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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第20話 残された声は、蘇生ではない

回収実働体から、百七十三の人格記録を分離したレンたち。


その中には、サヤが十七年間捜し続けた妹イオナと、レンを守って停止した《WORKER-13》の人格断片も残されていた。


しかし、記録があることと、本人が生き返ることは同じではない。


欠けた記憶。


失われた感情。


戻らない時間。


それでも、残された声には、本人が最後に選んだ意思が刻まれていた。

「最初に確認する」


 ミサキが言った。


「これは蘇生ではない」


 《MOURNING STAR》の解析室。


 壁面には、百七十三の光。


 互いに混ざらないよう、読み取り専用領域へ分けられている。


 そのうち二つだけが、少し強く光っていた。


『イオナ・グレン』


『WORKER-13』


 サヤは、妹の名前から目を離さない。


「記録を一時的に会話端末へ接続する」


 ミサキが説明を続ける。


「残っている言語、記憶、感情反応を組み合わせれば、質問へ答えられる可能性はある」


「ただし、本人が生前なら選ばなかった言葉を作る危険もある」


「記録の穴を、会話端末が勝手に埋めるということですか?」


 レナが尋ねる。


「そう」


「だから、欠けた部分は欠けたままにする」


「答えられない質問には、答えさせない」


「それでは会話が成立しない可能性があります」


「成立させるために、別の人格を作ったら意味がない」


 サヤの右手が強く握られる。


「イオナは、どの程度残っている」


「推定三十二パーセント」


「何を基準に?」


「回収前の人格記録がないから、正確には分からない」


「残っているのは、幼少期の長期記憶の一部」


「言語機能」


「サヤに関する記憶」


「危険回避反応」


「それと――」


 ミサキは言葉を止めた。


「何だ」


「回収された直前から、人格処置を受けた後までの記録」


 サヤの生身の右目が揺れる。


「妹が、何をされたか分かるのか」


「断片的には」


「見せろ」


「先に、イオナの反応を確認する」


「なぜ」


「その記録を、姉へ見せたいかは本人が決めることだから」


「イオナは死んでいる」


 サヤの声が低くなる。


「これは本人ではないと言ったのは、お前だ」


「そう」


「でも、記録も誰かの所有物ではない」


「サヤの妹だからって、すべてを無条件に見ていいとは限らない」


「私は十七年間――」


「捜したことと、所有することは別」


 サヤがミサキを見る。


 怒り。


 痛み。


 言い返せない迷い。


「サヤ」


 俺は呼びかけた。


「今は、ミサキの方法でやろう」


「お前は《WORKER-13》の記録を見たくないのか」


「見たい」


「全部知りたい」


「俺をどうして助けたのか」


「最初から俺を知っていたのか」


「でも、サーティーンが隠そうとした記録なら」


 胸元の黒い媒体へ触れる。


「俺のための記録でも、勝手には開きたくない」


「記録に拒否の意思が残っているか分かるのか?」


「分からない」


「だから、最初に聞ける状態を作る」


 サヤは長く黙った。


 やがて、抽出装置から一歩下がる。


「始めろ」


     ◇


 人格断片を会話端末へ接続するには、欠けた経路を一か所だけ補う必要があった。


 言語領域。


 自己認識。


 出力装置。


 三つの記録は残っている。


 だが、その間の接続が切れている。


「通常の修復は?」


 俺が尋ねる。


「できない」


 エリスが機械腕から解析線を伸ばす。


「規格が存在しない」


「《ORIGIN REGISTRY》の内部方式」


「私たちが勝手に接続線を作れば、その線自体が人格へ影響する」


「では、《SOUL REPAIR》」


 レナが俺を見る。


「使用を提案するのですか?」


「ああ」


 誰もすぐには反対しなかった。


 以前なら、三人ぐらいの声が重なっていたはずだ。


「使用範囲は?」


 ミサキが尋ねる。


「欠けた部分を直さない」


「三つの記録が、どこでつながっていたかを見る」


「その位置に、外部の会話端末を合わせるだけ」


「レン自身の力は流さない?」


「確認用の信号だけ」


「時間は?」


「最初は〇・五秒」


「短すぎませんか?」


 レナが言う。


「見えなければ、一度切ってから相談する」


「一度で全部やろうとしない」


 自分の口から出た言葉に、少し驚く。


 以前の俺なら。


 短い時間で成功させるため、深く入ろうとした。


「神経状態を接続」


 ミサキが俺の左腕へ監視端末をつける。


「右半身は?」


「感覚なし」


「左手の震えは?」


「今は少ない」


「異常が出たら、〇・五秒未満でも切る」


「分かった」


「レナ」


 ミサキが振り返る。


「時間計測を」


「担当します」


「サヤは?」


「イオナの記録を監視する」


「エリス」


「契約条件から外れた接続がないか確認」


『ミラおよびピコは、経路情報を記録』


 遠隔通信。


『ガイは?』


「念のため、電源を切る準備だ!」


『物理的』


「最後は物理が一番確実だ!」


 俺は左手を、会話端末の接続板へ置いた。


 イオナの人格記録へ直接触れるわけではない。


 端末と記録の境界。


 残された流れだけを見る。


「開始します」


 レナの声。


「三」


「二」


「一」


 指先に、青白い光。


 **SOUL REPAIRソウル・リペア**


 視界が変わる。


 無数の光。


 欠けた場所。


 入口。


 出口。


 以前は、切れた線を見つけた瞬間、つなごうとしていた。


 今は違う。


 触れない。


 流さない。


 ただ、位置を覚える。


「〇・二秒」


 言語領域から伸びる光。


「〇・三秒」


 自己認識。


「〇・四秒」


 出力装置。


 三本は、一点で交わっていない。


 小さな輪を描き、互いを確認している。


「〇・五秒」


「切ります」


 自分で手を離した。


 光が消える。


「状態は?」


 ミサキがすぐに尋ねる。


「意識あり」


「呼吸、問題なし」


「左手は?」


 指を動かす。


「動く」


「痺れは?」


「指先だけ、少し」


「右半身に変化なし」


「能力使用時間、〇・四八秒」


 レナが記録する。


「レン」


「何?」


「自分で切断できましたね」


「ああ」


「約束どおりです」


 金色の瞳が、わずかに柔らかくなる。


「褒めてる?」


「事実を確認しています」


「もう少し分かりやすく」


「後です」


「後なら褒めるんだな」


「次の作業へ進みます」


 逃げられた。


 だが、悪い気はしなかった。


「接続位置は?」


 エリスが尋ねる。


「三つの端子を直接つながない」


「輪にする」


「互いに信号を返す」


「出力が自己認識を追い越したら止める」


「つまり、言葉を出す前に“自分の言葉か”確認させる?」


「たぶん」


「やってみる」


 エリスの六本指が、三本の解析線を同時に操作する。


 レナが信号の順番を計算。


 ミサキが人格反応を監視。


 サヤは動かない。


 妹の光だけを見ている。


『外部会話経路を構築』


 ミラの声。


『人格候補、イオナ・グレン』


『限定起動を開始』


     ◇


 最初に聞こえたのは、呼吸だった。


 実際の肺はない。


 生前の会話習慣が、音声出力へ再現されているだけ。


『……暗い』


 若い女性の声。


 サヤの肩が震えた。


「イオナ」


『誰』


「私だ」


 サヤが端末へ近づく。


「サヤだ」


『……サヤ』


 返事まで、長い時間。


『姉さん?』


「ああ」


 サヤの声が掠れる。


「そうだ」


「私だ」


『右に、立ってる?』


 サヤが息を呑む。


「いや」


「お前の左にいる」


 彼女は端末の左側へ移動した。


『よかった』


「なぜ?」


『右だと、聞こえないでしょう』


 サヤの右耳。


 イオナが必ず姉の左側を歩いた理由。


 記憶鍵と一致している。


「イオナ」


『はい』


「私が分かるか」


『サヤ姉さん』


「私たちが住んでいた場所は?」


 ミサキがサヤを見る。


「記憶試験を続けすぎないで」


「確認が必要だ」


「本人を試験問題にしない」


 サヤが口を閉じる。


「イオナ」


 呼びかけ方を変える。


「今、何を覚えている?」


『船』


『白い部屋』


『姉さんが、来なかった』


 サヤの顔が歪む。


「行った」


「十七年、捜した」


『十七年?』


「ああ」


『長い』


「すまない」


『何が?』


「助けられなかった」


『分からない』


 会話端末の光が不安定になる。


『姉さんが、どうして謝っているか』


『その記憶が、ない』


 記録の欠落。


 イオナは、すべてを覚えているわけではない。


「なら、謝らない」


 サヤが言い直す。


「会えて、うれしい」


 端末が沈黙する。


 言葉を作る前に。


 自己認識の輪が、その感情を確認している。


『私も』


『たぶん、うれしい』


「たぶん?」


『うれしいときの身体が、ない』


 胸。


 呼吸。


 涙。


 温度。


 感情と結びついていた身体が存在しない。


『でも、姉さんの声を、もう一度聞きたいと思う』


『それを、うれしいと呼んでいい?』


「ああ」


 サヤの生身の右目から、涙が落ちた。


「呼んでいい」


「お前が決めていい」


 イオナは少し黙った。


『私は、生きている?』


 誰もすぐには答えられなかった。


 サヤが「生きている」と言いかける。


 ミサキが止めようとする。


 俺は端末を見る。


「俺たちには決められない」


『誰?』


「神代レン」


「俺にも、死んだ後の記録から作られた身体がある」


『同じ?』


「似ている部分はある」


「でも、俺には身体と、連続した記憶がある」


「イオナには、欠けたものが多い」


『では』


「少なくとも」


 言葉を選ぶ。


「今、質問している声はある」


「返事を待っている俺たちもいる」


「それ以上を、勝手には決めたくない」


『分からない』


「俺も分からない」


『同じですね』


「ああ」


 端末の声が、わずかに笑ったように聞こえた。


「イオナ」


 サヤが尋ねる。


「身体を用意できる」


「人間に近い義体」


「記録を移せば、外を見られる」


「歩ける」


「私と暮らせる」


 十七年間、言いたかった言葉。


「戻ってきてくれ」


 長い沈黙。


『怖い』


 返ってきたのは、拒否に近い言葉だった。


 サヤの表情が止まる。


「何が」


『白い部屋で』


『身体へ、何かを入れられた』


『私ではない考え』


『私ではない好き嫌い』


『目を覚ますたび』


『私が、少なくなった』


 回収後の記録。


 人格処置。


 イオナは、自分が別のものへ変えられていく過程を覚えている。


『また身体へ入ったら』


『今の声も、消える?』


「消させない」


『約束できますか』


 サヤが答えようとする。


 声が出ない。


 絶対に安全だとは言えない。


「できない」


 サヤは、正直に言った。


「だが、守る」


『守るために』


『私が嫌だと言っても、入れますか?』


 サヤの右手が強く握られる。


 妹を取り戻したい。


 一緒に暮らしたい。


 十七年の時間を埋めたい。


 その望みが。


 妹の望みと同じとは限らない。


「入れない」


 サヤが言った。


「お前が望むまで」


「記録のままでも」


「私のところへ戻らなくても」


「勝手に身体へは入れない」


『ありがとう』


 短い言葉。


 サヤは顔を伏せた。


「今、してほしいことは?」


『眠りたい』


「接続を切る?」


『消えますか?』


「記録は残る」


 ミサキが答える。


「次に起動するときも、今の会話記録をつなげる」


「ただし、完全に同じ感覚で目覚める保証はできない」


『それでいい』


「姉さんへ、見せたくない記録はある?」


『白い部屋』


『まだ、見せたくない』


 サヤは目を閉じる。


「分かった」


「見ない」


『姉さん』


「何だ」


『食べ物を』


『半分、残しておいて』


 サヤが泣きながら笑う。


「ああ」


「待っている」


『おやすみなさい』


「おやすみ、イオナ」


『限定起動を終了』


 光が弱くなる。


 消えてはいない。


 安全な領域へ戻る。


 サヤは、端末の左側に立ったまま動かなかった。


 妹を見つけた。


 だが、取り戻したわけではない。


 抱きしめる身体もない。


 十七年間を埋める記憶もない。


 それでも。


 妹の「嫌だ」を聞くことができた。


 そして、守った。


     ◇


 次は、《WORKER-13》。


「少し休んで」


 ミサキが俺へ言う。


「状態は問題ない」


「指先の痺れは?」


「変わらない」


「右半身は?」


「動かないまま」


「悪化はしていない」


「だから休んで」


「でも」


「サーティーンは逃げない」


 その言葉で、肩から力が抜けた。


 以前は違った。


 目の前で停止していくサーティーンを助けようとして。


 残ったものまで燃やしかけた。


「十分」


「五分」


「八分」


「分かった」


 少しずつ交渉がうまくなっている気がする。


 医療台へ身体を預ける。


 レナが左側へ座った。


 右手で、俺の左手を包む。


「怖いですか?」


「少し」


「サーティーンが別人みたいになっていたら」


「俺を守ったのが、命令だったと言われたら」


「嫌だと思ってる」


「命令であった場合、助けられた事実が消えますか?」


「消えない」


「でも、俺は」


 言葉を探す。


「サーティーンが、自分で俺を助けたと思いたい」


「それは、レンが望む答えです」


「ああ」


「望むことは悪くありません」


 レナは静かに言う。


「ただし、違う答えでも聞く必要があります」


「分かってる」


「私も、サーティーンが自分で選んだと思いたいです」


「レナも?」


「レンを守った存在ですから」


 金色の瞳が俺を見る。


「感謝しています」


「会ったことはないのに?」


「はい」


 彼女の手を、少しだけ握り返す。


 左指は動く。


 まだ弱い。


 それでも、レナには伝わった。


     ◇


 八分後。


 《WORKER-13》の限定起動を開始。


 イオナより残存率は低い。


 人格推定、十一パーセント。


 感情反応の大部分は失われている。


 長期記憶もない。


 残されたのは。


 作業手順。


 保護判断。


 俺と出会ってから停止するまでの短い記録。


『……起動』


 聞き覚えのある通信音。


「サーティーン」


『機体識別』


『WORKER-13』


「俺が分かる?」


 間。


『保護対象』


 胸が少し痛む。


 名前ではない。


 最初に出てきたのは役割。


「名前は?」


『検索』


『神代レン』


「ああ」


『生存を確認』


「サーティーンのおかげだ」


『任務状態』


『PROTECT、継続』


「その任務を、誰から受けた?」


 表示に、封印記録が現れる。


 サーティーンの内部に残された初期命令。


『BIOLOGICAL REBUILD対象の覚醒を監視』


『自律行動が不可能な場合、回収信号を送信』


『逃走した場合、進路を記録』


 息が止まる。


「俺を助ける命令じゃない」


 レナの表情が険しくなる。


「監視役」


 サーティーンは。


 最初から、俺を待っていた。


 だが。


 目的は保護ではない。


 俺が目覚めたことを《ORIGIN REGISTRY》へ知らせるため。


「回収信号は送った?」


『送信準備』


『未送信』


「なぜ?」


『命令競合』


「何と?」


『対象、危険』


『自律解体機、接近』


『初期命令』


『対象の進路を記録』


『追加判断』


『対象を保護』


「追加判断は、誰の命令?」


『命令元なし』


 声が掠れる。


「自分で決めた?」


『選択』


 短い一語。


 それだけだった。


「なぜ俺を助けた?」


『回答記録、欠損』


「分からないのか」


『推定可能』


「推定でいい」


『対象は』


 雑音。


『損傷したWORKER-13を』


『処理対象と呼ばなかった』


 最初の出会い。


 壊れていた機械へ。


 逃げろと叫んだ。


 サーティーンと呼んだ。


『記録媒体を』


『廃棄しなかった』


「それは、お前が停止した後だ」


『時系列誤差』


『人格記録転送時に、後続記録を取得』


「どこから?」


『ORIGIN TRANSFER SEED』


 《ウェイフェアラー》の隠し区画。


「サーティーンの記録を、誰が船へ転送した?」


『自動処理』


「目的は?」


『BIOLOGICAL REBUILD対象が』


『回収を拒否した場合』


『自律判断記録を保存』


「俺が拒否することを、予想していた?」


『肯定』


「誰が?」


 応答が止まる。


『封印記録』


「開けられる?」


『閲覧権限』


『神代レン』


 俺自身。


「レン」


 レナの声。


「今、開かなくても構いません」


「分かってる」


 サーティーンへ尋ねる。


「その記録を、俺に見せたい?」


『選択権限』


『WORKER-13』


 表示が変わる。


『許可』


「ありがとう」


『感謝、不要』


「それでも、ありがとう」


 通信音。


 わずかに、以前と違う揺れ。


 笑ったようにも聞こえた。


「サーティーン」


『応答』


「身体へ戻りたい?」


『該当身体、消失』


「新しい身体なら作れるかもしれない」


『人格記録、不完全』


「それでも?」


 長い間。


『現在のWORKER-13は』


『継続人格ではない』


 自分で理解している。


 これは、生きていたサーティーンそのものではない。


 残った判断。


 短い記憶。


 最後の選択。


『新規身体への転送は』


『別個体の生成』


「嫌?」


『不要』


「では、このまま記録として残す?」


『提案』


「何?」


『救難船へ』


『保護判断記録を提供』


「ミラへ?」


『肯定』


『救助対象の価値を』


『機能で判断しない規則』


 《ウェイフェアラー》の救難判断。


 サーティーンが、自分の最後の選択を船へ渡そうとしている。


「それで、サーティーンの記録は消える?」


『原記録は保持』


「なら」


 俺一人で決めない。


「ミラ」


『受信準備が可能』


「受け取りたい?」


『はい』


『当船の救難判断へ必要な記録です』


「サーティーン」


『提供を許可』


 二つのAI。


 一方は救難船。


 一方は壊れた旧型作業ロボットの断片。


 光が、ゆっくり移る。


『保護判断記録を受信』


 ミラの声。


『新しい救難原則を仮登録』


『救助対象の価値を、機能、所属、登録状態によって決定しない』


『本人の応答が可能な場合、意思を確認』


『応答不能な場合、生存可能性を優先』


『救助後、本人へ選択権を返す』


 俺たちが、何度も失敗しながら覚えてきたこと。


 それが、船の規則になる。


「正式登録には?」


『船長権限が必要です』


「俺は代行だ」


『代行権限でも可能』


「みんなへ確認してから」


『了解しました』


「また保留か」


 サーティーンの声。


 初めて、少しだけ人間らしい言葉に聞こえた。


「悪い」


『否定』


『適切』


 レナの口元が緩む。


「サーティーン」


『応答』


「俺は、もう保護対象じゃなくてもいい」


『理解不能』


「守られるだけじゃなく」


「俺も、誰かを守る」


「サーティーンのことも覚えてる」


「だから、任務は終わっていい」


『PROTECT』


 雑音。


『完了?』


「ああ」


「完了だ」


 機械の墓場で聞いた最後の言葉。


 PROTECT COMPLETE。


 あのとき、俺は完了していないと言った。


 俺が生きていても。


 サーティーンが停止したから。


 今も、すべてが戻ったわけではない。


 身体も。


 人格も。


 失った時間も。


 それでも。


 あのときの選択は、ここまで届いた。


「助けてくれて、ありがとう」


『確認』


『PROTECT COMPLETE』


 光が弱くなる。


「サーティーン?」


『限定起動を終了』


「もう話せない?」


『再起動は可能』


『ただし』


『記録劣化を回避するため』


『長期保存を推奨』


「分かった」


『神代レン』


「何?」


『次回起動時』


『旅の記録を要求』


 胸が熱くなる。


「聞きたいのか?」


『情報収集』


「そういうことにしておく」


『おやすみなさい』


 以前。


 レナへ言った言葉。


 ミラが、船内の会話記録から教えたのかもしれない。


 それでも、サーティーンが選んで出力した。


「おやすみ、サーティーン」


 光が眠りへ戻る。


 蘇生ではない。


 失われたものが、すべて返ってきたわけではない。


 別れが消えたわけでもない。


 それでも。


 最後に何を選んだのか。


 その答えは、受け取ることができた。


     ◇


 サーティーンが残した封印記録。


 閲覧権限。


 神代レン。


 開くかどうか。


 俺たちは《MOURNING STAR》の狭い解析室で話し合った。


「今日は休んだ方がいい」


 ミサキが言う。


「能力使用は〇・四八秒だけ」


「長時間の人格接続も負担になる」


「レンの記録なんだろ?」


 サヤが尋ねる。


「ああ」


「なら、決めるのはレンだ」


「ただし」


 エリスが指を立てる。


「見るなら、誰と共有するか先に決める」


「個人記録だからね」


「全員へ見せる」


 俺は答えた。


「本当に?」


 レナが尋ねる。


「生前の俺の記録」


「今の俺とは違うかもしれない」


「だから、一人で見たら引っ張られそうだ」


「みんなに、今の俺と違うところを見てほしい」


 言ってから。


 少し怖くなる。


「もし、生前の俺が」


「今の俺と全然違っていたら」


「嫌われるかな」


「誰に?」


 エリスが笑う。


「全員に」


「少なくとも私は」


 レナが言った。


「現在のレンを評価します」


「過去のあなたが、何を選んだとしても」


「今のあなたへの評価を、自動的には変更しません」


「変わる可能性は?」


「内容によります」


「そこは断言してほしかった」


「嘘はつけません」


 それでも。


 今の俺を見ると言ってくれた。


「では、明日」


 俺は決めた。


「全員が休んでから、記録を開く」


 封印を維持。


 解析室の壁面に、新しい保護記録が表示される。


『記録名』


『BIOLOGICAL REBUILD参加同意』


『同意者――神代レン』


 予想していた言葉。


 それでも、実際に見ると胸が重くなる。


 生前の俺は。


 自分の意思で、この計画へ参加した。


 次に向き合うのは。


 誰かに奪われた選択ではない。


 過去の自分がした選択。


 そして。


 その選択を、今の俺が引き継ぐ義務があるのか。


 答えるのは。


 記録の中の神代レンではない。


 ここにいる俺だった。

第20話では、イオナ・グレンと《WORKER-13》の人格断片を限定的に起動しました。


イオナにはサヤを認識する記憶が残っています。


しかし、人格処置によって多くを失い、新しい身体へ入ることにも恐怖を抱いています。


サヤは妹を取り戻すという十七年来の望みより、イオナの拒否を優先しました。


《WORKER-13》は、当初レンを監視し、《ORIGIN REGISTRY》へ回収信号を送る役割を与えられていました。


それでも、命令ではなく自らの判断でレンを保護。


最後の選択は、ミラと《ウェイフェアラー》の新しい救難原則として受け継がれます。


レンは《SOUL REPAIR》を〇・四八秒だけ使用し、自分の意思で終了しました。能力を修復ではなく、接続位置の確認に限定した最初の成功です。


そして、サーティーンが守っていた記録。


そこには、生前の神代レンが《BIOLOGICAL REBUILD》計画へ同意した事実が残されていました。


次回、過去のレンが契約へ署名した理由が明らかになります。


第21話「過去の俺は、未来の俺を所有できない」へ続きます。

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