第17話 古い救難船は、賞金首になった
契約労働船《GOLDEN CAGE》から十一人を救出した《ウェイフェアラー》。
その報復として、《HELIOS LABOR SUPPORT》はレンとエリスへ懸賞金を設定した。
さらに、レンの過去を知る謎の記録網《ORIGIN REGISTRY》も動き始める。
送られてきたのは、救助でも交渉でもない。
《BIOLOGICAL REBUILD》対象、神代レン。
回収手続きを開始する。
壊れかけた旧式救難船の名が、広い宙域へ知られようとしていた。
『回収手続きを開始します』
黒い画面。
白い文字。
感情のない宣告。
その表示を、俺たちは黙って見つめていた。
「回収って」
最初に声を出したのはノイだった。
「レンを、どこかへ連れていくってこと?」
「おそらく」
レナが答える。
「本人の同意は?」
「確認されていません」
「じゃあ、駄目だよ」
ノイは即答した。
「レンは物じゃない」
単純な言葉。
それでも、今は誰の説明より正しく聞こえた。
『通信経路を解析中』
ミラの声。
『発信元を特定できません』
「港の外から?」
エリスが尋ねる。
『不明』
『受信記録上、この通信は外部ゲートを通過していません』
「どういう意味だ?」
ガイが工具を持ったまま振り返る。
『当船の内部記録から発生した可能性があります』
格納庫の空気が冷たくなる。
「《ウェイフェアラー》の中から?」
俺は尋ねた。
『正確には、船内へ保存されていた認証情報が、特定条件によって起動した可能性』
「特定条件とは?」
『神代レンの生体反応』
「俺が、この船に乗ったから?」
『それだけではありません』
『《ORIGIN REGISTRY》認証を受信後、船内の旧記録層が応答しました』
空中へ、船体の構造図が表示される。
制御中枢。
機関区画。
医療区画。
格納庫。
そのどれともつながっていない、小さな黒い領域。
「何だ、これ」
ガイが図へ近づく。
『用途不明記録層』
『主記憶装置から物理的に分離されています』
「今まで気づかなかったのか?」
『電力線が存在しません』
『通信線も確認できません』
「なら、どうやって動いた?」
『不明です』
ミラが「不明」と言う。
それだけで、普通の故障ではないと分かった。
「レンの《SOUL REPAIR》と同じ方式かもしれません」
レナが言う。
「電力線ではなく、SOUL COREに近い経路を使っている可能性があります」
「船にも魂があるってこと?」
ノイが尋ねる。
『定義によります』
ミラが答える。
『当船には、救難判断を蓄積する人格補助領域があります』
『それを魂と呼ぶ者もいました』
「ミラの中とは別なのか?」
『はい』
『私からもアクセスできません』
黒い領域。
百年以上前から、この船の中にあったもの。
あるいは。
俺が乗ったことで、新しく現れたもの。
「物理的な場所は?」
ガイが尋ねる。
『船体中央部』
『旧船長区画の下』
「船長区画は失われてるんじゃなかったのか?」
『記録上、火災によって閉鎖』
「実際は?」
『外壁と一体化した補修材に覆われています』
ガイが工具箱を閉じる。
「開けるぞ」
「待って」
ミサキが止めた。
「何があるか分からない」
「だから見るんだ」
「危険な装置なら?」
「放置する方が危険だ」
「レンに反応する装置でしょう」
ミサキは俺を見る。
「近づけたくない」
「俺が近づかなくても、ガイとピコで確認できる?」
『可能』
ピコが作業腕を上げる。
「では、最初は二人だけ」
俺は言った。
「映像を共有してもらう」
「異常が出たら戻る」
「船長命令か?」
ガイが尋ねる。
「相談」
「便利な言葉を覚えたな」
「レナから」
「私は、その使い方を教えていません」
◇
《ORIGIN REGISTRY》の調査を始める前に、もう一つの問題が届いた。
『港内公開情報を更新』
ミラが表示する。
『自由航路懸賞網《OPEN HUNT》』
『新規対象――旧星間救難船』
空中へ、俺たちの船が映った。
ラスト・ナイン脱出時の映像。
左右で規格の異なる推進器。
補修材だらけの船体。
船腹には、かすれた救難紋章。
『対象船を破壊せず確保した者へ報奨』
『乗員の生死は問わない』
『神代レンについては、生存状態での引き渡しを優先』
『レナ・アークライトは、企業資産窃取への協力者として拘束』
『水城ミサキは、無許可医療および契約違反者の逃亡支援』
『ガイ――所属不明』
「俺だけ雑だな!」
ガイが怒鳴る。
『小型整備機――価値なし』
『訂正要求』
ピコが即座に発言する。
「そこに怒るのか?」
『評価が不正確』
『高性能』
「そうだな」
ガイがピコの頭部を軽く叩く。
「お前は高性能だ」
『記録』
「記録するな」
表示が続く。
『エリス・ヴァント』
『企業機密窃取および契約労働者逃亡支援』
『最優先拘束対象』
「私が一番高い」
エリスが満足そうに言う。
「喜ぶな」
「価値が認められた」
「悪い意味でな」
『なお、《ウェイフェアラー》の位置情報提供のみでも報奨対象』
「港にいることは知られてる?」
俺が尋ねる。
『公開情報では、《NOMAD'S REST》周辺と記載』
「十分知られてるね」
エリスの笑みが消える。
「この港には、懸賞金目当ての人間も来る」
「港内での捕獲行為は禁止されているのでは?」
レナが尋ねる。
「禁止」
「でも、情報を売るだけなら、規則の外側」
「誰か一人が船の位置を送れば金になる」
「止められる?」
「全員の通信を監視すれば」
「それはしない」
俺は答えた。
「だと思った」
エリスが肩をすくめる。
「なら、いつ位置を売られてもいいように準備する」
「出港するのか?」
ガイが尋ねる。
「船はまだ直ってねえ」
「右推進器は?」
「港の信用で部品を注文した」
「到着まで二十時間」
「船体亀裂は?」
「応急補修中」
「医療区画の電源は?」
「半分」
「安全な出港は?」
「不可能だ」
聞き慣れた答え。
「危険な出港は?」
「できる」
「またか」
ミサキが額を押さえる。
「今度は患者も多いのよ」
「だから、逃げるとしても準備が必要だ」
俺は全員を見る。
「《NOMAD'S REST》へ残りたい人は、港へ移す」
「船へ残る人も、自分で決めてもらう」
「また投票ですか?」
レナが尋ねる。
「投票だけじゃない」
「危険を説明する」
「俺が回収対象になっていることも」
「それで、レンだけ降りるつもりですか?」
レナの声が低くなった。
「まだ何も言ってない」
「表情から推測しました」
「俺が港を離れれば、船は狙われないかもしれない」
「どのように離れるのですか?」
「小型船を借りる」
「一人で?」
「その方が」
「却下します」
レナの金色の瞳が鋭くなる。
「最後まで聞いてくれ」
「聞く必要を認めません」
「俺がいるから、みんなが危険になる」
「違います」
「《ORIGIN REGISTRY》が欲しいのは俺だ」
「《HELIOS》が懸賞を設定した原因も――」
「レン」
ミサキが俺の言葉を止める。
「以前、私が言ったことを覚えてる?」
「何?」
「あなた一人の身体でも、結果まで一人で背負えるわけじゃない」
「覚えてる」
「なら、一人で出ていった後の結果は?」
答えられない。
「あなたが捕まったら」
ミサキは続ける。
「レナは追う」
「ガイも船を出す」
「ミラは救難信号を追跡する」
「私だって、治療が必要な患者を放置しない」
「エリスは?」
「懸賞金の半分を要求しに行く」
「そこは助けると言え!」
「冗談」
エリスが俺の移動椅子へ手を置く。
「あなた一人が消えれば、きれいに終わると思わないで」
「私たちにも、自分で危険を選ぶ権利がある」
「でも、患者や子どもまで」
「だから説明するんでしょう?」
「残れとは命じない」
「降りろとも命じない」
エリスの機械指が、椅子の外装を軽く叩く。
「査定するの」
「危険と利益」
「失うもの」
「残るもの」
「数字にできない部分も含めて」
「それで、本人が決める」
俺が皆の人生を勝手に決めないように。
皆も、俺一人へ決めさせない。
「分かった」
俺は言った。
「一人では行かない」
「記録しました」
レナが即答する。
「消すなよ」
「消しません」
「言葉のあやだった」
「認めません」
◇
懸賞情報は、《NOMAD'S REST》の市場にも広がっていた。
補給物資を受け取るため、俺とレナ、エリスが港内通路へ出たとき。
視線が集まった。
「あれか?」
「古い救難船の船長」
「歩けないって本当だったんだな」
「生きたままなら、報酬が増える」
小声。
隠そうともしていない。
俺は移動椅子の操作盤へ手を置く。
右手の震えは、以前より小さい。
椅子を自分で進める。
レナは後ろを歩く。
取っ手へ手を添えていない。
だが、すぐ届く距離。
エリスは隣。
封印布を巻いた拳銃が腰にある。
「怖い?」
エリスが尋ねる。
「少し」
「正直だね」
「見られるのは慣れてない」
「病院では?」
「患者として見られた」
「今は?」
「商品みたいだ」
視線。
値踏み。
いくらになるか。
どこへ渡せばよいか。
俺という人間ではなく。
賞金額が椅子に乗っているように感じる。
「レン」
レナが呼ぶ。
「止まってください」
「何かあった?」
「前方の男性が、三度こちらを撮影しています」
通路の先。
作業服の男。
携帯端末を胸元へ隠す。
エリスが前へ出る。
「撮影した?」
「港の景色を」
「今、売った?」
「何を?」
「《ウェイフェアラー》の位置情報」
男は笑った。
「証拠は?」
「見せて」
「嫌だ」
「なら、無理には見ない」
エリスは道を譲った。
「いいのか?」
俺が尋ねる。
「本人の通信端末」
「勝手に調べられない」
「でも」
「疑わしいだけで身体や持ち物を調べたら、私たちが守ってる規則を壊す」
男はすれ違う。
その直後。
港内警報が一度だけ鳴った。
『外縁区画へ、懸賞請負船三隻が接近』
ミラから通信。
『入港目的は、物資補給と申告』
『武装封印へ同意』
「早いな」
エリスが呟く。
「今の男が送った?」
「分からない」
「送っていなくても、いずれ来た」
通路にいる者たちが、外部表示を見る。
三隻の船。
一隻は小型高速艇。
一隻は改造貨物船。
最後は、軍用艦を切り詰めたような黒い船。
『懸賞請負人の港内活動は許可されません』
港の放送。
『対象者への接触』
『拘束』
『追跡装置の設置』
『すべて禁止』
『規則違反者は、生命維持供給を停止します』
「生命維持を止めるのか?」
「その船への水と空気を売らないって意味」
エリスが答える。
「本人を窒息させるわけじゃない」
「この港らしいな」
「商売できない相手を、港へ置いておく理由がないから」
黒い船から通信が入る。
『《NOMAD'S REST》管理者へ』
『我々は規則を守る』
『ただし、対象者が自ら港を離れた場合、追跡を妨害しないことを要求する』
『港外での契約執行は自由です』
「つまり、出たら追う」
「そういうこと」
今すぐ戦闘にはならない。
だが、出港すれば追跡。
残れば位置情報がさらに広がる。
「閉じ込められたな」
「まだ」
エリスが言う。
「賞金首になったとき、一番やってはいけないことは?」
「正面から出る?」
「それも」
「正解は、自分の値段だけを見ること」
「どういう意味?」
「懸賞を受ける者にも、事情がある」
「金だけが目的の者」
「企業へ借りがある者」
「名を上げたい者」
「対象を守るため、先に契約を取る者」
「最後の人もいるのか?」
「いる」
「誰が、どの理由で来たのか」
「そこを見分ければ、追跡者全員と戦う必要はない」
査定官。
物の値段だけではなく。
人が何を求めているかを見る仕事。
「三隻を調べる」
エリスが言う。
「方法は?」
「港の公開記録」
「船の修理履歴」
「過去の契約」
「借金」
「評判」
「それと、食堂の噂」
「最後が一番信用できなさそう」
「逆」
「酒を飲んだ船乗りは、契約書よりよく話す」
◇
共同食堂《PAN & ORBIT》。
数日前、俺たちがピザを作った場所。
今日は、懸賞請負人たちが座っていた。
高速艇の乗員。
三人。
若い男女。
装備は新しいが、動きに慣れがない。
改造貨物船の乗員。
家族らしい五人。
食料を分け合っている。
黒い船。
乗員は一人だけ。
長い灰色の外套。
顔の半分を金属仮面で覆った女性。
目の前には水だけ。
「有名人が来た」
高速艇の男が立ち上がる。
「神代レン?」
「そうだ」
「写真より細いな」
「賞金は体重で変わらない」
エリスが間へ入る。
「港内での勧誘は禁止」
「話すだけだ」
男は両手を見せる。
「俺たちは《BRIGHT JACKALS》」
「賞金稼ぎ?」
「懸賞請負人」
「何が違う?」
「響き」
若い女が答えた。
「レン、生きたまま渡せば、一生遊べる額になる」
「一緒に来ない?」
「行かない」
「痛いことはしない」
「会社も、生存優先と書いてる」
「同意しない」
「残念」
男は本当に残念そうだった。
「港を出たら?」
「追う」
「諦める選択肢は?」
「借金がある」
若い女が男の腕をつねる。
「言うなって!」
「どうせ査定官に調べられる」
「船の借金?」
エリスが尋ねる。
「高速艇の購入費」
「推進器を盛りすぎて、返済できない」
「懸賞金が必要」
「レンを渡さなければ?」
「船を取られる」
「いつまで?」
「二十二日」
金が目的。
俺へ恨みがあるわけではない。
だから安全という意味でもない。
むしろ、理由が単純な分だけ止めにくい。
「別の仕事では返せない?」
俺が尋ねる。
「この額を?」
「無理」
「船を売れば?」
「船を買うために船を売るのか?」
「変なこと言ってるぞ、賞金首」
そのとおりだった。
次に、改造貨物船の家族。
「追跡する気はありません」
年配の女性が言った。
「では、なぜ来た?」
「懸賞情報の発信者を調べている」
「《HELIOS》に、息子を取られた」
「契約労働?」
「三年前」
「借金を返せず、別の船へ移送された」
「《GOLDEN CAGE》にはいなかった」
「行き先の記録も消えた」
女性は俺たちを見る。
「あなたたちが《HELIOS》へ損害を与えれば、会社は情報回収班を動かす」
「その通信を追えば、息子を探せるかもしれない」
「俺たちを囮にする?」
「そうなる」
嘘をつかない。
「助けるつもりも?」
「ある」
「あなたたちが捕まれば、通信を追えなくなるから」
味方ではない。
敵とも言い切れない。
自分の目的のため、俺たちが逃げ続けることを望んでいる。
「船の名前は?」
「《HOMEWARD》」
「帰路?」
「息子を連れて帰る船」
最後。
黒い船の女。
こちらから声をかける前に、彼女は言った。
「座れ」
低い声。
レナが俺の椅子を止める。
「命令しないでください」
「なら、提案する」
「座って話した方が、彼の身体に負担が少ない」
レナの表情がわずかに動く。
「医療状態を知っている?」
「懸賞資料に記載されていた」
女が金属仮面を外す。
褐色の肌。
短い白髪。
左目は黒い人工眼。
右頬から首へ、古い火傷痕。
「サヤ・グレン」
「船は《MOURNING STAR》」
エリスの顔から笑みが消えた。
「知ってるのか?」
「有名」
「賞金首専門」
「依頼成功率、八十八パーセント」
「対象を殺した数は?」
「少ない」
サヤ本人が答える。
「生存契約は、生きたまま渡す」
「殺害契約は?」
「受けない」
「なぜ?」
「死者は、自分の扱いを選べない」
奇妙な基準。
「俺を捕まえに来た?」
「半分は」
「残り半分は?」
「《ORIGIN REGISTRY》」
その言葉で、全員の空気が変わる。
「知っているのか」
「十七年前」
サヤは黒い人工眼へ触れる。
「私の妹が《ORIGIN REGISTRY》の回収対象になった」
「理由は?」
「特殊な身体適応能力」
「極端な放射線環境でも生存できた」
「連れていかれたのか?」
「ああ」
「戻ってきた?」
「身体は」
短い答え。
「人格は?」
ミサキが尋ねる。
「戻らなかった」
「記憶」
「感情」
「名前」
「全部、治療に不要な異常として削られていた」
人を回収し。
必要な部分を残し。
不要と判断したものを消す。
「妹は今?」
「三年前に死んだ」
「最後まで、私を思い出さなかった」
サヤの声は変わらない。
それでも。
右手が、机の下で強く握られている。
「《ORIGIN REGISTRY》を追ってるのか」
「十七年」
「でも見つからなかった」
「記録にも」
「船にも」
「人にも」
「今回、初めて向こうから名前を出した」
サヤは俺を見る。
「神代レン」
「お前を回収するために、必ず実働体が来る」
「実働体?」
「人格を持たない回収機」
「対象を傷つけず」
「逃がさず」
「周囲の被害を計算から外す」
「懸賞請負人より危険だ」
「それを知っていて、なぜ俺を捕まえる?」
「お前を餌に、《ORIGIN REGISTRY》へ案内させる」
「嫌だと言ったら?」
「交渉する」
「無理には?」
「港内では」
レナの手が、俺の椅子へ触れる。
「港を出た後は敵ですか」
「お前たち次第だ」
サヤは水を一口飲む。
「一つ提案する」
「何?」
「懸賞契約を、私が先に受ける」
「どういう意味?」
「《OPEN HUNT》の一部には、独占追跡権がある」
「私が契約すれば、低位の請負人は同じ対象を追えない」
高速艇の三人が、離れた席からこちらを見る。
「彼らのような者を減らせる」
「代わりに?」
「私を《ウェイフェアラー》へ乗せろ」
レナの金色の瞳が鋭くなる。
「拒否します」
「回答が速い」
「レンを捕獲対象としている者を船内へ入れる理由がありません」
「私を入れなければ、回収機が来たとき対処できない」
「あなたを信用できません」
「必要ない」
「契約で縛れ」
エリスが口を開く。
「契約内容は?」
「神代レンを《ORIGIN REGISTRY》以外へ引き渡さない」
「本人の同意なく拘束しない」
「回収実働体が出現した場合、情報を共有」
「契約期間中、低位請負人の追跡権を停止」
「あなたが得るものは?」
「《ORIGIN REGISTRY》への接触機会」
利用し合う関係。
「今、決める必要は?」
「十二時間」
「それを過ぎれば、《BRIGHT JACKALS》が契約を取得する」
「俺たち?」
高速艇の男が驚く。
「取れるの?」
「現在、ほかに申請者がいない」
「やった!」
「喜ばないでください!」
若い女が男の頭を叩く。
奇妙な状況だった。
俺を追う者。
俺を囮にしたい者。
俺を守ることで、別の敵を探そうとする者。
賞金首になった途端。
今まで知らなかった人間の事情が、船の周囲へ集まり始めている。
「全員で相談する」
俺は答えた。
「十二時間以内に返事をする」
「分かった」
サヤは立ち上がる。
「最後に一つ」
「何?」
「《ORIGIN REGISTRY》の回収機は、人の言葉を使う」
「だが、会話していると思うな」
「命令を伝えるために、言葉の形を使っているだけだ」
「説得は?」
「できない」
「取引は?」
「できない」
「止める方法は?」
サヤの黒い人工眼が、俺を見つめる。
「回収対象が、完全に失われたと判断させる」
「つまり?」
「お前を一度、死んだ状態にする」
レナの手が、《TWIN ARC》のない腰へ伸びた。
「冗談ではありません」
サヤは言った。
「妹を取り戻すため、私は一度それを試した」
「失敗したが」
「次は失敗しない」
◇
《ウェイフェアラー》へ戻った後。
ガイとピコは、船体中央部の補修材を外していた。
『用途不明区画まで、残り四十二センチ』
ピコの映像。
狭い作業路。
焼けた金属。
古い断熱材。
「内部から音は?」
『なし』
「熱?」
『周辺と同一』
「生体反応?」
『なし』
「開けるぞ」
ガイが切断具を入れる。
「三」
「二」
「一」
黒く焼けた隔壁が外れた。
その向こう。
小さな部屋。
中央に、白い装置が一基。
形は、俺が目覚めた《BIOLOGICAL REBUILD》装置に似ていた。
ただし、人間が入れる大きさではない。
手のひらほどの透明な容器。
中にあるのは。
黒い記録媒体。
「それ……」
胸元へ手を当てる。
俺が持っているものと、同じ形。
サーティーンから取り外した記録媒体。
『装置表面に文字を確認』
ピコが映像を拡大する。
かすれた表示。
『ORIGIN TRANSFER SEED』
『収容対象――WORKER-13』
息が止まった。
「サーティーン?」
俺が持っているはずの記録。
機械の墓場で。
俺を守って停止した旧型作業ロボット。
その名前が、なぜ《ウェイフェアラー》の隠し区画にある。
「レン」
レナが俺を見る。
「胸元の記録媒体を確認しても?」
「ああ」
手が震える。
取り出す。
黒い小さな部品。
表面には、WORKER-13。
隠し区画の装置。
俺の手の中。
二つの記録媒体。
『相互通信を検出』
ミラが告げる。
『レンが所持する媒体から、信号』
黒い記録媒体が、淡く光った。
停止していたはずのもの。
何度触れても、SOUL REPAIRの流れが見えなかったもの。
通信へ、雑音が入る。
『……PROTECT……』
「サーティーン?」
『……未完了……』
胸が苦しくなる。
『神代……レン……』
俺の名前。
サーティーンが。
初めて、俺の名前を呼んだ。
『回収……接近……』
『逃走……推奨……』
通信が途切れる。
黒い媒体の光も消えた。
「ミラ、もう一度つなげられる?」
『試行中』
『応答なし』
「サーティーンの人格は残ってる?」
『判断できません』
「今の声は?」
『保存記録』
『または、限定的な人格反応』
『識別不能』
戻ったわけではない。
蘇ったとも言えない。
それでも。
完全に消えてはいなかった。
「回収が接近」
レナが言う。
「《ORIGIN REGISTRY》の実働体」
『港外縁に、未登録反応を確認』
ミラの警告。
『ゲート通過記録なし』
『船体識別なし』
『生命反応なし』
外部映像。
《NOMAD'S REST》の構造物の隙間。
星明かりの中に、白い人影が立っていた。
宇宙空間。
船外服もない。
推進装置も見えない。
人間の形。
顔には目も口もない。
ただ、滑らかな白い表面。
『通信を受信』
ミラが告げる。
声。
男とも女とも分からない。
穏やかで。
何の感情もない。
『BIOLOGICAL REBUILD対象』
『神代レン』
『損傷状態を確認』
『回収後、正常化します』
レナが俺の前へ立つ。
ミサキが移動椅子の後ろへ。
エリスが機械腕を展開する。
ガイが格納庫へ走る。
ピコが警告音を鳴らす。
「本人の同意は?」
俺は尋ねた。
『不要です』
「俺は行かない」
『判断機能の異常を確認』
「異常じゃない」
『正常化後、拒否反応は消失します』
ミサキの顔が険しくなる。
「それを治療とは呼ばない」
『水城ミサキ』
『未登録医療行為を確認』
『処理優先度、低』
「レナ」
『レナ・アークライト』
『破損した代替人格』
『回収価値なし』
レナの金色の瞳が揺れる。
「勝手に価値を決めないでください」
『応答は不要です』
サヤの言葉。
人の言葉を使う。
だが、会話していると思うな。
白い人影が、宇宙空間を歩く。
一歩。
足元に何もない。
それでも、確実に《ウェイフェアラー》へ近づいてくる。
『神代レン』
『帰還してください』
「ここが、今の俺の船だ」
『誤認です』
「一緒にいる人たちも、俺が選んだ」
『異常です』
「俺の意思だ」
『修正します』
白い手が、船体へ伸びる。
その瞬間。
胸元のサーティーンの記録媒体が、もう一度だけ光った。
『PROTECT……継続』
古い救難船。
壊れた仲間。
賞金首。
正体不明の回収者。
逃げ道は、まだない。
それでも。
俺たちは、誰かに決められた正常へ戻るつもりはなかった。
第17話では、《ウェイフェアラー》と乗員たちへ設定された懸賞が、自由航路全体へ広がりました。
レンたちを追って《NOMAD'S REST》へ来たのは、それぞれ異なる事情を持つ懸賞請負人たち。
借金返済のためレンを捕らえたい《BRIGHT JACKALS》。
行方不明の息子を捜すため、《HELIOS》の通信を追う《HOMEWARD》。
そして、《ORIGIN REGISTRY》に妹の人格を奪われたサヤ・グレン。
同じ懸賞を追う者でも、目的は一つではありません。
サヤは自らが独占追跡契約を受けることで、ほかの請負人からレンを守る取引を提案しました。
一方、《ウェイフェアラー》の隠し区画から発見されたのは、《WORKER-13》の名を持つ記録媒体。
停止したはずのサーティーンは、わずかな通信でレンへ危険を知らせます。
そして現れた、《ORIGIN REGISTRY》の回収実働体。
それはレンの拒否を意思として認めず、「正常化」の対象と判断しました。
次回、会話のできない回収者が《ウェイフェアラー》へ侵入します。
戦えば船が壊れる。
逃げようにも、推進器の修理は終わっていない。
第18話「回収者は、人の名前を呼ばない」へ続きます。




