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第六話 人間ではないもの(1)


外の世界を見てみたい。


そんなことを思ったのは初めてだった。


鳥が飛んでいく先を知りたい。


研究施設の外には何があるのだろう。


高い外壁の向こうにはどんな景色が広がっているのだろう。


そんなことを考えながら眠った翌朝。


少女はいつも通り目を覚ました。


いつも通りの機械音声。


いつも通りの白い天井。


いつも通りの冷たい床。


昨日までと何も変わらない朝だった。


それなのに。


胸の奥だけが少し違った。


小さな灯火がそこにあった。


名前も分からない。


形も分からない。


けれど確かに存在する何か。


外の世界を見てみたい。


そんな願いだった。


だからだろうか。


その日の足取りは少しだけ軽かった。


検査室へ向かう時も。


朝食を食べる時も。


訓練場へ向かう時も。


ほんの少しだけ。


昨日より身体が軽い気がした。


もちろん。


研究施設は何も変わらない。


白い廊下。


白い壁。


白い照明。


白衣の研究員達。


誰も笑わない。


誰も雑談しない。


ただ仕事をしている。


そんな世界だった。


訓練場の扉が開く。


広い空間だった。


天井は高い。


壁一面には防護術式。


床には巨大な魔法陣。


観測装置。


記録装置。


魔力測定器。


無数の機械が並んでいる。


少女はその光景を見ても何も思わない。


見慣れていたからだ。


物心ついた頃から何度も見ている。


訓練場は少女の日常だった。


「O-M-1」


研究員に呼ばれる。


少女は返事をする。


そして補助装置を受け取った。


銀色の金属環。


首輪のような形。


幾何学模様の刻印。


人工結晶。


魔力導線。


そして。


小さく刻まれた管理番号。


Origin-0-Mirabilis-1。


少女はそれを首へ装着する。


ひんやりと冷たい。


重い。


嫌いだった。


昔から。


けれど慣れていた。


だから何も言わない。


「実戦運用試験を開始する」


研究員が告げる。


少女は訓練場の中央へ歩く。


広い。


何もない空間。


自分の足音だけが響く。


そして。


向かい側に立つ存在を見る。


魔導人形だった。


人型戦闘兵装。


全身を銀色の装甲で覆われた人型兵器。


人間より大きい。


人間より重い。


人間より強い。


少女は何度も戦ったことがある。


だから恐くはなかった。


恐いという感覚を覚える前から戦っていたから。


「開始」


研究員の声。


同時に魔導人形が動く。


重い音。


床を砕く足音。


空気を裂く駆動音。


速い。


少女も動く。


足元へ星の光が走る。


銀色の魔力が床を滑る。


身体が軽くなる。


景色が流れる。


衝突。


轟音。


光。


爆風。


訓練場が揺れる。


少女は戦う。


理由は分からない。


でも戦う。


そう命じられているから。


それが役目だから。


何度目かの衝突だった。


魔導人形の剣が振り上げられる。


巨大な刃。


鋼鉄の塊。


少女はそれを見る。


避ける。


いつも通り。


いつもと同じ。


そう思った。


避けたはずだった。


銀色の閃光が視界を横切る。


一瞬だった。


本当に一瞬だった。


何が起きたのか分からない。


身体が軽い。


左側だけ妙に軽い。


左肩が冷たい。


風が当たっているみたいだった。


その直後。


――ごとり。


重い音が響いた。


少女は視線を下ろす。


白い床だった。


訓練場の床。


磨き上げられた白い床。


そこに赤いものが広がっていた。


血だった。


赤い血。


ゆっくりと。


じわじわと。


白い床を染めていく。


少女は呆然と見つめる。


理解出来なかった。


何が起きたのか分からなかった。


けれど。


血の中心に何かが落ちていた。


細い腕。


小さな手。


白い肌。


注射の跡。


細い指。


見慣れた傷跡。


見覚えがある。


何度も見たことがある。


毎日見ている。


自分の腕だった。


「……あ」


声にならない声が漏れる。


その瞬間。


理解する。


左腕がない。


肩から先が。


なくなっている。


そこで初めて痛みが来た。


焼けるような熱。


骨の奥を砕かれるような激痛。


視界が揺れる。


呼吸が止まる。


膝が震える。


涙が溢れる。


痛い。


痛い。


痛い。


痛い。


頭が真っ白になる。


どうして。


どうして腕が。


少女は反射的に研究員を見る。


助けてほしかったわけじゃない。


ただ。


確認したかった。


これは訓練を止める理由になるのかを。


「おわ――」


「継続」


少女の言葉は最後まで出なかった。


研究員が記録端末から顔も上げずに言う。


少女は目を見開く。


聞き間違いだと思った。


けれど。


「継続しろ」


もう一度。


今度ははっきりと。


まるで当然みたいに。


まるで何も起きていないみたいに。


「……腕、ないよ……?」


震える声だった。


涙で滲む視界。


研究員はようやく少女を見る。


そして。


「問題ない」


と答えた


まるで。


何も起きていないみたいに。

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