↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/89

異相


「おもち――」


……


声。


少女は。


ゆっくり。


顔を向ける。


……


暗い。


視界が。


ぼやけている。


……


誰か。


いる。


「おもちさまー?」


……


声。


「いらっしゃいますかー?」


……


聞いたことがある。


少女は。


目を細める。


……


足音。


草を踏む音が。


近づいてくる。


一歩。


また。


一歩。


「あ。」


「あ、いたいたー。」


……


人影が。


止まる。


少女は。


ゆっくりと。


見上げる。


……


侍女。


……


白い服。


黒い布。


……


でも。


汚れている。


口元。


頬。


胸元。


袖。


……


赤い。


……


血。


……


たくさん。


少女は。


その姿を見る。


……


侍女は。


笑っていた。


「探したんですよー?」


……


口元が。


ゆるく。


持ち上がる。


「ふふ。」


「ふふふ。」


「あは。」


……


高い。


低い。


また。


高い。


……


どこで。


息を吸っているのか。


わからない。


……


侍女が。


足元を見る。


……


草。


赤い。


小さな跡。


その先にも。


もう一つ。


……


少女の。


血。


……


侍女は。


屈む。


指先で。


草を撫でる。


赤が。


指につく。


「さっき。」


指先を。


見たまま。


「大きいの。」


「出しましたよねー?」


……


少女は。


瞬きをする。


「遠くでも。」


「わかりましたよー。」


侍女の舌が。


指先を。


なぞる。


「それで。」


立ち上がる。


「近くまで来たら。」


視線が。


草へ落ちる。


「ずっと。」


「落ちてましたから。」


……


赤。


一滴。


その先。


また。


赤。


……


少女は。


自分の右腕を見る。


血が。


まだ。


落ちている。


……


ぽた。


草へ。


「見つけやすかったですー。」


……


笑う。


……


少女の身体が。


動く。


膝を。


立てる。


手を。


地面につく。


……


痛い。


腕が。


震える。


それでも。


身体を。


起こす。


……


侍女を見る。


「迎えに。」


「きた……?」


「あー。」


侍女は。


首を傾ける。


「ちがうちがーう。」


……


「迎えになんて。」


「来てませんよー。」


少女は。


瞬きをする。


「じゃあ。」


「なに。」


侍女の。


目が細くなる。


「見に来ただけです。」


……


「……?」


「ふふふ。」


「あなたが。」


「何をするのか。」


「見ていたいだけですよー。」


……


少女は。


侍女を見る。


……


意味が。


わからない。


「……それなら。」


声が。


掠れる。


「どこかに。」


「いって。」


……


侍女の。


口元が止まる。


少女は。


目を逸らさない。


……


胸の奥。


ざわつく。


……


侍女の瞳が。


細くなる。


肩が。


小さく揺れる。


「……あ。」


……


口元が。


ゆっくり。


広がる。


「あぁ……。」


「ほんとに。」


肩が。


また。


揺れる。


……


「かわいい……。」


……


侍女は。


少女の目を。


じっと。


見ていた。


「あなたって。」


少し。


身を屈める。


「そんな目も。」


「できるようになったんですね。」


……


「O-M-1。」


……


少女の身体が。


止まる。


……


目が。


大きく。


開く。


「……どうして。」


声が。


掠れる。


「どうして。」


「知ってる……?」


……


侍女の口元が。


また。


広がる。


「ふ。」


「ふふ。」


「あは。」


「あはは。」


……


高く。


低く。


また。


高く。


笑い声だけが。


妙なところで。


跳ねる。


……


少女は。


その顔を見る。


……


侍女の指が。


ぴくりと。


動く。


身体が。


少し。


前へ傾く。


……


止まる。


「だめだめだめ。」


……


「まだだめ。」


……


少女の眉が。


寄る。


侍女は。


また。


少女を見る。


「どうしてか知りたい?」


……


「教えてあげなーい。」


「……どうして。」


「だって。」


侍女の肩が。


また。


揺れる。


「あなたのその顔。」


……


「もっと。」


「見ていたい。」


口元が。


深く。


曲がる。


「ずぅっと。」


「見ていたいから。」


「ふ。」


「ふふふ。」


「あは。」


「あははは。」


……


少女の足が。


後ろへ。


下がる。


一歩。


……


近くに。


いたら。


よくない。


……


もう一歩。


少女は。


身体を向ける。


……


逃げる。


その瞬間。


両肩へ。


手が乗った。


「……っ。」


強く。


掴まれる。


少女の身体が。


止まる。


「私が。」


すぐ。


近くから。


声。


「私が怖いですかぁ?」


……


吐息が。


頬に触れる。


少女の肩が。


震える。


「でも。」


「それは。」


「だめ。」


……


侍女は。


少女の肩を。


掴んだまま。


顔を近づける。


……


白銀の髪が。


頬へ触れる。


侍女の鼻先が。


僅かに動く。


……


すぅ。


ゆっくり。


息を吸う。


……


「あぁ……。」


「いい……。」


……


もう一度。


息を吸う。


「私。」


「あなたのために。」


「少しだけ頑張ったんですよ?」


……


血のついた。


口元。


舌が。


唇を。


ゆっくり。


なぞる。


「だから。」


「もうちょっとだけ。」


「おはなし。」


「しましょう?」


……


少女は。


侍女を見る。


喉が。


うまく。


動かない。


「が。」


「がんばったって。」


……


息を。


吸う。


「なに……。」


……


侍女の目が。


開く。


「あ。」


……


「聞いてくれるんですか?」


身体が。


少女へ。


寄る。


「聞いてくれるんですか?」


……


口元が。


大きく。


持ち上がる。


「あなた。」


「今日。」


「困ってましたよね。」


……


少女は。


瞬きをする。


「騎士に。」


「つかまってたでしょー?」


……


騎士。


……


腕。


身体が。


浮いた。


足が。


届かなかった。


……


「それで。」


「馬が。」


「暴れてたでしょ?」


……


少女の瞳が。


僅かに。


動く。


馬。


高い声。


荷車。


落ちる。


荷物。


騎士が。


離した。


……


侍女の口元が。


にたりと。


曲がる。


「あれ。」


「私なんですよ。」


……


少女は。


動かない。


「ちょっと。」


「お肉を。」


「削いだだけで。」


侍女は。


首を傾ける。


「あれですよ。」


……


少女の視線が。


落ちる。


侍女の服。


袖。


胸元。


口。


……


血。


「大げさですよねぇ。」


……


少女は。


何も。


言えない。


視線だけが。


血のついた。


口元へ。


戻る。


「その。」


少女の声が。


震える。


「血……。」


……


侍女の瞳が。


大きく。


開く。


「え。」


……


口元が。


持ち上がる。


「私に。」


「興味があります?」


……


少女は。


答えない。


「あぁ……。」


侍女の頬が。


緩む。


「嬉しい……。」


……


血のついた。


自分の口元を。


指先で。


なぞる。


「じゃあ。」


「問題です。」


……


人差し指を。


一本。


立てる。


「この血。」


「なんの血だと。」


「思いますかー?」


……


少女は。


眉を寄せる。


「いち。」


「人間。」


二本目。


「に。」


「えーっと。」


首が。


傾く。


数秒。


「馬でいいか。」


……


そして。


三本目。


……


侍女の動きが。


止まる。


笑ったまま。


少女を見る。


……


さっきまで。


細めていた瞳が。


ゆっくり。


開く。


口元だけが。


さらに。


深く。


曲がる。


「さん。」


……


声が。


落ちる。


「姫様。」


……


少女の身体が。


跳ねる。


「……っ。」


両肩を。


振る。


腕を。


動かす。


「離して。」


……


動かない。


「離して……!」


さらに。


強く。


身体を捻る。


……


侍女の手は。


びくとも。


しない。


「だめですって。」


……


片方の手が。


肩から。


離れる。


次の瞬間。


少女の頬を。


掴む。


「……っ!」


指が。


頬へ。


食い込む。


顎が。


押される。


「ん……っ。」


口が。


開く。


「ヒントです。」


侍女が。


顔を近づける。


「分けて。」


「あげますー。」


……


少女の瞳が。


揺れる。


近い。


口。


血。


匂い。


……


侍女の唇から。


赤いものが。


糸を引く。


……


「ん――」


口の中へ。


落ちる。


……


温かい。


鉄みたいな。


味。


……


血。


……


でも。


何の。


……


少女の喉が。


動く。


「――っ。」


身体が。


大きく。


震える。


「ぅ……っ。」


侍女の手を。


振り払おうとする。


でも。


離れない。


「んっ。」


「や……。」


息が。


詰まる。


胃が。


持ち上がる。


少女は。


顔を。


横へ向ける。


「ぅ――」


吐く。


草の上へ。


赤いものが。


落ちる。


唾液と。


胃液と。


混ざる。


……


少女は。


咳き込む。


「げほっ。」


「……っ。」


「げほ……。」


肩が。


上下する。


……


その横。


侍女の眉が。


下がる。


「あー。」


「もったいないですねー。」


……


少女は。


口元を。


押さえる。


呼吸が。


うまく。


できない。


「ほら。」


侍女が。


屈み込む。


「早く。」


「答えて。」


……


少女は。


荒い息のまま。


顔を上げる。


……


人間。


馬。


姫様。


……


血。


口元。


……


さっき。


馬を。


……


「う。」


息を。


吸う。


「うま……。」


……


数秒。


侍女は。


少女を見る。


……


「あー。」


肩が。


落ちる。


「残念。」


……


口元が。


持ち上がる。


「あなた。」


「賢いのにー。」


……


少女は。


動かない。


侍女は。


自分の唇についた赤を。


舌先で。


舐め取る。


「正解は。」


……


少女を見る。


「あなたの。」


「血です。」


……


少女の。


呼吸が。


止まる。


……


あなたの。


血。


……


最後に。


この人と。


話したのは。


朝。


王城の。


廊下。


……


それだけ。


……


いつ。


……


どこで。


……


少女の目が。


侍女の口元から。


離れない。


……


地面へ。


手をつく。


膝。


痛い。


腕。


痛い。


……


身体を。


前へ。


引く。


一歩。


……


這う。


もう一歩。


草を。


掴む。


……


右手首を。


掴まれた。


「……っ。」


引き上げられる。


……


身体が。


浮く。


足が。


地面から。


離れる。


「ぁ――」


肩の奥で。


何かが。


ずれる。


……


鈍い音。


……


痛みが。


肩から。


腕へ。


走る。


「……っ!」


右腕が。


動かない。


……


動かそうとすると。


痛い。


肩。


腕。


さっき。


抉れた場所。


また。


熱い。


「もう。」


後ろから。


声。


「まだ。」


「逃げないでって。」


「言ってるのにー。」


……


少女は。


振り返れない。


右腕一本で。


身体が。


吊り上がっている。


……


「別に。」


「殺す気なんて。」


「ないですよ?」


……


その言葉のあと。


指が。


傷口へ。


入る。


「――ぁっ!」


身体が。


跳ねる。


……


痛い。


……


「や……っ。」


指が。


さらに。


沈む。


傷が。


開く。


赤い血が。


新しく。


流れる。


腕を。


伝う。


侍女の指へ。


落ちる。


……


少女の目に。


涙が。


滲む。


「ぁ……。」


「やめ……。」


……


侍女の顔は。


変わらない。


少女を。


見ている。


……


左手が。


上がる。


掌に。


光が。


滲む。


……


撃つ。


……


「それも。」


侍女の声。


「だめ。」


左手首を。


掴まれる。


「……っ。」


ぎし。


……


骨が。


軋む。


……


少女の瞳が。


開く。


「や――」


さらに。


力が入る。


……


鈍い音。


……


左手から。


力が抜ける。


溜めていた光が。


散る。


……


指が。


動かない。


手首。


熱い。


痛い。


……


握られたところから。


血が。


滲む。


一滴。


草へ。


もう一滴。


……


右腕。


左手。


動かない。


……


侍女の手へ。


血が。


落ちる。


一滴。


また。


一滴。


……


「あ。」


……


侍女の動きが。


止まる。


少女を。


見ていない。


自分の手へ落ちた。


赤を。


見ている。


「あぁ……。」


……


鼻から。


細く。


息を吸う。


「あまい。」


……


もう一度。


「あぁ……。」


「この。」


「甘ったるい。」


……


「に。」


「に。」


「に。」


「におい……。」


……


瞳孔が。


開く。


縮む。


また。


開く。


……


呼吸が。


速くなる。


「も。」


「もう。」


「いいですよね。」


……


身体が。


近づく。


「ガ。」


「がマん。」


「できなァイ。」


……


少女の頬に。


舌が。


触れる。


「……っ。」


頬。


顎。


首。


ぬるい。


「や……。」


……


侍女は。


左手首を。


離す。


血で濡れた。


指。


舌が。


それを。


舐め取る。


「あ。」


……


それから。


言葉が。


止まる。


喉の奥から。


声にならない。


音。


「――ぁ。」


「……っ、ぁ。」


……


顔が。


右腕へ。


落ちる。


抉れた傷。


口が。


開く。


「……や。」


次の瞬間。


傷へ。


押しつけられた。


「――っ!!」


少女の身体が。


大きく。


跳ねる。


……


痛い。


……


口が。


傷へ。


吸いつく。


ず。


……


啜る音。


……


少女の指が。


震える。


「ぁ……。」


「や……。」


……


身体の奥。


芯。


そこから。


何かが。


引かれる。


……


熱。


力。


魔力。


……


一緒に。


抜けていく。


……


脚が。


震える。


腕が。


震える。


身体が。


勝手に。


跳ねる。


……


視界。


暗い。


……


星が。


遠くなる。


……


音も。


遠い。


……


少女の頭が。


垂れる。


……


侍女の身体が。


止まった。


「あ。」


……


口が。


離れる。


「あ。」


「あ。」


「ダめ。」


「だめダメだメ。」


……


「これイじョうは。」


「ガまん。」


「しないトォ……。」


……


手が。


離れる。


少女の身体が。


落ちる。


草の上。


どさ。


……


動かない。


……


指。


脚。


僅かに。


震えている。


     ◇


侍女が。


少女を。


見下ろす。


「……。」


首が。


少し。


傾く。


「死んじゃいましたかー?」


……


返事は。


ない。


……


侍女の足元。


黒いものが。


動く。


細い。


何か。


草の間を。


這う。


少女の身体へ。


近づく。


服の上。


へそのあたり。


止まる。


……


突き刺さる。


少女の身体が。


びくっ。


と。


跳ねた。


「あ。」


……


「よかったぁ。」


「生きてますね。」


……


黒いものが。


抜ける。


先端に。


赤い血。


侍女は。


それを。


指先で受ける。


舌が。


血を。


なぞる。


……


視線が。


落ちる。


草の上。


広がった。


白銀の髪。


……


侍女が。


しゃがむ。


一房。


指に。


巻きつける。


……


少女の頭が。


僅かに。


引かれる。


ぶち。


……


白銀の髪が。


根元から。


抜ける。


少女の指が。


ぴくりと。


動く。


「……。」


侍女は。


手の中の髪を。


見る。


指先で。


束ねる。


そのまま。


口へ。


入れる。


……


唇の間から。


白銀が。


少しだけ。


残る。


口が。


動く。


一度。


二度。


……


白銀が。


消える。


喉が。


動いた。


……


「薄い。」


……


「先に。」


「こっち。」


「食べればよかったなー。」


……


「じゃあ。」


「このくらいで。」


「私。」


「行きますねー。」


……


倒れた少女へ。


言う。


「また。」


「来ますからね。」


……


少し。


間。


「ふふ。」


「あなたのこと。」


「ずうぅっと。」


「見てますから。」


……


少女は。


動かない。


草の上。


白銀の髪だけが。


風に。


揺れていた。




     ◇




「おもち!!」


赤い髪の少女は、草を蹴るように駆けた。


「おもち!」


返事がない。


白銀の髪が草の上に広がり、その隙間から細い身体が見えた。


少女の足が止まりかける。


「……っ。」


右腕。


赤い。


服も。


草も。


血で濡れている。


肩の位置もおかしい。


力なく地面へ落ちた左手も、その手首まで赤く染まっていた。


頬。


首。


口元。


どこまでが、おもちの血なのか。


わからない。


「おもち……?」


少女は駆け寄り、その傍らへ膝をついた。


「おもち。」


肩へ触れようとした手が止まる。


どこなら。


触っていいのか。


わからない。


「おもち。」


もう一度、呼ぶ。


「ねえ……。」


「おもち……?」


反応がない。


胸だけが、ほんのわずかに上下している。


「生きてる……。」


息が漏れた。


でも。


浅い。


あまりにも小さい。


顔色も、ひどく悪い。


「だめ……。」


このままじゃ。


少女は顔を上げた。


すぐそばに人がいる。


黒と白の侍女服。


王城の侍女。


「あ……!」


「あの!」


侍女は立ったまま動かない。


「おもちが……おもちが大変なの!」


言葉が絡まる。


「このままじゃ、た、助からないかもしれないから……!」


息を吸う。


うまく入らない。


「運ぶの。」


「手伝ってくれませんか……!?」


返事がない。


「……?」


少女は侍女を見上げた。


そこで初めて、その顔をまともに見る。


笑っている。


口元が、ゆるく持ち上がっている。


にた。


にた。


と。


背中を冷たいものが走った。


よく見れば、口元にも、頬にも、首元にも。


胸元にも。


袖にも。


赤いものがこびりついている。


血。


「あ……。」


息を呑む。


それでも。


最初に口から出たのは。


「あなたも……。」


少女は侍女を見る。


「怪我してるんですか……?」


返事はない。


「だ、大丈夫……?」


血に濡れた袖から顔へ、視線を移す。


どこを怪我しているのだろう。


こんなに血がついているのに、傷が見つからない。


「痛いところ……。」


「あるんですか……?」


侍女の口元が、ゆっくり持ち上がった。


また。


にた。


にた。


と。


少女の身体が強張る。


「あなた……。」


声が小さく震えた。


見覚えがある。


王城で何度か見たことがある。


廊下。


食堂。


「うちの……侍女ですよね……?」


記憶を辿る。


「カ……。」


「カミュ……?」


侍女の動きが一瞬だけ止まった。


それから。


「ふ。」


「ふふ。」


「ふふふふ。」


笑いながら、少女の前へしゃがみ込む。


「ひめさまぁ?」


目線が重なる。


「城の人の名前。」


「みーんな。」


「覚えてるんですねー?」


首が傾く。


「たくさんいるのに。」


「すごーい。」


「……っ。」


濡れた手が伸び、赤い髪へ触れた。


ぬるい。


指が髪を撫でるたび、べたりと何かが残っていく。


血。


少女の呼吸が浅くなる。


この人には。


傷が。


見えない。


……


じゃあ。


これは。


誰の。


「あなたは……。」


唇が震える。


「おもちが……。」


少女は侍女を見る。


「どうして。」


「こんなことになったのか。」


喉が詰まる。


「し、知ってるの……?」


侍女の瞳が細くなる。


少女の目を、じっと見ている。


侍女の肩が細かく震えた。


「……あ。」


口元が、また持ち上がる。


「姫様も。」


「結構。」


「かわいいですよね。」


血に濡れた指が、また髪を撫でる。


「いつも。」


「きれいな顔してますよねー。」


指先が一房の髪を掬う。


「怖いのに。」


目を細める。


「まだ。」


「その話し方なんですねー。」


「……いたい。」


髪が引かれる。


「やめて……。」


「やめて。」


「ください……。」


侍女の手が止まった。


笑みも消える。


ただ、少女を見る。


「あれ。」


首が傾く。


「まだ。」


「変わらない。」


「……え。」


「私。」


「姫様が。」


「どこまで。」


「変わるのか。」


口元が上がる。


「見てみたいですー。」


「なにを。」


「言ってるんです――」


ぱん。


顔が横を向いた。


……


何が起きたのか。


すぐには、わからなかった。


頬が熱い。


遅れて、痛みがくる。


少女は何度か瞬きをした。


侍女は、自分の手を見ている。


「私。」


「加減って。」


「あんまり。」


「わからなくって。」


また少女を見る。


「ほら。」


「おもち様って。」


「勝手に元に戻るでしょー?」


少女の瞳が動く。


「でも。」


侍女の指先が、打たれた頬へ触れる。


「人間に。」


「同じことしても。」


「戻らないじゃないですかー。」


侍女は首を傾ける。


「不便ですよねー。」


「……。」


その向こう。


草の上に、おもちがいる。


「あ。」


侍女が声を上げた。


「思い出しました。」


視線が白銀の髪の少女へ落ちる。


「おもち様。」


「たぶん。」


「そのままじゃ。」


「元に戻らないかもしれないですよね。」


少女の呼吸が止まった。


「……え。」


「だから。」


口元が持ち上がる。


「ほら。」


「姫様が。」


「治してくださいよー。」


「な……治す?」


「はい。」


侍女は頷いた。


「ちょっと私。」


「我慢できなくって。」


白銀の髪の少女を指差す。


「こうなっちゃったんですよー。」


少女も、白銀の髪の少女へ目を向ける。


こう。


なった。


腕。


血。


動かない身体。


「だから。」


「早く。」


「治してくださーい。」


ぱし。


「……っ。」


頭を叩かれる。


ぱし。


もう一度。


「ほらー。」


ぱし。


「早くー。」


少女は俯いた。


頬を何かが伝い、一滴、草へ落ちる。


また。


涙。


怖い。


怖いけど。


それ以上に。


悔しい。


どうして。


どうして、いつも。


間に合わないの。


見つけたのに。


やっと見つけたのに。


どうして。


おもちが。


こんなことにならないといけないの。


唇を噛む。


「……あなたは。」


声が震えた。


顔を上げる。


涙で滲んだ視界の向こう。


侍女を見る。


「あなたは……。」


「心が。」


「痛まないのですか……?」


侍女が止まった。


口元から笑みが消える。


「コこロ?」


目が少女から外れた。


何もない空中を見る。


「ココろッテなニ?」


抑揚がない。


「……え。」


「ここロ。」


もう一度。


「コころ。」


口だけが、言葉の形を作る。


瞬き。


一度。


二度。


……


「なんでもいいや。」


視線が戻る。


口角が上がった。


「もー。」


「姫様ってば。」


「そんなことはいいんですよー。」


さっきまでと同じ、伸びた語尾。


少女の喉が小さく鳴った。


「それに。」


「私。」


「お願いしましたけど。」


侍女は白銀の髪の少女を見る。


「別に。」


「治らなくても。」


「いいんですよー。」


少女の肩が震える。


「そうしたら。」


「全部。」


「吸って。」


「終わりだから。」


「……。」


目が見開く。


「ただ。」


「おもち様。」


「便利だから。」


「もったいないなーって。」


「だから。」


侍女が顔を寄せる。


「早くして?」


次の瞬間。


胸元を押された。


「きゃっ――!」


身体が後ろへ倒れる。


「……っ。」


白銀の髪。


「おもち……!」


倒れている白銀の髪の少女へ身体が重なる。


少女は慌てて両手をついた。


掌が、ぬるりと滑る。


赤い。


おもちの血。


自分の服にも、じわりと染みていく。


「ご、ごめんね……。」


身体を起こそうとする。


「おもち。」


「苦しかった――」


「もう。」


頭上から声が落ちた。


「そういうの。」


「いいですからー。」


背中へ重みが乗る。


「……っ!」


踏まれた。


身体が沈み、その下の身体まで僅かに揺れた。


「や……っ。」


少女は咄嗟に腕を突っ張った。


自分の体重だけは、その身体へかけないように。


「やめて……!」


涙が落ちる。


「おもちが……!」


「だからー。」


さらに背中へ力がかかる。


「早くしてって。」


「っ……。」


痛い。


苦しい。


怖い。


腕の中のおもちは。


今にも……。


「……おもち。」


震える手を伸ばした。


その手へ重ねる。


冷たい。


「……おもち。」


指を絡ませ、握る。


返ってくる力はない。


少女はその手を胸元へ引き寄せた。


「お願い……。」


「お願いだから……。」


もう。


何もいらない。


「私が。」


声が震える。


「どうなっても。」


「いいから……。」


涙が、絡めた二人の手へ落ちる。


「おもちだけでも……。」


息を吸う。


「生きて。」


「生きてほしい……。」


その瞬間。


二人の手から光が溢れた。


「……っ。」


ふわり。


いつものように。


柔らかく。


――ではなかった。


金色。


そして。


淡い黄緑色。


二つの光が一気に広がった。


眩しい。


少女は目を細める。


金色の中へ淡い黄緑が絡み、その上へまた金色、また黄緑と、幾重にも重なっていく。


光は二人の輪郭が霞むほど強く。


けれど。


透けるように。


重なり続ける。


照らされた草が白く浮かび上がり、夜の丘まで明るく染まった。


「お願い……。」


身体の奥から熱が抜けていく。


胸の奥。


腕。


指先。


自分の中にあるものが、腕の中の少女へ流れ込んでいく。


息が浅くなる。


それでも。


止めない。


絡めた手のすぐ向こう。


光の中に、白銀の髪の少女の右腕が見える。


深く抉れていた傷の縁が繋がっていく。


流れていた血が止まり、裂けた皮膚が閉じていく。


肩。


手首。


腹。


淡い光が。


傷を包んでいく。


「おもち……。」


手を離さない。


もっと。


まだ。


もっと。


その時。


光の外側で、侍女の目が大きく開いた。


瞬きもせず、二人を見ている。


「す。」


「すごい。」


「すごい。」


「すごいすごいすごいすごーい!!」


声が跳ねる。


「ひ。」


「ひひ。」


「ひひひひっ。」


少女の肩が震えた。


「おもち……。」


あと少し。


もう少しだけ。


その時。


首の後ろを掴まれた。


「え――」


身体が浮いた。


「いやっ!」


絡めた指が外れる。


「まだ……!」


「おもち……!」


手を伸ばす。


届かない。


「おわりでーす。」


耳元から声がした。


そのまま、白銀の髪の少女から引き剥がされる。


二人の間に残っていた光が大きく揺らぎ、細い粒となってほどけていった。


「私。」


すぐ横に侍女の顔がある。


「姫様にも。」


「興味。」


「出ちゃいましたー。」


「……え。」


次の瞬間。


身体を放り投げられた。


「きゃっ――!」


背中から草の上へ叩きつけられる。


「ぅ……っ。」


息が抜けた。


痛い。


それでも、少女はすぐに顔を上げる。


「お……。」


「おもち……。」


白銀の髪。


倒れたまま。


動いていない。


「あー?」


侍女が首を傾ける。


「おもち様ですかー?」


少女は身体を起こそうとした。


でも。


腕に力が入らない。


「傷。」


侍女は白銀の髪の少女を見る。


「治ってますよ?」


「……。」


右腕。


さっきまで、あれほど血に濡れていた場所。


裂けていた傷は閉じている。


「よかったですねー。」


少女の肩から力が抜けた。


「……よかった。」


涙が、また落ちる。


「よかった……。」


そのまま身体が傾く。


「……っ。」


力が入らない。


手も。


脚も。


自分のものじゃないみたいだった。


身体の奥が、空っぽになったように重い。


瞼が落ちる。


眠い。


違う。


意識が。


「おもち……。」


もう一度、名前を呼ぶ。


その時。


近くの草が擦れた。


ざ。


ざざ。


「……?」


何かが這ってくる。


顔を上げる力も残っていない。


首へ冷たいものが触れた。


「……っ。」


黒い何かが巻きつく。


「な――」


締まった。


「っ……!」


身体が持ち上がり、両足が地面から離れた。


「ぁ……っ。」


息。


できない。


反射的に両脚が跳ねた。


右。


左。


何もない空を何度も蹴る。


爪先が草にも地面にも届かない。


指を黒いものへ食い込ませる。


滑る。


外れない。


「や……。」


喉が、ひゅ、と鳴った。


声にならない。


侍女が近づいてくる。


「姫様。」


「まだ。」


「寝ちゃだめですよー。」


「っ……。」


少女は黒いものを掴んだまま身体を捩った。


足が、また空を蹴る。


「いや……。」


涙が勝手に出てくる。


「やだ……。」


侍女が顔を覗き込む。


「別に。」


首を傾ける。


「今は。」


「殺すつもり。」


「ないですよー?」


……


殺す。


その言葉だけが、頭に残る。


少女の瞳から涙が溢れた。


「お……。」


声が出ない。


息が入らない。


「おねが……。」


咳。


「お願い……。」


侍女が首を傾ける。


「はい?」


「殺さ……。」


また息が途切れる。


「殺さないで……。」


「お願い……します……。」


涙で顔がぐしゃぐしゃになる。


「命だけは……。」


「おもちだけは……。」


「助けて……。」


侍女は、その顔を見ている。


「あなたの中の。」


「さっきの力。」


侍女の視線が少女の胸元へ落ちる。


「気になりまして。」


「……いや。」


「お願い……。」


その時。


草が、もう一度鳴った。


ざり。


「……?」


もう一本。


黒いものが足元から伸びてくる。


足首へ触れた。


「ひっ……!」


脚が大きく跳ねる。


黒いものは離れない。


足首。


脛。


服の上を。


ゆっくり。


這ってくる。


「や……。」


「やめて……。」


膝。


腰の横。


脇腹。


「いやっ!」


少女は身体を捩った。


でも。


首は、もう一本の黒いものに吊られたまま。


逃げられない。


黒いものが今度は袖の上へ移り、腕をなぞる。


肘。


手首。


「っ……!」


指が震えた。


侍女が、その動きを見る。


「そこ。」


「よく動きますねー。」


「……っ。」


黒いものが、もう一度脇腹へ戻る。


「ひっ……!」


少女の身体が大きく跳ねた。


「やだ!」


「やめて!」


足が何度も空を蹴る。


「やめてぇ……!」


「へぇ。」


侍女は首を傾ける。


「こっちは。」


「さっきより。」


「よく動く。」


……


「いや……。」


「来ないで……。」


侍女の顔が近づく。


「まずは。」


「味見。」


「……え。」


頬へ舌が触れた。


「いやっ……。」


ぬるり。


血と唾液の混じった感触。


「や……っ。」


顔を背けようとする。


でも。


首が固定されている。


「うふふ。」


侍女が目を細める。


指が持ち上がった。


肩へ触れる。


「……?」


……


次の瞬間。


沈んだ。


「――ああぁっ!!」


肩を貫く。


「いやぁっ!!」


背中が反る。


両脚が激しく跳ね、何もない空を何度も蹴った。


「いたい……。」


「いたいよぉ……!!」


指が開く。


握る。


また開く。


「お願いっ……。」


「やめてぇ……。」


落ちかけていた意識が、痛みで無理やり引き戻される。


指が抜けた。


肩から血が流れる。


少女の身体は、まだ小さく震えている。


侍女は赤く濡れた指を見る。


舌が血を舐め取った。


「あぁ……。」


身体が止まる。


瞳孔が僅かに開いた。


「あァ……。」


もう一度。


「なんでしョう。」


「とっテモ。」


……


「気持チイイ。」


少女は泣きながら、荒い息を繰り返す。


「感覚に。」


「ナりまス。」


「ひメサま。」


顔が近づく。


「とっっても。」


「素敵でス。」


「……いや。」


少女の指先が震える。


「どうシよウカな。」


首が傾く。


「コこで。」


「ぜんブ?」


「いや……。」


身体が右へ振られる。


「きゃっ……!」


左へ。


「やめて……!」


「いや。」


侍女が首を傾け直す。


「モったいナイ?」


また。


右へ。


左へ。


少女の右腕が力なく落ちる。


傷つけられていない左手。


その指先が胸元へ触れた。


紐。


首から下がっている。


小さな笛。


……


セレス。


少女は笛を握り込んだ。


その瞬間。


光が弾けた。


「……!」


少女を中心に、薄い光の膜が一気に広がる。


どん。


「わ。」


侍女の身体が押し出された。


首へ巻きついていた黒いものも、強く引かれる。


もう一本も、少女の身体から弾き剥がされた。


ぶち。


首へ巻きついていた方が千切れる。


「……っ!」


少女の身体が地面へ落ちた。


「げほっ!」


両膝をつく。


「げほ……っ。」


「げほっ!」


喉を押さえる。


痛い。


でも。


空気が入る。


「は……っ。」


「はぁ……っ。」


涙も止まらない。


視界の端で、侍女が足元へ落ちた黒いものを見る。


切れた先。


それから、自分の足元から伸びる残った方。


「なんですか?」


首を傾げる。


「これ?」


切れたものを、ただ見ている。


「あ。」


「千切れました。」


それから。


「私。」


「脆いんですよねー。」


口元が持ち上がる。


「……っ。」


咳き込みながら、胸元の笛を握り直す。


セレスが。


くれたもの。


吹かないと。


来て。


お願い。


「セレス……。」


震える手で笛を持ち上げる。


唇へ。


あと。


少し。


その時。


侍女の手が伸びた。


「っ――!」


淡い防護の光が。


その手を阻む。


「あー。」


侍女は。


光を見る。


指先で。


表面をなぞる。


「これ。」


……


指が。


光へ押し込まれる。


ばち。


「……え。」


小さな音とともに。


光が弾ける。


侍女は。


もう一度。


指を押し込んだ。


ばち。


ばちっ。


「な……。」


薄い膜の上へ。


細い亀裂が走る。


少女の瞳が。


大きく開いた。


侍女は。


その亀裂へ。


指をかける。


「こうなってるんですねー。」


そのまま。


左右へ。


引いた。


ばり。


ばりばりっ。


「……!」


光が。


裂ける。


少女を守っていた膜が。


まるで薄い布みたいに。


引きちぎられていく。


「いや……。」


開いた隙間から。


侍女の腕が入る。


指が。


少女の首へ巻きついた。


「っ――!」


身体が浮く。


「いやっ!」


笛が唇から離れた。


少女は侍女の手首を掴む。


裂けた防護の光が、周囲でぱち、ぱち、と明滅している。


「やだ……。」


「お願い……。」


また涙が落ちる。


「もう。」


「やめて……。」


首が締まる。


声が細くなる。


「おもちには。」


「もう。」


「何もしないで……。」


侍女は、その顔を見つめる。


「あ。」


目が細くなる。


「その顔。」


「さっきと。」


「違う。」


……


口元が。


にたぁ。


と。


持ち上がる。


そして。


視線が少女から外れる。


草の上。


白銀の髪の少女へ。


少女の瞳が揺れる。


「やっぱり。」


侍女が首を傾ける。


「あっちから。」


「吸っちゃいましょーかね?」


「……え。」


侍女は、また少女を見る。


「どう思います?」


「――だめ!!」


声が出た。


喉が潰れそうなのに。


「だめっ!!」


少女は侍女の手首へ左手でしがみつく。


「おもちだけは……!」


涙が次々と頬を落ちる。


「お願いします……!」


「お願いだから……!」


息が続かない。


「私のことは……。」


「私のことは。」


声が震える。


「好きにしていいから……!」


「だから……!」


「おもちだけは……。」


「おもちだけは。」


「やめて……!」


涙で前が見えない。


鼻も。


喉も。


痛い。


それでも。


首を振る。


何度も。


何度も。


「お願い……。」


「お願い……します……。」


「おもちには……。」


「何もしないで……。」


「お願い……。」


声が泣き声に混ざる。


少女は、ぼろぼろと涙を流しながら。


ただ。


侍女を見る。


……


侍女は、そんな少女をじっと見ていた。


数秒。


それから。


口元が。


にたぁ。


と。


持ち上がる。


「嘘です。」


「……え。」


視線が白銀の髪の少女から戻る。


「ちゃんと。」


「姫様から。」


顔が近づく。


「いただきますからねー。」


「……っ。」


少女の顔が歪む。


「いや……。」


声が、もうほとんど出ない。


侍女の顔が近づいてくる。


首元へ。


口が近づく。


少女は震えながら、目を閉じた。


涙が頬を伝う。


……


もう。


……


何もできない。


おもちだけは。


どうか。


……


生きていますように。


……


首元で。


侍女の口が。


開く。


「――っ。」


その時。


夜の丘を引き裂くような炸裂音。


――ばん。


身体を掴んでいた手が止まった。


……


何も。


こない。


少女は恐る恐る目を開く。


「……え。」


目の前。


さっきまでそこにあった侍女の顔が。


ない。


髪も。


目も。


笑っていた口も。


全部。


ない。


……


首から上が。


消えていた。


「……。」


赤い髪の少女の唇が。


震える。


頭が。


ない。


さっきまで。


そこに。


あったものが。


ない。


「な……。」


声を出そうとして。


喉が。


ひゅ。


と鳴った。


掠れた空気だけが。


漏れる。


「なん……で……。」


視線が。


落ちる。


草の上。


白銀の髪。


「……っ。」


淡い紫の瞳が。


開いている。


生きてる。


少女の目から。


涙が。


溢れた。


「ぉ……。」


唇が。


名前の形を作る。


声は。


出ない。


白銀の髪の少女は。


左肘を。


草へついていた。


上体が。


僅かに起きている。


右腕が。


こちらへ向いていた。


肩から。


指先まで。


震えている。


指が。


うまく。


開いていない。


呼吸のたび。


細い身体が。


小さく揺れる。


それでも。


淡い紫の瞳は。


こちらから。


逸れない。


唇が。


動く。


「が……。」


息。


「ぜる……から……。」


喉が。


一度。


止まる。


「……はなれ、て……。」


「……。」


少女の頬を。


涙が伝った。


手を。


伸ばしかける。


その時。


首へ。


食い込んだ指が。


動いた。


「……?」


少女の身体が。


引かれる。


頭のない身体が。


立っている。


腕は。


少女の首を掴んだまま。


離れていない。


ぐ。


身体が。


近づく。


首から上のない身体へ。


「……っ。」


少女の足が。


空を蹴る。


逃れようと。


身体を捩る。


力が。


入らない。


頭があった場所。


濡れた断面が。


首元へ。


近づく。


「や……。」


ぬりゅ。


「――っ!」


生ぬるいものが。


首筋へ。


触れた。


少女の身体が。


びくりと跳ねる。


断面が。


離れる。


少しだけ。


間が空く。


また。


腕が。


少女を引く。


がっ。


「……っ!」


首元へ。


断面が。


ぶつかる。


離れる。


また。


引く。


ぬる。


「ぃ……。」


少女の両脚が。


何度も。


空を蹴る。


喉から。


ひゅ。


ひゅ。


と。


音だけが漏れる。


もう一度。


引き寄せられる。


ぬりゅ。


「……っ。」


断面が。


擦れる。


離れる。


また。


近づく。


同じ。


動き。


何度も。


何度も。


少女の指が。


頭のない腕へ。


食い込む。


外れない。


涙が。


顎から落ちる。


「や……。」


「め……。」


声にならない。


また。


身体が。


引かれる。


……


途中で。


止まった。


「……。」


頭のない身体が。


動かない。


数秒。


空いている方の手が。


持ち上がる。


顔が。


あった場所へ。


指が伸びる。


空を。


掻く。


一度。


もう一度。


何も。


触れない。


指先が。


首の上。


何もない場所を。


何度か。


探る。


「……。」


少女は。


瞬きもせず。


見ていた。


断面の奥。


ぬる。


何かが。


押し上がる。


「……?」


血とも。


肉とも。


違う。


丸い。


何か。


どく。


一度。


脈打つ。


どく。


もう一度。


表面が。


僅かに歪む。


球体。


断面の奥。


それが。


脈打っている。


少女の指から。


力が抜ける。


頭のない身体が。


動いた。


少女の首を掴んだまま。


向きを変える。


「……っ。」


その先。


白銀の髪の少女。


「ぉ……。」


赤い髪の少女が。


首を振る。


「お……もち……。」


掠れた音。


一歩。


頭のない身体が。


踏み出す。


ふら。


大きく。


傾く。


それでも。


倒れない。


もう一歩。


少女を持ち上げたまま。


白銀の髪の少女へ。


近づいていく。


「……っ。」


白銀の髪の少女の。


右腕が。


持ち上がる。


途中で。


一度。


落ちかける。


「……っ。」


歯を。


食いしばる。


また。


上げる。


指先に。


淡い光が。


集まり始めた。


揺れる。


一度。


消えかける。


また。


灯る。


「おもち……。」


赤い髪の少女は。


首を振る。


「だ……め……。」


淡い紫の瞳が。


こちらへ動く。


「まだ……。」


息を吸う音。


浅い。


「うご、いてる……。」


一度。


咳き込む。


「ガゼル……。」


右腕が。


大きく震える。


「……。」


息。


「危ない……。」


「ちが……。」


少女は。


もう一度。


首を振った。


「だめ……。」


光が。


強くなる。


「おもち……。」


「だめ……!」


白銀の髪の少女の腕が。


大きく揺れた。


肩が。


落ちる。


身体を支えていた。


左肘が滑る。


上体が。


沈む。


それでも。


右腕だけは。


下がらない。


光が。


放たれた。


頭のない身体が。


少女を掴んだまま。


一歩。


踏み出す。


光が。


身体の脇を。


掠める。


片脚の。


膝から下が。


消えた。


同じ線上。


地面が。


深く抉れる。


土が。


捲れ上がる。


光は。


そのまま。


空へ抜けた。


一瞬。


夜空が。


白く染まる。


――どん。


空で。


弾けた。


轟音。


風。


土。


草。


赤い髪が。


大きく煽られる。


頭のない身体が。


ぐらり。


傾く。


「……っ。」


そのまま。


倒れかける。


ぬる。


身体の奥から。


黒いものが。


伸びた。


一本。


二本。


三本。


続けて。


地面へ。


突き刺さる。


八本。


長い。


黒いもの。


ぐ。


傾いた身体が。


止まった。


頭がない。


片脚も。


ない。


それでも。


倒れない。


黒いものが。


地面を掻く。


ざり。


ざり。


八本が。


身体を。


引く。


少女を掴んでいた手が。


離れた。


「……っ。」


身体が。


地面へ落ちる。


肩から。


草へ。


倒れ込む。


「げほ……。」


少女は。


首を押さえた。


「げほっ……。」


空気を。


吸う。


喉が。


痛い。


声は。


出ない。


顔を上げる。


八本の黒いものは。


こちらへ来ない。


向かう先。


白銀の髪の少女。


「……お……。」


赤い髪の少女の手が。


伸びる。


届かない。


ざり。


ざり。


頭のない身体が。


運ばれていく。


白銀の髪の少女は。


左肘を。


草へ押しつけたまま。


身体を。


支えている。


右腕は。


もう。


上がっていない。


指先だけが。


草の上で。


僅かに動く。


「おもち……。」


頭のない身体が。


目の前で。


止まった。


近い。


白銀の髪の少女の瞳が。


首の断面へ向く。


その奥。


丸いもの。


どく。


……


どく。


黒いものも。


動かない。


白銀の髪の少女も。


動かない。


淡い紫の瞳だけが。


断面の奥から。


逸れない。


「……。」


唇が。


僅かに開く。


息だけが。


漏れる。


もう一度。


「……ほ……し……?」


「……?」


赤い髪の少女が。


目を見開く。


どく。


球体が。


大きく。


一度。


脈打った。


ぎち。


……


ぎち。


何かが。


軋む。


顔は。


ない。


目も。


口も。


ない。


……


それでも。


首の上。


何もない場所に。


さっきまでの。


口元が。


重なって見えた。


にた。


にた。


と。


「……。」


白銀の髪の少女は。


目を逸らさない。


数秒。


一本。


黒いものが。


持ち上がる。


続いて。


二本。


三本。


地面へ。


刺さり直す。


身体の向きが。


変わる。


白銀の髪の少女から。


離れる。


ざり。


ざり。


八本の黒いものが。


地面を掻く。


頭のない身体を。


運びながら。


丘の暗がりへ。


向かっていく。


……


その姿が。


夜の中へ。


少しずつ。


遠ざかっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。