雑踏、惑いの灯り
走る。
……
足が。
重い。
少女の歩幅が。
少しずつ。
小さくなる。
息を。
吸う。
……
足りない。
もう一度。
吸う。
胸が。
速く。
上下する。
「はっ……。」
「……はぁ。」
喉の奥が。
熱い。
息を吸うたび。
冷たい空気が入ってくる。
でも。
すぐに。
吐き出してしまう。
……
少女の足が。
止まる。
両手を。
膝へつく。
「はぁ……。」
「はっ……。」
胸が。
苦しい。
心臓が。
速く。
打っている。
額から。
何かが。
流れる。
少女は。
顔へ手を伸ばす。
……
濡れている。
汗。
指先で。
額を拭う。
淡い紫色を帯びた白銀色の髪が。
頬へ。
張りついている。
……
邪魔。
少女は。
髪を。
耳の後ろへ押しやる。
でも。
すぐに。
落ちてくる。
……
長い。
走ると。
もっと。
邪魔。
少女は。
自分の服を見る。
侍女服。
裾が。
長い。
重なった布が。
脚へ触れる。
走るたびに。
揺れる。
……
走りにくい。
少女は。
裾を。
少し持ち上げる。
端が。
破れている。
……
さっき。
転んだところ。
布が。
少し裂けている。
白い部分にも。
灰色の汚れが。
ついている。
少女は。
そのまま。
服を見る。
……
一人で。
着た。
少し。
時間がかかった。
わからないところは。
セレスに。
教えてもらった。
それでも。
一人で。
着られるようになった。
少女は。
破れた裾から。
手を離す。
白銀色の髪が。
また。
頬へかかる。
それを。
手で押さえる。
……
服も。
髪も。
走るには。
邪魔。
……
でも。
走った。
少女は。
ゆっくり。
身体を起こす。
まだ。
息が。
速い。
振り返る。
……
王城。
大きい。
遠くなった。
でも。
まだ。
近い。
高い塔も。
たくさんの窓も。
見える。
門も。
小さく。
見える。
少女は。
そのまま。
王城を見る。
……
私が。
一人で。
ここまで。
来た。
瞬きをする。
王城から。
一人で。
出るなんて。
……
思わなかった。
左手が。
視界に入る。
掌を。
上へ向ける。
赤い。
擦れた皮膚。
細かな砂。
乾き始めた血。
指を。
少し。
動かす。
……
痛い。
少女は。
掌を。
しばらく。
見つめる。
痛い。
けど。
……
指が。
ゆっくり。
握られる。
なんだか。
悪い気分じゃない。
……
息を。
ゆっくり。
吐く。
もう一度。
吸う。
さっきより。
苦しくない。
胸の上下も。
少しずつ。
小さくなる。
少女は。
顔を上げる。
王城。
まだ。
見える。
……
しばらく。
見つめる。
それから。
前を向いた。
歩き出す。
……
走らない。
一歩。
また。
一歩。
やがて。
前に。
大きな門が見えてくる。
少女は。
足を止めた。
……
また。
門。
さっきのものより。
もっと。
大きい。
見上げる。
上。
……
まだある。
左右には。
高い石壁。
その上にも。
人がいる。
騎士。
……
また。
いる。
少女は。
門の向こうを見る。
人。
……
たくさん。
荷車が。
行き交っている。
馬が。
歩いている。
大きな荷物を。
背負った人。
籠を持った人。
手を繋いでいる人。
走っている。
子供。
「今日は安いよー!」
「そっちじゃない!」
「おい、待てって!」
「すみませーん!」
声。
いくつも。
重なる。
がらがら。
車輪の音。
かつ。
かつ。
馬の蹄。
笑い声。
呼ぶ声。
何かを。
叩く音。
焼いた何かの。
匂い。
甘い。
匂い。
馬の。
匂い。
……
少女の視線が。
動く。
右。
店。
軒先に。
小さな石。
明るくなる。
消える。
また。
明るくなる。
……
魔石。
その下。
看板の文字が。
順番に。
光っている。
左。
荷車。
馬が。
引いている。
でも。
車輪の軸にも。
淡い光。
細い術式。
……
魔力。
前。
大きな杖を持った人。
その杖の先。
石。
……
魔力。
その横。
腰に。
短い杖を下げている人。
また。
魔力。
向こう。
建物の壁。
小さな魔石が。
いくつも。
並んでいる。
……
あそこにも。
こっちにも。
少女は。
瞬きをする。
……
多い。
人も。
音も。
魔力も。
……
全部。
一緒に。
入ってくる。
冷たいもの。
熱いもの。
薄いもの。
鋭いもの。
柔らかいもの。
流れていくもの。
留まっているもの。
……
違う。
全部。
違う。
少女は。
眉を寄せる。
喉の奥が。
少し。
狭くなる。
……
胸の下。
もっと。
奥。
重い。
少女は。
口元へ。
手を当てる。
……
吐きそう。
一歩。
後ろへ。
足が下がる。
それでも。
門の向こうから。
声。
光。
匂い。
魔力。
次々に。
来る。
……
少女は。
目を伏せる。
……
戻る。
頭に。
浮かぶ。
背中の方。
振り返れば。
王城がある。
ガゼル。
エステラ。
セレス。
部屋。
二つの枕。
左手が。
侍女服の裾を。
掴む。
……
その時。
門の向こうから。
子供の笑い声が。
聞こえた。
少女は。
顔を上げる。
小さな子供が。
二人。
人の間を。
走っていく。
その後ろから。
もう一人。
追いかけている。
誰も。
止めない。
転びそうになって。
また。
走る。
少女は。
その姿を。
目で追う。
……
裾を掴んだ指が。
少し。
緩む。
戻る。
……
今なら。
まだ。
戻れる。
でも。
門の向こう。
知らないもの。
たくさん。
少女は。
ゆっくり。
裾から。
手を離した。
……
門を見る。
人が。
入っていく。
出ていく。
騎士は。
いる。
でも。
誰も。
止まっていない。
何かを。
見せている人も。
いない。
少女は。
しばらく。
見る。
……
普通に。
歩いている。
なら。
私も。
そうする。
人の流れへ。
一歩。
入る。
前には。
大きな荷物を。
背負った人。
横には。
籠を持った人。
後ろから。
誰かの声。
少女は。
そのまま。
歩く。
門が。
近づく。
騎士の横を。
通る。
……
何も。
言われない。
あと。
少し。
「おい。」
……
少女の足が。
僅かに。
止まりかける。
嫌な。
感じ。
……
また。
前を見る。
聞こえない。
ことにする。
歩く。
「そこの。」
歩く。
「そこのちっこいの!」
……
ちっこい。
少女は。
自分を見る。
……
きっと。
私。
みんな。
そう呼ぶ。
……
そんなに。
小さい……?
後ろから。
鎧の音。
少女は。
少しだけ。
眉を寄せる。
……
もう。
走る。
地面を。
蹴る。
「おい!」
白銀の髪が。
大きく。
後ろへ流れる。
前。
人。
人と人の間へ。
入る。
大きな背中。
揺れる籠。
荷物。
服。
知らない色。
知らない形。
右。
……
空いている。
曲がる。
そのまま。
人の間を。
進む。
「待て!」
声が。
後ろから。
聞こえる。
でも。
さっきより。
遠い。
少女は。
振り返らない。
人。
人。
人。
その間を。
白銀の髪が。
すり抜けていく。
やがて。
騎士の姿は。
見えなくなった。
◇
門のそば。
騎士が。
人の流れの向こうを。
見つめている。
……
白銀の髪。
小さな。
侍女服。
一瞬だけ。
見えた。
「……今の。」
隣の騎士が。
顔を向ける。
「どうした?」
騎士は。
眉を寄せる。
……
もう。
見えない。
「いや。」
「姫様のところにいる……。」
少し。
黙る。
「……まさかな。」
◇
人の流れは。
そのまま。
門を行き交っている。
少女は。
歩く。
……
人。
人。
人。
前から。
横から。
後ろから。
絶えず。
誰かが。
通る。
さっき。
走った。
また。
走った。
足が。
重い。
胸の奥も。
まだ。
変。
少女は。
少し。
息を吐く。
……
止まりたい。
足を。
止める。
その瞬間。
「わっ。」
後ろから来た人が。
少女の肩を。
避ける。
別の人が。
すぐ横を。
通る。
身体が。
少し。
よろける。
……
危ない。
このままだと。
転ぶ。
また。
歩く。
……
止まれない。
人の流れに。
押されるように。
進む。
視線を。
横へ。
向ける。
建物と。
建物の間。
細い道。
人が。
少ない。
……
少女は。
そちらへ。
身体を向けた。
人の間を。
抜ける。
一歩。
二歩。
脇へ。
逸れる。
……
音が。
遠くなる。
建物の影が。
身体を包む。
日差しが。
なくなる。
空気も。
少し。
ひんやりする。
少女は。
壁へ。
背中を預けた。
息を。
吐く。
……
さっきより。
楽。
大通りから。
まだ。
魔力は感じる。
でも。
薄い。
遠い。
少女は。
腕を。
身体へ寄せる。
石の壁。
足元の。
石畳。
陽の当たる大通りより。
冷たい。
足音も。
少ない。
誰かの声が。
建物の向こうで。
重なっている。
でも。
ここでは。
一つずつ。
聞こえる。
……
少女は。
顔を上げる。
ここ。
……
どこ。
すぐ横に。
男がいた。
壁際に。
腰を下ろしている。
顔が。
赤い。
手には。
瓶。
少女は。
男を見る。
「ここ。」
男が。
ゆっくり。
顔を上げる。
「あー?」
「ここ。」
「どこ?」
男は。
少女を見る。
それから。
周りを見る。
「ここぉ?」
瓶を。
少し持ち上げる。
「あー……。」
「王都に。」
「決まってるだろぉが。」
……
おうと。
少女は。
瞬きをする。
「王都。」
「おうよ。」
男は。
また。
瓶へ口をつける。
少女は。
脇道の先を見る。
その向こう。
建物。
もっと。
向こうにも。
建物。
……
ここが。
王都。
宰相が。
言っていた。
……
学園。
魔法都市。
賢人。
少女は。
もう一度。
男を見る。
この人。
知っている。
「学園は。」
「どこ?」
「ぁあ?」
男は。
眉を寄せる。
「がくぇん……?」
「あー……そりゃあ……。」
瓶を持った手が。
大きく。
動く。
「向こうを……ぐぅっと……。」
「そんでぇ……あれだ。」
「ぐるぅっと……。」
……
少女は。
その手を見る。
何を。
言っているのか。
わからない。
「俺ぁなぁ。」
男が。
瓶を振る。
「ガキがきれぇなんだよぉ。」
「しっしっ。」
手が。
左右へ。
動く。
少女は。
首を傾げる。
「?」
「しっしっ。」
……
少女は。
その手を見る。
何を。
しているんだろう。
……
それから。
もう一つ。
「賢人は。」
「どこ?」
「あぁ?」
男は。
目を細める。
「にんじん……?」
「馬がよぉ……。」
「ぁー……。」
瓶へ。
口をつける。
答えが。
なくなる。
少女は。
待つ。
男は。
飲んでいる。
……
わからないらしい。
「魔法都市は?」
男の手が。
止まる。
「まほぉとしぃ?」
「そんなもん!」
急に。
声が大きくなる。
「案内所で聞けぇ!!」
少女は。
瞬きをする。
……
あんないじょ。
「案内所は。」
「どこ?」
「だからぁ……!」
男は。
腕を。
大きく伸ばす。
「そこをぉ……。」
「ぐわぁっと行ってぇ。」
「そんで……あっちを……。」
指が。
右へ。
向く。
少しして。
左へ。
向く。
「んでぇ……。」
「その……でっけぇ……。」
「ぐるぅ……っと……。」
少女の視線が。
右へ。
左へ。
また。
右へ。
……
わからない。
他の人に。
聞こう。
少女は。
男へ。
小さく頭を下げる。
「ありがとう。」
「あー?」
壁から離れる。
細い道を。
歩き出す。
後ろから。
「しっしっ!」
また。
聞こえる。
少女は。
振り返らない。
……
案内所。
新しい。
言葉。
脇道を。
歩く。
左右には。
高い建物。
陽の光が。
ほとんど。
入ってこない。
少し。
ひんやりする。
大通りの声が。
建物の向こうから。
聞こえる。
魔力も。
さっきより。
少ない。
……
足音が。
細い道に。
小さく響く。
前。
明るい。
脇道の先。
光。
少女は。
そこへ向かって。
歩く。
一歩。
また。
一歩。
やがて。
細い道を。
抜ける。
……
光。
目を。
少し細める。
人。
……
また。
たくさん。
声も。
近い。
魔力も。
また。
増える。
少女の眉が。
少し寄る。
荷車。
馬。
店。
看板。
人。
光る魔石。
杖。
……
視線が。
右へ。
左へ。
案内所。
……
どれ。
右。
建物。
左。
建物。
前。
建物。
看板。
光。
人。
……
同じに。
見える。
どれが。
案内所なのか。
わからない。
少女が。
足を止めた時。
横を。
子供たちが。
通り過ぎる。
一人。
二人。
三人。
みんな。
同じ服。
少女は。
目で追う。
「この先の魔道具店行こうよ!」
「新しいの入ったって!」
「ほんと?」
……
魔道具。
少女の視線が。
止まる。
……
知らない。
子供たちは。
そのまま。
人の間を。
進んでいく。
少女は。
その背中を見る。
案内所。
……
魔道具。
……
子供たちが。
遠くなる。
少女の足が。
動いた。
一歩。
また。
一歩。
その後ろを。
ついていく。
◇
人の間を。
抜ける。
右へ。
左へ。
少しだけ。
曲がる。
やがて。
子供たちが。
一軒の店の前で。
止まった。
少女も。
少し離れて。
足を止める。
見上げる。
扉の上。
看板。
そのまわりに。
金属の飾り。
小さな歯車。
星みたいな形。
丸い石。
細い鎖。
いろんなものが。
吊るされている。
その中にも。
小さな魔石。
淡く。
明るくなっている。
風が。
吹く。
飾りが。
揺れる。
……
扉の向こう。
魔力。
少女の視線が。
扉へ向く。
濃い。
大通りとは。
違う。
広く。
薄く。
散らばっていない。
狭い場所に。
いくつも。
重なっている。
子供たちが。
扉を開ける。
「入ろう!」
「早く早く!」
からん。
からん。
鐘が。
鳴る。
少女は。
その後ろから。
店の中へ。
入った。
……
足が。
止まる。
狭い。
壁一面に。
棚。
その棚を。
埋めるように。
見たことのないものが。
並んでいる。
石。
瓶。
輪っか。
鎖。
小さな箱。
光る板。
先の尖った棒。
丸い玉。
布に包まれた何か。
硝子の箱。
その中にも。
薄い板。
細い鎖。
紐のついた石。
小さな金具。
淡く光るもの。
……
名前は。
わからない。
何に使うのかも。
わからない。
でも。
魔力がある。
いたるところから。
感じる。
冷たい。
熱い。
鋭い。
鈍い。
静か。
ざらざらする。
触れていないのに。
押してくるようなもの。
逆に。
ほとんど。
消えそうなもの。
少女は。
ゆっくり。
視線を動かす。
一つ。
また。
一つ。
胸の奥が。
まだ。
重い。
喉も。
少し。
変。
……
それでも。
視線は。
棚から。
離れない。
その時。
一か所で。
止まった。
棚の奥。
少し高いところ。
黒っぽい台の上。
ひとつだけ。
強く。
魔力を感じるもの。
……
多い。
周りより。
ずっと。
あふれている。
少女は。
そちらへ歩く。
一歩。
また。
一歩。
手を。
伸ばす。
「おっと。」
指が。
ぴくりと。
止まる。
「触ったら駄目だよ。」
少女は。
顔を上げる。
男。
目のところに。
変な道具をつけている。
丸い硝子が。
二つ。
飛び出している。
少女は。
首を傾げる。
男は。
少女を見る。
それから。
服を見る。
「ん?」
「王城の侍女さんが。」
「こんなところにどうしたんです?」
視線が。
上から下へ。
動く。
「それに。」
「ずいぶん小さいな……。」
「まさか。」
「コスプレ?」
少女は。
瞬きをする。
……
こすぷれ。
わからない。
男は。
顎へ。
手を当てる。
「いや。」
「趣味の悪い領主にでも。」
「付き合わされてるのか……?」
「だとしたら最悪だな。」
少女は。
男を見る。
「?」
それから。
もう一度。
さっきのものを見る。
「これ。」
「うん?」
指を。
そちらへ向ける。
「気になった。」
「魔力が。」
「たくさんある。」
男が。
止まる。
「……は?」
少女は。
もう一度。
見る。
「これ。」
「すごい。」
「溢れてる。」
次の瞬間。
男の顔が。
近くなる。
「わかるのかい!?」
少女の身体が。
少し。
後ろへ引く。
男は。
気にしない。
「これが!?」
「見ただけで!?」
「いや待って。」
「待って待って待って。」
「何がどうわかる!?」
「量!?」
「質!?」
「属性傾向!?」
「干渉性!?」
「それとも感覚的な総量把握!?」
……
声。
近い。
速い。
一つ。
二つ。
三つ。
続く。
少女は。
瞬きをする。
「魔力いっぱい。」
「なるほど!!」
男は。
勢いよく。
頷いた。
「感覚型か!」
「いやしかし。」
「この年齢で!?」
「しかも未測定っぽい!」
「侍女服なのに!?」
「いや侍女服だからこそ隠された天才なのか!?」
「僕も着てみるか……?」
少女は。
男を見る。
……
まだ。
続く。
「君。」
男が。
さらに。
身を乗り出す。
「すごい才能があるんだね!!」
「誰かに師事してるのかな?」
「誰だい!?」
少女は。
その顔を見る。
……
「案内所。」
「どこか知ってる?」
……
男の口が。
開いたまま。
止まる。
「案内所?」
「うん。」
男は。
少女を見る。
じっと。
見る。
「ふーん……?」
顎へ。
手を当てる。
「その。」
「質問を質問で返す。」
「空気を読まない感じ。」
少女は。
瞬きをする。
「?」
「世間知らずというか。」
「妙に素直というか。」
男の目が。
細くなる。
「さては。」
「元奴隷かな?」
……
どれい。
わからない。
少女は。
首を傾げる。
男は。
一人で。
頷く。
「なるほど。」
「それなら。」
「その侍女服も納得だ。」
何が。
納得なのか。
わからない。
その時。
男の手が。
少女の肩を。
掴んだ。
「うんうん。」
何度も。
頷く。
「君も。」
「辛い思いをしてきたんだねぇ……。」
目元を。
袖で拭う。
……
泣いている。
たぶん。
「案内所なんて。」
「どうでもいいよー。」
……
よくない。
「僕は。」
「君ともっと話したいなぁ。」
男の手に。
少し。
力が入る。
「そうだ!」
肩が。
揺れる。
「今日は店を閉めて。」
また。
揺れる。
「お茶にしよう!」
少女の身体が。
前へ。
後ろへ。
「どこで魔力を覚えたんだい!?」
「やっぱり誰かに師事しているんだろ!?」
「それとも本当に全部感覚だけ!?」
「道具を介さずに魔力量の識別ができるなんてありえない!」
……
声。
魔力。
揺れる。
店の中。
たくさん。
外からも。
まだ。
入ってくる。
胸の奥が。
持ち上がる。
……
少女は。
口を閉じる。
「うん!」
男が。
一人で頷く。
「それがいい!!」
「僕と語り明かそうじゃないか!」
次の瞬間。
男の身体が。
消えた。
……
違う。
横へ。
飛んだ。
「ぐぇっ!?」
棚の前に。
転がる。
少女は。
瞬きをする。
……
蹴られた。
たぶん。
横を見る。
少女。
自分と。
同じくらいの。
大きさ。
肩に届かない髪。
毛先が。
外へ跳ねている。
黒に近い。
青。
光の当たるところだけ。
鈍い色が見える。
その少女が。
片足を。
下ろす。
そして。
こちらを見る。
顔色が。
変わる。
「ほんっっっとうに!」
「ごめんなさい!!」
勢いよく。
頭が下がる。
「兄貴に。」
「嫌なことされましたよね!?」
少女は。
倒れている男を見る。
肩。
掴まれた。
揺らされた。
話しかけられた。
お茶に。
誘われた。
……
「よく。」
「わからない。」
毛先の跳ねた少女へ。
顔を戻す。
「だから。」
「平気。」
相手が。
ぽかんとする。
「……え?」
二人の視線が。
合う。
少し。
沈黙。
「あはは。」
小さく。
息が漏れる。
「あなた。」
「ちょっと変かもです。」
……
変。
少女は。
瞬きをする。
……
その時。
胸の奥が。
大きく。
持ち上がった。
少女の手が。
口元へ。
伸びる。
「……?」
毛先の跳ねた少女が。
顔を覗き込む。
「どうしました?」
……
喉。
熱い。
口の中が。
急に。
いっぱいになる。
少女は。
身体を。
小さく折る。
「え。」
「ちょっと。」
「大丈夫――」
間に合わない。
少女は。
堪えきれず。
吐いた。
「きゃあああああ!?」
◇
背中を。
ゆっくり。
撫でられている。
少女は。
椅子に。
座っている。
……
さっきより。
少し。
楽。
店の奥。
窓が。
開いている。
外の風が。
入ってくる。
店先より。
魔力も。
少ない。
少女は。
小さく。
息を吐く。
口の中。
まだ。
変な感じ。
目の前には。
水。
少女は。
少しずつ。
飲む。
「もう。」
「大丈夫そうです?」
毛先の跳ねた少女が。
背中へ。
手を当てたまま。
覗き込んでいる。
少女は。
その顔を見る。
「たぶん。」
「たぶん……。」
不安そうに。
眉が下がる。
「また吐きそうになったら。」
「すぐ言ってくださいね。」
「うん。」
少女は。
自分の服を見る。
……
侍女服ではない。
袖。
裾。
布。
全部。
違う。
さっきより。
軽い。
裾も。
短い。
脚へ。
まとわりつかない。
少女は。
袖を。
指でつまむ。
「それ。」
「私のです。」
毛先の跳ねた少女が。
自分の服を見る。
「大きさが。」
「だいたい同じでよかったですね。」
少女は。
相手を見る。
それから。
自分を見る。
……
同じくらい。
「侍女服は。」
「汚れちゃったので。」
「洗っておきます。」
奥の方から。
男の声。
「僕も手伝――」
「兄貴は店番か掃除でもしてて。」
「でも――。」
……
男が。
顔を出す。
毛先の跳ねた少女の手が。
近くにあった。
何かを。
掴む。
「そもそも。」
「女の子が。」
「着替えてるところに。」
「入ってくるなー!!」
……
飛ぶ。
……
ごん。
「はぐぇっ!?」
男の姿が。
引っ込む。
少女は。
扉の方を見る。
……
何が。
飛んだんだろう。
少女は。
袖から。
手を離す。
「ありがとう。」
「あ。」
毛先の跳ねた少女が。
少し。
目を丸くする。
「ちゃんとお礼は言うんですね。」
少女は。
首を傾げる。
「言う。」
「なんだかちぐはぐですね。」
……
ちぐはぐ。
……
なんだろう。
少女は。
水を。
もう一口。
飲む。
それから。
思い出す。
「案内所。」
「どこにある?」
「ああ。」
頷く。
「案内所ですね。」
少し。
視線を上へ向ける。
「ここからだと。」
「けっこう距離がありますね。」
少女は。
首を傾げる。
「どのくらい?」
「えーっと……。」
毛先の跳ねた少女が。
店の奥を見る。
「兄貴ー。」
「王都の地図どこー。」
奥から。
声が返ってくる。
「地図ぅ?」
「そこの棚の二段目だよー。」
棚へ向かう。
丸められた紙を。
一本。
取り出す。
机の上へ。
広げる。
……
大きい。
線。
線。
線。
四角。
丸。
文字。
印。
たくさん。
ある。
「今いるのが。」
「このあたりです。」
指が。
地図の真ん中より。
少し右へ。
置かれる。
少女は。
その指を見る。
……
ここ。
次に。
別の場所を。
指す。
かなり。
離れている。
「案内所は。」
「ここです。」
……
端。
少女は。
二つの場所を。
交互に見る。
「王都には。」
「案内所がいくつかありますけど。」
「ここから一番行きやすいのは。」
「たぶんここですね。」
……
遠い。
たぶん。
「歩くと。」
「それなりに時間かかります。」
少女は。
地図を見る。
「転移魔法を使えば。」
「すぐなんですけど。」
……
転移魔法。
少女は。
顔を上げる。
毛先の跳ねた少女は。
少し困ったように。
眉を下げる。
「でも。」
「転送屋は高いですし。」
「運び屋を頼むにしても……。」
少女を見る。
「お金。」
「持ってます?」
……
おかね。
少女は。
瞬きをする。
「お金って。」
「なに?」
……
沈黙。
毛先の跳ねた少女の顔が。
止まる。
奥の方から。
声。
「ほらやっぱり。」
「元どれ――」
「兄貴は黙っ……てて!!」
どん。
何かが。
当たる音。
男の声が。
消える。
少女は。
そちらを見る。
……
また。
何が。
当たったんだろう。
毛先の跳ねた少女は。
小さく。
息を吐いた。
「とりあえず。」
「歩くしかなさそうですね。」
少女は。
地図を見る。
……
案内所。
遠い。
でも。
行く。
椅子から。
降りる。
「もう行くんです?」
「うん。」
少女は。
店の方へ。
歩いていく。
「ちょっと。」
「まだ休んでた方が――」
そのまま。
奥を抜ける。
棚。
硝子の箱。
たくさんの魔道具。
店に出ると。
男が。
こちらを見た。
少女を見る。
上から。
下まで。
「うん。」
「さっきより。」
「ずいぶん庶民的だ。」
少女は。
自分の服を見る。
「馴染んでるよー。」
男が。
近づいてくる。
「それで?」
「僕とお茶する気になった?」
少女は。
男を見る。
「お茶。」
「しない。」
「まあまあ。」
「そう言わずに――」
……
どん。
男の身体が。
横へ飛ぶ。
「ぐぇっ!」
少女は。
瞬きをする。
……
また。
奥から。
毛先の跳ねた少女が。
歩いてくる。
「もう。」
「喋らないで。」
男は。
床に。
転がっている。
少女は。
その姿を見る。
……
「痛そう。」
「あはは。」
毛先の跳ねた少女が。
笑う。
「いいんです。」
「兄貴。」
「蹴られると喜ぶので。」
少女は。
男を見る。
……
男が。
床に転がったまま。
笑っている。
……
本当に。
笑ってる。
……
そんな人も。
いるんだ。
少女は。
店の扉へ。
向かう。
手を伸ばす。
扉を。
開ける。
からん。
からん。
……
その瞬間。
光。
声。
人。
……
魔力。
店先の魔石。
光る看板。
杖を持った人。
腰に下げられた魔石。
荷車の車輪。
建物。
その向こう。
一気に。
入ってくる。
少女は。
目を細める。
……
ちかちかする。
胸の奥が。
また。
重くなる。
喉も。
狭い。
少女の足が。
止まる。
……
外へ。
出ない。
しばらく。
扉の向こうを見る。
人。
光。
魔力。
……
多い。
少女は。
一歩。
後ろへ下がる。
扉から。
離れる。
……
からん。
扉が。
閉じる。
外の音が。
少し。
遠くなる。
少女は。
その場に。
立っている。
……
さっきより。
少し。
楽。
後ろから。
小さな。
ため息。
「ほら。」
「無理してるじゃないですか。」
少女は。
振り返る。
毛先の跳ねた少女が。
こちらを見ている。
それから。
持っていた地図を。
くるくると。
丸めた。
「なんだか。」
「放っておけないので。」
地図を。
脇に抱える。
「私が。」
「案内しますよ。」




