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第四十五話 これまでと、これから


朝食を終える。


少女は足取りも軽く。


廊下を歩いていた。


双子は顔を見合わせる。


妹は小さく笑う。


「姫様。」


「今日は朝からご機嫌ですね。」


少女は思わず笑みをこぼす。


「だって。」


「久々にお昼からお休みだよ?」


姉は優しく微笑む。


「そうですね。」


「確か。」


「一週間ぶりです。」


少女は嬉しそうに頷く。


「うん!」


「ずっと楽しみにしてたの!」


妹は少しだけ表情を引き締める。


「ですが。」


「『森』はだめですからね。」


少女はいたずらっぽく笑う。


「わかってる!」


返事だけは。


とても良かった。


妹はじとっと少女を見る。


「……本当に分かっています?」


少女は視線を泳がせた。


「さ、さあ!」


「急がないと。」


「授業に遅れちゃうなー!」


くるりと踵を返す。


そのまま。


逃げるように廊下を歩いていった。


……


妹は深いため息をつく。


「絶対。」


「分かっていません……。」


姉は小さく笑う。


妹の背中へ。


そっと手を添えた。


「大丈夫ですよ。」


「今の姫様なら。」


「約束は守ってくださいます。」


「信じましょう。」


妹は少しだけ俯く。


それから。


小さく頷いた。


「……はい。」


……


魔法学。


政治。


王族会談。


今日も。


少女は一つずつ務めを終えていく。


気づけば。


約束の時間は。


もうすぐそこまで来ていた。


……。


授業を終える。


教師は満足そうに頷いた。


「本日も。」


「お疲れ様でございました。」


少女は静かに一礼する。


「ありがとうございました。」


部屋を出る。


双子が待っていた。


少女はぱっと表情を明るくする。


「終わったよ!」


嬉しそうに。


双子のもとへ駆け寄る。


妹はくすりと笑った。


「午後からは。」


「自由なお時間でございます。」


少女は何度も頷く。


そして。


「最初に。」


「お母様の所へ行ってもいい?」


姉は優しく微笑む。


「もちろんでございます。」


妹も静かに頷く。


「ご案内いたします。」


少女は嬉しそうに笑った。


「ありがとう。」


三人は廊下を歩き始めた。


王城の賑わいが。


少しずつ遠ざかっていく。


やがて。


重厚な扉の前で足を止めた。


星還の間だった。


……


扉が静かに開く。


薄明かりが部屋を照らしていた。


中央には。


花に囲まれた棺。


その傍らには。


一人の男が立っていた。


少女は足を止める。


「――お父様。」


国王はゆっくりと振り返る。


娘の姿を認めると。


小さく頷いた。


「……。」


少女は棺へ視線を向ける。


それから。


国王の前まで歩み寄った。


深く一礼する。


「失礼いたします。」


「……ああ。」


それ以上。


言葉は続かなかった。


部屋には。


花の香りだけが静かに漂っている。


少女は父の隣へ立つ。


二人は同じ棺を見つめていた。


言葉はない。


それでも。


流れる沈黙は不思議と重くなかった。


やがて。


国王がゆっくりと口を開く。


「私は戻る。」


国王は踵を返す。


重厚な扉へ向かって歩き出す。


一歩。


また一歩。


少女はその背中を見つめた。


口を開きかける。


けれど。


言葉は喉の奥で止まった。


……


少女は小さく息を吸う。


「……お父様。」


……


国王の歩みが止まる。


少女は指先をぎゅっと握る。


唇が小さく震えた。


……


「お父様は。」


「寂しい……?」


……


ほんのわずかな沈黙。


国王は振り返らない。


やがて。


静かな声だけが返ってきた。


……


「……お前がいる。」


少女は目を見開く。


国王は再び歩き出す。


「今日は。」


「ゆっくり話してやるといい。」


少女は小さく頷いた。


「……はい。」


国王は棺へ一度だけ目を向ける。


そして。


部屋を後にした。


重厚な扉が閉まる。


……


少女だけが。


母の前へ残された。


……


「お母様。」


「こんにちは。」


少女は小さく微笑む。


「今日はね。」


「午後からお休みなの。」


「だから。」


「会いに来たよ。」


少女は腕に抱えていた本を開く。


その間へ挟んでいた一通の手紙を取り出した。


「これ。」


「また読んでね。」


少女は棺の傍らへ。


そっと手紙を置く。


指先で封筒を軽く整える。


棺へ視線を向ける。


「さっきね。」


「お父様も来てたの。」


「お母様。」


「お父様って。」


「よく来てるの?」


少女はくすっと笑う。


「お母様のこと。」


「大好きなんだね。」


……


少女は胸の前で手を重ねた。


「私も。」


「お母様に恥じない王女になれるように。」


「頑張るね。」


「お父様のことも。」


「ちゃんと支えるから。」


「だから。」


「安心して。」


……


少女は身なりを静かに整える。


棺へ向き直る。


背筋は真っ直ぐ伸びたまま。


両手を胸の前で重ねた。


ゆっくりと息を整える。


そして。


深く一礼する。


静かな時間だけが流れる。


……


少女は顔を上げる。


「また。」


「くるね。」


踵を返す。


数歩歩いて。


少女は足を止めた。


くるりと振り向く。


満面の笑みを浮かべる。


「あ。」


「次は。」


「お母様の好きなお花。」


「持ってくるから!」


小さく手を振る。


少女は再び前を向く。


そのまま部屋を後にした。


……


重厚な扉を開く。


双子は扉の外で待っていた。


少女は二人へ微笑む。


「お待たせ。」


双子は揃って一礼する。


「お帰りなさいませ。」


少女は小さく頷く。


三人は並んで歩き始める。


しばらく。


廊下を進む。


少女はふと足を緩める。


それから。


くるりと双子を振り返った。


「ねぇ。」


「お願いがあるんだけど。」


双子は顔を見合わせる。


「何でしょうか。」


少女は頬を指先でかく。


「やっぱり。」


「ちょっとだけ。」


「森へ行ってきてもいい?」


妹は小さく肩を落とす。


「やっぱり。」


「そうなりますよね……。」


妹は少しだけ眉を下げた。


「姫様。」


「心配です。」


「……本当は。」


「あまり行っていただきたくありません。」


少女は視線を落とす。


「でも……。」


妹は首を横に振る。


「森は危険です。」


「何かあってからでは遅いのです。」


……


少女は少しだけ考える。


ちらりと妹を見る。


……


妹の前へ歩み寄った。


両手をきゅっと握る。


上目遣いで見つめる。


「エステラ。」


「お願い!」


「すぐ戻るから!」


「ちゃんと約束も守る!」


妹は言葉に詰まる。


「うぅ……。」


何度も口を開いては。


閉じる。


言いたいことは。


たくさんあった。


視線が揺れる。


姉は小さく息をついた。


「エステラ。」


「そのお顔をされては。」


「勝てませんよ。」


妹はしょんぼり肩を落とした。


「……ずるいです。」


少女の表情がぱっと明るくなる。


「ありがとう!」


少しだけ眉を下げる。


「いつも。」


「困らせちゃって。」


「ごめんね。」


姉は穏やかに微笑む。


「姫様。」


「約束を。」


少女は小さく頷く。


「深くまでは行かない。」


「暗くなる前に戻る。」


姉は右手を差し出した。


少女はその手を見つめる。


小さく頷き。


自分の手を重ねた。


重なった手の間に。


淡い星の光がふわりと灯る。


姉は静かに口を開く。


「星に誓いを。」


少女も微笑み返す。


「星に誓いを。」


二人の魔力が。


ほんの一瞬だけ重なり合う。


やがて。


星明かりのような光は静かに溶けていった。


少女は手を離す。


「約束。」


姉は優しく頷いた。


   ◇


双子と別れ。


少女は一人。


城の庭を歩いていた。


色とりどりの花々。


手入れの行き届いた芝。


見慣れた景色の奥。


城壁を覆う蔦の前で足を止める。


少女は蔦をそっとかき分けた。


その向こうには。


少女一人が通れるほどの小さな穴。


少女はしゃがみ込む。


裾が土へ触れる。


そのまま。


身体を滑り込ませた。


……


次の瞬間。


頬を撫でる風が変わった。


花壇を抜ける風ではない。


木々を渡り。


葉を揺らし。


土の匂いを運ぶ風。


少女は思わず大きく息を吸う。


肺いっぱいに広がる。


若葉の香り。


湿った土の香り。


どこからか。


小鳥の囀りが聞こえてくる。


見上げれば。


木漏れ日が葉の隙間を縫うように降り注ぎ。


揺れるたび。


地面へ小さな光を散りばめていた。


柔らかな光が。


少女の赤い髪を照らす。


風に揺れるたび。


その髪は淡く煌めいた。


翡翠色の瞳にも。


木漏れ日が映り込み。


森の色を映したように澄んで輝く。


少女の肩から。


張り詰めていた力がほどけていく。


胸の奥に残っていた緊張が。


風とともに遠くへ溶けていくようだった。


少女の口元が自然と綻ぶ。


目の前に広がる森は。


どこまでも穏やかで。


どこまでも優しい。


木々は静かに枝を揺らし。


風は少女の背中をそっと押す。


自然のすべてが。


少女を優しく迎えてくれているようだった。


少女はその景色を見つめる。


胸いっぱいに息を吸う。


「いってきます。」


小さく呟く。


そして。


軽やかな足取りで。


森の奥へ駆けていった。


赤い髪が。


木漏れ日の中で揺れる。


やがて。


小さな背中は。


深い森の中へ。


少しずつ溶けていった。

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