表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/24

第24話 故郷は、彼女の傷を治すと言った

《灯継ぎ祭》で、次の祭りも一緒に過ごすと約束したレンとレナ。


二人の手首には、一本の光糸から作った青い《帰灯環》が結ばれている。


しかし祭りの夜、《ウェイフェアラー》へアークライト家からの帰還命令が届く。


故郷が提示したのは、レナの身体を完全に修復するという申し出だった。


---

『レナ・アークライトの身体は、六時間で完全修復できます』


 青白い立体映像の女は、最初にそう告げた。


『停止した右脚、左腕、損傷した胸部属性炉。すべてを出奔以前の状態へ復元します』


 レナの右手が、膝の上でわずかに動いた。


『代価は一つ』


 女の視線が俺へ向く。


『神代レンを、アークライト家の保護下へ引き渡しなさい』


 《ウェイフェアラー》の小さな会議室。


 俺とレナは、古い円形卓を挟んで並んでいた。


 向かいにはミサキがいる。


 壁面へ映し出された女は、銀色の長い髪と、レナによく似た金色の瞳を持っていた。


 年齢は四十代ほどに見える。


 深い青色の礼装。


 胸元には、重なり合う二本の航路を模したアークライト家の紋章がある。


「所属と氏名を確認します」


 レナが言った。


『アークライト家現当主、ヴァレリア・アークライト』


 女は静かに答えた。


『久しぶりですね、レナ』


「最後の通信記録から、九年と四十三日が経過しています」


『時間を数えていたのですか?』


「記録に残っているだけです」


『そういうことにしておきましょう』


 ヴァレリアは、ごくわずかに笑った。


 作った笑顔には見えない。


 レナも彼女を見つめている。


 警戒している時の顔ではなかった。


 懐かしいものへ、どう触れればよいのか分からない。


 そんな表情に見えた。


「出奔という表現は正確ではありません」


『では、任務放棄と言い換えますか?』


「私は《MIND LOCK》による外部制御を受けました。任務を継続できる状態ではありませんでした」


『把握しています』


 ヴァレリアの声から、笑みが消える。


『あなたを制御した者についても、すでに調査しました。アークライト家の管理記録に、あの命令は存在しません』


「私を回収しなかった理由は?」


『回収部隊を三度送りました』


「接触記録はありません」


『一度目はマーテルに航路を封鎖されました。二度目は消息を絶ちました。三度目は、あなたが《TWIN ARC》を抜いたため撤退しています』


 レナが黙った。


 覚えているらしい。


「敵性船と判断しました」


『家紋を表示していました』


「偽装の可能性がありました」


『帰還警告を十二回送りました』


「通信規格が古かったため、広告情報へ分類しました」


 俺は思わずレナを見た。


「家からの連絡を迷惑通信に入れたのか?」


「当時は、発信元の信頼性を確認できませんでした」


『そういうところは、以前と変わっていませんね』


 ヴァレリアがため息をつく。


 怒っているようには見えない。


 むしろ安心しているようだった。


『あなたの部屋は、今も残しています』


 その一言で、レナの金色の瞳が揺れた。


『航路演算室も、訓練区画も、あなたが育てていた青色藻の水槽も』


「水槽の管理は?」


『自動化されています。九年間で、ずいぶん増えました』


「廃棄しなかったのですか?」


『あなたが帰還した際、怒ると思いましたから』


「私は、藻の廃棄を理由に怒ったことはありません」


『三十二時間、口を利かなかったことはあります』


「あれは研究記録を確認していました」


『食堂にも来なかったでしょう?』


「栄養摂取を必要としません」


『それでも、いつも同席していました』


 俺の知らないレナがいる。


 大きな屋敷か、研究施設か。


 そこで水槽を育て、食事を必要としないのに誰かと同じ卓へ座っていたレナ。


 彼女には、俺と出会う前の時間がある。


 当然のことなのに、胸の奥が少し狭くなった。


 ヴァレリアは、本当にレナを知っている。


 俺より、ずっと長く。


「帰還後の処遇を確認します」


 レナが尋ねた。


『アークライト家航路騎士への復帰。階級、個室、個人資産は出奔以前の状態へ戻します』


「行動制限は?」


『ありません』


「記憶修正は?」


『行いません』


「人格基幹の初期化は?」


『提案すらしません』


「《MIND LOCK》の再実装は?」


 ヴァレリアの表情が厳しくなる。


『二度と、その名をアークライト家の技術と並べないでください』


 静かな声だった。


 それでも、強い怒りが伝わってくる。


『あなたは家の剣であり、航路を選ぶ者です』


『命令に従うだけの道具へ戻すために、部屋を残していたのではありません』


 レナの肩から、わずかに力が抜けた。


 彼女が恐れていた条件は、そこにはなかった。


 身体を直してもらえる。


 記憶も人格も変えられない。


 役割と部屋も戻る。


 それなら、残る問題は一つだけだ。


「俺を保護下へ置くって、具体的には?」


 俺が尋ねると、ヴァレリアの視線がこちらへ戻った。


『あなたには、アークライト家中央領へ同行していただきます』


「自由に出られる?」


『《ORIGIN REGISTRY》との権利調停が終了するまでは、領外への移動を制限します』


「期間は?」


『確約できません』


「通信は?」


『許可制です』


「《SOUL REPAIR》は?」


『封印します』


 会議室が静かになる。


『恒久的な処置ではありません』


 ヴァレリアは続けた。


『能力を使用できない状態で保護し、《ORIGIN REGISTRY》との契約が無効であることを確認します』


「無効じゃなかったら?」


『契約条件を再交渉します』


「俺が嫌だと言ったら?」


『過去のあなたが署名した記録は、現在も複数の星系で有効です』


「俺は取り消した」


『あなた自身の意思としては理解します。しかし、法的効力はまだ確定していません』


 彼女は嘘をついていない。


 だからこそ厄介だった。


『神代レン。あなたを《ORIGIN REGISTRY》へ直接引き渡すつもりはありません』


『身体の分解、人格の複製、治療を伴わない解析も認めません』


『あなたには客室、医療、食事を提供します。必要であれば、現在の身体も完全修復しましょう』


 俺の右手へ視線が落ちる。


 親指は動く。


 だが、その先はほとんど動かない。


『浮遊椅子も不要になります』


『歩き、走り、自分の両手で物を持てる身体へ戻れます』


 歩ける。


 祭りの通路を。


 レナと並んで。


 湯へ入るため、支持台へ移る必要もない。


 服の帯も自分で結べる。


 青い《帰灯環》だって、両手で作れる。


 欲しくないはずがなかった。


 俺は自分の右手を見る。


 数時間で、この身体が動くようになる。


 代わりに、能力を封じられ、通信も移動も許可制になる。


 豪華な部屋へ入れられるだけで、檻であることは変わらない。


『ほかの乗員には危害を加えません』


 ヴァレリアが言った。


『《ウェイフェアラー》にかけられた賞金も、アークライト家が買い取ります。マーテルとは停戦交渉を行い、《HELIOS》の債権請求も退けましょう』


「百七十三の人格記録は?」


『要求しません。それらを保護するのであれば、別途支援できます』


 こちらの困っている条件を、すべて知っている。


 俺を差し出すだけで、レナは直る。


 俺の身体も直る。


 仲間は追われなくなる。


 人格記録も守られる。


 あまりにも都合がいい。


 都合がよすぎるから疑わしいのではない。


 本当に実行できる力があるから、断る理由が見つけにくかった。


「回答期限は?」


 レナが尋ねた。


『標準時間で四十八時間』


「短すぎます」


『あなたの胸部属性炉に、長い検討時間は残されていません』


 レナの右手が、胸の固定具へ触れる。


『帰ってきなさい、レナ』


 ヴァレリアの声が変わった。


 当主として命令する声ではない。


『もう十分です』


『あなたは九年間、自分の身体を応急修理しながら戦い続けた』


『今度は、家に修復させてください』


「そのために、レンを拘束するのですか?」


『彼を生かすためです』


「彼が望まない方法で?」


『望みを聞き続けた結果、身体が停止すれば、その望みも失われます』


 それは正論に聞こえる。


 俺が、かつて病院で何度も聞いた種類の正しさだった。


 だが、レナの表情は怒っていない。


 否定もしていない。


 迷っている。


 当然だ。


『レナ』


 ヴァレリアが静かに呼ぶ。


『あなたは、また歩けます』


 通信が一時停止する。


 回答待機状態へ入った。


 残り時間が表示された。


 四十七時間五十九分。


 青い数字が、一秒ずつ減っていく。


     ◇


「完全修復は可能です」


 通信終了後、ミサキが言った。


 レナの胸部走査結果と、アークライト家から送られた修復計画を比較している。


「偽りはありません」


「ここでは?」


 俺が尋ねる。


「生命活動の安定化はできます。胸部属性炉の亀裂も、時間をかければ補強できます」


「脚と腕は?」


「一般規格の部品へ置換する方法があります」


 レナの視線が、ミサキへ向く。


「その場合、《ARC STEP》の使用は?」


「難しいです」


「《TWIN ARC》との神経同期は?」


「現在の精度には戻りません」


 ミサキは言いにくそうに答えた。


「アークライト家の身体技術は、外部へほとんど公開されていません。特に胸部属性炉と全身の動作系は、レナの人格基幹に合わせて調整されています」


「つまり、家に戻らない限り完全には直らない」


「現時点では」


 レナは動かない左腕を見る。


「生命維持可能時間は?」


「低出力状態を保てば、すぐに停止することはありません」


「具体的に」


「現在の出力なら、四十一日間は安定すると予測します。その先も補修はできます」


「完全停止の可能性は?」


「あります」


 ミサキは、都合のいいことだけを言わなかった。


「ただし、戦闘能力と高出力航行支援を諦めれば、危険性は大きく下げられます」


「戦えなくなるだけ?」


 俺が聞く。


「それだけではありません」


 レナが自分で答える。


「私は高速航行時、船体の慣性変化を身体感覚として処理します。《ARC STEP》も、同じ演算系を使用しています」


「そこを一般部品に替えたら?」


「航路が数値に戻ります」


 俺には、すぐに意味が分からなかった。


「私は現在、船がどちらへ進みたがっているかを感じられます」


 レナは説明した。


「機関の振動、重力の偏り、船体の歪み。すべてを、身体の一部として認識しています」


「それが、分からなくなる?」


「はい」


 レナにとって、戦闘能力だけの問題ではない。


 世界の見え方が変わる。


 音を聞く能力。


 色を見る能力。


 そうしたものを失うのに近いのかもしれない。


「私なら、帰還を勧めます」


 ミサキが言った。


 俺は彼女を見る。


「医師としては?」


「はい」


「ミサキ自身は?」


 彼女の指が止まる。


「怖いです」


「何が?」


「治療を条件に、誰かが拘束されることが」


 ミサキはレナを見る。


「でも、私がその不安を理由に帰還を止めれば、レナから修復の可能性を奪うことになる」


「だから、医学的な情報だけ伝える?」


「それが私の役割です」


 苦しそうな声だった。


 レナを直したい。


 俺も自由にしたい。


 どちらも望んでいるから、どちらかを選べとは言えない。


「ありがとうございます、ミサキ」


 レナは立ち上がろうとした。


 補助装具が右脚を固定する。


 壁へ手をつき、ゆっくり姿勢を整えた。


「一人で検討します」


「レナ」


 呼び止める。


 彼女は振り返らなかった。


「後で話せる?」


「はい」


「それなら待つ」


 レナは会議室を出ていった。


     ◇


 六時間後。


 俺は《ウェイフェアラー》の観測通路にいた。


 修理途中のため、壁の一部が外されている。


 透明な応急材の向こうに、《NOMAD’S REST》の灯りが見えた。


 祭りは終わりかけている。


 いくつかの灯りは消えた。


 それでも、港を囲む輪はまだ残っている。


 俺の手首にも、青い《帰灯環》がある。


 レナがやってきた。


 祭礼衣から、いつもの船内服へ戻っている。


 右手首の《帰灯環》だけは外していなかった。


「隣、空いてる」


 浮遊椅子を少し動かす。


 レナは壁際の補助席へ座った。


 しばらく、二人で港を眺める。


「帰りたい?」


 俺が尋ねた。


「分かりません」


「部屋は残ってるんだろ」


「はい」


「ヴァレリアは、レナを大切にしてるように見えた」


「私を設計したのは、先代当主です」


「ヴァレリアじゃない?」


「彼女は、私の起動試験へ参加していました。当時は航路演算士でした」


「昔から知ってるんだ」


「私が初めて歩いた時、正面にいた人です」


 胸が小さく痛んだ。


 嫉妬するような話ではない。


 それでも、俺の知らないレナを知っている相手がいる。


 レナの最初の一歩を見た人。


 その事実が、少し羨ましい。


「彼女は、歩行試験の規定速度を無視しました」


 レナが続ける。


「私の手を引いて、屋外区画まで走ったのです」


「試験中に?」


「先代当主から、強い叱責を受けていました」


「意外だな」


「以前は、規則を守らない人でした」


「今は?」


「私に帰還命令を送る人です」


 レナは手首の青い光へ視線を落とす。


「私は、戻れば歩けます」


「うん」


「左腕も動きます」


「うん」


「あなたを、両腕で支えられます」


 声が少しだけ揺れた。


「次の祭りでは、浮遊椅子の隣ではなく、同じ速度で歩けます」


「俺も直してもらえば、歩ける」


「はい」


「魅力的な話だ」


「そう思いますか?」


「思うよ」


 嘘をつく必要はない。


「歩きたい」


 俺は言った。


「走ってみたい。自分で服を着たい。右手でレナの手を握りたい」


 青い《帰灯環》へ、動かない指を触れさせる。


「アークライト家へ行けば、それが全部できる」


「では」


 レナが俺を見る。


「一緒に来ますか?」


 答えは決まっている。


 けれど、簡単に言いたくなかった。


「行きたい」


 レナの瞳が大きくなる。


「でも、保護という名前で閉じ込められるのは嫌だ」


「能力の封印が一時的であれば?」


「誰が、一時的だと決める?」


「権利調停の終了後です」


「終了させる時期を、俺たちは決められない」


「安全は保証されます」


「安全な部屋で、許可を求めながら生きることになる」


 俺は息を吐いた。


「それでも、行きたい気持ちはある」


「矛盾しています」


「そうだな」


 歩きたい。


 レナに直ってほしい。


 仲間を追われる生活から解放したい。


 そのすべてが、自由を渡せば手に入る。


「レナは?」


「私も、帰還したい気持ちがあります」


 彼女は、はっきりと言った。


「修復されたい」


「うん」


「以前のように戦いたい。航路を身体で感じたい」


「うん」


「ヴァレリアに会いたい」


 それを口にするまでが、一番長かった。


「会いたいのです」


「会えばいい」


「レンを引き渡すことになります」


「それが条件だからな」


「あなたは、私に残ってほしいですか?」


 聞かれた。


 正しい答えを探しかける。


 レナが決めることだ。


 俺は彼女の選択を尊重する。


 そんな言葉なら、いくらでも言える。


 どれも間違いではない。


 でも、彼女が聞いているのはそれではない。


「残ってほしい」


 俺は答えた。


「直らなくても?」


「直ってほしい」


「両方は選べません」


「分かってる」


 喉が乾く。


「それでも、行ってほしくない」


 自分勝手な言葉だった。


 レナが完全に直る機会より、自分のそばにいることを望んでいる。


「ヴァレリアが羨ましい」


「なぜですか?」


「俺の知らないレナを知ってるから」


 言ってしまうと、止められなかった。


「レナが初めて歩いた時も見てる。昔の部屋も、好きだった水槽も知ってる」


「はい」


「俺は、壊れてからのレナしか知らない」


 レナの瞳が細くなる。


「だから、これから先を知りたい」


 格好のいい言葉ではない。


「行ってほしくない」


「俺と一緒にいてほしい」


「でも、俺のために壊れたままでいろとは言えない」


 それが、俺の本当の気持ちだった。


「ごめん。答えの役には立たないな」


「いいえ」


 レナの右手が伸びる。


 俺の頬へ触れた。


 医療確認ではない。


 身体を支えるためでもない。


「嬉しいです」


「どの部分が?」


「あなたが、私に残ってほしいと思っていることです」


「自分勝手だぞ」


「私も同じです」


「レナも?」


「あなたに、私と一緒に来てほしい」


 彼女の指先が、俺の頬をゆっくりなぞる。


「アークライト家へ行けば、あなたの身体は修復されます」


「うん」


「私の故郷を見せられます」


「見てみたい」


「青色藻の水槽も」


「そんなに大事なのか?」


「九年間、増え続けています」


「少し怖いな」


「私も、現在の状態を見るのが怖いです」


 二人で小さく笑った。


 答えは出ていない。


 状況も変わっていない。


 それでも、言わなければ分からなかった気持ちを、互いに口にした。


 レナは帰りたい。


 俺には残ってほしい。


 俺は歩きたい。


 レナには直ってほしい。


 どれか一つが嘘なら、もっと簡単だった。


「条件を変えられないかな」


 俺が言う。


「交渉は可能だと思いますか?」


「聞いてみないと分からない」


「どのような条件を提示しますか?」


「レナの修復を、中立の場所でやってもらう」


「アークライト家の技術者を派遣させる?」


「俺を拘束しないことも条件にする」


「相手に利益がありません」


「百七十三の人格記録の解析結果を一部共有する」


「危険です」


「個人情報じゃなく、《ORIGIN REGISTRY》の回収方法だけだ」


 レナが考える。


「アークライト家も、航路上で《ORIGIN REGISTRY》の回収実働体と衝突しています」


「なら、価値はある」


「しかし、条件を受け入れるとは限りません」


「それでも、何もしないよりいい」


 レナの手が、俺の頬から離れた。


 代わりに、青い《帰灯環》へ触れる。


「分かりました」


 彼女は立ち上がる。


「私が交渉します」


「一緒にやる?」


「いいえ」


「どうして?」


「アークライト家の交渉規則を、あなたは知りません」


「教えてくれれば――」


「最初の提示条件を三つに絞らなければ、弱みと判断されます」


「厳しいな」


「ヴァレリアは、以前から欲しいものをすべて同時に要求する人でした」


「レナも似てる?」


「私は必要なものしか要求しません」


 彼女は一歩進む。


 補助装具が床へ触れる。


 金属音。


 次の一歩。


 また金属音。


 通路を出る直前、レナが振り返った。


「レン」


「何?」


「私は、修復されたいです」


「うん」


「ですが、あなたを代価として差し出したいとは思いません」


 それが、現時点で彼女が出せる答えだった。


     ◇


 レナが提示した条件は三つ。


 一つ。


 修復技術者を《NOMAD’S REST》へ派遣すること。


 二つ。


 修復に人格、記憶、行動権限の変更を含めないこと。


 三つ。


 俺の身体、能力、移動へアークライト家が制限を加えないこと。


 対価として、《ORIGIN REGISTRY》回収実働体の行動記録と、人格保管方式に関する技術情報を提供する。


 返信は、わずか十二分後に届いた。


『第一条件、拒否』


『第二条件、受諾』


『第三条件、拒否』


 修復設備は、アークライト家中央領から動かせない。


 俺の拘束は、交渉の前提条件。


 どちらも変更できない。


 最後に、ヴァレリアからの短い音声が添えられていた。


『レナ。私は、あなたの帰還と引き換えに彼を要求しているのではありません』


『彼を確保しなければ、アークライト家はあなたの帰還を受け入れられないのです』


『あなたが今いる場所を、家と敵対させないでください』


 脅しではなかった。


 だからこそ、重かった。


 レナは返信画面を閉じる。


 回答期限は、あと三十六時間。


「明日、答えます」


「決まった?」


「いいえ」


 レナは右手首の《帰灯環》を見る。


「今夜、もう一度だけ、自分が帰りたい場所を考えます」


 故郷は、彼女の傷を治すと言った。


 だが、傷が治る場所と、帰りたい場所が同じだとは限らない。


 俺は青い光を見つめながら、彼女の答えを待つことにした。





次回、第25話「彼女が帰りたい場所は、命令では決まらない」。


レナはアークライト家へ、自分自身の答えを伝えます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ