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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第18話 回収者は、人の名前を呼ばない

《ORIGIN REGISTRY》から送り込まれた、白い人型の回収実働体。


それはレンの拒否を意思として認めず、失われた人格や記憶さえ「正常化」の名のもとに修正しようとする。


戦えば、修理途中の《ウェイフェアラー》が壊れる。


逃げようにも、推進器は動かない。


さらに船内の隠し区画から発見された《ORIGIN TRANSFER SEED》には、停止したはずの《WORKER-13》の名が記されていた。


サーティーンの最後の通信。


《PROTECT――継続》


その言葉とともに、白い回収者の手が船体へ触れた。


---

『外壁第三区画に接触』


 ミラの警告。


『接触部分の材質変化を確認』


「切断されてるのか?」


 ガイが尋ねる。


『違います』


『船体外壁が、自ら構造を変更しています』


 外部映像。


 白い人影が触れた場所から、船体の色が変わっていく。


 金属が溶けたわけではない。


 破壊されたわけでもない。


 継ぎ目のなかった外壁に、扉の輪郭が生まれる。


「何をしてる?」


『当船の補修機能へ、直接命令を送信しています』


「ミラ、拒否!」


『実行中』


『拒否命令が無効化されました』


「所有権限は?」


『当船より上位』


「そんなものがあるのか!」


『登録上、《ウェイフェアラー》は《ORIGIN REGISTRY》管理下の救難資産として認識されています』


「誰が登録した?」


『記録なし』


 船体に生まれた扉が開く。


 外は宇宙空間。


 だが、空気は漏れなかった。


 白い人影の周囲だけ、透明な膜のようなものが展開されている。


『気密維持を確認』


「侵入しながら船を壊さない」


 エリスが機械腕を展開する。


「回収対象へ傷をつけないためでしょうね」


 白い足が船内へ入る。


 一歩。


 人間の歩き方。


 それでも、体重を感じさせる音がない。


 二歩。


 顔に目も口もない。


 滑らかな白い表面。


 関節も、人工筋肉も見えない。


「止まれ!」


 ガイが作業用圧縮器を向ける。


「ここは俺たちの船だ!」


『誤りです』


 声は、白い人影からではない。


 船内すべての通信装置から響いた。


『旧式救難資産《WFR-0007》』


『所有権限を回復しました』


「ウェイフェアラーには名前がある」


 俺は言った。


『非公式識別を確認』


「非公式でも名前だ」


『不要な情報です』


 白い頭部が俺へ向く。


 目はない。


 それでも、見られていると分かる。


『BIOLOGICAL REBUILD対象』


『識別子、神代レン』


「それは俺の名前だ」


『対象識別子です』


「名前として呼んでるんじゃないのか?」


『質問の意図に処理価値なし』


 サヤの言ったとおり。


 言葉を使う。


 だが、会話していない。


 俺の返事を聞き、考えを変えるためではない。


 命令を伝えるため。


 異常の場所を確認するため。


 それだけ。


「俺は行かない」


『判断機能の異常を確認済み』


「異常じゃない」


『回収後に修正します』


 白い人影が歩き始める。


「レナ!」


「避難経路を確保します!」


 レナが俺の移動椅子の取っ手をつかむ。


 自分で動かすと言う時間はなかった。


 右脚の補助装具を引きずりながら、椅子を通路の奥へ押す。


「ミサキ!」


「患者を港側へ!」


 ミサキが医療区画の扉を開く。


「自力移動できる人は接続通路!」


「動けない人は搬送台!」


「薬と記録だけ持って!」


 ノイとリオが救命カプセルから出る。


「先生、レンは?」


「レナと一緒!」


「ピコは?」


『避難誘導を実施』


 小さな機体が子どもたちの前へ立つ。


『青い線を進行』


「ピコも来て!」


『全員で移動』


 以前なら。


 ピコは「救助対象を先に」と言ったかもしれない。


 今は、自分も含めて全員と言った。


 白い回収者が格納庫中央へ入る。


 エリスが進路を塞いだ。


「港内での無許可侵入」


「器物損壊」


「居住者への強制接触予告」


「合計賠償額を提示する?」


『機械化債務個体』


「エリス・ヴァント」


『識別不要』


 エリスの笑みが消えた。


「人の名前を呼ぶ機能、本当にないんだ」


『退避を推奨』


『対象外個体への処理優先度は低い』


「なら、退避しなければ?」


『障害物として除去します』


 白い右腕が伸びた。


 エリスが六本指で受け止める。


 金属同士の音。


 彼女の機械腕が軋んだ。


「軽そうに見えて!」


 床がへこむ。


「重い!」


 左腕が工具形態へ変わる。


 高出力切断刃。


 白い人影の手首を切断。


 白い腕が床へ落ちた。


「切れる!」


 ガイが叫ぶ。


「なら――」


 床の腕が動いた。


 指だけで這う。


 白い人影の足元へ戻る。


 切断面同士が触れた瞬間、継ぎ目もなく接続された。


「再生?」


「違う」


 エリスが後退する。


「分離した部品を戻しただけ」


「なら、戻れない場所へ投げれば!」


 ガイの《HEAVY GRIP》が白い胴体をつかむ。


 格納庫の船外排出口へ向けて投げる。


 人影が宙を飛ぶ。


 その背中から、細い白い線が伸びた。


 天井へ接続。


 身体が途中で止まる。


 線を巻き取り、床へ戻った。


『抵抗行動を記録』


『障害物の機能停止を開始』


 白い手が、ガイの強化腕へ触れる。


「離れろ!」


 ガイが振り払う。


 だが、遅い。


 《HEAVY GRIP》の指が開いたまま止まる。


「動力はある!」


「制御信号が消えてやがる!」


『不適切な改造機能を正常化しました』


「壊しただけだろうが!」


 ガイは動かない強化腕を引きずって下がる。


 白い回収者は追わない。


 俺だけを見ている。


『対象まで、距離二十八メートル』


「レナ、急げ!」


「分かっています!」


 だが、接続通路の先。


 避難者が詰まっている。


 病人。


 子ども。


 旧型アンドロイド。


 狭い通路へ一度に入れない。


「俺を別方向へ」


「拒否します」


「回収者を患者から離せる」


「レンを一人にしません」


「レナも一緒だ!」


「それなら可能です」


 進路を変える。


 医療区画ではなく。


 ガイとピコが開けた、旧船長区画へ続く通路。


「隠し区画へ?」


「回収者はレンを追跡しています」


「避難者から遠ざけられます」


「でも、袋小路だ」


「別の出口を作ります」


「誰が?」


「ガイが」


 通信を開く。


「ガイ!」


『聞こえてる!』


「旧船長区画から外へ出る経路を!」


『壁しかねえ!』


「作ってください!」


『簡単に言うな!』


「できますか?」


 沈黙。


『四分よこせ!』


「二分で」


『お前ら、時間を半分にするのが好きだな!』


     ◇


 旧船長区画へ続く通路は狭かった。


 補修材を除去したばかり。


 壁には焼け跡。


 床には切断した金属片。


 移動椅子が何度も引っかかる。


「レナ、俺が操作する」


「前方の障害物を避けられません」


「細かく指示して」


「その必要は――」


「レナ」


 彼女が一瞬黙る。


「右へ十三センチ」


 操作盤へ触れる。


 椅子を右へ。


「前進」


「二十センチ」


「停止」


 自分の手で動かす。


 レナは後ろから支える。


 時間はない。


 それでも、すべてを奪わない。


「次」


「左へ七センチ」


 椅子が金属片を避ける。


「前進」


 旧船長区画の扉が見えた。


 その向こう。


 白い装置。


 《ORIGIN TRANSFER SEED》


 内部には、《WORKER-13》の名を持つ黒い記録媒体。


 胸元の媒体が、淡く光る。


「サーティーン」


 呼びかける。


「聞こえるか?」


 返事はない。


 だが、二つの媒体の間に細い光が流れている。


「レン」


 レナの声。


「後方から接近」


 白い回収者。


 狭い通路を、一定の速度で歩いてくる。


 急がない。


 俺たちが逃げ切れないと知っているように。


「エリスとガイは?」


『追跡中!』


 エリスの声。


『止めても、すぐ動く!』


「レナの武器は?」


『港の緊急規則により、武器庫の封印解除を承認』


 ミラが答える。


『TWIN ARCを搬送中』


『到着まで五十二秒』


「ピコ?」


『運搬中』


 回収者の背後。


 ピコが二本の短剣を抱えて走っている。


 自分の身体より長い武器。


『レナ、受領準備』


「ピコ、そいつを追い越せるのか!」


『計算上可能』


 小さな作業脚が加速する。


 回収者の足の間を抜ける。


 白い手が伸びた。


 ピコの背中へ触れようとする。


「ピコ!」


『回避』


 身体を横へ倒す。


 作業脚の一本が、白い指に触れた。


 その脚だけが動かなくなる。


『機能低下』


 残る三本で走り続ける。


「置いて逃げろ!」


『武器を運搬』


「ピコ自身が先だ!」


『両方を実行』


 小さな機体が床を滑る。


 レナが片腕を伸ばす。


 TWIN ARCを受け取る。


 同時に、俺が動く右手でピコをつかんだ。


 重い。


 指へ力が入らない。


 落としそうになる。


 レナが下から支えた。


「確保しました」


『救助、確認』


「無茶するなよ」


『レンも』


「それを言われると弱い」


 レナが二本の短剣を展開。


 VOLT ARC。


 BLAZE ARC。


 狭い通路へ、青白い光と赤い光が広がる。


「レン」


「何?」


「私が止めます」


「一人で?」


「ガイが出口を作るまで」


「俺も残る」


「移動できません」


「だから、後ろにいる」


「危険です」


「知ってる」


「一人で決めるなって、俺に言っただろ」


「言っていません」


「態度で」


 レナの口元が、わずかに動く。


「では、役割を」


「回収者の動きを見る」


「弱点を探す」


「能力は?」


「使わない」


「約束できますか?」


「ああ」


 今回は迷わず答えた。


     ◇


 白い回収者が通路へ入る。


『破損した代替人格』


「レナ・アークライトです」


『識別不要』


「あなたに不要でも、私には必要です」


 レナが左脚で踏み込む。


 **ARC STEPアーク・ステップ**


 右脚は動かない。


 補助装具と壁を使い、身体を前へ射出する。


 VOLT ARCが白い肩へ。


 BLAZE ARCが腰へ。


 二本の刃が同時に入る。


 白い身体が三つに分かれた。


 上半身。


 腰。


 下半身。


「接合前に離します!」


 BLAZE ARCの熱で、床を焼く。


 切断された下半身を通路の奥へ蹴る。


 VOLT ARCの電磁力で上半身を壁へ固定。


 腰部だけが床に残る。


「止まった?」


 残った腰部が変形した。


 白い液体のように広がる。


 壁へ固定された上半身へ向かって伸び始める。


「分離距離が足りません!」


「熱は?」


「効果なし!」


「電気は?」


「制御系が存在しません!」


「ガイの強化腕は止められたのに?」


「外部機械の構造へ干渉できますが、自身は別方式で動いています!」


 上半身から白い線が伸びる。


 レナの左腕へ巻きついた。


「レナ!」


 線が人工皮膚へ触れる。


 金色の光が消えていく。


「左腕、制御低下!」


 VOLT ARCが床へ落ちる。


『代替人格の活動を停止』


「やめろ!」


 俺は椅子を前へ動かす。


「レン、来ないでください!」


「でも!」


「役割を続けて!」


 見る。


 考える。


 身体の構造。


 流れ。


 SOUL REPAIRを使わなくても。


 触れなくても。


 以前から、動きの癖は見つけられた。


 白い身体は、切られても戻る。


 だが、同時には動いていない。


 腰部が上半身へ伸びる間。


 離された下半身は止まっている。


「一番大きな部分だけが動く!」


「何ですか?」


「切断した後、最大質量の部位から順番に戻ってる!」


「同時再生じゃない!」


 レナの瞳に文字が流れる。


「確認しました」


「活動中枢が、分離した部位間を移動しています」


「移動する瞬間は?」


「〇・〇四秒」


「短いな」


「ですが、あります」


 レナが残る右腕でBLAZE ARCを持ち直す。


 巻きつく白い線を切断。


 左腕は動かない。


 片腕。


 片脚。


 それでも、目は白い回収者から離れない。


「もう一度分けます」


「今度は?」


「中枢の移動先を限定します」


 レナが上半身へ斬りかかる。


 白い回収者の右腕が、刃をつかんだ。


 熱。


 白い指が赤く焼ける。


 それでも離さない。


 反対の手が、レナの胸部へ触れた。


『属性炉の異常を確認』


『不要機能を停止』


 金色の光が消えた。


 レナの身体から力が抜ける。


「レナ!」


 床へ倒れる。


 白い回収者は、彼女を踏み越えた。


 名前を呼ばない。


 倒した相手を見もしない。


 処理価値の低い障害物。


 それだけ。


『対象まで、距離四・二メートル』


 俺は操作盤へ手を置く。


 後退。


 椅子の駆動音。


 白い回収者は一定の速度で近づく。


『神代レン』


「名前として呼べ」


『識別子です』


「俺の名前だ」


『不要です』


 白い手が伸びる。


 右腕へ触れた。


 冷たい。


 その瞬間。


 指の感覚が消えた。


 肘。


 肩。


 右半身へ、白い冷たさが広がる。


『末梢神経の損傷を確認』


『回収後、再構築します』


「今、俺の身体を止めてるのはお前だ」


『不適切な活動を制限しています』


 病室。


 動かない腕。


 動かない脚。


 他人へ身体を預けるしかなかった日々。


 息が浅くなる。


 視界が狭くなる。


 逃げたい。


 触れたくない。


 頭の中に、SOUL REPAIRの光が浮かぶ。


 白い手の中。


 流れはある。


 複雑ではない。


 細い一本の光が、すべての白い部位をつないでいる。


 そこを切れば。


 能力を使えば。


 止められるかもしれない。


「レン!」


 床に倒れたレナの声。


「使用しないで!」


 約束。


 使わない。


 一人で決めない。


 俺は光から意識をそらした。


「使わない!」


「別の方法を探す!」


 胸元。


 サーティーンの記録媒体が、白い手の近くで光る。


 回収者の動きが止まった。


『ORIGIN TRANSFER SEED』


『未回収記録を確認』


 白い頭部が、俺の胸元へ向く。


『優先度を再計算』


 手が離れた。


 身体の感覚は戻らない。


 だが、回収者の注意が黒い媒体へ移った。


「サーティーンを欲しがってる?」


『対象、WORKER-13』


『不正な人格転送を確認』


『記録を回収』


「渡さない」


『選択権限はありません』


 黒い媒体へ手が伸びる。


 隠し区画の白い装置も反応。


 二つの記録媒体の間を、光が流れる。


『……PROTECT……』


 雑音。


『神代……レン……』


『役割……交換……』


「役割?」


 隠し区画の装置が開いた。


 内部の黒い記録媒体が浮かぶ。


 白い回収者が、そちらを見る。


『ORIGIN TRANSFER SEED』


『転送先を確認』


『回収優先度を変更』


 俺ではなく。


 隠し区画へ歩き始める。


「レン!」


 ガイの通信。


『出口ができた!』


「ガイ、隠し区画は外へ切り離せる?」


『何だと?』


「この部屋、記録装置を守るための構造だろ!」


「緊急射出機能は?」


『待て!』


 ガイが船体図を確認する。


『ある!』


『旧式航海記録ポッド!』


「動く?」


『百年以上使ってねえ!』


「可能か不可能か!」


『可能だ!』


「ピコ、射出装置へ!」


『移動』


 三本脚のピコが、床を走る。


 白い回収者は、黒い媒体へ手を伸ばす。


 その瞬間。


 外部通信が強制的に開いた。


『神代レン』


 サヤ・グレンの声。


『聞こえるか』


「サヤ?」


『独占追跡契約の回答はまだだが、時間切れだ』


「何をする?」


『お前の生体識別を、一時的に消す』


「一度死んだ状態にするのか?」


『違う』


『今回は、通信上だけだ』


『《MOURNING VEIL》を展開する』


「影響は?」


『神経系へ負荷がかかる』


「どれぐらい?」


『現在のお前なら、意識を失う可能性』


 ミサキが通信へ入る。


「呼吸停止は?」


『低い』


「低いでは判断できない」


『推定六パーセント』


「高い!」


『ほかに方法があるなら言え』


 白い回収者が、隠し区画の媒体へ触れる。


 まだ俺の生体反応も認識している。


 媒体を回収した後。


 再び俺へ来る。


「条件がある」


 俺は言った。


『何だ』


「本人の同意なく拘束しない」


「俺を誰かへ引き渡さない」


「得た情報を隠さない」


「今後、俺を死んだ状態にする方法は、全員で同意するまで使わない」


 サヤが短く沈黙。


『契約期間は?』


「《ORIGIN REGISTRY》の回収者を止めるまで」


『長い』


「嫌なら断って」


『いいだろう』


「エリス!」


 格納庫から返答。


『記録してる!』


「違反時は?」


『サヤ・グレンの独占追跡権を無効化』


『《MOURNING STAR》の港内信用を凍結』


『取得情報を《ウェイフェアラー》へ移管』


「サヤ?」


『認める』


「契約成立!」


 エリスの声。


『《MOURNING VEIL》を展開』


 外部映像。


 黒い船《MOURNING STAR》から、薄い膜が広がる。


 星の光が消えていく。


 《ウェイフェアラー》全体が、黒い影に包まれた。


 胸の奥へ冷たさ。


 心臓が、一度大きく打つ。


 次の鼓動が来ない。


 一秒。


 長い。


 病院で死んだ瞬間を思い出す。


 身体から力が消える。


 視界が暗くなる。


『BIOLOGICAL REBUILD対象を消失』


 白い回収者が停止。


『対象識別を再試行』


『失敗』


『代替対象』


 隠し区画の《ORIGIN TRANSFER SEED》。


 回収者の身体が白い液体へ変わる。


 黒い媒体を包み込む。


「今だ!」


『射出装置を起動』


 ピコが操作する。


 床が割れる。


 旧船長区画全体が、船体から分離。


 白い回収者。


 《ORIGIN TRANSFER SEED》。


 焼けた壁。


 すべてを乗せた記録ポッドが、宇宙空間へ射出される。


『分離成功!』


 ガイの声。


 直後。


 記録ポッドから白い線が伸びる。


 《ウェイフェアラー》へ戻ろうとする。


「サヤ!」


『捕まえる』


 黒い船から、複数の金属索が発射された。


 記録ポッドへ絡みつく。


 白い線が一本ずつ切断される。


 ポッドは《MOURNING STAR》の外部拘束区画へ引き込まれた。


『回収実働体を隔離』


『ただし、長くは持たない』


「どれぐらい?」


『推定二十六時間』


『その前に、解析するか捨てるか決めろ』


 声が遠い。


 心臓が再び動く。


 空気が肺へ入る。


 咳。


 視界が戻る。


「レン!」


 レナが這うように近づいてくる。


 左腕。


 胸部炉。


 右脚。


 ほとんど動かない身体で。


 それでも俺のそばへ。


「返事をしてください!」


「……聞こえてる」


「名前を」


「神代レン」


「現在地は?」


「ウェイフェアラー」


「あなたの意思は?」


「ここに残る」


 金色の瞳から、緊張が少し消える。


 レナの手が、俺の左手へ触れる。


「握っても?」


「ああ」


 動かない指。


 それでも、触れられていることは分かる。


「レナ」


「はい」


「名前を呼んでくれ」


「レン」


「もう一度」


「レン」


 白い回収者は、俺を識別子と呼んだ。


 レナは。


 俺の返事を待つために、名前を呼ぶ。


「ありがとう」


「感謝は不要です」


「それでも」


「では、受け取ります」


 格納庫から足音。


 ミサキ。


 エリス。


 ガイ。


 ピコ。


「レン!」


「意識は?」


「呼吸は?」


「右半身の反応がない!」


「レナも停止箇所が増えてる!」


「医療区画へ運ぶぞ!」


 次々と声が飛ぶ。


 名前。


 状態。


 役割。


 同じ言葉でも。


 白い回収者とは違う。


 返事を求める声だった。


     ◇


 患者たちの港への避難は完了。


 船体の気密も維持。


 《ウェイフェアラー》に新しい穴は開いたが、ガイが応急隔壁を設置した。


 俺の右半身。


 レナの左腕と胸部炉。


 ガイの強化腕。


 ピコの作業脚。


 全員、回収者に触れられた場所の機能を失っている。


「元へ戻せる?」


 俺は医療寝台から尋ねた。


「ガイとピコは、制御装置の再構築が必要」


 ミサキが答える。


「レナは?」


「胸部炉そのものは動いてる」


「でも、回収者が停止命令を深い場所へ書き込んだ」


「解除できる?」


「私だけでは無理」


「SOUL REPAIRなら」


「使わせない」


 ミサキ。


 レナ。


 ガイ。


 三人の声が重なる。


「まだ、使うとは言ってない」


「考えました」


 レナが隣の寝台から答える。


 左腕を固定。


 右脚も動かない。


 胸部には新しい冷却具。


「顔に出ていました」


「回復してから全員で相談する」


「はい」


「では、今は休んで」


 ミサキが栄養剤を準備する。


「自分で飲む」


「右腕が動かない」


「左手は?」


「感覚が不安定」


「介助する」


 一瞬、身体が強張る。


 だが。


「頼む」


 ミサキは急がず、容器を口元へ運んだ。


 少しずつ飲む。


 レナが隣で見ている。


「何?」


「私も介助できます」


「左腕が動かないだろ」


「右腕は動きます」


「寝てて」


「私は低出力待機が可能です」


「胸部炉が不安定」


「エリスへ介助されるよりは」


 医療区画の入口。


 エリスが機械腕の整備を受けながら笑っている。


「呼んだ?」


「呼んでいません」


「私の六本指なら、容器も身体も同時に支えられる」


「何を支えるつもりですか?」


「患者」


「範囲が曖昧です」


「二人とも静かにして」


 ミサキがため息をつく。


 白い回収者は、サヤの船へ隔離された。


 だが、二十六時間しかない。


 《ORIGIN TRANSFER SEED》も一緒。


 サーティーンの記録が、どこまで残っているかも分からない。


 さらに。


 独占追跡契約によって、サヤ・グレンが一時的に俺たちの追跡者となった。


 敵ではない。


 仲間でもない。


 契約で同じ方向を向いているだけ。


『サヤ・グレンより通信』


 ミラの声。


『回収実働体の解析を開始』


『内部から、複数の回収済み人格記録を確認』


「人格?」


 ミサキの手が止まる。


『数は?』


『現時点で、百七十三』


 サヤが答える。


『私の妹の記録も含まれている可能性がある』


「サーティーンは?」


『《ORIGIN TRANSFER SEED》内に反応がある』


『ただし、回収実働体が接続を試みている』


「消される?」


『または、取り込まれる』


「時間は?」


『安全に分離できるまで十八時間』


『隔離が破られるまで二十六時間』


「八時間しか余裕がない」


『そういうことだ』


 レナが起き上がろうとする。


「行きます」


「どこへ?」


「《MOURNING STAR》」


「その身体で?」


「サーティーンの記録を回収します」


「一人で決めるな」


 俺が言う。


「ですが――」


「助けたいのは俺も同じ」


「だから、みんなで方法を考える」


 レナは、しばらく俺を見た。


 やがて、寝台へ身体を戻す。


「了解しました」


 窓の外。


 黒い船《MOURNING STAR》。


 その外部拘束区画で、白い光が何度も明滅している。


 名前を奪われた、百七十三の人格。


 サヤの妹。


 サーティーン。


 そして。


 回収者が俺を探す理由。


 次に向かう場所は決まった。


 敵の船ではない。


 追跡者の船。


 名前を取り戻すための場所だった。



第18話では、《ORIGIN REGISTRY》の回収実働体が《ウェイフェアラー》へ侵入しました。


回収者は、レンを人格ある人間ではなく《BIOLOGICAL REBUILD》対象として扱い、レナやエリスの名前も不要な情報として退けます。


それに対しレンたちは、互いの名前を呼び、返事を求めることで、相手の意思を確かめ続けました。


戦闘ではレナ、エリス、ガイ、ピコが損傷。


レンも右半身の神経機能を失いましたが、《SOUL REPAIR》は使用していません。


仲間との約束を守り、能力以外の方法を選んでいます。


また、サヤ・グレンとの独占追跡契約が成立。


彼女の《MOURNING VEIL》と、サーティーンの名を持つ《ORIGIN TRANSFER SEED》を利用し、回収実働体を記録ポッドごと隔離しました。


しかし、その内部から確認されたのは百七十三もの人格記録。


次回、レンたちは追跡者サヤの船《MOURNING STAR》へ乗り込みます。


第19話「追跡者は、同じ船で眠る」へ続きます。

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