心は卵
少女は。
廊下を歩いていた。
……
右手。
妹の手を。
握っている。
……
一歩。
また。
一歩。
……
足元を。
見つめる。
……
『おもちなんか。』
『知らない……!』
……
少女は。
瞬きをする。
……
ガゼル。
……
泣いていた。
……
また。
泣いた。
……
昨日は。
笑っていた。
……
一緒に。
本を読んで。
……
ご飯を食べて。
……
話をして。
……
笑っていた。
……
そのあと。
泣いた。
……
今日は。
怒った。
……
少女は。
前を見る。
……
廊下が。
続いている。
……
ガゼルは。
よく。
変わる。
……
笑う。
……
泣く。
……
怒る。
……
全部。
私に。
……
少女は。
少し。
俯く。
……
わからない。
……
ガゼルのこと。
……
知りたい。
……
知れば。
わかると。
思っていた。
……
でも。
……
知るたびに。
わからないことが。
増えていく。
……
昨日。
わかったこと。
……
好き。
……
少女は。
胸元へ。
目を落とす。
……
ガゼルと。
一緒にいると。
……
胸の奥が。
あたたかい。
……
そわそわしていたものが。
落ち着く。
……
それが。
好き。
……
だから。
私は。
ガゼルが好き。
……
それは。
わかる。
……
でも。
……
ガゼルは。
わからない。
……
少女は。
足元へ。
目を落とす。
……
笑っているとき。
……
楽しそう。
……
きっと。
そっちの方が。
いい。
……
泣くのは。
……
苦しいとき。
……
痛いとき。
……
嫌なとき。
……
少女は。
妹の手を。
握ったまま。
歩いていく。
……
昨日。
一緒にいた。
……
ガゼルは。
笑った。
……
それから。
泣いた。
……
今日。
いなくなった。
……
ガゼルは。
泣いた。
……
戻ったら。
……
また。
泣いた。
……
少女の眉が。
僅かに寄る。
……
いると。
泣く。
……
いなくても。
泣く。
……
何をしたら。
泣かない?
……
何かをすると。
ガゼルは。
笑うこともある。
……
でも。
泣くこともある。
……
今日は。
怒った。
……
だったら。
……
何もしなければ。
いい?
……
少女の足が。
僅かに。
遅くなる。
……
何もしない。
……
だめ。
……
何もしなかったら。
役に立たない。
……
その言葉を。
知っている。
……
ずっと。
聞いてきた。
……
役に立たないなら。
……
失敗作。
廃棄。
……
少女の指が。
僅かに強く。
妹の手を握る。
……
だめ。
……
何か。
しないと。
……
できることを。
増やさないと。
……
だから。
服も。
覚えた。
……
髪も。
これから。
教えてもらえる。
……
まだ。
一人では。
ちゃんとできない。
……
でも。
覚えれば。
できる。
……
きっと。
……
わからなければ。
考えればいい。
……
知らなければ。
覚えればいい。
……
少女は。
歩く。
……
一歩。
……
また。
一歩。
……
じゃあ。
……
ガゼルは?
……
何を。
覚えればいい?
……
笑う。
……
泣く。
……
怒る。
……
何をしたら。
どれになる?
……
わからない。
……
何かしないと。
いけない。
……
でも。
何かすると。
泣く。
……
何もしなかったら。
役に立たない。
……
離れたら。
泣いた。
……
そばにいても。
泣いた。
……
少女の足が。
さらに。
遅くなる。
……
何をしたら。
いい?
……
わからない。
……
何か。
しないと。
……
役に。
立たないと。
……
でも。
……
ガゼルが。
また。
泣く。
……
泣くのは。
嫌なとき。
……
だったら。
……
私は。
ガゼルに。
嫌なことを。
している?
……
でも。
……
何を?
……
知らない。
……
わからない。
……
少女の指が。
強くなる。
……
前を歩いていた妹の足が。
止まった。
……
少女も。
足を止める。
「おもち様?」
……
少女は。
顔を上げる。
……
妹が。
こちらを見ている。
……
少女は。
その顔を見る。
……
何か。
言わないと。
……
でも。
……
何を?
……
「……わからない。」
……
妹が。
瞬きをする。
「何が。」
「わからないのですか?」
……
少女は。
口を開く。
……
ガゼル。
……
好き。
……
でも。
わからない。
……
泣く。
……
笑う。
……
怒る。
……
何かしないと。
……
役に立たないと。
……
でも。
……
少女は。
口を閉じる。
……
言葉が。
まとまらない。
……
「……全部。」
……
妹の目が。
僅かに丸くなる。
少女は。
俯く。
……
握ったままの。
手。
……
いつの間にか。
強く握っていた。
……
少女は。
少し。
力を緩める。
……
「……ごめんなさい。」
……
「痛かった?」
……
妹は。
繋いだ手を見る。
それから。
少女を見る。
「大丈夫ですよ。」
少女は。
その答えを聞く。
「……そう。」
……
また。
一つ。
わかった。
……
でも。
わからないことは。
何も減らなかった。
……
少女は。
廊下の先を見る。
人。
ガゼル以外の。
人。
……
「エステラ。」
「はい。」
……
「人が。」
「いっぱい。」
「いるところに行きたい。」
妹は。
瞬きをする。
「人がたくさんいるところ、ですか?」
「うん。」
……
妹は。
少女を見て。
僅かに目を細める。
「では。」
「今日は一般食堂の方へ。」
「行ってみますか?」
少女は。
頷く。
「うん。」
……
二人は。
また歩き出す。
……
一歩。
また。
一歩。
……
少女は。
歩く。
……
昨日も。
たくさん歩いた。
……
今日も。
朝から。
侍女棟まで歩いた。
……
それから。
また。
ここまで。
……
足が。
重い。
……
それに。
足元へ。
目を落とす。
……
歩く。
……
また。
足元へ。
目を落とす。
……
歩く。
「……。」
めんどくさい。
……
少女の足が。
止まった。
繋いでいた手が。
妹の手から離れる。
「エステラ。」
「はい?」
……
「疲れた。」
「歩けない。」
……
妹は。
少女を見る。
「では。」
「少し休憩いたしましょうか?」
「……。」
少女は。
首を横へ振る。
「休憩は。」
「しない。」
「……?」
少女は。
妹の前へ。
両手を伸ばす。
……
妹は。
差し出された両手を見る。
少女を見る。
もう一度。
両手を見る。
……
「おもち様?」
少女は。
そのまま。
両手を伸ばしている。
「一般食堂。」
「行きたい。」
……
「ですが。」
「歩けないのですよね?」
「うん。」
妹は。
瞬きをする。
少女は。
少し首を傾げる。
「運んで。」
「……。」
妹は。
もう一度。
差し出された両手を見る。
「おもち様。」
「なに?」
「ご自分で歩くことも。」
「大切ですよ。」
少女は。
瞬きをする。
「ですから。」
「少し休憩してから。」
「参りましょう。」
「……。」
少女は。
伸ばしていた両手を下ろす。
「……じゃあ。」
「行かない。」
「……は?」
「もう歩きたくない。」
妹の目が。
僅かに丸くなる。
「朝食は。」
「召し上がらないのですか?」
「いらない。」
「……。」
即答だった。
妹は。
少女を見る。
少女も。
妹を見る。
……
しばらく。
見つめ合う。
……
「おもち様。」
「なに?」
「朝食は。」
「きちんと召し上がっていただかないと困ります。」
「……。」
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
「運んでくれたら。」
「……食べる。」
妹が小さく息を吐いた。
「……今回だけですよ?」
少女は。
両手を上げる。
「うん。」
……
妹は。
その姿を見る。
「次からは。」
「できるだけ。」
「ご自分で歩いてくださいね。」
「わかった。」
妹は。
少女の前へ屈む。
その身体へ。
腕を回す。
……
ふわり。
少女の足が。
床から離れる。
……
少女は。
妹の肩へ腕を回す。
「一般食堂。」
「はいはい。」
「参りましょう。」
「うん。」
◇
二人は。
来た道を外れ。
一般食堂へ続く廊下を進んでいた。
……
妹の腕の中。
少女は。
その肩へ腕を回している。
……
白銀色の髪。
見慣れない侍女服。
その姿のまま。
抱えられて運ばれていく。
……
前から。
二人の侍女が歩いてくる。
少女を見る。
手を振る。
笑ってる。
……
少しして。
また。
別の侍女。
その目が。
少女へ向く。
「……?」
少女は。
その視線を追う。
「おもち様?」
声がして。
少女は顔を向ける。
……
別の侍女が。
こちらへ歩いてくる。
「どうされたんですか?」
「朝は元気そうだったのに」
少女を見る。
「どこか。」
「怪我でも?」
……
「いいえ。」
妹は。
そのまま歩きながら答える。
「これは。」
「ただのめんどくさい病です。」
「……。」
少女は。
妹を見る。
……
侍女は。
少女を見る。
「えー。」
「案外そんな感じなの?」
少女は。
瞬きをする。
「そんなところもかわいいー。」
「……?」
侍女は。
ひらひらと手を振る。
「お大事にねー。」
そのまま。
廊下を歩いていく。
……
少女は。
遠ざかる背中を見る。
……
それから。
妹を見る。
「エステラ。」
「なんです?」
「めんどくさい病って。」
「なに?」
……
妹は。
前を向いたまま答える。
「今のおもち様の。」
「状態のことですよ。」
「……。」
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
「そんな病気が。」
「あるんだ。」
……
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
「……治る?」
「……。」
妹は。
少女を見る。
……
腕の中。
少女は。
真剣な顔で。
こちらを見ている。
……
妹の口元が。
緩む。
「ふふっ。」
少女は。
首を傾げる。
「……?」
妹は。
笑いを堪えながら。
少女を抱え直す。
……
「そうですね。」
「おもち様次第ですかね。」
「私次第。」
「はい。」
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
「どうしたら。」
「いいの?」
「ふふっ。」
「おもち様。」
「なに?」
「冗談ですよ。」
「……冗談。」
「はい。」
「めんどくさい病なんて。」
「ありません。」
……
少女は。
瞬きをする。
「そうなんだ。」
「はい。」
……
少しして。
「エステラ。」
「はい。」
「冗談って。」
「なに?」
「そうですね――」
……
妹の話を。
聞く。
……
わからないことを。
聞いて。
また。
答えてもらう。
そうしているうちに。
周囲の声が。
増えていく。
……
少女は。
顔を上げる。
……
見覚えのある。
大きな扉。
……
一般食堂。
……
「着きましたよ。」
「うん。」
妹に抱えられたまま。
少女は。
扉の向こうを見る。
……
昨日も見た。
たくさんの人。
……
今日は。
それを。
見に来た。
◇
一般食堂へ入る。
朝の食堂には。
多くの人の姿があった。
……
話し声。
食器の触れ合う音。
行き交う人の足音。
……
妹は。
少女を抱えたまま。
空いている席へ向かう。
「おもち様。」
「下ろしますね。」
「うん。」
少女の足が。
床へつく。
妹の腕が離れる。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
妹は。
少女を席へ案内する。
「では。」
「私がお食事をいただいてまいりますね。」
少女は。
料理の並ぶ場所を見る。
「私が行く。」
「おもち様が?」
「うん。」
妹は。
少女を見て。
僅かに目を細める。
「ですが。」
「私がお持ちしますので。」
「ここでお待ちいただいても――」
「エステラも。」
「……私も?」
「朝ごはん。」
「まだ食べてない。」
「私は後ほどいただきますので。」
「大丈夫ですよ。」
少女は。
妹を見る。
「エステラの分も。」
「もらってくる。」
「……。」
妹は瞬きをする。
少女は。
料理の並ぶ場所を見る。
……
昨日。
自分も。
あそこから食事を受け取った。
……
でも。
誰かの分を。
もらったことはない。
……
「やってみたい。」
妹は。
少女を見る。
「何か。」
「知れるかもしれない。」
「……。」
妹は。
料理の並ぶ場所へ目を向ける。
……
一人分でも。
いくつもの皿がある。
……
それが。
二人分。
……
もう一度。
少女を見る。
「……わかりました。」
少女は。
妹を見る。
「では。」
「私も一緒に参りますね。」
「……?」
「おもち様お一人では。」
「きっと二人分は持てませんから。」
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
……
「そうなの?」
「はい。」
妹は。
頬を緩める。
「一緒に参りましょう。」
「うん。」
二人は。
料理の並ぶ場所へ向かい。
食事を受け取る列へ並ぶ。
……
少女は。
前を見る。
人が並んでいる。
……
少し進む。
止まる。
……
また。
少し進む。
……
そのとき。
後ろから声がした。
「お。」
「双子の生意気な方じゃないか。」
妹が。
振り返る。
そこには。
大柄な騎士が立っていた。
「今日は。」
「お守りか?」
……
「朝からうるさいですよ。」
妹は。
騎士を見上げる。
「身体が大きいと。」
「態度まで大きくなるんですか?」
「ははっ。」
「相変わらずだな。」
少女は。
二人を見る。
……
怒ってる?
……
でも。
騎士は笑っている。
……
妹も。
いつもの顔。
……
少女は。
騎士を見る。
妹を見る。
……
わからない。
……
「それで。」
騎士の目が。
少女へ向く。
「その子が。」
「噂のおもち様か?」
「そうです。」
「へえ。」
騎士は。
少女を見る。
白銀色の髪。
侍女服。
「今日は。」
「これまたちっこい侍女が増えたな。」
「とてもかわいい新人でしょう?」
「お前もこのぐらいかわいくならないとな。」
「そんなこと言ってたら罪に問われますよ。」
「なんのだよ!」
少女は。
二人を見る。
また。
騎士が笑った。
……
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
「エステラ。」
「はい。」
「怒ってない?」
「怒ってませんよ。」
「……そう。」
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
……
さっき。
教えてもらった。
「じゃあ。」
「これが冗談?」
「いいえ。」
妹は。
頬を緩める。
「冗談ではありません。」
少女は。
瞬きをする。
「朝から。」
「声も図体も大きいなと。」
「本気で思っておりますので。」
「おいおい。」
騎士が笑う。
「でかいのはいいことじゃねぇか!」
胸を張る。
「嬢ちゃんも。」
「いっぱい食って。」
少女を見る。
「この。」
「態度だけでかいやつより。」
「早く大きくなれよ!」
「誰の態度が大きいんですか?」
「お前だよ。」
妹の眉が。
ぴくりと動く。
そのまま。
料理の並ぶ先へ顔を向ける。
「料理長ー。」
「この人。」
「ここのご飯の悪口言ってますよー。」
「お、おまっ。」
騎士の顔色が変わる。
「やめろ!」
……
少し離れたところ。
料理を配っていた料理長が。
勢いよく顔を上げる。
「誰だぁ!」
……
太い声が。
食堂に響く。
「俺の飯に文句があるやつは!」
「違う!」
騎士が。
慌てて声を上げる。
「俺は何も言ってねえ!」
「エステラ!」
「ふふ。」
妹は。
何食わぬ顔で前を向く。
食堂のあちこちから。
笑い声が上がる。
「今日も。」
「侍女の勝ちか?」
「いーや。」
騎士は。
声のした方を見る。
「力じゃ敵わないから。」
「敢えて負けてやったんだよ。」
「はあ?」
今度は。
別の声。
「頭の中まで。」
「筋肉になったの?」
どっと。
笑い声が広がる。
「誰だ今言ったの!」
「知らなーい。」
「名乗れ!」
「嫌でーす。」
……
少女は。
辺りを見回す。
……
あちらでも。
こちらでも。
笑っている。
……
誰が。
誰に言ったのか。
もう。
わからない。
……
少女は。
瞬きをする。
やがて。
列が進み。
二人の番が来る。
……
料理長が。
妹を見る。
「エステラ。」
「お前も。」
「ほどほどにしとけよ?」
妹は。
にこりと笑う。
「私は。」
「料理長のお料理が。」
「世界で一番。」
「美味しいと思っていますよ?」
「へっ。」
料理長は。
鼻を鳴らす。
「ぬかせ。」
……
けれど。
どこか嬉しそうだった。
……
少女は。
料理長を見る。
……
嬉しい?
……
さっきまで。
怒鳴っていた。
……
料理長の目が。
少女へ向く。
「お?」
少女は。
瞬きをする。
「病み上がりの。」
「嬢ちゃんじゃねえか。」
……
料理長は。
少女の姿を。
上から下まで見る。
「なんだ。」
「侍女になったんか?」
「今日だけ。」
「そうか!」
料理長は。
豪快に笑う。
「それなら。」
「朝からいっぱい食わねえとな!」
……
大きな皿を取る。
……
料理が。
次々と盛られていく。
……
一つ。
……
また一つ。
……
まだ。
増える。
……
「頭使うにも。」
「腹が減ってちゃ。」
「回らねえからな。」
どん。
「たんと食え!」
少女は。
皿を見る。
……
山になっている。
……
「こんなに。」
「食べられない。」
「かっ!」
料理長が。
笑う。
「嬢ちゃん。」
「飯ってのはな。」
「口で食うんじゃねえ。」
少女は。
料理長を見る。
「全身で食うんだ!」
「……?」
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
「わかった。」
「おう!」
少女は。
真剣な顔で。
皿へ手を伸ばす。
……
その横から。
妹の手が伸びた。
……
ひょい。
皿を取る。
「……?」
少女は。
妹を見る。
妹は。
山盛りの皿を持ったまま。
料理長へ微笑む。
「料理長。」
「私は。」
「この子と。」
「世界で一番美味しいお料理を。」
「分けていただきますので。」
「自分の分は。」
「いりませーん。」
……
くるり。
妹は。
そのまま背を向ける。
「おい。」
……
一歩。
歩く。
「待て。」
妹は。
少女の顔を見る。
「行きますよ。」
「うん。」
「おい!」
二人は。
歩き出す。
背後から。
声が響く。
「俺の飯を。」
「受け取らずに食うってのか!」
妹は。
振り返らない。
空いた手だけを上げる。
ひらひら。
「エステラ!!」
少女は。
歩きながら。
後ろを見る。
……
料理長が。
まだ何か言っている。
……
前を見る。
妹は。
何事もなかったように。
山盛りの皿を運んでいる。
「エステラ。」
「はい。」
「料理長。」
「怒ってる?」
「さあ。」
妹は。
楽しそうに笑う。
「どうでしょうね。」
「……。」
……
少女は。
もう一度。
後ろを見る。
……
わからない。
◇
二人は。
空いていた席へ座る。
……
妹は。
大きな皿を。
二人の間へ置く。
……
パン。
湯気の立つスープ。
サラダ。
……
そして。
皿の半分ほどを占める。
黄色い物体。
……
妹は。
手際よく。
料理を取り分けていく。
……
少女の皿へ。
少しずつ。
……
自分の皿へ。
それより多く。
……
最後に。
黄色い物体へ。
ナイフを入れる。
……
ふわり。
湯気が立つ。
……
少女は。
その様子を見る。
……
妹は。
切り分けたものを。
少女の皿へ置く。
……
「いただきましょうか。」
「うん。」
……
二人は。
食事を始める。
……
少女は。
パンを。
一口。
……
スープを。
一口。
……
それから。
顔を上げる。
……
食堂には。
たくさんの人がいる。
……
話している人。
……
笑っている人。
……
黙って。
食べている人。
……
少し離れたところでは。
さっきの騎士が。
別の騎士と。
何かを話している。
……
料理を受け取る場所からは。
料理長の。
大きな声が聞こえる。
……
少女は。
一人ずつ。
目で追っていく。
……
「エステラ。」
「はい。」
……
少女は。
食堂を見たまま。
口を開く。
「人を見たら。」
「何か……。」
「知れると思った。」
「はい。」
「……でも。」
少女は。
眉を寄せる。
「もっと。」
「わからなくなった。」
妹は。
少女を見る。
「そうですか。」
「……うん。」
「笑ってるのに。」
「本気だった。」
「はい。」
「怒ってるみたいなのに。」
「笑ってた。」
「そうですね。」
「冗談も。」
「なにもわからない。」
……
少女は。
食堂を見る。
「人は。」
「……難しい。」
……
妹は。
小さく笑う。
「私も。」
「人のことなんて。」
「ほとんどわかりませんよ。」
……
少女は。
妹を見る。
「……そうなの?」
「はい。」
「姉さんのことだって。」
「全部。」
「わかるわけではありません。」
「双子……なのに?」
「双子でもです。」
……
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
……
ずっと。
一緒にいる。
……
それでも。
わからない。
……
「でも。」
妹は。
少女を見る。
「おもち様は。」
「答えがほしいのですよね。」
「……うん。」
……
妹は。
少女を見て。
僅かに目を細める。
……
ふと。
少女の皿へ。
目を向ける。
……
「では。」
「おもち様。」
……
妹は。
黄色い物体を。
指差す。
「こちらの。」
「お料理の名前は。」
「ご存じですか?」
少女は。
自分の皿を見る。
……
黄色い。
……
柔らかそうな。
物体。
「黄色い物体。」
「違います。」
「……。」
……
少女は。
妹を見る。
「違うの?」
「それは。」
「見たままです。」
「……そう。」
……
妹は。
頬を緩める。
「おもち様は。」
「卵料理を。」
「一度も。」
「召し上がったことがありませんよね。」
「……。」
少女は。
妹を見る。
「なんで。」
「知ってるの?」
「この数か月。」
「おもち様が。」
「何を召し上がって。」
「何を残されたのか。」
「把握しておりますので。」
「全部?」
「だいたいは。」
妹は。
何でもないことのように。
答える。
……
少女は。
黄色い物体を見る。
……
「おもち様。」
「魔法の術式は。」
「おわかりになりますか?」
少女は頷く。
「では。」
妹は。
フォークを手に取る。
「これを。」
「術式だと思ってください。」
少女は。
黄色い物体を見る。
「……これを?」
「はい。」
妹は。
黄色い物体を。
フォークで示す。
「材料は。」
「卵です。」
「たまご。」
「はい。」
「ですが。」
「同じ卵を使っても。」
「作り方が違えば。」
「別のお料理になります。」
……
「卵を溶いて。」
「焼けば。」
妹は。
黄色い物体を見る。
「こちらになります。」
……
「卵を割って。」
「そのまま焼けば。」
「また別の料理に。」
……
「同じ材料でも。」
「途中が違えば。」
「出来上がるものも。」
「変わります。」
……
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
「同じ。」
「卵なのに?」
「はい。」
……
妹は。
頷く。
「魔法も。」
「同じではありませんか?」
……
少女の目が。
僅かに動く。
……
同じ。
術式でも。
……
途中の構築を。
一つ変えれば。
……
発現する結果は。
変わる。
……
「うん。」
「同じ。」
「でしたら。」
妹は。
少女を見る。
「最初だけを見て。」
「最後の答えを。」
「決めることはできますか?」
「できない。」
……
答えは。
すぐに出た。
……
「途中が。」
「わからないから。」
「そうですね。」
……
少女は。
黄色い物体を見る。
……
卵。
……
途中の工程。
……
結果。
……
「それに。」
妹は。
続ける。
「味だって。」
「同じです。」
「味?」
「はい。」
……
妹は。
黄色い物体を見る。
「これは。」
「おもち様にとって。」
「美味しいでしょうか。」
「……。」
……
少女は。
黄色い物体を見る。
……
材料は。
卵。
……
作り方が違えば。
別のものになる。
……
けれど。
……
「……わからない。」
「どうしてですか?」
「食べてないから。」
「はい。」
妹は。
頬を緩める。
「食べてみないと。」
「結果は。」
「わかりません。」
少女は。
黄色い物体を。
見つめる。
「これも。」
妹は。
続ける。
「魔法と。」
「同じではありませんか?」
「……。」
「術式を見れば。」
「ある程度。」
「結果を予測することはできる。」
……
「ですが。」
「実際に発動して。」
「初めてわかることも。」
「あるのでしょう?」
「ある。」
少女は。
すぐに頷く。
計算上は。
正しくても。
魔力の流れ。
周囲の状態。
術者の違い。
僅かな違いで。
結果が変わることはある。
「人も。」
妹は。
少女を見る。
「同じなのかもしれません。」
「……人も?」
「はい。」
……
「見れば。」
「わかることもあります。」
……
「知っていれば。」
「予想できることも。」
「あります。」
……
「ですが。」
「見ただけでは。」
「わからないこともあります。」
……
少女は。
黙って聞いている。
……
「笑っているから。」
「嬉しい。」
……
「泣いているから。」
「悲しい。」
……
「怒っているから。」
「嫌い。」
……
妹は。
小さく。
首を横へ振る。
「そうとは。」
「限りません。」
……
少女の指が。
止まる。
……
泣く。
……
赤い髪。
……
濡れた。
翡翠色の瞳。
……
「見えたものだけで。」
「答えを決めてしまえば。」
妹は。
少女を見る。
「その途中にあるものを。」
「知らないまま。」
「答えを出すことになります。」
……
「……。」
……
少女は。
視線を落とす。
……
ガゼルは。
泣いた。
……
それは。
見た。
……
でも。
……
どうして。
泣いたのか。
……
「……途中が。」
「わからない。」
……
「そうですね。」
少女は。
顔を上げる。
「じゃあ。」
「途中は。」
「どうやって知るの?」
妹は。
少女を見て。
僅かに目を細める。
「おもち様。」
「魔法で。」
「わからないことがあったら。」
「どうされますか?」
「……魔法?」
「はい。」
「知らない術式があって。」
「その仕組みを。」
「知りたいときです。」
少女は。
僅かに。
首を傾げる。
「調べる。」
「どうやって?」
「本を読む。」
「似てる術式も。」
「探す。」
「そうですね。」
……
妹は。
頬を緩める。
「そうやって。」
「確かめますよね?」
「……。」
少女は。
瞬きをする。
……
調べる。
……
比べる。
……
わからなければ。
また。
調べる。
……
「うん。」
……
妹は。
少女の皿へ。
目を向ける。
「では。」
「食べ物でしたら。」
「どうでしょう?」
……
少女も。
黄色い物体を見る。
……
材料は。
卵。
……
けれど。
味は。
知らない。
……
「食べる。」
「そうですね。」
「食べれば。」
「味を。」
「確かめられます。」
……
少女は。
黄色い物体を見る。
……
魔法なら。
調べる。
……
食べ物なら。
食べる。
……
どちらも。
知らないことを。
確かめる。
……
「では。」
妹は。
少女を見る。
「人でしたら。」
「どうでしょう?」
「……。」
……
少女は。
視線を落とす。
……
見る。
……
それは。
した。
……
眉が。
僅かに寄る。
……
それでも。
……
でも。
……
わからない。
……
「……わからない。」
「では。」
妹は。
問いかける。
「その人が。」
「どうして。」
「そうしたのか。」
……
「それを。」
「知っているのは。」
「誰でしょう?」
「……。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
泣いた。
……
ガゼル。
……
どうして。
泣いたのか。
……
それを。
知っているのは。
……
「……ガゼル。」
「はい。」
妹は。
頬を緩める。
「でしたら。」
「姫様に。」
「確かめてみては。」
「いかがですか?」
「……どうやって?」
「聞くのです。」
「……聞く。」
「はい。」
……
少女は。
黙る。
……
聞く。
……
今まで。
わからないことは。
考えた。
……
知っていることを。
集めて。
……
繋げて。
……
答えを。
探した。
……
でも。
……
聞いていない。
……
「聞いても。」
少女は。
妹を見る。
「わからなかったら?」
「でしたら。」
「また。」
「確かめればよいのではありませんか?」
「もう一回?」
「はい。」
「何度でも。」
……
少女は。
黙る。
……
何度でも。
……
「それでも。」
「わからなかったら?」
……
「そのときは。」
「まだ。」
「答えを決めなければよいのです。」
「……。」
……
「途中が。」
「わからないのでしょう?」
「うん。」
「でしたら。」
「最後の答えも。」
「まだ。」
「わかりません。」
少女は。
瞬きをする。
……
途中が。
わからない。
……
なら。
……
答えも。
まだ。
わからない。
……
「わからないものを。」
「わかったことにするより。」
……
妹は。
頬を緩める。
「その方が。」
「正しいでしょう?」
……
「……うん。」
……
今度は。
わかった。
……
少女は。
自分の皿を見る。
……
黄色い物体。
……
材料は。
卵。
……
けれど。
名前は。
知らない。
……
味も。
知らない。
……
少女は。
しばらく。
それを見る。
……
それから。
顔を上げる。
「エステラ。」
「はい。」
「これは。」
「なに?」
……
妹は。
一瞬。
目を丸くする。
……
やがて。
頬を緩めた。
「オムレツです。」
「おむれつ。」
「はい。」
少女は。
オムレツを見る。
……
名前は。
わかった。
……
味は。
まだ。
わからない。
……
なら。
確かめる。
……
フォークを。
刺す。
……
小さく。
切る。
……
一口。
口へ運ぶ。
「……。」
噛む。
……
少女の目が。
僅かに。
丸くなる。
「……おいしい。」
妹は。
頬を緩める。
「私が。」
「切り分けたので。」
「美味しくなったんですよ?」
「……。」
少女は。
妹を見る。
……
「……冗談?」
「ふふ。」
「正解です。」
妹は。
少女を見る。
……
「……あ。」
「どうしたの?」
少女は。
不思議そうに。
妹を見る。
……
妹は。
少しだけ。
目を細める。
「なんでもありません。」
「……そう。」
少女は。
オムレツへ。
視線を戻す。
……
フォークの先で。
オムレツを。
小さく切る。
……
その手が。
止まる。
……
少女は。
オムレツを見つめる。
……
首が。
僅かに傾く。
……
「エステラ。」
「はい。」
「オムレツって。」
「なんで。」
「オムレツなの?」
……
「――え。」




