赴くままに
揺れる。
頭の中がぼんやりする。
……
身体が。
上下する。
運ばれている……?
……
どこに。
……
施設。
帰る。
……
また。
……
課題。
測定。
魔力出力。
……
機械の。
稼働音。
……
決まった時間に。
決まった課題。
……
機械の声。
……
戻るだけ。
……
いつもの。
場所に。
……
もうすぐ。
機械の声が。
私を起こす。
……
そうしたら。
また。
課題が始まる。
……
ガゼル。
……
もう一度。
手を。
握りたかった。
……
顔を。
見たかった。
……
これから。
探すところだった。
……
私に。
できること。
……
「おもち!」
……
声。
……
ガゼル。
……
顔が。
見える。
……
まだ。
夢を見ている。
……
手を。
握られる。
……
温かい。
……
ガゼルの。
手。
……
「おもち。」
……
帰るって。
言わないと。
……
「私。」
「……帰る。」
……
ガゼルの顔が。
歪む。
……
「おもち……」
……
手を。
強く握られる。
……
温かい。
もっと。
温かくなる。
……
身体の中に。
広がっていく。
……
気持ちいい。
私が好きな感覚。
……
ガゼルの手に。
包まれてるみたい。
……
――
―
◇
目を。
開ける。
……
天井。
見たことがある。
少女は。
瞬きをする。
頬に。
風が触れる。
少女は。
視線を動かす。
窓。
開いている。
白いカーテンが。
風に揺れている。
少女は。
寝台へ手をつき。
上体を起こす。
白銀の髪が。
肩からさらりと落ちる。
……
部屋を見る。
机。
椅子。
窓。
見たことがある。
ここは。
……
私の部屋。
施設のじゃない。
……
少女は。
自分の手を見る。
左手。
温かい気がする。
指を。
握る。
……
ガゼル……。
……
手を。
握っていた……。
……
でも。
あれは。
夢。
……
少女は。
もう一度。
左手を握る。
温かい。
……
夢なら。
どうして。
「おもち様!」
声。
少女は。
顔を上げる。
妹が。
こちらを見ている。
目が。
大きく開いている。
眉が。
下がっている。
……
妹は寝台のそばまで来る。
「おもち様。」
「私がわかりますか?」
少女は。
妹の顔を見る。
……
知っている。
「……エステラ。」
「はい。」
妹の肩から。
力が抜ける。
……
「よかった……。」
妹は一度息を吐く。
それから。
もう一度少女の顔を見る。
「ここがどこかは、わかりますか?」
少女は。
部屋を見る。
机。
椅子。
開いた窓。
揺れる。
カーテン。
……
ここは。
「……ガゼルと私の部屋。」
「はい。」
妹は頷く。
……
さっきより。
眉が。
下がっていない。
……
「気分はいかがですか?」
少女は。
瞬きをする。
……
気分。
……
自分の手を見る。
指を。
一度。
開く。
……
研究施設。
帰る。
……
さっきまで。
それしか。
なかった。
……
少女は。
顔を上げる。
エステラ。
部屋。
窓から入る。
風。
……
全部。
わかる。
……
「大丈夫。」
「本当ですか?」
「うん。」
妹は。
少女を見つめる。
……
「念のため、治療師をお呼びして参りますね。」
「お水もお持ちします。」
妹が。
立ち上がる。
「すぐに戻りますから。」
……
「エステラ。」
妹の足が。
止まる。
「はい?」
……
少女は。
膝の上へ。
置いていた手を見る。
指先が。
布の上を。
僅かに動く。
……
聞けば。
わかるなら。
聞きたい。
……
「研究施設。」
妹の表情が。
止まる。
……
少女は。
顔を上げる。
「私を。」
「迎えに来てる。」
「だから帰らないと。」
……
妹は少女を見る。
「……おもち様。」
「研究施設は。」
「おもち様を迎えに来ているのではありません。」
……
少女の指が。
止まる。
……
「でも。」
「返還って。」
「言ってた。」
「……はい。」
……
妹は。
もう一度少女のそばへ腰を下ろす。
「ですが。」
「おもち様が帰らなければならないという意味にはなりません。」
……
少女は。
妹を見る。
……
帰らなくて。
いい。
……
左手へ。
視線を落とす。
指を。
ゆっくり。
開く。
……
まだ。
温かい。
……
ガゼルも。
いた。
……
夢じゃ。
なかった。
……
「帰らなくていい?」
「はい。」
妹は。
はっきりと頷く。
「おもち様が帰りたくないのであれば。」
「帰らなくていいんです。」
……
少女は。
黙る。
……
窓辺で。
白いカーテンが。
揺れている。
……
視線を。
部屋の中へ。
ゆっくり動かす。
机。
椅子。
寝台。
……
ガゼル。
エステラ。
セレス。
……
会えないのは。
嫌。
……
知らないことも。
まだ。
たくさんある。
……
できることも。
探すところだった。
……
少女の指が。
寝具を。
僅かに掴む。
……
「帰りたく……ない。」
妹の目が。
僅かに見開かれる。
……
少女は。
左手を握る。
「ここがいい。」
……
妹の口元が。
緩む。
「はい。」
「では。」
「ここにいましょう。」
……
少女の手から。
少し。
力が抜ける。
……
その時。
窓から。
風が入る。
カーテンが。
大きく。
揺れる。
……
少女は。
そちらを見る。
……
でも。
研究施設は。
来る。
……
「エステラ。」
「はい。」
「研究施設の人が。」
「ここに来たら。」
少女は。
妹を見る。
「どうなる?」
……
妹は瞬きをする。
それから。
少し考える。
「そうですね……。」
「まず。」
「陛下が。」
「ものすごーく怖いお顔をなさると思いますよ。」
……
怖い顔。
……
少女の視線が。
僅かに上へ向く。
王様。
いつも。
あまり顔が変わらない。
……
「怖い?」
「はい。」
「先程も。」
「壁や窓がみしみし鳴ってましたよね。」
妹は。
親指と人差し指を少しだけ近づける。
「私も。」
「ほんの少しだけ。」
「怖かったです。」
少女は。
妹を見る。
妹の口元が。
少し。
上がっている。
「冗談?」
妹は口元へ手を添える。
「ふふ。」
「少しだけ。」
……
少し。
……
「姫様もいらっしゃいますから。」
妹は。
続ける。
「おもち様を連れていくなんて言われたら。」
「陛下より怖いかもしれませんね。」
……
ガゼル。
……
少女の目が。
少し細くなる。
怒っている。
ガゼルを。
見たことがある。
……
眉が寄る。
頬が膨らむ。
その後に泣く。
……
少女は。
僅かに首を傾げる。
「ガゼルは」
「怖くない。」
……
「でも。」
「泣くと。」
「私が困る。」
妹は。
一度。
瞬きをする。
肩が。
小さく揺れる。
「ふふ。」
「確かに。」
……
少女は。
一瞬。
視線を下げる。
……
寝具の上。
自分の左手。
……
「王様は。」
「私を。」
「帰らせない?」
妹の笑みが。
止まる。
「はい。」
……
少女の指が。
僅かに。
曲がる。
……
「ガゼルも?」
「はい。」
「もちろんです。」
妹は。
真っ直ぐ少女を見ている。
……
「エステラも?」
妹は目を丸くする。
それから。
柔らかく笑った。
「ええ。」
「おもち様は。」
「姫様の大事なお方ですから。」
「私も姉さんも。」
「力を尽くして立ち向かいますよ。」
……
立ち向かう。
……
少女は。
顎へ。
指先を添える。
……
研究施設は。
私を。
連れていく。
……
王様は。
止める。
ガゼルも。
エステラも。
セレスも。
……
指先が。
顎の下で。
止まる。
……
「そうなると。」
「みんな。」
「何かする?」
妹は僅かに首を傾げる。
「ええ。」
「おもち様が心配することはありませんよ。」
そう言って。
妹は笑う。
……
少女は。
その顔を見る。
……
口元は。
笑っている。
でも。
さっきより。
眉が下がっている。
……
「私たちに任せてください。」
少女の視線が。
妹の手へ。
落ちる。
……
「……戦うの?」
……
妹は少女を見る。
「……そうですね。」
「戦いますよ。」
……
少女は。
動かない。
……
戦う。
……
右手が。
左腕へ伸びる。
袖の上から。
そっと。
腕をさする。
……
傷つく。
……
痛いのは。
よくない。
……
「おもち様?」
……
少女は。
腕をさすったまま。
口を開く。
「傷つくのは――」
唇へ。
指先が触れた。
……
少女は。
目を上げる。
妹が。
人差し指を立てている。
「しー。」
……
「おもち様は。」
「何も考える必要はありません。」
妹は少女の手を取る。
「いつも通り。」
「姫様や。」
「私たちと。」
「過ごしていてください。」
……
「そうしているうちに。」
「全部。」
「終わっていますから。」
……
少女は。
重ねられた手を見る。
……
温かい。
……
指先が。
少しだけ。
緩む。
……
少女は。
顔を上げる。
妹を見る。
……
「……うん。」
妹の手が。
離れる。
「では。」
「治療師をお呼びして参りますね。」
「お水もお持ちします。」
妹が。
立ち上がる。
扉へ向かう。
途中で。
振り返る。
少女を見る。
……
「すぐですよ。」
少女は。
小さく頷く。
「うん。」
……
扉が。
閉じる。
……
少女は。
閉じた扉を見る。
……
部屋が。
静かになる。
……
窓から。
風だけが。
入ってくる。
カーテンが。
揺れる。
……
少女は。
動かない。
……
研究施設。
……
星導魔術適性個体。
……
あの人たちなら。
知ってる。
……
聞けば。
わかる。
……
少女の視線が。
膝の上へ。
落ちる。
……
聞きたい。
……
指先が。
ゆっくりと。
寝具を掴む。
……
私が。
ここにいれば。
……
戦う。
……
掴んだ布に。
皺が寄る。
……
少女は。
手を緩める。
……
左手を見る。
……
帰れば。
……
指を。
握る。
……
温かい。
……
少女は。
顔を上げる。
……
寝台。
机。
椅子。
窓。
……
ここがいい。
……
でも。
……
少女の視線が。
閉じた扉へ向く。
……
ここにいれば。
みんなが。
戦う。
……
帰れば。
知りたいことを。
聞ける。
……
少女は。
少しだけ。
身体を丸める。
……
どっちも。
……
風が。
頬に触れる。
少女は。
顔を上げる。
窓を見る。
……
カーテンが。
揺れている。
その向こうに。
空がある。
……
少女は寝台から足を下ろす。
窓まで歩く。
……
風が。
入ってくる。
少し。
冷たい。
白銀色の髪が。
頬にかかる。
胸元の。
リボンが。
小さく揺れる。
少女は目を細める。
手で髪を押さえる。
……
さらさらと。
音がする。
少女は。
窓の外を見る。
……
木々が。
揺れている。
葉が。
風に擦れている。
その向こう。
城の外。
……
建物。
道。
……
もっと。
遠く。
……
ガゼルと。
行ってみたいと。
思った。
……
また。
風が吹く。
押さえた髪が。
指の間から。
少しだけ。
こぼれる。
……
少女は。
そのまま。
窓の向こうを見る。
……
施設じゃない。
ここでもない。
場所。
……
魔法都市。
学園。
賢人。
……
私は。
まだ知らない。
……
でも。
ある。
……
少女は。
窓から。
手を離す。
振り返る。
……
寝台。
枕元には。
一冊の本。
少女は。
寝台へ近づく。
……
植物図鑑。
……
指先で。
表紙に触れる。
ぱらり。
頁をめくる。
……
小さな花。
……
少女の指が。
止まる。
その頁を。
しばらく。
見つめる。
……
やがて。
本を閉じる。
ぱたん。
少女は。
本から。
手を離す。
寝台を見る。
……
二つ。
並んだ枕。
……
少女は。
片方の枕へ。
手を伸ばす。
触れる。
……
指先が。
布の上を。
少しだけ滑る。
少女は。
その手を見る。
……
左手。
……
指を。
ゆっくりと握る。
……
それから。
手を下ろす。
少女は。
寝台から離れる。
扉へ。
歩く。
取っ手に。
手をかける。
……
動かない。
……
白銀の髪が。
頬へ落ちる。
少女は。
俯いたまま。
取っ手を握っている。
……
少しして。
顔を上げる。
振り返る。
……
寝台。
二つの枕。
植物図鑑。
窓辺で揺れる。
白いカーテン。
……
最後に。
寝台を見る。
「……。」
……
少女は。
前を向く。
扉を。
開ける。
廊下へ。
一歩。
出る。
……
扉に。
手を添える。
少女は。
もう一度だけ。
部屋を見る。
……
そして。
扉を。
閉じた。
◇
廊下を。
歩く。
長い。
広い。
相変わらず。
どこまでも。
続いている。
……
でも。
道は。
わかる。
……
昨日。
ガゼルと。
いろんなところを。
歩いた。
少女は。
廊下の先を見る。
角を。
曲がる。
足は。
止まらない。
……
ガゼルは。
きっと。
怒る。
……
今朝みたいに。
……
どうして。
言ってくれないのって。
……
また。
泣くかもしれない。
……
少女の足が。
止まる。
……
胸の奥が。
急に。
痛くなる。
……
少女は。
胸元へ。
手を当てる。
……
息を。
一度。
吐く。
……
視線を。
左手へ落とす。
……
ガゼルを。
思い出すと。
落ち着く。
……
そう。
思った。
……
なのに。
……
ざわざわする。
……
少女は。
眉を寄せる。
……
知っている。
この感じ。
……
施設に。
いたときと。
同じ。
……
何かをしないといけない。
そんな。
嫌な感覚。
……
右手が。
左腕へ伸びる。
……
爪が。
袖の上から肌を掻く。
もう一度。
……
少女は。
手を止める。
……
痛い。
……
それだけだった。
……
右手を。
下ろす。
……
少女は。
立ち止まっていた足を。
前へ出す。
……
私は。
何かできるように。
なったわけじゃない。
……
どうやって。
行くのかも。
わからない。
……
この先。
どうなるのかも。
わからない。
……
一歩。
……
少女は。
歩く。
……
もう一歩。
……
私が。
ここにいなければ。
みんな。
戦わない。
傷つかない。
……
それに。
知りたいことも。
探せる。
……
少女は。
廊下の先を見る。
……
それなら。
……
私にも。
できる。
……
足が。
前へ出る。
一歩。
また。
一歩。
◇
廊下を。
歩く。
白銀の髪が。
背中の後ろへ。
さらさらと流れる。
……
角を。
曲がる。
髪が。
少し遅れて。
肩の向こうへ流れる。
……
階段を。
下りる。
一段。
また。
一段。
……
足は。
止まらない。
長い髪だけが。
少女の後ろで。
揺れている。
……
見たことのある。
場所。
少女は。
そのまま。
進む。
……
向こうから。
一人の侍女が。
歩いてくる。
「あ。」
少女も。
顔を見る。
……
さっき。
会った人。
……
侍女は。
少女の前で。
足を止める。
「あれ。」
「今は歩いているんですねー。」
少女は。
頷く。
「うん。」
「めんどくさい病は治りました?」
「治った。」
……
侍女は。
少女を見る。
その後ろ。
廊下へ。
視線を向ける。
「あれ?」
「いま。」
「お一人ですかー?」
「うん。」
……
「セレスさんと。」
「エステラさんは?」
「いない。」
「姫様も?」
「いない。」
……
侍女の視線が。
少女へ戻る。
「もしかしてー。」
「迷ってます?」
少女は。
首を横へ振る。
「迷ってない。」
「そうなんですねー。」
侍女は。
少しだけ。
身を屈める。
「どこかまで。」
「ご案内しましょうか?」
少女は。
首を横へ振る。
「大丈夫。」
「道。」
「わかる。」
……
「そうですかー。」
侍女は。
笑みを浮かべたまま。
少女の頭へ。
手を伸ばす。
白銀の髪を。
ひと撫で。
……
「ほんとかわいい……。」
……
少女は。
侍女を見る。
「?」
……
手が。
離れる。
「あ。」
「すみません。」
侍女は。
変わらず。
笑っている。
「では、私は失礼しますね。」
「困ったら誰かを頼って下さいねー。」
少女は。
小さく頷く。
「うん。」
歩き出す。
……
白銀の髪が。
再び。
後ろへ流れる。
少女は。
振り返らない。
……
一歩。
また。
一歩。
……
背後から。
足音は。
聞こえない。
……
少女は。
そのまま。
進む。
やがて。
大きな扉を。
抜ける。
……
外。
……
光。
少女は。
目を細める。
白い光が。
一度に入ってくる。
……
少しして。
瞬きをする。
もう一度。
目を開ける。
……
風が。
吹く。
頬に触れる。
白銀の髪が。
ふわりと揺れる。
少女は。
手で髪を押さえる。
……
前を見る。
……
石畳。
その先。
……
城門。
……
大きい。
少女は。
見上げる。
……
上。
まだある。
もっと上。
……
これ。
人が。
作った?
……
魔法?
……
すごく大きな人が。
いるのかも。
……
少女の足が。
止まる。
少女は。
振り返る。
……
大きな。
王城。
……
窓が。
たくさんある。
……
どれが。
私の部屋か。
わからない。
……
少女は。
見上げる。
……
ガゼル。
……
胸の奥が。
また。
窮屈になる。
……
少女は。
左手を。
握る。
……
ここから。
出たら。
……
少女は。
王城を。
見つめる。
……
唇を。
僅かに開く。
……
声は。
出ない。
……
風が。
頬に触れる。
少女は。
しばらく。
そこにいる。
……
やがて。
前を向く。
城門を見る。
足を。
進める。
……
近づく。
……
騎士。
……
一人。
二人。
……
もっといる。
……
少女の足が。
止まる。
門の脇。
何人もの。
騎士がいる。
少女は。
少し離れたところから。
見る。
……
門のそば。
大きな。
生き物がいる。
……
四本の脚。
長い顔。
頭の上には。
二つの耳。
少女より。
ずっと。
大きい。
……
その後ろ。
車輪のついた。
大きな台。
木箱。
袋。
籠。
たくさん。
積まれている。
……
少女は。
首を傾げる。
生き物の耳が。
動く。
長い尻尾が。
揺れる。
鼻から。
白い息が漏れる。
……
少女は。
一歩。
近づく。
生き物が。
顔を向ける。
……
目が合う。
少女は。
足を止める。
……
しばらく。
見る。
生き物も。
こちらを見ている。
……
「これ。」
荷台のそばにいた男が。
顔を上げる。
「ん?」
少女は。
生き物を。
指さす。
「何?」
男は一度瞬きをする。
それから笑う。
「馬だよ。」
……
少女は。
生き物を見る。
「うま。」
……
馬。
……
少女は。
もう一歩。
近づく。
馬の耳が。
また。
動く。
……
「触っていい?」
「いいけど。」
男は馬の背へ手を置く。
「後ろには回るなよ。」
「蹴られることがあるから。」
少女は。
馬の脚を見る。
……
蹴る。
……
痛そう。
少女は。
前へ。
少し移動する。
手を。
伸ばす。
……
馬の鼻先が。
近づく。
少女の指へ。
触れる。
……
温かい。
……
柔らかい。
……
少女は。
瞬きをする。
もう一度。
そっと。
触れる。
「気に入ったか?」
少女は。
馬を見る。
「わからない。」
「はは。」
……
声。
少女は。
顔を向ける。
……
人が。
門へ向かう。
荷物を。
抱えた人。
二人で。
話しながら。
歩いている。
「それじゃあ、また。」
「ああ。お疲れさま。」
そのまま。
門を通る。
……
騎士は。
止めない。
少女は。
馬から。
手を離す。
見る。
……
今度は。
城の中から。
侍女が歩いてくる。
籠を。
持っている。
「お疲れさまです。」
「はい。お疲れさまです。」
騎士が。
軽く手を上げる。
侍女は。
そのまま。
門の外へ。
歩いていく。
……
少女は。
見る。
……
止められない。
少女は。
自分を見る。
……
服。
……
侍女とは。
違う。
……
でも。
普通に。
歩いていた。
……
少女は。
もう一度。
門を見る。
騎士。
その向こう。
道。
……
少女は。
歩き出す。
門へ。
近づく。
……
さっきの。
侍女。
……
「お疲れさまです。」
少女は。
騎士の横を。
通る。
「お疲れさま。」
騎士が。
反射的に。
背筋を伸ばす。
「ああ。」
「お疲れさまです。」
敬礼。
……
少女は。
騎士を見る。
……
何も。
言われない。
そのまま。
歩く。
一歩。
門の外へ。
もう一歩。
……
出た。
……
少女は。
前を見る。
歩く。
「…………。」
……
後ろで。
何かが。
止まる。
少女は。
歩く。
「……ん?」
騎士の声。
少女は。
そのまま。
歩く。
「いや。」
後ろから。
足音。
「待て。」
……
少女は。
振り返る。
騎士が。
こちらを見ている。
眉が。
寄っている。
「そこの。」
騎士の視線が。
少女の服を見る。
「ちっこい侍女!」
「待ちなさい!」
少女は。
瞬きをする。
周りを見る。
……
誰も。
いない。
自分を見る。
「……私?」
「そう!」
少女は。
騎士を見る。
「なに?」
騎士は。
少女の前まで来る。
近くで。
少女を見る。
……
白銀の髪。
見慣れない顔。
騎士の眉が。
さらに寄る。
「君。」
「どこの侍女だ?」
……
どこ。
少女は。
王城を見る。
「ここ。」
「いや。」
「そうではなくてだな。」
騎士は。
額へ手を当てる。
「なぜ。」
「お嬢さんが。」
「一人で城の外へ?」
……
一人。
少女は。
騎士を見る。
「ガゼルと。」
「城下町に行く。」
「ガゼル?」
騎士が。
首を傾げる。
もう一人の騎士が。
こちらを見る。
「その子。」
「姫様と一緒にいる保護中の子じゃないか?」
「ああ、例の子か。」
騎士は。
少女を見る。
「姫様と?」
「うん。」
「では。」
「姫様はどちらに?」
「あとから来る。」
騎士は。
少女の後ろを見る。
門。
その向こう。
王城。
「お嬢さんは?」
「先に。」
「門の外で。」
「待っててって。」
「言われた。」
……
騎士は。
黙る。
少女を見る。
「……姫様に?」
「うん。」
少女は。
真っ直ぐ。
騎士を見ている。
……
騎士は。
少女を見る。
目が。
逸れない。
表情も。
変わらない。
「いや。」
騎士は。
腕を組む。
「それにしても。」
「姫様が。」
「お嬢さん一人を。」
「先に城外へ出すとは……。」
少女は。
瞬きをする。
……
まだ。
通れない。
少女は。
騎士を見る。
それから。
王城へ。
視線を向ける。
……
今朝。
王様が。
言っていた。
「王様も。」
「ん?」
「まずは。」
「知れって。」
「怒った。」
……
騎士の顔が。
止まる。
「……陛下が?」
「うん。」
少女は。
騎士を見る。
騎士も。
少女を見る。
「……。」
……
騎士の腕が。
ゆっくりと解ける。
……
まずは。
知れ。
騎士は。
王城へ。
視線を向ける。
「……いや。」
「しかし。」
隣の騎士が。
小さな声で言う。
「陛下なら。」
「……あるのか?」
「いや。」
「あるか……?」
二人が。
顔を見合わせる。
少女は。
待つ。
……
「姫様は。」
騎士が。
少女を見る。
「本当に。」
「あとから来られるんだな?」
「うん。」
少女は。
頷く。
騎士は。
少女の顔を見る。
……
何も。
変わらない。
疑っている。
……
たぶん。
……
騎士が。
目を細める。
少女は。
目を逸らさない。
「…………。」
「…………。」
風が。
吹く。
白銀の髪が。
揺れる。
少女は。
髪を押さえる。
……
騎士が。
息を吐く。
「……わかった。」
「ただし。」
「門の前だ。」
「勝手にどこかへ行ってはいけないぞ。」
……
通れる。
少女は。
頷く。
「うん。」
騎士が。
道を開ける。
少女は。
歩く。
一歩。
二歩。
騎士の横を。
通る。
門を。
抜ける。
……
風。
……
さっきより。
広い。
少女は。
前を見る。
……
道が。
続いている。
建物。
人。
……
知らない。
場所。
少女は。
歩く。
「お嬢さん。」
後ろから。
声。
「そこで待つんだぞ。」
少女は。
振り返る。
「うん。」
また。
前を向く。
歩く。
一歩。
二歩。
三歩。
……
少女は。
止まる。
振り返る。
騎士たちが。
まだ。
こちらを見ている。
……
少女の唇が。
僅かに動く。
「さっきの。」
「ん?」
騎士が。
少女を見る。
「ガゼルと。」
「城下町に行くの。」
少女は。
瞬きをする。
「嘘。」
……
騎士が。
固まる。
……
「……は?」
少女は。
続ける。
「先に。」
「待っててって。」
「言われたのも。」
「嘘。」
……
騎士の口が。
僅かに開く。
……
少女の視線が。
少しだけ。
宙へ向く。
……
王様。
……
「まずは。」
「知れって。」
「怒ったのは。」
騎士が。
少女を見る。
少女は。
小さく。
首を傾げる。
「冗談。」
……
「…………。」
……
少女は。
頷く。
……
ちゃんと。
言った。
……
少女は。
前を向く。
歩き出す。
「……待て。」
少女は。
歩く。
「待て待て待て。」
後ろで。
鎧が鳴る。
少女は。
振り返る。
騎士が。
こちらへ来る。
……
速い。
……
少女は。
前を見る。
走る。
「お嬢さん!!」
白銀の髪が。
大きく揺れる。
少女は。
走る。
一歩。
二歩。
三歩。
……
つま先が。
石畳へ。
引っかかる。
「わ。」
……
足が。
前へ出ない。
身体だけが。
そのまま。
前へ進む。
視界が。
傾く。
……
さっきまで。
前にあった道が。
下へ。
落ちていく。
代わりに。
灰色の石畳が。
一気に。
近づいてくる。
少女は。
手を出す。
……
掌に。
硬い衝撃。
そのすぐあと。
膝。
……
身体が。
止まる。
少女は。
石畳へ。
両手をついたまま。
瞬きをする。
……
掌。
熱い。
……
痛い。
……
少し遅れて。
膝にも。
痛みが広がる。
少女は。
片方の手を。
持ち上げる。
……
赤い。
……
掌の皮膚が。
擦れている。
細かな砂が。
ついている。
その間から。
血が。
少しずつ。
滲んでくる。
指を。
曲げる。
……
痛みが。
強くなる。
少女の眉が。
僅かに寄る。
「……痛い。」
……
膝を見る。
擦れた布の隙間から。
赤くなった皮膚が。
見える。
そこにも。
血が。
少し。
滲んでいる。
……
後ろから。
鎧の音。
近い。
少女は。
顔を上げる。
……
騎士。
……
もう。
いる。
「まったく!」
少女が。
身体を起こそうとする。
その前に。
後ろから。
両脇へ。
手が入る。
……
身体が。
浮く。
「……。」
少女は。
足元を見る。
……
石畳が。
下にある。
でも。
足が。
届かない。
両脚が。
宙に浮いている。
擦れた膝が。
動く。
痛い。
少女は。
少しだけ。
身体を動かす。
……
揺れる。
でも。
降りない。
「捕まえたぞ。」
「悪いんだか悪くないんだか。」
「不思議な子だな。」
少女は。
後ろを見る。
騎士の顔が。
近い。
「離して。」
「駄目だ。」
少女は。
もう一度。
足を動かす。
……
届かない。
「行かないと。」
「馬鹿なことをいうな。」
「怪我してるってのに。」
「痛いけど平気。」
「いいから、治療しにいくぞ。」
騎士は。
少女を抱えたまま。
城門へ。
向きを変える。
「離して。」
「今日のところは諦めるんだな。」
「城の中まで連れて行ってやるから。」
「今度はちゃんと姫様と街にいけばいいさ。」
……
少女は。
城門の向こうを見る。
……
遠くなる。
……
「だめ。」
両脚を。
動かす。
右。
左。
……
届かない。
少女は。
身体を捻る。
「降ろして。」
「こら。」
もう一度。
身体を動かす。
白銀の髪が。
騎士の腕の中で。
揺れる。
足を。
前へ。
後ろへ。
それでも。
地面には。
届かない。
「暴れるな。」
「行かないと。」
「だから駄目だって。」
少女は。
騎士の腕へ。
手をかける。
押す。
……
動かない。
「離して。」
「諦めろって。」
少女は。
眉を寄せる。
また。
足を動かす。
……
届かない。
……
少女は。
城門の向こうを見る。
道。
人。
建物。
知らない場所。
……
もう少し。
……
少女は。
手を見る。
……
血。
……
城に。
戻される。
……
それだと。
みんな。
戦う。
……
その時。
ヒィィン――!
高い鳴き声が。
響いた。
少女は。
顔を向ける。
荷車を引いていた馬が。
大きく。
前脚を上げている。
「うわっ!」
御者が。
手綱を引く。
「どうした!?」
馬が。
首を振る。
また。
高く鳴く。
荷車が。
揺れる。
大きく。
傾く。
「危ない!」
積まれていた。
木箱が。
ずれる。
一つ。
落ちる。
がたんっ。
大きな音。
その上から。
もう一つ。
がしゃんっ。
木箱。
袋。
籠。
次々と。
石畳へ。
落ちていく。
がらがらがらっ――
「きゃあっ!」
「下がれ!」
「危ないぞ!」
人が。
散る。
馬が。
また。
身体を跳ね上げる。
荷車が。
さらに。
傾く。
声。
足音。
鎧の音。
一度に。
たくさん。
聞こえる。
少女は。
見る。
「馬を押さえろ!」
騎士の声。
少女の身体が。
下がる。
足が。
石畳へ。
つく。
……
膝。
痛い。
騎士は。
少女を。
自分の後ろへ置く。
「ここから動くな!」
少女は。
騎士を見る。
騎士は。
もう。
見ていない。
前を見る。
馬。
倒れた荷物。
人。
騎士が。
走っていく。
……
少女は。
自分を見る。
……
誰も。
掴んでいない。
……
顔を上げる。
城門。
その向こう。
道。
……
少女は。
一歩。
進む。
誰も。
止めない。
もう一歩。
少女は。
前を見る。
……
行ける。
……
走る。
膝が。
痛い。
それでも。
走る。
一歩。
二歩。
少女は。
足元を見る。
石畳。
三歩。
四歩。
……
今度は。
引っかからない。
白銀の髪が。
後ろへ。
大きく流れる。
掌も。
痛い。
膝も。
痛い。
でも。
足は。
止まらない。
後ろでは。
まだ。
たくさんの声がしている。
少女は。
振り返らない。
走る。
……
門が。
遠くなる。
……
王城も。
少しずつ。
遠くなる。
……
少女は。
前を見る。
……
知らない。
道。
……
その先へ。
少女は。
走っていく。




