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明暗二律


「……認められない。」


机に両手をついたまま、主任研究員が声を絞り出した。


先ほどまで少女たちの喜びに包まれていた会談室に、張り詰めた空気が戻る。


「こんな結論、認められるものか……!」


主任研究員は顔を上げた。


その視線の先には、寄り添う二人の少女がいた。


「我々が何年費やしたと思っている。どれだけの設備と資金を注ぎ込み、ようやく完成させたと思っているんだ!」


「主任。」


統括が呼びかける。


しかし、主任研究員は止まらなかった。


「たかが一度、自分の意思らしきものを示しただけで、人間として扱うだと?」


ガゼルが、おもちの手を握り直した。


「おもちは、人間です!」


「それが何だ!」


主任研究員の声が跳ね上がった。


「外が綺麗だの、誰かと一緒にいたいだの……!」


少女たちへ指を突きつける。


「そんな人間の真似事をして!」


「中途半端に心など持つから、うまくいかないんだ!」


「余計な感情さえなければ……!」


主任研究員は奥歯を噛み締めた。


「我々の研究は、もっと先へ進めたはずなんだ……!」


ガゼルの隣で、おもちが顔を上げた。


「私。」


薄紫の瞳が、主任研究員を見つめる。


「おもち。」


「……名前など、どうでもいい!」


主任研究員は、さらに身を乗り出した。


「お前はO-M-1だ! 我々が生み出した研究成果なんだぞ!」


ガゼルがおもちを背に庇う。


「近づかないでください!」


しかし、主任研究員は長机の端を回り込み、少女たちへ近づこうとした。


「その反応も、その感情も、すべて我々が――」


「そこまでだ。」


騎士団長が進路を塞いだ。


白髪の巨漢を前に、主任研究員の足が止まる。


「席へ戻れ。」


「私は、ただ――」


「主任。」


統括の声が割って入った。


「静かに。」


主任研究員が振り返る。


「ですが、統括!」


「結論はすでに出ています。席へ戻りなさい。」


主任研究員は何か言いかけたが、やがて口を閉じた。


そのまま席へ戻り、乱暴に腰を下ろす。


国王は一部始終を見届けると、宰相へ告げた。


「今の振る舞いも記録しておけ。」


「承知いたしました。」


そして、黒い面をつけた統括へ視線を戻した。


「さて。おもちの処遇については決着した。」


国王の碧色の瞳が細められる。


「だが、こちらの話はまだ終わっていない。」


統括は静かに頷いた。


「と、申しますと。」


「まずは、正式な書面を提出してもらう。」


国王の隣で、宰相が一枚の書類を取り上げた。


「返還要求の撤回に加え、O-M-1に対する特殊魔導兵装としての登録についても、抹消の手続きを進めていただきます。」


「承知いたしました。」


統括はためらうことなく答えた。


「必要な書類を確認し、手続きを進めましょう。」


隣の主任研究員が顔を上げたが、統括はそちらを見なかった。


「では、次だ。」


国王は統括へ視線を戻した。


「先ほど見せられた記録について、聞きたいことがある。」


「何でございましょう。」


「おもちが受けていた、あの実験だ。」


国王の声が低くなる。


「あのような扱いを受けていた者が、あの娘だけだったとは考えにくい。」


統括は黙っていた。


「ほかにも、いたのではないか。」


その問いに答えたのは、主任研究員だった。


「当然でしょう。」


あまりにも平然とした返答だった。


「Originシリーズは、全部で八体。零番から七番まで製造されました。」


宰相の筆が止まる。


「……八体?」


「ええ。もっとも、成功したのはO-M-1だけですが。」


「では、残る七体は。」


「失敗しました。」


主任研究員は事もなげに答えた。


「魔力の定着に耐えられず破裂したもの。適性が合わず、異常な変異を起こしたもの。」


一つずつ、指を折っていく。


「内側の境界に飲み込まれ、存在そのものが消失したものもおりましたね。」


「……存在が、消失?」


宰相が聞き返した。


「ええ。痕跡すら残りませんでした。あれは少々、惜しい結果でしたが。」


主任研究員は続けた。


「ほかにも、身体の内と外が反転したものや、魔力に耐えきれず肉体が溶解したものなど、様々です。」


おもちの身体が、小さく震えた。


ガゼルは苦しげに顔を歪めると、つないでいた手を離した。


そして、おもちの両耳を塞いだ。


「……それで。」


国王が口を開いた。


「その者たちは、どうなった。」


「ですから、失敗したのです。」


主任研究員は不思議そうに首を傾げた。


「残ったものは廃棄しました。成功例以外を保管しておく意味などありませんので。」


――だんっ!!


轟音が会談室に響いた。


騎士団長が、長机に拳を叩きつけていた。


分厚い天板に亀裂が走る。


「ひっ……!」


同席していた女性研究員が、小さく悲鳴を漏らした。


「……貴様。」


騎士団長の声が低く震えた。


「今、何と言った。」


「何を、とは?」


「廃棄した、だと……?」


主任研究員は眉をひそめた。


「ええ。失敗作ですから。」


主任研究員は、当然のことのように付け加えた。


「なので、母体から――」


――ばきっ!!!!


再び振り下ろされた騎士団長の拳が、分厚い天板を貫いた。


「ごたごたと御託はいらぬわ!!!」


室内の誰もが息を呑んだ。


女性研究員は肩を跳ねさせ、身を縮めた。


「貴様らは……!」


騎士団長は主任研究員を睨みつけた。


「人の命を何だと思っておる!!」


「な、何を……」


主任研究員は椅子に身を引いた。


「我々は研究の説明を――」


「黙れ!!」


騎士団長が一歩踏み出した。


「団長。」


国王の声が響く。


その一言で、騎士団長の足が止まった。


「……申し訳ございません、陛下。」


騎士団長は拳を引き、深く頭を下げた。


「よい。下がれ。」


国王は、二人の少女へ目を向けた。


「侍女長。二人を連れて下がれ。」


「承知いたしました。」


侍女長が席を立つ。


「おもち様。姫様。参りましょう。」


「でも、お父様……」


「姫よ。」


国王が娘を呼んだ。


その声は、先ほどよりも低かった。


「ここから先は、お前たちが聞く必要のない話だ。」


ガゼルは何か言おうとして、口を閉じた。


隣では、おもちが二人のやり取りを見つめている。


ガゼルはおもちの耳から手を離し、その手を握った。


「……お父様。」


「もうよい。二人とも、下がりなさい。」


国王はそれだけ告げた。


侍女長が二人のそばへ歩み寄る。


ガゼルは唇を結び、やがて小さく頷いた。


「……はい。」


おもちの手を引いて、扉へ向かう。


その背中を、国王は黙って見送った。


重い扉が閉まる。


二人の足音が遠ざかってから、国王はようやく統括へ向き直った。


「……さて。」


先ほどまでとは違う、冷えた声だった。


「続けてもらおうか。」


統括は一度、主任研究員へ顔を向けた。


「主任。もう結構です。」


そして国王へ向き直る。


「部下が大変失礼いたしました。」


軽く頭を下げる。


「以降は、私がお答えいたします。」


「では、確認する。」


国王は統括を見据えた。


「先ほど語られた七体についてだ。」


「はい。」


「すべて事実なのだな。」


「事実でございます。」


統括はためらわずに答えた。


「Originシリーズは、零番から七番までの八体。そのうち、我々が求めた適性を示したのはO-M-1のみです。」


「残る七体は、命を落とした。」


「はい。」


「お前は、そのすべてを知っていたのか。」


「無論でございます。」


宰相の筆が止まった。


「実験の内容も、結果も、すべて報告を受けております。」


「そして、それを承認した。」


「はい。私の判断でございます。」


国王はしばらく黙っていた。


「……七つもの命を失わせておきながら、なお必要だったと言うつもりか。」


「はい。」


統括は静かに頷いた。


「世界を救うために、必要な研究であったと考えております。」


騎士団長の眉間に深い皺が刻まれた。


「貴様……!」


「団長。」


国王が制する。


騎士団長は奥歯を噛み締め、口を閉じた。


「統括。」


「はい。」


「自分たちが何をしてきたか、忘れてはいないな。」


「もちろんです。」


「ならば、なぜそこまで研究に固執する。」


「陛下も、あの映像をご覧になったはずです。」


統括は答えた。


「我々が長年にわたり研究を続けても、修復することのできなかったものを、彼女は実際に修復してみせました。」


「だからといって、おもちを再び実験台にしていい理由にはならない。」


「その点については、すでに譲歩しております。」


統括の声は変わらなかった。


「彼女の居住地も、今後の研究に対する本人の同意も、尊重いたしましょう。」


「ならば、計画を終わらせることもできるはずだ。」


「それは、承服いたしかねます。」


国王の眉が寄った。


「……何だと。」


「Origin Mirabilis計画の廃止には、同意できないと申し上げております。」


「理由を聞こう。」


「この計画には、多くの研究者が関わっております。」


統括は続けた。


「彼らが費やしてきた年月も、積み重ねてきた成果も、決して小さなものではありません。」


「だから続けさせろと言うのか。」


「ええ。」


男は迷わず答えた。


「世界を修復する可能性が、ようやく現実のものとなったのです。」


「ここで研究を断つことは、その可能性を我々自身の手で捨てることになります。」


国王が机に手を置いた。


「そのために、どれほどの命を奪ってきた。」


統括は黙った。


「答えろ。」


「犠牲があったことは否定いたしません。」


「犠牲、か。」


国王の声が低くなる。


「未来があったであろう命を奪い、その結果を犠牲の一言で済ませるつもりか。」


「済ませるつもりはございません。」


「ならば、何をもって研究を続けると言う。」


統括は国王を見ていた。


「陛下。」


「何だ。」


「一つ、ご覧いただきたいものがございます。」


統括の手が黒い面へ伸びた。


騎士団長がわずかに身構える。


小さな金具の音がした。


黒い面が外される。


その下に現れた顔を見て、宰相が息を呑んだ。


片方の目。


本来、白いはずの部分が黒く染まり、瞳孔は横に長く広がっていた。


目の周囲の皮膚も変質し、人の肌とは異なる色を帯びている。


国王は驚かなかった。


ただ、その顔を見据えていた。


「瘴気による侵蝕です。」


統括は外した面を手にしたまま告げた。


「研究による負荷も重なり、ここまで進行いたしました。」


「……随分と、進んでいるようだな。」


「ええ。」


統括は頷いた。


「この仮面と継続的な投薬がなければ、私の命も長くは保ちません。」


宰相が険しい表情を浮かべた。


「ですが、私など恵まれている方です。」


統括は続けた。


「治療を受けられず、侵蝕が進むのを待つしかない人々もおります。」


「……わかっている。」


国王が答えた。


「陛下がご存じであることは、承知しております。」


「それでも、世界の各地で人々は命を落としております。」


「だからこそ、我が国も対策を続けている。」


「ええ。存じております。」


「お前に言われずとも、事態の深刻さは理解している。」


「でしたら、なおさらです。」


統括は国王を見据えた。


「研究を終わらせるわけにはまいりません。」


国王は答えなかった。


統括は黒い面を着け直した。


「陛下。」


「何だ。」


「数人の小さき命と、世界の命を天秤にかけても、なお同じ判断をなさいますか。」


騎士団長が顔を上げた。


宰相の筆が止まる。


国王は統括を見据えたまま、口を開いた。


「……統括。」


「はい。」


「私はな。」


その声は、落ち着いていた。


「誰かが英雄になることなど、望んでいない。」


統括は黙って聞いていた。


「世界を救うために、誰かを犠牲にしなければならないと言うのなら。」


国王が言葉を切った。


「そんな救い方は、認めん。」


「では、世界を見捨てると?」


「そうではない。」


国王は迷わず答えた。


「誰も見捨てんと言っている。」


統括は動かなかった。


「……それは、随分と難しいことをおっしゃる。」


「わかっている。」


国王は目を逸らさなかった。


「それでも、たった一人の命すら守れぬ者に、世界を救えるはずがない。」


しばらく、誰も口を開かなかった。


やがて、統括の口元がわずかに動いた。


笑みとも取れる、かすかな変化だった。


「……左様でございますか。」


統括は静かに頭を下げた。


「陛下のお考えは、理解いたしました。」


「理解しただけか。」


「はい。」


統括は顔を上げた。


「私の考えが変わることはございません。」


騎士団長が眉をひそめる。


「必要な犠牲であったという判断も、今なお変わりません。」


「……そうか。」


「ですが、その判断を下したのは私です。」


統括は続けた。


「責任を問われるのであれば、逃れるつもりはございません。」


「責任を負えば、失われた命が戻るとでも?」


「いいえ。」


「ならば、何が残る。」


「研究の成果でございます。」


国王の表情が険しくなった。


「失われた命を取り戻すことはできません。しかし、そこで得られた知識まで失えば、犠牲は何も残さなかったことになります。」


「……お前は、最後まで変わらないのだな。」


「はい。」


統括は静かに答えた。


「そのうえで、陛下のご判断を仰ぎたいと考えております。」


国王は深く息を吐いた。


「……統括。」


「はい。」


「お前の言い分は理解した。」


「ありがとうございます。」


「だが、研究の必要性と、これまでの行為が許されるかどうかは別だ。」


「ええ。」


「お前たちが何をしてきたのか、すべて調べさせてもらう。」


「承知しております。」


国王は統括を見据えた。


「まず、Origin Mirabilis計画に関わる研究記録と設備を、すべて監査の対象とする。」


「はい。」


「監査が終わるまで、生命を危険にさらす実験は停止させる。新たな個体の生成も認めん。」


「承知いたしました。」


統括は異を唱えなかった。


「ただし、陛下。」


「何だ。」


「これまでに得られた研究成果については、保全をお願いしたく存じます。」


「……研究を続けるためか。」


「ええ。」


統括は頷いた。


「計画の存続については、監査の結果をもってご判断いただければ結構です。」


「その結果、廃止となってもか。」


「その場合は、従いましょう。」


国王は目を細めた。


「ずいぶんとあっさり引くのだな。」


「研究の必要性を訴えることと、調査を拒むことは別でございます。」


統括は静かに答えた。


「ただし、研究そのものが不要になったとは考えておりません。」


「……わかった。」


国王は宰相へ目を向けた。


「監査の準備を進めろ。」


「承知いたしました。」


宰相が書類を取り上げる。


「ただし、施設は複数の国や研究機関から認可を受けております。監査の実施には、関係機関との調整が必要になります。」


「わかっている。」


「我が国が主導する形で、必要な手続きを進めます。」


「頼む。」


宰相の筆が動いた。


「統括。」


「はい。」


「監査が始まるまでの間も、研究記録や設備の隠蔽、破棄は認めん。」


「承知しております。」


「関係者にも伝えよ。」


「ええ。必要な指示を出しましょう。」


国王は頷いた。


「それから、お前自身の処遇についてだ。」


「はい。」


「先ほど、実験を承認したのは自分だと認めたな。」


「はい。私の判断でございます。」


「ならば、計画の責任者として調査を受けてもらう。」


「承知しております。」


「調査が終わるまで、お前の身柄は王国で預かる。」


統括はわずかに頭を下げた。


「異存はございません。」


「……抵抗しないのか。」


「私が責任者ですので。」


あまりにも簡潔な返答だった。


国王はしばらく統括を見つめていた。


「お前の責任を認めたからといって、それですべてが済むわけではないぞ。」


「無論でございます。」


「調査の結果によっては、相応の裁きを受けることになる。」


「承知しております。」


統括の声は変わらなかった。


「ただし、陛下。」


「何だ。」


「一つ、お願いがございます。」


国王は答えを促すように顎を引いた。


「他の研究員たちについては、個別の調査をもって判断していただきたいのです。」


「……個別に、か。」


「はい。」


統括は続けた。


「施設には、Origin Mirabilis計画とは無関係の研究に従事している者も大勢おります。」


「彼らにも生活がございます。研究を止め、職を失わせることが、世界にとって有益とは思えません。」


国王は腕を組んだ。


「お前が責任を負えば、ほかの者は不問にしろと言うのか。」


「いいえ。」


統括は首を横に振った。


「違法な行為が明らかになった者については、相応の判断が下されるべきでしょう。」


「ならば、何を求める。」


「調査を受けることと、罪が確定することを、区別していただきたいのです。」


国王はしばらく黙っていた。


やがて、宰相へ視線を向ける。


「……どうだ。」


「当然、調査の対象と処罰の対象は区別されるべきかと。」


宰相は答えた。


「ただし、関係者がどこまで計画の実態を把握していたかについても、確認する必要がございます。」


「そうだな。」


国王は統括へ向き直った。


「いいだろう。」


「ありがとうございます。」


「だが、お前一人に責任を負わせて終わらせるつもりはない。」


「承知しております。」


「主任を含め、関係者は全員調べる。」


それまで黙っていた主任研究員が顔を上げた。


「……統括。」


統括はそちらを見なかった。


「必要な調査には、協力させます。」


主任研究員は何か言いかけた。


しかし、統括の横顔を見て、再び口を閉じた。


国王はその様子を見届けると、宰相へ告げた。


「今の取り決めも記録しておけ。」


「承知いたしました。」


「それから、もう一つ。」


国王は統括を見据えた。


「あの娘についてだ。」


「はい。」


「あの娘を施設へ戻すことはない。今後、研究への協力を求める場合も、本人の意思を第一とする。」


「承知しております。」


「検査や研究の内容は事前に説明する。本人が拒否した場合は、それ以上求めることを認めない。」


「ええ。」


「医療に必要な処置と、研究のための実験も明確に区別する。」


統括が頷いた。


「その点については、私からも必要な情報を提供いたしましょう。」


「頼むこともあろう。」


国王はそう答えた。


「だが、何を認めるかは、こちらで判断する。」


「承知いたしました。」


「宰相。」


「はい。」


「あの娘の医療と研究協力についても、取り決めを整理しておけ。」


「かしこまりました。」


宰相は筆を走らせた。


「本人の意思確認を基本とし、必要な支援や緊急時の対応については、別途定めるものといたします。」


「それでよい。」


国王は閉じられた扉へ目を向けた。


その向こうには、すでに二人の少女の姿はない。


「……あの娘は、ようやく自分の居場所を選んだのだ。」


統括は黙っていた。


「それを、再び奪わせるつもりはない。」


「承知しております、陛下。」


「今日のところは、ここまでだ。」


「はい。」


「今後の処遇については、監査の結果をもって判断する。それまでは、先ほどの取り決めに従ってもらう。」


「承知いたしました。」


宰相が書類を揃えた。


「では、本日の合意事項については、正式な書面にまとめます。」


国王が頷く。


「進めろ。」


「承知いたしました。」


統括が静かに頭を下げた。


「ご配慮、感謝いたします。」


「礼を言われることではない。」


国王の声は厳しかった。


「お前たちの行いを許したわけではないのだからな。」


「ええ。存じております。」


「……統括。」


「はい。」


「お前は、自分がどうなるかなど、初めから気にしていないのだな。」


統括は顔を上げた。


「さて。何のことでしょうか。」


「自分が裁かれようと、研究さえ残ればよい。」


国王は黒い面を見据えた。


「そう考えているのだろう。」


統括は答えなかった。


しばらくして、わずかに首を傾ける。


「陛下には、そう見えますか。」


国王が鼻を鳴らした。


「……食えぬ男だ。」


「お褒めにあずかり、光栄です。」


統括は深く頭を下げた。


主任研究員は顔を伏せた。


膝の上で握りしめられた拳が、かすかに震えている。


統括の反対側では、女性研究員が身を縮め、俯いていた。


     ◇


会談室の扉が開いた。


廊下では、二人の少女が待っていた。


壁際に置かれた長椅子には、侍女長を挟んで、おもちとガゼルが腰掛けている。


その両端には、セレスとエステラが控えていた。


扉の音に気づき、ガゼルが顔を上げた。


「あっ、お父様!」


国王は娘の姿を認めると、表情を緩めた。


「待っていたのか。」


「はい!」


ガゼルは長椅子から立ち上がった。


おもちもそれに続き、侍女長が二人を見守りながら腰を上げる。


会談室からは、宰相や騎士団長が続いて出てきた。


少し遅れて、王国の騎士に付き添われた統括も、黒い面をつけたまま姿を現した。


国王は二人の前で足を止める。


「話は終わった。」


「はい、お父様。」


ガゼルは嬉しそうに頷いた。


国王は並ぶ二人の少女へ視線を落とした。


その頭に、大きな手を一度ずつ置く。


やがて、一行が廊下を歩き出す。


セレスとエステラも二人に付き添い、侍女長がその後に続いた。


おもちは最後尾から、歩いていく人々の背中を見つめていた。


……


「……ありがとう。」


誰にも届かないほど、小さな声だった。


誰も振り返らなかった。


おもちは顔を上げ、ガゼルの隣へ歩み寄る。


「ガゼル。」


その手を差し出した。


差し出された手に、翡翠色の瞳が向けられる。


「うん!!」


嬉しそうに笑い、その手を握った。


「行こ!おもち!!」


二人は手をつないで歩き出した。


少女たちの明るい声が、廊下に響く。


窓から差し込む陽光が、寄り添う二人の背中を照らしていた。


その向こうには、どこまでも青い空が広がっていた。

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