第二話 入力と出力
ラトはあらためて目の前の生き物を見つめた。
そもそもサモは、ラトの知っている「大人」とは何もかも違う。
顔はさておき、身体の構造がひとり分多く骨が入っているようにすべてが分厚い。おまけに重たそうな金属をいくつも服にくっつけている。
ロニはもっと違う。
灰色の毛が全身に生えている、大きな四つ足の獣。左目の周りが金属やレンズに覆われていて、低い声は、口からではなく、どこか金属の奥で鳴っているように聞こえた。
どちらも、ラトが知っている生き物とは違う。
でも、生き物らしく見えた。
サモの手には傷がある。顔にもなにかにひっかかれたような痕があるし、肌も赤みを帯びている。
ロニの毛は呼吸に合わせて揺れ、何回か後ろ足で耳の後ろをかいている。
自分は――
ラトは、自分の手を見た。
肌が均一すぎる。傷も、汚れも、毛穴のようなものもない。ほかにもいくつか不自然だと思ったが、言葉にならない。
さっきまでなかった身体なのだから当然なんだろうが、当然だと思えるほど、ラトは落ち着いていなかった。
すると、サモがケーブルのような太い線を持って現れた。首の後ろに大きな手がまわされ、支えられたままケーブルの先が近づいてくる。
ラトは、なにをされるのかと目を細めたが、それは首の下でカチリという音を鳴らした。
その瞬間、目の前に、なにかの工具が映しだされた。目の前というより、直接見せられているような変な感覚だ。
金属の先端。汚れた柄。太い指。
それがサモの視点なのだと気づく前に、映像はぷつりと消えた。
「今の……」
「入力だ」
ロニが言った。
「外から記録を流し込めるか見た」
サモは、ケーブルの反対側を自分の襟元に手を入れて外した。首の後ろあたりで、金属が小さく鳴る。
今度は、それをロニの首の下、毛の奥へもぐりこませた。
「次は出力だ。お前はとりあえず何も考えるな」
「え、あ、ああ」
ラトは、まだケーブルに繋がれたまま答えた。
言われたように、何も考えない。何も。
けれど、どうにも気になってしまう。
――オレは一体、なんなんだろう。
見た目からして、人間でなくなっていることは確かだった。人間が首だけで話せるはずがないし、もっとこう、痛いはずだ。
それにこんなに均一な肌は見たことがない。そもそも自分はもっと日焼けをしている。ここまで真っ白な肌を見たのは、ばあちゃんや、貧血でぶっ倒れそうになった兄貴くらいで――
「っ」
ロニの毛が、わずかに逆立った。
「おい、無駄なことを考えるなと言ったろうが」
サモが唸るように言う。
「……大丈夫だ」
ロニは少し毛を広げたまま、目を閉じた。
「続けろ」
ラトは、しばらく無理やり頭をからっぽにしてみた。
そうしていると、なにかがすうっと身体中をかけめぐり、ゆっくり出ていく気配を感じた。それは少しだけ心地いいような、それでいてなんとなく意識が遠のくような気がした。
そのうちサモがポートからケーブルを外した。
「お前、充電器の才能あるぞ!」
サモはどうやら興奮しているらしかったが、意識が戻ったラトは、「うれしくない」と言いたくなって止めた。なんとなく言ってはいけない気がしたからだ。
それに、ここまでくると、どうしても聞きたいことがあった。
「オレ……なんなんだ……?」
声は思ったより小さく出た。自分の喉から出たはずなのに、それすら少し遠かった。
サモはすぐには答えなかった。代わりに、ロニが言った。
「可転体だ」
「か、かてん……?」
「厳密には、第三期可転体」
知らない言葉だった。知らない言葉なのに、自分のことを指しているらしい。
ラトは自分の手を握った。さっきより感覚が近い。
「なんだよ、それ」
サモが赤い口ひげの下で息を吐いた。
「まあ、いわゆる、改造された身体ってことだ」
「か、改造……」
なんとなく感じてはいたが、考えないようにしていたことが現実だと言われ、どこかが重く沈むような気がした。
そのとき、ふと、さっきのケーブルのことを思い出した。
最初にそれは、サモにつながっていた。次に、ロニにつながった。
それは、二人にも自分と同じように、何かを差し込む場所があるということだ。
「……あんたたちも?」
「あ?」
「その……可転体、なのか?」
サモは少しだけ眉を上げた。
「そうだ。俺もロニも第二期可転体だ」
「第二期……?」
「お前は第三期」
「三期……」
ラトはサモとロニを見比べた。
同じ可転体。
けれど、サモは分厚い人間のような姿で、ロニは四つ足の獣だ。自分は、そのどちらとも違う白い身体をしている。
同じものだと言われても、同じには見えなかった。
サモはひげをいじりながら続けた。
「最新モデルってことだな」
「最新……のわりに動きにくいけど……」
「まあ、いくら最新っつっても、お前みてぇな“お目覚め”じゃ、大体そんな感じだ」
ラトはもう一度、自分の腕を見た。
均一な肌。傷のない指。
さっきより近くなった感覚。さっきまで知らなかった重さ。
自分の体はどこにいっちゃったんだろう。
というかさっきまでどこにいたっけ……。
兄貴を探していて……でも腹が減って、どこかの店に入って、何かを食べて――
そのあと、どうしたんだっけ?
ついさっきのことが、ずっと遠い昔のことのように思える。
「いつまで見てるんだ」
サモの声で、ラトは肩を跳ねさせた。
肩が跳ねた、ということにも少し遅れて気づいた。
サモは丸めた布を放ってよこした。
反射で受け取ろうとして、ラトの手は一拍遅れた。布は指先に当たり、膝の上に落ちる。
「着ろ。外に出るぞ」
サモは言いながら自分の後ろを指さした。
「……外?」
「歩けるか、あと外の空気に適応できるかを見るんだ」
ロニは、片目の前に重なったレンズを静かにラトの足元へ向けながら、言った。
「指は動いている。膝も反応している。だが、歩行は別だ」
「別って……」
「倒れたらサモが拾う」
「拾う……」
サモは赤い口ひげの下で、少しだけ口を曲げた。
「俺たちに買われて、まだラッキーなほうだぞ」
ラトは布を握りしめながら、どこがだよ、と思った。
知らない場所で目を覚まして、知らない身体に繋がれて、知らない生き物たち――可転体たちに服を投げられている。
さらには改造だの充電器だの。
これのどこを、運がよかったと言うのか。
けれどサモは、それ以上説明しなかった。
簡単なシャツとズボンだった。
袖を通すだけなのに、指先の感覚があいかわらず戻らなくて、ラトは何度も布を掴み損ねた。ズボンを履くときに、片足でうまくバランスを保てないかと思ったが、意外とそれはすぐにできた。
その様子を、サモたちは黙って見ている。
ようやく着終えると、サモは通路の方へ顎をしゃくった。
「来い。転ぶなら前に転べ」
「なんでだよ」
「後ろに転ぶと面倒だ」
この人のことは好きになれない、とラトは思ったが、いまは言うとおりにするしかなさそうだ。
壁に手をつきながら、少し長めの通路を進む。
歩いているというより、身体を前へ運んでいるだけだった。
通路の先で、サモが扉のようなものに手をかざす。それは静かに上向きに開いた。
扉の向こうへ、ラトはゆっくり一歩目を踏み出した。
大丈夫。ここまで自力で来れたし、いける。
そして、前にひっくりかえって顔面を地面に打ち付けた。




