名残
◇
朝。
窓から差し込む光が、鏡の中へ落ちている。
少女は鏡の前に座っていた。
病衣。
右腕は、肩を動かさないように布で支えられている。
額にはまだ少し熱が残っていた。
「姫様。」
後ろから姉の声。
「本当に。」
「このままでよろしいのですか?」
少女は鏡を見る。
色の抜けた髪。
病衣。
固定された右腕。
「うん。」
「着替えたら。」
「また怒られちゃうから。」
姉の眉が僅かに上がる。
「当然です。」
「ふふ。」
少女は笑う。
「でも。」
「今日。」
「お父様が来るんでしょ?」
「はい。」
「だから。」
鏡の中の自分を見る。
「少しでも。」
「華やかにしてほしいな。」
姉は少女を見る。
「……承知いたしました。」
「無理のない範囲で。」
「うん。」
姉が櫛を手に取る。
その隣。
もう一つの椅子には。
隣の少女が座っている。
妹が長い髪へ櫛を通していた。
途中。
櫛が止まる。
「……。」
妹が一束を持ち上げる。
毛先。
途中から不自然に短い。
その隣も。
長さが違う。
「おもち様。」
「なに?」
「こちら。」
少女も鏡越しにそちらを見る。
白銀に。
淡い色が混じった髪。
長い髪の中に。
ところどころ。
短くなった場所がある。
……
昨日。
掴まれて。
引かれて。
千切れた髪。
「今は。」
「まとめてしまえば目立ちませんが。」
妹が髪を分けながら見る。
「もう少し落ち着きましたら。」
「一度。」
「綺麗に整えますか?」
隣の少女が妹を見る。
「整える?」
「はい。」
「長さを揃えて。」
「傷んだところも切ってしまいましょう。」
少女は隣を見る。
前髪が目の上へ落ちる。
指で払う。
しばらくすると。
また落ちる。
もう一度。
払う。
……
隣の少女がこちらを見る。
「ガゼル。」
「うん?」
「切った方がいい?」
「え。」
少女はその前髪を見る。
「うーん……。」
少し考える。
「前が見やすくなるし。」
「今より。」
「過ごしやすくなると思うよ。」
隣の少女が、また前髪を払う。
「じゃあ。」
「切る。」
「うん!」
少女は笑う。
「絶対かわいいと思う!」
「……そう。」
妹の口元が僅かに緩む。
「では。」
「体調が戻りましたら。」
「その時にいたしましょう。」
「うん。」
姉の櫛が少女の髪へ触れる。
ぴくり。
身体が強張った。
……
「姫様?」
「え?」
「いえ。」
姉の手が一度止まる。
「なんでもないよ。」
少女は鏡を見る。
姉がもう一度、髪を梳く。
櫛が通る。
髪が整えられていく。
……
大丈夫。
何もない。
……
姉が顔の横へ手を伸ばす。
肩が。
びくっ。
動いた。
姉の手が止まる。
少女も鏡の中の自分を見る。
「ごめん。」
「……姫様。」
「大丈夫。」
姉は何も言わない。
そのまま少女の顔を見る。
……
「姫様。」
「うん?」
「エステラと。」
「代わりましょうか?」
「え?」
少女は姉を見る。
「私より。」
「妹の方がよろしいのでしたら。」
「ち、違うの。」
思わず声が大きくなる。
「セレスじゃないの。」
姉の目が僅かに開く。
「その……。」
少女は姉を見る。
黒。
白。
見慣れた侍女服。
「服が……。」
……
言葉が止まる。
服。
たぶん。
それ。
でも。
さっき。
手が近づいた時も怖かった。
櫛が触れた時も。
身体が勝手に。
……
少女は自分の左手を見る。
指先が僅かに震えている。
「でも……。」
「なんで。」
「触られるのも。」
「怖いんだろう……。」
自分でも。
わからない。
妹も手を止めていた。
隣の少女だけが。
少女を見ている。
「カミュ。」
……
少女の指が止まる。
「……え?」
「カミュが。」
「原因。」
どくん。
胸が鳴る。
薄暗い部屋。
甘ったるい声。
笑っていた顔。
近づいてくる手。
……
ぬりゅ。
「っ……。」
喉の奥が一気に狭くなる。
「姫様?」
少女は口元を押さえた。
胃の中が持ち上がる。
「う……。」
「姫様!」
椅子の横へ姉が膝をつく。
けれど。
手は伸ばさない。
少女は何度か息を吸おうとする。
うまく入らない。
気持ち悪い。
喉まで。
何かが上がってくる。
「姫様。」
「大丈夫です。」
「こちらを。」
妹がすぐに器を持ってくる。
少女は口元を押さえたまま首を振る。
吐かなかった。
けれど。
しばらく。
顔を上げることもできなかった。
……
やがて。
息が戻ってくる。
姉が少女の前にいる。
何もせず。
待っている。
少女はその顔を見る。
「……セレス。」
「はい。」
「手。」
姉が一度、少女を見る。
それから。
左手を差し出す。
少女は握る。
……
大丈夫。
姉の手。
「……ごめん。」
「謝らないでください。」
少女は息を吐く。
その横で。
妹がぽつりと呟いた。
「……カミュ。」
姉が妹を見る。
「ええ。」
二人の顔から。
さっきまでの表情が消える。
少女はその顔を見る。
「わかるよね?」
「はい。」
姉が答える。
「王城に仕えていた侍女です。」
とても薄い金色の髪。
二十歳ほど。
物腰は柔らかく。
声は。
少し甘ったるい。
……
少女の胸が。
また僅かに鳴る。
あの声。
間違いない。
「ただ……。」
妹が眉を寄せる。
「そういえば。」
「ここしばらく。」
「姿を見ておりませんでした。」
「……。」
ある日。
仕事へ来なかった。
連絡もなかった。
侍女棟で同じ部屋を使っていた者も。
その日は。
夜になっても戻ってこなかったと言っていた。
朝礼でも。
その話が出た。
……
けれど。
王城で働く者が。
何も告げずいなくなることは。
時折あった。
家の事情。
借金。
誰かとの駆け落ち。
それまで。
何事もなく働いていた者が。
ある朝。
突然姿を消す。
珍しいことではない。
「ですから。」
姉が少女を見る。
「今回も。」
「そのような事情なのだと。」
「思っておりました。」
少女は姉の手を握ったまま。
何も言えなかった。
……
しばらくして。
姉が息を吐く。
「この続きは。」
少女が顔を上げる。
「陛下がお越しになってからにいたしましょう。」
「……うん。」
姉が立ち上がる。
鏡の中の少女を見る。
少女は自分の姿を見る。
病衣。
固定された右肩。
乱れた。
色の抜けた髪。
姉の口元が僅かに上がった。
「もうすぐ。」
「陛下がお越しになりますので。」
袖を捲る。
「こちらを先に片付けてしまいましょう。」
「エステラ。」
「はい。」
妹がすぐに棚へ向かう。
衣装箱。
小さな化粧箱。
必要なものが。
次々と。
鏡台の周りへ並べられていく。
少女は鏡の中の自分を見る。
病衣。
固定された右肩。
色の抜けた髪。
……
これなら。
少しは。
元気に見えるかもしれない。
お父様も。
心配しなくてすむかも。
櫛が髪へ入る。
今度は。
手が近づく前に。
姉が少女を見る。
「触れますよ。」
少女は一度。
姉の手を見る。
「……うん。」
櫛が髪を梳いていく。
絡んでいた毛先がほどけていく。
何度か。
櫛が通る。
色の抜けた髪。
以前の赤は。
まだ戻っていない。
けれど。
光を受けると。
白に近い髪の中へ。
ほんの僅かに。
淡い赤が残っていた。
姉の指が髪を分ける。
右肩へ触れないように。
顔の横へ。
柔らかく流す。
妹が小さな箱を開いた。
白い髪飾り。
白い花。
縁には。
細い金の装飾。
姉が受け取る。
少女の髪へ合わせる。
少し離す。
もう一度。
位置を変える。
留める。
少女は鏡を見る。
白い髪。
白い花。
細い金。
「うん。」
少し笑う。
「綺麗。」
姉はそのまま妹へ手を出す。
畳んであった布が渡される。
白いショール。
縁には。
細い金糸。
蔓のような模様。
「腕を動かさないでくださいね。」
「うん。」
姉と妹が。
左右から布を広げる。
背中へ回す。
左肩から。
胸元へ。
少女は鏡を見る。
病衣。
固定された右肩。
その上に。
白いショール。
妹が小さな箱を開く。
乳白色の石。
金の縁。
姉が受け取る。
かちり。
胸元へ留めた。
白。
金。
白。
少女は鏡の中の自分を見る。
……
その横で。
妹が化粧箱を開く。
姉が少女の顔を見る。
「いつもより。」
「少し明るくいたしますね。」
「うん。」
少女は頷く。
「お願い。」
柔らかな布が。
頬へ触れる。
薄く。
色が乗る。
唇にも。
淡い色。
……
隣の少女が姉の手元を見る。
「それ。」
姉が顔を上げる。
「はい?」
「いつも。」
「塗ってる。」
少女も鏡越しに隣を見る。
「お化粧?」
隣の少女が頷く。
「どうして?」
「え。」
少女は考える。
「綺麗にするため……?」
「顔色を整えたり。」
姉が続ける。
「装いに合わせて。」
「お顔を華やかに見せるためのものですね。」
隣の少女が。
姉の手にあるものを見る。
「魔道具?」
「効果は?」
姉が一度、瞬きをする。
「魔法的な効果はございませんよ。」
「装うためのものですので。」
「……そう。」
妹が隣の少女を見る。
「おもち様も。」
「なさいますか?」
「いらない。」
妹が僅かに笑う。
少女も口元を緩める。
「おもちらしいね。」
隣の少女は何も答えなかった。
……
姉が少女の顔を見る。
右。
左。
「……。」
「なに?」
「いえ。」
髪へ触れる。
「これで。」
姉が手を離した。
少女は鏡を見る。
病衣。
右肩の固定。
色の抜けた髪。
白い髪飾り。
ショール。
胸元の石。
頬と唇に。
ほんの少し。
色。
「……お父様。」
「心配しないかな。」
姉が鏡越しに少女を見る。
「それは。」
「難しいかと。」
「そうだよね……。」
「ですが。」
姉の口元が僅かに緩む。
「少なくとも。」
「先ほどよりは。」
「安心なさると思います。」
少女はもう一度、鏡を見る。
鏡の中。
姉と妹がいる。
少女は。
鏡越しに笑った。
「ありがとう。」
……
その横。
「では。」
妹が隣の少女を見る。
「おもち様も。」
「こちらを整えましょう。」
「うん。」
淡い水色。
薄い羽織り。
隣の少女の肩へ掛けられる。
長い髪も。
傷んだ場所を避けながら。
後ろへまとめられていく。
白銀に。
淡い色の混じった髪。
細い水色の紐。
小さな。
透き通る水色の石。
前髪が。
また目の前へ落ちる。
隣の少女が指で払う。
妹がその様子を見る。
「やはり。」
「こちらは。」
「後ほど切りましょうね。」
「うん。」
少女は隣を見る。
白銀の中に。
淡い色。
水色。
白。
……
「おもち。」
隣の少女がこちらを見る。
少女は笑う。
「かわいい。」
「……そうなんだ。」
やっぱり。
反応は薄い。
少女はくすっと笑う。
姉と妹が一歩後ろへ下がる。
妹が満足そうに頷く。
姉も鏡の中の二人を見る。
「これなら。」
「陛下をお迎えしても。」
「問題ありませんね。」
少女は胸元の白い石へ触れようとして。
右肩が動きそうになり。
やめる。
代わりに。
鏡へ向かって。
少しだけ背筋を伸ばした。
こん
こん
姉と妹が同時にそちらを見る。
「はい。」
姉が答える。
扉の向こうから声。
「陛下がお越しです。」
……
少女の肩が僅かに強張る。
鏡の中。
自分を見る。
色の抜けた髪。
白い髪飾り。
ショール。
胸元の石。
……
大丈夫。
少女は息を吸う。
「うん。」
姉が扉へ向かう。
妹も。
隣の少女のそばから一歩下がった。
姉の手が取っ手へ触れる。
「お入りください。」
扉が開く。
……
父が部屋へ入る。
最初に少女を見る。
それから。
隣の少女。
寝台。
鏡台。
薬。
視線が。
部屋の中を巡る。
……
何を考えているのか。
表情からはわからない。
「陛下。」
姉と妹が揃って頭を下げる。
隣の少女も二人を見る。
それから。
小さく頭を下げた。
少女は椅子の肘掛けへ左手をつく。
「お父様。」
立たないと。
身体を起こそうとする。
「そのままで構わない。」
少女の動きが止まる。
「……はい。」
いつもの低い声。
でも。
少しだけ。
優しい気がした。
少女は椅子へ座り直す。
父がこちらを見ている。
……
膝の上。
左手の指を揃える。
「お父様。」
「うむ。」
「今回のこと。」
……
少女は息を吸う。
「私が。」
「勝手な行動をして。」
「皆に。」
「たくさん。」
「迷惑をかけました。」
頭を下げる。
「申し訳。」
「ありませんでした。」
……
返事がない。
少女はそのまま待つ。
「姫よ。」
「はい。」
「お前は。」
……
「後悔しているのか?」
少女が顔を上げる。
「……え?」
……
後悔。
何を聞かれているのか。
わからない。
勝手に城を出たこと。
みんなを心配させたこと。
危険な目に遭ったこと。
……
少女は隣を見る。
「私……。」
言葉が出てこない。
父は急かさない。
ただ。
少女を見ている。
……
やがて。
足音。
父がこちらへ歩いてくる。
少女は顔を上げる。
「勇は。」
……
「過ぎれば己を喰う。」
少女は父を見る。
「献身は。」
「己を失えば。」
「美徳ではない。」
……
父の視線が。
少女の髪へ落ちる。
色の抜けた。
白に近い髪。
大きな手が伸びる。
一房。
指先が。
さらりと髪を掬った。
少女は動かない。
「英雄という名は。」
「往々にして。」
指の間から。
髪が落ちる。
「帰らなかった者へ。」
「贈られる。」
……
少女は何も言えない。
意味も。
全部はわからない。
ただ。
父の声だけが。
胸の中へ残る。
……
大きな手が。
もう一度持ち上がる。
ぽん。
頭の上。
「よく。」
「生きて帰ってきた。」
……
少女の目が大きくなる。
「……っ。」
視界が滲む。
瞬きをする。
一度。
もう一度。
それでも。
消えない。
頬を。
涙が伝った。
「お父……さま……。」
止めようとする。
けれど。
次から次へ。
溢れてくる。
……
頭の上。
大きな手。
父は何も言わない。
少女は左手で目元を拭う。
それでも。
涙は止まらなかった。
……
しばらくして。
頭の上から手が離れる。
父の視線が隣へ移る。
隣の少女が見上げる。
「おもち。」
「うん。」
「何があった。」
……
「説明できるか?」
隣の少女は父を見る。
「できる。」
「話しなさい。」
「うん。」
隣の少女は視線を落とす。
「丘で。」
「カミュが来た。」
父の視線が僅かに動く。
姉が一歩だけ前へ出た。
「王城に仕えていた侍女です。」
「二十歳ほどで、淡い金色の髪をした者です。」
「ここしばらく無断で姿を消しており。」
「同室の者からも。」
「戻ってこないと報告が上がっておりました。」
父が姉を見る。
「いつからだ。」
「おもち様が王城を出られた、その日の夜には。」
「戻っていなかったとのことです。」
「翌朝の朝礼でも。」
「その話が出ておりました。」
姉は一度。
言葉を区切る。
「ただ。」
「事情を告げず姿を消す使用人が。」
「全くいないわけではございませんので。」
「その時は。」
「特別な事件とは考えておりませんでした。」
父の視線が。
隣の少女へ戻る。
「続けなさい。」
「うん。」
「私を。」
「探してた。」
「なぜだ。」
「わからない。」
隣の少女が父を見る。
「私を。」
「O-M-1って呼んだ。」
父の目が僅かに細くなる。
「その呼び名を知っていたのか。」
「うん。」
O-M-1。
施設で使われていた。
おもちの呼び方。
王城では。
ましてや。
侍女が知っているわけがない。
「理由は?」
「聞いた。」
「でも。」
「教えなかった。」
隣の少女は少し考える。
「それから。」
「昼の。」
「馬。」
少女は顔を上げる。
「馬……?」
「暴れたの。」
「カミュがやったって。」
……
あの日。
馬車の前で暴れた馬。
騎士の腕が離れた。
その隙に。
おもちが王都の中へ消えていった。
……
あれも。
偶然じゃなかった。
「私を。」
「見てた。」
隣の少女が。
自分の右腕へ視線を落とす。
「そのあと。」
「襲われた。」
……
傷ついていた右腕。
動かなくされた左手。
そして。
血を。
飲まれたこと。
姉も妹も。
何も言わない。
「そのあと。」
隣の少女が首を傾げる。
「覚えてない。」
「気づいたら。」
「ガゼルがいた。」
淡い紫の瞳が。
少女へ向く。
少女は唇を結んだ。
そこから先なら。
知っている。
草の上に倒れていた。
おもち。
服も。
地面も。
血で濡れていた。
そのすぐそばで。
カミュが笑っていた。
「私が。」
少女は膝の上で左手を握る。
「おもちを見つけました。」
父がこちらを見る。
「倒れていて。」
「ひどい怪我をしていて……。」
息を吸う。
「カミュも。」
「そこにいました。」
……
最初は。
わからなかった。
血だらけの姿を見て。
カミュも。
怪我をしていると思った。
痛いところがあるのかと。
心配した。
「でも。」
少女の指に力が入る。
「違いました。」
あの血は。
カミュのものじゃない。
「おもちを。」
「治せと言われました。」
「治らなくても。」
「構わないとも。」
……
全部。
吸ってしまえば終わるから。
便利だから。
治るなら。
その方がいい。
……
あの声。
少女の左手が。
膝から離れる。
すぐそば。
父の服。
気づけば。
その端を掴んでいた。
ぎゅっ。
父の視線が。
一度。
その手へ落ちる。
「だから。」
「私。」
少女は息を吸う。
「星癒魔法を使いました。」
おもちの手を握った。
自分が。
どうなってもいいと思った。
全部。
渡しても。
生きてほしいと。
「ガゼル。」
少女は顔を上げる。
隣の少女がこちらを見ている。
首を。
小さく振った。
「……おもち。」
隣の少女は。
父へ向き直る。
「少しして。」
「意識が戻った。」
少女は視線を落とす。
左手はまだ。
父の服を掴んでいる。
父の目が。
少女の髪へ向く。
色の抜けた髪。
「声がした。」
隣の少女が続ける。
「カミュが。」
「ガゼルを襲ってた。」
少女の指先へ。
また力が入る。
「危険だと思った。」
「だから。」
「魔法で頭を。」
「飛ばした。」
姉の目が。
僅かに見開かれる。
妹も。
息を止めた。
「その後も。」
「動いてた。」
「頭が。」
「なくても。」
「ガゼルを掴んでた。」
少女の左手が。
父の服をさらに強く握る。
首筋。
あの。
生ぬるい感触。
「……っ。」
息を吐く。
「身体の中から。」
隣の少女が続ける。
「黒いのが出た。」
「たくさん。」
「それで。」
「地面を歩いてた。」
「だから。」
「もう一回撃った。」
「脚が。」
「なくなった。」
それでも。
止まらなかった。
頭も。
片脚も。
ないまま。
動いていた。
「……。」
隣の少女の眉が僅かに寄る。
「……首の中に。」
「丸いのがあった。」
「動いてた。」
少し考える。
「どく。」
「どくって。」
自分の胸元へ。
手を置く。
一度。
指先で押す。
「こんな感じ。」
言葉が止まる。
「……星。」
父が隣の少女を見る。
「星みたいだと。」
「思った。」
「どうしてそう思う?」
「……わからない。」
「でも。」
「星。」
……
そのあと。
黒いものが。
頭のない身体を運んでいった。
「目がない。」
「でも。」
「目が合った。」
「その後。」
「消えた。」
「どこに行ったかは。」
「わからない。」
隣の少女は。
口を閉じる。
……
「あと。」
父が見る。
「殺そうと思えば。」
「殺せた。」
父の目が僅かに細くなる。
「でも。」
「しなかった。」
「……食べ物。」
少女が顔を上げる。
「食べ物……?」
「そう。」
隣の少女は。
少女を見る。
「私を。」
「食べ物みたいに。」
「見てた。」
首を傾げる。
「いや。」
淡い紫の瞳が。
少女へ向いた。
「ガゼルも。」
「食べ物のように。」
「見てた……?」
「私も……。」
父の服を掴んだ手に。
力が入る。
「っ……。」
身体が縮こまる。
「姫様……。」
妹の声。
その前に。
背中へ。
大きな手が触れる。
少女の身体が。
一度。
強張った。
……
父。
手のひらが。
背中をさする。
一度。
もう一度。
「……お父様。」
少女は。
服の端を離せない。
隣の少女も。
こちらを見ている。
「ガゼル。」
「……大丈夫。」
声が。
震えていた。
父の手は。
背中から離れない。
……
しばらくして。
呼吸が戻ってくる。
少女はまだ。
父の服を握っていた。
隣の少女も。
それ以上は話さなかった。
父の手が。
少女の背中から離れる。
「セレス、エステラ。」
「はい。」
双子が姿勢を正す。
「カミュについて。」
「侍女長へ共有しろ。」
「勤務記録と出入りを確認させろ。」
「交友関係も。」
「失踪以前まで遡れ。」
「承知いたしました。」
「同室だった者。」
「共に勤務していた者にも。」
「改めて話を聞かせろ。」
父の目が僅かに細くなる。
「それと。」
「出自もだ。」
「誰の紹介で城へ入った。」
「家族。」
「出生地。」
「王城へ仕える以前の経歴も洗え。」
「はい。」
姉が頭を下げる。
「侍女長へ引き継ぎます。」
父は。
隣の少女を見る。
それから。
「宰相へも伝えろ。」
「丘には騎士団を向かわせる。」
「探索魔法を扱える魔術師も同行させろ。」
「丘だけではない。」
「そこへ至るまでの周辺もだ。」
「魔力と術式の痕跡。」
「血痕。」
「移動した形跡。」
「残っているものは全て調べさせろ。」
「かしこまりました。」
「発見したものには。」
「不用意に触れるなとも伝えろ。」
「はい。」
妹が一礼し。
扉へ向かう。
その時。
廊下の向こうが騒がしくなった。
「お待ちください。」
「こちらは――」
妹が足を止める。
「……?」
扉へ手を掛けた。
がちゃ。
同時に。
向こう側から。
取っ手が下がる。
「わっ。」
開いた扉に押され。
妹の身体が傾く。
その腰へ。
すっと。
腕が回った。
「おっと。」
身体が止まる。
「大丈夫ですか、お嬢さん。」
「……え。」
妹が顔を上げる。
白い長衣。
暗い紫を含んだ長い髪。
両目を覆う。
黒い面。
見たことのない男。
妹は。
呆気に取られたまま。
何度か瞬きをする。
「……ありがとう。」
一拍。
「ございます。」
「いえ。」
妹が体勢を戻す。
男は腰から腕を離した。
「失礼。」
扉の向こう。
騎士が。
険しい顔で男を見ている。
父の表情も。
僅かに強張った。
男は部屋の中へ一歩入る。
そして。
足を止める。
「おや。」
黒い面が。
父へ向く。
「陛下も。」
「お越しでしたか。」
穏やかな声。
「これは失礼いたしました。」
父は答えない。
ただ。
男を見ている。
男は小さく一礼する。
顔を上げる。
黒い面が。
少女を通り過ぎる。
……
隣の少女で。
止まった。
「お久しぶりですね。」
隣の少女は。
男を見る。
……
動かない。
瞬きもしない。
「O-M-1。」
胸が。
どくんと鳴った。




