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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第14話 赤髪の査定官は、ただの借金取りではない

第十八農業区画の植物管理AI《LILY-4》を初期化せず、灌水設備を復旧させたレンたち。


報酬として得たのは、三日分の停泊料、船体修理用の信用、食料、そして壊れた折り畳み寝台二基。


さらに《LILY-4》は、レンへ旧地球由来の香草バジルを贈った。


漂泊港の食材で、地球の料理を再現する。


戦いではない一日が始まる。


しかし、赤髪の入港査定官エリス・ヴァントが《ウェイフェアラー》へ近づいた理由は、未払いの停泊料だけではなかった。


「寝台は二基と聞いていた」


 ガイが格納庫の床に並んだ部品を見る。


「はい」


 エリス・ヴァントが答える。


「これは板が六枚」


「支持脚が十一本」


「破れた保温布が三枚」


「あと、用途不明の金具が二十七個だ」


「全部組み立てれば、たぶん寝台になる」


「たぶん?」


「査定記録には《折り畳み式休息設備》と書いてある」


「寝台とは書いてねえじゃねえか!」


「休めれば同じでしょう」


「床でも休めるぞ!」


「なら、返品する?」


 エリスが表示する。


『返品処理料――』


「組み立てる!」


 ガイが即答した。


 ピコが床の部品を走査する。


『不足部品、十六』


「増えたぞ!」


『用途不明部品の一部を、別製品と推定』


「何が混ざってる?」


『簡易調理台』


『子ども用安全柵』


『小型動物運搬箱』


「どんな保管方法をしてるんだ、この港は!」


「使えそうな物を同じ倉庫へ入れてる」


 エリスが平然と答える。


「分類しろ!」


「分類する人を雇う予算がない」


「仕事の依頼を出せ!」


「報酬は、分類されていない部品から好きな物を三つ」


「誰が受けるんだ!」


『有用部品を取得できる可能性』


「ピコ、興味を持つな!」


 格納庫の隅。


 俺は移動椅子から、そのやり取りを見ていた。


 足の感覚は少しずつ戻っている。


 右脚は、膝を数センチだけ持ち上げられる。


 左脚はまだ指先だけ。


 自分で立てる状態ではない。


 それでも、昨日よりは動く。


「レン」


 後ろからミサキの声。


「右脚、もう一度」


「今、上げた」


「私が見てないときに動かさないで」


「動いたら試したくなるだろ」


「転んだら?」


「椅子に座ってる」


「筋肉を傷めたら?」


「そこまで強く動かせない」


「反論する元気は戻ったのね」


 ミサキが俺の膝へ手を添える。


「触るよ」


「ああ」


「ゆっくり上げて」


 力を込める。


 右膝が少し動く。


 以前なら、できて当然だった動作。


 今は、数センチ動くだけでうれしい。


「痛みは?」


「ない」


「痺れ?」


「少し」


「無理に続けないで」


「次は左を」


「今日はここまで」


「一回しかやってない」


「回復し始めた神経は、使いすぎるとまた反応が落ちる」


「もう一回だけ」


「駄目」


「船長代行として」


「医療上の命令を優先」


「そういう権限があるのか?」


「今作った」


 ミサキが記録端末を閉じる。


「代わりに、外出は許可する」


「本当?」


「食堂まで」


「途中で神経反応を確認」


「栄養剤を飲む」


「一人で移動椅子を暴走させない」


「暴走してない」


「壁へ三十センチまで接近」


 レナが記録を読み上げる。


「まだ覚えてたのか」


「危険行動として保存しています」


 彼女は新しい補助装具で立っていた。


 右脚の動作は遅い。


 胸部炉の仮装甲も残っている。


 昨日と同じ紺色の整備服。


 肩と背中が開き、金色の接続線が見えていた。


 ただし、今日はその上へ薄い上着を羽織っている。


「その上着、暑くない?」


 俺が尋ねる。


「問題ありません」


「農業区画では着てなかっただろ」


「現在は必要と判断しました」


「何に?」


 レナは答えない。


 エリスがこちらを見て、笑う。


「船長の視線対策じゃない?」


「違います」


 即答。


「レンが見てもよい範囲について、私自身の判断を更新しただけです」


「やっぱり視線対策じゃないか」


「嫌だった?」


 俺は尋ねた。


「嫌ではありません」


「では?」


「意識すると、胸部炉温度が上昇します」


 レナは真顔だった。


 俺の心拍監視装置が少し速くなる。


「温度上昇は故障に影響する?」


「軽微です」


「なら問題ない?」


「医療上は」


 ミサキが答える。


「ただし、レンの心拍数は上がってる」


「報告しなくていい!」


「患者の状態確認よ」


「ここにいる全員、そういう情報を声に出すのやめない?」


 エリスが移動椅子の隣へしゃがむ。


「私なら、見られたら見返すけど」


「何の話だ」


「身体」


 エリスは機械化された両腕を持ち上げた。


「船長、気になる?」


「機械腕が?」


「ほかに何があるの?」


 レナの金色の瞳が、エリスを走査する。


「両腕とも、高性能な多用途義肢です」


「触覚再現」


「温度感知」


「精密工具」


「荷重限界は、人間の腕の約十二倍」


「勝手に解析しないで」


「外部から確認可能な範囲です」


「昨日、私が言われたことを返されてる?」


「質問の意図を理解できません」


 エリスは笑った。


「気になるなら、触っていいよ」


 右の機械腕を俺へ差し出す。


 赤銅色の外装。


 細い傷。


 指は六本。


 関節の隙間から淡い青色の光。


「いいのか?」


「私が許可したからね」


 俺は動くようになった右手を伸ばす。


 まだ震えている。


 機械腕の甲へ、指先が触れた。


 冷たいと思った。


 だが、すぐに人肌に近い温度へ変わる。


「温度を合わせてる?」


「接触相手が驚かないように」


「便利だな」


「そうでしょう」


 指先で外装の継ぎ目をなぞる。


 エリスの六本の指が、俺の手首を軽く支えた。


「触覚は?」


「ある」


「今も?」


「ちゃんと分かる」


 彼女の表情から、普段のからかうような笑みが少しだけ消えた。


「だから、触り方には気をつけて」


「痛かった?」


「違う」


「くすぐったい」


「ごめん」


「謝るほどじゃない」


 俺の手を、レナが横から取った。


「神経回復中の右手を長時間使用しないでください」


「数秒だろ」


「震えが増えています」


 レナは俺の手を自分の両手で包む。


 金属ではない人工皮膚。


 少し冷たい。


「レナ」


「何ですか?」


「もしかして、触ってほしかった?」


 金色の瞳に文字が流れる。


「質問の意味は理解できます」


「今回は理解するんだ」


「回答する必要性は認めません」


 エリスが吹き出した。


「かわいいね」


「誰がですか?」


「二人とも」


「敵対行動と判断します」


「武器は封印中でしょう?」


「素手でも行動可能です」


「患者同士で戦わないで!」


 ミサキの声が格納庫に響いた。


     ◇


 漂泊港《NOMAD'S REST》の共同食堂は、元貨物船の格納庫を改造して作られていた。


 店の名前は《PAN & ORBIT》。


 看板には、取っ手のついた鍋が惑星の周囲を回っている絵。


 扉を開けた瞬間、複数の匂いが混ざって流れてきた。


 焼いた肉。


 香辛料。


 発酵した豆。


 機械用冷却液。


「最後のは食べ物じゃないだろ」


「アンドロイド用の栄養液」


 エリスが答える。


「味つき?」


「鉄、銅、柑橘、炭酸」


「鉄味を選ぶ人いるのか?」


「いるよ」


「レナは?」


「通常は無味の充電液を使用します」


「飲んでみたい味は?」


「比較データが不足しています」


「では、今日は人間の食べ物から」


 店内には、統一された椅子も机もない。


 人間用の高い机。


 小型機械が充電しながら会話できる端末台。


 水中生活者のための透明な水槽席。


 重力の弱い区画から来た者向けの身体固定具。


 食事を必要としないアンドロイドも、仲間と同じ時間を過ごすために座っている。


 種族や身体構造が違っても。


 一緒に食べるという行為は残っているらしい。


「厨房を四時間借りてある」


 エリスが奥を指す。


「使用料は?」


「完成した料理の売り上げから二割」


「売るのか?」


「千年前の地球料理でしょう?」


「材料は?」


「藻類粉末」


「培養乳たんぱく」


「合成トマト」


「《LILY-4》のバジル」


「肉は?」


「予算不足」


「ピザなら、なくても作れる」


「本当に?」


「たぶん」


「料理したことは?」


「生地からはない」


 エリスの足が止まった。


「できるって言ったよね?」


「作れるとは言った」


「俺が作れるとは言ってない」


「借金査定を上げてもいい?」


「横暴だ!」


「私が作ります」


 レナが言った。


「調理記録を検索します」


「《ピザ》」


「旧地球料理」


「穀物粉を発酵させた生地へ、トマト加工品と乳製品を載せて焼成」


「検索結果、六万八千二百四十一種類」


「多いな」


「どれがレンの記憶と一致しますか?」


 空中へ、ピザの画像が次々と表示される。


 薄いもの。


 厚いもの。


 四角いもの。


 果物が乗ったもの。


 俺にも分からないもの。


「こんなに種類があるのか」


「地球にいたのはレンでしょう」


「全部知ってるわけじゃない」


「思い出して」


 エリスが言う。


「無茶言うな」


 子どもの頃に食べたもの。


 丸い生地。


 赤いソース。


 白いチーズ。


 緑色のバジル。


「一番単純なやつでいい」


「生地、ソース、チーズ、バジル」


「塩」


「油」


「温度は?」


「高温」


「具体的に」


「分からない」


「焼成時間は?」


「焦げない程度」


「料理の指示として不十分です」


 レナが困った顔をする。


「なら、試しながら作ろう」


「失敗した場合、材料を失います」


「料理はそういうものだ」


「非効率的です」


「でも、少し楽しそうだろ?」


 レナは厨房を見る。


「……否定しません」


     ◇


 《ウェイフェアラー》から参加したのは、俺、レナ、ミサキ、ガイ、ピコ。


 ノイとリオ。


 体調の安定した患者数名。


 救出したアンドロイドたち。


 ユーノも、ミサキの許可を得て移動用寝台で運ばれてきた。


「安静ではなかったのか」


 俺が尋ねる。


「本人が、どうしても来ると言った」


 ミサキが答える。


「鎮静剤は?」


「今日は傷口が開いていない」


「戦闘になる可能性は?」


 ユーノが厨房を見る。


「料理で誰と戦う」


「生地」


 ガイが答えた。


 大きな容器の中。


 藻類粉末と水を混ぜた物体が、工具へまとわりついている。


「くそっ、離れねえ!」


「水が多い」


 俺が言う。


「最初に言え!」


「俺も今気づいた」


『粉末を追加』


 ピコが容器へ袋を傾ける。


「待て、全部入れるな!」


 粉が舞った。


 ガイ。


 ピコ。


 ユーノ。


 三人の頭から服まで、緑色の粉末で覆われる。


 沈黙。


「敵の攻撃か」


 ユーノが真顔で言った。


「料理だ」


「爆発物の製造に見える」


「俺もそう思う」


 ガイがくしゃみをした。


 別の調理台。


 レナが合成トマトを正確に同じ大きさへ切っている。


「ソースにするなら、もっと細かく」


「何ミリですか?」


「潰れるぐらい」


「数値で指定してください」


「たぶん、五ミリ?」


 刃が高速で動く。


 一秒後。


 すべてのトマトが、五ミリ角になっていた。


「速い」


「指定どおりです」


「それを鍋で煮る」


「温度は?」


「焦げない程度」


「またですか」


 レナが不満そうに鍋を火へかける。


 ミサキは培養乳たんぱくを伸ばし、チーズに近い状態へ加工。


 ノイとリオが、バジルの葉を一枚ずつ洗う。


「先生、これ食べられる?」


 ノイが尋ねる。


「洗えば」


「そのまま?」


「食べてみる?」


 ノイは小さな葉を口へ入れる。


 直後、顔をしかめた。


「苦い!」


「香りを楽しむ植物だから」


「食べるって言った!」


「食べられるとは言ったけど、おいしいとは言ってない」


 リオも一枚食べる。


「僕は好き」


「本当?」


「分かんないけど、強い味」


 二人のやり取りを、《LILY-4》から借りた小型記録機が撮影している。


 農業AIへ、バジルが食べられた記録を返すためだ。


「地球では、子どももこれを食べたの?」


 ノイが俺へ尋ねる。


「料理に乗せて」


「レンも?」


「たぶん」


「覚えてないの?」


「病気になる前の記憶はあるけど、全部を覚えてるわけじゃない」


「じゃあ、今日のは覚えてる?」


「ああ」


「私も覚える」


 ノイは残った葉を丁寧に洗い始めた。


     ◇


 最初の一枚は焦げた。


 二枚目は生地の中心が生だった。


 三枚目は、チーズに似せた培養乳たんぱくが溶けず、固い板になった。


「失敗作は?」


 ガイが尋ねる。


「食べられる部分は食べる」


「焦げた部分も?」


「そこは外す」


『廃棄量を最小化』


 ピコが焦げた生地を切り分ける。


 ユーノが一切れ口へ入れた。


「どう?」


「戦闘用非常食より柔らかい」


「比較対象が悪い」


「味があるだけ上等だ」


「マーテルでは何を食べてた?」


「必要栄養量に合わせた固形食」


「味は三種類」


「塩味」


「甘味」


「無味」


「無味も種類に入るのか?」


「無味を希望する隊員もいる」


「レナと同じだな」


「私は希望したのではなく、標準支給です」


 レナが四枚目の生地を広げる。


 形は完全な円。


 厚さもすべて均一。


「きれいすぎる」


 俺が言う。


「問題がありますか?」


「手作りに見えない」


「手で作っています」


「そうだけど」


 エリスがレナの生地を持ち上げる。


「少し端を厚くした方が、ソースが流れない」


「記録にありません」


「この港の平焼きパンも同じ」


「異なる料理です」


「使える方法は借りればいい」


 エリスの六本指が、生地の縁を素早く整える。


 レナがその動きを見る。


「高い精度です」


「子どもの頃、食堂で働いてた」


「査定官になる前?」


「いろいろやった」


「機械腕になる前も?」


 俺が尋ねると、エリスの手が止まった。


「そう」


「事故?」


「あとで話す」


 笑顔は残っている。


 だが、今は聞かない方がよいと分かった。


 四枚目。


 エリスが整えた生地。


 レナのトマトソース。


 ミサキが調整したチーズ。


 ノイとリオが洗ったバジル。


 ピコが炉内温度を監視。


 ガイが借り物の窯を修理。


 ユーノが焼成時間を秒単位で数える。


「そろそろ」


 俺が言う。


「根拠は?」


 レナが尋ねる。


「匂い」


「測定値ではありません」


「でも、焼けた匂いがする」


「焦げた可能性は?」


「開けて確認しよう」


 窯が開く。


 熱気。


 赤いソース。


 白いチーズ。


 緑のバジル。


 形は少し不格好。


 俺の知っているものと、完全には同じではない。


 それでも。


「ピザだ」


 口から言葉が出た。


「成功?」


 ノイが尋ねる。


「食べてから」


     ◇


 最初の一切れは、俺へ渡された。


 右手で持とうとする。


 指が震える。


 生地の端はつかめた。


 持ち上げる。


 途中で手首から力が抜けた。


 落ちる前に、レナが皿を下へ入れる。


「無理をしないでください」


「持てると思った」


「まだ長時間の保持は困難です」


「小さく切れば」


「冷めます」


 レナが一切れを持つ。


「私が介助します」


「待って」


 ミサキが反対側から言う。


「熱いかもしれないから、医師が確認する」


「私も温度を測定できます」


「味の確認も必要」


「味覚機能があります」


 エリスが自分の皿から一切れ取る。


「私が食べて、安全なら船長へ渡せば?」


「査定官は下がっていてください」


「料理を手伝ったのに?」


「患者の介助権限はありません」


「いつから権限制になったの?」


「現在です」


「俺の食事で争わないでくれ」


 三人の視線が集まる。


「レナに頼む」


 言った瞬間。


 ミサキが小さく肩をすくめる。


 エリスは笑う。


 レナの胸部炉温度が表示上で少し上がった。


「了解しました」


 一口分へ切り分ける。


「熱くない?」


「摂取可能温度です」


「では」


 レナの手が、口元へ近づく。


 食べる。


 生地は少し固い。


 ソースは酸味が強い。


 チーズは、記憶にあるものと違う。


 バジルの香り。


 一瞬。


 病気になる前の景色が浮かぶ。


 家族。


 夕方。


 小さな店。


 皿の上のピザ。


「レン?」


 レナが顔を覗き込む。


「まずかったですか?」


「違う」


「少し、思い出した」


「地球を?」


「家族と食べた」


 喉の奥が苦しくなる。


 悲しいのか。


 懐かしいのか。


 自分でも分からない。


「味は同じですか?」


「違う」


「失敗?」


「違うよ」


 俺は首を振る。


「これは、今日の味だ」


「みんなで作った」


「だから覚えておきたい」


 レナは一切れを見つめる。


 自分でも小さく切り、口へ入れた。


 ゆっくり噛む。


「どう?」


「酸味が強いです」


「生地の塩分は不足」


「バジルには、快い香りがあります」


「つまり?」


「非効率的ですが」


 レナはもう一口食べる。


「また食べてもよいと思います」


「それ、おいしいってことじゃない?」


「定義を確認します」


「今は確認しなくていい」


 ノイとリオも食べる。


 ガイ。


 ピコは味覚機能がないため、香りの成分を記録。


 ミサキ。


 ユーノ。


 救出したアンドロイドたち。


 同じ料理を、少しずつ分ける。


「おいしい!」


 ノイが言う。


「最初の葉より!」


「最初から料理に入れて食べろって言っただろ」


「聞いてない!」


「言った」


「先生は言ってない!」


「レンが言った」


「レンの説明が遅い!」


「俺のせい?」


 食堂のほかの客も、匂いに気づく。


「何を焼いてる?」


「旧地球料理?」


「一切れ、いくら?」


 エリスの目が変わった。


 査定官の顔。


「材料費」


「厨房使用料」


「希少レシピ」


「物語価値」


 空中へ数字が並ぶ。


「高くない?」


 俺が尋ねる。


「旧地球人本人が監修した料理」


「希少価値がある」


「俺、ほとんど何もしてない」


「監修はした」


「焦げた三枚も?」


「試作品は提供しない」


 エリスが食堂へ販売表示を出す。


『旧地球料理《PIZZA》』


『数量限定』


『物語記録つき』


 数分で、残りがすべて売れた。


「食堂の使用料を払っても、利益が残る」


 エリスが計算する。


「《ウェイフェアラー》の食費、二日分」


「料理で稼げるのか」


「毎日同じ物を出せば、希少価値は下がる」


「レシピを売れば?」


「買い手はいる」


「でも、《LILY-4》のバジルが必要」


「栽培区画と利益を分ける契約にすればいい」


 借金を取り立てるだけではない。


 価値を見つける。


 誰が何を提供したかを分ける。


 そのための査定。


「エリス」


「何?」


「仕事、好きなのか?」


「借金取りが?」


「査定官」


 エリスは少し考える。


「好きな部分もある」


「嫌いな部分は?」


「これから話す」


     ◇


 食事の後。


 エリスは、厨房の奥にある小さな休憩室へ俺たちを集めた。


 俺。


 レナ。


 ミサキ。


 ガイ。


 ユーノ。


 子どもたちとほかの患者は、食堂に残っている。


「停泊料の追加請求?」


 ガイが尋ねる。


「違う」


「なら帰るぞ」


「仕事の話」


「修理費が出る?」


「成功すれば、《ウェイフェアラー》の主要修理を終えられる額」


 ガイが座り直した。


「聞く」


 エリスが右の機械腕を机へ置く。


 六本の指。


 赤銅色の外装。


「この腕は、十八歳のときに付けた」


「港の外壁修理中に減圧事故が起きた」


「生身の腕は、両方失った」


「治療費を払える家族はいなかった」


「当時の私は、無登録」


「医療信用もない」


「どうした?」


「企業系の義肢会社が貸した」


「貸した?」


「装着費」


「保守費」


「神経接続料」


「全部借金」


「腕そのものは、返済が終わるまで会社の所有物」


 俺は機械腕を見る。


「身体につながっているのに?」


「契約では資産」


「払えなければ?」


「回収」


 ミサキの表情が変わる。


「取り外すの?」


「そう」


「神経接続した後で外せば、重い後遺症が出る」


「会社は代わりの低性能義肢を渡す契約だった」


「最低限の生活機能は維持できる、って」


「同意したの?」


「両腕を失った直後」


「鎮痛剤が効いた状態で」


「今日中に署名しなければ治療しないと言われた」


 選べる状態ではない。


 それでも、契約書には本人の署名が残る。


「三年間払った」


 エリスは続ける。


「事故の後遺症で、以前の仕事はできない」


「利息が増える」


「払っても元金は減らない」


「最終的に、回収担当者が来た」


「どうなった?」


「この港の先代査定官が、契約を無効にした」


「理由は?」


「《NOMAD'S REST》の基本規則」


 エリスが空中へ短い文章を表示する。


『人格、身体、および身体と不可分に接続された機器を、債務の担保としてはならない』


「身体は資産ではない」


「借金で、人は買えない」


「それが、この港の規則」


「企業は認めたのか?」


「認めなかった」


「だから、企業の船を港から追い出した」


「武力で?」


「補給を拒否した」


「接続口を閉じた」


「商売ができなくなれば、向こうから帰る」


 エリスが機械腕の指を曲げる。


「今の腕は私の物」


「借金も無効」


「それで査定官になったのか」


「誰かの身体や人生が、数字の端へ隠されないように」


 普段、エリスは軽い口調で金額を示す。


 何をしても料金。


 停泊。


 修理。


 食事。


 返品。


 だが、すべてを金額へ変えたいわけではない。


 金額にしてよいものと。


 してはいけないものを分けている。


「仕事の内容は?」


 レナが尋ねる。


 エリスが別の資料を開く。


「契約労働船《GOLDEN CAGE》」


「表向きは、漂泊者へ住居と仕事を提供する民間支援船」


「実際は?」


「住居費」


「食費」


「装備費」


「航路利用料」


「働くほど借金が増える契約」


「退職には、債務の全額返済が必要」


「逃げれば?」


「契約違反者としてマーテルの民間拘束部門へ引き渡される」


 ユーノが資料を見る。


「マーテル直属ではない」


「だが、認可企業だ」


「知っているのか?」


「《HELIOS LABOR SUPPORT》」


「回収部隊が、逃亡労働者の拘束を支援した記録がある」


「違法では?」


 俺が尋ねる。


「マーテル統治圏では合法」


 ユーノが答える。


「契約時の本人同意があれば」


「本当に同意したかは?」


「契約記録で判断する」


「署名があれば?」


「原則として」


 ユーノの声が弱くなる。


 エリスの過去と同じ。


 選べない状態で署名させても、記録だけを見れば同意になる。


「《GOLDEN CAGE》は、四日前から港の外縁へ停泊している」


 エリスが言う。


「契約労働者、四十二名」


「そのうち十一名から、非公開の救助要請が届いた」


「逃がしたいのか」


「まず、本人たちの意思を確認したい」


「でも、船内へ入れない」


「港の査定官として検査を要求した」


「拒否された」


「相手はマーテルの企業認証を持っている」


「強制検査の権限がない」


「《ウェイフェアラー》なら?」


「旧星間救命協定の救助権限が残っている」


 ミラを再起動したとき。


 ロックの倉庫へ接続したとき。


 マーテル艦のアームを外させたとき。


 百年以上前の救難権限が、わずかに残っていた。


「救難信号があるなら、相手の許可なしで接近できる」


 レナが言う。


「ただし、拒否された場合は?」


「強制的に入れば、港同士の争いになる」


 エリスが答える。


「だから証拠が必要」


「労働者本人が、自由意思で救助を求めている記録」


「船内環境が契約内容と異なる証拠」


「それを持ち帰れば、この港は《GOLDEN CAGE》の接続を拒否できる」


「十一人だけ助けるのか?」


 俺が尋ねる。


「残りは?」


「帰りたくない者もいる」


「借金があっても、そこでの仕事を選んだ者」


「家族と一緒にいるため残る者」


「外へ出ても行き先がない者」


「全員を連れ出すのが正解ではない」


「一人ずつ確認する必要がある」


 俺と同じ言葉。


「どうして俺たちに頼む?」


「昨日までは、頼むつもりじゃなかった」


「船の査定だけして、使えそうなら救難権限を借りるつもりだった」


「でも、第十八農業区画で見た」


「あなたたちは、《LILY-4》を勝手に初期化しなかった」


「敵だった兵士も治療した」


 エリスがユーノを見る。


「だから、本人へ聞く前に助けたつもりになる連中ではないと思った」


「評価が高すぎる」


 俺は言った。


「俺たちは失敗する」


「知ってる」


「船は壊れてる」


「見れば分かる」


「戦えるのは、負傷したレナとガイぐらい」


「戦闘は依頼してない」


「できればね」


 エリスが少し笑う。


「報酬は?」


 ガイが尋ねる。


「成功した場合」


「船体亀裂の修復」


「右推進器の規格統一」


「医療区画の電源増強」


「寝台四基」


「四基?」


「今度は完成品」


「本当だろうな」


「保証する」


「食料と水は?」


「二週間分」


 大きな報酬。


 それだけ危険な仕事。


「今、答える必要は?」


 俺が尋ねる。


「ない」


「救助信号が消される可能性は?」


「ある」


「最長で?」


「《GOLDEN CAGE》は、三十時間後に出港予定」


 時間はある。


 だが、多くはない。


「全員で話す」


「そう言うと思った」


 エリスは資料を閉じる。


「一つだけ」


「何?」


「受ける場合、私も同行する」


 レナの視線が鋭くなる。


「査定官が?」


「契約内容を確認するため」


「機械腕で、船内設備の解析もできる」


「戦闘経験は?」


「少し」


「少しの定義は?」


「両腕を回収しに来た企業警備員を、港から追い出した程度」


「人数は?」


「八人」


「武装は?」


「相手は銃」


「エリスは?」


「この腕」


 ガイが感心したように機械腕を見る。


「使えるな」


「人を道具のように評価しないで」


「今のは褒めたんだ」


「さらに悪い」


 レナが俺を見る。


「同行の必要性は認めます」


「ただし、レンへ不必要に接近しないでください」


「何で?」


「心拍数が上がります」


「レナでも上がってたでしょう?」


「私の場合は医療監視下です」


「基準が分からない」


「俺にも分からない」


 ミサキがため息をつく。


「仕事を受けるか決める前から喧嘩しないで」


「喧嘩ではありません」


「同行条件の確認」


「はいはい」


 エリスが立ち上がる。


「回答は十二時間以内でいい」


「食堂の利益は、船の口座へ入れておく」


「口座があるのか?」


「さっき作った」


「誰の名義?」


「《ウェイフェアラー》旅人組合」


「勝手に組合を作るな!」


「登録名が必要だったから」


「船長代行では駄目?」


「無登録生体の個人名義は使えない」


「結局、登録が必要なんだな」


「名前ぐらいはね」


 エリスが扉へ向かう。


「待って」


 俺は呼び止めた。


「何?」


「機械腕」


「触らせてくれて、ありがとう」


 エリスは振り返る。


 少し驚いた顔。


 すぐに、普段の笑みへ戻る。


「次は、私が船長の身体を査定する番ね」


「それは断る」


「許可を取れば?」


「目的による」


「健康状態」


「ミサキがいる」


「装備適合性」


「レナがいる」


「触り心地」


「査定じゃないだろ!」


 エリスは笑いながら出ていった。


 赤い髪が、扉の向こうへ消える。


 レナが俺を見る。


「レン」


「何?」


「次回、彼女の腕へ触れる場合」


「事前に私へ報告してください」


「なぜ?」


「胸部炉温度管理のためです」


「レナの?」


「はい」


「やっぱり嫉妬してる?」


「嫉妬の定義については、すでに検索しました」


「結果は?」


「回答を拒否します」


 レナは俺の移動椅子の取っ手を握る。


「船へ戻ります」


「自分で操作する」


「許可しません」


「誰の椅子だよ」


「借用品です」


 また同じやり取り。


 その後ろから、ミサキがついてくる。


「レン、次の神経検査」


「食べた直後だぞ」


「腕を使ったでしょう」


「ピザ一口分」


「エリスの腕にも触った」


「それは関係ある?」


「レナが記録してる」


「削除してくれ」


「拒否します」


 戦いではない一日。


 地球の料理。


 同じ机を囲む仲間。


 少しずつ戻る身体の感覚。


 そして、新しい救助要請。


 俺たちは、まだ仕事を受けていない。


 四十二人全員を助けられるとも思っていない。


 助けを望んでいる十一人が、本当に船を出たいのかも分からない。


 だから、聞きに行く。


 契約書ではなく。


 会社の判断でもなく。


 本人たちの言葉を。


 それが《ウェイフェアラー》の仕事になるのか。


 十二時間後。


 旅人たち全員で決める。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第14話は、地球料理の再現を中心とした日常回でした。


レンの記憶、《LILY-4》のバジル、漂泊港の食材。


仲間たちが協力して作った料理は、レンが過去に食べたピザと同じ味ではありません。


それでもレンにとって、今の仲間たちと初めて作った「今日の味」になりました。


また、入港査定官エリスの過去も明らかになります。


事故で両腕を失った彼女は、治療と引き換えに、自分の身体へ接続された義肢を借金の担保とされました。


彼女が査定官として守っているのは、《NOMAD'S REST》の基本規則。


「身体は資産ではない」


「借金で、人は買えない」


という原則です。


次回、《ウェイフェアラー》へ持ち込まれたのは、契約労働船《GOLDEN CAGE》からの救助要請。


十一人の労働者が助けを求める一方、残ることを望む者もいます。


救助とは、全員を勝手に連れ出すことではありません。


第15話「借金で、人は買えない」へ続きます。

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