異相
「おもち――」
……
声。
少女は。
ゆっくり。
顔を向ける。
……
暗い。
視界が。
ぼやけている。
……
誰か。
いる。
「おもちさまー?」
……
声。
「いらっしゃいますかー?」
……
聞いたことがある。
少女は。
目を細める。
……
足音。
草を踏む音が。
近づいてくる。
一歩。
また。
一歩。
「あ。」
「あ、いたいたー。」
……
人影が。
止まる。
少女は。
ゆっくりと。
見上げる。
……
侍女。
……
白い服。
黒い布。
……
でも。
汚れている。
口元。
頬。
胸元。
袖。
……
赤い。
……
血。
……
たくさん。
少女は。
その姿を見る。
……
侍女は。
笑っていた。
「探したんですよー?」
……
口元が。
ゆるく。
持ち上がる。
「ふふ。」
「ふふふ。」
「あは。」
……
高い。
低い。
また。
高い。
……
どこで。
息を吸っているのか。
わからない。
……
侍女が。
足元を見る。
……
草。
赤い。
小さな跡。
その先にも。
もう一つ。
……
少女の。
血。
……
侍女は。
屈む。
指先で。
草を撫でる。
赤が。
指につく。
「さっき。」
指先を。
見たまま。
「大きいの。」
「出しましたよねー?」
……
少女は。
瞬きをする。
「遠くでも。」
「わかりましたよー。」
侍女の舌が。
指先を。
なぞる。
「それで。」
立ち上がる。
「近くまで来たら。」
視線が。
草へ落ちる。
「ずっと。」
「落ちてましたから。」
……
赤。
一滴。
その先。
また。
赤。
……
少女は。
自分の右腕を見る。
血が。
まだ。
落ちている。
……
ぽた。
草へ。
「見つけやすかったですー。」
……
笑う。
……
少女の身体が。
動く。
膝を。
立てる。
手を。
地面につく。
……
痛い。
腕が。
震える。
それでも。
身体を。
起こす。
……
侍女を見る。
「迎えに。」
「きた……?」
「あー。」
侍女は。
首を傾ける。
「ちがうちがーう。」
……
「迎えになんて。」
「来てませんよー。」
少女は。
瞬きをする。
「じゃあ。」
「なに。」
侍女の。
目が細くなる。
「見に来ただけです。」
……
「……?」
「ふふふ。」
「あなたが。」
「何をするのか。」
「見ていたいだけですよー。」
……
少女は。
侍女を見る。
……
意味が。
わからない。
「……それなら。」
声が。
掠れる。
「どこかに。」
「いって。」
……
侍女の。
口元が止まる。
少女は。
目を逸らさない。
……
胸の奥。
ざわつく。
……
侍女の瞳が。
細くなる。
肩が。
小さく揺れる。
「……あ。」
……
口元が。
ゆっくり。
広がる。
「あぁ……。」
「ほんとに。」
肩が。
また。
揺れる。
……
「かわいい……。」
……
侍女は。
少女の目を。
じっと。
見ていた。
「あなたって。」
少し。
身を屈める。
「そんな目も。」
「できるようになったんですね。」
……
「O-M-1。」
……
少女の身体が。
止まる。
……
目が。
大きく。
開く。
「……どうして。」
声が。
掠れる。
「どうして。」
「知ってる……?」
……
侍女の口元が。
また。
広がる。
「ふ。」
「ふふ。」
「あは。」
「あはは。」
……
高く。
低く。
また。
高く。
笑い声だけが。
妙なところで。
跳ねる。
……
少女は。
その顔を見る。
……
侍女の指が。
ぴくりと。
動く。
身体が。
少し。
前へ傾く。
……
止まる。
「だめだめだめ。」
……
「まだだめ。」
……
少女の眉が。
寄る。
侍女は。
また。
少女を見る。
「どうしてか知りたい?」
……
「教えてあげなーい。」
「……どうして。」
「だって。」
侍女の肩が。
また。
揺れる。
「あなたのその顔。」
……
「もっと。」
「見ていたい。」
口元が。
深く。
曲がる。
「ずぅっと。」
「見ていたいから。」
「ふ。」
「ふふふ。」
「あは。」
「あははは。」
……
少女の足が。
後ろへ。
下がる。
一歩。
……
近くに。
いたら。
よくない。
……
もう一歩。
少女は。
身体を向ける。
……
逃げる。
その瞬間。
両肩へ。
手が乗った。
「……っ。」
強く。
掴まれる。
少女の身体が。
止まる。
「私が。」
すぐ。
近くから。
声。
「私が怖いですかぁ?」
……
吐息が。
頬に触れる。
少女の肩が。
震える。
「でも。」
「それは。」
「だめ。」
……
侍女は。
少女の肩を。
掴んだまま。
顔を近づける。
……
白銀の髪が。
頬へ触れる。
侍女の鼻先が。
僅かに動く。
……
すぅ。
ゆっくり。
息を吸う。
……
「あぁ……。」
「いい……。」
……
もう一度。
息を吸う。
「私。」
「あなたのために。」
「少しだけ頑張ったんですよ?」
……
血のついた。
口元。
舌が。
唇を。
ゆっくり。
なぞる。
「だから。」
「もうちょっとだけ。」
「おはなし。」
「しましょう?」
……
少女は。
侍女を見る。
喉が。
うまく。
動かない。
「が。」
「がんばったって。」
……
息を。
吸う。
「なに……。」
……
侍女の目が。
開く。
「あ。」
……
「聞いてくれるんですか?」
身体が。
少女へ。
寄る。
「聞いてくれるんですか?」
……
口元が。
大きく。
持ち上がる。
「あなた。」
「今日。」
「困ってましたよね。」
……
少女は。
瞬きをする。
「騎士に。」
「つかまってたでしょー?」
……
騎士。
……
腕。
身体が。
浮いた。
足が。
届かなかった。
……
「それで。」
「馬が。」
「暴れてたでしょ?」
……
少女の瞳が。
僅かに。
動く。
馬。
高い声。
荷車。
落ちる。
荷物。
騎士が。
離した。
……
侍女の口元が。
にたりと。
曲がる。
「あれ。」
「私なんですよ。」
……
少女は。
動かない。
「ちょっと。」
「お肉を。」
「削いだだけで。」
侍女は。
首を傾ける。
「あれですよ。」
……
少女の視線が。
落ちる。
侍女の服。
袖。
胸元。
口。
……
血。
「大げさですよねぇ。」
……
少女は。
何も。
言えない。
視線だけが。
血のついた。
口元へ。
戻る。
「その。」
少女の声が。
震える。
「血……。」
……
侍女の瞳が。
大きく。
開く。
「え。」
……
口元が。
持ち上がる。
「私に。」
「興味があります?」
……
少女は。
答えない。
「あぁ……。」
侍女の頬が。
緩む。
「嬉しい……。」
……
血のついた。
自分の口元を。
指先で。
なぞる。
「じゃあ。」
「問題です。」
……
人差し指を。
一本。
立てる。
「この血。」
「なんの血だと。」
「思いますかー?」
……
少女は。
眉を寄せる。
「いち。」
「人間。」
二本目。
「に。」
「えーっと。」
首が。
傾く。
数秒。
「馬でいいか。」
……
そして。
三本目。
……
侍女の動きが。
止まる。
笑ったまま。
少女を見る。
……
さっきまで。
細めていた瞳が。
ゆっくり。
開く。
口元だけが。
さらに。
深く。
曲がる。
「さん。」
……
声が。
落ちる。
「姫様。」
……
少女の身体が。
跳ねる。
「……っ。」
両肩を。
振る。
腕を。
動かす。
「離して。」
……
動かない。
「離して……!」
さらに。
強く。
身体を捻る。
……
侍女の手は。
びくとも。
しない。
「だめですって。」
……
片方の手が。
肩から。
離れる。
次の瞬間。
少女の頬を。
掴む。
「……っ!」
指が。
頬へ。
食い込む。
顎が。
押される。
「ん……っ。」
口が。
開く。
「ヒントです。」
侍女が。
顔を近づける。
「分けて。」
「あげますー。」
……
少女の瞳が。
揺れる。
近い。
口。
血。
匂い。
……
侍女の唇から。
赤いものが。
糸を引く。
……
「ん――」
口の中へ。
落ちる。
……
温かい。
鉄みたいな。
味。
……
血。
……
でも。
何の。
……
少女の喉が。
動く。
「――っ。」
身体が。
大きく。
震える。
「ぅ……っ。」
侍女の手を。
振り払おうとする。
でも。
離れない。
「んっ。」
「や……。」
息が。
詰まる。
胃が。
持ち上がる。
少女は。
顔を。
横へ向ける。
「ぅ――」
吐く。
草の上へ。
赤いものが。
落ちる。
唾液と。
胃液と。
混ざる。
……
少女は。
咳き込む。
「げほっ。」
「……っ。」
「げほ……。」
肩が。
上下する。
……
その横。
侍女の眉が。
下がる。
「あー。」
「もったいないですねー。」
……
少女は。
口元を。
押さえる。
呼吸が。
うまく。
できない。
「ほら。」
侍女が。
屈み込む。
「早く。」
「答えて。」
……
少女は。
荒い息のまま。
顔を上げる。
……
人間。
馬。
姫様。
……
血。
口元。
……
さっき。
馬を。
……
「う。」
息を。
吸う。
「うま……。」
……
数秒。
侍女は。
少女を見る。
……
「あー。」
肩が。
落ちる。
「残念。」
……
口元が。
持ち上がる。
「あなた。」
「賢いのにー。」
……
少女は。
動かない。
侍女は。
自分の唇についた赤を。
舌先で。
舐め取る。
「正解は。」
……
少女を見る。
「あなたの。」
「血です。」
……
少女の。
呼吸が。
止まる。
……
あなたの。
血。
……
最後に。
この人と。
話したのは。
朝。
王城の。
廊下。
……
それだけ。
……
いつ。
……
どこで。
……
少女の目が。
侍女の口元から。
離れない。
……
地面へ。
手をつく。
膝。
痛い。
腕。
痛い。
……
身体を。
前へ。
引く。
一歩。
……
這う。
もう一歩。
草を。
掴む。
……
右手首を。
掴まれた。
「……っ。」
引き上げられる。
……
身体が。
浮く。
足が。
地面から。
離れる。
「ぁ――」
肩の奥で。
何かが。
ずれる。
……
鈍い音。
……
痛みが。
肩から。
腕へ。
走る。
「……っ!」
右腕が。
動かない。
……
動かそうとすると。
痛い。
肩。
腕。
さっき。
抉れた場所。
また。
熱い。
「もう。」
後ろから。
声。
「まだ。」
「逃げないでって。」
「言ってるのにー。」
……
少女は。
振り返れない。
右腕一本で。
身体が。
吊り上がっている。
……
「別に。」
「殺す気なんて。」
「ないですよ?」
……
その言葉のあと。
指が。
傷口へ。
入る。
「――ぁっ!」
身体が。
跳ねる。
……
痛い。
……
「や……っ。」
指が。
さらに。
沈む。
傷が。
開く。
赤い血が。
新しく。
流れる。
腕を。
伝う。
侍女の指へ。
落ちる。
……
少女の目に。
涙が。
滲む。
「ぁ……。」
「やめ……。」
……
侍女の顔は。
変わらない。
少女を。
見ている。
……
左手が。
上がる。
掌に。
光が。
滲む。
……
撃つ。
……
「それも。」
侍女の声。
「だめ。」
左手首を。
掴まれる。
「……っ。」
ぎし。
……
骨が。
軋む。
……
少女の瞳が。
開く。
「や――」
さらに。
力が入る。
……
鈍い音。
……
左手から。
力が抜ける。
溜めていた光が。
散る。
……
指が。
動かない。
手首。
熱い。
痛い。
……
握られたところから。
血が。
滲む。
一滴。
草へ。
もう一滴。
……
右腕。
左手。
動かない。
……
侍女の手へ。
血が。
落ちる。
一滴。
また。
一滴。
……
「あ。」
……
侍女の動きが。
止まる。
少女を。
見ていない。
自分の手へ落ちた。
赤を。
見ている。
「あぁ……。」
……
鼻から。
細く。
息を吸う。
「あまい。」
……
もう一度。
「あぁ……。」
「この。」
「甘ったるい。」
……
「に。」
「に。」
「に。」
「におい……。」
……
瞳孔が。
開く。
縮む。
また。
開く。
……
呼吸が。
速くなる。
「も。」
「もう。」
「いいですよね。」
……
身体が。
近づく。
「ガ。」
「がマん。」
「できなァイ。」
……
少女の頬に。
舌が。
触れる。
「……っ。」
頬。
顎。
首。
ぬるい。
「や……。」
……
侍女は。
左手首を。
離す。
血で濡れた。
指。
舌が。
それを。
舐め取る。
「あ。」
……
それから。
言葉が。
止まる。
喉の奥から。
声にならない。
音。
「――ぁ。」
「……っ、ぁ。」
……
顔が。
右腕へ。
落ちる。
抉れた傷。
口が。
開く。
「……や。」
次の瞬間。
傷へ。
押しつけられた。
「――っ!!」
少女の身体が。
大きく。
跳ねる。
……
痛い。
……
口が。
傷へ。
吸いつく。
ず。
……
啜る音。
……
少女の指が。
震える。
「ぁ……。」
「や……。」
……
身体の奥。
芯。
そこから。
何かが。
引かれる。
……
熱。
力。
魔力。
……
一緒に。
抜けていく。
……
脚が。
震える。
腕が。
震える。
身体が。
勝手に。
跳ねる。
……
視界。
暗い。
……
星が。
遠くなる。
……
音も。
遠い。
……
少女の頭が。
垂れる。
……
侍女の身体が。
止まった。
「あ。」
……
口が。
離れる。
「あ。」
「あ。」
「ダめ。」
「だめダメだメ。」
……
「これイじョうは。」
「ガまん。」
「しないトォ……。」
……
手が。
離れる。
少女の身体が。
落ちる。
草の上。
どさ。
……
動かない。
……
指。
脚。
僅かに。
震えている。
◇
侍女が。
少女を。
見下ろす。
「……。」
首が。
少し。
傾く。
「死んじゃいましたかー?」
……
返事は。
ない。
……
侍女の足元。
黒いものが。
動く。
細い。
何か。
草の間を。
這う。
少女の身体へ。
近づく。
服の上。
へそのあたり。
止まる。
……
突き刺さる。
少女の身体が。
びくっ。
と。
跳ねた。
「あ。」
……
「よかったぁ。」
「生きてますね。」
……
黒いものが。
抜ける。
先端に。
赤い血。
侍女は。
それを。
指先で受ける。
舌が。
血を。
なぞる。
……
視線が。
落ちる。
草の上。
広がった。
白銀の髪。
……
侍女が。
しゃがむ。
一房。
指に。
巻きつける。
……
少女の頭が。
僅かに。
引かれる。
ぶち。
……
白銀の髪が。
根元から。
抜ける。
少女の指が。
ぴくりと。
動く。
「……。」
侍女は。
手の中の髪を。
見る。
指先で。
束ねる。
そのまま。
口へ。
入れる。
……
唇の間から。
白銀が。
少しだけ。
残る。
口が。
動く。
一度。
二度。
……
白銀が。
消える。
喉が。
動いた。
……
「薄い。」
……
「先に。」
「こっち。」
「食べればよかったなー。」
……
「じゃあ。」
「このくらいで。」
「私。」
「行きますねー。」
……
倒れた少女へ。
言う。
「また。」
「来ますからね。」
……
少し。
間。
「ふふ。」
「あなたのこと。」
「ずうぅっと。」
「見てますから。」
……
少女は。
動かない。
草の上。
白銀の髪だけが。
風に。
揺れていた。
◇
「おもち!!」
赤い髪の少女は、草を蹴るように駆けた。
「おもち!」
返事がない。
白銀の髪が草の上に広がり、その隙間から細い身体が見えた。
少女の足が止まりかける。
「……っ。」
右腕。
赤い。
服も。
草も。
血で濡れている。
肩の位置もおかしい。
力なく地面へ落ちた左手も、その手首まで赤く染まっていた。
頬。
首。
口元。
どこまでが、おもちの血なのか。
わからない。
「おもち……?」
少女は駆け寄り、その傍らへ膝をついた。
「おもち。」
肩へ触れようとした手が止まる。
どこなら。
触っていいのか。
わからない。
「おもち。」
もう一度、呼ぶ。
「ねえ……。」
「おもち……?」
反応がない。
胸だけが、ほんのわずかに上下している。
「生きてる……。」
息が漏れた。
でも。
浅い。
あまりにも小さい。
顔色も、ひどく悪い。
「だめ……。」
このままじゃ。
少女は顔を上げた。
すぐそばに人がいる。
黒と白の侍女服。
王城の侍女。
「あ……!」
「あの!」
侍女は立ったまま動かない。
「おもちが……おもちが大変なの!」
言葉が絡まる。
「このままじゃ、た、助からないかもしれないから……!」
息を吸う。
うまく入らない。
「運ぶの。」
「手伝ってくれませんか……!?」
返事がない。
「……?」
少女は侍女を見上げた。
そこで初めて、その顔をまともに見る。
笑っている。
口元が、ゆるく持ち上がっている。
にた。
にた。
と。
背中を冷たいものが走った。
よく見れば、口元にも、頬にも、首元にも。
胸元にも。
袖にも。
赤いものがこびりついている。
血。
「あ……。」
息を呑む。
それでも。
最初に口から出たのは。
「あなたも……。」
少女は侍女を見る。
「怪我してるんですか……?」
返事はない。
「だ、大丈夫……?」
血に濡れた袖から顔へ、視線を移す。
どこを怪我しているのだろう。
こんなに血がついているのに、傷が見つからない。
「痛いところ……。」
「あるんですか……?」
侍女の口元が、ゆっくり持ち上がった。
また。
にた。
にた。
と。
少女の身体が強張る。
「あなた……。」
声が小さく震えた。
見覚えがある。
王城で何度か見たことがある。
廊下。
食堂。
「うちの……侍女ですよね……?」
記憶を辿る。
「カ……。」
「カミュ……?」
侍女の動きが一瞬だけ止まった。
それから。
「ふ。」
「ふふ。」
「ふふふふ。」
笑いながら、少女の前へしゃがみ込む。
「ひめさまぁ?」
目線が重なる。
「城の人の名前。」
「みーんな。」
「覚えてるんですねー?」
首が傾く。
「たくさんいるのに。」
「すごーい。」
「……っ。」
濡れた手が伸び、赤い髪へ触れた。
ぬるい。
指が髪を撫でるたび、べたりと何かが残っていく。
血。
少女の呼吸が浅くなる。
この人には。
傷が。
見えない。
……
じゃあ。
これは。
誰の。
「あなたは……。」
唇が震える。
「おもちが……。」
少女は侍女を見る。
「どうして。」
「こんなことになったのか。」
喉が詰まる。
「し、知ってるの……?」
侍女の瞳が細くなる。
少女の目を、じっと見ている。
侍女の肩が細かく震えた。
「……あ。」
口元が、また持ち上がる。
「姫様も。」
「結構。」
「かわいいですよね。」
血に濡れた指が、また髪を撫でる。
「いつも。」
「きれいな顔してますよねー。」
指先が一房の髪を掬う。
「怖いのに。」
目を細める。
「まだ。」
「その話し方なんですねー。」
「……いたい。」
髪が引かれる。
「やめて……。」
「やめて。」
「ください……。」
侍女の手が止まった。
笑みも消える。
ただ、少女を見る。
「あれ。」
首が傾く。
「まだ。」
「変わらない。」
「……え。」
「私。」
「姫様が。」
「どこまで。」
「変わるのか。」
口元が上がる。
「見てみたいですー。」
「なにを。」
「言ってるんです――」
ぱん。
顔が横を向いた。
……
何が起きたのか。
すぐには、わからなかった。
頬が熱い。
遅れて、痛みがくる。
少女は何度か瞬きをした。
侍女は、自分の手を見ている。
「私。」
「加減って。」
「あんまり。」
「わからなくって。」
また少女を見る。
「ほら。」
「おもち様って。」
「勝手に元に戻るでしょー?」
少女の瞳が動く。
「でも。」
侍女の指先が、打たれた頬へ触れる。
「人間に。」
「同じことしても。」
「戻らないじゃないですかー。」
侍女は首を傾ける。
「不便ですよねー。」
「……。」
その向こう。
草の上に、おもちがいる。
「あ。」
侍女が声を上げた。
「思い出しました。」
視線が白銀の髪の少女へ落ちる。
「おもち様。」
「たぶん。」
「そのままじゃ。」
「元に戻らないかもしれないですよね。」
少女の呼吸が止まった。
「……え。」
「だから。」
口元が持ち上がる。
「ほら。」
「姫様が。」
「治してくださいよー。」
「な……治す?」
「はい。」
侍女は頷いた。
「ちょっと私。」
「我慢できなくって。」
白銀の髪の少女を指差す。
「こうなっちゃったんですよー。」
少女も、白銀の髪の少女へ目を向ける。
こう。
なった。
腕。
血。
動かない身体。
「だから。」
「早く。」
「治してくださーい。」
ぱし。
「……っ。」
頭を叩かれる。
ぱし。
もう一度。
「ほらー。」
ぱし。
「早くー。」
少女は俯いた。
頬を何かが伝い、一滴、草へ落ちる。
また。
涙。
怖い。
怖いけど。
それ以上に。
悔しい。
どうして。
どうして、いつも。
間に合わないの。
見つけたのに。
やっと見つけたのに。
どうして。
おもちが。
こんなことにならないといけないの。
唇を噛む。
「……あなたは。」
声が震えた。
顔を上げる。
涙で滲んだ視界の向こう。
侍女を見る。
「あなたは……。」
「心が。」
「痛まないのですか……?」
侍女が止まった。
口元から笑みが消える。
「コこロ?」
目が少女から外れた。
何もない空中を見る。
「ココろッテなニ?」
抑揚がない。
「……え。」
「ここロ。」
もう一度。
「コころ。」
口だけが、言葉の形を作る。
瞬き。
一度。
二度。
……
「なんでもいいや。」
視線が戻る。
口角が上がった。
「もー。」
「姫様ってば。」
「そんなことはいいんですよー。」
さっきまでと同じ、伸びた語尾。
少女の喉が小さく鳴った。
「それに。」
「私。」
「お願いしましたけど。」
侍女は白銀の髪の少女を見る。
「別に。」
「治らなくても。」
「いいんですよー。」
少女の肩が震える。
「そうしたら。」
「全部。」
「吸って。」
「終わりだから。」
「……。」
目が見開く。
「ただ。」
「おもち様。」
「便利だから。」
「もったいないなーって。」
「だから。」
侍女が顔を寄せる。
「早くして?」
次の瞬間。
胸元を押された。
「きゃっ――!」
身体が後ろへ倒れる。
「……っ。」
白銀の髪。
「おもち……!」
倒れている白銀の髪の少女へ身体が重なる。
少女は慌てて両手をついた。
掌が、ぬるりと滑る。
赤い。
おもちの血。
自分の服にも、じわりと染みていく。
「ご、ごめんね……。」
身体を起こそうとする。
「おもち。」
「苦しかった――」
「もう。」
頭上から声が落ちた。
「そういうの。」
「いいですからー。」
背中へ重みが乗る。
「……っ!」
踏まれた。
身体が沈み、その下の身体まで僅かに揺れた。
「や……っ。」
少女は咄嗟に腕を突っ張った。
自分の体重だけは、その身体へかけないように。
「やめて……!」
涙が落ちる。
「おもちが……!」
「だからー。」
さらに背中へ力がかかる。
「早くしてって。」
「っ……。」
痛い。
苦しい。
怖い。
腕の中のおもちは。
今にも……。
「……おもち。」
震える手を伸ばした。
その手へ重ねる。
冷たい。
「……おもち。」
指を絡ませ、握る。
返ってくる力はない。
少女はその手を胸元へ引き寄せた。
「お願い……。」
「お願いだから……。」
もう。
何もいらない。
「私が。」
声が震える。
「どうなっても。」
「いいから……。」
涙が、絡めた二人の手へ落ちる。
「おもちだけでも……。」
息を吸う。
「生きて。」
「生きてほしい……。」
その瞬間。
二人の手から光が溢れた。
「……っ。」
ふわり。
いつものように。
柔らかく。
――ではなかった。
金色。
そして。
淡い黄緑色。
二つの光が一気に広がった。
眩しい。
少女は目を細める。
金色の中へ淡い黄緑が絡み、その上へまた金色、また黄緑と、幾重にも重なっていく。
光は二人の輪郭が霞むほど強く。
けれど。
透けるように。
重なり続ける。
照らされた草が白く浮かび上がり、夜の丘まで明るく染まった。
「お願い……。」
身体の奥から熱が抜けていく。
胸の奥。
腕。
指先。
自分の中にあるものが、腕の中の少女へ流れ込んでいく。
息が浅くなる。
それでも。
止めない。
絡めた手のすぐ向こう。
光の中に、白銀の髪の少女の右腕が見える。
深く抉れていた傷の縁が繋がっていく。
流れていた血が止まり、裂けた皮膚が閉じていく。
肩。
手首。
腹。
淡い光が。
傷を包んでいく。
「おもち……。」
手を離さない。
もっと。
まだ。
もっと。
その時。
光の外側で、侍女の目が大きく開いた。
瞬きもせず、二人を見ている。
「す。」
「すごい。」
「すごい。」
「すごいすごいすごいすごーい!!」
声が跳ねる。
「ひ。」
「ひひ。」
「ひひひひっ。」
少女の肩が震えた。
「おもち……。」
あと少し。
もう少しだけ。
その時。
首の後ろを掴まれた。
「え――」
身体が浮いた。
「いやっ!」
絡めた指が外れる。
「まだ……!」
「おもち……!」
手を伸ばす。
届かない。
「おわりでーす。」
耳元から声がした。
そのまま、白銀の髪の少女から引き剥がされる。
二人の間に残っていた光が大きく揺らぎ、細い粒となってほどけていった。
「私。」
すぐ横に侍女の顔がある。
「姫様にも。」
「興味。」
「出ちゃいましたー。」
「……え。」
次の瞬間。
身体を放り投げられた。
「きゃっ――!」
背中から草の上へ叩きつけられる。
「ぅ……っ。」
息が抜けた。
痛い。
それでも、少女はすぐに顔を上げる。
「お……。」
「おもち……。」
白銀の髪。
倒れたまま。
動いていない。
「あー?」
侍女が首を傾ける。
「おもち様ですかー?」
少女は身体を起こそうとした。
でも。
腕に力が入らない。
「傷。」
侍女は白銀の髪の少女を見る。
「治ってますよ?」
「……。」
右腕。
さっきまで、あれほど血に濡れていた場所。
裂けていた傷は閉じている。
「よかったですねー。」
少女の肩から力が抜けた。
「……よかった。」
涙が、また落ちる。
「よかった……。」
そのまま身体が傾く。
「……っ。」
力が入らない。
手も。
脚も。
自分のものじゃないみたいだった。
身体の奥が、空っぽになったように重い。
瞼が落ちる。
眠い。
違う。
意識が。
「おもち……。」
もう一度、名前を呼ぶ。
その時。
近くの草が擦れた。
ざ。
ざざ。
「……?」
何かが這ってくる。
顔を上げる力も残っていない。
首へ冷たいものが触れた。
「……っ。」
黒い何かが巻きつく。
「な――」
締まった。
「っ……!」
身体が持ち上がり、両足が地面から離れた。
「ぁ……っ。」
息。
できない。
反射的に両脚が跳ねた。
右。
左。
何もない空を何度も蹴る。
爪先が草にも地面にも届かない。
指を黒いものへ食い込ませる。
滑る。
外れない。
「や……。」
喉が、ひゅ、と鳴った。
声にならない。
侍女が近づいてくる。
「姫様。」
「まだ。」
「寝ちゃだめですよー。」
「っ……。」
少女は黒いものを掴んだまま身体を捩った。
足が、また空を蹴る。
「いや……。」
涙が勝手に出てくる。
「やだ……。」
侍女が顔を覗き込む。
「別に。」
首を傾ける。
「今は。」
「殺すつもり。」
「ないですよー?」
……
殺す。
その言葉だけが、頭に残る。
少女の瞳から涙が溢れた。
「お……。」
声が出ない。
息が入らない。
「おねが……。」
咳。
「お願い……。」
侍女が首を傾ける。
「はい?」
「殺さ……。」
また息が途切れる。
「殺さないで……。」
「お願い……します……。」
涙で顔がぐしゃぐしゃになる。
「命だけは……。」
「おもちだけは……。」
「助けて……。」
侍女は、その顔を見ている。
「あなたの中の。」
「さっきの力。」
侍女の視線が少女の胸元へ落ちる。
「気になりまして。」
「……いや。」
「お願い……。」
その時。
草が、もう一度鳴った。
ざり。
「……?」
もう一本。
黒いものが足元から伸びてくる。
足首へ触れた。
「ひっ……!」
脚が大きく跳ねる。
黒いものは離れない。
足首。
脛。
服の上を。
ゆっくり。
這ってくる。
「や……。」
「やめて……。」
膝。
腰の横。
脇腹。
「いやっ!」
少女は身体を捩った。
でも。
首は、もう一本の黒いものに吊られたまま。
逃げられない。
黒いものが今度は袖の上へ移り、腕をなぞる。
肘。
手首。
「っ……!」
指が震えた。
侍女が、その動きを見る。
「そこ。」
「よく動きますねー。」
「……っ。」
黒いものが、もう一度脇腹へ戻る。
「ひっ……!」
少女の身体が大きく跳ねた。
「やだ!」
「やめて!」
足が何度も空を蹴る。
「やめてぇ……!」
「へぇ。」
侍女は首を傾ける。
「こっちは。」
「さっきより。」
「よく動く。」
……
「いや……。」
「来ないで……。」
侍女の顔が近づく。
「まずは。」
「味見。」
「……え。」
頬へ舌が触れた。
「いやっ……。」
ぬるり。
血と唾液の混じった感触。
「や……っ。」
顔を背けようとする。
でも。
首が固定されている。
「うふふ。」
侍女が目を細める。
指が持ち上がった。
肩へ触れる。
「……?」
……
次の瞬間。
沈んだ。
「――ああぁっ!!」
肩を貫く。
「いやぁっ!!」
背中が反る。
両脚が激しく跳ね、何もない空を何度も蹴った。
「いたい……。」
「いたいよぉ……!!」
指が開く。
握る。
また開く。
「お願いっ……。」
「やめてぇ……。」
落ちかけていた意識が、痛みで無理やり引き戻される。
指が抜けた。
肩から血が流れる。
少女の身体は、まだ小さく震えている。
侍女は赤く濡れた指を見る。
舌が血を舐め取った。
「あぁ……。」
身体が止まる。
瞳孔が僅かに開いた。
「あァ……。」
もう一度。
「なんでしョう。」
「とっテモ。」
……
「気持チイイ。」
少女は泣きながら、荒い息を繰り返す。
「感覚に。」
「ナりまス。」
「ひメサま。」
顔が近づく。
「とっっても。」
「素敵でス。」
「……いや。」
少女の指先が震える。
「どうシよウカな。」
首が傾く。
「コこで。」
「ぜんブ?」
「いや……。」
身体が右へ振られる。
「きゃっ……!」
左へ。
「やめて……!」
「いや。」
侍女が首を傾け直す。
「モったいナイ?」
また。
右へ。
左へ。
少女の右腕が力なく落ちる。
傷つけられていない左手。
その指先が胸元へ触れた。
紐。
首から下がっている。
小さな笛。
……
セレス。
少女は笛を握り込んだ。
その瞬間。
光が弾けた。
「……!」
少女を中心に、薄い光の膜が一気に広がる。
どん。
「わ。」
侍女の身体が押し出された。
首へ巻きついていた黒いものも、強く引かれる。
もう一本も、少女の身体から弾き剥がされた。
ぶち。
首へ巻きついていた方が千切れる。
「……っ!」
少女の身体が地面へ落ちた。
「げほっ!」
両膝をつく。
「げほ……っ。」
「げほっ!」
喉を押さえる。
痛い。
でも。
空気が入る。
「は……っ。」
「はぁ……っ。」
涙も止まらない。
視界の端で、侍女が足元へ落ちた黒いものを見る。
切れた先。
それから、自分の足元から伸びる残った方。
「なんですか?」
首を傾げる。
「これ?」
切れたものを、ただ見ている。
「あ。」
「千切れました。」
それから。
「私。」
「脆いんですよねー。」
口元が持ち上がる。
「……っ。」
咳き込みながら、胸元の笛を握り直す。
セレスが。
くれたもの。
吹かないと。
来て。
お願い。
「セレス……。」
震える手で笛を持ち上げる。
唇へ。
あと。
少し。
その時。
侍女の手が伸びた。
「っ――!」
淡い防護の光が。
その手を阻む。
「あー。」
侍女は。
光を見る。
指先で。
表面をなぞる。
「これ。」
……
指が。
光へ押し込まれる。
ばち。
「……え。」
小さな音とともに。
光が弾ける。
侍女は。
もう一度。
指を押し込んだ。
ばち。
ばちっ。
「な……。」
薄い膜の上へ。
細い亀裂が走る。
少女の瞳が。
大きく開いた。
侍女は。
その亀裂へ。
指をかける。
「こうなってるんですねー。」
そのまま。
左右へ。
引いた。
ばり。
ばりばりっ。
「……!」
光が。
裂ける。
少女を守っていた膜が。
まるで薄い布みたいに。
引きちぎられていく。
「いや……。」
開いた隙間から。
侍女の腕が入る。
指が。
少女の首へ巻きついた。
「っ――!」
身体が浮く。
「いやっ!」
笛が唇から離れた。
少女は侍女の手首を掴む。
裂けた防護の光が、周囲でぱち、ぱち、と明滅している。
「やだ……。」
「お願い……。」
また涙が落ちる。
「もう。」
「やめて……。」
首が締まる。
声が細くなる。
「おもちには。」
「もう。」
「何もしないで……。」
侍女は、その顔を見つめる。
「あ。」
目が細くなる。
「その顔。」
「さっきと。」
「違う。」
……
口元が。
にたぁ。
と。
持ち上がる。
そして。
視線が少女から外れる。
草の上。
白銀の髪の少女へ。
少女の瞳が揺れる。
「やっぱり。」
侍女が首を傾ける。
「あっちから。」
「吸っちゃいましょーかね?」
「……え。」
侍女は、また少女を見る。
「どう思います?」
「――だめ!!」
声が出た。
喉が潰れそうなのに。
「だめっ!!」
少女は侍女の手首へ左手でしがみつく。
「おもちだけは……!」
涙が次々と頬を落ちる。
「お願いします……!」
「お願いだから……!」
息が続かない。
「私のことは……。」
「私のことは。」
声が震える。
「好きにしていいから……!」
「だから……!」
「おもちだけは……。」
「おもちだけは。」
「やめて……!」
涙で前が見えない。
鼻も。
喉も。
痛い。
それでも。
首を振る。
何度も。
何度も。
「お願い……。」
「お願い……します……。」
「おもちには……。」
「何もしないで……。」
「お願い……。」
声が泣き声に混ざる。
少女は、ぼろぼろと涙を流しながら。
ただ。
侍女を見る。
……
侍女は、そんな少女をじっと見ていた。
数秒。
それから。
口元が。
にたぁ。
と。
持ち上がる。
「嘘です。」
「……え。」
視線が白銀の髪の少女から戻る。
「ちゃんと。」
「姫様から。」
顔が近づく。
「いただきますからねー。」
「……っ。」
少女の顔が歪む。
「いや……。」
声が、もうほとんど出ない。
侍女の顔が近づいてくる。
首元へ。
口が近づく。
少女は震えながら、目を閉じた。
涙が頬を伝う。
……
もう。
……
何もできない。
おもちだけは。
どうか。
……
生きていますように。
……
首元で。
侍女の口が。
開く。
「――っ。」
その時。
夜の丘を引き裂くような炸裂音。
――ばん。
身体を掴んでいた手が止まった。
……
何も。
こない。
少女は恐る恐る目を開く。
「……え。」
目の前。
さっきまでそこにあった侍女の顔が。
ない。
髪も。
目も。
笑っていた口も。
全部。
ない。
……
首から上が。
消えていた。
「……。」
赤い髪の少女の唇が。
震える。
頭が。
ない。
さっきまで。
そこに。
あったものが。
ない。
「な……。」
声を出そうとして。
喉が。
ひゅ。
と鳴った。
掠れた空気だけが。
漏れる。
「なん……で……。」
視線が。
落ちる。
草の上。
白銀の髪。
「……っ。」
淡い紫の瞳が。
開いている。
生きてる。
少女の目から。
涙が。
溢れた。
「ぉ……。」
唇が。
名前の形を作る。
声は。
出ない。
白銀の髪の少女は。
左肘を。
草へついていた。
上体が。
僅かに起きている。
右腕が。
こちらへ向いていた。
肩から。
指先まで。
震えている。
指が。
うまく。
開いていない。
呼吸のたび。
細い身体が。
小さく揺れる。
それでも。
淡い紫の瞳は。
こちらから。
逸れない。
唇が。
動く。
「が……。」
息。
「ぜる……から……。」
喉が。
一度。
止まる。
「……はなれ、て……。」
「……。」
少女の頬を。
涙が伝った。
手を。
伸ばしかける。
その時。
首へ。
食い込んだ指が。
動いた。
「……?」
少女の身体が。
引かれる。
頭のない身体が。
立っている。
腕は。
少女の首を掴んだまま。
離れていない。
ぐ。
身体が。
近づく。
首から上のない身体へ。
「……っ。」
少女の足が。
空を蹴る。
逃れようと。
身体を捩る。
力が。
入らない。
頭があった場所。
濡れた断面が。
首元へ。
近づく。
「や……。」
ぬりゅ。
「――っ!」
生ぬるいものが。
首筋へ。
触れた。
少女の身体が。
びくりと跳ねる。
断面が。
離れる。
少しだけ。
間が空く。
また。
腕が。
少女を引く。
がっ。
「……っ!」
首元へ。
断面が。
ぶつかる。
離れる。
また。
引く。
ぬる。
「ぃ……。」
少女の両脚が。
何度も。
空を蹴る。
喉から。
ひゅ。
ひゅ。
と。
音だけが漏れる。
もう一度。
引き寄せられる。
ぬりゅ。
「……っ。」
断面が。
擦れる。
離れる。
また。
近づく。
同じ。
動き。
何度も。
何度も。
少女の指が。
頭のない腕へ。
食い込む。
外れない。
涙が。
顎から落ちる。
「や……。」
「め……。」
声にならない。
また。
身体が。
引かれる。
……
途中で。
止まった。
「……。」
頭のない身体が。
動かない。
数秒。
空いている方の手が。
持ち上がる。
顔が。
あった場所へ。
指が伸びる。
空を。
掻く。
一度。
もう一度。
何も。
触れない。
指先が。
首の上。
何もない場所を。
何度か。
探る。
「……。」
少女は。
瞬きもせず。
見ていた。
断面の奥。
ぬる。
何かが。
押し上がる。
「……?」
血とも。
肉とも。
違う。
丸い。
何か。
どく。
一度。
脈打つ。
どく。
もう一度。
表面が。
僅かに歪む。
球体。
断面の奥。
それが。
脈打っている。
少女の指から。
力が抜ける。
頭のない身体が。
動いた。
少女の首を掴んだまま。
向きを変える。
「……っ。」
その先。
白銀の髪の少女。
「ぉ……。」
赤い髪の少女が。
首を振る。
「お……もち……。」
掠れた音。
一歩。
頭のない身体が。
踏み出す。
ふら。
大きく。
傾く。
それでも。
倒れない。
もう一歩。
少女を持ち上げたまま。
白銀の髪の少女へ。
近づいていく。
「……っ。」
白銀の髪の少女の。
右腕が。
持ち上がる。
途中で。
一度。
落ちかける。
「……っ。」
歯を。
食いしばる。
また。
上げる。
指先に。
淡い光が。
集まり始めた。
揺れる。
一度。
消えかける。
また。
灯る。
「おもち……。」
赤い髪の少女は。
首を振る。
「だ……め……。」
淡い紫の瞳が。
こちらへ動く。
「まだ……。」
息を吸う音。
浅い。
「うご、いてる……。」
一度。
咳き込む。
「ガゼル……。」
右腕が。
大きく震える。
「……。」
息。
「危ない……。」
「ちが……。」
少女は。
もう一度。
首を振った。
「だめ……。」
光が。
強くなる。
「おもち……。」
「だめ……!」
白銀の髪の少女の腕が。
大きく揺れた。
肩が。
落ちる。
身体を支えていた。
左肘が滑る。
上体が。
沈む。
それでも。
右腕だけは。
下がらない。
光が。
放たれた。
頭のない身体が。
少女を掴んだまま。
一歩。
踏み出す。
光が。
身体の脇を。
掠める。
片脚の。
膝から下が。
消えた。
同じ線上。
地面が。
深く抉れる。
土が。
捲れ上がる。
光は。
そのまま。
空へ抜けた。
一瞬。
夜空が。
白く染まる。
――どん。
空で。
弾けた。
轟音。
風。
土。
草。
赤い髪が。
大きく煽られる。
頭のない身体が。
ぐらり。
傾く。
「……っ。」
そのまま。
倒れかける。
ぬる。
身体の奥から。
黒いものが。
伸びた。
一本。
二本。
三本。
続けて。
地面へ。
突き刺さる。
八本。
長い。
黒いもの。
ぐ。
傾いた身体が。
止まった。
頭がない。
片脚も。
ない。
それでも。
倒れない。
黒いものが。
地面を掻く。
ざり。
ざり。
八本が。
身体を。
引く。
少女を掴んでいた手が。
離れた。
「……っ。」
身体が。
地面へ落ちる。
肩から。
草へ。
倒れ込む。
「げほ……。」
少女は。
首を押さえた。
「げほっ……。」
空気を。
吸う。
喉が。
痛い。
声は。
出ない。
顔を上げる。
八本の黒いものは。
こちらへ来ない。
向かう先。
白銀の髪の少女。
「……お……。」
赤い髪の少女の手が。
伸びる。
届かない。
ざり。
ざり。
頭のない身体が。
運ばれていく。
白銀の髪の少女は。
左肘を。
草へ押しつけたまま。
身体を。
支えている。
右腕は。
もう。
上がっていない。
指先だけが。
草の上で。
僅かに動く。
「おもち……。」
頭のない身体が。
目の前で。
止まった。
近い。
白銀の髪の少女の瞳が。
首の断面へ向く。
その奥。
丸いもの。
どく。
……
どく。
黒いものも。
動かない。
白銀の髪の少女も。
動かない。
淡い紫の瞳だけが。
断面の奥から。
逸れない。
「……。」
唇が。
僅かに開く。
息だけが。
漏れる。
もう一度。
「……ほ……し……?」
「……?」
赤い髪の少女が。
目を見開く。
どく。
球体が。
大きく。
一度。
脈打った。
ぎち。
……
ぎち。
何かが。
軋む。
顔は。
ない。
目も。
口も。
ない。
……
それでも。
首の上。
何もない場所に。
さっきまでの。
口元が。
重なって見えた。
にた。
にた。
と。
「……。」
白銀の髪の少女は。
目を逸らさない。
数秒。
一本。
黒いものが。
持ち上がる。
続いて。
二本。
三本。
地面へ。
刺さり直す。
身体の向きが。
変わる。
白銀の髪の少女から。
離れる。
ざり。
ざり。
八本の黒いものが。
地面を掻く。
頭のない身体を。
運びながら。
丘の暗がりへ。
向かっていく。
……
その姿が。
夜の中へ。
少しずつ。
遠ざかっていった。




