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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第15話 借金で、人は買えない

契約労働船《GOLDEN CAGE》から届いた、十一人分の非公開救助要請。


労働者たちは、働くほど借金が増える契約によって船内へ拘束されていた。


しかし、四十二人すべてが脱出を望んでいるわけではない。


残る者。


逃げたい者。


家族を守るため、選べない者。


レンたちは旧救難船ウェイフェアラーの権限を使い、一人ずつ意思を確認するため《GOLDEN CAGE》へ向かう。


 救助依頼を受けることへ賛成した者、十七名。


 反対、三名。


 判断を保留した者、九名。


 医療上、意思確認ができなかった者、四名。


「全員の賛成ではありません」


 レナが投票結果を表示する。


「それでも行くのか?」


 格納庫の隅から声がした。


 《HELIX CLINIC》から避難した高齢の男性。


 呼吸補助装置を身につけている。


「今の《ウェイフェアラー》で企業船へ接近すれば、またマーテルに見つかるかもしれない」


「私たちの食料も少ない」


「救出した人間を、またこの船へ乗せるのか?」


「全員は乗せない」


 俺は答えた。


「《NOMAD'S REST》が一時滞在区画を用意する」


「それでも、企業と争いになる」


「可能性はある」


「なぜ、そこまでして行く?」


 格納庫にいる者たちの視線が、俺へ集まる。


 俺は移動椅子の肘掛けへ手を置いた。


 まだ立てない。


 SOUL REPAIRも使えない。


 救助船の船長代行といっても、できることは少ない。


「助けを求める信号が届いたから」


「それだけか?」


「それだけで行くと決めたわけじゃない」


 俺は投票結果を見る。


「反対した人の意見も無視しない」


「《ウェイフェアラー》は、救助対象を運ぶためには使わない」


「接続と調査だけ」


「危険が高くなったら、船を港へ戻す」


「残る患者の避難先も、先に確保する」


「俺たちが戻らなかったら?」


「救難権限をミラへ移す」


「私たちのために、この船を戻す?」


「そのための救難船だろ」


『緊急時の自動帰還手順を登録』


 ミラが答える。


「勝手に全員を危険へ巻き込まない」


「でも、助けを求めている人の話を聞くことまで諦めたくない」


 男性は呼吸補助装置越しに、ゆっくり息を吐いた。


「私は反対票を入れた」


「分かってる」


「今も、賛成ではない」


「ああ」


「だが、戻るための計画は理解した」


「それでいい」


 意見が変わらなくてもよい。


 全員が同じ気持ちになる必要はない。


 反対を消すのではなく。


 反対した者も置いていかない方法を考える。


「行動参加者を確認します」


 レナが名前を表示する。


「神代レン」


「レナ・アークライト」


「水城ミサキ」


「ガイ」


「ピコ」


「エリス・ヴァント」


「以上六名」


「俺も行く」


 医療区画から声がした。


 ユーノ・カストル。


 腹部を固定した状態で、壁へ手をついて立っている。


「寝ていて」


 ミサキが即答した。


「企業認証の形式を知っている」


「通信で教えて」


「現場でしか確認できない情報がある」


「傷口が開く」


「固定具がある」


「昨日より出血量が増えてる」


「……なぜ知っている」


「医師だから」


「同行を申請する」


「却下」


「船長代行」


 ユーノが俺を見る。


「俺は役に立つ」


「分かってる」


「なら」


「通信で頼む」


「戦闘になった場合は?」


「ならない方法を探す」


「なった場合だ」


「レナとガイがいる」


「負傷者二人では足りない」


「負傷者を一人増やしても解決しない」


 ユーノが黙る。


「俺が信用できないのか」


「信用だけの問題じゃない」


「立ってるだけで顔色が悪い」


「戦えることと、戦ってよい状態かは別だ」


 以前、ミサキが俺へ言ったこと。


 今なら、少しだけ意味が分かる。


「ユーノには、マーテルと企業契約の規則を調べてほしい」


「船から支援してくれ」


「それが役割?」


「ああ」


 ユーノはしばらく俺を見た。


「了解した」


 命令へ従う兵士の返事。


 だが、今度は少し違う。


 自分が必要とされる場所を確認した後の声だった。


     ◇


 契約労働船《GOLDEN CAGE》は、その名のとおり金色だった。


 全長四百メートルを超える大型船。


 船体外装へ使われているのは、本物の金ではない。


 安価な光反射塗料。


 それでも遠くから見れば、周囲の船より新しく、高価に見える。


『接近中の旧式救難船へ』


『当船は救助を要請していません』


 外部通信。


 穏やかな男性の声。


『航路を変更してください』


「非公開救助信号を十一件受信しています」


 レナが応答する。


『従業員用健康端末の誤作動です』


『すでに修正作業を進めています』


「本人へ確認します」


『必要ありません』


「旧星間救命協定に基づき、救助要請者との直接通信を要求します」


『その協定は失効しています』


「失効処理は未完了」


 俺が続ける。


『マーテル認可企業の業務を妨害した場合、損害賠償を請求します』


「査定官エリス・ヴァントです」


 エリスが通信へ入る。


「《NOMAD'S REST》へ停泊中の船には、港内安全規則が適用されます」


「救助信号を誤作動と主張するなら、送信者本人の意思確認が必要です」


『当船は、港への正式接続前です』


「だから、今なら出港できる」


『脅迫ですか?』


「選択肢の説明」


 エリスは笑っている。


「意思確認へ応じる」


「または、補給を受けずに出港する」


「どちらでもどうぞ」


 通信の向こうで沈黙。


 大型船ほど、水、空気、燃料を多く必要とする。


 四十二人の労働者。


 乗員。


 すぐに出港できるだけの物資があるとは限らない。


『救難船一隻の接続を許可します』


『ただし、立ち入り可能区画は当方が指定します』


「救助要請者と話せるなら」


『医療検査を目的とした面談を認めます』


「一人ずつ」


 ミサキが言う。


『集団検査で十分です』


「医療情報は個人情報」


「本人が望めば、ほかの労働者と離れた場所で診察する」


『作業時間へ影響します』


「命より重要?」


『そのような意味ではありません』


「なら、問題ないわね」


 再び沈黙。


『個別検査を許可します』


「接続を開始」


 レナが操縦装置へ手を置く。


 《ウェイフェアラー》が、《GOLDEN CAGE》へ近づく。


 壊れかけた救難船と、金色の大型船。


 大きさは比べものにならない。


 相手の接続口に、飲み込まれていくようだった。


     ◇


 接続口で待っていたのは、白い服を着た男だった。


 四十代ほど。


 整えられた金髪。


 首元には企業認証端末。


 服にも靴にも汚れがない。


「《HELIOS LABOR SUPPORT》労務管理責任者」


「オルド・セインです」


 男は笑顔で手を差し出す。


「ようこそ、《GOLDEN CAGE》へ」


 エリスは握手をしなかった。


「救助要請者は?」


「先に、当船の説明を」


「いらない」


「誤解を解くためにも必要です」


「話を聞く相手は、あなたじゃない」


 オルドの笑顔は崩れない。


「労働者たちは、法的に有効な契約へ同意しています」


「適切な住居」


「食事」


「医療」


「職業訓練」


「無登録者には、マーテルの市民認証を得る機会も提供しています」


「借金は?」


「提供した支援への対価です」


「利息は?」


「契約時に説明しています」


「退職できる?」


「債務を完済すれば」


「現在、完済した人は?」


 オルドが一瞬だけ黙る。


「契約期間には個人差があります」


「人数を聞いてる」


「過去五年で何人?」


「今は救助要請の確認が目的だったはずです」


「答えられない?」


「個人情報です」


 エリスの機械指が机を軽く叩く。


 音だけで、オルドの視線が両腕へ向いた。


「機械腕」


「高価な製品ですね」


「返済は?」


「私の腕は、私の物」


「質問への回答になっていません」


「十分でしょう」


 二人の間に、冷たい空気が流れる。


「診察を始めたい」


 ミサキが言った。


「案内してください」


「こちらです」


 オルドは、きれいな通路を進む。


 床には柔らかな素材。


 壁面に企業の宣伝映像。


『あなたの労働が、新しい人生を作る』


『登録番号のない者にも、未来を』


『働けば、いつか自由になれる』


「働かなければ?」


 俺が尋ねる。


「健康状態に応じた休業制度があります」


 オルドが答える。


「病気で生産量が落ちた場合は?」


「医療を提供します」


「その費用も借金?」


「必要経費として記録されます」


「休んでいる間の住居費は?」


「発生します」


「食事は?」


「同様です」


「治るまで借金が増える?」


「支援には費用が必要です」


 オルドは振り返る。


「社会の資源は無限ではありません」


「誰かが負担しなければならない」


 ダリウスと似た言葉。


 だが、少し違う。


 ダリウスは、守る者を選ぶ。


 この男は、助ける行為すべてへ値段をつける。


 払えなければ、本人の時間を取る。


     ◇


 案内された診察室は、清潔だった。


 医療寝台。


 遮蔽装置。


 空調。


 必要な設備はそろっている。


「労働者を一人ずつ呼びます」


 オルドが言う。


「当社職員も同席します」


「必要ない」


 ミサキが答える。


「診察記録の正確性を保証するためです」


「本人が同意した場合だけ」


「従業員には、医療情報の会社共有義務があります」


「私の診察記録は、会社の物じゃない」


「契約上――」


「ここで診察を受けるかは、本人が決める」


 オルドの笑顔が少し薄くなる。


「では、会社職員の同席を拒否する者だけ、個別に」


「それでいい」


 最初の労働者が入ってきた。


 細い男性。


 腕に作業用補助具。


 首元に銀色の環。


 エリスが見ていた資料と同じ。


 債務管理端末。


「名前は?」


 ミサキが尋ねる。


「ハルド・ウェン」


「体調で困っていることは?」


「ありません」


「救助信号を送りましたか?」


「いいえ」


「船を出たい?」


「いいえ」


 答えは速かった。


「会社職員は外にいる」


 ミサキが言う。


「この部屋の音声は遮断されてる」


「それでも答えは同じです」


「ここへ残りたい?」


「はい」


「理由を聞いても?」


「娘がいる」


「別の船に?」


「マーテルの教育施設」


「俺が働けば、娘の登録審査が進む」


「契約をやめれば?」


「支援が止まる」


「だから残る」


「はい」


「分かった」


 ミサキは、それ以上説得しなかった。


 診察を行い。


 呼吸機能。


 筋肉。


 神経状態を確認。


「粉塵による軽い肺炎がある」


「治療薬は?」


「会社の医療区画でもらっています」


「費用は債務へ追加?」


「そうです」


 男性は苦く笑った。


「でも、薬がなければ働けない」


「働けなければ、娘を助けられない」


「選んで残ってるとは言えない」


 俺が言いかける。


 ミサキが視線で止めた。


 本人が残ると言っている。


 外から否定することはできない。


「何か変わったら」


 ミサキは小さな通信符号を渡す。


「この港へ連絡して」


「会社に見つかれば?」


「医療用記録に見える」


 男性は符号を受け取った。


「ありがとう」


 それでも、救助は求めなかった。


     ◇


 二人目。


 三人目。


 四人目。


 残りたい者。


 出たいが、借金を家族へ移されることを恐れる者。


 外へ出ても住む場所がない者。


 契約条件に不満はあるが、以前より生活がよくなったと話す者。


「全員が無理やり働かされているわけではない」


 レナが記録を整理する。


「でも、自由とも言えない」


 俺は答えた。


「選択肢が少なすぎる」


「本人へ選択肢を増やすことが、今回の目的です」


 エリスが言う。


「残ると決めた人を、無理に連れ出さない」


 五人目。


 若い女性。


 短い銀髪。


 作業服の右肩に、焦げた跡。


「名前は?」


「セナ・ロス」


「救助信号を送った?」


「私です」


 小さな声。


「十一人分をまとめて送った」


「ほかの十人の同意は?」


「送った時点では」


「今は?」


「二人は、怖くなったと言ってる」


「会社に知られた?」


「たぶん」


 セナが首元の債務管理端末へ触れる。


「昨日から、私たちの作業区画が変わった」


「どこへ?」


「第九貨物層」


「本来は何を保管する場所?」


「放射性精製材」


「遮蔽は?」


 ミサキが尋ねる。


「最低限」


「防護服は?」


「借りられる」


「使用料が債務に追加される」


 エリスの機械指が強く曲がる。


「断ったら?」


「作業拒否」


「契約違反」


「違反金が追加」


「何もしなくても借金」


「身を守っても借金」


 俺が言う。


 セナは笑わなかった。


「十一人は、会社の新しい基準で《低収益者》に分類された」


「病気」


「怪我」


「年齢」


「作業効率」


「この船で働かせるより、別の施設へ移した方が利益になると」


「移送先は?」


「マーテル認可の人格再訓練施設」


 レナの表情が変わる。


「人格処置を行う施設ですか?」


「会社は、職業適性を再調整すると言ってる」


「本人の同意は?」


「契約書に含まれているらしい」


「署名した覚えは?」


「契約書は、四千ページあった」


「説明映像では、医療と職業訓練と言っていた」


「人格再調整の説明は?」


「なかった」


 セナの手が震える。


「助けてほしい」


 初めて。


 直接、言葉で聞いた。


「会社を出たい?」


「はい」


「借金が残っても?」


「払えと言われるなら、働いて返す」


「でも、自分の記憶や性格を変えられたくない」


「ほかの人は?」


「今も出たいのは九人」


「二人は残ると言ってる」


「あと」


 セナが顔を上げる。


「信号を送った後、別の四人からも相談された」


「合計十三人」


「全員と、一人ずつ話す」


 俺は言った。


「時間がありません」


「今日の勤務終了後」


「私たちは第九貨物層へ移される」


「その後、外部通信を切られる」


「いつ?」


「四時間後」


 予想より早い。


「エリス」


「港の一時滞在区画は?」


「十三人なら入れる」


「債務は?」


「《NOMAD'S REST》では、本人へ請求することはできる」


「でも、身体拘束は認めない」


「会社が追ってきたら?」


「港へ接続させない」


「外で待ち伏せされたら?」


「そこから先は、別の問題」


 安全を完全には保証できない。


 それでも、今よりは選べる。


「脱出方法は?」


 レナが尋ねる。


「十三人を一度に移動させれば発見されます」


「医療避難として搬送する」


 ミサキが言う。


「全員が?」


「診察結果を確認してから」


「健康な人まで病人にはできない」


「虚偽記録を作るつもりはない」


「なら、どうする?」


「会社の医療環境が危険だと証明する」


「第九貨物層の放射線量」


「粉塵」


「人格処置の強制可能性」


「全員を一時的に安全な場所へ移す理由になる」


「企業が拒否したら?」


「救難権限を使う」


 俺が答えた。


「証拠を集める」


     ◇


 十三人の診察を終えた。


 出たい意思を確認。


 音声記録。


 生体認証。


 会社職員がいない状態での署名。


 残ると決めた二人についても、救助対象から外す記録を残した。


 問題は、第九貨物層。


「立ち入りは許可できません」


 オルドが言う。


「危険物管理区画です」


「だから確認する」


 ミサキが答える。


「労働者を移す予定でしょう」


「適切な防護装備を提供します」


「使用料を本人の債務へ追加して?」


「契約上の必要経費です」


「実際の放射線量は?」


「安全基準内」


「記録を見せて」


「企業情報です」


「なら、私たちが測る」


「拒否します」


 オルドの後ろ。


 白い警備機が二体。


 武器の先端に、青い制圧光。


「救難船の乗員へ警告します」


「許可区画外への移動は、業務妨害と判断します」


「セナたちを、ここへ連れてきて」


 俺は言った。


「診察は終了したはずです」


「本人たちが船を出ると決めた」


 オルドの笑顔が消えた。


「契約期間中です」


「退職には債務の完済が必要」


「借金は請求すればいい」


「身体まで拘束する理由にはならない」


「彼らの労働は、当社資産です」


「違う」


 エリスの声が低くなる。


「契約で買えるのは、合意された時間と作業」


「本人そのものじゃない」


「《NOMAD'S REST》の地方規則は、当船へ適用されません」


「では、旧星間救命協定を使う」


「救助が必要な状況ではない」


「第九貨物層を見せれば証明できる」


「拒否します」


「拒否したことを記録した」


 エリスが言う。


 オルドの視線が、彼女の機械腕へ移る。


「労働者の移動は認めません」


「では、本人に言ってもらう」


 俺は通信を開く。


「セナ」


 返事がない。


「セナ?」


『……レン』


 弱い声。


『身体が、動かない』


「何があった!」


『首の端末が……』


『力が……』


 通信が途切れる。


「オルド!」


「債務管理端末による一時的な作業停止処理です」


「作業停止?」


「契約違反が疑われる従業員の安全確保」


「神経信号を止めたのか」


 レナの金色の瞳が鋭くなる。


「本人の意思に反して、身体を制御した」


「契約へ同意しています」


 《MIND LOCK》。


 レナの身体を、本人の意思に関係なく動かした命令。


 形式は違う。


 だが、同じだった。


「解除してください」


 レナが言う。


「できません」


「解除しなさい」


「命令権限はありません」


 レナの胸部炉から光が漏れる。


「レナ」


 俺は呼ぶ。


「分かっています」


「攻撃はしません」


「ですが、止めます」


 レナが前へ出る。


 警備機が武器を構えた。


「接近しないでください」


「債務管理端末の制御中枢はどこですか」


「回答する義務はありません」


「なら、探します」


 レナの金色の瞳に、船内信号が表示される。


「強制停止信号」


「送信元、第七管理層」


「ここから三十六メートル」


「行かせません」


 警備機が制圧弾を放つ。


 レナは武器を持っていない。


 左へ身体を流す。


 動かない右脚が遅れる。


 一発目を避ける。


 二発目が胸部仮装甲をかすめる。


「レナ!」


「問題ありません!」


 彼女は警備機へ攻撃しない。


 腕を取り。


 射線を床へ向ける。


 もう一体の警備機へぶつける。


 二体が絡み合って倒れる。


「エリス!」


「分かってる!」


 エリスの機械腕が展開。


 六本指が制御端末へ入り込む。


「暗号が企業認証」


「解除には管理責任者の生体情報が必要!」


「オルドの?」


「そう!」


 オルドが後ろへ下がる。


「接近すれば、暴行として――」


「触らなくていい」


 俺は通信端末を開く。


「ユーノ、聞こえる?」


『聞いている』


「企業の債務管理端末に、緊急解除規則は?」


『確認中』


「急いで!」


『マーテル労働安全規則、第八十一条』


『複数の労働者へ同時に神経停止が発生した場合、集団医療事故として医療担当者が解除を申請可能』


「ミサキ!」


「申請する!」


 ミサキが医療認証を送る。


『権限不足』


「違法診療所の医師だから?」


『マーテル登録が失効しています』


 ユーノの声。


『俺の認証を使え』


「ユーノ?」


『回収部隊員には、民間施設の緊急停止権限がある』


「使えば、現在位置が企業記録へ残る」


『もう知られている』


「マーテルにも届くぞ」


『それでもだ』


 通信の向こうで、生体認証が送信される。


『《ORDER ENFORCEMENT》第七回収部隊』


『ユーノ・カストル』


『集団医療事故の可能性を確認』


『債務管理端末の停止を命じる』


 制御端末の表示が赤く変わる。


『緊急停止命令を受信』


「拒否しろ!」


 オルドが叫ぶ。


『拒否には、上位企業権限が必要です』


『確認中』


『上位権限、応答なし』


『債務管理信号を停止』


 船内から、低い音が消えた。


「セナ!」


『……動く』


 通信。


『身体が、戻った』


「ほかの人は?」


『みんな、動ける』


「接続口へ来て!」


 俺はオルドを見る。


「本人たちが歩いてくる」


「止めるなら、もう一度身体を奪う必要がある」


「それを全記録と一緒に、《NOMAD'S REST》へ送る」


 エリスが表示を開く。


「強制神経停止」


「医療権限による解除拒否」


「危険区画への配置」


「契約説明にない人格再調整」


「十分でしょう」


「契約は合法です!」


 オルドが声を荒らげる。


「我々が住居を与えた!」


「食事を与えた!」


「登録の機会も!」


「彼らが今まで生きられたのは、当社が費用を負担したからだ!」


「費用は請求すればいい」


 俺は答える。


「でも、払えないからって身体を止めるな」


「会社の損失は誰が負担する!」


「会社だ」


 エリスが言った。


「契約には危険がある」


「相手が働けなくなる危険」


「辞める危険」


「返済されない危険」


「それを全部、弱い方へ押しつけておいて、商売とは呼ばない」


 通路の奥から足音。


 セナ。


 ほかの労働者たち。


 合計十三人。


 足元は不安定。


 首元の債務管理端末を押さえている者。


 荷物を持つ者。


 何も持っていない者。


「止まりなさい!」


 オルドが叫ぶ。


「退職手続きは完了していない!」


 先頭のセナが立ち止まる。


 振り返る。


「手続きは、港から行います」


「債務は残るぞ!」


「分かっています」


「利息も発生する!」


「査定官へ相談します」


「家族の支援資格を失う者もいる!」


 何人かの足が止まる。


 全員が同じ状況ではない。


「今、残ると決めてもいい」


 俺は言った。


「ここまで来たからって、船へ乗る必要はない」


「戻ったら処罰される!」


 一人の男性が言う。


「処罰させない」


 エリスが答える。


「救助申請を取り下げても、申請したことを理由に不利益を与えない」


「港から正式に要求する」


「保証できる?」


「完全には」


 エリスは嘘をつかなかった。


「でも、通信符号を渡す」


「何かあれば記録を残して」


「次は、港全体で判断する」


 男性は迷う。


 やがて、列から離れた。


「俺は残る」


「弟が、会社の学校にいる」


「分かった」


 セナが答えた。


「責めない」


 もう一人。


 年配の女性も列から離れる。


「私も」


「外へ出ても、行く場所がない」


「ここにいる友人と働く」


「分かった」


 十三人から十一人へ。


 助けを求めた後でも、選択は変わる。


 それでいい。


「接続口へ」


 俺たちは十一人を囲むように移動する。


 警備機は立ち上がらない。


 オルドも追ってこない。


 ただ、最後まで叫び続けた。


「債務は消えない!」


「お前たちは契約違反者だ!」


「マーテルが必ず回収する!」


 エリスは振り返らず答えた。


「借金の話なら、査定室で聞く」


「でも、人間の回収依頼は受けない」


     ◇


 十一人は、《ウェイフェアラー》へ乗らなかった。


 接続通路を通り。


 そのまま《NOMAD'S REST》の一時滞在区画へ移動した。


 救助したからといって、俺たちの仲間になるわけではない。


 行き先を決めるのは本人たちだ。


『《GOLDEN CAGE》へ通告』


 港の管理通信が流れる。


『強制神経停止装置の使用』


『危険作業区画に関する虚偽報告』


『医療避難命令への妨害』


『以上の記録を確認』


『当港への接続許可を取り消します』


『三時間以内に港周辺宙域から離脱してください』


『残留労働者への報復行為を確認した場合、航路情報を周辺自由港へ共有します』


 金色の大型船から返答はない。


 残ると決めた三十一人。


 あの船で生活を続ける者たち。


 安全になったわけではない。


 通信符号を渡しただけ。


 次に助けを求められたとき、間に合う保証もない。


 全部は解決していない。


「レン」


 レナが隣に立つ。


 戦闘で胸部仮装甲に新しい傷。


 右脚の補助装具も熱を持っている。


「怪我は?」


「軽度です」


「具体的に」


「胸部炉温度、基準より八・二度上昇」


「右脚接続部に痛覚信号」


「ミサキ!」


「聞こえてる!」


 ミサキがレナの腕を取る。


「医療区画へ」


「レンの神経反応確認が先です」


「私は動いてない」


「緊張による心拍数上昇がありました」


「それだけだ」


「両方診る!」


 ミサキが俺の移動椅子も押そうとする。


 レナが反対側の取っ手を握る。


「私が運びます」


「患者が患者を運ばない」


「歩行可能です」


「胸部炉が熱いでしょう」


「レンの椅子を押す程度なら」


「二人とも医療区画!」


 その後ろから、エリスがついてくる。


「私も行く」


「怪我した?」


 俺が尋ねる。


「機械腕の指を一本、使いすぎた」


「それだけ?」


「それだけでも患者」


「整備区画へ行け」


「船長、冷たい」


「医療と機械修理は別だろ」


「触覚があるから、実質生身」


 エリスが右手の人差し指を差し出す。


「見て」


「少し赤い」


「警告灯だろ」


「痛い」


「本当に?」


「触って確認する?」


 レナの握る取っ手が軋む。


「エリス」


「何、レナ?」


「私の胸部炉温度を上昇させないでください」


「やっぱり嫉妬?」


「医療上の要求です」


 張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。


 俺は息を吐いた。


「エリス」


「何?」


「今回の報酬」


「交渉する?」


「寝台四基は完成品だよな」


「そこ?」


「重要だ」


 《ウェイフェアラー》には、まだ寝る場所が足りない。


 救助した十一人を乗せなくても。


 患者。


 子ども。


 アンドロイド。


 敵だった兵士。


 そして、いつの間にか船へ入り浸っている赤髪の査定官。


「完成品を保証する」


 エリスが答えた。


「ただし、一基は私が使う」


「なぜ?」


「《GOLDEN CAGE》が港を離れるまで、あなたたちの船へ避難する」


「狙われる可能性があるから」


「聞いてない」


「今言った」


「どれぐらい?」


「数日」


 レナの金色の瞳に文字が流れる。


「女性用寝台区画の再計算が必要です」


「空きは?」


「ありません」


「なら、レンの部屋?」


「却下します」


 即答。


「まだ何も言ってない」


「意図は予測できます」


「レナも同じ寝台を使ったでしょう?」


「医療上の必要性です」


「私も命を狙われてる」


「医療ではありません」


「警護上の必要性」


「私が警護します」


「二人で?」


「なぜそうなるのですか!」


 ミサキが大きく息を吐く。


「部屋の話は、治療が終わってから!」


 壊れかけた救難船。


 未払いの修理。


 増えていく仕事。


 増えていく人。


 足りない寝台。


 問題は一つも減っていないように見える。


 それでも。


 十一人は、自分の足で契約労働船を降りた。


 借金は残っている。


 先の生活も決まっていない。


 だが、働く場所も。


 返し方も。


 誰と生きるかも。


 これから自分で選べる。


 借金で、時間を買うことはできる。


 仕事を頼むこともできる。


 けれど。


 借金で、人は買えない。


 それを守るためなら。


 もう少しだけ、この騒がしい船に人が増えてもよいと思った。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第15話では、《ウェイフェアラー》が契約労働船《GOLDEN CAGE》へ接近し、労働者一人ひとりの意思を確認しました。


最初に救助を求めた十一人のうち、二人は残ることを選択。


その後、新たに四人が脱出を希望し、最終的には十一人が自分の足で船を降りました。


残ることを望んだ者もいます。


家族の支援。


生活の安定。


外へ出た後の不安。


本人が残ると決めた以上、レンたちは無理に連れ出しませんでした。


一方、企業は債務管理端末を使い、労働者の身体を強制停止。


レナにとってそれは、自分の身体を奪った《MIND LOCK》と同じく、決して認められない行為です。


そしてユーノは、マーテルの緊急停止権限を使って労働者を解放しました。


彼はまだマーテル兵でありながら、自分が正しいと思う規則のために、《ウェイフェアラー》を支援し始めています。


次回は、救助された十一人のその後。


助けた者が必ず仲間になるわけでも、感謝してくれるわけでもありません。


さらに《GOLDEN CAGE》からの報復を避けるため、エリスが一時的に《ウェイフェアラー》で暮らすことになります。


第16話「救った人は、仲間になるとは限らない」へ続きます。

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