第26話 古い救難船に、帰る部屋ができた
アークライト家への帰還を拒否し、レンと共に生きることを選んだレナ。
故郷と完全修復の機会を失った彼女へ、ヴァレリアは起動時の身体調整記録を託した。
だが、レナを補修するにも、百七十三の人格記録を運ぶにも、まずは《ウェイフェアラー》を航行可能な船へ戻さなければならない。
必要な修理時間、二百四十七時間。
港を離れるまで、残り五十二時間だった。
『修理完了まで、推定二百四十七時間です』
ピコが言った。
港の使用期限まで、五十二時間。
不足しているのは、百九十五時間。
「間に合うな」
ガイが答えた。
「どう計算したらそうなるんだ?」
俺は尋ねた。
「寝なきゃいい」
「一日が長くなっただけだろ」
「両腕を使えば、半分だ」
「右腕、動いてないだろ」
「気合で動かす」
『精神力による駆動を試行』
ピコが、停止したガイの右機械腕へ接続端子を差し込んだ。
『反応なし』
「本当に試すな!」
『検証完了。気合による駆動は不可能』
「知ってた」
《ウェイフェアラー》の格納庫には、船の部品が山のように積まれている。
左右で規格の違う推進器。
《NOMAD’S REST》で譲り受けた生命維持装置。
《BRIGHT JACKALS》から修理代の一部として渡された高出力配線。
解放された《HELIOS》の労働者たちが運んできた、古い貨物船の隔壁。
どれも、それ単体では《ウェイフェアラー》に使えない。
加工し、接続し、動作を合わせる必要がある。
ガイ一人なら、本当に二百四十七時間かかる。
その前に倒れるだろう。
「修理計画を見せて」
俺は格納庫の中央へ構造図を表示した。
赤色の箇所が、未修理。
船体の半分以上が赤い。
「主推進器、生命維持、医療区画、乗客区画、人格記録保管庫、重力制御、通信設備」
「これを全部、ガイがやることになってる」
「俺の船だからな」
「いつから?」
「直してる奴の船だ」
「なら、ピコの船でもある」
『保有権を要求』
「お前は俺の工具だ」
『発言を記録』
「待て。どこに提出する気だ」
『船内労働調停機関』
「この船に、そんなもんはねえ!」
『今、設立した』
「勝手に組織を増やすな!」
二人のやり取りを聞きながら、俺は修理工程を分解する。
一つの作業として見れば、二百四十七時間。
だが、同時に進められる箇所は多い。
「ガイ」
「何だ?」
「全工程を、専門技術が必要な作業と、指示があればできる作業に分けて」
「素人を船へ入れる気か?」
「港には、船を直した経験がある人が多い」
「この船は古い。規格もばらばらだ」
「だから、ガイが全部やるんじゃなくて、ガイが教える」
「教えてる暇があったら、自分でやった方が早い」
「一か所ならな」
構造図を六つの区画へ分ける。
「でも、六か所を同時には直せない」
「……俺なら四か所はいける」
『右腕が停止しているため、二か所が限界』
ピコが訂正した。
「三か所だ!」
『二か所』
「作業速度を確認したのか?」
『過去二時間を記録』
「いつの間に!」
『船内労働調停機関へ証拠として提出予定』
「だから、その組織を解散しろ!」
ガイは文句を言いながらも、構造図の前へ立った。
左の《HEAVY GRIP》で、工程を一つずつ動かしていく。
「主推進器と重力制御は、俺がやる」
『生命維持装置は担当可能』
ピコが言う。
「お前一人じゃ配管へ届かねえ」
『小型であるため、届く』
「奥に入った後、部品を運べねえだろ」
『作業員を要求』
「何人?」
『三名』
俺は記録する。
「医療区画は、ミサキに配置を決めてもらう。接続作業は港の医療技師へ頼む」
「配線の最終確認は俺がやる」
「それでいい」
「乗客区画は?」
「隔壁を取りつけるだけなら、専門技術は要らない?」
「気密試験が必要だ」
「最後の確認だけガイがやる」
「人格記録保管庫は、どうする」
「サヤの《MOURNING STAR》にある隔離設備を複製する」
「設計図を渡すと思うか?」
通信を開く。
「サヤ」
『聞いている』
「だそうだ」
ガイが眉を寄せる。
「最初から通信をつないでたのか」
『設計情報は提供する』
サヤの声が格納庫へ響く。
『ただし、百七十三の人格記録を移すまでは、私が安全性を確認する』
「分かった」
『勝手に接続するな』
「しない」
『《SOUL REPAIR》も使うな』
「使わない」
『信用度、六十二パーセント』
「前より上がった?」
『一パーセント』
「時間がかかりそうだ」
『私の妹の記録を扱うのだから、当然だ』
通信が切れる。
ガイが構造図を見る。
「人手を集めたとして、部品が足りねえぞ」
「港に余ってるものは?」
「あるわけねえだろ。ここは、壊れた船をつないで作った港だ。使える部品は、全部どこかで使ってる」
『未使用物資を確認』
ピコが別の一覧を表示する。
『用途不明部品、三百八十二点』
「それは余ってるんじゃねえ」
「じゃあ何?」
「誰にも使い方が分からねえから、捨てられずに残ってる部品だ」
「ガイなら分かる?」
「見なきゃ分からん」
「三百八十二点、全部?」
「持ってこい」
『運搬時間、十七時間』
「向こうで見る!」
必要な作業が、少しずつ人の役割へ変わっていく。
二百四十七時間という数字は、一人でやる場合の数字だ。
俺たちはもう、一人ではない。
「ミラ」
『応答しています』
「港全体へ、修理協力の募集を出せる?」
『報酬は?』
「今、払えるものはない」
『労働者は集まらない可能性があります』
「修理が終わったら、《ウェイフェアラー》を港の救難協力船として登録する」
ガイが振り返る。
「勝手に決めるな」
「嫌?」
「船を直した後も、ただ働きさせる気か」
「遭難信号を受けた時、助けられる範囲で助ける」
「範囲は誰が決める」
「その時、船にいる全員で決める」
「曖昧だな」
「今より細かく決めた方がいい?」
「いや」
ガイは、構造図へ視線を戻した。
「それくらいでいい」
「募集を出して、ミラ」
『船長権限による承認が必要です』
「俺、まだ仮船長じゃなかった?」
『そのため、仮船長権限で仮承認を要求します』
「ややこしいな」
『旧式の規則です』
「仮承認する」
『受理しました』
港全体へ、修理協力の募集が送られた。
報酬はない。
代わりに《ウェイフェアラー》が、港からの救難要請を受け取る。
助けられる者を、助けられる時に助ける。
それだけの条件。
「何人くらい来ると思う?」
『予測、四名です』
「少ないな」
『無報酬としては、楽観的な数値です』
三分後。
格納庫の外へ、二十三人が集まった。
◇
最初に来たのは、《BRIGHT JACKALS》の三人だった。
港壁へ衝突しかけた罰として、百二十時間の修理作業を科されている。
「自分たちの船は?」
俺が尋ねる。
「右推進器は直った」
カイが答えた。
「ガイに調整してもらった」
「礼は?」
「これから働く」
その後ろには、《HELIOS》の債務帯から解放された労働者たちがいる。
十一人全員ではない。
新しい仕事へ出た者もいる。
港へ残っていた六人が来てくれた。
「俺たちは船体配線ができる」
一人が言った。
「《GOLDEN CAGE》では、壊れても交換部品を出してもらえなかったからな」
「修理できるの?」
「動くようにはできる」
ガイが前へ出る。
「動くだけじゃ駄目だ。壊れないように直せ」
「なら、方法を教えてくれ」
「最初からそのつもりだ!」
次に来たのは、古いアンドロイドたちだった。
関節規格も、使用年数も違う。
以前、俺たちが《HELIX CLINIC》から避難させた者もいる。
最後に、港の農園区画から小型作業機械が五台運ばれてきた。
『農園管理AI《LILY-4》より派遣』
先頭の機械が告げる。
『修復支援への返礼』
「農園を直した時の?」
『肯定』
「返礼は必要ないって伝えたんだけど」
『受領者の許可は不要』
ガイが笑った。
「正論だな」
「誰に似たんだろう」
『レンと推定』
「それは困る」
『なぜ?』
「自分が二人いたら、たぶん互いに言うことを聞かない」
『理解不能』
作業が始まった。
ピコが担当区画ごとに色の違う札を配る。
赤は推進器。
青は生命維持。
白は医療区画。
緑は乗客区画。
紫は人格記録保管庫。
『無札の者は作業禁止』
ピコが告げる。
『ガイも札を装着』
「俺は全部だ」
『規則違反』
「誰が作った規則だ!」
『船内労働調停機関』
「まだあったのか!」
ガイの腰へ、ピコが赤い札を貼る。
ガイは剥がそうとした。
だが、片腕では工具を持ちながら札を取れない。
結局、そのまま主推進器へ向かった。
俺は修理工程を管理する。
身体を使う作業はできない。
右手も、右脚も満足には動かない。
それでも、作業員の場所は見える。
部品の不足も、同じ工具を二つの区画で必要としていることも分かる。
「生命維持区画の溶接器、あと何分?」
『七分』
「終わったら乗客区画へ」
『了解』
「農園作業機の一台を、医療区画へ回して」
『搬送物は?』
「床材。ミサキが、振動を吸収するものに替えたいって」
『実行』
一つずつ、仕事をつなぐ。
誰かの身体や人格へ入る必要はない。
声を聞き、得意なことを確かめ、必要な場所へ頼む。
それだけで、赤かった構造図が少しずつ黄色へ変わっていく。
完全修理ではない。
まだ試験が必要な色。
それでも、進んでいる。
俺が作戦を決める。
ピコが作業を割り振る。
ガイが技術を教え、最後の確認をする。
一人では二百四十七時間かかる仕事が、同時に進んでいた。
◇
修理開始から十三時間後。
旧船長区画の壁を外した時、二百四十一人分の名前が見つかった。
「止めろ」
ガイが作業員を止めた。
隔壁の内側。
普段は誰にも見えない面へ、細い文字が刻まれている。
整った文字。
歪んだ文字。
機械で刻印されたもの。
指で何度もなぞったような傷。
同じ書き方の名前はほとんどない。
『記録と照合』
ミラが言った。
『百十三年前、《ウェイフェアラー》が移送した人格記録、二百四十一名と一致します』
この船は、《ORIGIN REGISTRY》から人格記録を逃がすために使われていた。
その時の名前だ。
「どうして、壁の内側に?」
『不明です』
「ミラは覚えてない?」
『該当期間の航行記録は削除されています』
いつもの静かな声。
けれど、返答まで少し時間があった。
『ただし』
ミラが続ける。
『名前の配置から、隔壁を取りつける前に記されたと推測します』
「ここは、元から船長室だったんだよな?」
『はい』
「その部屋を壊して、名前を書いた?」
『当時の区画構造を再計算』
古い船体図が表示される。
広い船長室。
私室。
専用の浴室。
小さな食堂。
そのすべてが、百十三年前に解体されていた。
代わりに作られたのは、簡易寝台と、人格記録用の保護庫。
『船長区画は、移送対象のために分割されたと推測します』
「自分の部屋をなくしたのか」
『肯定』
船長の名前はない。
何を考えていたのかも分からない。
ただ、自分のために作られた部屋を壊し、そこへ救助した者たちの名前を残した。
「この壁、外すのか?」
ガイが俺に尋ねた。
本来の修理計画では、旧船長区画を元へ戻す。
船長用の個室。
専用通信設備。
ほかの船室より広い空間。
仮船長の俺が使う予定だった。
「名前が隠れないようにできる?」
「壁を外したままじゃ気密が保てん」
「透明材を重ねるのは?」
「補強材が必要だ」
『港倉庫に適合部品あり』
ピコが調べる。
『交換条件、航行可能となった後の廃棄区画牽引一回』
「受けよう」
「船長室はどうする」
「要らない」
「船長には、ほかの乗員から離れて通信する場所が必要だ」
「小さい部屋でいい」
「どれだ?」
構造図を見る。
医療区画の隣に、物資保管室がある。
浮遊椅子でも入れる広さ。
扉を広げれば使えそうだ。
「ここ」
「狭いぞ」
「寝台と通信機が入ればいい」
「窓もない」
「船の中なら、どこも似たようなものだろ」
「船長らしくねえな」
「まだ仮船長だし」
『仮船長による決定を記録』
ミラが言った。
「旧船長区画は、どうしますか?」
俺は二百四十一人の名前を見る。
その隣へ、これから百七十三人分の記録が来る。
「人格記録保管庫を中央に作る」
俺は答えた。
「周囲を、乗客用の寝台にする」
「全部か?」
「全部」
「乗員の部屋が減るぞ」
「乗員区画は別にある」
「小せえ部屋ばっかりだ」
「扉はある?」
「ある」
「なら十分だ」
ガイは名前の壁を見る。
「分かった」
旧船長区画は、元には戻されなかった。
透明な補強壁の向こうへ、二百四十一人の名前を残す。
中央には、百七十三の人格記録を収容できる保護庫。
その周囲には、十六の簡易寝台。
この船で一番広い部屋は、これからも救助された者のために使われる。
◇
修理開始から三十一時間。
医療区画の電源が入った。
新しい寝台は三つ。
一つは人間用。
一つはアンドロイド用。
最後の一つは、身体構造を判定できない患者にも使える可変式。
ミサキは三つの寝台を確認した後、医療区画の入口へ小さな札を貼った。
名前ではない。
青い円と、開いた手を組み合わせた印。
「これは?」
「《HELIX CLINIC》の印です」
「ここを診療所にするの?」
「必要な時だけです」
ミサキは医療端末へ、自分の資格記録を登録する。
「《HELIX CLINIC》を再建するまで、私は《ウェイフェアラー》の医療責任者になります」
「それ以降は?」
「その時、もう一度決めます」
「分かった」
「期限を決めないのですか?」
「ミサキが決めるんだろ?」
彼女は微笑む。
「では、そうします」
機関区では、ガイが新しい主推進器の調整を終えた。
新しいといっても、中古部品を九種類組み合わせたものだ。
外見は、以前より不格好になっている。
「左右で形が違うな」
「前からだ」
「大きさも違う」
「出力は合わせた」
「色も違う」
「飛んでる時は見えねえ!」
ガイは最後の工具を床へ置いた。
停止している右機械腕には、まだ作業札が貼られている。
赤色ではない。
いつの間にか、金色へ替わっていた。
『全区画技術指導担当』
ピコが作った札らしい。
「剥がさないの?」
「接着剤が強すぎる」
『虚偽を検出』
「うるせえ」
ガイは札を隠すように腕を組んだ。
「機関長、登録する?」
「誰がやる」
「ほかにいる?」
格納庫を見回す。
修理を手伝った者たちは、すでに港へ戻り始めている。
船と一緒に出る者ではない。
この船を飛ばす機関士は、一人しかいない。
「……部屋は?」
ガイが尋ねた。
「機関区の近くに空いてる」
「広さは?」
「寝台一つと、工具棚二つ」
「工具棚は四つ要る」
「廊下にはみ出さなければ」
「六つにする」
「交渉になってない」
「機関長権限だ」
「まだ登録してないだろ」
「なら、早く登録しろ」
ミラが低い確認音を鳴らす。
『ガイを機関長として登録』
『本人承認を要求』
ガイは金色の札を見る。
「承認する」
短い答え。
照れ隠しの怒鳴り声はなかった。
『登録しました』
「ピコは?」
『整備主任を要求』
「機関長の下だぞ」
『独立部門を要求』
「船に整備部門が二つも要るか!」
『ガイの作業に対する監査が必要』
「誰が監査を頼んだ!」
「俺」
ガイがこちらを見る。
「いつ頼んだ」
「今」
『ピコを整備主任兼船内労働調停官として登録』
「後半は要らん!」
『登録完了』
「まだ承認してねえ!」
『ピコ本人が承認』
「役職を決めるのは本人なのか?」
「少なくとも、自分がなるかは本人が決める」
「調停官は外せ」
『拒否』
二人が再び言い争いを始める。
その声が響く機関区は、以前より狭くなっていた。
でも、前より明るい。
◇
修理開始から四十九時間。
《ウェイフェアラー》の再起動試験が始まった。
出発期限まで、残り三時間。
操縦室には、必要な者だけが集まっている。
レナは航路席。
右脚の補助具には、アークライト家の調整記録をもとに作られた新しい接続器が取りつけられていた。
完全修復ではない。
それでも、短い距離なら補助具に引かれず、自分の意思で一歩を出せるようになった。
ミサキは医療区画から生命反応を監視している。
エリスは補給と契約情報を確認していた。
「正式乗員になるの?」
俺が尋ねる。
「契約条件次第ね」
「希望は?」
「補給、物資査定、対外交渉」
「期間は?」
「いつでも下船できるまで」
「期間になってない」
「良い契約には、出口が必要なの」
「分かった。退出は自由」
「引き止めないの?」
「残ってほしい時は言う」
「それなら、悪くないわ」
エリスの六本指が、乗員登録へ署名する。
「当面、お世話になるわ。船長さん」
サヤは《MOURNING STAR》から通信で参加していた。
『私は乗員登録しない』
「うん」
『《MOURNING STAR》は私の船だ』
「分かってる」
『ただし、現在の追跡契約が終了するまで、同行船として登録する』
「それでいい」
『勝手に置いていくな』
「置いていく側が言う台詞じゃないだろ」
ユーノは、正式乗員ではなく一時同乗者を選んだ。
マーテルとの関係へ、自分で答えを出すまで。
誰も、同じ形で所属する必要はない。
「レナは?」
俺が尋ねる。
「航路士として登録します」
「戦闘担当は?」
「必要時に兼任します」
「身体が直るまでは無理するなよ」
「命令ですか?」
「希望」
「考慮します」
レナが登録へ触れる。
「それから」
「何?」
「船長室の向かいを、私の個室として申請します」
「そこ、狭いぞ」
「問題ありません」
「ほかにも空いてるけど」
「向かいがいいです」
「理由は?」
「必要時、すぐに航路相談を行えます」
エリスがこちらを見ている。
笑っているが、何も言わない。
「航路相談だけ?」
「現在は、その回答で十分です」
「分かった」
レナの個室が登録される。
俺の部屋の向かい。
二つの小さな扉には、すでにピコが名前札を取りつけていた。
「ピコの部屋は?」
『船内全域』
「広すぎないか?」
『保守点検範囲』
「寝る場所は?」
『休止用充電台を確保』
格納庫脇。
配管と工具箱の間に、小さな充電台がある。
その上に、ピコの名前札が置かれていた。
『札は不要』
「外す?」
『外す必要もない』
「気に入ったんだな」
『推測を拒否』
ミラの声が操縦室へ響く。
『乗員登録を確認』
『航路士、レナ・アークライト』
『医療責任者、水城ミサキ』
『機関長、ガイ』
『整備主任、ピコ』
『補給および契約担当、エリス・ヴァント』
『一時同乗者、ユーノ・カストル』
『同行船、《MOURNING STAR》。船長、サヤ・グレン』
少し間がある。
『船内AI、ミラ』
「待って」
『登録に不備がありますか?』
「ミラは、それでいいの?」
『質問の意味を特定できません』
「船内AIは、設備としての登録?」
『旧規定上は、航行設備に分類されます』
「ミラ自身は、どう登録されたい?」
操縦室が静かになる。
『私が選択するのですか?』
「そう」
『旧型救難AIに、乗員資格はありません』
「この船の規則を決めるのは?」
『船長です』
「なら、今作る。AIもアンドロイドも、人間も、自分で役割を引き受けるなら乗員になれる」
ミラはすぐに返答しなかった。
演算時間としては長い。
考えているのだと思った。
『私は』
やがて、声が響く。
『救難対象の位置を記録できます』
『船体を制御できます』
『航路上の危険を報告できます』
『乗員が帰還した際、扉を開くことができます』
「役職名は?」
『救難管制士を希望します』
「承認」
『本人承認を要求』
「ミラが、自分で承認するんだよ」
また、少し間がある。
『承認します』
『ミラを、救難管制士として登録』
船体のどこかで、短い起動音が鳴った。
ミラのための部屋はない。
彼女にとっては、船全体が身体であり、部屋なのだろう。
『最後に、船長登録が必要です』
「俺か」
『ほかに候補者はいません』
「ガイは?」
「断る」
「レナ?」
「あなたを推薦します」
「エリス?」
「責任が多い役職は嫌いなの」
『ピコは整備主任を継続』
「ミサキは?」
『医療区画から、レンを推薦すると回答しています』
逃げ道がない。
「船長って、何をすればいい?」
俺は尋ねた。
『航路、救難、戦闘、物資配分における最終判断』
「全部一人で?」
『旧規定では』
「新しい規則を作ってもいい?」
『船長権限で可能です』
「なら、決める前に担当者の意見を聞く」
『記録します』
「俺が間違えた時は、止めていい」
『反抗規定に抵触します』
「消して」
『削除には船長権限が必要です』
「まだ船長じゃない」
『そのため、先に登録してください』
「順番が逆じゃないか?」
『旧式の規則です』
以前にも同じことを言われた気がする。
「分かった」
俺は船長登録画面を開く。
右手を認証板へ置く必要がある。
左手で持ち上げ、位置を合わせる。
『本人の随意運動を確認します』
「右手、ほとんど動かないけど」
『一指のみで認証可能です』
親指へ力を入れる。
数ミリ曲がる。
青い《帰灯環》が、認証板へ触れた。
『神経反応を確認』
『神代レンを、《ウェイフェアラー》船長として登録します』
『本人承認を要求』
「承認する」
仮という文字が消えた。
俺は、この船の船長になった。
『新船長権限が有効化されました』
「最初の命令」
『どうぞ』
「反抗規定を削除」
『削除しました』
「早いな」
『命令の実行には慣れています』
「これからは、嫌なら断っていい」
『了解しました』
「それ、断ってないけど」
『今回は同意します』
少しだけ、ミラの声が楽しそうに聞こえた。
◇
「主動力、接続!」
ガイの声。
『生命維持、正常』
ピコが報告する。
「医療区画、異常なし」
ミサキ。
「補給品の固定を確認」
エリス。
『《MOURNING STAR》、外部監視位置へ移動』
サヤ。
「航路演算、準備完了」
レナ。
俺の前に、古い起動レバーがある。
左手で握る。
動かす前に、操縦室を見回した。
継ぎはぎの壁。
不揃いな座席。
新しい配線。
古い計器。
窓の向こうには、修理を手伝ってくれた者たちが集まっている。
《BRIGHT JACKALS》の三人。
解放された労働者。
港のアンドロイド。
農園作業機械。
誰か一人が作った船ではない。
「起動する」
「はい」
レナが隣で答える。
レバーを倒した。
船体の奥から、重い振動が伝わる。
一度止まる。
ガイの怒鳴り声が飛ぶ。
「もう一回だ!」
レバーを戻す。
再び倒す。
今度は、主推進器が光った。
右。
少し遅れて左。
形も色も違う二つの推進器が、同じ出力へ揃っていく。
操縦室の照明がつく。
医療区画。
機関区。
乗客区画。
人格記録保管庫。
乗員の小さな個室。
一つずつ、船に明かりが戻る。
『全主要設備、正常稼働』
ミラが告げる。
『《ウェイフェアラー》、航行可能です』
歓声が上がった。
港の外から。
機関区から。
船内通信から。
俺は息を吐き、背もたれへ身体を預ける。
倒れてはいない。
能力も使っていない。
それでも、この結果へ全員の力をつないだのは俺だ。
「船長」
レナが呼ぶ。
「何?」
「最初の航路を設定してください」
「行き先は決まってる」
百七十三の人格記録を、《MOURNING STAR》から移す。
その後、《ORIGIN REGISTRY》の中継施設へ向かう。
彼らを保管物ではなく、一人ずつ希望の違う救助者として扱うために。
「その前に」
俺は言った。
「一度、部屋を見に行っていい?」
「船長室ですか?」
「うん」
格納庫を出る。
俺は浮遊椅子。
レナは、自分の意思で動き始めた右脚を使う。
補助具の金属音が、少しだけ小さくなっている。
船長室の扉。
その向かいには、レナの名前がある。
少し先にはミサキ。
機関区の近くにガイ。
医療区画と倉庫の間にエリス。
格納庫脇には、ピコの小さな札。
部屋の広さも、使える時間も違う。
それでも、帰ってきた時に開く扉がある。
俺は自分の扉へ触れた。
自動で開く。
狭い部屋。
寝台。
通信機。
小さな机。
壁には、港で使った青い祭礼灯が一つだけ取りつけられていた。
『船長の入室を確認』
ミラの声が、部屋の端末から聞こえる。
『おかえりなさい、レン』
以前なら、違和感を覚えたかもしれない。
ここは地球ではない。
千年以上先の宇宙。
昨日まで、部屋ですらなかった場所。
それでも、今は答えられる。
「ただいま」
古い救難船に、俺たちの帰る部屋ができた。
次回、第27話「百七十三人は、同じ未来を望まない」。
完成した人格記録保管庫へ、最初の三人が移されます。




