第22話 借金持ちの賞金稼ぎは、敵になりきれない
過去の自分が結んだ契約を知りながら、レンは《ORIGIN REGISTRY》による管理を拒絶した。
右手には、わずかな感覚が戻り始めている。
だが、選び直した人生を歩き始めるより先に、漂泊港《NOMAD’S REST》へ警報が響く。
レンたちへ照準を向けたのは、以前から彼らを追っていた若い懸賞請負人たち――《BRIGHT JACKALS》だった。
『警告。外部船より兵装照準を受けています』
ミラの声が、《MOURNING STAR》の医療区画に響いた。
俺は浮遊椅子の肘掛けを握ろうとした。
左手は動く。
右手は、親指が数ミリ震えただけだった。
『発信者、《BRIGHT JACKALS》』
『要求は神代レンの引き渡し』
『回答期限、二分五十八秒です』
窓の向こうに、小型船が浮かんでいる。
細長い船首。
左右へ張り出した大型推進器。
赤と黄色の塗装は派手だが、外壁の傷を隠しきれていない。
速く飛ぶためだけに作られた船だ。
その代わり、一度止まったら二度と動かないような危うさがある。
「港の中で武器を向けるなんて、ずいぶん立派な賞金稼ぎね」
エリスが俺の後ろで言った。
赤い髪は結ばれている。
六本指の機械腕が、宙に複数の契約画面を開いていた。
「違反回数は?」
『現在までに十二項目です』
ミラが答える。
「増えるのが早いわね」
「撃ってはいない」
操縦席からサヤの声が飛んできた。
「まだな」
黒い人工眼が、窓の向こうの船を捉えている。
彼女の右手は火器管制装置へ置かれていた。
《MOURNING STAR》の兵装なら、あの小型船を撃ち落とせる。
たぶん、一撃で。
「サヤ」
「分かっている」
俺が名前を呼んだだけで、彼女は言った。
「お前の許可なく破壊はしない」
「俺の船じゃないけど」
「今は私がお前と契約している。狩る相手を生かすかどうかも、契約条件に含まれる」
「そんな条件、入れた覚えがない」
「今、追加した」
「勝手に追加するな」
サヤは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
それから通信を開く。
「こちら《MOURNING STAR》。お前たちの要求には応じない。照準を解除して港から出ろ」
『無理だ』
若い男の声が返ってきた。
以前、港の記録映像で見た顔が表示される。
《BRIGHT JACKALS》の船長、カイ・ローデン。
二十代前半。
短く刈った茶色い髪。
額には汗が浮かび、頬には新しい傷があった。
後ろでは、同年代の女性が機関出力を読み上げている。
さらに奥から、工具を落としたような音が聞こえた。
少なくとも三人。
それが《BRIGHT JACKALS》の全員だ。
「なぜ無理なんだ?」
俺が尋ねる。
カイの視線が動いた。
『神代レンか』
「そうだ」
『あんたを渡せば、借金が消える』
「渡さなければ?」
『俺たちの船が止まる』
エリスの指が、宙に浮かぶ画面を素早く払った。
「借入契約を送って」
『ふざけるな。どうして賞金首の仲間に――』
「あなたたちの債権、三日前に売却されているでしょう?」
カイが黙った。
エリスは続ける。
「最初の貸し手は辺境船舶金融組合。現在の債権者は《HELIOS LABOR SUPPORT》」
『……だから何だ』
「通常の借金なら、船が差し押さえられるだけ。でも、あなたたちの通信からは生命維持装置への遠隔命令が出ている」
エリスの笑みが消えた。
「借金の担保は船じゃない」
「船から出られない状況を作って、あなたたち自身を働かせるつもりよ」
カイの背後にいる女性が振り向いた。
『カイ』
『分かってる!』
『本当に分かってる? 酸素循環器の出力が、もう三パーセント落ちてる』
通信越しにも、彼らの呼吸が速くなっているのが分かった。
『残り時間、二分十四秒』
ミラが告げる。
「こっちの回答時間じゃなかったのか?」
『相手船の機関制御に、同一時刻の作動命令を確認しました』
つまり、あれは俺たちへの期限ではない。
彼ら自身の期限だった。
俺を捕まえなければ、船を奪われる。
その後、三人がどうなるかは分からない。
少なくとも、《HELIOS》が自由に帰してくれるとは思えない。
「港へ降りろ」
サヤが言った。
「武装を捨てれば、救命対象として受け入れられる」
『できない』
「船を失うのが嫌なのか?」
『この船がなければ、俺たちは終わりだ』
「船と一緒に死ぬよりましだろう」
『あんたには分からない!』
カイが操縦席を叩いた。
『船を買うまで、俺たちは貨物区画で寝てた。水も空気も、使うたびに金を取られた』
『やっと手に入れたんだ』
『速ければ仕事を選べると思った。誰より先に荷物を運べば、借金なんかすぐ返せるって――』
「それで、返せた?」
エリスの問いに、カイは答えなかった。
返せなかったのだ。
高性能な推進器には、高額な燃料が必要になる。
速く飛べば、部品も消耗する。
修理代を払うため、新しい借金をする。
その借金を返すため、危険な仕事を受ける。
たぶん、そういう仕組みだ。
「エリス。あの遠隔命令を止められる?」
「契約制御器へ直接触れれば」
「通信では?」
「無理ね。《HELIOS》の暗号鍵が必要」
『残り一分四十二秒』
俺は小型船を見る。
「向こうの契約制御器はどこにある?」
「主推進器の中」
エリスが構造図を表示した。
「嫌な場所へ入れてあるわ。取り外せば、推進器の同期が崩れる」
「ガイなら外せる?」
『現物を見りゃな』
通信へ、ガイの声が割り込んできた。
《ウェイフェアラー》の格納庫から状況を見ていたらしい。
『ただし、そいつの推進器は二基で一組だ。片方だけ止めたら回転するぞ』
「ピコ?」
『契約制御器の予測位置を確認』
小さな機械音声が続く。
『右推進器内部、制御線三本。切断順序を誤った場合、推定十二秒後に燃料爆発』
「失敗できないな」
『失敗を推奨しない』
「俺もだ」
『残り一分十一秒』
俺はカイを見る。
「助かる方法がある」
『信用できるか!』
「できなくても聞け。俺たちが必要なのは、お前たちの船の中へ入ることだ」
『乗り込んで船を奪うつもりか』
「それなら、もっと簡単な方法を選ぶ」
俺がサヤへ視線を向けると、彼女は火器の照準を一瞬だけ小型船へ重ねた。
カイの顔が引きつった。
「右推進器の契約制御器を外す」
『外したら船が壊れる!』
「だから同時にやる」
俺は構造図を拡大した。
「お前たちが推進器を手動制御する」
「ガイとピコが切断手順を指示する」
「エリスが契約制御器へ解除処理をかける」
「サヤが船の姿勢を外から支える」
『そんなの、通信の遅れだけで失敗する』
「分かってる」
俺は左手を、自分の胸へ置いた。
右手の親指が、また少しだけ動いた。
「通信ではつながない」
レナが俺を見た。
彼女は簡易補助具で右脚を固定し、操縦席脇の壁へ身体を預けている。
「レン」
「深くは入らない」
「時間は?」
「一秒以内」
俺は最初から決めていた。
接続する範囲。
時間。
終わる条件。
今までのように、届くところまで手を伸ばすのではない。
必要なものだけを、必要な時間だけ借りる。
『残り四十六秒』
「選べ、カイ」
俺は言った。
「俺を撃って《HELIOS》へ渡すか」
「俺たちへ、四十六秒だけ船を預けるか」
カイの顔が歪む。
背後の女性が彼の肩を掴んだ。
『私はやる』
『ミナ』
『撃って賞金が入っても、次は別の借金を作られるだけ』
機関区から、三人目の声がした。
『右推進器まで七秒。行ける』
カイが目を閉じる。
開いた時、銃火器の照準表示が消えた。
『……《BRIGHT JACKALS》船長、カイ・ローデン』
『神代レンの提案を受ける』
「ミラ、記録」
『記録しました』
「サヤ、船を近づけて」
「もう動かしている」
《MOURNING STAR》が加速した。
窓の外で星が流れる。
サヤは小型船の下へ回り込み、船体上部の牽引装置を展開した。
だが、その瞬間。
《BRIGHT JACKALS》の主推進器が青白く輝いた。
『遠隔操作が始まった!』
カイが叫ぶ。
船首が港の居住区へ向く。
推進器の出力が上昇していた。
このまま加速すれば、船が止まるより先に港へ衝突する。
『契約執行手順を確認』
エリスが低い声で言った。
『船体を債権者指定宙域へ移動させる自動航行よ』
「進路上に港があるぞ」
『《HELIOS》にとっては、損害賠償を追加できるだけなのでしょうね』
「趣味が悪い」
『同感よ』
サヤが牽引索を射出する。
金属索が小型船の後部へ巻きついた。
《MOURNING STAR》の船体が軋む。
「私は八秒しか支えられない!」
「十分だ」
俺は浮遊椅子の接続端子を開いた。
一本はレナの補助装具へ。
一本は《MOURNING STAR》の操縦系へ。
残りは通信を通じて、エリス、ガイ、ピコ、そしてカイたちの船へ。
以前なら、何が流れ込んでくるのか分からないまま接続した。
今は違う。
「レナ。進路予測だけ貸してくれ」
「了解しました」
「サヤ。船体感覚を」
「持っていけ」
「ガイとピコは推進器の構造」
『壊すなよ』
『正確には、適切に壊す』
「エリスは契約制御器の解除経路」
「高くつくわよ」
「後で請求してくれ」
最後にカイたちを見る。
「そっちは、船を手放したくない気持ちだけでいい」
『何だ、それ』
「一番大事な情報だ」
俺は息を吸った。
ミサキから教えられた通り、四つ数える。
吐く。
身体の力を抜く。
接続深度、最小。
対象、操船および機関制御に関係する情報のみ。
終了条件、契約制御器の切断。
上限時間、〇・八秒。
「《SOUL REPAIR》」
世界が、線になった。
レナが見ている未来の進路。
サヤが感じている《MOURNING STAR》の重さ。
ガイの頭にある、力をかければ壊れる場所。
ピコが計算した、壊しても残る場所。
エリスが見抜いた、契約という檻の継ぎ目。
そして、カイたちが守りたかった、小さな船。
寝台は三つ。
食事用の机は一つ。
壁には、三人で撮った古い映像が貼られている。
借り物ではなく、自分たちの船を初めて手に入れた日。
誰も、まともな服を着ていない。
それでも、笑っていた。
欲しかったのは高性能な推進器ではない。
帰る場所だった。
それが分かった。
〇・二秒。
「右へ三度!」
カイが操縦桿を倒す。
〇・三秒。
サヤが牽引索を緩める。
〇・四秒。
レナが自動航行の次の補正を読む。
「今です」
〇・五秒。
ガイが叫ぶ。
『第一線、切断!』
機関区の青年が工具を振り下ろす。
〇・六秒。
『第二線』
ピコの指示。
火花が散る。
〇・七秒。
エリスの六本指が同時に動いた。
「債権者認証を、船体制御から分離」
〇・七八秒。
『第三線、切断』
契約制御器が止まった。
俺は手を離した。
世界が戻る。
視界は暗くならない。
呼吸も止まっていない。
左腕に鈍い痺れがある。
右肩は痛む。
それだけだ。
「レン」
レナの手が、俺の背中へ触れた。
「接続終了を確認しました」
「何秒?」
「〇・七九秒です」
「ぎりぎりだったな」
「上限以内です」
彼女の声が、少しだけ柔らかくなる。
「あなたは戻ってきました」
俺は返事をしようとした。
その前に、船体が激しく揺れた。
「まだ終わっていない!」
サヤが操縦桿を引く。
契約制御器は止まった。
だが、《BRIGHT JACKALS》の右推進器も停止している。
左推進器だけが噴射を続け、小型船は回転を始めていた。
『姿勢を維持できない!』
カイの声。
「サヤ、牽引索を切れ!」
「切れば、あいつらは港壁へぶつかる!」
『《ウェイフェアラー》より射出準備完了』
ミラの声が入った。
「何を?」
『救難用牽引ワイヤーです』
窓の向こう。
修理中の《ウェイフェアラー》から、太い金属索が放たれた。
一度目は外れる。
二度目の先端を、ガイの《HEAVY GRIP》が格納庫から直接掴み、投げ直した。
『ピコ、巻き取れ!』
『実行中』
牽引ワイヤーが、小型船の船首へ絡む。
《MOURNING STAR》が後部を引く。
《ウェイフェアラー》が船首を引く。
二隻の古い船に挟まれて、《BRIGHT JACKALS》の回転がゆっくり止まった。
港の居住区まで、残り百十二メートル。
近い。
宇宙では、あまりにも近すぎる距離だった。
しばらく誰も話さなかった。
やがてカイの声が聞こえた。
『……助かったのか?』
「生命維持装置は?」
『戻ってる』
背後でミナが確認する。
『酸素循環、正常。操縦権限もこっちに戻った』
「推進器は片方が死んでるわ」
エリスが言った。
「でも、それはガイなら直せる」
『簡単に言うな、赤髪!』
「直せないの?」
『直す!』
「だそうよ」
エリスは笑った。
カイは俯いていた。
『俺たちは、あんたを売ろうとした』
「そうだな」
『撃つつもりだった』
「それも知ってる」
『それでも修理するのか』
「無料とは言ってない」
俺は答えた。
「港の壁を壊しかけた分も働いてもらう」
『金はない』
「身体で払えとは言わない」
エリスが画面を一つ、彼らへ送信した。
「《HELIOS》から受け取った遠隔命令の記録。生命維持装置へ介入した証拠も揃っている」
『これが何になる?』
「この港では、身体や生命維持を債権の担保にできない」
「仲裁へ持ち込めば、船体制御へ結びついた部分は無効にできる。元の借金までは消えないけれど、《HELIOS》の追加分は争えるわ」
『元の借金……』
「返す仕事もある」
別の通信回線が開いた。
家族船《HOMEWARD》の船長が映る。
以前、行方不明になった息子を探すため、俺を餌に使おうとしていた船だ。
『《HELIOS》の通信中継点を追える高速船が必要だ』
『報酬は高くない。燃料代と修理部品、それに借金の分割返済ができる程度だ』
『だが、人間を運ぶ仕事じゃない。情報を運ぶ仕事だ』
カイはミナを見る。
ミナは機関区の仲間へ視線を送った。
三人だけで、しばらく話す。
俺たちは待った。
やがて、カイが顔を上げた。
『受ける』
「条件を読んでから決めなさい」
エリスがすぐに言った。
『今、決めたら駄目なのか?』
「契約書を読まずに署名して、今の状況になったんでしょう?」
『……はい』
「返事は三時間後。それまでに三人全員で読んで、一つでも嫌な条件があれば交渉すること」
『分かった』
「分かった、ではなく?」
『俺たちで条件を確認してから決める』
エリスが満足そうに頷いた。
それから、俺へ視線を向ける。
「あなたも聞いた?」
「何を?」
「契約は読む」
「今回は読んだ」
「昔のあなたは?」
「それを言われると弱い」
「現在のあなたへ教えているの」
機械の人差し指が、俺の額を軽く突いた。
「昔の男の失敗まで、あなたに請求する気はないわ」
「優しいんだな」
「高利よ」
笑っている。
だが、ほんの一瞬だけ、彼女の指が俺の額に残った。
その感触を意識した時には、エリスはもう契約画面へ向き直っていた。
『神代レン』
カイが呼ぶ。
「何だ?」
『懸賞請求を取り下げる』
「いいのか?」
『あんたを捕まえれば、借金は消えるかもしれない』
『でも、それで手に入る船は、俺たちの船じゃない』
カイは操縦席の壁へ触れた。
『誰かに命令されて飛ぶなら、貨物区画にいた頃と同じだ』
「そうか」
『ただし、俺たちは仲間にはならない』
「頼んでない」
『いつか、借金を全部返したら――』
カイは少し迷った。
『その時は、速度で勝負しろ』
「この船で?」
俺は窓の向こうの《ウェイフェアラー》を見る。
左右で規格の違う推進器。
補修板だらけの外壁。
牽引ワイヤーを撃った反動で、格納庫の扉が半分外れている。
「勝てる気がしない」
『なら、今のうちに直しておけ』
通信が切れた。
サヤが息を吐き、火器管制装置から手を離す。
「甘い決着だ」
「嫌だった?」
「いや」
彼女は、港へ牽引されていく小型船を見た。
「私が追ってきた賞金首も、同じことを言った」
「何て?」
「事情があった、と」
サヤの人工眼が、俺を映す。
「事情があれば、何をしても許されるわけではない」
「うん」
「だが、事情を知る前に撃てば、選べる結末が減る」
それは、妹のイオナと話してから、彼女が選び直した考えなのかもしれない。
サヤは振り返った。
「今回は、お前の勝ちだ」
「戦ってないけど」
「相手の照準を外させた」
「それに、あなたは倒れていません」
レナが言った。
彼女はまだ俺の背中へ手を添えている。
「倒れなかっただけで褒められるのは、少し複雑だな」
「では、訂正します」
レナは俺の前へ回った。
「接続する相手と範囲を選び、終了時間を守り、六人の技術を一つの結果へつなげました」
「六人?」
「カイたちを含めれば、九人です」
「そんなにいたのか」
「あなたは、自分一人の身体を修復したのではありません」
金色の瞳が、まっすぐ俺を見る。
「全員が持っていたものを、失敗しない一瞬へつなげた」
「それが、あなたの勝利です」
胸の奥が熱くなる。
自分一人で敵を倒したわけではない。
誰より強くなったわけでもない。
それでも。
あの一瞬を作ったのは、俺だった。
「ありがとう」
「事実を述べただけです」
「それでも、嬉しい」
レナが視線を逸らした。
耳のあたりにある人工皮膚が、わずかに赤みを増している。
アンドロイドにも、こういう反応があるのだろうか。
それとも、俺がそう見たいだけなのか。
「接続中、レナが見ているものが少し分かった」
「航路予測ですか?」
「うん」
「嫌だった?」
レナはすぐには答えなかった。
彼女の指先が、俺の肩から離れかける。
だが、完全には離れなかった。
「驚きました」
「ごめん」
「謝罪は不要です。私が渡した情報です」
短い沈黙。
「あなたが、戻る場所を決めてから接続したことも分かりました」
「戻る場所?」
「ここです」
レナの手が、俺の肩へ戻る。
「私たちがいる場所へ」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
うまい返事を考えている間に、ミラの声が響く。
『《NOMAD’S REST》港湾管理部より通達』
『《BRIGHT JACKALS》の武装使用未遂について、修理作業百二十時間を科します』
「長くないか?」
『破損しかけた居住区の住民投票により決定されました』
「住民、怒ってるな」
『加えて、神代レン一行へ感謝状が発行されます』
「それは要らない」
『副賞として、明日開催される《灯継ぎ祭》の共同浴場利用券が八枚提供されます』
「共同浴場?」
ミサキの声が、医療通信から聞こえた。
『入浴はまだ許可していません』
「俺、何も言ってないけど」
『今、行きたいと思ったでしょう』
「少しだけ」
『駄目です』
「少しだけでも?」
『駄目です』
エリスが俺の浮遊椅子へ肘を乗せた。
「安心して。歩けない人向けの介助浴場もあるわ」
『エリス』
「もちろん、医師の許可を得てからよ」
からかうような声。
その向こうで、レナの指が俺の肩へ少し強く食い込んだ。
「レナ、痛い」
「補助具の出力調整を誤りました」
「肩に補助具はついてないだろ」
「誤差です」
エリスの笑い声が響く。
サヤは意味が分からないという顔をしている。
窓の外では、港の住民たちが祭りの準備を始めていた。
大小の船をつなぐ通路に、色とりどりの灯りがともっていく。
一つの船が滅びても、別の船がその灯りを受け継ぐ。
故郷を失った旅人たちが、帰る場所を作り直すための祭り。
《BRIGHT JACKALS》の船にも、小さな灯りが一つ取りつけられた。
まだ借金は残っている。
壊れた推進器も、彼らがしたことも消えない。
それでも、彼らの船は彼らの意思で飛べる。
俺は動かない右手を見る。
親指へ力を入れた。
一ミリ。
それから、もう一ミリ。
今度は自分の意思で、確かに曲がった。
「レナ」
「はい」
「祭りまでに歩けるようにはならないよな」
「なりません」
「即答だな」
「ですが」
レナは、俺の浮遊椅子の隣へ立った。
「歩けないなら、一緒に進む方法を選べます」
「押してくれる?」
「隣を歩きます」
浮遊椅子は、自分で操作できる。
だから押す必要はない。
守られて後ろをついていくのでもない。
彼女が隣を歩き、俺が自分で進む。
「それがいい」
「私も、そう思います」
明日は祭りだ。
戦うためでも、逃げるためでもない一日が始まる。
たぶん、そういう時間のためにこそ、俺たちは自分の人生を取り戻そうとしている。
《BRIGHT JACKALS》との対立は、レンが初めて《SOUL REPAIR》の範囲と時間を制御し、仲間たちの力をつなぐことで決着しました。
次回、第23話「漂泊港の浴場は、星空の下にある」。
修理の音が止まない《NOMAD’S REST》で、一行は《灯継ぎ祭》を迎えます。




