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第五十四話 できること


朝日が。


窓から差し込む。


柔らかな光が。


部屋を優しく照らしていた。


……


双子の姉は。


懐中時計を開く。


……


「……あら。」


小さく目を丸くする。


……


「エステラ。」


「時間が。」


……


妹も時計を見る。


「えっ。」


「姫様!」


「おもち様!」


「大変です!」


……


二人は同時に振り向く。


「今日から。」


「授業がございます!」


「お支度を急ぎましょう!」


……


「えっ。」


赤い髪の少女が目を丸くした。


……


「ほんとだ!」


「急がなきゃ!」


……


姉は。


部屋を見回した。


……


「エステラ。」


「私はお部屋を整えます。」


「お二人のお支度をお願いします。」


……


妹は頷く。


「わかった!」


「まずは姫様から!」


「こちらへどうぞ!」


部屋の中が。


一気に慌ただしくなる。


……


妹は。


少女へ微笑みかける。


「おもち様。」


「少しだけ。」


「こちらでお待ちください。」


「すぐに参りますからね。」


少女は。


小さく頷いた。


「……うん。」


妹は。


手早く衣装を用意した。


……


皺ひとつない。


白いブラウス。


……


袖口には。


金糸で星が刺繍されている。


……


深緑色のスカート。


歩くたび。


裾が柔らかく揺れそうだった。


……


胸元には。


翡翠色のリボン。


中央には。


王家の紋章を模した。


小さなブローチが輝いている。


妹は。


慣れた手つきで。


赤い髪の少女の身支度を整えていく。


……


その隣では。


少女の衣装も用意されている。


少女は。


衣装を見る。


……


待つ。


……


それだけで。


いいはずだった。


……


けれど。


じっと待っているだけでは。


また迷惑を掛けてしまう気がした。


……


隣を見る。


……


赤い髪の少女の真似をするように。


ブラウスを手に取った。


……


腕を通してみる。


……


「……?」


反対だった。


……


もう一度。


やり直す。


……


今度は。


ボタンが掛け違う。


……


リボンも。


上手く結べない。


……


少女の手が止まる。


……


できない。


……


胸の奥が。


きゅっと痛んだ。


……


また。


迷惑を掛ける。


……


少女は。


俯く。


……


その場へ。


しゃがみ込んだ。


……


「おもち様。」


優しい声が聞こえる。


……


顔を上げる。


……


作業を終えた姉が。


穏やかに微笑んでいた。


……


「焦らなくて大丈夫です。」


「最初から。」


「できる方なんておりません。」


……


妹も赤い髪の少女の更衣を手伝いながら。


隣で笑う。


……


「私達だって。」


「昔は毎日怒られてたんだから。」


……


姉は。


その言葉に。


小さく笑った。


……


「ふふっ。」


「そんなことも。」


「ありましたね。」


……


妹は。


いたずらっぽく笑う。


「ここには。」


「とっても恐ろしい鬼婆様がいますからね。」


……


「エステラ。」


姉は。


少しだけ眉を下げた。


……


「その呼び方は。」


「いけません。」


……


「えへへ。」


「ごめんなさい。」


妹は肩をすくめる。


……


赤い髪の少女は。


少女へ顔を寄せる。


……


「ほんとに怖いんだよー。」


小さな声で。


こっそり囁いた。


……


少女は。


きょとんと目を丸くする。


「姫様。」


姉は。


苦笑する。


……


「ご一緒になっては。」


「いけませんよ。」


……


「はーい。」


赤い髪の少女は。


照れくさそうに笑った。


部屋へ。


小さな笑い声が広がる。


……


赤い髪の少女は。


少女の前へしゃがみ込む。


……


胸元で。


絡まってしまったリボンを。


優しく解く。


……


「今日は。」


「みんなでやろ?」


……


「できるようになるまで。」


「私達が手伝うから。」


……


少女は。


三人を見る。


……


誰も。


困った顔をしていない。


……


誰も。


責めていない。


……


少女は。


小さく頷いた。


「……うん。」


微かな声でつぶやく。


「……ありがとう。」


……


姉は。


微笑みながら。


少女のブラウスを整える。


……


「はい!」


「準備終わりです。」


……


「おもち様。」


「こちらをご覧ください。」


姉は。


鏡を少女の前へ向けた。


……


少女は。


鏡を見る。


……


少女は。


何度か瞬きをした。


鏡の中の少女も。


同じように瞬きをする。


……


「……私?」


……


乱れていた襟。


皺ひとつないブラウス。


気づけば。


服はすっかり整えられていた。


……


さらり。


頬へ流れた髪を指先で払う。


長い白銀色の髪も。


いつの間にか。


綺麗にまとめられている。


「……魔法みたい。」


双子はきょとんとした。


「……?」


少女は二人を見上げる。


「これも。」


「……魔石?」


……


姉は小さく笑った。


「いいえ。」


「これは。」


「日々の積み重ねです。」


妹も頷く。


「おもち様も。」


「きっとすぐにできるようになりますよ。」


……


少女は。


自分の手を見る。


白く。


小さな手。


ゆっくりと。


握る。


……


「……。」


まだ。


できる自分は。


思い浮かばなかった。


……


それでも。


少女は小さく頷く。


「……うん。」


……


赤い髪の少女は。


一歩下がる。


少女を見つめる。


……


白いブラウス。


胸元で揺れる。


深い紺色のリボン。


……


濃紺のスカート。


柔らかな裾。


……


膝下まで伸びた白銀色の髪は。


一本の三つ編みへまとめられ。


紺色のリボンで結ばれていた。


「……。」


ぱちり。


目を見開く。


……


思わず。


口元が緩んだ。


……


「おもち……!」


「すっごく似合ってるよ!」


赤い髪の少女は目を輝かせる。


「お人形さんみたい……!」


「ほんとに綺麗……。」


少女は。


何度か瞬きをした。


……


「……っ」


頬が。


ほんのり赤く染まる。


……


視線が。


ゆっくりと下を向く。


……


少女は。


そっと一歩だけ後ろへ下がる。


……


そのまま。


姉の背中へ隠れた。


……


姉は。


困ったように微笑む。


……


「あっ。」


赤い髪の少女は。


思わず小さく声を漏らした。


……


「隠れちゃった。」


……


妹は。


くすりと笑う。


「ふふっ。」


「それでは。」


「お二人とも。」


「お支度も整いましたので。」


「参りましょう!」


姉は。


予定表へ目を落とす。


「まずは朝食でございます。」


「その後、授業へ向かいましょう。」


     ◇


四人は。


王城の廊下を歩く。


……


赤い髪の少女は。


少女の左手を握る。


「疲れたら。」


「休もうね。」


……


少女は小さく頷く。


歩みを緩めない。


……


やがて。


四人は食堂へたどり着いた。


……


赤い髪の少女は席へ座る。


……


少女は立ったまま。


食堂を見回した。


……


「……おもち?」


赤い髪の少女は首を傾げる。


「ご飯だから。」


「座ろ?」


……


少女は返事をしない。


視線は。


料理を運び始めた双子へ向いていた。


……


少女は迷わず。


その後を追いかけた。


……


きゅっ。


妹の服の端を掴む。


……


「どうされました?」


妹は足を止める。


振り返る。


少女は小さく見上げた。


「……私も。」


「する。」


……


妹は目を丸くした。


少女と。


食卓を見比べる。


……


「あ……。」


小さく微笑んだ。


「お手伝いしてくださるのですね。」


少女は小さく頷く。


……


「でしたら。」


妹は盆の上から。


一番軽いお皿を両手で持ち上げた。


「こちらを。」


「姫様のところまでお願いできますか?」


……


こくり。


少女は。


いつもより力強く頷いた。


……


少女は。


両手で皿を抱える。


……


落とさないように。


ゆっくりと歩いた。


……


手が。


小さく震える。


……


それでも。


皿は落とさなかった。


……


赤い髪の少女の前へたどり着く。


そっと。


皿を置いた。


……


少女は顔を上げる。


赤い髪の少女を見る。


……


「ありがとう。」


赤い髪の少女は微笑んだ。


「でも。」


「今度は。」


「隣にいてくれると嬉しいな。」


少しだけ。


困ったように笑う。


……


役に立てた……?


……


でも。


ガゼル……。


困ってる。


……


少女の表情が。


少しだけ曇る。


俯く。


握っていた両手へ。


小さく力が入った。


……


こくり。


小さく頷く。


……


足取りは。


来た時よりも。


少しだけ重かった。


少女は俯いたまま。


席へ戻る。


……


赤い髪の少女は。


席へ戻る少女を見つめた。


……


「あれ……。」


思わず小さく呟く。


……


もしかして。


落ち込んじゃった……?


……


赤い髪の少女は。


少女の顔を覗き込んだ。


「おもち?」


……


少女は顔を上げる。


……


赤い髪の少女は。


にこりと笑った。


「おもちが運んでくれたから。」


「今日は。」


「いつもよりおいしそう!」


……


少女は料理を見る。


赤い髪の少女を見る。


……


こくり。


小さく頷く。


……


でも。


曇った表情は。


戻らなかった。


料理が揃う。


……


赤い髪の少女は胸に右手を添える。


「命の恵みに。」


少女は添えるだけ。


……


食卓には。


温かな香りが広がっていた。


焼きたてのパン。


具沢山のスープ。


彩り豊かな野菜。


どれも。


美味しそうだった。


……


それでも。


少女は動かない。


……


ゆっくりと。


スプーンを持つ。


一口だけ。


スープを口へ運んだ。


……


食欲がない……。


……


かちゃり。


食器を置く。


……


少女は。


思わず赤い髪の少女を見た。


……


「おもち?」


赤い髪の少女は。


少しだけ心配そうに眉を下げた。


「大丈夫……?」


……


また。


心配させた。


……


ちゃんと。


食べないと。


……


少女は慌ててパンを掴む。


口へ運ぶ。


続けて。


スープを飲む。


また一口。


もう一口。


……


ごほっ。


……


げほっ。


激しく咳き込む。


……


「おもち!」


赤い髪の少女は立ち上がる。


椅子を鳴らしながら駆け寄った。


……


「大丈夫!?」


少女の背中を。


優しくさする。


……


少女は苦しそうに咳き込みながら。


小さく俯いた。


……


また。


心配させた。


……


赤い髪の少女は。


少女を見つめる。


……


さっきから。


様子がおかしい。


……


「おもち。」


赤い髪の少女は。


心配そうに声を掛けた。


「無理して食べなくても。」


「大丈夫だよ……?」


……


少女は俯く。


「……ごめんなさい。」


小さな声だった。


……


赤い髪の少女は目を丸くする。


「え……。」


「謝らなくて……いいの。」


「私……。」


「そんなつもりじゃ……。」


……


赤い髪の少女は。


困ったように少女を見つめた。


どうしたら。


伝わるんだろう。


……


「姫様。」


静かな声が届く。


……


赤い髪の少女が顔を上げる。


側には。


姉が立っていた。


姉は穏やかに微笑む。


小さく頷いた。


「おもち様。」


「今日は。」


「おもち様なりによく頑張っておられます。」


「ですから。」


「頑張りすぎると。」


「かえって姫様を心配させてしまいますよ。」


……


少女は。


ゆっくりと目を見開いた。


……


赤い髪の少女を見る。


……


「……ガゼル。」


小さな声が漏れる。


……


赤い髪の少女は。


少女を見つめ返した。


「うん。」


穏やかに頷く。


……


少女は少しだけ迷う。


「……ガゼルは。」


「それで。」


「困らない……?」


赤い髪の少女は。


少しだけ目を丸くした。


……


そして。


優しく微笑む。


「困らないよ。」


「私はね。」


「おもちが。」


「無理をしてる方が。」


「ずっと心配。」


……


「……そう。」


少女は。


何も言えなかった。


……


わからない。


頑張ると。


ガゼルは心配する。


……


頑張らなければ。


役に立てない。


……


どちらも。


ガゼルを困らせる。


……


わからない。


……


わからない。


「おもち様!」


突然。


肩へ両手が置かれた。


少女ははっと顔を上げる。


「とりあえず。」


「お水です!」


「今は考えない!」


……


妹は机の上の水差しへ手を伸ばす。


素早くコップへ水を注いだ。


「はい!」


少女は差し出されたコップを見る。


……


少しだけ迷う。


……


そっと受け取った。


……


こくり。


一口。


冷たい水が喉を通る。


……


もう一口。


……


少女は小さく息を吐いた。


……


頭の中が。


少しだけ静かになる。


……


妹はほっと胸を撫で下ろした。


「よかった。」


「少し顔色が戻りました。」


……


少女は小さく頷く。


「……うん。」


……


姉は穏やかな表情で口を開く。


「それでは。」


「本日のご予定へ移りましょう。」


……


「姫様。」


「おもち様。」


「魔法基礎学のお時間でございます。」


……


赤い髪の少女は少女を見る。


「……行けそう?」


少女は少しだけ考える。


そして。


小さく頷いた。


「……大丈夫。」


……


赤い髪の少女も小さく笑う。


「じゃあ。」


「一緒に行こう。」


……


少女は席を立つ。


赤い髪の少女も隣へ並ぶ。


……


二人は。


並んで部屋を後にした。


     ◇


王城の廊下。


……


何も言わず。


少女の左手を握る。


……


少女は一瞬だけ手を見る。


……


小さく握り返した。


……


二人は。


並んで歩く。


……


姉と妹は。


少し後ろからその姿を見守っていた。


……


やがて。


教室の扉が見えてくる。


……


姉が扉を開いた。


「失礼いたします。」


……


室内では。


教師が一礼する。


「お待ちしておりました。」


「それでは。」


「本日の授業を始めさせていただきます。」


……


赤い髪の少女と少女は。


並んで席へ着いた。


……


少女は。


机の上へ視線を落とす。


……


魔法基礎学。


何度も。


何度も聞いた内容。


……


教師の声が。


教室へ響き始めた。


「魔力とは。」


……


赤い髪の少女は。


そっと隣を見る。


……


少女は。


机へ視線を落としたまま。


動かない。


……


苦しそう。


……


そんな顔。


してほしくないのに。


……


赤い髪の少女は。


小さく俯いた。


……


朝から。


何も変わっていない。


……


さっき。


少しだけ。


落ち着いたと思った。


……


違った。


……


まだ。


一人で抱え込んでる。


……


膝の上で。


小さく拳を握る。


……


どうしたら。


いいんだろう。


……


何を言っても。


届かない。


……


私に。


できることは。


もう。


ないのかな。


……


お母様なら。


こんな時。


どうしていたんだろう。


……


赤い髪の少女は。


小さく首を振る。


……


違う。


……


考えよう。


……


きっと。


まだ。


私にできることがある。


おもちのために。


できることを。


探そう。


……


その時だった。


「――以上が。」


「魔力の基礎となります。」


教師の声が。


教室へ響く。


……


「本日の授業は。」


「ここまでです。」


……


赤い髪の少女は。


ゆっくりと顔を上げた。


……


少女は。


まだ机を見つめていた。


……


「……おもち。」


小さく名前を呼ぶ。


……


少女は。


少し遅れて顔を上げた。


「……終わったよ。」


……


少女は。


小さく頷く。


「……うん。」


……


赤い髪の少女は。


少しだけ微笑んだ。


……


今度は。


私から。


連れ出そう。


……


赤い髪の少女は。


席を立った。

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