正しさの比重
白に近い髪に。
わずかに残る。
淡い色。
……
ガゼル。
目の前にいる。
いつの間に。
さっきまで。
寝台に。
いたはず。
……
右肩。
新しい包帯。
左手で。
右腕を。
押さえている。
「ガゼル。」
「動いたら。」
「よくない。」
「うん。」
……
「戻って。」
「うん。」
寝台へ。
目を向ける。
戻らない。
少女は。
寝台へ戻ろうとしない。
赤くなった目が。
まっすぐ向けられている。
「おもち。」
「……うん。」
顔を上げる。
「私。」
少女の唇が動きかけて。
また閉じる。
言葉は。
出てこない。
……
「何にも。」
「できなかった。」
「どこかで。」
「勢いで。」
「どうにかなるって。」
「ちゃんと。」
「気持ちを伝えたら。」
「わかってもらえるって。」
……
少女の左手が。
服を握る。
「でも。」
「実際に。」
「目の前にしたら。」
「何にも。」
「言えなかった。」
……
唇が。
小さく震える。
一度息を吸ってから。
「気持ちばっかりで。」
「おもちのことまで。」
「困らせて。」
「ほんとに。」
「だめ……。」
……
目から。
また。
涙が落ちる。
少女は。
俯く。
「でも。」
……
左手で。
目元を拭う。
顔を上げる。
「だから。」
「知らないままじゃ。」
「だめなんだって思った。」
……
少女と目が合う。
「何も。」
「知らないままだから。」
「何ができて。」
「何ができないのかも。」
「私。」
「わからない。」
……
「でも。」
少女の左手が。
握っていた服を離す。
「これから先も。」
「私は。」
「おもちと。」
「一緒にいたい。」
……
真っ直ぐ。
こちらを見ている。
「だから。」
「たくさん。」
「お勉強する。」
「もっと。」
「いろんなことを知って。」
……
「どんな時でも。」
「おもちを。」
「守れるようになる。」
「さっきね。」
少女の声が。
小さくなる。
「このまま。」
「おもちが。」
「遠くにいっちゃうって。」
……
「そう思ったら。」
「悲しくて。」
「悔しくて。」
目元には。
まだ。
涙が残っている。
「でも。」
「何かのせいにして。」
「できないって。」
「言いたくない。」
……
「今すぐなんて。」
「無理なのも。」
「わかってる。」
「でも。」
少女は。
濡れた目を逸らさない。
「後悔したくない。」
……
翡翠色の目。
涙が。
残ってる。
でも。
目を逸らさない。
……
きらきら。
してる。
何も。
できなかった。
……
だから。
泣いていた。
それなのに。
……
きらきら。
綺麗。
見ていると。
不思議な感じがする。
……
やっぱり。
ガゼルは。
すごい。
どうしたら。
ガゼルみたいに。
なれる?
……
施設には。
戻りたくない。
ガゼルと。
一緒にいたい。
……
でも。
どうしたらいいのか。
わからなかった。
わからないから。
できない。
……
でも。
ガゼルは。
違う。
わからない。
知らない。
できない。
……
それでも。
知ろうとしてる。
できるように。
なろうとしてる。
今すぐは。
無理でも。
……
諦めてない。
後悔。
私も。
したくない。
「ガゼル。」
……
「私。」
声が。
止まる。
「人間じゃない。」
少女の目が。
少し。
開く。
……
「でも。」
翡翠色の目を見る。
「ガゼルみたいに。」
「なりたい。」
……
少女は。
何も言わない。
返事を待つ。
それから。
笑った。
左手が。
伸びてくる。
……
頬に。
触れる。
あたたかい。
触れたところに。
意識が向く。
「おもちは。」
「人間だよ。」
「どうして?」
……
「あの男は。」
「そう作ったって。」
「言ってた。」
少女は。
頬に手を添えたまま。
首を横に振る。
「……おもちって。」
「いつも。」
「ひんやりしてるの。」
……
「知らないでしょ?」
知らない。
「私の手。」
「どう?」
頬に触れている。
手。
……
「あたたかい。」
「うん。」
少女の口元が。
ふっと緩む。
頬に触れる手は。
そのまま。
「前に。」
「好きって。」
「言ってくれたよね。」
……
言った。
あたたかい。
安心する。
……
好き。
「私もね。」
「おもちの手。」
「冷たいなって。」
「いつも思うの。」
「でも。」
……
頬に触れた指が。
動く。
「それが。」
「おもちなんだなって。」
少女は。
笑う。
「そういうことだよ。」
……
「意味が。」
「わからない。」
「ふふっ。」
「おもちは。」
「人間じゃないって。」
「思いたいの?」
……
思いたい?
違う。
「ガゼルと。」
「同じが……いい。」
少女は。
また。
笑う。
「なら。」
「それでいいんだよ。」
「おもちが。」
「そう思うなら。」
「そう。」
……
頬に。
あたたかい手。
「私も。」
「そう……思う。」
少女は笑う。
「うん。」
「それでいいの。」
「おもちは。」
「おもち。」
……
おもち。
私。
頬が。
あたたかい。
……
少女の手に。
頬を。
すり寄せる。
あたたかい。
……
よく。
わからない。
でも。
ガゼルが。
そう言うなら。
それで。
いい。
……
もう一度。
頬を。
すり寄せる。
「おもち。」
「くすぐったいよ。」
止まる。
……
少女の手は。
まだ。
頬に触れている。
あたたかい。
……
そうだ。
「ガゼル。」
「ん?」
「もし。」
「施設に。」
「戻ることになったら。」
……
少女の顔を見る。
「私。」
「あの男に。」
「魔法をぶつける?」
「え?」
「カミュは。」
「頭が。」
「なくなった。」
……
少女の顔から。
笑みが消える。
「なら。」
「あの男の頭も――」
「だめだよ。」
真っ直ぐ。
見られる。
……
「おもち。」
「それは。」
「だめ。」
「冗談でも。」
「言っちゃだめ。」
頬には。
まだ。
ガゼルの手。
……
「冗談じゃない。」
頬に触れた手へ。
目を向ける。
少女が。
目を瞬く。
「嘘でもない。」
「なら。」
……
少女の眉が。
きゅっと寄る。
「なおさら。」
「だめ。」
……
どうして。
だめなのだろう。
カミュは。
頭がなくなっても。
動いた。
……
でも。
そのあと。
どこかへ行った。
なら。
あの男も。
同じはず。
……
「どうして?」
首を傾ける。
「指示をしている人が。」
「いなくなれば。」
「私は。」
「戻らなくていい。」
……
少女は。
首を横に振る。
「だめ。」
「人って。」
「一人じゃないの。」
「みんな。」
「誰かと。」
「繋がってる。」
……
「その人がいたことも。」
「一緒にいた時間も。」
「いろんな気持ちが。」
「誰かの中に。」
「残ってる。」
少女の左手が。
胸元に触れる。
……
「でも。」
「亡くなっちゃったら。」
声が。
小さくなる。
「そこで。」
「終わりなの。」
……
終わり。
「だから。」
「私は。」
「おもちに。」
「奪ってほしくない。」
……
「そんなこと。」
「してほしくない。」
少女は。
一度。
目を伏せる。
「丘のときも。」
……
「カミュの。」
「頭が……。」
「その。」
「なくなったとき。」
「ほんとは。」
「少し。」
「怖かった。」
……
「私のせいで。」
「おもちに。」
「そんなことを。」
「させちゃった。」
「今は。」
「何も感じなくても。」
……
少女は。
言葉を切る。
その目が。
まっすぐ合う。
「いつか。」
「何か感じた時に。」
「おもちに。」
「苦しんでほしくない。」
わかる。
……
誰かと。
繋がっている。
その人が。
いなくなる。
終わる。
……
私にも。
ガゼルがいる。
ガゼルが。
いなくなったら。
……
嫌。
だから。
そこは。
わかる。
……
でも。
「じゃあ。」
少女の目が。
こちらへ向く。
さっきまで揺れていた視線が。
止まる。
「カミュを。」
「あのままにして。」
……
「ガゼルが。」
「殺されたら。」
「よかったの?」
少女の目が。
大きくなる。
「……違う。」
「でも。」
「同じ。」
……
「違うよ。」
「同じ。」
「それでも。」
「だめだった?」
少女の口が。
閉じる。
「それでも。」
「誰かが。」
「いなくなることを。」
「平気だって。」
「思ってほしくない。」
……
平気。
わからない。
カミュの頭が。
なくなったとき。
何も。
思わなかった。
……
今も。
よく。
わからない。
でも。
ガゼルは。
嫌なんだ。
……
「わかった。」
少女と。
目が合う。
「私からは。」
「そういうこと。」
「しない。」
……
「……ほんと?」
少女が。
顔を覗き込んでくる。
「うん。」
「ガゼルが。」
「嫌だから。」
……
少女の眉の間から。
力が抜ける。
唇が。
少しだけ緩んだ。
でも。
……
「でも。」
「ガゼルに。」
「何かあったら。」
「え?」
「そのときは。」
少女を見る。
「ガゼルの言うこと。」
「聞かない。」
……
「……おもち?」
「ガゼルが。」
「だめって言っても。」
「ガゼルが。」
「いなくなる方が。」
「嫌。」
……
少女は。
何も言わない。
「だから。」
「そのときは。」
「聞かない。」
「だめだよ!」
「聞かない。」
「おもち!」
「聞かない。」
……
少女の眉が。
寄る。
「もう……!」
困ってる。
……
でも。
これなら。
「じゃあ。」
少女へ。
顔を向ける。
「命令して。」
少女の唇が。
開きかけたまま止まる。
「……え?」
「ガゼルが。」
「命令したら。」
……
「私は。」
「従う。」
これなら。
問題ない。
「だめ。」
……
「どうして?」
「そんなの絶対に嫌。」
「でも。」
「命令なら。」
「私は聞く。」
「そういうことじゃないの!」
……
声が。
大きくなる。
「ガゼル?」
「私は!」
少女の左手が。
強く。
服を握る。
「おもちに言うことを聞かせたいんじゃない!」
……
「自分で。」
「そうしてほしいの!」
自分で。
「でも。」
「私は。」
「ガゼルがいなくなるのは。」
「嫌。」
「私だって!」
……
少女の声が。
震える。
「おもちが。」
「誰かの命を。」
「奪うの。」
「嫌なの!」
「同じ。」
「同じじゃない!」
「同じ。」
……
「おもち!」
「ガゼル。」
「じゃあ。」
「カミュを。」
「止めなかったら。」
「ガゼルが。」
「死んでもよかった?」
「よくない!」
「なら。」
「同じ。」
「違うの!」
……
少女は。
唇を噛む。
「……違うけど。」
「私。」
「まだ。」
「うまく言えない。」
……
「でも。」
「命令は。」
「しない。」
少女は。
唇を噛んだまま。
目を逸らさない。
「それだけは。」
「しない。」
……
命令は。
しない。
なら。
……
「じゃあ。」
「私が。」
「正しい。」
「……え?」
「ガゼルが。」
「危険なら。」
……
「私はそれを。」
「排除する。」
「……。」
「ガゼルが。」
「私でも。」
「そうする。」
「しない。」
「する。」
「しない!」
……
声が。
大きくなる。
「じゃあ。」
少女を見る。
「カミュが。」
「私を。」
「殺そうとしてる。」
……
「ガゼルは。」
「私が。」
「殺されるの。」
「見てるの?」
「見てない!」
少女が。
すぐに答える。
「止めるもん。」
……
止める。
「でも。」
「カミュは。」
「止まらない。」
少女の口が。
閉じる。
……
丘。
カミュは。
止まらなかった。
何度。
言っても。
……
私を。
攻撃した。
ガゼルにも。
「それなら。」
少女の左手が。
服を握る。
「私が。」
「おもちの代わりになる。」
……
代わり。
「無理。」
「どうして?」
「カミュ。」
「嘘つき。」
「ガゼルが。」
「代わっても。」
「止まらない。」
……
「そしたら。」
「ガゼルも。」
「殺される。」
「私も。」
「殺される。」
「二人とも。」
「死んで。」
「終わり。」
……
少女が。
唇を噛む。
そのまま。
言葉を待っている。
「それに。」
少女の手を見る。
服を握ってる。
「ガゼル。」
「弱い。」
……
少女の眉が寄る。
結ばれた唇が。
かすかに歪む。
「弱いから。」
「止められない。」
歯を。
食いしばっている。
……
「……弱くても。」
少女が。
顔を上げる。
「守るよ!」
「無理。」
「守る!」
……
「だから。」
少女は。
顔を上げたまま。
目を逸らさない。
「今は。」
「弱くても。」
「これから。」
「できることを。」
「増やす。」
……
「おもちを。」
「守れるようになる。」
「間に合わない。」
「それでも。」
「守る!」
「無理。」
「守る!!」
……
少女の声が。
部屋に響く。
「じゃあ。」
扉を見る。
「止めてみて。」
「……え?」
……
右手を。
上げる。
扉へ。
向ける。
向こうには。
姉と。
妹がいる。
……
知ってる。
掌に。
魔力を集める。
淡い光が。
指の間から。
溢れる。
「おもち?」
……
もっと。
空気が。
震える。
「おもち。」
「何してるの?」
……
「止めて。」
少女の顔から。
色が消える。
「やめて。」
やめない。
……
向こうには。
姉と。
妹。
このまま。
放てば。
……
死ぬ。
「おもち!」
少女が。
立ち上がる。
右肩を押さえる。
……
「っ……!」
顔が。
歪む。
それでも。
こちらへ来る。
……
「やめて!」
「止めるんでしょ?」
「止めるよ!」
「じゃあ。」
「止めて。」
さらに。
魔力を集める。
……
「おもち!!」
少女が。
飛びつく。
腕に。
身体が。
ぶつかる。
……
「……っ。」
右手が。
逸れる。
光が。
揺れる。
……
「ガゼル。」
離れない。
「危ない。」
「離さない!」
「ガゼル。」
「危ない。」
腕を引こうとする。
動かない。
「離さない!!」
……
右肩。
怪我してる。
このまま。
魔力を放ったら。
ガゼルにも。
当たる。
……
だめ。
指を。
折り曲げる。
掌を。
閉じる。
光が。
消える。
……
少女は。
まだ腕にしがみついている。
肩が。
息に合わせて上下する。
右肩のあたりで。
服の布が。
引きつれている。
……
「……止まった。」
「そういうことじゃない!」
顔を上げる。
目に。
涙が。
溜まっている。
「本当に。」
「撃つつもりだったの……!?」
「うん。」
……
「セレスと。」
「エステラが。」
「いるんだよ?」
「知ってる。」
少女の腕に。
力が入る。
「知ってて。」
「撃とうとしたの?」
「うん。」
「どうして!」
……
「ガゼルが。」
「いなくなるより。」
「いい。」
「よくない!」
「いい。」
「よくない!」
「二人だって。」
「生きてるんだよ。」
「知ってる。」
「二人にも。」
「大切な人がいるの。」
「知ってる。」
……
「だったら。」
「どうして……!」
「ガゼルじゃない。」
翡翠色の瞳が。
大きく開かれる。
少女の唇が。
わずかに離れた。
「私が。」
「なくしたくないのは。」
「ガゼル。」
「だからって!」
少女が。
腕から離れる。
……
右肩を。
押さえる。
痛そう。
「だからって。」
「誰かの命を。」
「奪っていいことには。」
「ならないよ!」
……
「でも。」
「ガゼルが。」
「死ぬなら。」
「する。」
「だめ!」
「する。」
「だめだってば!」
……
「私は。」
「誰にも。」
「傷ついてほしくないの!」
誰にも。
「無理だったら?」
「それでも。」
「方法を探す。」
「見つからなかったら?」
……
少女の口が開く。
けれど。
言葉が出ない。
唇を結んでから。
「見つけるの!」
……
「答えに。」
「なってない。」
「なるの!」
「ならない。」
「なる!」
「おもちの。」
「わからずや!」
……
わからずや。
「どういう意味?」
「……え?」
「わからずや。」
「どういう意味?」
少女が。
目を瞬く。
……
「おもちが!」
「私の言ってることを。」
「わかってくれないって意味だよ!」
私が。
ガゼルの言ってることを。
わかってくれない。
……
「じゃあ。」
「ガゼルも。」
「私はわからずやじゃない!」
「わからずや。」
「もうっ!!」
少女が。
頬を膨らませる。
……
話が。
進まない。
「もういい。」
「よくない!」
扉を見る。
……
「私の力なら。」
「すぐ終わる。」
「あの男が。」
「いなくなれば。」
「命令も。」
「されない。」
……
「施設にも。」
「戻らなくていい。」
「だから。」
「終わらせる。」
扉へ。
歩く。
「待って。」
……
少女が。
また。
前へ出る。
扉を。
背にする。
「行かせない。」
……
「退いて。」
「退かない。」
「ガゼル。」
「退いて。」
「嫌。」
「話しても。」
「同じ。」
……
「同じじゃない。」
「同じ。」
扉の取手へ。
手を伸ばす。
少女が。
身体を寄せる。
……
届かない。
反対から。
手を伸ばす。
また。
塞がれる。
……
「ガゼル。」
「退いて。」
「退かない!」
右肩。
痛いはず。
……
でも。
退かない。
「行く。」
「行かせない。」
「行く。」
「だめ!」
……
扉の取手へ。
指を伸ばす。
あと。
少し。
ぱしっ。
……
頬に。
衝撃。
顔が。
横を向く。
……
手が。
止まる。
痛い。
……
頬に。
触れる。
熱い。
少女を見る。
……
左手を。
胸元へ。
引いている。
その手も。
震えてる。
目から。
涙が。
落ちる。
……
「……痛い?」
「うん。」
「痛いよね。」
……
また。
涙が落ちる。
「私だって。」
少女の左手が。
胸元の服を握りしめる。
指先に引かれて。
布がくしゃりと縮む。
「……痛いよ。」
……
「おもちを。」
「叩きたくなんて。」
「なかった。」
「でも。」
涙を。
拭わない。
……
「誰かを傷つけるって。」
「こういうことなの。」
「傷つけられた人が。」
「痛いだけじゃない。」
……
「その人を。」
「大切に思ってる人も。」
「痛いの。」
「傷つけた人だって。」
声が。
震える。
「痛いことも。」
「あるの。」
……
頬。
痛い。
口を動かす。
頬の内側まで。
痛い。
ガゼルも。
泣いてる。
……
私を。
叩いたのは。
ガゼル。
でも。
ガゼルも。
痛い。
……
なんとなく。
言ってることは。
わかる。
誰かが。
痛い。
……
その人と。
繋がっている人も。
痛い。
傷つけた人も。
痛い。
……
たぶん。
そういうこと。
でも。
……
ガゼルが。
いなくなる。
それとは。
違う。
……
そこだけは。
譲れない。
「でも。」
少女を見る。
「ガゼルが。」
「死ぬなら。」
……
「私は。」
「する。」
少女の眉が。
寄る。
「だめ。」
「する。」
「だめ!」
「する。」
……
「どうして。」
「わかってくれないの!」
「わかってる。」
「わかってない!」
……
「痛い。」
頬に。
触れる。
まだ。
熱い。
……
「ガゼルも。」
「痛い。」
少女の目から。
また。
涙が落ちる。
……
「それも。」
「わかった。」
「じゃあ。」
「なんで……!」
「それでも。」
……
「ガゼルが。」
「いなくなる方が。」
「嫌だから。」
「だからって!」
少女の声が。
大きくなる。
「そうだよ……。」
「おもちは」
……
「何も。」
「失ったことがないから。」
「わからないだけなの!」
声が。
部屋に響く。
……
少女の目が。
大きくなる。
口が。
開く。
……
でも。
何も。
言わない。
何も。
失ったことがない。
……
そう。
私。
失ったこと。
ない。
……
どうして。
失うものが。
なかったから。
……
そうなんだ。
私。
最初から。
何も。
持ってなかった。
施設。
……
白い部屋。
研究員。
あの男。
あった。
……
でも。
私のものじゃない。
私が。
いなくなって。
悲しむもの。
……
私が。
いなくなって。
悲しいもの。
……
わからない。
何も。
浮かばない。
胸の奥が。
重い。
息を吸う。
いつもより。
入りにくい。
……
さっきまでとは。
違う。
痛くない。
苦しくも。
ない。
……
でも。
嫌。
空っぽ。
……
私。
空っぽだった。
「おもち……。」
少女の声。
顔を上げる。
……
少女が。
泣いてる。
「……ごめん。」
少女の左手が。
胸の前で止まる。
……
小さい。
声。
今は。
……
違う。
ガゼルがいる。
目の前に。
いる。
怒ってる。
……
泣いてる。
私には。
ガゼルがいる。
何も。
なかった。
……
でも。
今は。
ある。
ガゼル。
……
なくしたくない。
絶対に。
「だから。」
……
「ガゼルが。」
「死ぬくらいなら。」
少女を見る。
目が。
滲んでる。
……
え。
頬に。
何かが。
落ちる。
……
「私は。」
声が。
うまく。
出ない。
「ガゼルの言うこと。」
「聞かない……!」
……
少女の目が。
大きくなる。
開きかけた唇から。
声がこぼれる。
「おもち……。」
「聞かない……。」
鼻の奥が。
痛い。
……
息を。
吸う。
うまく。
吸えない。
……
「だめ……。」
「聞かない。」
「おもち。」
「嫌……。」
声が。
震える。
……
「ガゼルが。」
「嫌って言ったから。」
「私からは。」
「しない。」
……
「でも……。」
息が。
引っかかる。
「ガゼルが。」
「いなくなるなら。」
……
「する……。」
「絶対に。」
「する……!」
少女と。
目が合う。
涙で濡れた目の縁が。
赤い。
それでも。
逸れない。
「だったら……。」
……
少女が。
鼻を啜る。
「私だって。」
「ただじゃ済まないから……!」
……
「……?」
「私のせいで。」
「するんでしょ……?」
「……うん。」
「だったら。」
「私にも。」
「責任がある……。」
……
少女が。
胸を張る。
でも。
唇が。
震えてる。
涙が。
また。
落ちる。
……
「だから……。」
「おもちが。」
「私のために。」
「誰かの命を。」
「奪うなら……。」
……
一度。
息を吸う。
「私も……。」
「責任をもって。」
「死にます……!!」
……
嫌。
「だめ……。」
喉が。
詰まる。
「絶対に。」
「だめ……!」
……
声が。
ひっくり返った。
少女が。
目を丸くする。
……
でも。
嫌。
絶対。
嫌。
……
「じゃあ……!」
少女も。
声を詰まらせる。
「殺さないでよ……!」
……
「……。」
殺さない。
ガゼル。
生きる。
……
でも。
誰かが。
ガゼルを。
殺そうとする。
……
殺さない。
ガゼルが。
死ぬ。
……
嫌。
殺す。
ガゼルも。
死ぬ。
……
どっちも。
嫌。
どっちも。
だめ。
……
どうしたら。
いいの。
わからない。
……
「……ずるい。」
声が。
震えた。
「ずるくて……いいよ……!」
……
少女が。
涙を拭う。
でも。
また。
落ちる。
「よくない……。」
「いいの……!」
「よくない。」
「いい……!」
……
どうして。
わかってくれない。
ガゼルが。
死んだら。
意味がない。
……
なのに。
胸の奥が。
もやもやする。
悲しい。
……
嫌。
それだけじゃない。
どうして。
……
全部。
一緒。
「ガゼル……。」
鼻を。
啜る。
……
「わからずや……。」
少女の口が。
止まる。
「……それ。」
……
少女も。
鼻を啜る。
「私が……。」
「教えた言葉……。」
「うん……。」
「おもちの……。」
「わからずや……!」
「ガゼルも……。」
鼻を啜る。
「私は……。」
「わからずやじゃないもん……!」
「わからずや……。」
「もう……っ!!」
……
少女が。
頬を膨らませる。
涙。
まだ。
ついてる。
頬も。
濡れてる。
……
ガゼルは。
怒ってる。
悲しい。
嫌。
……
でも。
それだけじゃない。
私も。
怒ってる。
頬も。
まだ。
痛い。
……
少女は。
扉の前にいる。
退かない。
扉の前で。
向かい合う。
……
退かない。
「……ガゼル。」
「なに……。」
怒ってる。
……
泣いてる。
「右肩。」
包帯のある方へ。
目を向ける。
「……。」
「痛い?」
「……痛い。」
……
やっぱり。
「休んだ方がいい。」
「おもちが……。」
少女が。
鼻を啜る。
「どこにも。」
「行かないなら……。」
……
「行かない。」
少女と。
目が合う。
まだ濡れた瞳が。
答えを待っている。
「ほんと……?」
「うん。」
……
「あの人のところ。」
「今は。」
「行かない。」
「今はって……。」
少女の眉が。
また寄る。
口元が。
きゅっと結ばれる。
……
「もう。」
「今日は。」
「行かない。」
「……ほんとに?」
「うん。」
……
少女の目が。
まだ離れない。
それから。
扉に預けていた背中が。
離れる。
……
一歩。
顔が。
歪む。
「ガゼル。」
「平気……。」
……
平気じゃない。
少女が。
寝台へ向かう。
隣に並んで。
歩く。
……
一歩。
また。
一歩。
少女の歩幅が。
小さい。
触ろうとして。
手を伸ばしかける。
……
右肩。
痛い。
手を。
戻す。
代わりに。
少女の歩幅に。
合わせる。
……
寝台まで。
一緒に。
歩く。
少女が。
腰を下ろす。
……
息を。
吐く。
その隣へ。
腰を下ろす。
膝が。
少女の方へ向く。
まだ。
泣いてる。
……
まだ。
怒ってる。
私も。
まだ。
怒ってる。
少女を見る。
……
左手。
自分の左手を。
出す。
少女が。
見る。
……
差し出した手。
それから。
目が合う。
「……。」
少女の左手が。
重なる。
……
あたたかい。
「……おもち。」
「なに。」
少女は。
繋いだ手を見る。
……
鼻を。
啜る。
「さっき。」
「叩いて……。」
声が。
また。
震える。
「ごめんね……。」
……
頬。
まだ。
少し痛い。
「嫌。」
繋いだ手に。
力が入る。
少女と。
目が合う。
繋いだ手は。
そのまま。
「どうして……?」
「怒ってるから。」
「なんでおもちも怒ってるの……!」
……
「ガゼル。」
「わからずや。」
「もう言わないで……!」
少女が。
また。
怒った。
……
でも。
手は。
離れない。
私も。
離さない。
◇
夕方。
食事が終わった。
……
少女は。
まだ怒ってる。
膝の上で。
指をぎゅっと重ねている。
私も。
まだ怒ってる。
妹が。
食器を重ねる手を止める。
目が合った。
「それで、お二人とも。」
「いつまでそうされているおつもりですか?」
……
少女が。
顔を逸らす。
膝の上で。
左手を握っている。
「それに。」
妹と。
目が合う。
「おもち様までお怒りになるなんて。」
「いったい、何があったんですか?」
……
「ガゼルが。」
「わからずや。」
「いつまで言うの!?」
少女が。
こちらを向く。
膝の上で握った手に。
力がこもる。
「わからずやじゃないもん!」
「ガゼルが。」
「わからずやじゃなくなるまで。」
「だから、わからずやじゃないの!」
……
妹が。
食器を持ったまま。
姉を見る。
「姉さんも。」
「なんとか言ってください。」
姉は。
食器を片付ける手を止めない。
目元だけが。
こちらへ向く。
「ふふ。」
「可愛いじゃないですか。」
「姉さん……。」
「喧嘩をされるほど、仲良くなられたことが私は嬉しいですよ。」
……
少女の頬が。
みるみる赤くなる。
「仲良くないよ!」
仲良くない。
少女を見る。
「……仲良くないの?」
「今は、ね!」
……
少女の唇が。
尖っている。
今は。
「じゃあ。」
「今は。」
「仲良くない。」
「いちいち言わないで!」
「ガゼルが。」
「先に言った。」
「言ったけど!」
「じゃあ。」
「合ってる。」
「合ってない!」
「合ってる。」
「もう!」
……
少女が。
身を乗り出す。
「誰かを傷つける前に。」
「ほかの方法を考えてよ!」
「それなら仲直りしてもいいよ?」
「状況による。」
「おもち!」
少女が。
膝の上の手を開く。
握りしめていた指の跡が。
掌に残っている。
「でも。」
少女を見る。
「ほかに方法がなかったら?」
「あるよ!逆におもちはどうしてそればっかりなの?」
「最後はそれしかない。」
「ほかに方法があるかは。」
「まだ決められない。」
「もう……!」
……
少女が。
頬を膨らませる。
膝の上の指が。
また握られる。
「どうして、わかってくれないの!」
「わかってる。」
「わかってない!」
少女が。
指をさしかける。
途中で止まって。
左手が膝へ戻った。
「わかってる。」
「わかってない!!」
……
少女の頬が。
さらに膨らむ。
「ガゼル。」
「なによ!」
「すぐ怒る。」
「誰のせいだと思ってるの!」
「すぐ泣く。」
「なっ……!」
……
少女の頬が。
また赤くなる。
言い返す声が。
さっきより大きい。
「おもちだって、さっき泣いてたじゃない!」
「ガゼルが。」
「泣かせた。」
「えっ!?」
……
少女の口が。
開いたまま止まる。
「だ、だから!」
「さっき謝ったもん!」
「まだ怒ってる。」
「おもちだって!」
「怒ってる。」
「そうじゃなくて!」
……
「もう!」
少女が。
こちらを睨む。
「そういうところ!」
「おもちの頑固!」
頑固。
……
知らない。
でも。
言い方。
また。
嫌な言葉な気がする。
もや。
……
妹を見る。
「エステラ。」
「はい?」
「頑固って。」
首を傾ける。
「なに?」
「えっ。」
妹の手が。
止まる。
……
少女が。
勢いよく妹を見る。
「教えなくていいから!」
「なんで。」
「使うでしょ!」
「うん。」
「ほら!!」
……
妹が。
困った顔で姉を見る。
「姉さん……。」
姉は。
食器を重ねながら笑っている。
「ふふ。」
「本当に、仲良しですね。」
「仲良くない!」
……
「今は。」
少女が。
こちらへ顔を向ける。
口が。
ぽかんと開く。
「そこは覚えてるの!?」
「ガゼルが。」
「言った。」
「もうっ!!」
……
姉が。
また笑った。
妹が。
食器を台車に載せていく。
かちゃ。
「まったく……。」
妹は。
小さく息を吐いた。
「では、私は食器を下げてまいります。」
「姉さん。あとはお願いしますね……。」
「ええ。」
……
妹が。
台車を押して部屋を出ていく。
扉が閉まった。
姉は。
まだ笑っている。
……
どうして。
「セレス。」
「はい。おもち様。」
「どうして。」
「笑っているの?」
姉と。
目が合う。
「私達。」
「喧嘩してる。」
「ええ。」
「なのに。」
「笑ってる?」
……
姉は。
微笑んだ。
「お二人の成長が私は嬉しいのです。」
「成長、嬉しい……?」
「ええ。」
「それだけ譲れないものがお二人にはあるのでしょう?」
「意見が違うからこそ、こうしてお互いの気持ちを知ることができるのです。」
「それに。」
「誰かと喧嘩ができるというのは、幸せなものですよ。」
……
幸せ。
わからない。
少女の横顔を見る。
「ガゼル。」
「なに。」
「ガゼルは。」
「幸せ?」
少女は顔を背ける。
「……知らない。」
……
少女の横顔。
こっちを見ない。
知らない。
聞いただけ。
もや。
……
「姫様。」
姉の声に。
少女が振り向く。
「……なに?」
「おもち様は、姫様にお尋ねになっただけですよ。」
少女が。
口を結ぶ。
「怒っていらっしゃるのはわかりますが、もう少し優しくお返事なさってくださいね。」
……
「……はい。」
少女の視線が。
戻ってくる。
「……わかってるけど。」
「今は怒ってるから。」
「……言わない。」
言わない。
……
どうして。
姉と。
目が合う。
「おもち様。」
「少なくとも、姫様はおもち様のことが好きということですよ。」
……
好き。
少女の耳まで。
赤くなる。
口を開いたまま。
言葉が出てこない。
「セレス……!!」
「ふふ。」
「変なこと言わないで!!」
……
姉は。
楽しそうに笑っている。
ガゼルは。
私が好き。
私も同じ。
……
でも。
まだ怒ってる。
わからない。
◇
こんこん。
扉が叩かれる。
「失礼いたします。」
……
妹の声。
扉が開く。
妹が。
部屋に入ってくる。
「姫様。」
妹が。
姿勢を正す。
「おもち様。」
……
私も?
「お二人に、ご報告がございます。」
さっきと。
声が違う。
少女が。
妹を見る。
「……なにかあったの?」
「はい。」
……
妹は。
一度、姉に視線を向ける。
姉も。
笑うのをやめていた。
「先ほど、食器を下げに参りました際に、伝言を預かりました。」
伝言。
……
「お二人に直接お伝えするよう、申しつかっております。」
少女が。
背筋を伸ばす。
「……うん。」
「聞かせて。」
妹が。
一礼した。
「明日の午前、王城におきまして。」
「おもち様の身柄の帰属ならびに今後の処遇について、正式な協議が執り行われることとなりました。」
……
「なお、当初は姫様ならびにおもち様、お二人にご臨席いただく予定でございましたが。」
「現在のお身体の状態を鑑み、いずれもご出席を見合わせていただくこととなりました。」
「ただし、本件につきましては。」
「おもち様ご本人の意思確認が必要となる可能性が高く、その際には改めて、ご自身のご意向を表明していただくことになります。」
意向。
……
「意向って何?」
「おもち様がどうしたいか。その思いを伝えることです。」
妹が答える。
私が。
どうしたいか。
「……おもち。」
少女が。
顔を上げる。
翡翠色の瞳が。
まっすぐ合う。
「これはチャンスだよ……そう!」
「ちゃんとした場で聞いてもらえる機会があるんだ。」
……
「いいこと?」
「うん!」
「だから、おもちが何を言うといいのか考えないと。」
考える。
明日。
あの男が来る。
私を。
連れていこうとする。
……
でも。
私は。
ここにいたい。
それを伝えても。
あの男は。
絶対に。
それを認めない。
……
なら。
「あの男の頭を。」
「だめっ!!」
少女の声を聞きながら。
立ち上がる。
……
「おもち!」
少女も。
立ち上がろうとする。
姉が。
少女の身体を支える。
「絶対また物騒なこと考えてるでしょ!」
「……まだ。」
「言いかけたでしょ!」
……
「うん。」
「ほら!!」
少女が。
目の前に立つ。
左手を広げて。
「もう! だから!」
「そういうことはしないでって言ってるでしょ!」
……
「でも。」
「でもじゃない!」
少女が。
見上げてくる。
「明日の話し合いで、おもちはもうあそこに戻らなくていいって、ちゃんと決まるかもしれないんだよ?」
「なのに、おもちがあの人に手を出したら……。」
「それも全部、だめになっちゃうかもしれない……。」
「それに。」
「お父様を信じてほしい。」
……
お父様。
王様。
「私には、難しいことはまだわからないけど。」
「お父様なら、きっと何とかしてくれる。」
少女の左手が。
手を掴む。
指が。
強く重なる。
……
「必ず、おもちを守ってくれるから。」
「だから。」
「信じて。」
王様。
あの男が。
私に命令したとき。
王様は。
あの男を止めた。
……
それから。
私に。
どうしたいか聞いた。
「……王様は。」
「うん。」
「私を。」
「連れていかない?」
……
少女の指に。
力がこもる。
「うん!」
「絶対に、連れていかせない!」
「……ガゼルも?」
「私も!絶対に!!」
……
「……なら。」
手を見る。
あたたかい。
……
「待つ。」
「……うん!」
少女の口が。
上がった。
……
でも。
「もし。」
「だめだったら。」
「おもち!」
また。
怒った。
……
「まだ何も言ってない。」
「言わなくてもわかるよ!」
「すぐにそういうこと考えないで!」
「……わかった。」
「本当に?」
「今は。」
「今はじゃなくてずっと!!」
……
姉が。
口元に手を当てた。
「ふふっ。」
また。
笑ってる。
「とにかく!」
少女が。
手を引いた。
「少しでもうまくいくように、作戦を考えよう!」
……
作戦。
「まず、おもちがどうしたいか。」
「ガゼルといたい。」
繋いだ手を。
握り直す。
「私も一緒!それは絶対に言わないと。」
「それから。」
少女が。
考える。
「どうして戻りたくないかも大事だと思う……。」
「……痛いの嫌。廃棄されたくない。」
「うん……辛い思いなんかしなくていい……。」
……
「それから……。」
少女が。
唇に指を当てる。
目が。
上を向く。
……
そのまま。
黙った。
「……ガゼル。」
「なに?」
「作戦。」
「……うん。」
「二つだけ。」
「今考えてるの……。」
少女が。
唇から指を離す。
……
「……そう。」
「おもちからは何かないかな。」
何か。
「……わからない。」
「そう……だよね。」
少女の肩が。
下がった。
……
少女が。
寝台に腰を下ろす。
隣に座る。
繋いでいた手が。
離れる。
膝の上に。
手を置く。
指を。
一本ずつ曲げる。
……
あの男を。
傷つけない。
それから。
ここにいる。
「……ガゼル。」
「なに?」
「私が。」
「意向を伝えて。」
「それでも。」
「あの男が連れていくって言ったら。」
「どうしたらいい?」
……
少女は。
自分の指先を見つめる。
少女の指が。
膝の上を。
行ったり来たりする。
「……どうしよう。」
……
わからない。
「……ガゼルも。」
「わからない?」
「……うん。」
少女が。
動かしていた指を止める。
膝の上で。
指先が重なったまま。
目が合う。
「おもちを連れていってほしくないのに……。」
「ここにいたいって伝えるだけで、本当にいいのかな……。」
曲げていた指を。
開く。
……
少女の手が。
その上に重なる。
「ごめんね……。」
「私が弱いから頼りにならなくて……。」
少女は俯く。
握る手の力が強くなる。
……
違う。
ガゼルが弱いのは。
力だけ。
それなら。
私の方が。
とても弱い。
……
繋いだ手を。
見下ろす。
「ガゼルは弱いけど強い。」
「私は強いけど弱い。」
さっき。
弱いって。
言った。
「その……嫌なこと、言って。」
少女の指に。
自分の指を重ねる。
「……ごめんなさい。」
……
少女は。
俯いたまま。
小さく首を横に振った。
「……平気だよ。」
「おもちの言ったこと、本当だもん。」
少女の視線が。
繋いだ手へ落ちる。
重なった指を。
ほどこうとはしない。
「今、一番必要なのに。」
「私には、その力がない……。」
……
握る手に。
力がこもる。
「……それがとても悔しい。」
握られた指が。
痛い。
でも。
離さない。
少女は顔を上げる。
「……あっ!」
「また私、くよくよしてた!」
……
少女の口元が。
きゅっと持ち上がる。
「もう!だめだめ!」
つられて。
顔を上げる。
目が合う。
翡翠色の目。
……
さっきまで。
俯いてたのに。
また。
まっすぐ。
……
きらきら。
「明日まで、まだ時間はあるんだから!」
「私たちにできることを、一緒に考えよう!」
一緒に。
「……うん。」
……
少女は。
繋いだ手を離さない。
翡翠色の目が。
重なった指へ落ちる。
唇が。
小さく結ばれた。
……
指先が。
あたたかい。
明日。
あの男が来る。
私を。
連れていこうとする。
……
でも。
私は。
ここにいたい。
王様は。
私に。
どうしたいか聞いた。
……
ガゼルは。
王様を信じてる。
なら。
……
私も。
待つ。
でも。
……
あの男が。
嫌だと言ったら。
そのとき。
どうしたらいい。
繋いだ手に。
目を落とす。
……
あたたかい。
離したくない。




