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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第25話 彼女が帰りたい場所は、命令では決まらない

アークライト家が提示したのは、レナとレンの身体を完全に修復し、仲間たちへの追跡も止めるという条件だった。


ただし、レンは期限を定めず家の保護下へ置かれ、《SOUL REPAIR》を封印される。


レナの回答期限まで、残りわずか。


修復、故郷、自由、そしてレンとの約束。


彼女は、自分が帰りたい場所を選ぶ。


 回答期限まで、残り十一分。


 レナの右手には、アークライト家の紋章。


 手首には、俺と分けた青い《帰灯環》。


 彼女は二つを見比べていた。


「外すの?」


 俺が尋ねる。


「まだ決めていません」


「答えは?」


「決めました」


「なら、何を?」


「どちらかを捨てる必要があるのか、考えています」


 アークライト家の紋章は、細い金属板でできている。


 二本の航路が重なり、その先で一つの星へつながる意匠。


 昨日まで、レナはそれを船内服の胸元へつけていたらしい。


 俺は気づかなかった。


 装飾品だと思っていた。


「それは家からもらったもの?」


「起動試験が完了した日に、ヴァレリアから渡されました」


「大事なんだ」


「はい」


「なら、持ってればいい」


「帰還命令を拒否しても?」


「命令に従わないと、思い出まで取り上げられるのか?」


 レナが俺を見る。


「規定上、航路騎士の紋章は返還する必要があります」


「規定の話じゃなくて、レナがどうしたいか聞いてる」


 彼女の指が、紋章の縁をなぞった。


「持っていたいです」


「じゃあ、持ってよう」


「簡単に言いますね」


「難しくする理由が分からないから」


 レナは少し考えた後、紋章を胸元へ戻さなかった。


 代わりに、《帰灯環》の結び目へ通す。


 金色の紋章と、青い光糸。


 故郷と、これから帰りたい場所。


 二つは、同じ手首へ収まった。


「おかしいですか?」


「似合ってる」


「評価が早すぎます」


「昨日、ちゃんと褒めるように言われたから」


「要求していません」


「言われてないけど、そんな気がした」


「不正確な推測です」


 そう言いながら、レナは紋章を外さなかった。


『回答期限まで、残り九分です』


 ミラの声が会議室へ響く。


「通信を始めます」


 レナは円形卓の前へ立った。


 俺は少し後ろに浮遊椅子を止める。


「隣でなくていいの?」


「私が回答します」


「分かった」


「ですが」


 レナは振り返る。


「通信を切るまでは、そこにいてください」


「いるよ」


「見える位置に」


 浮遊椅子を前へ動かす。


 彼女の右斜め後ろ。


 立体映像へ映り込みながらも、レナの顔が見える位置。


「ここでいい?」


「はい」


 レナは通信開始に触れた。


     ◇


 ヴァレリア・アークライトは、昨日と同じ青い礼装を着ていた。


 銀色の長い髪。


 金色の瞳。


 その背後には、大きな窓がある。


 窓の向こうには、青い惑星と、白い輪を描く軌道都市。


 レナが生まれた場所。


 彼女が帰還すれば、修復を受ける場所だ。


『回答を聞きます』


 ヴァレリアが言った。


「その前に、最終確認が三点あります」


『許可します』


「レンが能力封印へ同意しない場合、どのような処置を行いますか?」


『一時的な神経遮断を実施します』


「本人の同意なしに?」


『生命および周辺環境へ差し迫った危険があると、アークライト家医療部が判断した場合に限ります』


「解除時期は?」


『権利調停が終了し、能力の安全性が証明された後です』


「調停が終了しない場合は?」


『封印を継続します』


 予想していた答えだった。


 それでも、レナは一つずつ確認する。


「二点目」


『どうぞ』


「私の修復完了後、レンの管理担当へ任命される可能性は?」


 ヴァレリアがわずかに目を細めた。


『高いでしょう』


「彼が外出を望んだ場合、私は拒否命令を出すのですか?」


『安全基準を満たさなければ』


「能力の使用を望んだ場合は?」


『同じです』


「アークライト家からの離脱を望んだ場合は?」


『認められません』


 レナの右手が、手首の《帰灯環》へ触れた。


 俺を守るためという名目で、俺を止める。


 修復された両手で。


 故郷へ戻ったレナへ与えられる最初の役割が、それなのだ。


「三点目」


 レナが言った。


「私が条件を拒否した場合、アークライト家はレンと《ウェイフェアラー》を攻撃しますか?」


 ヴァレリアはすぐには答えなかった。


『家として、能動的な攻撃は行いません』


「《ORIGIN REGISTRY》またはマーテルへ、現在位置を提供しますか?」


『提供しません』


「《HELIOS》へ、情報を売却しますか?」


『アークライト家は、人身債権を扱う組織と取引しません』


「では」


 レナの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「私が拒否しても、あなたは私たちを敵にしないのですね」


『私個人の感情と、家の判断は別です』


「質問への回答ではありません」


『そういうところも変わっていませんね』


 ヴァレリアが息を吐いた。


『攻撃しません』


「ありがとうございます」


『ただし、アークライト家の保護も受けられません』


「理解しています」


『完全修復の機会も失います』


「理解しています」


『航路騎士の地位、資産、中央領への帰還権を凍結します』


「理解しています」


 同じ言葉を繰り返すたびに、レナの手がわずかに震えた。


 平気なわけではない。


 捨てても惜しくないものではない。


 だからこそ、彼女は一つずつ受け止めている。


『レナ』


 ヴァレリアが呼ぶ。


『あなたは、彼と出会ってから日が浅い』


「はい」


『アークライト家では、長い時間を過ごしました』


「はい」


『それでも、その男を選ぶのですか?』


「違います」


 レナが答えた。


 俺の胸が、一瞬だけ止まったように感じる。


「私は、レンだけを理由に回答するのではありません」


『では、何を?』


「今の生活です」


 レナは、自分の動かない左腕を見る。


「私は、現在の身体を望んだわけではありません」


「右脚を失いたくなかった」


「左腕を動かしたい」


「胸部属性炉を完全に修復したい」


 言葉は途切れない。


「以前のように、船の航路を身体で感じたい」


「《ARC STEP》で走りたい」


「《TWIN ARC》を、もう一度二本とも使いたい」


 レナは、自分の欲しいものを隠さなかった。


「ヴァレリアにも会いたい」


「私の部屋へ帰りたい」


「青色藻の水槽を確認したい」


「航路演算室で、もう一度星図を見たい」


 ヴァレリアの表情が、わずかに揺れる。


「私は、帰りたいです」


『なら、なぜ――』


「それでも」


 レナが、はっきりと言った。


「レンを閉じ込める役割を引き受けて帰ることは、私が望む帰還ではありません」


 俺の方を見ない。


 真っすぐヴァレリアを見ている。


「ここでは、私が戦えない日があります」


「守られることがあります」


「判断を間違えます」


「甘すぎる食べ物を、もう一口食べたいと思うこともあります」


「次の祭りへ行きたいと約束しました」


 昨日の屋台。


 浴場の星空。


 二人で作った《帰灯環》。


 どれも、世界を救うようなものではない。


「私は、命令を達成するためだけに起動したのではありません」


「今は、そう思っています」


 ヴァレリアは黙って聞いている。


「レンの隣にいたい」


「彼を守る対象としてではなく、私が一緒に生きたい相手として」


 俺の左手が、肘掛けを強く握る。


 声を出したら、彼女の言葉を遮ってしまいそうだった。


「だから、帰還命令を拒否します」


 レナが右手を胸へ当てた。


「航路騎士の地位を返還します」


「個人資産の凍結を受け入れます」


「アークライト家の名を利用した通行権、補給権、交渉権を放棄します」


『家名も捨てるのですか?』


 レナは手首を見る。


 金色の紋章は、青い光糸へ結ばれている。


「いいえ」


『権利だけを残すつもりですか?』


「権利は放棄します」


「ですが、アークライトという名は、私が生きてきた記録の一部です」


「あなたから受け取ったことも覚えています」


「私は、レナ・アークライトであり続けます」


 ヴァレリアの顔から、当主の表情が消えた。


 そこにいたのは、九年前に帰らなくなった相手を待っていた一人の女性だった。


『勝手ですね』


「はい」


『修復を拒否しながら、名だけは残す』


「はい」


『私が認めないと言ったら?』


「それでも名乗ります」


 長い沈黙。


 俺は、ヴァレリアが怒ると思った。


 だが、彼女は目を閉じた。


 少しだけ俯く。


『本当に、変わっていませんね』


「先ほどは、変わったと言いませんでしたか?」


『都合の悪いところだけ、昔のままです』


「申し訳ありません」


『謝罪する気がない時の言い方です』


「はい」


 ヴァレリアが小さく笑った。


 寂しそうな笑みだった。


『帰還命令への拒否を受理します』


 卓上に、正式な記録が表示される。


『航路騎士の地位を停止』


『中央領における個人資産を凍結』


『アークライト家の対外権限を失効』


 一行ずつ、レナが持っていたものが消えていく。


『家名については』


 ヴァレリアが操作を止めた。


『現当主権限により、継続使用を認めます』


「ありがとうございます」


『許可がなくても使うのでしょう?』


「はい」


『なら、手続きを増やさないためです』


 ヴァレリアは背後の青い惑星を見る。


『あなたの部屋は閉鎖します』


 レナの指先が、わずかに震えた。


『廃棄はしません』


「……はい」


『青色藻も管理を継続します』


「増えすぎた場合は、別水槽へ分けてください」


『指示を受ける立場ではありません』


「推奨です」


『検討します』


 二人の間には、まだ言葉にできないものが残っていた。


 帰らないと決めても、過ごした時間は消えない。


 レナが手首の紋章を捨てなかったように。


『最後に、個人間のデータ送信を行います』


 ヴァレリアが言った。


「内容は?」


『あなたの起動時に作成された身体調整記録です』


「アークライト家の機密情報では?」


『あなた自身の身体に関する記録です』


 ヴァレリアの声が低くなる。


『本来、家が所有すべき情報ではありません』


 小さなデータが送られてくる。


 胸部属性炉の初期調整値。


 四肢の接続構造。


 神経同期の補正記録。


 完全修復に必要な専用設備や部品はない。


 それでもガイとミサキが見れば、今より正確な補修ができる。


「なぜ送るのですか?」


『修復の機会を自分で断ったからといって、壊れたままでいろとは言っていません』


 レナが何かを言おうとする。


 ヴァレリアは、それを止めるように手を上げた。


『これは、家の支援ではありません』


『当時の航路演算士が、起動試験を担当したアンドロイドへ渡し忘れていた記録です』


「九年間も?」


『多忙でした』


「不自然です」


『回線を切ります』


「ヴァレリア」


 初めて、レナが役職も家名もつけずに呼んだ。


 ヴァレリアの手が止まる。


「私は」


 レナの声が、わずかに掠れた。


「あなたに会いたかったです」


『過去形にしないでください』


「では」


「いつか、会いに行きます」


『神代レンを拘束する条件は変わりません』


「アークライト家の保護を求めるためではありません」


 レナは青い《帰灯環》へ触れた。


「客として、会いに行きます」


 ヴァレリアはすぐには答えなかった。


『客室は狭いですよ』


「以前の個室より?」


『あなたの部屋は閉鎖しました』


「再開できます」


『家主が決めます』


「交渉します」


『……そうでしょうね』


 青い立体映像が薄くなっていく。


 最後に、ヴァレリアは俺を見た。


『神代レン』


「はい」


『礼は不要です』


「まだ言ってません」


『言おうとしたでしょう』


「少しだけ」


『レナの身体調整記録を渡したのは、あなたのためではありません』


「分かってます」


『彼女に選ばれたことを、免罪符にしないでください』


 厳しい目だった。


『あの子が帰還を諦めた代価を、愛情という言葉で軽く扱わないことです』


「はい」


 今度は、迷わず答えた。


「忘れません」


『なら、結構です』


 通信が切れた。


 青い惑星も、銀髪の女も消える。


 会議室には、俺とレナだけが残った。


     ◇


「終わりました」


 レナが言った。


「うん」


「航路騎士ではなくなりました」


「うん」


「資産も凍結されました」


「うん」


「完全修復も受けられません」


「……うん」


 それ以上、何と言えばいいのか分からなかった。


 嬉しい。


 レナが残ってくれた。


 俺の隣にいたいと言ってくれた。


 でも、それを喜ぶだけでは、ヴァレリアの言葉通りになる。


「後悔してる?」


 俺は尋ねた。


「現在は、していません」


「これからは?」


「する可能性があります」


 正直な答えだった。


「身体が動かない時」


「航路を感じられない時」


「ヴァレリアに会いたいと思った時」


「私は、今日の回答を後悔するかもしれません」


「その時は?」


「あなたに伝えます」


「俺に?」


「はい」


「俺のために我慢しない?」


「しません」


 レナが俺を見る。


「私は、あなたと対等に生きたいと考えています」


「対等なら、後悔も不満も伝えるべきです」


「レンも同様です」


「分かった」


「本当に?」


「できる限り」


「曖昧です」


「努力します」


 彼女が一歩近づく。


 俺の浮遊椅子の前。


 手を伸ばせば、触れられる距離。


「一つ、確認します」


「何?」


「昨日、私に残ってほしいと言いました」


「言った」


「現在も、同じですか?」


「同じだよ」


 俺は左手を伸ばす。


 途中で止めた。


「触れていい?」


「はい」


 レナの右手を取る。


 青い《帰灯環》同士が近づき、同じ明るさで光った。


「残ってくれて嬉しい」


「はい」


「レナが好きだ」


 言葉にすると、胸の奥が熱くなる。


 逃げたくなるような恥ずかしさもある。


 それでも、言わずに済ませたくはなかった。


「守ってくれるからじゃない」


「アンドロイドだからでもない」


「一緒にいると、もっと先まで生きたいと思える」


 レナは、ほとんど動かなかった。


「俺と一緒にいてほしい」


「義務じゃなく」


「レナがそうしたい間だけでいい」


「私は」


 金色の瞳が、俺だけを映す。


「あなたのそばにいたいです」


「護衛としてではありません」


「航路案内を行うためでもありません」


 レナの右手が、俺の左手を握る。


「私は、レンを好きになりました」


 はっきりと聞こえた。


 聞き間違いではない。


「もう一度言ってもらっていい?」


「なぜですか?」


「嬉しいから」


「記録を再生しますか?」


「本人から聞きたい」


「非効率です」


「駄目?」


 レナは、少しだけ視線を逸らした。


「好きです」


 一度目より小さな声。


 それでも、十分だった。


「抱きしめてもいい?」


「方法を検討します」


「そこから?」


「私の左腕と右脚は動きません。あなたは右半身の運動機能が低下しています」


「確かに」


「通常の抱擁を実行した場合、転倒する可能性があります」


「椅子に座ったままなら?」


「私が右側から接近します」


「俺は左腕を使う」


「荷重は浮遊椅子へ分散してください」


「分かった」


 どうして抱きしめるだけで、作業手順の確認をしているのだろう。


 でも、俺たちらしい気もした。


 レナが身体を寄せる。


 動く右腕を、俺の背中へ回す。


 俺は左腕で彼女の腰を抱いた。


 二人とも、使える腕は一本ずつ。


 合わせて、ようやく一つの抱擁になる。


 レナの黒い髪へ頬が触れる。


 胸部固定具の硬さ。


 その奥から伝わる、属性炉の微かな振動。


 温かい。


「レン」


「何?」


「腕の力が弱いです」


「これ以上は無理」


「では、私が強くします」


 背中へ回された腕に力が入る。


「苦しい?」


「少し」


「緩めます」


「いや、このままでいい」


 レナは離れなかった。


 俺も離したくなかった。


「昨日の浴場で」


 レナが、俺の耳元で言う。


「あなたは、理由がなくても手を握りたいと言いました」


「理由はあったよ」


「そうしたかったから?」


「うん」


「現在、私にも同様の希望があります」


「抱きしめたい?」


「それとは別です」


 レナが身体を少し離す。


 顔が近い。


「口づけてもいいですか?」


 頭の中が、一瞬だけ真っ白になる。


「レン?」


「ごめん。予想してなかった」


「拒否しますか?」


「しない」


 自分でも驚くほど早く答えていた。


「してほしい」


「分かりました」


「待って」


「何ですか?」


「俺からでもいい?」


 レナが瞬きをする。


「はい」


 俺は左手を、彼女の頬へ添えた。


 少しだけ顔を近づける。


 レナも目を閉じた。


 唇が触れる。


 ほんの短い時間。


 属性炉や《SOUL REPAIR》の接続ではない。


 相手の記憶も、感情も流れ込んでこない。


 それでも、彼女がここにいることが分かった。


 離れる。


 レナが目を開く。


「これが、口づけですか?」


「俺も詳しくない」


「記録上の映像とは、感覚が異なります」


「嫌だった?」


「もう一度、確認したいです」


「甘いものを食べた時も、同じこと言ってたな」


「必要な検証です」


「なら」


 今度はレナから近づいた。


 二度目は、少しだけ長かった。


 離れた後も、額が触れたままになる。


「どうだった?」


「一度目より、正確でした」


「感想がそれ?」


「嬉しいです」


 金色の瞳が、近くで細くなる。


「非常に」


 俺も笑った。


 身体はまだ動かない。


 追跡者も消えていない。


 レナは完全修復の機会を失った。


 それでも、今この瞬間を不幸だとは思わなかった。


「レナ」


「はい」


「いつか、アークライト家へ一緒に行こう」


「拘束される可能性があります」


「客として行ける方法を作る」


「可能ですか?」


「分からない」


「無責任です」


「でも、行きたい」


 俺は彼女の手首にある紋章へ触れる。


「レナが育ててた水槽も見たい」


「大量に増殖している可能性があります」


「片づけを手伝うよ」


「あなたは藻類管理の経験がありません」


「教えてくれればいい」


「では、約束してください」


「何を?」


「私が故郷へ帰りたい時、あなたは一緒に方法を探す」


「約束する」


「私が今日の選択を後悔した時も?」


「聞くよ」


「責任を取るとは言わないのですか?」


「レナの選択を、俺のものにはできない」


「でも、隣にはいる」


 レナは頷いた。


「それで十分です」


     ◇


『あー、二人とも聞こえるか』


 ガイの声が、会議室の通信機から響いた。


 俺たちは同時に身体を離した。


『アークライトの身体調整記録、受け取ったぞ』


「解析できそう?」


『誰に聞いてやがる』


「ガイ」


『質問の形をしてねえ!』


 工具を叩く音が聞こえる。


『完全修復は無理だ。専用の属性炉も、神経繊維もねえ』


「分かってる」


『だが、胸の亀裂は今よりましにできる』


 レナが通信機を見る。


『右脚も、出力を抑えりゃ自力歩行まで戻せるかもしれん』


「左腕は?」


『そっちは部品が足りねえ』


「そうですか」


『だから、作る』


 ガイは当然のように言った。


『《ウェイフェアラー》の修理と一緒にな』


「船の方は?」


『そっちも部品が足りねえ』


「どうするの?」


『作るって言っただろ!』


 通信の向こうで、ピコの声が入る。


『修理計画を更新』


『必要労働時間、二百四十七時間』


『ガイ単独では、途中で過労停止する確率七十八パーセント』


『余計な計算すんな!』


「手伝うよ」


 俺が言う。


『細腕はリハビリが先だ』


「できる仕事を探す」


『レナも、すぐ動けるとは思うなよ』


「承知しています」


『ほかの連中にも声をかけろ。船を直すなら、人手がいる』


 通信が切れる。


 会議室の窓から、格納庫が見えた。


 古い救難船。


 規格の違う部品。


 外れかけた扉。


 それでも、直そうとしている者がいる。


 俺たちが帰るための船。


「明日から、忙しくなるな」


「はい」


「後悔する暇もなさそうだ」


「後悔する時間は確保してください」


「予定に入れるの?」


「週に一度、三十分で十分です」


「短くないか?」


「不足した場合は延長します」


「一緒に?」


「はい」


 レナの青い《帰灯環》が光る。


 その隣には、故郷の紋章。


 彼女は過去を捨てなかった。


 俺を選ぶために、自分のすべてを消したのでもない。


 大切だった場所を覚えたまま、次に帰りたい場所を選んだ。


 俺は浮遊椅子を格納庫へ向ける。


 レナが隣を歩く。


 右脚の補助装具が、床へ金属音を響かせる。


 一歩。


 また一歩。


 次の祭りまでには、二人とも歩けるようになりたい。


 でも、その前に。


 俺たちには、帰る部屋を作る仕事があった。


後書き


次回、第26話「古い救難船に、帰る部屋ができた」。


《ウェイフェアラー》の本格修理と、正式乗員を決める日が始まります。

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