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第五十三話 呪いと願い


柔らかな朝日が。


廊下を照らしていた。


……


こつ。


こつ。


揃った足音だけが。


廊下へ響いていた。


二人の侍女が並んで歩く。


……


「エステラはどう思う?」


姉が小さく笑う。


「二人とも。」


「ちゃんと眠れたかな?」


妹は少し考える。


「案外。」


「すんなり寝てるんじゃない?」


「ふふっ。」


「じゃあ賭けてみない?」


「えー?」


妹は苦笑した。


「セレスに勝てたことないんだけど。」


二人は笑い合いながら。


姫様のお部屋へ向かう。


……


やがて。


扉の前へたどり着く。


姉は扉へ手を伸ばした。


その時だった。


……


扉の向こうから。


泣き声が聞こえた。


……


二人は足を止める。


思わず顔を見合わせた。


……


こんこん。


「姫様。」


控えめに。


扉を叩く。


……


返事はない。


……


泣き声だけが。


途切れることなく聞こえてくる。


……


二人は。


互いの表情だけで。


意志を確かめる。


……


姉は扉へ手を掛ける。


妹は小さく頷く。


……


意を決して。


扉を開いた。


……


「「……なにこれ。」」


……


二人は思わず立ち尽くす。


……


目に飛び込んできた光景に。


二人は息を呑む。


……


姫様は。


少女を強く抱き締めていた。


……


肩を震わせながら。


声を上げて泣いている。


……


抱き締められた少女も。


涙を零していた。


……


何があったのか。


分からない。


……


「行きましょう。」


姉はそう言うと。


歩き出した。


妹も頷く。


……


二人は。


少女達へ歩み寄る。


「おはようございます。」


姉が優しく微笑む。


……


「どうかされたのですか?」


穏やかな声だった。


……


返事はない。


……


二人は。


まだ互いを抱き締めたまま。


涙を流し続けている。


「……。」


妹は困ったように頬を掻く。


「ほら。」


「ちゃんとお話してください。」


「そうじゃないと。」


「私達も困ってしまいます。」


……


姫様は小さく首を横へ振る。


少女も。


抱き締める腕へ力を込めるだけだった。


……


「エステラ。」


姉が苦笑する。


「そんなこと言っても。」


「今は話せそうにないでしょう?」


……


「うっ……。」


「それは……そうだけど。」


妹は小さく肩を落とした。


……


姉は二人の前へしゃがみ込む。


目線を合わせる。


……


「大丈夫ですよ。」


「ゆっくりで構いません。」


「私達は。」


「ここにいますから。」


……


その言葉を聞くと。


姫様はまた小さく涙を零した。


……


「わたしが……。」


嗚咽が混じる。


……


「わたしが……悪いの……。」


……


少女は首を横へ振る。


……


「ちが……う。」


「わた……し。」


掠れた声が漏れる。


……


「わたしが……。」


……


互いに首を振る。


互いを抱き締める。


そして。


また泣き出した。


……


「「……。」」


妹は。


そっと姉を見る。


……


「……どうしよう。」


小さく呟く。


……


「これは。」


「お話は後ですね。」


……


姉も困ったように笑った。


それから。


そっと姫様の肩へ手を添えた。


……


「姫様。」


「少しだけ。」


「こちらへ。」


……


少女は小さく首を横へ振る。


……


「や。」


「もう離さない……。」


……


小さな声だった。


けれど。


はっきりとしていた。


……


少女へ添えた手へ。


少しだけ力が入る。


……


妹も。


困ったように笑う。


「じゃあ。」


「おもち様だけでも――」


少女の手が。


ぎゅっと。


姫様の服を掴んだ。


……


離さない。


……


その意思だけは。


誰の目にも明らかだった。


「……。」


姉は口元へ手を添える。


「ふふ……。」


……


「もう。」


「姉さん。」


「笑ってる場合じゃないよ!」


妹が小さく肘でつつく。


「ごめん。」


「だって……。」


「二人とも。」


「絶対に離さないんだもの。」

  

「……可愛くて。」 


妹は小さく肩を竦めた。


……


「気持ちは分かるけども。」


二人を見る。


……


泣きすぎたせいか。


二人の鼻先から。


小さく鼻水が垂れていた。


「まずは。」


「鼻をかみましょう。」


……


ハンカチを取り出す。


姫様の鼻先へ。


そっと差し出した。


……


「ほら。」


「鼻かんでください。」


「涙も拭きましょう。」


「目が腫れちゃいますよ。」


……


「や……。」


姫様は小さく首を横へ振る。


少女を抱き締める腕へ。


ぎゅっと力が入った。


……


「もう。」


妹は困ったように肩を落とす。


「そこは素直に聞いてください。」


……


その横で。


姉は少女の前へしゃがみ込んだ。


……


「おもち様。」


「ちょっと失礼しますね。」


……


少女は小さく瞬きをする。


……


姉はハンカチを鼻へ添える。


「はい。」


「ちーん。」


……


少女は言われるまま。


小さく鼻をかんだ。


……


「よくできました。」


姉は優しく微笑む。


……


今度は。


姫様へハンカチを差し出した。


……


「姫様も。」


「どうぞ。」


……


姫様は。


少女を見る。


……


少女は。


小さく鼻をかみ終えると。


姫様を見上げた。


……


「……。」


姫様は小さく頷く。


……


姉は鼻へハンカチを添えた。


「はい。」


「ちーん。」


……


姫様も。


言われるまま。


小さく鼻をかむ。


……


「はい。」


「よくできました。」


……


鼻はかめた。


けれど。


二人の手だけは。


最後まで離れなかった。


……


「もう。」


妹は困ったように笑う。


……


「だったら。」


「こうです。」


……


妹は。


二人の前へしゃがみ込む。


……


そのまま。


二人まとめて。


ぎゅっと抱き締めた。


……


「わっ。」


姫様が小さく目を丸くする。


少女も。


驚いたように瞬きをした。


……


「これなら。」


「離れません。」


……


姉は小さく笑う。


……


「ふふっ。」


「では。」


「私も。」


……


姉も。


そっと身を寄せる。


……


二人を包み込むように。


後ろから。


優しく抱き締めた。


……


四人の小さな身体が。


寄り添う。


……


「嫌になるまで。」


「離れませんからね。」


……


前から。


後ろから。


ぎゅうっと。


抱き締められる。


……


「く……。」


少女が小さく声を漏らす。


……


「くるしい……。」


……


「……。」


姫様は少女を見る。


……


数秒。


目が合う。


……


「……。」


姫様の口元が緩む。


……


「エステラ。セレス。」


「降参だよぉ。」


……


「ふふっ。」


姫様は思わず笑った。


……


「ふふ。」


姉も笑う。


……


「あはは。」


妹も笑った。


部屋の中へ。


小さな笑い声が広がった。


……


しばらく。


四人はそのままだった。


……


誰も。


無理に離そうとはしなかった。


……


温もりだけが。


部屋を満たしていた。


……


やがて。


ゆっくりと身体を離す。


……


涙で濡れた頬には。


少しだけ。


笑みが戻っていた。


……


しばらく。


二人とも目を合わせられなかった。


……


「……おもち。」


赤い髪の少女が。


小さく口を開く。


……


「なに……?」


白銀の髪の少女も。


どこか落ち着かない。


……


「ちょっと。」


「手、貸して。」


……


「……?」


少女は小さく首を傾げる。


けれど。


何も聞かず。


そっと手を差し出した。


赤い髪の少女は。


その手を優しく包み込む。


……


ふわり。


金色と。


淡い黄緑色の光が。


二人の手から溢れ出した。


……


柔らかな光は。


少女の左腕を包む。


……


左腕に残っていた傷は。


少しずつ。


薄れていく。


……


じくりとした痛みも。


光とともに。


静かに消えていった。


……


頬へ刻まれていた。


細いひび割れは。


いつの間にか。


消えていた。


……


少女は目を丸くした。


……


あたたかい。


……


不思議だった。


痛みが消えていく。


それなのに。


身体は。


力を抜いていた。


……


少女の瞳には。


金色と。


淡い黄緑色の光が。


幾重にも重なって見えた。


二つの色が。


絡み合いながら。


優しく揺れている。


……


あまりにも綺麗で。


少女は。


瞬きも忘れて。


光を見つめていた。


……


やがて。


光は。


静かに消えていった。


……


赤い髪の少女は。


ほっと息を吐く。


……


「ふぅ……。」


……


左腕を見る。


傷は。


もう残っていなかった。


……


赤い髪の少女は。


小さく微笑む。


……


「……おもち。」


「お顔も。」


「見てもいい?」


……


少女は少しだけ目を伏せた。


……


顔は。


あまり見られたくない。


……


けれど。


少女は小さく頷く。


「……うん。」


……


赤い髪の少女の手が。


ゆっくりと近づく。


……


少女の肩が。


びくっと揺れた。


……


ぎゅっと。


目を閉じる。


……


額も。


頬も。


ひび割れは。


もう消えていた。


……


「……よかった。」


……


「……おもち。」


「痛くはない?」


……


少女は。


左腕を見る。


……


頬へ触れる。


……


小さく頷いた。


「……うん。」


……


「痛くない。」


……


なぜだか。


胸の奥が。


そわそわした。


……


その時だった。


……


「姫様。」


穏やかな声が響く。


いつの間にか。


……


姉の手には。


木箱。


……


妹の手には。


湯で温めた白い布があった。


妹は。


二人の前へ歩み寄る。


……


赤い髪の少女と。


少女へ。


それぞれ。


温かな布を手渡す。


……


「お使いください。」


「お顔を拭くと。」


「すっきりしますよ。」


「温かいうちに。」


……


赤い髪の少女は。


小さく頷いた。


「ありがとう。」


……


少女は。


赤い髪の少女を見る。


……


赤い髪の少女は。


温かな布で。


そっと顔を拭いていた。


……


少女も。


その姿を真似る。


……


温かな布を。


頬へ当てる。


……


「あたたかい。」


気持ちいい。


……


姉は。


少女の前へ膝をつく。


……


左腕を見る。


……


傷は。


もう残っていなかった。


……


一瞬だけ。


手が止まる。


……


けれど。


姉は静かに木箱を開いた。


……


包帯を取り出す。


「おもち様。」


「腕をお貸しください。」


……


少女は。


小さく首を傾げた。


「……?」


……


左腕を見る。


もちろん。


傷はない。


……


赤い髪の少女も。


目をぱちぱちと瞬かせる。


「……セレス。」


「もう。」


「傷、ないよ?」


姉は。


小さく微笑んだ。


……


「はい。」


「承知しております。」


……


「ですが。」


「巻かせていただきます。」


……


少女と。


赤い髪の少女は。


顔を見合わせた。


「もう傷は治っています。」


姉は手際よく包帯を結ぶ。


……


少女は包帯を見つめる。


……


やっぱりわからない。


わからないだけで。


どこか悪いのかもしれない。


……


姉は不思議そうにしている少女に。


優しく微笑む。


「おまじないです。」


「今日を忘れないように。」


……


「きっと。」


「お二人にとって。」


「大切な一日だったのでしょう。」


……


「だから。」


「忘れないように。」


……


おまじない。


忘れないため……。


私にも。


大切なものが。


できた……?


……


みんな優しい……。


でも。


私は……。


何か。


できてる?


……役に立たないと。


……


……廃棄される。


だから。


忘れちゃいけない……。


……


赤い髪の少女は。


ぱっと顔を上げた。


……


「セレス。」


「私にも巻いて!」


……


姉は目を丸くする。


「姫様も、でございますか?」


……


「うん!」


「私も忘れたくないもん。」


……


姉と妹は顔を見合わせる。


ふっと微笑んだ。


……


「かしこまりました。」


……


姉は。


新しい包帯を取り出す。


……


赤い髪の少女の左腕へ。


丁寧に巻いていく。


……


「これで。」


「姫様も、おそろいでございます。」


……


赤い髪の少女は。


嬉しそうに包帯を見つめた。


……


「えへへ。」


「ありがとう。」


……


左腕へ巻かれた包帯を見つめる。


……


この気持ちを。


忘れたくない。


……


おもち。


きっと。


たくさんのことを。


抱えてる。


……


きっと。


今も。


一人で。


……


だから。


私が。


ずっと。


そばにいる。


……


何度でも。


伝えよう。


……


おもちはここにいていいんだよって。

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