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逸り病


部屋は。


暗い。


カーテンの隙間から。


月明かりが差し込んでいる。


寝台の上。


少女は。


隣を見る。


……


掛け布。


頭まで。


すっぽりと被ったまま。


……


「おもち。」


……


「起きてる?」


……


もぞ。


掛け布が動く。


……


もぞもぞ。


端に。


小さな隙間ができる。


そこから。


淡い桃色の髪。


それから。


顔だけが。


ひょこりと出た。


……


月明かりの中。


白い頬。


……


顔色が。


悪いような気がする。


「おもち。」


隣の少女の目が。


こちらを向く。


「手。」


一度。


自分の左手を見る。


「つなご?」


……


掛け布の中が。


動く。


すーっと。


左手が伸びてきた。


少女も手を伸ばす。


指が触れる。


そのまま握る。


ひんやりしている。


……


掛け布の中から。


小さな息遣いが聞こえる。


……


少女は。


繋いだ手を見る。


それから。


掛け布の隙間から覗く顔を見る。


「おもち。」


「外。」


「どうだった?」


……


口が開く。


「とても。」


「広かった。」


「空も。」


「建物も。」


……


「人が。」


「沢山いた。」


「大人も。」


「子供も。」


……


隣の少女の目が。


天井へ向く。


「魔力に。」


「溢れてた。」


「そっか。」


……


少女は。


繋いだ手を握る。


「楽しかった?」


……


掛け布の端が。


呼吸に合わせて。


僅かに動く。


……


「わからない。」


「そっか。」


……


「でも。」


「私は。」


「外に。」


「出ない方がいい。」


少女の眉が。


寄る。


「どうして?」


……


隣の少女の目が。


下がる。


「沢山。」


……


「傷つけた。」


……


壊れた壁。


砕けた床。


倒れていた人たち。


……


見た。


あの場所を。


……


「そっか。」


……


繋いだ手は。


離れない。


……


「でも。」


隣の少女の目が。


動く。


「私。」


「おもちと。」


……


「お外に。」


「行きたいな。」


……


掛け布の中で。


何か。


もごもごと。


聞こえる。


「ん?」


少女が。


顔を寄せる。


……


「私のこと。」


小さな声。


「きっと。」


……


「怖い。」


……


「誰かが。」


「言ったの?」


……


隣の少女の目が。


動く。


「……言ってない。」


「そっか。」


「みんな。」


「ここの人みたいだった。」


「ここの人?」


「うん。」


……


「それに。」


「王妃様なら。」


「そうするって。」


……


少女の口元が。


緩む。


「ふふ。」


「おもち。」


「困ってたんだ。」


……


隣の少女の眉が。


動く。


「どうして。」


「わかった?」


「お母様だから。」


「?」


……


隣の少女が。


首を傾げる。


「わからない。」


……


少女は。


天井を見る。


「お母様のこと。」


「話したこと。」


「あったっけ。」


「王妃様。」


「うん。」


「ガゼルの。」


「母親。」


少女は。


頷く。


「うん。」


「私の。」


「大好きな人。」


……


「もう。」


「いないんだけどね。」


……


繋いだ手が。


そのまま。


「王様は?」


「お父様?」


「うん。」


「お父様も。」


「大好きだよ。」


……


頬が。


緩む。


「でも。」


「私のこと。」


「よく試すの。」


「試す?」


「うん。」


少女の眉が。


寄る。


「私のためだって。」


「わかってるんだけど。」


……


「難しくて。」


「困っちゃう。」


……


少女は。


笑う。


「おもちは?」


……


口にして。


少女の笑みが。


止まる。


……


あ。


最初から施設にいたって……


……


「ご。」


声が。


引っかかる。


「ごめんなさい。」


隣の少女が。


瞬きをする。


「?」


「その。」


「おもち。」


「お父さんも。」


「お母さんも。」


「知らないって……。」


「うん。」


……


「……ごめんなさい。」


「平気。」


「というか。」


「わからない。」


「父親も。」


「母親も。」


「知らない。」


……


「でも。」


隣の少女の目が。


少女を見る。


「ガゼルが。」


「王妃様とか。」


「王様のこと。」


「話してると。」


……


「なんだか。」


「あたたかい。」


……


少女は。


繋いだ手を見る。


隣の少女の手は。


いつものように。


ひんやりしている。


「それでいい。」


少女が。


顔を上げる。


「私には。」


隣の少女は。


少女を見る。


「ガゼルが。」


「いるから。」


……


「他のことは。」


「わからなくていい。」


「そっ……か。」


……


少女は。


繋いだ手を見る。


……


指先が。


少し動く。


少女も。


握り返す。


……


口を開く。


けれど。


閉じた。


……


掛け布が。


小さく上下している。


……


繋いだ手は。


そのまま。


二人の間にあった。


……


少女は。


ひとつ息を吐く。


……


身体が。


重い。


……


布の擦れる音。


「ガゼル。」


「ん?」


「施設。」


……


「来てる。」


少女の指が。


止まる。


「知ってた?」


……


「……うん。」


繋いだ手に。


力が入る。


……


「私のこと。」


「聞いた?」


「うん……。」


「手紙で。」


……


「少しだけ。」


……


もぞ。


隣の少女の顔が。


掛け布の中へ消える。


……


手だけ。


残った。


少女は。


膨らんだ掛け布を見る。


眉が下がる。


……


「私ね。」


……


「とっても。」


「怒ってるの。」


びくっ。


繋いだ手が。


大きく揺れた。


そのまま。


引かれる。


「違うよ。」


少女は。


離さない。


「おもちにじゃない。」


……


手の動きが。


止まる。


「おもちのいた。」


「施設に。」


……


少女は。


掛け布を見る。


「だから。」


「会って。」


「言わないといけないの。」


……


「おもちは。」


少女の声が。


強くなる。


「ぜっったいに。」


「帰りません!」


「って。」


身体にも。


力が入る。


「つぅ……。」


右肩から。


背中へ。


痛みが走る。


少女は。


顔をしかめる。


……


掛け布の中から。


声。


「やっぱり。」


……


「戦う……?」


「違うよ。」


「話すの。」


……


「わかってもらえるまで。」


「何度でも。」


……


「戦いは。」


「私も嫌い。」


少女は。


掛け布を見つめる。


「でも!」


繋いでいた手を離す。


そのまま左手で。


掛け布の端を掴んだ。


「え。」


身体を動かす。


右肩が。


また。


疼く。


「いっ……。」


それでも。


少女は。


掛け布を持ち上げる。


その中へ。


潜り込んだ。


……


暗い。


……


すぐ目の前。


淡い紫の瞳が。


大きく開いている。


近い。


息が。


触れそうなくらい。


……


「私は。」


「おもちに。」


「嫌な思いを。」


「してほしくない。」


……


「無理やり。」


「帰る必要なんてない。」


……


「大人の言うことなんか。」


淡い紫の瞳が。


少女を見ている。


「難しいことなんて。」


「知らない!」


……


「おもちは。」


「人間なの!」


少女は。


息を吸う。


「だから。」


「何をしたって。」


「いいの!!」


……


隣の少女の口が。


ぽかんと。


開いている。


……


「う。」


……


「うん。」


……


「はぁ……。」


……


暑い。


……


掛け布の中。


空気が。


こもっている。


……


少女は。


目の前の淡い桃色の髪を見る。


……


頬が。


近い。


……


そのまま。


額が。


触れる。


……


ひんやり。


……


少女は。


そのまま。


額を離さない。


……


隣の少女が。


瞬きをする。


「ガゼル。」


「ん……?」


「熱い。」


「……布団。」


「暑いのかな。」


……


「違う。」


「え?」


淡い紫の瞳が。


少女を見る。


「ガゼルが。」


「熱い。」


……


少女は。


瞬きをする。


……


「そうかな……?」


「うん。」


……


言われてみれば。


息が。


少し苦しい。


……


「なんか。」


「息。」


「しにくいかも……。」


隣の少女の眉が。


寄る。


「セレス。」


「呼ぶ?」


「だ、大丈夫。」


……


「おもち。」


「冷たくて。」


「気持ちいい……。」


「……そう?」


「うん。」


……


「このままでも。」


「いい?」


「うん。」


……


額をつけたまま。


息をする。


……


少女の息が。


掛け布の中に。


熱くこもる。


……


隣の少女の足が。


掛け布の中で。


動く。


……


にゅい。


……


掛け布が。


少し下がる。


……


もう一度。


にゅい。


……


少女も。


隣の少女も。


顔だけ。


掛け布の外。


……


「……涼しい。」


「うん。」


……


掛け布の中。


小さな呼吸が。


二つ。


繰り返される。


……


少女は。


目を閉じかけて。


もう一度。


隣を見る。


「おもち。」


淡い紫の瞳が。


少女を見る。


「丘で。」


「おもちが。」


「言ったこと。」


「覚えてる?」


……


隣の少女が。


瞬きをする。


「どのこと?」


……


少女の頬が。


少し膨らむ。


「むぅ。」


……


「私の。」


「そばにいたいって。」


「あ。」


……


「うん。」


「いたい。」


……


少女の頬から。


力が抜ける。


「……よかった。」


……


少女は。


目を閉じる。


「どこにも。」


「いかないって。」


……


「言ったからね。」


……


「うん。」


少女の口元が。


緩む。


……


隣から。


小さな息が聞こえる。


……


その音も。


少しずつ。


遠くなっていった。

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