夜の底、微かな温度
草を掻く音が。
遠ざかっていく。
……
丘の暗がり。
もう。
その姿は見えない。
それでも。
音だけが。
しばらく残っていた。
……
やがて。
それも。
聞こえなくなる。
……
風が吹く。
倒れた草が。
ゆるく揺れる。
……
白銀の髪の少女は。
暗がりを見つめていた。
……
右腕が。
力なく。
草の上へ落ちる。
……
少女は。
顔を横へ向けた。
……
少し離れた場所。
赤い髪の少女が。
倒れている。
……
動かない。
……
その胸元が。
僅かに。
上下する。
……
少女の左肘が。
草へ沈む。
身体を。
持ち上げる。
……
視界が。
大きく揺れた。
空と。
草と。
夜が。
混ざる。
……
一度。
止まる。
……
膝を立てる。
身体が傾く。
それでも。
足を前へ出す。
……
一歩。
……
また。
一歩。
……
足が。
草の上を。
引きずるように進む。
……
赤い髪の少女の。
指が動いた。
……
草を。
掴む。
……
顔が。
上がる。
……
翡翠色の瞳。
……
少女の足が。
止まる。
……
目が合う。
……
赤い髪の少女は。
左手を地面へついた。
細い指が。
草の間へ沈む。
……
身体を起こす。
……
右腕は。
下がったまま。
……
膝をつく。
……
震える脚へ。
力を込める。
……
立ち上がる。
……
二人の間には。
まだ。
距離がある。
……
赤い髪の少女が。
一歩。
踏み出した。
……
少女も。
足を前へ出す。
……
もう一歩。
……
赤い髪の少女の身体が。
揺れる。
……
足が。
止まった。
……
そのまま。
前へ傾く。
……
赤い髪が。
夜の中で。
大きく揺れた。
……
少女も。
前へ出る。
……
身体が。
触れる。
……
受け止めるより早く。
少女の膝も。
力を失った。
……
二人の身体が。
草の上へ倒れる。
……
少女の背中へ。
草が触れる。
……
その上に。
赤い髪の少女の身体が。
重なっている。
……
長い髪が。
少女の頬へ。
かかる。
……
二人とも。
動かない。
……
聞こえるのは。
息。
……
浅く。
掠れている。
……
それでも。
続いている。
……
頬へ。
吐息が触れる。
……
あたたかい。
……
重なった身体から。
熱が伝わってくる。
……
胸元。
服越しに。
小さな振動が。
届く。
……
とく。
……
とく。
……
風が。
丘を通り抜ける。
……
草が擦れる。
……
遠くで。
虫が鳴いている。
……
赤い髪の少女が。
顔を上げた。
……
少女も。
顔を向ける。
……
翡翠色の瞳が。
すぐ近くにある。
……
見つめる。
……
見つめ返している。
……
赤い髪の少女の。
目元から。
涙が溢れた。
……
頬を伝う。
……
一粒。
少女の頬へ。
落ちる。
……
もう一粒。
……
また。
……
止まらない。
……
赤い髪の少女の唇が。
僅かに動く。
……
「いき……。」
……
掠れた息が。
漏れる。
……
唇が。
もう一度。
震える。
……
「……てる……。」
……
涙が。
また。
頬を伝う。
……
少女は。
その顔を見ていた。
……
瞬きをする。
……
翡翠色の瞳が。
滲んだ。
……
もう一度。
瞬きをする。
……
それでも。
戻らない。
……
少女の頬を。
涙が伝う。
……
一つ。
……
また。
一つ。
……
赤い髪の少女は。
何も言わない。
……
少女も。
何も言わない。
……
ただ。
互いを。
見ている。
……
息が。
重なる。
……
身体の奥。
……
とく。
……
とく。
……
鼓動が。
伝わってくる。
……
風が吹く。
……
遠くで。
虫が鳴いている。
……
少女の視界の向こう。
夜空が。
広がっている。
……
暗い。
……
だから。
星が。
よく見える。
……
一つ。
……
また。
一つ。
……
少女は。
しばらく。
その光を見ていた。
……
それから。
もう一度。
目の前を見る。
……
翡翠色の瞳。
……
涙で。
濡れている。
……
少女は。
瞬きをする。
……
生きてる。
……
少女は。
左手を動かす。
……
鈍い。
重い。
それでも。
動く。
……
重なった。
赤い髪の少女の背中へ。
手を添える。
……
あたたかい。
……
少女の指が。
服へ沈む。
……
離れた。
つもりだった。
……
もう。
会えないと。
思っていた。
……
でも。
いる。
……
ここに。
いる。
……
あたたかい。
……
この。
あたたかさ。
……
好き。
……
ガゼルだけ。
……
どうして。
……
少女の頬を。
涙が伝う。
……
離したくない。
……
もっと。
このまま。
……
そばに。
いたい。
……
赤い髪。
傷ついた肩。
首元。
……
泣いていた。
……
怖かった。
……
私に。
会ったから。
……
ガゼルが。
傷ついた。
……
私に。
会わなければ。
……
こんなことには。
ならなかった。
……
涙が。
また。
落ちる。
……
止まらない。
……
わからない。
……
そばにいたい。
……
そばに。
いてはいけない。
……
わからない。
……
背中へ添えた。
左手。
……
指先に。
力が入る。
……
服が。
指の間へ。
寄っていく。
……
もっと。
……
爪の先まで。
力が入る。
……
赤い髪の少女の身体が。
強張った。
「……っ。」
掠れた息が。
漏れる。
……
少女の指が。
止まる。
……
指の力が。
抜ける。
……
それでも。
手は。
離れない。
……
震える。
左腕が。
持ち上がる。
……
指先が。
少女の頬へ触れた。
……
震えている。
……
少女は。
目を上げる。
……
翡翠色の瞳。
……
涙の跡が。
まだ残っている。
……
赤い髪の少女の口元が。
僅かに。
緩んだ。
……
「大丈夫……。」
掠れた声。
……
一度。
息を吸う。
……
「だよ……。」
……
頬へ添えられた手が。
ほんの少し。
動く。
……
あたたかい。
……
少女は。
目を閉じた。
……
それでも。
……
この人を。
傷つけてはいけない。
……
「ガ……ゼル。」
……
赤い髪の少女の。
指先が。
頬へ触れたまま。
震える。
……
「あり……がとう……。」
……
少女は。
左肘を。
草へ押しつける。
……
身体を。
起こそうとする。
……
赤い髪の少女の瞳が。
大きく開いた。
……
「……だめ。」
……
頬へ添えられていた。
左手が。
動く。
……
少女の首へ。
腕が回る。
……
引き寄せられる。
……
赤い髪が。
頬へ触れる。
……
「おねがい……。」
……
声は。
ほとんど。
息だった。
……
「もう……。」
……
腕が。
強くなる。
……
「どこにも……。」
……
喉が。
引っかかる。
……
「いかないで……。」
……
涙が。
少女の首筋へ落ちる。
……
赤い髪の少女の身体が。
震えている。
……
少女は。
動かない。
……
「わたしは……。」
……
赤い髪の少女の腕の中。
掠れた声が。
落ちる。
……
「きっと……。」
……
息を吸う。
……
「いきて……いたら……。」
……
赤い髪の少女の瞳が。
揺れる。
……
「みんなを……。」
……
「きずつける……。」
……
涙が。
少女の頬を伝う。
……
「だから――」
「ばか……。」
……
少女の声が。
止まる。
……
「ばか……っ。」
赤い髪の少女が。
顔を上げる。
……
涙で。
ぐしゃぐしゃになった顔。
……
「それでも……。」
……
声が。
掠れる。
……
「それでも……。」
……
息を吸う。
けれど。
うまく続かない。
……
「いきて……。」
……
息を吸う。
……
「いきて……よぉ……っ!」
……
声が。
途中で潰れる。
……
「ぜんぶ……。」
……
「ぜんぶ……。」
……
何度も。
息を吸う。
……
「どうでも……いいからぁ……っ。」
……
少女の首へ回った腕が。
震える。
……
「おねがい……。」
……
「もう……。」
……
「どこにも……いかないで……。」
……
涙が。
止まらない。
……
「そばに……。」
……
喉が。
引きつる。
……
「いてよぉぉ……っ。」
……
赤い髪の少女は。
少女の首へ。
しがみついたまま。
泣いている。
……
少女は。
その背中へ。
左手を添えたまま。
動かなかった。
……
何をしたら。
いい?
……
そばにいたら。
傷つける。
……
離れたら。
……
ガゼルが。
泣く。
……
少女の眉が。
寄る。
……
「……ガゼル。」
……
返事はない。
掠れた嗚咽だけが。
首元へ触れる。
……
「泣くと……。」
……
少女は。
指を動かす。
……
「私が……。」
……
「困る……。」
……
赤い髪の少女の身体が。
一度。
大きく震えた。
……
「……知らない……。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
「困ったら……。」
息を吸う。
……
途中で。
声が詰まる。
……
「困ったら……いいよぉ……。」
……
涙が。
また。
少女の首筋へ落ちる。
……
「……でも。」
「知らない……っ。」
……
赤い髪の少女が。
顔を上げる。
……
涙で。
濡れた翡翠色の瞳。
……
「だったら……。」
……
唇が。
震える。
……
「私を……。」
……
「泣かせないでよぉ……っ。」
……
少女は。
何も言わない。
……
赤い髪の少女の左腕が。
少女の首へ。
もう一度。
力なく回る。
……
「おもちが……。」
……
息。
……
「そばに……。」
……
また。
息を吸う。
……
「そばにいて……くれたら……。」
……
声が。
小さく。
崩れる。
……
「いいの……。」
……
「それだけで……。」
……
「いいからぁ……。」
……
少女は。
赤い髪の少女を。
見つめる。
……
何をしたら。
泣かない。
……
ずっと。
わからなかった。
……
赤い髪の少女の頬を。
涙が伝っている。
……
少女の左手が。
その背中へ。
触れている。
……
そばに。
いる。
……
それだけ。
……
いいのか。
な。
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
……
泣き腫らした目。
濡れた頬。
……
首へ回った。
左腕。
……
まだ。
離れない。
……
きっと。
……
いい。
……
今は。
それでいい。
……
背中へ添えた。
指が。
曲がる。
……
「私も……。」
……
声が。
掠れる。
……
「ガゼルの……。」
……
一度。
息を吸う。
……
「そばに……。」
……
「いたい……。」
……
赤い髪の少女の瞳が。
揺れる。
……
「でも……。」
……
「いらなく……なったら……。」
……
赤い髪の少女の眉が。
寄る。
……
「廃棄して……。」
……
「ばか……。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
赤い髪の少女の腕へ。
力が入る。
……
「ばか……。」
……
掠れた声が。
震える。
……
「それ……。」
……
息が。
詰まる。
……
「二度と……。」
……
「言わないで……。」
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
……
「……わかった。」
……
「ばかって……。」
……
「なに……?」
……
「……。」
……
赤い髪の少女の唇が。
開く。
……
「……冗談。」
……
少女は。
しばらく。
その顔を見る。
……
「冗談……。」
……
「苦手……。」
……
赤い髪の少女の口元が。
ほんの僅かに。
緩む。
……
「知ってる……。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
「……どうして?」
……
赤い髪の少女は。
少女を見る。
……
「おもち……だから。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
私。
……
だから。
……
ガゼルは。
私のこと。
知ってる。
……
いい……な。
……
少女の左手が。
赤い髪の少女の背中へ。
触れている。
……
私も。
……
ガゼルのこと。
……
知りたい。
……
瞼が。
重い。
……
赤い髪の少女の腕から。
力が抜けていく。
……
それでも。
首へ回った腕は。
離れない。
……
少女の左手も。
背中へ触れたまま。
……
風が吹く。
……
草が。
擦れる。
……
遠くで。
虫が鳴いている。
……
赤い髪の少女の。
息が。
少しずつ。
長くなる。
……
少女は。
その音を聞いている。
……
あたたかい。
……
それらの音が。
少しずつ。
遠くなる。
……
赤い髪の少女の。
息も。
……
身体から伝わる。
ぬくもりも。
……
遠くなる。
……
それでも。
あたたかい。
……
少女は。
目を閉じる。
……
そのまま。
意識が。
途切れた。




