第五十五話 息吹
◇
王城の廊下。
……
授業を終えた二人。
扉から出ると。
扉の前で待機していた双子の侍女が。
少女達に微笑み。
一礼する。
「お二人ともお疲れ様でした。」
……
赤い髪の少女は。
双子を見る。
「セレス。」
「エステラ。」
「この後の予定って。」
「何があったっけ?」
姉は。
予定表を開く。
……
「この後のご予定ですが。」
「本日は午前のみ。」
「通常授業でございます。」
「午後は。」
「ご自由にお過ごしください。」
……
赤い髪の少女は。
目を丸くした。
「えっ。」
姉は。
予定表へ視線を落とす。
「会議。」
「ご公務。」
「謁見。」
「来客対応。」
「本日のご予定は。」
「陛下が。」
「全て調整してくださいました。」
赤い髪の少女は。
予定表を見つめる。
……
小さく口を開く。
「……お父様。」
「本当だったんだ。」
……
私と。
おもちのために……。
……
だったら。
今度は。
私がそれに応えないと。
……
赤い髪の少女は。
ゆっくりと顔を上げる。
……
双子を見る。
「セレス。」
「エステラ。」
二人は。
同時に顔を上げた。
「はい。」
……
赤い髪の少女は。
一度だけ。
少女を見る。
……
そして。
もう一度。
双子へ視線を戻した。
「お願いがあるの。」
……
「何なりと。」
姉は静かに頷く。
赤い髪の少女は。
小さく息を吸う。
「今日の予定。」
「全部。」
「なくしてほしい。」
……
双子は。
思わず顔を見合わせた。
妹は。
困ったように笑う。
「そう来ましたか……。」
姉も。
小さく微笑む。
「差し支えなければ。」
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
赤い髪の少女は双子をまっすぐと見つめる。
「おもちと。」
「城の中を一緒に歩きたい。」
妹は。
思わず頬を緩めた。
「そういうことでございましたか。」
「でしたら――」
赤い髪の少女は。
一歩近付く。
妹は。
その動きに気付いた。
赤い髪の少女は。
両手を伸ばす。
妹の手を。
きゅっと握ろうとした。
だが。
妹は。
ひょいっと一歩下がる。
「ふふっ」
「甘いです。」
……
赤い髪の少女の手は。
空を掴んだ。
「えっ。」
妹は。
得意げに胸を張る。
「いつまでも。」
「同じ手は通用しませんよ。」
……
赤い髪の少女は。
もう一歩。
近付く。
妹も。
もう一歩。
下がる。
「逃げないで。」
「逃げます。」
……
「むぅ……。」
赤い髪の少女は。
小さく頬を膨らませた。
「お願い。」
「エステラ。」
……
「私。」
「あんまりお願いしないでしょ?」
「だから。」
「今日くらい。」
「いいじゃん。」
妹は。
思わず目を逸らした。
「うっ……。」
赤い髪の少女は。
さらに一歩近付く。
「お願い。」
「お願い!」
「今日は。」
「おもちと歩きたいの。」
……
「だめ……?」
妹は。
思わず姉を見る。
「…………。」
「セ、セレス。」
「助けてください。」
姉は。
小さく息をつく。
「姫様。」
そう呼ぶと。
両手を。
そっと前へ差し出した。
赤い髪の少女は。
ぱっと顔を輝かせる。
「セレス!」
そのまま。
勢いよく飛び付いた。
ぎゅうっ。
「お願い!」
「今日だけだから!」
姉は。
少女を抱き留めたまま。
迷うことなく頷く。
「もちろん。」
「すぐに。」
「中止の報告をしてまいります。」
赤い髪の少女は。
嬉しそうに笑った。
「やったぁ!」
妹は。
肩を落とす。
「もぉ……。」
「姉さん。」
「甘すぎ!」
……
「私は今。」
「とても。」
「満たされております。」
姉は。
満足そうに微笑んだ。
その様子を。
少女は。
見つめていた。
……
赤い髪の少女は。
お願いをした。
そうしたら。
みんな笑っていた。
……
少女は。
少しだけ考える。
……
そして。
妹のそばへ歩いた。
服の裾を。
ちょこんと掴む。
妹は。
不思議そうに振り向く。
「……おもち様?」
少女は。
妹を見上げた。
小さく口を開く。
「お願い。」
……
妹は。
目を丸くした。
「えっ。」
少女は。
服の裾を掴んだまま。
じっと見つめている。
……
「お願い。」
もう一度。
小さく繰り返した。
……
妹は。
視線を泳がせる。
「お、おもち様まで……。」
少女は。
首を小さく傾げた。
「だめ……?」
……
妹は。
その一言で。
肩を落とした。
「それは反則だぁ……。」
姉は。
くすっと笑う。
「エステラ。」
「もう。」
「観念なさい。」
妹は。
深いため息をついた。
「……わかりました。」
「本日のご予定は。」
「全て中止いたします。」
赤い髪の少女は。
ぱっと笑顔になる。
「ありがとう!」
少女も。
小さく頭を下げた。
「……ありがとう。」
妹は。
二人を見つめる。
少しだけ。
笑ってしまった。
「もう。」
「お二人とも。」
「ずるいです。」
少女は。
赤い髪の少女を見る。
……
役に。
立てた……?
……
赤い髪の少女は。
その視線に気付く。
そして。
満面の笑みを浮かべる。
ぴーす!
……
少女は。
二本立てられた指を見る。
……
……なにかの合図?
二……?
……?
しばらく。
その手を見つめる。
……
少女も。
おそるおそる。
二本指を立てた。
ぴーす。
赤い髪の少女は。
目を丸くする。
次の瞬間。
口元を押さえた。
嬉しそうに。
笑みがこぼれる。
にこっと笑って。
ぴーす!!
……
よくわからなかった。
……
それでも。
赤い髪の少女は。
とても嬉しそうだった。
少女は。
小さく頷く。
「……よかった。」
……
「それでは。」
「先生へご挨拶をしてから。」
「参りましょう。」
姉がそう言うと。
こんこん。
「失礼します。」
教室の扉を叩く。
……
教員へ事情を説明すると。
許可はすぐに下りた。
「お気を付けて。」
「ありがとうございます!」
赤い髪の少女は。
嬉しそうに頭を下げた。
少女の手をぎゅっと握る。
「おもち!」
「王城探検だよ!」
少女は。
首を小さく傾げた。
「……たんけん?」
赤い髪の少女は。
嬉しそうに頷く。
「うん!」
「絵本みたいに探検だよ!」
少女は。
小さく頷いた。
「まずはね。」
「私の好きな場所だよ!」
四人は。
廊下を歩き始めた。
大きな窓から。
柔らかな陽射しが差し込む。
やがて。
大きな扉の前で足を止めた。
赤い髪の少女は。
嬉しそうに振り返る。
「行くよ!」
重たい扉が。
ゆっくりと開く。
……
その瞬間だった。
ふわり。
柔らかな風が。
少女の頬を撫でた。
……
少女は。
思わず足を止める。
……
白銀色の髪が。
風に揺れた。
「……。」
眩しい光。
思わず目を細める。
……
ゆっくりと。
顔を上げた。
どこまでも広がる。
青い空。
……
白い雲が。
ゆっくりと流れている。
……
風が吹く。
以前よりあたたかい。
……
木々が揺れる。
花が揺れる。
小鳥の囀りが。
空から降り注いでいた。
……
あたたかい。
色がある。
囲うものがない。
終わりが見えない。
図鑑でも。
絵本でも。
見たことはあった。
……
知っている。
そう思っていた。
……
少女は。
木を見つめる。
……
その後。
赤い髪の少女を見る。
「……触っても。」
「いい?」
赤い髪の少女は。
きょとんと目を丸くした。
「え?」
それから。
優しく微笑む。
「うん!」
「なんでも触って大丈夫だよ!」
少女は。
小さく頷いた。
繋いでいた手を。
そっと離す。
……
少女は。
木へ近づく。
……
そっと。
手を伸ばいた。
……
指先が。
幹へ触れた。
……
ごつごつ。
「あ……。」
……
もう一度。
そっと撫でる。
……
かたい。
でも。
芯がある。
力強さを感じた。
……
少女は。
小さく息を吸う。
「……。」
知らない匂い。
……
でも。
嫌じゃない。
その時だった。
さらさら。
風が吹く。
頭上で。
葉が優しく揺れた。
少女は。
ゆっくりと顔を上げる。
緑色の葉が。
光を受けながら。
楽しそうに踊っていた。
ぱちん。
乾いた音が。
庭へ響いた。
少女は。
音のした方を見る。
木のそばで。
庭師が。
枝を切っていた。
ぱちん。
細い枝が。
地面へ落ちる。
少女は。
その枝を見る。
……
それから。
庭師の持つ鋏を見る。
……
「木。」
「切っても。」
「いいの?」
庭師は。
手を止める。
少女を見ると。
穏やかに笑った。
「こんにちは。」
少女は。
小さく頭を下げた。
「庭の木は。」
「このままにしておくと。」
「枝が増えすぎてしまいますから。」
少女は。
木を見上げる。
……
「増えると。」
「だめ?」
……
「枝同士がぶつかったり。」
「陽の光が。」
「中まで届かなくなったりします。」
……
庭師は。
切った枝を拾う。
「元気に育つために。」
「必要な分だけ。」
「整えているのですよ。」
「例えるなら。」
「生きるための。」
「お手伝いですな。」
……
少女も。
枝を拾い見つめる。
……
それから。
木を見る。
……
「……いきるため。」
庭師は穏やかに頷いた。
「ええ。」
「急がなくてもいいのです。」
「木々ものんびり風を浴びていますからな。」
「どうぞ。」
「ゆっくり見ていってください。」
少女は。
小さく頷く。
「……うん。」
庭師は。
微笑みながら。
再び庭木へ向き直った。
……
少女は。
別の木の下へ。
歩いていく。
風に揺れる葉や木を眺めていた。
ちゅん。
小さな鳴き声。
少女が振り向く。
……
一羽の小鳥が。
赤い髪の少女の肩へ。
ふわりと舞い降りた。
「ふふっ。」
赤い髪の少女は。
嬉しそうに笑う。
「こんにちは。」
小鳥は。
小さく鳴く。
……
少女は。
目を丸くした。
……
「……。」
「どうして。」
「ガゼル?」
……
赤い髪の少女は。
少しだけ首を傾げる。
……
「んー?」
「お庭の子たちだからかな。」
「たまに遊びに来てくれるの。」
……
そう言って。
小鳥へ指先を差し出す。
……
小鳥は。
嬉しそうに首を擦り寄せた。
……
少女は。
その様子を。
じっと見つめていた。
……
赤い髪の少女は。
少女へ微笑む。
「触ってみる?」
少女は。
小さく頷いた。
ゆっくりと。
一歩近づく。
そっと。
手を伸ばす。
……
その時だった。
ぱたっ。
小鳥は。
空へ羽ばたいていった。
少女は。
空を見上げる。
「……。」
赤い髪の少女は。
くすっと笑った。
「ふふっ。」
「大丈夫。」
「また会えるよ。」
少女は。
空を見上げたまま。
小さく頷いた。
……
赤い髪の少女は。
少女の手を優しく握る。
「お花もみよ!」
少女は。
赤い髪の少女を見る。
「おはな?」
「うん!」
「すっごく綺麗なんだよ!」
赤い髪の少女は。
嬉しそうに笑う。
双子を見る。
「セレス。」
「エステラ。」
「ちょっと。」
「おもちと見てくるね!」
姉は。
優しく微笑む。
「かしこまりました。」
「私どもは。」
「こちらでお待ちしております。」
妹も。
小さく頷く。
「ごゆっくり。」
「行ってらっしゃいませ。」
二人は。
並んで歩き出した。
花壇には。
色とりどりの花が咲いていた。
「あっ。」
「このお花。」
「今年も咲いてる。」
赤い髪の少女は。
嬉しそうに笑う。
少女の手を引く。
花壇の前へしゃがみ込んだ。
「ほら。」
「いい匂いなんだよ。」
赤い髪の少女は。
そっと。
花へ顔を近づける。
小さく息を吸う。
「えへへ。」
「やっぱり。」
「いい匂い。」
赤い髪の少女は。
少女を見上げる。
「おもちも。」
「嗅いでみて?」
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
……
それから。
花へ顔を近づけた。
ふわり。
甘く。
優しい香りがした。
……
少女は。
赤い髪の少女を見る。
もう一度。
花へ顔を近づける。
「ガゼルと。」
「……同じ。」
……
赤い髪の少女は。
目を丸くする。
「……えっ?」
自分の袖口へ。
そっと顔を近づけた。
「そ、そうかな……。」
「でも。」
「なんだか。」
「嬉しいな。」
……
少しだけ。
頬を掻く。
「ほ、ほら!」
「お庭には。」
「まだいっぱい咲いてるよ!」
「おもちは。」
「気になるお花はある?」
少女は。
花壇を見つめる。
たくさんの花が。
風に揺れていた。
ふと。
一輪の花へ視線が止まる。
小さな花。
薄い紫色の花びらが。
風に揺れている。
「……これ。」
「綺麗。」
赤い髪の少女は。
花を見つめる。
……
ほんの少しだけ。
目を細めた。
「そのお花はね。」
「夕想花。」
「っていう名前なんだ。」
少女は。
小さく繰り返す。
「……ゆうそうか。」
……
赤い髪の少女は。
花を見つめたまま。
小さく笑う。
「私ね。」
「このお花。」
「大好きなの。」
……
少女は。
夕想花を見る。
……
それから。
赤い髪の少女を見る。
「……。」
もう一度。
花を見る。
「……夕想花。」
……
一匹の蝶が。
花弁から飛び立つ。
ふわり。
蝶は。
少女の鼻先へ止まった。
「……わ」
少女は。
目だけを動かす。
……
鼻先を見る。
「……。」
赤い髪の少女は。
目を丸くする。
「……っ。」
肩が小さく震えた。
「ふふっ。」
……
「あははっ!」
口元を押さえる。
笑いが止まらない。
……
少女は。
固まったまま。
赤い髪の少女を見る。
「なに……これ……?」
赤い髪の少女は。
何度も頷いた。
「ご、ごめんね。」
「ふふっ。」
「おもち。」
「そのまま。」
「そのままでいて。」
……
「……うん。」
少女は。
ぴたりと止まった。
もう一度。
目だけを寄せる。
赤い髪の少女は。
もう一度。
吹き出した。
「あははっ!」
「だめ……。」
「かわいい……。」
蝶は。
ふわりと飛び立つ。
「あ。」
蝶を目で追う。
少女は。
鼻先へ触れる。
赤い髪の少女を見る。
……
「もう。」
「いない。」
……
「うん。」
「飛んでいっちゃった。」
二人は。
顔を見合わせる。
「ふふっ。」
赤い髪の少女は。
立ち上がる。
「そろそろ。」
「次の場所へ行こっか!」
くるりと振り返る。
「セレスー!」
「エステラー!」
赤い髪の少女は。
双子のもとへ駆けていく。
少女は。
その後ろ姿を見つめる。
赤い髪が。
陽の光を受けて揺れた。
少女は。
その場へ立ったまま。
見つめ続ける。
……
それから。
小さく歩き出した。
推敲しなおしました。一部内容修正しています。




