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四十九話 ひとつとひとつ


重厚な扉が。


静かに閉まる。


……


数歩。


歩いたところで。


「おもちー……。」


赤い髪の少女が。


そのまま少女へ抱きついた。


ぎゅうっ。


「疲れたぁ……。」


肩へ顔を埋める。


少女は少しだけ目を丸くした。


……


抱きつかれたまま。


動かなかった。


「もう。」


「なんでお父様って。」


「私にだけ。」


「いつも意地悪するのー。」


拗ねた声が廊下へ響く。


少女は。


抱きついたままの赤い髪の少女を見る。


……


そっと。


背中へ手を添えた。


ぽん。


……


「……ガゼル。」


「私がいる……よ?」


赤い髪の少女は目を丸くする。


「~~っ。」


思わず。


少女の肩へ顔を埋める。


ぐりぐり。


……


「……いたい。」


赤い髪の少女は。


はっと顔を上げた。


「あっ。」


「ご、ごめん!」


「嬉しくってつい。」


満面の笑みを浮かべた。


後ろを歩く双子も。


思わず頬を緩める。


姉が穏やかに微笑む。


「姫様。」


「陛下も。」


「姫様がお可愛らしいからこそでございます。」


「えぇー。」


少しだけ頬を膨らませる。


「だったら。」


「もっと優しくしてほしいもん。」


……


「……でも。」


少女は王の執務室の扉を見る。


「王様。」


「笑ってた。」


赤い髪の少女は目を瞬かせる。


「……え?」


少女は小さく頷く。


「最初も。」


「最後も。」


「楽しそう。」


赤い髪の少女は少しだけ考える。


父の表情を思い返す。


……


「……。」


「え。」


「……あれで?」


少女は静かに続ける。


「ガゼルを見る時。」


「少しだけ。」


「やわらかい。」


……


赤い髪の少女は。


執務室の扉を見つめる。


しばらく。


何も言わなかった。


双子の妹は小さく笑った。


「姫様。」


「陛下は。」


「姫様をご覧になる時だけは。」


「いつもあのようなお顔をなさいます。」


赤い髪の少女は目を丸くする。


「……そうなの?」


妹は頷く。


「はい。」


「姫様は。」


「お気付きではありませんでしたか。」


……


「……。」


「全然わかんなかった。」


照れたように笑う。


「じゃあ。」


「仕方ないから。」


「みんなに免じて。」


「許してあげる。」


……


そう言いながらも。


ほんの少しだけ。


頬は膨らんだままだった。


少女はその頬を見る。


……


「……まだ。」


「怒ってる。」


赤い髪の少女は思わず笑ってしまう。


「えへへ。」


「ばれちゃった。」


少女の手を。


もう一度ぎゅっと握る。


「そろそろ。」


「お部屋へ帰ろっか。」


少女は頷く。


……


四人は再び歩き始めた。


静かな廊下。


窓から柔らかな光が差し込んでいる。


妹は手元の予定表を開く。


「おもち様。」


「お部屋のお荷物で。」


「お持ちしたい物はございますか。」


少女は小さく首を傾げた。


……


「衣類。」


「治療薬。」


「日用品につきましては。」


「こちらでご用意いたします。」


「他にございましたら。」


「何でもお申し付けください。」


……


「……ガゼルが。」


「持ってきてくれた。」


「絵本。」


妹は小さく目を瞬かせた。


優しく頷く。


「はい。」


「絵本もお持ちいたしますね。」


……


赤い髪の少女は。


そんな少女を見つめる。


ふっと笑みが零れた。


「おもち。」


「絵本好きだもんね。」


少女は少しだけ考える。


「……。」


好き。


その言葉を。


頭の中でゆっくり転がす。


……


「……うん。」


「好き。」


赤い髪の少女は。


嬉しそうに笑った。


「これからは。」


「沢山読めるよ!」


少女も。


小さく頷く。


その様子を見ていた姉は。


穏やかに微笑む。


「本日のお昼は。」


「姫様のお部屋へご用意いたします。」


「おもち様もご一緒に。」


赤い髪の少女は。


ぱっと表情を明るくした。


「ほんと?」


「はい。」


「今日からでございます。」


赤い髪の少女は。


少女の手をぎゅっと握る。


「楽しみ!」


少女は繋がれた手を見る。


それから。


赤い髪の少女を見る。


……


握られた手へ。


ほんの少しだけ。


力を返した。


「……楽しみ。」



     ◇



ガゼルの部屋の前で。


妹が一礼する。


「姫様。」


「それでは、おもち様のお荷物をお運びしてまいります。」


姉も一礼した。


「私は昼食の準備を整えてまいります。」


小さく頷く。


「うん。」


「お願い。」


「かしこまりました。」


双子は礼をすると。


それぞれ別の廊下へ歩いていった。


……


「それじゃあ。」


「入ろっか。」


……


重厚な扉が。


ゆっくりと開く。


少女は足を止めた。


……


視線を巡らせる。


大きな窓。


白いカーテン。


壁一面の本棚。


丸い机。


柔らかな絨毯。


大きなベッド。


窓辺。


花瓶。


花が風に揺れる。


柔らかな日差し。


部屋へ流れ込む風。


風が。


少女の白銀色の髪を。


優しく撫でる。


……


病室より。


ずっと広かった。


けれど。


陽だまりは暖かく。


風は少しだけ涼しい。


部屋の静けさが。


優しく身体を包み込む。


……


少女はゆっくり歩き出す。


机の上。


読みかけなのだろうか。


一冊だけ。


開いたまま置かれた本。


その隣には。


小さな写真。


優しく微笑む。


親子の姿が映っていた。


少女は少しだけ眺める。


……


部屋の隅。


鏡の付いた机。


小さな瓶。


櫛。


花飾り。


綺麗に並べられていた。


……


壁際には。


赤や深緑。


淡い白。


何着もの衣装が。


丁寧に掛けられている。


……


少女は。


もう一歩だけ。


部屋の奥へ進む。


……


「……。」


「ガゼルの。」


「匂い。」


赤い髪の少女は。


目を瞬かせた。


「……え?」


少女は部屋を見渡したまま。


小さく頷く。


「この部屋。」


「ガゼルで。」


「いっぱい。」


赤い髪の少女は。


少しだけ頬を赤くする。


「えっと……。」


照れたように笑う。


少しだけ視線を逸らした。


「そ、そうだよ。」


「私のお部屋……だからね。」


……


「……?」


少女は小さく首を傾げた。


赤い髪の少女は。


そんな少女を見つめる。


私がしっかりしないと。


おもちが困っちゃう。


……


小さく深呼吸をする。


一度だけ。


胸元で手をぎゅっと握った。


それから。


にこりと笑う。


「おもち!」


「今日から。」


「ここは、おもちのお部屋でもあるんだよ。」


少女は赤い髪の少女を見る。


「……一緒。」


「うん。」


「一緒!」


赤い髪の少女は。


部屋をゆっくり見渡した。


「本も。」


「机も。」


「ベッドも。」


「なんでも自由に使ってね。」


……


少女は少しだけ考える。


「……自由。」


「……。」


「使用許可は。」


赤い髪の少女は。


少しだけ首を傾げた。


「……え?」


「ガゼルに。」


「許可をもらえばいい?」


……


「……。」


赤い髪の少女は。


言葉を失う。


……


少女は扉を見る。


「通信機も。」


「……ない。」


……


赤い髪の少女は。


小さく目を伏せた。


……


理由はわからない。


けれど。


その一言が。


とても当たり前には聞こえなかった。


胸の奥が。


少しだけ痛んだ。


それでも。


にこりと笑う。


「うん。」


「ここにはないよ。」


「だから。」


「誰にも許可をもらわなくていいの。」


「読みたくなったら。」


「本を読んで。」


「眠たくなったら。」


「眠って。」


「ここで。」


「過ごしていいんだよ。」


少女は首を傾げた。


……。


本当に……?


怒られないかな。


「……わかった。」


……


ゆっくりと。


本棚の前まで歩いていく。


背表紙を眺める。


一冊ずつ。


目で追っていく。


……


赤い髪の少女は。


そんな少女の隣へ歩いていく。


後ろから。


そっと両肩へ手を添えた。


「いっぱいあるでしょ?」


少女は小さく頷く。


「……うん。」


赤い髪の少女は。


本棚へ目を向けたまま笑う。


「気になる本があったら。」


「取っていいからね。」


……


少女は本棚を見つめる。


指先が。


一冊の本の前で止まった。


『基礎魔法 上級編』


赤い髪の少女は。


少しだけ目を丸くした。


「その本?」


少女は小さく頷く。


「……うん。」


赤い髪の少女は。


照れたように笑う。


「それね。」


「実は。」


「難しくてまだわからないんだ。」


「いつか読めるようになりたくて。」


「置いてあるの。」


少女は表紙を見る。


「……そうなんだ。」


……


「この本。」


「読みたい。」


赤い髪の少女は。


優しく微笑んだ。


「うん。」


「もちろん!」


……


少女は。


小さく本を抱えた。


ぎゅっと。


……


それから。


ゆっくりと寝台へ歩いていく。


ぽすん。


本を開いた。


赤い髪の少女は。


ベッドへ腰掛ける少女を見つめる。


……


ふっと笑みが零れた。


「ふふっ。」


「もう読んでる。」


少女は一度だけ頷く。


……


赤い髪の少女は。


本棚を眺める。


一冊の本を手に取った。


「せっかくだし。」


「私も読もうかな。」


少女の隣へ腰を下ろす。


……


二人の少女は。


それぞれの本へ目を落とした。


……


窓から。


柔らかな風が吹き抜ける。


白いカーテンが揺れる。


花瓶の花も。


小さく揺れた。


風は。


少女の白銀色の髪を撫で。


そのまま。


赤い髪も優しく揺らした。


ページをめくる音だけが。


同じ部屋へ静かに重なっていく。

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