↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/90

私の在処


窓の外には。


雲ひとつない。


青い空が広がっていた。


……


窓硝子に。


自分の姿が映っている。


髪。


白銀色が。


少し戻っている。


……


今日は。


いつもと違う服。


白い生地。


淡い藤色の刺繍。


襟元には小さな銀の飾り。


袖口にも同じ模様。


スカートは。


いつもより少し長い。


裾には。


細い銀糸が縫い込まれていた。


……


少し動きにくい。


朝。


エステラが着せてくれた。


今日は。


大切なお話があるかもしれないから。


そう言っていた。


大切なことがある日は華やかにするらしい。


……


自分では。


まだ。


うまく服を着られない。


背中の留め具も。


袖口の飾りも。


エステラが整えてくれた。


……


右肩へ。


視線を落とす。


腕を支えていた布も。


なくなった。


動かしてみる。


……


少し鈍い。


でも。


痛くない。


……


「今頃、何を話してるんだろう……。」


声のする方へ振り返る。


淡い髪色の少女が部屋の中を歩いている。


扉の前まで行って。


引き返す。


……


少女も、いつもと違う服を着ていた。


深い紅色のドレス。


胸元には。


金糸の刺繍。


白いレース。


襟元と袖口を飾っている。


腰には。


細い金色のリボン。


歩くたびに。


スカートの裾が揺れる。


……


赤い髪の色は。


まだ戻っていない。


……


体調は。


少し良いらしい。


でも。


右肩は。


まだ。


治っていない。


治療師に怒られていた。


……


目の前の少女は。


机のそばで。


足を止めた。


……


「……ガゼル。」


返事がない。


「ガゼル。」


「……えっ?」


少女が足を止めた。


「おもち?」


「どうしたの?」


……


「いっぱい。」


「歩いてる。」


「え?」


少女は自分の足元を見た。


それから。


部屋の中を見回す。


「……そう、だね。」


困ったように笑った。


「ちょっと、落ち着かなくて。」


……


少女の視線が、また扉へ向いた。


「やっぱり、私も一緒に行きたい……。」


「でも、お父様にお任せするって……。」


少女は口元に手を当てた。


「ううん。でも、もし何かあったら……。」


……


「今からでも、お願いしてみようかな。」


「でも、邪魔になっちゃうかもしれないし……。」


……


「……おもちを、一人にしたくない。」


……


少女は。


もう一度、扉へ向かった。


……


その前で。


止まる。


……


「……どうしよう。」


……


ずっと、考えている。


……


左手で頭を抱えていた。


次は。


顎に指をそえている。


……


見ていると。


胸の奥がざわざわしてくる。


「ガゼル。」


「……なあに?」


「私。」


「……ここにいてもいい?」


少女が足を止めた。


……


こちらへ歩いてくる。


隣に並ぶと、私の右腕に左腕を絡ませた。


手。


握られる。


あたたかい。


……


少女の頭が、私の肩に寄りかかった。


「うん……もちろんだよ。」


「それに。」


「きっと、今日決まるんだよね……。」


……


「私も、おもちと……。」


少女は、一度口を開きかけて、閉じた。


「きっと、うまくいく。」


「大丈夫だよ、おもち。」


口元に笑みが浮かぶ。


けれど、すぐに唇を結んだ。


……


私も。


顔を寄せる。


目を閉じる。


……


ガゼルの匂いがする。


……


このままがいいのに。


……


どうして。


だめなんだろう……。


……


こん。


こん。


扉を叩く音。


少女が。


顔を上げた。


「は、はい!」


扉が開く。


セレス。


エステラ。


それから。


もう一人。


侍女長。


……


三人が。


部屋に入ってきた。


「失礼いたします。」


侍女長が一礼した。


……


侍女長と目が合う。


口元がほころんだ。


……


「姫様。おもち様。」


「お父様から、ですか?」


少女が尋ねる。


「はい。陛下より、おもち様にお話がございます。」


私に話。


昨日言っていた通り。


「現在、陛下は施設の方々と会談をなさっています。」


「おもち様の、今後についてのお話です。」


「陛下は、おもち様ご自身に、会談へ出席するかどうかを決めていただきたいと仰せです。」


……


少女を見る。


目が合う。


小さく頷く。


「行く。」


「かしこまりました。」


少女は侍女長へ向き直った。


……


「私も、一緒に行きます。」


「姫様。」


「おもちを、一人では行かせられません。」


侍女長は二人を見比べた。


ふっと笑う。


「承知いたしました。」


……


少女が隣へ来て、左手を差し出した。


「おもち。」


「行こう!」


……


手。


……


握る。


あたたかい。


……


「うん。」


     ◇


廊下。


いつも。


長い。


……


でも。


今日は。


もっと長く感じる。


……


隣を見る。


少女は唇を結んだまま、廊下の先を見ている。


セレスも。


エステラも。


侍女長も。


何も言わない。


……


廊下に。


足音だけが響いている。


……


よく。


わからない。


……


でも。


もし。


施設に戻れって。


言われたら。


……


あの男を――


……


ガゼルに。


見えないところで。


知られないようにすればいい。


……


指先に。


魔力を集める。


……


でも。


本当にそれでいいの?


……


ガゼルが悲しむ。


……


きっと良くない。


……


手を握る。


指先に集めた魔力が。


ほどける。


……


足音が。


頭の中で響く。


……


わからない。


     ◇


扉が。


見えてきた。


大きな。


重い扉。


「到着いたしました。」


侍女長の声。


少女と。


つないでいる手に。


力が入る。


……


扉の前には。


二人の騎士。


こちらに気づくと。


姿勢を正し。


深く礼をした。


……


いつもより。


背筋が伸びている。


……


騎士たちの後ろに。


大きな扉がある。


……


あの向こうに。


施設の人たちがいる。


……


胸の奥が。


ぎゅっとなる。


……


怖い。


……


侍女長が。


振り返る。


そして。


私の頭に。


手を置いた。


撫でられる。


侍女長が手を離した。


「難しく考える必要はありません。」


「ただ、ここへ来てから、あなたが感じたこと。」


「その想いを、すべて伝えなさい。」


隣で。


少女も。


力強く頷いた。


ここへ来てから。


感じたこと。


……


たくさん。


ある。


姉を見る。


目が合うと、口元がほころんだ。


妹。


背中を。


ぽん、と叩かれた。


……


みんな。


いる。


侍女長が。


扉の前へ進んだ。


騎士の一人が。


扉に手を掛ける。


重そうな扉が。


開いていく。


……


部屋。


広い。


中央には。


長い机。


その両側に。


人が座っている。


奥。


王様。


その隣には。


宰相。


……


王様が。


こちらを見た。


「来たか。」


侍女長が。


一歩前へ出る。


「陛下。おもち様をお連れいたしました。」


「お父様。」


少女も続いて、一歩前へ出た。


「私も、この会談に同席させていただいてもよろしいでしょうか。」


王様は少女を見た。


そして、静かに頷いた。


「ありがとうございます。」


少女は丁寧に一礼した。


それから、施設の三人へ向き直った。


三人が席を立つ。


「アステルガード王国第一王女、ガゼル・アステルガードと申します。」


「本日は、私もこちらの会談に同席いたします。」


「どうぞ、よろしくお願いいたします。」


少女は丁寧に頭を下げた。


黒い面の男も、一礼した。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。殿下。」


少女は顔を上げた。


もう一度。


軽く頭を下げる。


少女は私の隣へ戻り。


小さく息を吐いた。


……


私も。


部屋の中へ。


足を踏み入れる。


……


黒い面。


……


足が。


止まる。


……


ガゼルの。


後ろへ隠れる。


……


背中。


……


服の端を。


つまむ。


……


男の隣には。


二人。


研究員。


……


白い部屋。


白い壁。


白い服。


測定。


実験。


「……おもち?」


少女が。


振り返った。


……


私の手を。


握る。


……


あたたかい。


……


顔を上げる。


目が合う。


翡翠色の瞳。


少しだけ眉を寄せていた。


「大丈夫?」


……


目を閉じる。


ここは。


王城。


ガゼルがいる。


深く息を吸って吐く。


息が少し震える。


……


「……うん。」


……


もう一度。


前を見る。


黒い面の男が。


こちらを向いていた。


「昨日お渡ししたものは、身につけていないようですね。」


昨日。


渡されたもの。


銀色の輪。


「あれは。」


「つけない。」


「そうですか。」


男は。


それ以上。


何も言わなかった。


……


「おもちよ。」


王様が。


口を開いた。


「今日は、そなた自身の考えを聞きたい。」


私の。


考え。


……


「難しいことを答える必要はない。」


「そなたがどうしたいのか。それを聞かせてくれ。」


どうしたい。


侍女長の言葉。


……


ここに来てから。


感じたこと。


全部。


隣を見る。


少女が頷いた。


私は。


ここにいたい。


……


でも。


それだけじゃない。


たくさん。


ある。


「私。」


「ここにいたい。」


……


王様がこちらを見ている。


「ガゼルと。」


「一緒がいい。」


隣で、息を呑む音がした。


……


「O-M-1。」


黒い面の男。


こちらを向いている。


「あなたは、ご自身の役割を理解していますね?」


役割。


……


世界の。


希望。


そう。


言われていた。


でも。


よく。


わからない。


……


「……わから、ない。」


「そうですか。」


男は。


変わらない声で答えた。


「あなたには、ほかの誰にも果たせない役割があります。」


ほかの。


誰にも。


……


耳の奥が。


詰まったような。


感覚。


……


この声を聞くと。


私の言っていることが。


間違っているような。


気がする。


……


指先から。


力が抜けていく。


足も。


うまく動かない。


……


何か。


言わないと。


……


でも。


何を。


……


「あ……も。」


言葉が。


続かない。


……


頭の中に。


何も浮かばない。


……


心臓の音だけが。


聞こえる。


「お待ちください。」


……


ガゼル。


……


隣の少女が。


男を見ていた。


「一つ、よろしいでしょうか。」


「どうぞ。」


「おもちに役割があることは、わかりました。」


「ですが。」


「どうして、おもちがそれをしなければならないのですか?」


……


男は。


少女へ顔を向けた。


「現状、O-M-1以外では不可能だからです。」


「それは、おもちが望んだことではありません。」


「ええ。ですが、必要とされていることです。」


必要。


施設でも。


何度も。


聞いた。


……


少女は背筋を伸ばした。


「必要だからって、おもちの気持ちを無視していいんですか?」


「無視するつもりはありませんよ。」


「だからこそ、こうして本人の意思を確認しているのでしょう。」


少女が。


口を閉じた。


黒い面が、こちらへ向いた。


「O-M-1。あなたが王城に残りたいという意思は理解しました。」


「ですが、その選択によって、果たせなくなる役割があることも理解していただきたいのです。」


役割。


世界の。


希望。


……


また。


同じところ。


「では、少々よろしいでしょうか。」


別の声。


宰相。


「このままでは、議論が平行線になりそうです。」


宰相は。


机の上の書類を揃えた。


「ここからは、私が順に質問させていただきます。まずは施設側に。そして、おもち殿にも。」


質問。


「答えられる範囲で構いません。よろしいですね?」


黒い面の男が頷いた。


「ええ。どうぞ。」


宰相が。


私を見る。


「おもち殿も、それでよろしいでしょうか。」


隣を見る。


翡翠色。


少女が頷いた。


ガゼル。


いる。


「……うん。」


「ありがとうございます。」


宰相は。


もう一度。


黒い面の男へ向き直った。


「では、最初に確認します。」


「おもち殿が王城に残った場合、施設が進めている研究は、すべて不可能になるのでしょうか。」


「いいえ。」


男は。


すぐに答えた。


「研究のすべてが停止するわけではありません。」


「では、おもち殿が施設に戻らなければならない理由を、具体的にお聞かせください。」


「本人を必要とする検証が、まだ残されているためです。」


「それらは、王城に滞在したままでは実施できませんか?」


男は。


少し。


首を傾けた。


「内容によるでしょうね。施設内の設備を必要とする検証もありますので。」


……


「なるほど。」


宰相が頷く。


「ですが、施設内の設備を必要とする検証があることと、おもち殿が常に施設で暮らさなければならないことは、別の問題ではありませんか。」


「ええ。検証の内容と実施方法については、検討の余地があるでしょう。」


……


「次に、おもち殿。」


宰相が。


こちらを見る。


「あなたは現在、王城にて保護される形で滞在されています。」


「今後の処遇を決めるにあたり、先ほどのお言葉について、改めて確認させてください。」


「施設へ戻ることを望まれますか。それとも、引き続き、この王城で暮らすことを望まれますか?」


……


望む。


施設は。


嫌。


「……ここ。」


……


「ここに。」


「いたい。」


……


「ガゼルと。」


「一緒に。」


宰相は眼鏡を持ち上げる。


「それは、なぜですか?」


なぜ。


……


隣を見る。


……


ガゼル。


……


でも。


それだけじゃない。


セレス。


エステラ。


王様。


他にも。


ここに来てから。


たくさん。


みんな笑ってる。


見てると。


あたたかい。


……


「……ここが。」


「好き。」


「そうですか。」


宰相。


続きを待っている。


……


机の向こう。


たくさんの目。


……


何から。


話せばいい。


「ここに来て。」


「はじめて。」


……


「人。」


「あたたかいって。」


「知った。」


……


手を。


見る。


……


ガゼルの手。


……


指。


動かしてみる。


……


握り返してくれる。


……


「手。」


「つなぐと。」


「あたたかい。」


……


顔を上げる。


……


セレス。


エステラ。


扉のそばにいる。


……


「セレスも。」


「エステラも。」


「優しい。」


……


「私。」


「何もできないのに。」


「怒らない。」


「いろんなこと。」


「教えてくれる。」


……


「何もしなくても。」


「いていい。」


……


「そう。」


「教えてもらった。」


……


「私は。」


「私のまま――」


……


黒い面。


……


こちらを向いている。


……


目は。


見えない。


……


でも。


見られている。


……


ずっと。


……


隣。


研究員。


……


目が合った。


眉を寄せている。


『役に立たないと廃棄。』


施設の。


白い部屋が浮かんだ。


「あ……。」


……


視線をそらす。


王様。


宰相。


机。


……


どこを。


見れば。


……


「え、と……。」


……


役割。


……


私にしか。


できないこと。


……


でも。


ここに。


いたい。


……


戻らないと。


だめ……?


……


違う。


……


でも。


……


わからない。


……


息。


……


吸う。


……


うまく。


吸えない。


……


もう一度。


……


苦しい。


……


「……っ。」


……


足に。


力が入らない。


……


膝が折れる。


……


しゃがみ込む。


……


「おもち!?」


ガゼルの声。


……


手。


離れない。


……


隣に。


少女もしゃがんでいる。


……


背中。


撫でられる。


……


「おもち、大丈夫。私、ここにいるよ。」


……


息。


……


苦しい。


……


「……はっ、……ぁ……。」


……


「大丈夫……。大丈夫だから……。」


……


「……はぁ。」


……


別の音。


……


顔を上げる。


……


研究員。


……


こちらを見ている。


……


また。


息が詰まる。


……


少女が。


私の背中を撫でながら。


顔を上げた。


「一度、休憩させていただけませんか。」


宰相が。


こちらを見る。


「ええ。落ち着かれてから再開しましょう。」


……


少女が。


私に向き直る。


……


「おもち、今は何も話さなくていいからね。」


……


背中を撫でる手。


……


あたたかい。


……


ガゼル。


隣にいる。


……


胸が苦しい。


……


怖い。


……


私は。


私のまま。


……


その先。


……


言えなかった。


……


ここに。


いたい。


……


ガゼルと。


一緒に。


……


まだきっと。


足りない。


……


「……ガゼル。」


「うん?」


……


「私。」


「まだ。」


「……話したい。」


……


少女が。


私を見る。


「おもち……。」


「無理しちゃだめだよ……?」


小さく頷く。


手を。


握り返す。


……


立ち上がろうとする。


……


足に。


まだ。


力が入らない。


……


ガゼルが。


私の手を。


ぎゅっと握った。


……


支えられながら。


立ち上がる。


……


「おもち殿。」


宰相の声。


「続けられそうですか?」


「……うん。」


「では、ゆっくりで構いません。」


息を吸う。


まだ。


少し。


苦しい。


でも。


話したい。


「みんな。」


……


廊下を歩く人。


食事を作る人。


門に立つ人。


騎士。


侍女。


……


「誰かのために。」


「何かしてる。」


……


「私にも。」


「私にしか。」


「できないこと。」


「ある。」


……


「それも。」


「知った。」


……


視線を。


机の向こうへ移す。


……


黒い面。


……


怖い。


でも。


今は。


それだけじゃない。


……


「外。」


……


窓。


……


明るい。


……


「光。」


「太陽。」


「あたたかい。」


「風。」


「草。」


「花。」


「鳥。」


「きっと。」


「他にも。」


……


「知らないもの。」


「たくさん。」


「ある。」


……


窓の外。


青い空。


……


「城の外。」


……


「人。」


「いっぱい。」


……


「みんな。」


「違う。」


……


「私と。」


「同じぐらいの子供。」


……


「笑ってた。」


……


「好きなもの。」


「やりたいこと。」


「ある。」


……


「みんな。」


……


「きらきら。」


「してた。」


……


思い出す。


……


街。


人。


声。


笑っている顔。


……


胸の奥。


何か。


たくさんある。


……


「私も。」


「自分のこと。」


「もっと。」


「知りたい。」


……


「何が。」


「好きなのか。」


……


「何を。」


「したいのか。」


……


「まだ。」


「わからない。」


……


「でも。」


「知りたい。」


……


宰相が。


小さく頷いた。


……


言葉が。


まだ。


ある。


……


「それから。」


……


隣を見る。


……


ガゼル。


……


「笑った。」


「泣いた。」


「喧嘩も。」


「した。」


……


「全部。」


「はじめて。」


……


「一人じゃ。」


「できなかった。」


……


目が合う。


少女の唇が、わずかに開いた。


……


「ガゼルが。」


「私を。」


「見つけた。」


……


「森で。」


……


「死んじゃだめって。」


「言った。」


……


月が。


綺麗で。


もう……。


終わってもいいって。


でも。


……


「手。」


「つないでくれた。」


……


あたたかい。


……


今も。


……


「名前をくれた。」


「おもち。私の名前。」


「呼ばれると。」


「……嬉しい。」


「あたたかい。」


……


少女の指が。


動いた。


……


私の手を。


包むように。


握っている。


……


「ガゼル。」


「私と。」


「全然。」


「違う。」


……


「知らないこと。」


「いっぱい。」


……


「だから。」


「気になる。」


……


「もっと。」


「知りたい。」


……


「一緒に。」


「いたい。」


……


「ガゼルが。」


「笑うと。」


……


「嬉しい。」


……


「泣くと。」


「嫌。」


……


「ずっと。」


「笑っててほしい。」


……


「ガゼルと。」


「いろんなもの。」


「見たい。」


……


「いろんなこと。」


「知りたい。」


……


「だから。」


……


「ここに。」


「いたい。」


……


……


少し。


息を吸う。


……


まだ。


伝えていないこと。


……


「ガゼルが。」


「私の世界で一番。」


「きらきらしてるから。」


……


少女の目が。


大きくなった。


……


「私も。」


……


「同じぐらい。」


「きらきらしたい。」


……


大きく息を吐く。


……


誰も。


何も言わない。


……


伝えたかったこと。


言えた。


……


宰相を見る。


……


何も言わない。


……


王様も。


……


黒い面の男も。


……


みんな。


黙っている。


……


隣で。


手が動いた。


……


ガゼル。


……


俯いている。


……


「……ガゼル?」


……


少女が顔を上げた。


……


翡翠色の瞳が、濡れている。


……


「……おもち。」


……


声。


少し。


震えている。


……


「……うん。」


……


「……そっか。」


……


少女は笑った。


……


頬を、涙が伝った。


……


「……ガゼル。」


「うん。」


……


「泣いてる。」


「……うん。」


……


「どうして?」


……


少女は。


もう一度。


笑った。


「ふふ。」


「……どうしてだろうね。」


泣く。


……


辛い?


……


痛い?


……


「……そっか。」


手を。


握り返す。


「本当に……頑張ったね、おもち。」


少女が。


目元を拭った。


……


そのとき。


「おもち殿。」


……


宰相。


……


こちらを見ている。


「お話しいただき、ありがとうございます。」


「……うん。」


「ひとつ、確認させてください。」


……


確認。


……


「施設での研究については、どうお考えですか。」


……


施設。


……


白い部屋。


測定。


課題。


……


痛い。


……


「……嫌。」


……


声が。


小さくなる。


……


「戻りたくない。」


……


宰相は。


頷いた。


……


「では、施設へ戻ることとは別に、研究への協力についてはいかがでしょうか。」


……


研究。


……


痛い。


……


でも。


……


花。


……


ガゼルが。


笑った。


……


「……わからない。」


……


「でも。」


「誰かの役に。」


「立つなら。」


……


「したい。」


……


「痛いのは。」


「嫌。」


……


「戦いたくない。」


「怖い。」


……


手。


……


握られている。


……


「ガゼルが。」


「言った。」


……


「誰も。」


「傷つけちゃだめって。」


……


「それ。」


「守りたい。」


……


宰相が。


頷いた。


「つまり、施設に戻ることは望まない。ただ、ご自身の力を誰かのために使うことまで拒んでいるわけではない。」


「……うん。」


「そして、痛みを伴う実験や、望まない戦闘は拒否する。」


「うん。」


「何より、この王城で、姫様と共に暮らしたい。」


隣を見る。


目が合う。


「うん。」


宰相は。


頷いた。


「承知いたしました。」


それから。


黒い面の男へ向き直る。


……


「統括殿。」


「はい。」


「おもち殿の意思は、今お聞きになったとおりです。」


「ええ。」


「では、改めてお尋ねします。」


宰相は。


机の上に。


両手を置いた。


「本人が施設への帰還を望まず、研究への協力については条件付きで意思を示している。」


「それでもなお、施設への返還が不可欠であるとお考えですか?」


……


黒い面。


……


男は。


こちらを見た。


……


それから。


宰相を見る。


「そうですね。」


少し。


間があった。


「施設での管理が最も確実であり、検証も円滑に進められます。ですが、研究上の必要性と、本人の居住地が必ずしも一致するものではないことも事実です。」


宰相が。


頷く。


「では––。」


「ただし。」


男が言葉を続けた。


「O-M-1の能力が、現在の世界において極めて重要であることに変わりはありません。」


「その点については、我々も認識しております。」


「であれば、今後の協力体制については、別途協議する必要があるでしょう。」


……


協力。


……


別途。


協議。


……


難しい。


……


よく。


わからない。


……


でも。


……


男は。


まだ。


帰れとは。


言っていない。


……


隣で。


少女が。


息を止めている。


「では、統括殿。」


宰相が。


尋ねた。


「おもち殿が王城に留まることについて、施設側は異議を唱えない。」


「そのように受け取ってもよろしいでしょうか?」


黒い面の男は。


しばらく。


何も言わなかった。


「……統括!」


「本当に、それでよろしいのですか!?」


隣の研究員が。


声を上げた。


……


男は。


そちらへ顔を向ける。


「静かに。」


短い。


言葉。


……


研究員は。


口を閉じた。


黒い面が。


こちらへ向く。


「O-M-1。」


「……なに。」


「あなたの意思は、確認できました。」


男は。


小さく頷いた。


「施設として、王城での滞在に異議は申し立てません。」


……


異議。


……


申し立てない。


……


どういう。


意味……?


「……それは。」


隣を見る。


ガゼル。


「おもちが、これからも王城で暮らせるということですか?」


宰相が頷いた。


「ええ。施設側からの返還要求は、これをもって取り下げられたと理解してよろしいですね。統括殿。」


「そのとおりです。」


少女が。


私を見る。


……


翡翠色の瞳が。


揺れている。


「……おもち。」


ガゼルの。


口元が動いた。


何か。


言おうとして。


でも。


言葉にならない。


ぎゅっ。


つないでいた手に。


力がこもった。


「……ここに。」


少女の頬を。


涙が伝った。


「ここにいていいんだって!!」


ガゼルが。


笑った。


……


涙が。


次々とこぼれている。


なのに。


笑ってる。


……


頬を濡らしたまま。


「おもち……!」


「よかった……!」


「本当に、よかったぁ……!」


……


ガゼルが。


こんなに。


笑ってる。


……


私も。


なんだか。


胸が。


あたたかい。


「おもち、聞こえてる!?」


両肩を。


掴まれた。


ぐらぐら。


身体が。


前に。


後ろに。


「わあわあ。」


「き、きこえてるぅ。」


……


どちらかというと。


ガゼルが。


聞いてない。


……


「ここにいていいんだよ!」


「これからも一緒にいられるんだよ!?」


……


一緒。


……


「ふふっ……!」


ガゼルが。


声を上げて笑った。


涙は。


まだ。


こぼれている。


「おもちっ!」


少女が。


こちらへ飛びついてきた。


「わ。」



ぎゅっ。




抱き締められた。


「一緒にいられる……!」


「これからも、おもちと一緒にいられるんだ……!」


「あは!!嬉しい嬉しい!!」


声が。


近い。


……


笑い声が。


耳元で響いている。


……


抱き締められた身体が。


震えている。


……


あたたかい。


……


私も。


腕を回す。



ぎゅっ。



「……ガゼル。」


「うんっ!」


「私。」


「本当に。」


「ここに。」


「いられる?」


「うん!」


「ずーーーっと、一緒にいられるよ!!」


ずっと。


……


少女が。


また。


ぎゅっと抱き締めてくる。


「……いたたっ。」


「ガゼル。」


「肩。」


少女は。


涙の残る顔で笑った。


「えへへ……。」


「また、怒られちゃうね。」


「でも、今はそんなこといいのっ!」


抱き締めていた腕が。


ほどける。


……


手。


……


握られる。


……


あたたかい。


……


扉のそば。


セレスとエステラ。


……


二人とも、笑っている。


……


侍女長も。


口元がほころんでいた。


……


王様。


目が合うと静かに頷いた。


……


ここに。


ずっと。


……


施設。


戻らなくていい……?


……


ガゼルと。


一緒。


……


――バンッ!!


机を叩く音が、部屋に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。