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廃棄された俺だけがアンドロイドの魂を修復できるらしい ~恋も出産も管理された未来世界で、機械の少女たちと反逆します~  作者: 好山 雪


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第13話 壊れた農園は、助けを求めている

敵兵ユーノの体内から発見された、マーテルの追跡装置《HUNTER SEED》。


ユーノは《NOMAD'S REST》を戦場にしないため、自らの生体認証を使って追跡信号を偽装した。


しかし、《ウェイフェアラー》の停泊料と修理費は未払いのまま。


レンたちは費用を稼ぐため、機械停止が発生した第十八農業区画の依頼を受ける。


分解処理まで、残り四十八時間。


助けを求めているのは、壊れた機械だけではなかった。

「反対」


 ミサキが言った。


「まだ何も説明してない」


「農業区画へ行きたいんでしょう」


「依頼内容を確認したいだけ」


「現地で」


「できれば」


「反対」


 医療区画の寝台。


 俺は上体を起こせるようになっていた。


 右手。


 左手。


 腕は動く。


 足の指にも、わずかに感覚が戻っている。


 だが、立つことはできない。


「船内端末からも確認できる」


「表示されている情報が少ない」


「だからって、歩けない患者が現地へ行く必要はない」


「歩かない」


「這うつもり?」


「移動用の椅子を借りる」


「誰が押すの?」


「私が担当します」


 レナが俺の後ろから言った。


 ミサキの視線が、俺からレナへ移る。


「あなたも患者」


「右脚の補助装具を交換しました」


「胸部炉の仮装甲は?」


「装着済みです」


「痛覚抑制は?」


「五十パーセント」


「嘘」


「……七十パーセント」


「五十まで下げて」


「現地作業に支障が出ます」


「痛みに気づかず壊れる方が支障になる」


 レナは無言で内部設定を変更する。


 一瞬、眉が動いた。


「現在、五十パーセントです」


「痛い?」


「軽度です」


「具体的に」


「歩行時、胸部に圧迫痛」


「右脚接続部に断続的な痛覚信号」


「行かない方がいいと思わない?」


「思いません」


 即答だった。


「二人とも、どうして自分の怪我を仕事へ行かない理由にできないの?」


「停泊料が必要だから」


「船の修理費も」


 俺とレナの声が重なる。


 ミサキが額を押さえた。


「似た者同士」


「俺は最大出力で戦わない」


「私も能力を使用しません」


「農業区画で何と戦うの?」


「害虫?」


「その発想で行くのが心配なの!」


 医療区画の入口から、赤い髪が覗いた。


「話、まとまった?」


 入港査定官、エリス・ヴァント。


 褐色の肌。


 肘から先を機械化した両腕。


 今日も腰には青い封印布を巻いた拳銃。


「まとまってない」


 ミサキが答える。


「じゃあ、依頼を断る?」


「断らない」


 俺は言った。


「レン」


「現地へ行くかは別として、話は聞く」


「聞いたら行くでしょう」


「その可能性はある」


「正直なのが腹立つ」


 エリスが機械指を鳴らす。


「第十八農業区画は、港全体の食料生産量の七パーセントを担当してる」


「たった七パーセント?」


「この港には農業区画が二十九ある」


「一つが止まっても、すぐ飢えるわけじゃない」


「なら、急ぐ理由は?」


「二十九のうち、正常なのは十七」


 エリスが空中へ港の構造図を表示する。


「三つは病害対策で封鎖」


「二つは水不足」


「一つは所有権でもめて放置」


「六つは、機械を動かす部品がない」


「第十八区画まで失えば、食料価格が上がる」


「登録番号を持たない住民から先に、買えなくなる」


「配給制度は?」


「ある」


「ただし、全員分じゃない」


「ここは誰でも入れる港だけど、何もしなくても生きられる場所じゃない」


 停泊料を、物資、技術、労働、情報、物語で支払う街。


 受け入れる代わりに、誰もが何かを差し出す。


 マーテルの登録制度とは違う。


 だが、資源に限界があることは同じだった。


「停止した原因は?」


 レナが尋ねる。


「植物管理AIの異常」


「《LILY-4》」


「七十六時間前、すべての主灌水ポンプを停止」


「管理者権限を拒否」


「区画内の機械を封鎖」


「作物は?」


「貯水槽に残っていた水で持たせてる」


「あと十九時間」


「AIを交換すればよいのでは?」


「交換用の管理AIはある」


 エリスが別の表示を出す。


「ただし、《LILY-4》を初期化しないと制御権限を移せない」


「人格情報は?」


「全部消える」


 医療区画に沈黙が落ちる。


「だから分解処理まで四十八時間だったのか」


「そう」


「仕事の内容は?」


「原因調査」


「復旧できるなら復旧」


「無理なら、初期化が安全であることを確認する」


「初期化の実行は?」


「農業区画の組合が決める」


 俺は依頼表示を見る。


 機械停止。


 植物管理AIの人格反応あり。


 分解処理まで、残り四十三時間。


「現地へ行く」


「レン」


 ミサキが低い声を出す。


「SOUL REPAIRは使わない」


「約束できる?」


「使う必要が出たら、先に相談する」


「前にも聞いた」


「今回は、相談して駄目と言われたら使わない」


 レナが俺を見る。


「本当ですか?」


「本当」


「目をそらさず言ってください」


「本当だ」


「記録しました」


 ミサキはしばらく俺をにらんでいた。


「条件がある」


「聞く」


「二時間ごとに神経反応を確認」


「呼吸、手足、視界のどれかに異常が出たら帰る」


「栄養剤を持っていく」


「レナも胸部炉温度が上がったら作業を中止」


「了解しました」


「あと、ガイとピコを連れていく」


「それは最初から」


「エリスも同行」


 エリスが自分を指す。


「私?」


「港の責任者が必要」


「私は査定官」


「責任から逃げるの?」


「言うね、先生」


 エリスは笑った。


「分かった」


「第十八農業区画まで案内する」


「ユーノは?」


 俺が尋ねる。


「安静」


「本人は?」


「行くと言った」


「やっぱり」


「だから鎮静剤を使った」


「本人の意思は?」


「傷口が開きかけたから、医療上必要だったの」


 ミサキは堂々と答えた。


     ◇


 漂泊港の移動用椅子は、俺の知っている車椅子とは違った。


 車輪がない。


 座席の下に小型浮遊装置。


 床から十五センチほど浮く。


 腕を動かせれば、肘掛けの操作盤で方向を変えられる。


「自分で動かせる」


 俺は右手で操作盤へ触れる。


 椅子が前へ進む。


「止まってください」


 レナが言う。


「動作確認」


「前方に壁があります」


「分かってる」


「衝突まで二秒」


 椅子を止める。


 壁まで三十センチ。


「止まれた」


「危険です」


「速度は歩くより遅い」


「現在のあなたは、歩くことができません」


「比較の話だ」


 エリスが後ろで笑っている。


「ナビゲーターのお嬢さん、過保護だね」


「お嬢さんと呼ばないでください」


「じゃあ、レナ」


「許可していません」


「名前にも許可がいる?」


「あなたとの関係性によります」


「面倒だね」


「よく言われます」


 レナが俺の椅子の後部取っ手を握る。


「自動操作へ切り替えます」


「俺が動かす」


「壁への接触を試みた者へ操縦を任せられません」


「試みてない」


「結果として接近しました」


 操作権限が切り替わる。


「俺の椅子だぞ」


「借用品です」


「正論だけど」


 エリスがレナの横へ並ぶ。


「私なら、もっと素直に船長へ甘えるけど」


「何の話ですか?」


「押してほしいって言われるまで待つとか」


「レンは、自分で動かしたいと発言しました」


「でも、押すのをやめない」


「安全確保です」


「はいはい」


 レナは前を向いたまま。


 耳に近い人工皮膚だけが、わずかに金色を帯びていた。


 今日の彼女は、黒い戦闘服ではない。


 漂泊港で借りた、紺色の整備用衣服。


 胸部炉の放熱を妨げないよう、肩と背中が大きく開いている。


 白い人工皮膚。


 背骨に沿って走る金色の接続線。


 右脚の黒い補助装具。


 見ていると、レナが振り返った。


「何ですか?」


「服が違うと思って」


「戦闘服は修復中です」


「似合ってる」


 口にしてから、少し恥ずかしくなる。


「そうですか」


 レナの返事は短い。


 背中の接続線が、先ほどより明るくなった。


 エリスが俺の隣へ顔を寄せる。


「船長、目は元気そうだね」


「近い」


「私の服は?」


 エリスは白い袖なしの作業着。


 機械化腕との接続部が見える。


「作業しやすそう」


「感想が急に実用的」


「からかうからだ」


「レナを見てたときより心拍が低い」


「測ったのか?」


「査定官は観察が仕事」


「生体情報を勝手に見るな!」


 エリスが声を上げて笑う。


 レナの歩行速度が、わずかに上がった。


「レナ、速い」


「作業時間が限られています」


「怒ってる?」


「質問の意図を理解できません」


 ミラと同じ答え。


 絶対に理解している。


     ◇


 第十八農業区画は、巨大な円筒の内側に作られていた。


 中央には人工太陽。


 白い光が区画全体を照らしている。


 回転によって生まれる重力。


 地面は円筒の内壁。


 遠くを見ると、畑が空へ向かって反り返っていた。


 頭上にも地面がある。


 緑の作物。


 透明な水路。


 果樹。


 背の高い穀物。


 円筒を一周する農業用レール。


 空を横切るように、小型作業機が移動している。


 初めて見る景色。


 機械と植物。


 人工の空。


 それでも、湿った土の匂いは本物だった。


「土がある」


 思わず言った。


「珍しい?」


 エリスが尋ねる。


「俺が目覚めてから、金属しか見てなかった」


「ラスト・ナイン出身じゃないんだよね」


「もっと昔の地球」


「本当に?」


「本人も確信はない」


 レナが答える。


「あなたの時代にも、農業区画はありましたか?」


「区画じゃなくて、外に畑があった」


「自然環境下で?」


「ああ」


「気象制御は?」


「基本的にはなかった」


「非効率的です」


「雨が降らなければ不作になる」


「病害虫も多い」


「それでも外で育てるのですか?」


「昔は、それが普通だった」


 レナが周囲を見渡す。


 彼女にとって、自然の土で作物を育てる方が異世界なのかもしれない。


 畑の一部では、葉が下を向いていた。


 透明な配水管は空。


 小型作業機も停止。


 人工太陽だけが、乾き始めた作物を照らしている。


「遅い!」


 大きな声。


 畑の奥から、老人が歩いてくる。


 太い身体。


 白い髭。


 左半身の大部分が機械化されている。


「依頼を出してから二十時間だぞ!」


「受注者がいなかった」


 エリスが答える。


「初期化なら三時間で終わる!」


「だから、組合が投票してるんでしょう」


「残り十九時間で作物が死ぬ!」


 老人は俺たちを見る。


「負傷者」


「壊れたアンドロイド」


「旧式作業機」


「機械腕の借金査定官」


「誰が借金査定官だ!」


「こんな連中に何ができる!」


「依頼を断ってもいいけど?」


 エリスが言う。


 老人は口を閉じた。


「第十八区画管理組合のボル・ニームだ」


「《LILY-4》の管理責任者でもある」


「最後に応答したのは?」


 レナが尋ねる。


「六十八時間前」


「何と?」


「“子どもたちへ黒い雨を与えないで”」


「子ども?」


「この区画に児童はいない」


「《LILY-4》は作物を子どもと呼ぶ?」


「以前は呼ばなかった」


 ボルが制御端末を操作する。


 記録が再生される。


『灌水命令を拒否』


『子どもたちへ黒い雨を与えないで』


『眠っている根を起こさないで』


『第四の心臓は焼けています』


『白い鳥を呼んでください』


「意味不明だろ」


「白い鳥」


 レナが呟く。


「救難船の旧識別符号に似ています」


「ミラへつなげる?」


「試します」


 俺は携帯端末を開く。


「ミラ、第十八農業区画の管理AIへ通信できる?」


『接続を試行』


『旧式プロトコルを確認』


『当船と同年代の規格です』


「話せる?」


『呼びかけます』


 端末から、ミラの声。


『こちら星間救難船ウェイフェアラー


『救助要請を受信しました』


 最初は返事がなかった。


 やがて、農業区画全体の照明が一度消える。


 再点灯。


 畑の間にある小さな誘導灯が、順番に光り始めた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 短い光。


 長い光。


「通信?」


 俺が尋ねる。


『旧救難点滅符号』


 ミラが答える。


『翻訳します』


 光が続く。


『水を流さないで』


『水が作物を食べる』


『私は扉を閉じた』


『開けられます』


『開けたくありません』


「管理者命令を拒否したのは、作物を守るため?」


 ボルが首を振る。


「貯水槽の検査では異常なしだった」


「誰が検査を?」


「自動検査機」


「その機械を管理しているのは?」


「《LILY-4》だ」


「自分で異常を隠した?」


 エリスが尋ねる。


「違う」


 俺は表示を見る。


「伝えようとしている」


「水が作物を食べる」


「黒い雨」


「何か混ざってるんじゃないか?」


「でも、自動検査では正常」


 レナの瞳に文字が流れる。


「検査機が測定できない物質」


「または、検査機そのものが正常に動作していない可能性があります」


「貯水槽を直接見る」


 ガイが工具箱を持ち上げた。


「場所は?」


「地下管理層」


 ボルが答える。


「だが、《LILY-4》が扉を封鎖している」


「ミラ、開けてもらえる?」


『依頼します』


 照明が点滅する。


 しばらくして、畑の中央にある金属扉が開いた。


「管理者権限は拒否したのに」


 ボルが呟く。


「救難要請には応じた」


「あなたたちへ、助けを求めているのです」


 レナが言った。


     ◇


 地下管理層へ降りるのは、俺とレナには難しかった。


 階段しかない。


 俺の移動椅子は通れない。


「俺はここで待つ」


「珍しく合理的な判断です」


 レナが言う。


「レナも残る?」


「階段の移動は可能です」


「右脚は?」


「補助装具があります」


「痛いんだろ」


「軽度です」


「具体的には?」


 ミサキの質問をまねる。


 レナが黙る。


「一段ごとに、右脚接続部へ痛覚信号」


「胸部炉の振動増加」


「残った方がいい」


「しかし、地下の解析には私の機能が必要です」


「遠隔で見られる?」


「ピコの視覚情報へ接続すれば」


「なら、ここから」


 レナは階段を見る。


 行くべきか迷っている。


「任せるのも役割だろ」


「レンが言うと説得力に欠けます」


「今、俺はここに残る」


「……そうですね」


 レナは俺の隣へ立った。


「ガイ、ピコ、エリス」


 俺は階段の前にいる三人を見る。


「地下を頼む」


「指示されなくても行く!」


 ガイが答える。


『映像共有を開始』


 ピコの視界が端末へ表示された。


「何かあったら戻れ」


「それ、船長らしいつもり?」


 エリスが笑う。


「普通の確認」


「はいはい」


 三人が地下へ降りる。


 ボルは畑に残った。


 レナがピコの映像を拡大する。


 暗い通路。


 太い配水管。


 停止したポンプ。


 壁には黒い染み。


『異物を確認』


 ピコが黒い染みへ近づく。


「触るな」


 ガイが止める。


 エリスの機械腕から採取針が伸びる。


 黒い物質を少量だけ回収。


「金属じゃない」


「生体反応もない」


「何だ?」


『自己構築性工業ナノマシン』


 レナが映像を解析する。


「旧式の配管補修材です」


「ひび割れを検出すると、周囲の物質を分解して補修材へ変換します」


「便利じゃないか」


 ガイが言う。


「正常に動けば」


「現在は?」


「対象識別が破損しています」


「配管だけではなく、植物の根を分解する可能性があります」


 黒い雨。


 水が作物を食べる。


 《LILY-4》は、異常を認識していた。


 だが、検査機はナノマシンを補修材として認識し、正常判定を出した。


「主灌水を止めて正解だった」


 俺が言う。


 ボルが端末をにらむ。


「なら、そう報告すればよかった!」


「報告機能が壊れているのかもしれません」


 レナが答える。


「《LILY-4》は七十年以上使われている」


「言語変換層が劣化し、内部情報を比喩的な初期語彙でしか出力できない状態です」


「それでも、管理命令を拒否した」


 俺は誘導灯を見る。


「作物を守るために」


「解決方法は?」


 ボルが尋ねる。


「汚染された貯水槽を切り離す」


 エリスが地下から答える。


「予備槽は?」


「第四槽」


 ボルが言う。


「四十二年前から使っていない」


「第四の心臓は焼けています」


 《LILY-4》の言葉。


「第四槽のポンプが壊れてる」


 ガイが映像の奥へ進む。


「見つけた」


 大型ポンプ。


 外装は錆びている。


 制御盤は焼けて黒くなっていた。


「修理できる?」


「部品があれば」


「必要なのは?」


「磁気軸」


 ガイの声が止まる。


「規格は?」


 俺が尋ねる。


「WFR第三規格」


 聞いたことがある。


 《ウェイフェアラー》の推進器に使っているものと同じ。


「予備は?」


「ねえ」


「買える?」


 エリスが港の在庫を検索する。


「新品はない」


「中古が一基」


「価格は?」


 停泊料より高い数字。


「払えないな」


「船から外すか」


 ガイが言った。


「どこを?」


「左補助推進器」


「外したら飛べる?」


「飛べる」


 短い間。


「安全には?」


「飛べねえ」


「今も安全ではありません」


 レナが言う。


「悪化させる必要はない」


 農業区画を助けるため、船の部品を外す。


 修理費を稼ぐために仕事を受けたのに、船を壊す。


「ほかの規格で代用できない?」


「軸の太さが合わねえ」


「削れば?」


「強度が足りなくなる」


「二本を組み合わせる?」


「回転がずれる」


 俺は端末に表示されたポンプの構造を見る。


 壊れた流れ。


 焼けた制御盤。


 もし触れれば、どこをつなげばよいか見えるかもしれない。


 SOUL REPAIR。


 無意識に右手が動いた。


「レン」


 レナが呼ぶ。


「使わない」


「まだ何も言っていません」


「考えた」


「はい」


「でも、使わない」


 自分へ言い聞かせる。


「能力がなくても直せる方法を探す」


 レナが小さくうなずく。


「了解しました」


 端末の向こうで、ガイがポンプを分解している。


『類似部品を検索』


 ピコが周辺機械へ接続。


『農業用レール駆動装置』


『同規格磁気軸を二基確認』


「それを外せば?」


 俺が尋ねる。


「収穫機が動かなくなる」


 ボルが答える。


「水が戻っても、収穫できない」


「二基あるんだろ」


「一基でレールを動かせる?」


「重量制限を半分にすれば」


「収穫に時間はかかるけど、動く」


「では、一基をポンプへ」


 ボルがすぐに首を振る。


「組合の共有設備だ」


「俺一人では決められない」


「投票には最低六時間かかる」


「作物は十九時間持つんだろ」


「ポンプの修理にも時間が必要」


「間に合うか分からない」


 正しい手順。


 全員の所有物。


 勝手に外すことはできない。


 だが、時間がない。


「レール駆動装置の現在価値と、農業区画を失った場合の損失を表示して」


 エリスが査定情報を開く。


 二つの数字。


 区画を失った場合の損失は、磁気軸の価値の百倍以上。


「緊急保全規則は?」


 レナが尋ねる。


「区画管理AIと、管理責任者二名の同意があれば共有設備を転用できる」


「管理責任者は?」


「俺と、もう一人」


 ボルの表情が曇る。


「相手は?」


「《LILY-4》」


 ただの設備ではない。


 農業区画の共同管理者。


 だから初期化には組合の投票が必要だった。


「本人に聞こう」


 俺は誘導灯を見る。


「ミラ、伝えられる?」


『試行します』


 旧救難符号で、質問が送られる。


『収穫レールの磁気軸を一基転用します』


『収穫能力は半分へ低下』


『第四貯水槽を起動すれば、作物への灌水が可能』


『同意しますか』


 誘導灯が点滅する。


『同意』


 一度消える。


 再び光る。


『子どもたちへ水を』


 ボルが長く息を吐いた。


「管理責任者二名の同意を確認」


「転用を許可する」


「ガイ」


「聞こえた!」


「急いで外すぞ、ピコ!」


『了解』


     ◇


 作業は四時間続いた。


 農業レールの磁気軸を取り外す。


 地下へ運ぶ。


 錆びたポンプへ組み込む。


 焼けた制御盤は、ピコが生きている回路だけを選び、つなぎ直した。


 ガイが外装を補強。


 エリスが機械腕で細かな軸ずれを調整する。


 俺とレナは地上から映像を確認。


 《LILY-4》は、誘導灯を使って配管の状態を伝える。


「軸、固定!」


 ガイの声。


『制御経路、接続』


「第四槽の水質は?」


 レナが尋ねる。


『異常物質なし』


 ミラが答える。


「《LILY-4》へ最終確認」


 誘導灯が光る。


『水を流せます』


 次の点滅。


『怖いです』


 ボルが表示を見る。


「AIが、怖い?」


「人格反応です」


 レナが答える。


「長期間使用され、作物の育成記録を蓄積した結果、初期設計を超える感情反応が形成された可能性があります」


「ただの故障かもしれない」


 ボルが言う。


「どちらだとしても」


 俺は答えた。


「怖いと伝えている」


 自分の判断が間違っていたら。


 予備槽にも異常があったら。


 水を流した結果、作物を殺したら。


 管理AIは、それを恐れている。


「一緒に確認する」


 俺は誘導灯へ向かって言った。


「何か異常が出たら止める」


「一人で決めなくていい」


 ミラが俺の言葉を旧符号へ変換する。


 誘導灯がゆっくり光った。


『了解』


「ポンプ、起動!」


 ガイが制御盤を操作する。


 最初は音がしなかった。


 次に、地下から低い振動。


 停止していた透明な配水管へ、水が入る。


 少しずつ。


 空だった管を満たしながら。


 畑へ向かって流れていく。


「水質?」


『正常』


「圧力?」


『基準値の六十二パーセント』


「足りる?」


「一度に全区画へ流さなければ」


 ボルが灌水区画を分割する。


「東側から順番に流す」


「十二時間で一周できる」


 最初の散水装置から、水が降る。


 人工太陽の光を受け、細かな虹ができた。


 乾いていた葉。


 土。


 枝。


 作物の上へ、透明な雨が落ちる。


 黒い雨ではない。


 植物を食べない水。


 畑中の誘導灯が一斉に点灯した。


『子どもたちが水を飲んでいます』


『子どもたちが水を飲んでいます』


『子どもたちが水を飲んでいます』


 同じ言葉が何度も表示される。


「言語変換層の異常?」


 ボルが尋ねる。


「たぶん」


 俺は答えた。


「でも、今は喜んでるんじゃないか」


 レナが作物へ手を伸ばす。


 葉へ触れる。


 水滴が人工皮膚の指を滑った。


「これが、雨ですか?」


「本物とは少し違う」


「レンの世界では、空から同じものが降ったのですね」


「ああ」


「見てみたいです」


「雨を?」


「あなたが知っている景色を」


 レナは水滴のついた指を見る。


「いつか」


「地球が残っていれば」


「残っていなくても、記録ぐらいある」


「《ORIGIN REGISTRY》なら知ってるかもしれない」


「はい」


 彼女の金色の瞳が俺を見る。


「一緒に調べてください」


「もちろん」


「船長命令ではなく?」


「約束」


 レナは少しだけ笑った。


     ◇


「初期化処理は中止する」


 ボルが組合へ送信した。


「《LILY-4》の管理権限を維持」


「言語変換層だけ修理する」


「人格領域には触れない」


「原因が分かった途端、態度が変わったね」


 エリスが言う。


 ボルは畑を見る。


「私は、この区画で六十年働いている」


「《LILY-4》より後から来た」


「何度も修理した」


「部品も交換した」


「だが」


 老人は誘導灯へ触れた。


「助けを求められたのは、初めてだった」


 区画の管理端末へ報酬が表示される。


 停泊料、三日分免除。


 船体修理用の港内信用。


 食料。


 水。


 医療用栄養剤。


 さらに。


「折り畳み寝台、二基?」


 俺が表示を読む。


「在庫があった」


 ボルが答える。


「修理できれば使える」


「壊れてるのか」


「ここは《NOMAD'S REST》だ」


「動く物は使う」


「壊れた物は、直して使う」


「完全な物が欲しければ、別の星へ行け」


「気に入った」


 ガイが地下から戻ってくる。


「寝台なら俺が直す」


「先に船の空気漏れ」


 エリスが言う。


「分かってる!」


 ボルが小さな箱を持ってきた。


 中には、緑色の葉。


「これは?」


「旧地球由来の香草」


「《LILY-4》から、船長代行へ」


「俺に?」


 端末へ誘導灯の信号が届く。


『土を覚えている人へ』


 葉を一枚、指で触れる。


 柔らかい。


 強い香り。


「バジル……?」


「知っているのですか?」


 レナが尋ねる。


「昔、食べたことがある」


 病院へ入る前。


 家族と行った小さな店。


 赤いソース。


 焼けた生地。


 その上に乗っていた緑の葉。


 記憶が急に戻る。


「ピザに乗ってた」


「ピザ?」


「地球の食べ物」


「高価ですか?」


「店による」


「栄養価は?」


「考えて食べたことない」


「非効率的です」


「おいしければいいんだよ」


 レナは箱の中の葉を見つめる。


「再現できますか?」


「材料があれば」


「作ってください」


「俺が?」


「地球を知る者として」


 エリスが横から箱を覗き込む。


「漂泊港に、焼き窯を持ってる食堂があるよ」


「本当?」


「ただし、使用料は別」


「また借金?」


「停泊料を払ったら、次は食費」


「この港、何をしても金がかかるな」


「物語でも払える」


 エリスが笑う。


「千年前の地球人が作る料理」


「店主なら興味を持つかも」


「俺、料理人じゃない」


「細かいことは気にしない」


 レナが箱を大切そうに持つ。


「私は食事を必要としません」


「でも、味覚機能はあるのか?」


「あります」


「なら、一緒に食べよう」


「よいのですか?」


「もちろん」


 金色の瞳が、わずかに明るくなる。


 その横から、エリスが言った。


「私は?」


「エリスも手伝うなら」


「機械腕二本分働く」


「普通の人も腕は二本だろ」


「私の指は十二本」


「ずるいな」


「道具を六つ同時に持てるよ」


 レナが箱を抱えたまま、エリスを見る。


「調理には私も参加します」


「張り合ってる?」


「作業効率の話です」


「はいはい」


 レナが俺の移動椅子を押す。


「船へ戻ります」


「俺が操作する」


「帰路も私が担当します」


「もう壁にはぶつからない」


「信用できません」


「過保護だな」


 エリスが笑う。


 レナは返事をせず、歩行速度を上げた。


 人工太陽の下。


 畑へ降る水の音が、遠ざかっていく。


 今日、俺はSOUL REPAIRを使わなかった。


 壊れた機械へ触れることも。


 身体を燃料にすることも。


 それでも、農園は動いた。


 ミラが言葉をつなぎ。


 レナが情報を読み。


 ガイが部品を組み。


 ピコが回路を直し。


 エリスが現場を支え。


 ボルと《LILY-4》が、必要なものを選んだ。


 俺一人の能力ではない。


 誰か一人の正解でもない。


 助けを求める声を聞き。


 できることを持ち寄った。


 それだけで、救えるものがあった。


『第十八農業区画より追加通信』


 携帯端末からミラの声。


『《LILY-4》から、《ウェイフェアラー》へ』


『本日の降水記録を共有します』


『いつか、自然の雨を教えてください』


 俺は遠ざかる農業区画を振り返る。


「約束する」


 誘導灯が、一度だけ明るく光った。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第13話では、レンたちは停泊料と修理費を稼ぐため、第十八農業区画の復旧依頼を受けました。


植物管理AI《LILY-4》が灌水設備を止めたのは、故障によって作物を枯らそうとしたためではありません。


配管補修用ナノマシンの異常を検出し、作物を守るために水を止めていました。


しかし言語変換機能が壊れ、比喩的な言葉でしか危険を伝えられなくなっていたのです。


今回、レンは《SOUL REPAIR》を使いませんでした。


ミラ、レナ、ガイ、ピコ、エリス、ボル、そして《LILY-4》。


それぞれが持つ情報と技術をつないだことで、誰かが身体を犠牲にせず農園を救うことができました。


また、《LILY-4》から贈られたのは、旧地球由来の香草バジル。


次回は、修理の終わった寝台を船へ運び込み、漂泊港の食堂で地球の料理を再現する日常回です。


しかし、停泊料を取り立てる赤髪の査定官エリスには、《ウェイフェアラー》へ近づいた別の目的がありました。


第14話「赤髪の査定官は、ただの借金取りではない」へ続きます。

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