夜明けの足音
窓の外は。
まだ。
暗かった。
……
夜の黒が。
少しずつ。
青くなっている。
……
太陽は。
まだ。
見えない。
……
長い廊下。
……
人の姿は。
どこにもなかった。
……
扉も。
閉じたまま。
……
その中を。
一人の少女が。
歩いていた。
……
白い寝巻。
……
解かれたままの。
長い白銀の髪。
……
肩から。
背中へ。
……
そのまま。
床へ流れている。
……
ぺた。
……
裸足が。
床へ触れる。
……
ひやり。
……
少女は。
足元を見る。
……
もう一歩。
……
ぺた。
……
冷たい。
……
それでも。
足は。
止まらない。
……
長い白銀色の髪を。
後ろへ引きながら。
少女は。
廊下を進んでいく。
……
角を。
曲がる。
……
また。
長い廊下。
ぺた。
ぺた。
小さな音だけが。
廊下に続く。
……
やがて。
少女は。
足を止めた。
……
一枚の扉。
……
昨日。
教えてもらった場所。
……
少女は。
扉を見る。
……
手を上げる。
……
こん。
こん。
……
少し。
待つ。
……
返事はない。
……
少女は。
もう一度。
手を上げる。
……
こん。
こん。
「……。」
扉を見る。
……
待つ。
しばらくして。
かちゃ。
……
扉が。
少しだけ開いた。
「はい……。」
……
隙間から。
顔を覗かせる。
……
長い黒髪が。
肩から零れていた。
いつもの。
丸眼鏡もない。
少女は。
瞬きをする。
向こうも。
瞬きをする。
「……おもち様?」
扉が。
大きく開く。
姉は。
少女を見る。
白い寝巻。
解かれたままの。
白銀の髪。
……
そのまま。
視線が。
下へ落ちる。
裸足。
足の指が。
赤くなっていた。
「……。」
部屋の奥から。
足音が聞こえる。
「姉さん?」
もう一人の少女が。
顔を覗かせる。
……
こちらも。
いつもの侍女服ではない。
……
長い髪が。
下ろされたまま。
肩へ流れている。
……
「……おもち様?」
……
妹は。
目を丸くする。
……
すぐに。
少女の足元を見る。
……
赤くなった。
裸足。
……
妹は。
少女の前へ。
しゃがみ込む。
……
両腕を。
伸ばす。
ひょい。
「……わ。」
少女の身体が。
床から離れる。
……
妹は。
そのまま。
少女を抱える。
……
「まず。」
「中へ。」
……
少女は。
抱えられたまま。
妹を見る。
「……?」
扉が。
閉じた。
……
誰もいなくなった廊下には。
青い朝の光だけが。
少しずつ。
差し込み始めていた。
扉が。
閉じた。
……
妹は。
少女を抱えたまま。
部屋の奥へ進む。
……
姉は。
その横を通り過ぎる。
小さな桶へ。
水を注ぐ。
布を。
沈める。
きゅっ。
水を絞る。
指先を。
布へ触れる。
……
淡い光が。
灯る。
ふわり。
白い湯気が。
立ち上った。
……
妹は。
少女を。
椅子へ座らせる。
……
その前へ。
しゃがみ込む。
……
姉から。
温かな布を受け取る。
……
少女の足を。
片方。
持ち上げた。
……
赤くなった。
足先。
……
温かな布が。
触れる。
「……。」
少女の足が。
ぴくっと動いた。
……
じんわり。
……
足先から。
あたたかさが。
広がっていく。
……
冷たかった。
指先。
……
足の裏。
……
かかと。
……
少しずつ。
ほどけていく。
……
少女は。
自分の足を見る。
……
「……あたたかい。」
……
もう片方の足も。
温かな布に包まれる。
……
少女は。
しばらく。
足を見つめる。
……
「どうして。」
「温めるの?」
……
妹は。
布の上から。
少女の足を包む。
……
「冷たいままにしていると。」
「足が痛くなったり。」
「痒くなったりします。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
「ひどくなれば。」
「切らなければならなくなることも……。」
……
少女の。
足の指が。
きゅっと縮んだ。
……
温かな布の中。
小さく。
丸まる。
……
少女は。
自分の足を見る。
……
赤くなった。
指先。
……
「ですから。」
「外へ出るときは。」
「足を冷やさないように。」
妹は。
少女を見る。
「靴を。」
「履きましょうね。」
少女は。
瞬きをする。
少し。
考える。
……
「でも。」
……
「切っても。」
「また。」
「……生える。」
……
妹の手が。
止まった。
……
「……だから。」
「……平気。」
……
「……。」
……
妹は。
何も言わなかった。
……
温かな布の中。
縮んだままの。
小さな足。
……
その足へ。
手を添える。
……
ゆっくりと。
さする。
……
少女は。
顔を上げる。
……
妹は。
俯いたまま。
少女の足をさすっていた。
……
「それでも。」
……
声が。
少しだけ。
掠れた。
……
「身体は。」
「大事にしてください。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
「治るから。」
「なくなっても戻るから。」
……
妹の指が。
少女の足を。
もう一度。
さする。
……
「傷ついてもいい。」
「ということには。」
「なりません。」
……
少女は。
自分の足を見る。
……
「それに。」
……
妹は。
顔を上げる。
……
ほんの少し。
潤んだ瞳。
……
「姫様が。」
「悲しみますよ。」
……
少女は。
妹を見る。
……
「……ガゼルが?」
「はい。」
……
少女は。
しばらく。
黙っていた。
……
やがて。
小さく頷く。
……
「……わかった。」
……
温かな布の中。
縮んでいた足の指が。
少しずつ。
開いた。
……
妹は。
その足を。
もう一度。
優しくさする。
……
「ありがとうございます。」
……
少女は。
顔を上げる。
「……うん。」
妹は。
少しだけ。
頬を緩めた。
……
その様子を。
姉は。
黙って見ていた。
……
やがて。
少女の足へ。
目を落とす。
……
赤みは。
ほとんど。
消えている。
「ところで。」
少女が。
顔を上げる。
「おもち様は。」
「どうしてこちらに?」
……
少女は。
自分の寝巻へ。
目を落とす。
「服も。」
床へ広がった。
白銀の髪を見る。
「髪も。」
「一人でできないから。」
……
少女は。
自分の手を見る。
……
「だから。」
……
「できるように。」
「なりたい。」
……
双子は。
顔を見合わせる。
……
少女は。
顔を上げる。
「教えて。」
「……ほしい。」
……
姉は。
少女を見つめる。
……
やがて。
頬を緩めた。
「わかりました。」
……
少女の瞳が。
姉を見る。
「では。」
姉は。
立ち上がる。
部屋の中を。
見回す。
少女を見る。
……
もう一度。
見回す。
「……。」
衣装棚へ。
目が止まった。
妹が。
姉を見る。
「姉さん。」
「はい?」
……
姉は。
衣装棚を見たまま。
返事をする。
妹は。
その横顔を。
じっと見る。
「……なにも。」
姉は。
衣装棚へ向かう。
少女は。
その背中を。
目で追った。
「……?」
姉は。
衣装棚の前へ。
しゃがみ込む。
扉を。
開く。
小さな鼻歌が。
聞こえてくる。
畳まれた服を。
一枚。
また。
一枚。
取り出しては。
戻していく。
少女は。
その様子を。
じっと見ていた。
「おもち様。」
……
少女は。
振り返る。
妹が。
机の上。
小さな銀色のものを。
手に取る。
細い鎖が。
さらりと揺れた。
妹は。
少女の前へ戻る。
……
その手のひらへ。
銀色のものを。
乗せた。
……
少女は。
目を落とす。
……
丸い。
銀の蓋。
……
指先で。
触れる。
かち
……
蓋が。
開いた。
……
白い文字盤。
……
二本の針が。
並んでいる。
……
少女は。
じっと見る。
かち。
かち。
……
小さな音が。
手のひらから。
聞こえる。
「時計は。」
「読めますか?」
少女は。
頷く。
「読める。」
妹は。
少しだけ。
首を傾げる。
「では。」
「今は。」
「何時でしょう?」
少女は。
文字盤を見る。
「五時。」
「そうですね。」
……
妹は。
頷く。
少女は。
動いている針を。
目で追う。
……
「おもち様は。」
「普段。」
「時間を気にされますか?」
……
少女は。
瞬きをする。
「……時間?」
「はい。」
少女は。
少し。
考える。
……
「気にしたこと。」
「ない。」
……
妹は。
少女を見る。
一度。
瞬きをする。
……
少女は。
手のひらの時計を。
見つめている。
かち。
かち。
針は。
変わらず。
進んでいた。
……
「おもち様。」
「なに?」
妹は。
少女の髪を見る。
……
床へ流れた。
長い白銀の髪。
……
それから。
白い寝巻へ。
目を落とす。
「服の着方や。」
「髪のまとめ方を。」
「姫様には。」
「秘密にしたいですか?」
……
少女は。
瞬きをする。
「……秘密?」
「はい。」
……
少女は。
少し考える。
……
首を。
横へ振った。
「しない。」
……
「でしたら。」
妹は。
少女の手のひらにある。
時計を指差す。
……
「こんなに早く。」
「こちらへ来なくても。」
「大丈夫です。」
……
少女は。
妹を見る。
……
「私達が。」
「お部屋へ伺ってからでも。」
「十分にできます。」
……
少女は。
時計を見る。
……
五時。
……
「早い?」
……
「はい。」
……
妹は。
頷く。
「この時間だと。」
「私達にも。」
「朝の準備がありますから。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
部屋を見る。
……
いつもとは違う。
二人の服。
……
下ろされたままの。
長い髪。
……
机の上。
……
まだ。
片付けられていないもの。
……
少女は。
もう一度。
妹を見る。
……
「……準備。」
「はい。」
妹は。
自分を指差す。
「私にも。」
衣装棚の前。
鼻歌を歌いながら。
服を探している姉を見る。
「……姉さんにも。」
姉の鼻歌が。
一瞬。
止まった。
……
「あります。」
また。
鼻歌が。
聞こえ始めた。
……
少女は。
姉を見る。
……
妹を見る。
……
手のひらの。
時計を見る。
「ですが。」
少女が。
顔を上げる。
「朝に。」
「こちらへ来たいときも。」
「ありますよね。」
……
少女は。
頷く。
「そんなときは。」
妹は。
少女の手を取る。
銀の懐中時計を。
その手のひらへ。
包み込む。
「時間を。」
「決めておきましょう。」
少女は。
手の中を見る。
銀色の鎖が。
指の間から。
垂れている。
「これは。」
「おもち様に。」
少女は。
顔を上げる。
「……私に?」
「はい。」
……
妹は。
頬を緩める。
「次からは。」
「この時計を見て。」
「私達との約束の時間になったら。」
「いらしてください。」
少女は。
懐中時計を見る。
……
かち。
かち。
……
小さな針が。
進んでいく。
……
「約束の。」
「時間。」
「はい。」
……
少女は。
銀の時計を。
両手で持つ。
……
じっと。
文字盤を見る。
「わかった。」
……
少女は。
銀の懐中時計を。
両手で持ったまま。
妹を見る。
……
「準備。」
「終わるまで。」
「待ってて。」
「……いい?」
妹は。
頬を緩めた。
「もちろんです。」
少女の手にある。
銀の懐中時計を見る。
「すぐに。」
「終わらせますから。」
「少々。」
「お待ちくださいね。」
……
少女は頷く。
「……ありがとう。」
妹は。
立ち上がる。
……
姉を見る。
……
姉は。
まだ。
衣装棚の前にいた。
一枚。
取り出す。
広げる。
首を傾げる。
少女を見る。
また。
衣装棚を見る。
「姉さん……。」
「はい?」
姉は。
服を手にしたまま。
振り返る。
「先に準備しよ。」
……
「もう少しだけ。」
「時間ないよ。」
「分かってます。」
……
姉は。
衣装棚へ。
もう一度。
手を伸ばす。
「姉さん。」
「……。」
伸ばしかけた手が。
止まる。
姉は。
少女を見る。
手に持った服を見る。
「……分かりました。」
……
服を。
衣装棚へ戻す。
少女は。
二人を。
交互に見る。
「……。」
妹は。
小さく息を吐く。
姉の背中を。
軽く押す。
「ほら。」
「急ぐよ。」
「押さなくても。」
「行きますよぉ。」
二人は。
部屋の奥へ。
歩いていく。
……
少女は。
その後ろ姿を。
見送る。
手の中。
かち。
かち。
銀の懐中時計が。
小さな音を立てていた。
少女は。
文字盤を見る。
五時。
動いていく。
細い針。
少女は。
椅子に座ったまま。
じっと。
それを見ていた。
かち。
かち。
◇
やがて。
部屋の奥から。
足音が聞こえる。
少女は。
顔を上げた。
妹が。
歩いてくる。
いつもの。
侍女服。
下ろされていた髪も。
綺麗に。
まとめられている。
その後ろから。
姉も。
姿を見せる。
……
こちらも。
いつもの侍女服。
長い黒髪は。
綺麗に整えられ。
丸眼鏡も。
かけられていた。
少女は。
二人を見る。
さっきまでとは。
違う。
手元へ。
目を落とす。
……
銀の懐中時計。
五時十五分。
少女は。
動いている針を見る。
……
もう一度。
双子を見る。
「……。」
「お待たせしました。」
少女は。
顔を上げる。
「うん。」
姉は。
衣装棚へ向かう。
扉を。
開く。
一枚の服を。
取り出した。
「おもち様が。」
「普段着られているお洋服は。」
「こちらにはありませんので。」
姉は。
服を広げる。
白いブラウス。
濃い色の。
給仕服。
揃いの。
エプロン。
「今日は。」
「こちらで。」
「練習しましょう。」
少女は。
服を見る。
妹も。
服を見る。
「姉さん。」
「なんです?」
「それ。」
「昔の給仕服だよね。」
「ええ。」
姉は。
給仕服を。
少女の身体へ重ねる。
裾が。
少し。
長い。
姉は。
少女を見る。
白銀の髪。
小さな身体。
その前に。
重ねられた給仕服。
……
「……絶対に可愛い。」
……
小さな声が。
零れた。
妹が。
姉を見る。
「姉さん。」
「なんです?」
「楽しんでるでしょ。」
「まさか。」
姉は。
給仕服を持ったまま。
少女を見る。
「お勉強のためですよ?」
「ふーん。」
妹は。
姉を見る。
姉は。
にこりと。
微笑んでいる。
少女は。
二人を。
交互に見る。
「……?」
「ボタンも。」
「紐もありますから。」
姉は。
給仕服を。
少女へ差し出す。
「練習には。」
「ちょうどいいですよ。」
少女は。
給仕服を見る。
小さく頷く。
姉の頬が。
また。
緩んだ。
妹は。
小さく。
息を吐いた。
「最初は。」
姉は。
部屋の隅へ。
目を向ける。
……
大きな。
姿見。
「鏡を見ながら。」
「やってみると。」
「いいかもしれませんね。」
少女は。
姿見を見る。
「鏡。」
「はい。」
姉は。
給仕服を抱え。
姿見の前へ向かう。
……
少女も。
椅子から。
足を下ろす。
……
立ち上がる。
姿見の前。
白い寝巻を着た。
少女が映る。
床まで流れた。
白銀色の髪。
その隣に。
姉と妹。
姉は。
給仕服を。
少女へ渡す。
「では。」
「まずは。」
「こちらから。」
白いブラウス。
少女は。
両手で受け取る。
……
広げる。
……
前。
……
後ろ。
……
ひっくり返す。
……
また。
ひっくり返す。
……
「……。」
……
姉は。
その様子を。
見守る。
……
少女は。
鏡を見る。
……
自分を見る。
……
手にした服を見る。
……
「こっち?」
……
「はい。」
「合っていますよ。」
……
少女は。
袖へ。
腕を通す。
……
片方。
……
もう片方。
……
肩まで。
引き上げる。
……
「そうです。」
……
少女は。
鏡を見る。
……
胸元。
……
縦に並んだ。
小さなボタン。
……
指で。
一つ。
摘まむ。
……
反対側を見る。
……
小さな穴。
……
「ここ?」
「はい。」
……
少女は。
ボタンを。
穴へ押し込む。
……
入らない。
……
指先を。
動かす。
……
もう一度。
……
ボタンが。
半分だけ。
入る。
……
少女は。
眉を寄せる。
……
指先へ。
力を込める。
……
ぽこん。
……
通った。
……
少女は。
鏡を見る。
……
一つ。
留まっている。
……
「できた。」
……
「はい。」
……
姉は。
頬を緩める。
……
「その調子です。」
……
少女は。
次のボタンへ。
指を伸ばす。
……
摘まむ。
……
穴を探す。
……
通す。
……
今度は。
さっきより。
少し早い。
……
もう一つ。
……
少女は。
黙ったまま。
指先を動かしていく。
……
やがて。
最後の一つが。
留まった。
……
少女は。
姿見を見る。
……
「……。」
……
姉も。
鏡を見る。
……
妹も。
鏡を見る。
……
一番上。
……
その次。
……
その下。
……
「おもち様。」
……
「……なに?」
……
姉は。
鏡越しに。
少女を見る。
……
「一つ。」
「掛け違えていますね。」
……
少女は。
胸元を見る。
……
一番下。
……
ボタンが。
一つ。
余っていた。
……
少女は。
瞬きをする。
……
上を見る。
……
下を見る。
……
「……どうして?」
……
妹が。
口元を。
押さえた。
……
姉は。
少しだけ。
頬を緩める。
……
「最初のボタンが。」
「一つ。」
「ずれてしまったんですね。」
……
少女は。
じっと。
胸元を見る。
……
「全部?」
……
「はい。」
……
「もう一度です。」
……
少女は。
一番下のボタンへ。
手を伸ばした。
……
一つ。
外す。
……
また。
一つ。
……
全部。
外して。
……
今度は。
一番上から。
……
穴を。
確かめる。
……
一つ。
……
また。
一つ。
……
最後のボタンを。
通す。
……
少女は。
姿見を見る。
……
今度は。
揃っていた。
……
「できた。」
……
「はい。」
……
姉は。
頬を緩める。
……
「上手ですよ。」
……
それから。
一つずつ。
教えてもらった。
……
服を。
重ねる順番。
……
腕を。
通す場所。
……
留め具の。
留め方。
……
エプロンを。
腰へ回す。
……
紐を。
後ろから。
前へ。
……
少女は。
鏡を見ながら。
一つずつ。
確かめていく。
……
時々。
間違える。
……
その度に。
姉が教える。
……
少女は。
もう一度。
やり直す。
……
やがて。
残ったのは。
胸元の。
細いリボン。
……
少女は。
二本の紐を。
手に取る。
……
「これは?」
……
「結びます。」
……
姉は。
自分の胸元を。
指差す。
……
綺麗に結ばれた。
リボン。
……
少女は。
見比べる。
……
「まず。」
「一度。」
「結んでみましょう。」
……
少女は。
二本の紐を。
重ねる。
……
片方を。
くぐらせる。
……
きゅっ。
……
「そうです。」
……
「次に。」
「片方で。」
「輪を作ります。」
……
少女は。
指先を動かす。
……
小さな輪が。
できる。
……
「もう片方を。」
「その周りへ。」
……
くるり。
……
「できた隙間へ。」
「通します。」
……
少女は。
手元を見る。
……
「……。」
……
指を。
入れる。
……
紐を。
押し込む。
……
引く。
……
きゅっ。
……
「……。」
……
胸元には。
一つの輪と。
長い紐。
……
少女は。
首を傾げる。
……
解く。
……
もう一度。
……
輪を作る。
……
回す。
……
通す。
……
きゅっ。
……
今度は。
二つの輪。
……
片方は。
小さい。
……
もう片方は。
大きい。
……
少女は。
じっと見る。
……
解く。
……
もう一度。
……
「……。」
……
解く。
……
もう一度。
……
眉間に。
小さく。
皺が寄る。
……
「……むずかしい。」
……
姉は。
少女を見る。
……
「では。」
「一緒に。」
「やってみましょうか。」
……
「……うん。」
……
姉は。
少女の隣へ並ぶ。
……
自分の胸元へ。
手を伸ばす。
……
結ばれていた。
リボンを。
解く。
……
するり。
……
二本の紐が。
垂れる。
……
少女は。
姉の手元を見る。
……
「まず。」
……
姉は。
片方の紐で。
輪を作る。
……
「ここまで。」
……
少女も。
自分の紐を。
折る。
……
「……こう?」
……
「はい。」
……
姿見の中。
二人の手元に。
小さな輪が並ぶ。
……
「次は。」
「こちらを。」
「後ろから。」
……
姉の指が。
ゆっくりと動く。
……
少女も。
同じように。
紐を回す。
……
「ここへ。」
「通します。」
……
少女は。
姉の手元を見る。
……
自分の手元を見る。
……
小さな隙間。
……
指先で。
紐を押し込む。
……
「そのまま。」
「出てきた輪を。」
「引いてください。」
……
少女は。
覗いた輪を。
摘まむ。
……
引く。
……
きゅっ。
……
「……。」
……
二つの輪が。
できていた。
……
少女は。
姿見を見る。
……
姉の胸元。
……
綺麗に揃った。
リボン。
……
自分の胸元。
……
少し。
歪んでいる。
……
片方の輪も。
少し大きい。
……
それでも。
ちゃんと。
結ばれていた。
……
少女は。
自分のリボンへ。
触れる。
……
「……できた。」
……
姉は。
鏡越しに。
少女を見る。
……
頬を。
緩める。
……
「はい。」
……
「できましたね。」
……
少女は。
もう一度。
鏡を見る。
……
胸元の。
不揃いなリボン。
……
指先で。
ちょんと触れた。
少女は。
もう一度。
鏡を見る。
……
白いブラウス。
……
濃い色の。
給仕服。
……
腰には。
小さなエプロン。
……
胸元には。
少し歪んだ。
リボン。
……
少女は。
鏡の中の。
自分を見る。
……
身体を。
横へ向ける。
……
反対へ。
……
裾を見る。
……
その場で。
くるり。
……
給仕服の裾が。
ふわりと。
広がる。
……
長い白銀の髪が。
その後を追った。
……
少女は。
もう一度。
鏡を見る。
……
それから。
双子へ。
振り返る。
……
「どう?」
……
妹の顔が。
ほころんだ。
……
少女の後ろへ。
回る。
……
両腕を。
広げる。
……
ぎゅっ。
……
後ろから。
小さな身体を。
包み込んだ。
……
少女は。
目を丸くする。
……
鏡の中。
……
自分の後ろから。
妹が。
顔を覗かせている。
……
「何度も。」
「やり直して。」
……
「最後まで。」
「頑張ったね。」
……
「……うん。」
……
妹の腕の中で。
少女が。
小さく頷く。
……
姉は。
二人を見る。
……
「……ずるいです。」
……
妹が。
顔を上げる。
……
「なにが?」
……
姉は。
少女の前へ。
歩いてくる。
……
手を伸ばす。
……
白銀の髪へ。
触れる。
……
頭を。
優しく撫でる。
……
「私も。」
「褒めたかったです。」
……
「早い者勝ち。」
……
「そんな決まり。」
「ありませんよ。」
……
姉の手が。
もう一度。
少女の頭を撫でる。
……
少女は。
妹の腕に。
包まれたまま。
姉を見る。
……
「……。」
……
鏡を見る。
……
給仕服を着た。
自分。
……
後ろには。
自分を抱く妹。
……
隣には。
頭を撫でる姉。
……
少女は。
しばらく。
鏡の中を。
見つめていた。
……
やがて。
妹の腕が。
ほどける。
……
姉の手も。
頭から離れた。
……
「では。」
……
姉は。
少女の後ろへ。
回る。
……
床へ流れる。
長い白銀の髪を見る。
……
「次は。」
「髪ですね。」
……
少女も。
鏡を見る。
……
解かれたままの。
長い髪。
……
「うん。」
……
姉は。
壁の時計を見る。
……
「……。」
……
妹も。
同じ方を見る。
……
「姉さん。」
「はい。」
……
「そろそろ。」
「そうですね。」
……
少女は。
二人を見る。
……
「時間?」
……
「はい。」
……
姉は。
少女の後ろへ。
しゃがみ込む。
……
「ですので。」
……
鏡越しに。
少女を見る。
……
「髪は。」
「今回は。」
「私に任せてもらえませんか?」
……
少女は。
瞬きをする。
……
自分の髪を見る。
……
姉を見る。
……
「うん。」
……
「ありがとうございます。」
姉は。
頬を緩める。
……
櫛を。
手に取った。
……
長い白銀の髪へ。
通す。
さらり。
絡まりを。
ほどく。
……
もう一度。
さらり。
少女は。
鏡の中。
姉の手を見る。
……
髪が。
集められていく。
……
分ける。
……
重ねる。
……
折り込む。
……
留める。
……
右から。
左へ。
……
左から。
右へ。
……
白銀の髪が。
姉の指の間を。
するり。
するりと。
通り抜けていく。
……
少女の目が。
その指を追う。
……
追う。
……
やがて。
止まった。
「できました。」
……
「……?」
……
少女は。
瞬きをする。
……
鏡を見る。
……
さっきまで。
床へ流れていた。
白銀の髪。
……
それが。
ない。
……
少女は。
後ろを見る。
……
何もない。
……
もう一度。
鏡を見る。
……
長い髪は。
後頭部へ。
綺麗に。
まとめられていた。
……
丸く。
柔らかく。
折り込まれた。
白銀の髪。
……
その間から。
ほんの少し。
淡い紫が。
覗いている。
……
少女は。
自分の頭へ。
手を伸ばす。
……
触れる。
……
「……。」
……
もう一度。
触れる。
……
「どうやったの?」
……
姉は。
にこりと。
微笑んだ。
……
「練習すれば。」
「できるようになりますよ。」
……
妹が。
姉を見る。
……
「今の。」
「練習でできる速さじゃなかったけど。」
……
「毎日。」
「やっていますから。」
……
姉は。
少女の髪へ。
最後の一本を。
留める。
……
少女は。
鏡を見る。
……
給仕服。
……
少し歪んだ。
胸元のリボン。
……
綺麗にまとめられた。
白銀の髪。
……
身体を。
少し。
横へ向ける。
……
髪は。
床へ落ちてこない。
……
反対へ。
向く。
……
それでも。
崩れない。
……
少女は。
鏡の中の。
自分を見る。
……
「……すごい。」
……
姉は。
満足そうに。
頬を緩めた。
……
妹は。
壁の時計を見る。
……
「姉さん。」
……
「はい。」
……
「そろそろ行かないと。」
……
姉も。
時計を見る。
……
「そうですね。」
……
少女は。
二人を見る。
……
「行く?」
……
「はい。」
……
妹は。
少女の前へ。
しゃがみ込む。
……
「おもち様も。」
「一緒に行きましょうか。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
「私も?」
……
「はい。」
……
姉は。
頷く。
……
「昨日のことも。」
「ありますから。」
……
少女は。
二人を見る。
……
昨日。
……
ガゼルと。
二人で。
王城を歩いた。
……
「おもち様と。」
「姫様のお姿が見えないとき。」
……
「私達だけではなく。」
「他の侍女達にも。」
「分かるようにしておきましょう。」
……
少女は。
少し考える。
……
「わかった。」
……
三人は。
部屋を出た。
……
廊下には。
朝の光が。
差し込んでいた。
……
さっきまでの。
青い色は。
もうない。
……
少女は。
双子の間を。
歩いていく。
……
足元には。
今度は。
ちゃんと。
靴を履いていた。
……
◇
広い部屋には。
すでに。
何人もの侍女が。
集まっていた。
……
少女が。
双子と一緒に入る。
……
いくつもの視線が。
向けられた。
「……?」
少女は。
瞬きをする。
……
小さな声が。
聞こえる。
……
「新入り?」
……
「え。」
「可愛い。」
……
「髪。」
「すごく綺麗……。」
……
少女は。
自分の給仕服を見る。
姉を見る。
姉は。
何事もないように。
前へ進んでいく。
……
妹は。
口元を。
少しだけ緩めていた。
……
やがて。
部屋の前。
……
一人の女性が。
三人を見る。
……
その目が。
少女へ止まった。
……
「あら。」
……
少女は。
顔を上げる。
……
「今日は。」
「可愛い新入りが。」
「いますね。」
……
周りから。
小さな笑い声が。
零れた。
……
少女は。
首を傾げる。
……
「新入り?」
……
妹が。
少女の隣へ。
しゃがむ。
……
「おもち様のことですよ。」
……
「……私?」
「はい。」
……
少女は。
もう一度。
自分の服を見る。
……
「給仕服を。」
「着ていますからね。」
……
「そうなんだ。」
……
少女は。
顔を上げる。
……
「私も。」
「侍女?」
……
「え。」
……
妹は。
瞬きをする。
……
「いえ。」
……
「違います。」
……
少女は。
首を傾げる。
……
「違う?」
「はい。」
……
妹は。
少女の給仕服を見る。
……
その隣で。
姉が。
口元へ手を添える。
……
「今日は。」
「練習のために。」
「着ているだけですから。」
……
「服を着ても。」
「侍女にはならない?」
……
「なりません。」
……
「わかった。」
……
周りから。
小さな笑い声が。
零れる。
……
少女は。
顔を上げる。
……
「……?」
……
その様子を見ていた。
侍女長が。
頬を緩めた。
……
「残念ですね。」
……
少女は。
侍女長を見る。
……
「とても。」
「似合っていますのに。」
……
少女は。
自分の給仕服を見る。
……
「似合う。」
……
「はい。」
「とても。」
……
少女は。
少し。
考える。
……
「じゃあ。」
「今日は。」
「侍女でいい?」
……
「歓迎しますよ。」
……
妹は。
笑う。
「今日は。」
「小さな侍女さんですね。」
また。
小さな笑い声が。
聞こえた。
……
朝礼が。
始まる。
今日の予定。
……
城を訪れる人。
……
使われる部屋。
……
それぞれの。
持ち場。
……
そして。
最後に。
姉が。
少女を見る。
……
「それから。」
……
侍女達の視線が。
集まる。
……
「皆さん。」
「すでに。」
「ご存知かと思われますが。」
……
姉は。
少女へ。
手を添える。
……
「こちらが。」
「おもち様です。」
……
少女は。
顔を上げる。
……
いくつもの。
視線。
……
「姫様の。」
「大切なご友人です。」
……
少女は。
瞬きをする。
……
大切な。
ご友人。
……
「……あの子。」
……
小さな声が。
聞こえた。
……
「あの。」
「例の?」
……
「そう。」
「白銀の髪の……。」
……
「ほんとに。」
「お人形さんみたい。」
……
「可愛い……。」
……
「姫様に。」
「ご友人なんていたの?」
……
「私も。」
「初めて聞いた。」
……
声が。
少しずつ。
重なっていく。
……
少女は。
右を見る。
……
左を見る。
……
「……?」
……
こつん。
……
硬い音が。
響いた。
……
声が。
止まる。
……
部屋の前。
……
侍女長が。
杖を。
床へ突いていた。
……
「静かにしなさい。」
……
しん。
……
誰も。
口を開かない。
……
侍女長は。
集まった侍女達を。
見渡す。
……
「朝礼中ですよ。」
……
「……はい。」
……
小さな返事が。
いくつも返る。
……
姉は。
何事もなかったように。
言葉を続ける。
……
「姫様と。」
「おもち様のお姿が。」
「見当たらない場合は。」
……
「私達へ。」
「知らせてください。」
……
何人かが。
頷く。
……
「お二人で。」
「城内を歩かれていることがありますので。」
……
少女は。
姉を見る。
……
「見つけた場合も。」
「同じように。」
「お願いします。」
……
「はい。」
……
声が。
揃った。
……
少女は。
その様子を。
じっと見ていた。
……
やがて。
朝礼が終わる。
……
人が。
それぞれの場所へ。
散っていく。
……
妹は。
少女を見る。
……
「では。」
「戻りましょうか。」
……
少女は。
頷く。
……
「うん。」
……
三人は。
部屋を出る。
……
朝の王城。
……
廊下には。
もう。
人の姿があった。
……
窓から。
朝日が。
差し込んでいる。
……
少女は。
その中を。
歩いていく。
……
給仕服。
まとめられた。
白銀色の髪。
……
胸元には。
自分で結んだ。
少し歪んだリボン。
足元には。
靴。
手には。
銀の懐中時計。
……
少女は。
その時計を見る。
針は。
また。
少し。
進んでいた。
……
顔を上げる。
廊下の先。
赤い髪の少女が。
眠る部屋。
……
少女は。
一歩。
踏み出す。
こつ。
もう一歩。
こつ。
……
朝の廊下に。
小さな足音が。
続いていく。




