輪郭の中に在るもの
朝食が。
終わった。
少女の前には。
ほとんど手のついていない。
パン。
少し減った。
スープ。
そして。
二口ほど減った。
オムレツ。
……
妹は。
食器をまとめる。
「では。」
「今日の午前中は。」
「世界史の授業の予定です。」
「参りましょうか。」
……
少女は。
食堂へ。
視線を向ける。
人が。
たくさんいる。
食事を終えて。
席を立つ人。
誰かと話しながら。
扉へ向かう人。
料理を運ぶ人。
片付ける人。
……
みんな。
これから。
何かをする。
……
エステラも。
朝。
侍女達が集まって。
一日の予定を確認していた。
そして。
私を。
世界史の授業へ連れていくらしい。
……
侍女。
エステラには。
名前がある。
それとは。
別に。
侍女。
さっきの。
大きな人。
騎士。
あの人にも。
名前がある。
料理長。
名前は。
知らない。
でも。
料理を作る人。
……
少女は。
自分の手を見る。
……
私は?
名前。
おもち。
これは。
ガゼルがくれた。
Origin-0-Mirabilis-1
O-M-1
これも。
名前……?
それとは。
別の。
星導魔術適性個体。
これが。
侍女や騎士に。
近い……?
……
少女の指が。
僅かに動く。
それなら。
星導魔術適性個体は。
何をする?
魔法を。
使う。
何のために?
世界を救う。
奇跡。
……
何度も。
聞いた。
……
でも。
世界を救うって。
何?
奇跡って。
何?
……
わからない。
……
少女は。
食堂へ。
視線を戻す。
みんな。
笑っている。
怒っているようにも。
見える。
……
みんな。
何か。
ある。
騎士。
侍女。
料理長。
何をする人なのか。
昨日知った。
だから。
わかる。
……
私も。
何かになれば。
わかる?
笑える?
……
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
別に。
笑いたいわけじゃない。
ただ。
人のことが。
もう少し。
わかるかもしれない。
……
そうしたら。
ガゼルのことも。
「おもち様?」
少女は。
顔を上げる。
妹が。
こちらを見ている。
「また考えごとですか?」
「私にわかることなら。」
「お答えしますよ。」
少女は。
妹を見る。
「エステラ。」
「はい。」
「エステラは。」
「なんで。」
「侍女なの?」
「……はい?」
妹が。
瞬きをする。
「エステラは。」
「エステラじゃないの?」
……
妹の眉が。
僅かに寄る。
少女は。
食堂の向こうへ。
視線を向ける。
さっきの。
大きな騎士。
「あの人にも。」
「名前があるんでしょ?」
「ええ。」
「ありますよ。」
「でも。」
「騎士。」
「……ああ。」
妹は。
小さく頷く。
「役職のことですね。」
「やくしょく。」
「はい。」
「侍女や騎士というのは。」
「役職といって。」
「その人が。」
「どのようなお仕事をしているのかを。」
「表すものです。」
「仕事。」
「はい。」
「人は。」
「生活をしていくために。」
「いろいろなお仕事をしています。」
「その内容によって。」
「侍女。」
「騎士。」
「料理人。」
「そうやって。」
「呼び方が分かれているのですよ。」
「……。」
少女は。
妹を見る。
……
エステラの話は。
わかりやすい。
侍女。
人の世話をする。
騎士。
国を守る。
料理人。
料理を作る。
すること。
それによって。
呼び方が変わる。
……
「じゃあ。」
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
「何かをしないと。」
「生活できないの?」
「うーん。」
妹の頬が。
柔らかく緩む。
「ふふ。」
「何もしなくてよいのなら。」
「それもまた。」
「穏やかで素敵かもしれませんね。」
「……。」
少女は。
瞬きをする。
……
何もしなくても。
いい。
……
また。
知らない答え。
少女は。
自分の手を見る。
でも。
私は。
……
「じゃあ。」
少女は。
顔を上げる。
自分を。
小さく指差す。
「私は。」
「星導魔術適性個体は。」
「なにをすればいいの?」
「……。」
妹は。
少女を見る。
「え?」
「せいどう……?」
「うん。」
……
妹の眉が。
僅かに寄る。
「それは。」
「どういったものでしょうか?」
少女は。
瞬きをする。
「わからない。」
……
「おもち様。」
「なに?」
「わからないなら。」
少女は。
妹を見る。
「わかる人に。」
「聞く。」
妹の頬が。
少し緩む。
「そうです。」
「それに。」
妹は。
食器をまとめながら。
「本には。」
「大抵のことが。」
「記されてあります。」
「また後日。」
「図書塔へ。」
「行ってみましょう。」
「うん。」
少女は。
自分の手を見る。
……
わからないことは。
わからなくてもいい。
それは。
もう。
わかった。
でも。
聞けば。
わかるなら。
聞きたい。
……
知ってそうな人。
少女の目が。
僅かに動く。
……
王様。
……
「エステラ。」
「はい。」
「行きたいところがある。」
「どちらへ?」
「王様のところ。」
「陛下のところへ?」
「うん。」
少女は。
自分の手を見る。
「私のこと。」
「何か。」
「知ってそうだから。」
「……。」
妹は。
少女を見る。
それから。
小さく頷く。
「わかりました。」
「では。」
「後日。」
「お時間をいただけるか。」
「私から宰相様へ。」
「確認しておきますね。」
少女は。
妹を見る。
「後日。」
「はい。」
妹は。
食器をまとめる。
「本日は。」
「予定どおり。」
「世界史の授業へ参りましょう。」
「そろそろ。」
「時間も迫っておりますので。」
「……。」
少女は。
自分の皿へ。
視線を落とす。
……
世界史。
これから。
授業。
でも。
今。
知りたいのは。
それじゃない。
……
「いかない。」
妹の手が。
止まる。
「どうしてですか?」
「興味が。」
「今はない。」
「……。」
妹は。
少女を見る。
少女も。
妹を見る。
……
じと。
妹の視線が。
少女へ刺さる。
「だめです。」
「先生が。」
「お待ちです。」
少女は首を振る。
「いかない。」
「だめです。」
「やだ。」
「おもち様。」
「……。」
妹は。
小さく息を吐く。
「朝は。」
「私が譲りました。」
「ですから。」
「今度は。」
「私の言うことを。」
「聞いてください。」
……
少女は。
妹を見る。
その目が。
僅かに。
見開かれる。
少女は。
椅子を引き。
そのまま。
座り直した。
「……おもち様?」
少女は。
両腕を。
机の上へ伸ばす。
ぺたり。
上半身を。
机へ預けた。
頬まで。
くっつける。
「王様のところに。」
「行くまで。」
「ここから動かない。」
「……。」
妹は。
少女を見る。
少女も。
妹を見る。
……
動かない。
……
妹の眉が。
ぴくりと動く。
「そうですか。」
妹は。
少しだけ。
頬を緩める。
わざとらしく。
指先を。
顎へ添える。
「あーあ。」
「姫様が。」
「寂しがってるかもなー。」
「……。」
少女の目が。
僅かに動く。
「……ガゼルが?」
妹は。
わざとらしく。
視線を上へ向ける。
「今頃。」
「授業のお部屋で。」
「先に待っているかもしれませんねー。」
ちらり。
少女を見る。
「……。」
少女の指が。
僅かに動く。
……
ガゼル。
待ってる。
……
少女は。
僅かに。
眉を寄せる。
それから。
妹を見る。
「それも……。」
「あとで……いい。」
「……え。」
顎に添えていた。
妹の指が。
止まる。
……
少女は。
顔を上げる。
食堂を見る。
さっきの。
大きな騎士。
まだ。
いる。
少女は。
席を立つ。
「おもち様?」
そのまま。
騎士の方へ。
歩いていく。
「ちょっと……!」
妹も。
慌てて。
あとを追う。
……
「騎士。」
「お?」
大柄な騎士が。
少女を見る。
「なんだ。」
「ちっこいの。」
少女は。
騎士を見る。
「私は。」
「おもち。」
「あなたは?」
「……お。」
騎士は。
少しだけ。
目を丸くする。
すぐに。
胸を張った。
「こいつは。」
「失礼したな。」
「俺は。」
「バルドだ。」
「よろしくな。」
「よろしく?」
「バルド。」
少女は。
騎士を見る。
それから。
両手を。
前へ伸ばす。
「……?」
騎士が。
その手を見る。
少女を見る。
もう一度。
両手を見る。
「なんだ?」
「運んで。」
「……は?」
騎士は。
少女を見る。
それから。
その後ろへ。
視線を移す。
妹が。
小さく。
首を横へ振る。
騎士は。
頭を掻く。
「悪いな。」
「どうやら。」
「俺じゃ力にはなれそうに――」
少女は。
一歩。
前へ出る。
両腕を。
伸ばす。
そのまま。
騎士の首へ。
抱きついた。
「おわっ。」
騎士の身体が。
僅かに揺れる。
少女は。
離れない。
「運んで。」
騎士は。
首元の少女を見る。
やがて。
にっと笑う。
「ははっ。」
「お前。」
「なかなかガッツがあるな。」
大きな手が。
少女の身体を支える。
「よし。」
「ここはいっちょ。」
「一肌脱いでやるか。」
近くの席。
斜めに腰掛けていた別の騎士が。
にやっと顔を上げる。
「団長には。」
「適当に言っといてやるよ。」
「助かるぜ。」
「バルド。」
妹の声が飛ぶ。
「だめです。」
騎士が。
振り返る。
「どうしてだよ。」
「おもち様が。」
「行きたいと仰っているのは。」
「陛下のところですよ。」
「陛下?」
「はい。」
騎士は。
腕の中の少女を見る。
「王様のところ。」
「行きたい。」
「……なるほどな。」
それから。
妹を見る。
「お前も。」
「なかなか大変そうだな。」
「誰のせいで。」
「さらに大変になっていると。」
「思っているんですか?」
「ははっ。」
騎士は。
少女を抱え直す。
「でも。」
「今回は。」
「お前の負けだな。」
「まあ。」
「陛下なら。」
「大丈夫だろ。」
「適当なこと言わないでください。」
妹の眉が。
僅かに寄る。
騎士は。
気にした様子もなく。
少女を見る。
「さあ。」
「おもちっつったか。」
「ぱぱっと行くか。」
「うん。」
少女は。
騎士を見る。
「ありがとう。」
「おう。」
少女は。
その腕の中から。
妹を見る。
「エステラ。」
「はい。」
「ごめんなさい。」
妹は。
少女を見る。
「まったく。」
小さく。
息を吐いた。
その手を。
少女の頬へ伸ばす。
そっと。
頬に触れる。
少女は。
首を少し傾げる。
妹の口元が。
僅かに緩む。
「仕方ありませんね。」
「今日は。」
「私の根負けということで。」
少女は。
瞬きをする。
妹の手が。
頬から離れる。
妹は。
騎士を見る。
「私は。」
「先に連絡を入れてから。」
「そちらへ向かいます。」
「お二人は。」
「先に行っていてください。」
「おう。」
騎士は。
少女を抱えたまま。
歩き出した。
……
妹は。
遠ざかっていく。
二人の背中を見る。
その口元へ。
手を添える。
「ふふっ。」
小さく。
笑いがこぼれる。
「姫様も。」
「これから。」
「大変かもしれませんね。」
◇
騎士は。
少女を抱えたまま。
廊下を歩いていた。
大きな腕に。
身体を預ける。
少女は。
騎士の肩越しに。
流れていく廊下を見る。
「そういや。」
騎士が。
口を開く。
「おもち。」
「うん。」
「お前。」
「なんでこの城にいるんだ?」
少女は。
騎士を見る。
「ガゼルに。」
「拾われた。」
「……拾われた?」
「うん。」
騎士は。
声を上げて笑う。
「はははっ!」
「なんだそりゃ。」
「犬みてえだな。」
少女は。
首を傾げる。
「どうして?」
「あ?」
「いぬ。」
「みたいなの?」
「ああ。」
騎士は。
前を向く。
「道端に子犬がいたら。」
「拾いたくなるだろ?」
少女は。
瞬きをする。
「知らない。」
「そうなのか?」
「うん。」
騎士は。
笑う。
「城下町に行きゃ。」
「その辺にいるぞ。」
「いぬ?」
「犬も。」
「猫もな。」
「ねこ。」
「おう。」
少女は。
騎士を見る。
「バルド。」
「なんだ?」
「いぬと。」
「ねこは。」
「なにが違うの?」
「そりゃあ――」
騎士は。
眉を寄せる。
「鳴き方じゃねーか?」
「ニャーかワンだな。」
少女も。
首を傾げる。
「……どういうこと?」
「俺にも。」
「わからん。」
少女の首が。
さらに傾く。
「そうだなー。」
「ちっこくて。」
「ふわふわしてる。」
「おまえくらい。」
「ちっこいやつもいるぞ。」
少女は。
自分を見る。
「私くらい?」
「いや、それは冗談だ。」
「……冗談。」
「むずかしい。」
「ははは。」
「その内わかるようになるさ。」
騎士は。
少女を抱え直す。
「そうだ。」
「今度。」
「姫様にでも。」
「連れてってもらえ。」
「ガゼルに?」
「おう。」
少女は。
小さく頷く。
「行きたい。」
騎士の口元が。
にっと緩む。
「見つかったらいいな。」
二人は。
そのまま。
廊下を進んでいく。
少女は。
騎士の肩越しに。
廊下の先を見る。
◇
やがて。
騎士の足が。
止まる。
大きな扉。
その前に。
二人の騎士が立っている。
一人が。
こちらを見る。
「……?」
その目が。
騎士へ。
それから。
腕の中の少女へ向く。
「おい。」
「バルド。」
「お前。」
「なんでここにいるんだ?」
「ん?」
「あと。」
「その子。」
「ああ。」
騎士は。
腕の中の少女を見る。
「陛下に。」
「用があるんだとさ。」
「陛下に?」
「おう。」
騎士は。
少女を床へ下ろす。
少女の足が。
床につく。
「おもち。」
「うん。」
「あとは。」
「一人で大丈夫か?」
「うん。」
少女は。
騎士を見上げる。
「ありがとう。」
「おう!」
大きな手が。
少女の頭へ伸びる。
ぽん。
「そのうち。」
「エステラも来るからな。」
「ちょっとだけ。」
「待っとけ。」
少女は。
小さく頷く。
騎士は。
ひらりと手を上げる。
「じゃあな。」
少女は。
遠ざかっていく。
騎士の背中を見る。
その姿が。
廊下の向こうへ消える。
少女は。
大きな扉を見る。
手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと。」
少女の手が。
止まる。
扉の前に立つ騎士が。
困ったように笑う。
「お嬢さん。」
「侍女を。」
「待たなくていいのかい?」
少女は。
騎士を見る。
「はやく。」
「聞きたいから。」
もう一度。
扉へ手を伸ばす。
「おっと。」
ふわり。
身体が浮いた。
「……わ。」
もう一人の騎士が。
少女の両脇へ手を入れ。
そのまま。
持ち上げている。
少女の足が。
宙に浮く。
「離して。」
「まあまあ。」
騎士は。
少女を抱えたまま。
扉を見る。
「そもそも。」
「陛下にお会いする許可は。」
「取っているのかい?」
「……。」
少女は。
瞬きをする。
「バルドが。」
「大丈夫って。」
「言ってた。」
二人の騎士が。
顔を見合わせる。
「あいつ……。」
そのとき。
扉が。
開いた。
「何を。」
「騒いでいるのです。」
男が。
姿を見せる。
その目が。
騎士に抱えられた。
少女へ向く。
「おもち様。」
「大変。」
「お元気そうで。」
「何よりでございます。」
少女は。
男を見る。
「……うん。」
男は。
騎士へ目を向ける。
「下ろして差し上げなさい。」
「あ、はい。」
少女の足が。
床につく。
「お話は。」
「伺っております。」
男は。
扉を開ける。
「さあ。」
「中へどうぞ。」
少女は。
開いた扉を見る。
そのとき。
廊下の向こうから。
足音が響く。
「おもち様。」
少女は。
振り返る。
妹が。
こちらへ。
駆けてくる。
「エステラ。」
「廊下は。」
「走らない。」
妹の足が。
ぴたりと止まる。
「申し訳ありません。」
男は。
小さく息を吐く。
「まったく。」
「侍女たるもの。」
「常に余裕を持って――」
「以後。」
「気をつけまーす。」
妹は。
少女の後ろへ回る。
その背中へ。
両手を添える。
「さあ。」
「おもち様。」
「中へ入りましょう。」
「うん。」
少女の背中を。
そっと押す。
二人は。
扉の向こうへ。
歩いていく。
男は。
その背中を見る。
「まだ。」
「話は終わっていませんよ。」
「聞いてまーす。」
男の眉間に。
皺が寄る。
「まったく。」
「これだから。」
「あの人の部下は……。」
ぶつぶつと。
何かを呟きながら。
男も。
二人のあとへ続いた。
◇
少女は。
開かれた扉の向こうへ。
足を踏み入れる。
……
広い部屋。
高い天井。
大きな窓。
壁一面に。
本棚が並んでいる。
大きな机。
その上には。
いくつもの書類。
その向こう。
一人の男が。
椅子に腰掛けていた。
漆黒の髪。
真っ直ぐ伸びた背筋。
男は。
手元の書類へ。
何かを書き込んでいる。
少女は。
足を止める。
ペン先が。
止まった。
男が。
顔を上げる。
鋭い。
眼差し。
碧色の瞳が。
真っ直ぐ。
少女へ向く。
少女の背中。
添えられていた。
妹の手に。
僅かに力が入る。
少女は。
何も変わらず。
男を見る。
「王様。」
男の眉が。
僅かに動く。
「勝手にきた。」
少女は。
男を見たまま。
「ごめんなさい。」
男は。
少女を見つめる。
ほんの僅かに。
口元が緩む。
「……ふっ。」
「構わん。」
男は。
椅子から立ち上がる。
机を回り。
少女の前まで歩いてくる。
少女は。
碧色の瞳を見上げる。
大きな腕が。
伸びる。
ふわり。
少女の身体が。
持ち上がる。
そのまま。
片腕へ。
身体を預ける。
少女は。
王を見る。
王も。
少女を見る。
「それで。」
「私に。」
「何を聞きたい。」
「王様。」
「なんで。」
「私を持ち上げるの?」
王は。
少女を見る。
「私が。」
「そうしたいからだ。」
少女は。
首を傾げる。
「どうして?」
「私の。」
「癖のようなものだ。」
「……くせ。」
「ああ。」
少女は。
自分を支える。
大きな腕を見る。
「嫌か?」
少女は。
小さく首を横へ振る。
「嫌じゃない。」
「なら。」
「このままで。」
「構わないだろう?」
少女は頷く。
……
王は。
何も言わない。
少女を。
片腕へ抱えたまま。
静かに待っている。
少女は。
王を見る。
「星導魔術適性個体って。」
「なに?」
「……。」
王の動きが。
止まる。
碧色の瞳が。
少女を見る。
……
「世界史の授業は。」
「受けたか?」
「……受けてない。」
「ならば。」
「まずは。」
「授業を受けなさい。」
少女は。
首を傾げる。
「どうして?」
「知りたい答えを知るためには。」
王は。
少女を見据える。
「まず。」
「この世界のことを。」
「学ぶ必要がある。」
「……。」
少女は。
王を見る。
「今。」
「知りたい。」
「……。」
王は。
少女を見つめる。
やがて。
窓辺へ。
歩き出した。
少女を。
片腕に抱えたまま。
窓の前で。
足を止める。
王が。
空を見上げる。
少女も。
その視線を追う。
青い空。
その向こうを。
見つめる。
「この世界は。」
王が。
口を開く。
「星との繋がりによって。」
「なりたっている。」
少女は。
空を見上げたまま。
その言葉を聞く。
「そして。」
「お前の魔力は。」
王の碧色の瞳が。
少女へ向く。
「おそらく。」
「その星と。」
「繋がっているのだろう。」
少女の目が。
僅かに動く。
「星と……。」
少女は。
空を見る。
……
不思議と。
驚かなかった。
胸の奥に。
その言葉が。
すっと。
収まっていく。
「……。」
少女は。
しばらく。
空を見つめる。
それから。
王を見る。
「星導魔術適性個体は。」
「役職?」
「違う。」
少女は。
瞬きをする。
「じゃあ。」
「なに?」
王は。
少女を見る。
「お前の。」
「性質を示すための。」
「呼び名だろう。」
「……呼び名。」
「ああ。」
少女は。
少しだけ。
視線を落とす。
……
侍女。
騎士。
料理人。
それとは。
違う。
……
「じゃあ。」
「私は。」
「何をすればいいの?」
王は。
少女を見る。
「何をしたい。」
「……。」
少女は。
瞬きをする。
「したいことじゃなくて。」
「できること。」
……
「私の……魔法で。」
「何ができるの?」
王は。
少女を見る。
「わからん。」
少女は。
瞬きをする。
「王様も?」
「ああ。」
王は。
窓の向こうへ。
視線を戻す。
「ただ。」
「王家に伝わる。」
「古い記録の中に。」
「星に導かれ。」
「崩れゆく大地を留め。」
「歪んだ空を。」
「元へ戻した者がいたと。」
「そう記されている。」
少女は。
空を見る。
「その人も。」
「星と。」
「繋がってた?」
「おそらく。」
王は。
少女を見る。
「ただ。」
「それが。」
「お前と同じ力なのか。」
「お前に。」
「何ができるのか。」
「私にも。」
「わからん。」
……
後ろから。
妹の声がした。
「なんだか。」
「星の魔法使いのお話みたいですね。」
少女は。
振り返る。
「星の。」
「魔法使い?」
「はい。」
妹は。
頬を緩める。
「有名な。」
「お伽噺ですよ。」
少女は。
首を傾げる。
「どんな話?」
……
「昔。」
宰相が。
口を開く。
少女は。
そちらを見る。
「まだ。」
「魔法が。」
「今ほど知られていなかった頃。」
「世界には。」
「一人の魔法使いが。」
「いたそうです。」
「その魔法使いは。」
「星の声を聞き。」
「星に導かれるまま。」
「魔法を使いました。」
「すると。」
「困っていた人々は助かり。」
「世界には。」
「再び平穏が訪れた。」
「そうして。」
「その魔法使いは。」
「最初の魔法使いと。」
「呼ばれるようになった。」
宰相は。
少女を見る。
「そのような。」
「お伽噺でございます。」
少女は。
瞬きをする。
「星に。」
「導かれる……。」
「はい。」
王は。
少女から。
窓の外へ。
視線を移す。
「元は。」
「同じものなのかもしれん。」
「長い時の中で。」
「形を変え。」
「物語として。」
「残ったのだろう。」
「……。」
少女は。
王を見る。
「その。」
「お伽噺は。」
「図書塔にある?」
「もちろんです。」
「私の魔法については?」
宰相は。
眼鏡の位置を。
指先で直す。
「もし。」
「おもち様の魔法が。」
「その言い伝えに残るものと。」
「本当に関係があるのなら。」
「古代魔法に関する文献に。」
「何か記されているかもしれません。」
「……古代魔法。」
「はい。」
少女は。
宰相を見る。
「図書塔に。」
「ある?」
「いくつかは。」
「ございます。」
宰相は。
机上の書類へ。
一度。
視線を落とす。
「ですが。」
「この城にある書物が。」
「すべてではございません。」
「魔法都市。」
「王立学園。」
「あるいは。」
「古い時代の魔法を研究する。」
「賢人のもとに。」
「ここにはない記録が。」
「残されている可能性もございます。」
「……。」
少女は。
指先を。
僅かに動かす。
……
図書塔。
魔法都市。
学園。
賢人。
知らない場所。
知らない人。
でも。
そこには。
私の知らない。
私のことが。
あるかもしれない。
「……遠い?」
「とても。」
少女は。
妹を見る。
両手を。
伸ばす。
「……。」
妹は。
その両手を見る。
額へ。
片手を添えた。
「おもち様。」
「とても。」
「人が歩いていける距離では。」
「ありません。」
「……。」
少女は。
伸ばした両手を見る。
王の口元が。
僅かに緩む。
「……ふっ。」
少女は。
王を見る。
「そう焦るな。」
王は。
少女の頭を撫でる。
「いきなり。」
「答えだけを知っても。」
「そこへ至る過程を知らねば。」
「理解はできんぞ。」
「……過程。」
「ああ。」
「まずは。」
「目の前にあるものから。」
「知っていけばいい。」
少女は。
王を見る。
「世界史?」
「そうだ。」
「……。」
……
目の前のこと。
侍女長も。
昨日。
言っていた。
まずは。
一歩。
……
「……わかった。」
「授業。」
「受ける。」
王の手が。
少女の頭へ伸びる。
大きな手が。
白銀色の髪を撫でる。
「それでいい。」
ぐり。
「……。」
ぐりぐり。
少女の頭が。
僅かに揺れる。
「痛い。」
王の手が。
止まる。
少女の眉が。
僅かに寄る。
乱れた髪の隙間から。
王を見上げる。
「下ろして。」
王は。
少女の身体を。
静かに下ろす。
足が。
床につく。
王は。
少女を見る。
「話は。」
「終わりか?」
「……。」
少女は。
王を見上げる。
「もう一つ。」
「なんだ。」
「ガゼルのために。」
「できることはある?」
王の眉が。
僅かに動く。
「姫の?」
「うん。」
少女は。
自分の手を見る。
「役に立ちたい。」
王は。
少女を見る。
「なぜ。」
「そう思う?」
「……。」
少女は。
自分の手を見たまま。
口を開く。
「役に立たない私は。」
「廃棄されるから。」
……
少女は。
顔を上げる。
「ここに来る前。」
「そう。」
「教えられた。」
「でも。」
手に力が入る。
「それは困る。」
「ガゼルのそばにいたい……から。」
「……。」
……
部屋から。
音が消えた。
妹の指が。
僅かに。
握られる。
宰相の手が。
眼鏡の縁で。
止まる。
「このような子供に。」
「なんて残酷な……。」
王は。
動かない。
少女を見る。
……
ぴし。
……
小さな音がした。
少女は。
顔を向ける。
ぴし。
窓に。
細い亀裂が走る。
……
みし。
……
部屋が。
軋む。
少女は。
王を見る。
何も。
していない。
なのに。
……
空気が。
重い。
肌が。
ぴりぴりする。
息が。
僅かに。
浅くなる。
少女の足が。
半歩。
後ろへ下がる。
その後ろ。
妹も。
動かない。
肩を強張らせ。
王を見つめている。
指先すら。
動かない。
「陛下。」
宰相の声が。
響いた。
「お静まりください。」
……
しばらく。
何も起こらない。
やがて。
肌を刺していたものが。
薄れていく。
床の震えも。
止まる。
王は。
ゆっくりと。
息を吐いた。
「すまない。」
少女の肩が。
びくりと跳ねる。
「驚かせてしまった。」
王の視線が。
僅かに落ちる。
ほんの。
一瞬。
それから。
顔を上げる。
碧色の瞳が。
真っ直ぐ。
少女へ向く。
その後ろ。
ようやく。
妹の身体が動いた。
少女へ。
両腕を回す。
……
ぎゅっ。
背中から。
小さな身体を抱き締める。
少女は。
その腕の中から。
王を見る。
王も。
少女を見据える。
「姫を。」
「信じてみることだ。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
信じる。
……
少女の指先が。
抱き締められた腕の上を。
僅かに動く。
……
信じるって。
何を?
……
ガゼルの言うこと?
……
ガゼルが。
私を?
……
「……。」
……
よく。
わからない。
……
でも。
王様は。
意味のないことを。
きっと。
言わない。
……
少女は。
何も言わず。
次の言葉を待つ。
……
「お前が。」
「姫と関わった。」
「その時間を。」
王の碧色の瞳が。
真っ直ぐ。
少女を見る。
「思い出してみなさい。」
「……時間。」
……
「姫が。」
「お前に何を言ったのか。」
……
「何をしたのか。」
……
「そして。」
「お前が。」
「何を感じたのか。」
少女は。
瞬きをする。
「姫は。」
「すでに。」
「お前を信じると覚悟した。」
数日前。
ここにきた時に言っていた……。
そういえば。
あの時も。
……
泣いてた。
「そこにいる。」
「エステラも。」
少女は。
僅かに。
後ろを見上げる。
……
微笑んでいる。
でも。
どこか悲しい顔。
……
「そして。」
王の声に。
少女は。
顔を前に向ける。
「この王城で。」
「お前と関わった者たちも。」
「皆。」
「お前を。」
「一人の人間として。」
「受け入れている。」
……
王は。
一度。
目を閉じる。
……
そして。
再び。
少女を見る。
……
「お前も。」
「目を閉じてみなさい。」
……
少女は。
王を見る。
「目を……?」
「ああ。」
少女は。
少しだけ。
首を傾げる。
……
それでも。
素直に。
瞼を閉じた。
……
暗い。
……
何も。
見えない。
……
「……。」
……
「お前の中に。」
……
王の声が。
聞こえる。
……
「すでに。」
「在るはずだ。」
……
少女の指が。
僅かに動く。
「……なにがあるの?」
……
「探してみなさい。」
……
探す。
閉じた瞼の奥に。
……
最初に。
浮かんだのは。
……
赤い髪。
光にあたるときらきらしてる。
……
大きな翡翠色の瞳。
……
小さな女の子。
……
いつも私を見てる。
よく笑う。
すぐに泣く。
この前は怒った。
忙しくてとても元気。
私とは全て違う。
晴れた日の外みたい。
その子の。
声がする。
……
ひとつ。
またひとつ。
……
『死んじゃだめ!!』
……
『今日からあなたはおもち!!』
……
『猫さんみたい。かわいい。』
……
『おもちは。』
『おもちのままがいいけどなぁ。』
……
『おもちと一緒にいられて毎日が楽しいよ。』
小さな手。
いつも左手を。
握ってくる。
……
あたたかくて。
落ち着く。
好き。
……
少女の指が。
妹の腕を。
そっと掴む。
……
『役に立たないなら廃棄かな。』
そもそも。
誰が言った?
……
研究してる人達。
私を見ているのかさえ。
わからない。
とても冷たい目。
機械と同じ声。
……
ここでは。
役に立てと。
言われた?
役に立たなければ。
いらないと。
……
ない。
誰も。
そんなこと。
言っていない。
……
何もしなくていい。
……
そのままでいい。
……
優しい声。
みんな笑ってる。
……
少女の瞼が。
ゆっくりと。
開く。
……
碧色の瞳が。
そこにある。
……
少女は。
しばらく。
王を見る。
……
それから。
自分を抱く。
妹の腕へ。
そっと。
手を重ねる。
……
「……そうだったんだ。」
……
先ほどまで。
どこか揺れていた。
淡紫色の瞳。
今は。
真っ直ぐ。
前を向いている。
「いい目になったな。」
「……?」
少女は。
小さく首を傾げる。
ゆっくりと口を開く。
「私に。」
「できること。」
「それを。」
「自分で。」
「見つけたい。」
王は。
少女を見つめる。
やがて。
一度。
頷いた。
少女も。
頷く。
……
「エステラ。」
「はい。」
「ガゼルに。」
「会いたい。」
妹の顔が。
ぱっと緩む。
「はい。」
「参りましょうか。」
「うん。」
少女は。
扉へ向かう。
妹が。
その後ろに続く。
宰相が。
扉を開く。
少女は。
部屋を出る。
……
ガゼル。
会ったら。
何を言おう。
まだ。
わからない。
……
でも。
会いたい。
……
扉が。
ゆっくりと。
閉じていく。
そのとき。
「陛下!」
――ばんっ。
閉じかけていた扉が。
勢いよく開いた。
少女の肩が。
跳ねる。
一人の侍従が。
息を切らして。
立っている。
手には。
書状。
「無礼を。」
「お許しください。」
「何事です。」
宰相が。
侍従へ向き直る。
侍従は。
一度。
息を呑む。
「例の。」
「研究施設が。」
……
少女の足が。
止まる。
……
「保護下の少女の。」
「返還を求め。」
「こちらへ。」
「向かっています。」




