体』


『感覚調整権限――本人限定』


『起動状態――継続』


 灰色だった板が、青色へ変わった。


「《ウェイフェアラー》へ移る?」


 俺が尋ねる。


『選ばなければ?』


「《MOURNING STAR》に残れる。ただし、あちらは一人用の船だから、長期間の保管には向いてない」


 サヤが俺を睨む。


「事実だろ」


『この船には、土がありますか?』


「農園区画はない」


『では、何がありますか?』


「修理跡と、狭い部屋と、壊れかけの機械」


『植物は?』


「昨日食べた団子の原料なら、少し積んである」


 マリアが初めて笑った。


『転送を希望します』


『可能であれば、その穀粒を一粒見せてください』


「約束する」


 転送が始まる。


 立体映像が消える。


 最初の青い表示板だけが残った。


     ◇


 二人目は、最初から身体を要求しなかった。


『窓を希望』


 低い機械音声。


 表示された姿は、人間に似ていない。


 六本の脚。


 前方に二本の大型作業腕。


 背中には掘削機。


 鉱山作業用の大型アンドロイドだった。


「名前は?」


『ボルド・エイト』


 二枚目の板へ名前が入る。


「窓って、船外を見る窓?」


『肯定』


「身体は、その姿へ戻したい?」


『否定』


「別の身体?」


『不要』


 ボルド・エイトの映像は、ほとんど動かない。


『旧身体質量、十四・二トン』


『船内通路の通行を阻害』


「小さい身体なら?」


『作業効率が低下』


「遠隔作業機を使う方法もある」


『検討を拒否』


 即答だった。


「理由を聞いていい?」


『身体維持に、作業時間の三十二パーセントを使用していた』


『関節摩耗』


『掘削刃交換』


『冷却材補充』


『私は、身体の修理を行うために働いていた』


 《BRIGHT JACKALS》の借金と少し似ている。


 船を維持するために働き、働くために船を消耗させる。


『現在、人格維持電力は旧身体の〇・八パーセント』


『効率が良い』


「身体がなくても平気?」


『船外観測情報があれば』


「見ることが好き?」


『肯定』


 ボルド・エイトの声が、ほんの少し変わる。


『採掘惑星では、地下勤務時間が標準時間の九十七パーセントだった』


『地上へ出たのは、廃棄直前の一度だけ』


「何を見た?」


『恒星』


『直視警告が発生した』


『それでも、綺麗だった』


 俺は保管庫の壁を見る。


 この区画には窓がない。


 人格記録を外部攻撃から守るため、船体中央に作られている。


「ミラ。船外映像を、ここへ常時送れる?」


『可能です』


「通信を切り離した専用回線で?」


『可能です』


「ボルド・エイト自身が見る方向を選べるようにできる?」


『観測カメラの一部制御権限を提供できます』


『希望』


 ボルド・エイトが答えた。


『船外映像を希望』


『身体は不要』


『音声による会話機能を希望』


「誰と話す?」


『ほかの人格記録』


 ボルド・エイトの六本脚が、映像の中でわずかに動く。


『起動を恐れている信号を、百三十七件確認』


「ほかの記録と通信できるの?」


『現在は、状態信号のみ』


『私は比較的安定している』


『必要であれば、最初に話しかける』


「それを仕事にしなくてもいい」


『仕事ではない』


「じゃあ?」


『同じ場所に保管されていた』


『それだけで、話しかける理由になります』


 二枚目の表示板へ希望が記録される。


『希望形態――非身体』


『権限――船外観測および人格保管庫内通信』


『起動状態――継続』


 表示板は緑色へ変わった。


「《ウェイフェアラー》へ来る?」


『窓を確認後に決定』


「分かった」


 ミラが、船首カメラの映像を転送する。


 《NOMAD’S REST》の外縁。


 継ぎ合わされた船。


 航行灯。


 その向こうに広がる、無数の星。


 ボルド・エイトは何も言わなかった。


 一分。


 二分。


 俺たちは待った。


『直視警告なし』


「カメラだからな」


『綺麗だ』


 短い言葉。


『転送を希望』


 二枚目の映像が消える。


 保管庫の壁面に、船外の星空が映り始めた。


     ◇


 三人目は、目覚めてから長い間、名前を言わなかった。


 薄い立体映像。


 長い黒髪の女性。


 年齢は二十代後半ほど。


 両手を膝の上へ置き、目を閉じている。


「聞こえてる?」


『聞こえています』


「俺は神代レン」


『知っています』


「俺を?」


『前の二人との会話を聞きました』


「起動前から?」


『音声情報だけを受け取る設定へ同意しました』


「名前を聞いてもいい?」


 沈黙。


『セラ・ノーン』


 三枚目の板に名前が入る。


「希望を聞かせてほしい」


『眠らせてください』


「身体は?」


『要りません』


「音声だけの状態は?」


『望みません』


「記憶の修復は?」


『望みません』


「理由を聞いても?」


『答えたくありません』


「分かった」


 それ以上は尋ねない。


 サヤがこちらを見ている。


 説得するな。


 最初に言われた。


「どのくらい眠りたい?」


『《ORIGIN REGISTRY》が存在しなくなるまで』


「いつになるか分からない」


『構いません』


「俺たちが負けたら?」


『起こさないでください』


「保管庫が壊れそうになった場合は?」


『別の安全な場所へ移してください』


「移動のため、一時的に起動する必要があったら?」


『状態信号だけで処理してください』


 セラは、迷わず条件を伝える。


 衝動的な回答には聞こえない。


『私は死にたいのではありません』


 彼女が言った。


『今の世界で、目覚めたくないのです』


「違いを教えてもらえる?」


『死を選べば、後から変更できません』


『眠るだけなら、未来の私に判断を残せます』


 自分自身の未来へ、決定を渡す。


 今の彼女は、生きることを強制されない。


 未来の彼女は、今の拒絶だけに縛られない。


『ただし、《ORIGIN REGISTRY》が残っている間は起こさない』


『その条件は守ってください』


「分かった」


『簡単に答えますね』


「守る方法を、今から決める」


 俺はミラへ確認する。


「セラの起動鍵を、船長権限だけでは解除できないようにできる?」


『可能です』


「必要な条件は?」


『《ORIGIN REGISTRY》中枢機能の停止を、相互に独立した三つの情報源で確認』


『加えて、人格記録本人が事前指定した代理確認者の承認』


「代理確認者は、今決められる?」


 セラが目を開く。


 初めて、こちらを見た。


『ボルド・エイトを指定します』


「会ったことは?」


『ありません』


「どうして?」


『彼は、身体を持たない状態を欠損と判断しませんでした』


『眠っている私も、未完成とは判断しないでしょう』


 船外映像の端に、ボルド・エイトの小さな音声表示が現れる。


『代理確認を受諾』


 セラの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


「もう一人、医療担当の確認を入れたい」


 俺は言った。


「身体の医療じゃなく、起動後の状態を支援するために」


『水城ミサキ?』


「知ってる?」


『医療記録を確認しました』


「嫌なら別の人にする」


『彼女で構いません』


 条件が登録される。


『希望形態――指定なし』


『起動条件――《ORIGIN REGISTRY》中枢停止後』


『代理確認者――ボルド・エイト、水城ミサキ』


『現在状態――休眠』


 三枚目の表示板は、光らなかった。


 灰色でもない。


 深い紺色。


 近づいて見ると、中央にごく小さな光がある。


「転送先は?」


『《ウェイフェアラー》を希望します』


「理由は?」


『あなたは、眠るという回答を不具合として処理しませんでした』


「理解できたわけじゃない」


『理解は要求していません』


 セラは目を閉じる。


『条件を守ってください』


「守る」


 立体映像が消えた。


 三人目の転送が始まる。


     ◇


 三つの希望は、どれも違っていた。


 機械の身体を求める者。


 身体を持たず、星を見たい者。


 今は目覚めず、未来へ判断を残す者。


「三人だけで、規則を決めるの?」


 サヤが尋ねる。


「決めない」


「では?」


「選択肢を増やす」


 俺は新しい登録画面を作る。


 身体を望むか。


 望むなら、どのような身体か。


 身体を持たずに起動したいか。


 休眠を望むか。


 過去の身体設計を利用してよいか。


 誰に代理確認を頼むか。


 どの質問にも、今は答えないという項目を加える。


「百七十三人を、三種類へ分けるんじゃない」


「百七十三通りの条件を記録する」


「保管容量が増えるぞ」


「どのくらい?」


『希望条件の記録に必要な増加量、全体の〇・〇〇〇四パーセント』


 ミラが答える。


「なら問題ない」


「処理時間は増える」


「出発してから、一人ずつ聞く」


「中継施設へ着くまでに終わらない可能性がある」


「終わらなくていい」


 救助したからといって、その瞬間から全員の未来を決める必要はない。


 時間がかかっても、本人が答えられる速さで進める。


 サヤは百七十三枚の表示板を見る。


「イオナは」


 妹の名前を口にする。


「眠ることを望んだ」


「うん」


「《MOURNING STAR》へ残すこともできる」


「サヤが決めたいなら」


「違う」


 彼女は首を振った。


「イオナは、ほかの人格記録と分離されることを望んでいない」


 完全起動はしない。


 以前確認した希望記録だけを読み出す。


『単独保管――拒否』


『同一回収群との保管――希望』


 サヤは長い間、その表示を見ていた。


 妹を探すために、十七年を使った。


 ようやく見つけた記録を、自分の船から手放す。


 それは、見捨てることとは違う。


 自分だけのものにしないという選択だった。


「イオナを最初に移す」


 サヤが言った。


「眠ったまま?」


「そうだ」


 転送準備が始まる。


 人格記録保管庫の中央。


 最初の空き領域へ、イオナ・グレンの名前が入る。


『イオナ・グレン』


『現在状態――休眠』


『起動条件――本人による再指定まで不可』


 表示板は、セラと同じ深い紺色。


 中央に小さな光だけがある。


 サヤの手が転送承認へ触れる。


 だが、押す直前で止まった。


「レン」


「何?」


「お前が押せ」


「どうして?」


「《ウェイフェアラー》の船長だからだ」


「サヤが送り出さなくていいの?」


「私が押せば」


 彼女の声が、わずかに掠れる。


「また、妹の未来を私が決めたように思う」


 俺はサヤの隣へ浮遊椅子を動かした。


「一緒に押す?」


「子ども扱いするな」


「嫌なら、俺が押す」


 少しの沈黙。


「……一緒でいい」


 俺の左手。


 サヤの右手。


 二人で転送承認へ触れる。


『イオナ・グレンの転送を開始』


 光が《MOURNING STAR》から《ウェイフェアラー》へ移る。


 一パーセント。


 十パーセント。


 五十パーセント。


 百パーセント。


『転送完了』


『人格記録の完整性を確認』


『休眠条件を継続』


 サヤは表示板へ触れなかった。


 ただ、そこに名前があることを確かめる。


「妹を頼む」


「預かる」


「違う」


 サヤが俺を見る。


「私と一緒に守れ」


「分かった」


 それは、以前とは違う言葉だった。


 彼女一人の復讐。


 彼女一人の妹。


 そうやって抱え込むことをやめ、俺たちへ一部を預けた。


     ◇


 全記録の転送には、十四時間かかった。


 五人ずつ。


 状態を確認しながら。


 完全起動はしない。


 転送へ同意できない状態の者は、サヤ、ミラ、ミサキの三者確認で一時保護として移す。


 最後の一人が保管庫へ入る。


 百七十三枚の表示板へ、名前がともった。


 青色は一枚。


 緑色は一枚。


 深い紺色は二枚。


 残りは、まだ灰色。


 答えがないことも、今は一つの状態として残されている。


『百七十三名の転送を完了』


 ミラが告げる。


『船内分類を更新』


『貨物、零』


『機密情報、零』


『回収資産、零』


『一時保護乗客、百七十三名』


 壁面に、船外映像が広がる。


 ボルド・エイトが選んだ窓。


 《NOMAD’S REST》の灯り。


 遠くにある星。


『綺麗だ』


 保管庫の端末から、低い声が聞こえた。


「もう見えてる?」


『肯定』


「これから港を出る」


『恒星は見えるか?』


「たくさん」


『良い』


 マリアの声も入る。


『穀粒は?』


「忘れてない」


 俺は小さな透明容器を保管庫の観測台へ置いた。


 祭りで食べた団子の原料。


 白い穀粒が一つ。


 マリアには触れられない。


 今は、見ることしかできない。


『小さいですね』


「育てたら増える」


『土は?』


「これから探す」


『水は?』


「節約が必要」


『光は?』


「窓がある」


 マリアが笑う。


『では、育てられます』


 灰色の表示板が並ぶ中。


 一粒の種。


 星を見るための窓。


 眠る者の小さな光。


 同じ未来を望まなくても、同じ船で進むことはできる。


     ◇


 《ウェイフェアラー》が、《NOMAD’S REST》を離れる。


 左右で形の違う推進器が光る。


 船体は少し振動している。


 ガイによれば正常範囲。


 ピコによれば再調整推奨。


 二人はすでに機関区で言い争っていた。


「航路を設定します」


 レナが言った。


 右脚で航路席へ立つ。


 まだ補助具は必要だ。


 それでも、自分で一歩を出して座った。


「目的地は?」


「《ORIGIN REGISTRY》中継施設」


 直接向かえば、こちらの位置を知られる。


 そのため、廃棄航路を三つ経由する。


 途中で情報を集め、《ORIGIN REGISTRY》が人格記録をどこへ送るのかを調べる。


「航行予定、十九日」


「遠いな」


「高速航路を使用すれば短縮できます」


「危険性は?」


「船体が分離する可能性、二十八パーセント」


「使わない」


「同意します」


 レナが航路を確定する。


 《MOURNING STAR》が、少し後方へつく。


 俺は船長席から、港を眺めた。


 継ぎ合わされた船。


 祭りの名残。


 俺たちを助け、船を直してくれた場所。


『《NOMAD’S REST》より信号』


 ミラが告げる。


『良い旅を』


「返信して」


『内容は?』


「次の《灯継ぎ祭》までに、一度帰る」


 青い《帰灯環》が、手首で光る。


『送信しました』


 港が小さくなる。


 星の間へ、古い救難船が進み始める。


 乗員、七名。


 一時同乗者、一名。


 同行船、一隻。


 そして、同じ未来を望まない百七十三人。


 全員を同じ場所へ連れていくためではない。


 一人ずつ、自分が行きたい先を選べる場所へ運ぶための航海だった。


次回、第28話「兵士の忠誠は、命令だけでは測れない」。


航海の途中、ユーノはダリウスとの直接通信を求めます。

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