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第四十四話 かわらないもの


少女が。


王女として歩み始めてから。


約一年の月日が流れた。


……


少女は鏡の前へ立っていた。


白いブラウス。


深緑色のスカート。


胸元のリボンを整える。


長い赤髪を軽く梳かした。


鏡を見る。


……


「……よしっ。」


小さく笑う。


……


こんこん。


扉を叩く音が響く。


「姫様。」


「そろそろお時間でございます。」


少女は扉へ振り向く。


「はーい。」


「もう準備できてるよ。」


扉が開く。


双子が部屋へ入ってきた。


二人は少女を見る。


……


姉が少しだけ困ったように笑う。


「最近は。」


「姫様のお支度が終わっていて。」


「少し寂しいですね。」


少女は照れ笑いを浮かべる。


「えへへ。」


「これぐらいは自分でしないとね。」


妹は腕を組む。


「たまには。」


「寝坊してくださってもいいんですよ?」


「私達のお仕事が減ってしまいます。」


少女はくすっと笑った。


「だめだよ。」


「二人に心配かけちゃうもん。」


妹は小さく肩をすくめる。


「残念です。」


少女は少しだけ胸を張る。


「ふふん。」


「それに。」


「もう11歳だもん。」


「お姉さんだよ?」


姉は優しく微笑んだ。


「そうですね。」


「ですが。」


「甘えてくださることまで。」


「卒業しなくてもよろしいのですよ?」


少女は嬉しそうに笑った。


「じゃあ。」


「その時だけ。」


「いっぱい甘える!」


双子は思わず笑みを零す。


「はい。」


少女は満足そうに頷く。


「今日も。」


「よろしくお願いします。」


そう言って笑う。


双子も微笑み返し一礼した。


三人は部屋を後にする。



姉が予定表を開いた。


「本日のご予定でございます。」


「午前は。」


「礼儀作法。」


「政治。」


「歴史。」


「午後は。」


「星癒術。」


「王族会議への同席。」


少女は予定表へ目を通す。


小さく頷いた。


……


礼儀作法。


頭へ本を乗せる。


一年前は。


何度も落としていた。


今は違う。


本は微動だにしない。


少女は静かに歩く。


教師は満足そうに頷いた。


「よく努力なさいました。」


……


政治。


王都。


周辺諸国。


国同士の繋がり。


争い。


助け合い。


少女は静かに頷きながら。


一つひとつを。


自分の中へ積み重ねていった。


……


歴史。


古い書物を開く。


過去の王達。


この国が歩んできた道。


少女は静かに頁をめくる。


教師の声だけが。


部屋へ響いていた。


……


昼食。


温かい紅茶を一口飲む。


ほっと息をつく。


それも束の間。


侍女が予定表を閉じた。


「お時間でございます。」


少女は笑顔で頷く。


「うん。」


午後の授業が始まった。


……


星癒術。


柔らかな光が部屋を包む。


教師はその光を見つめる。


やがて。


穏やかに目を細めた。


「……王妃様を。」


「彷彿とさせる。」


小さな呟きだった。


少女は少しだけ目を丸くする。


教師は静かに微笑む。


「一年で。」


「本当によく努力なさいました。」


少女は嬉しそうに微笑み。


静かに礼をした。


「ありがとうございます。」

 

……


……


その後は。


王族会議へ同席した。


少女は王の一歩後ろへ立つ。


ただ静かに。


交わされる言葉へ耳を傾ける。


国を守るための決断。


民を想う言葉。


少女は。


聞き漏らさぬよう胸へ刻んでいた。


……。


気づけば。


窓の外は夕焼けへ染まっていた。


少女は窓の外を見つめる。


ほんの少しだけ。


夕焼けへ目を細めた。


……


夕食を終える。


席を立つ。


妹は小さく頬を膨らませる。


「結局。」


「姫様。」


「今日は一回も甘えてくださいませんでした。」


姉は小さくため息をつく。


「こら。」


「まだお仕事中でしょう。」


「姫様に失礼ですよ。」


妹は小さく肩を落とした。


「だって……。」


少女は少しだけ考える。


それから。


二人へ歩み寄る。


ぎゅーっ。


少女は満足そうに笑う。


「はいっ。」


「いっぱい甘えた!」


「これで元気もらえたよ!」


双子は思わず顔を見合わせる。


妹は目を丸くする。


「ひ、姫様……。」


次の瞬間。


ぎゅううっ。


思わず抱きしめ返した。


姉も思わず目を見開く。


その手が。


ほんの少しだけ止まる。


「……。」


小さく息を吸う。


やがて。


優しく少女の頭を撫でた。


「……ありがとうございます。」


少しだけ震えた声だった。


少女は目をぱちぱちさせる。


「わっ。」


「く、苦しいよぉ。」


妹は我に返る。


「あっ!」


慌てて腕を緩めた。


「も、申し訳ございません!」


少女は少し照れくさそうに笑う。


頬がほんのり赤い。


「えへへ。」


「でも。」


「もっと元気になっちゃった!」


姉は優しく目を細めた。


「私達もでございます。」


……


少女は二人を見上げる。


「今日も。」


「一日ありがとう。」


「二人も。」


「ちゃんと休んでね。」


双子は少しだけ目を丸くした。


やがて。


優しく微笑む。


「「はい。」」


少女は満足そうに頷く。


「おやすみなさい。」


そう言って。


自室へ戻っていった。


……


少女は机へ視線を向ける。


「よし。」


小さく呟く。


筆記帳を開く。


……


今日学んだことを。


一つずつ。


筆記帳へ書き留める。


礼儀。


歴史。


政治。


星癒術。


一文字も。


書き漏らさぬよう。


少女は今日も。


丁寧に筆を走らせた。


……


時計の針は。


二十三時を過ぎていた。


少女は最後の文字を書き終える。


もう一度だけ。


書いた内容へ目を通す。


小さく頷く。


ようやく。


筆を置いた。


……


「ん~~っ!」


少女は両手をいっぱいに伸ばした。


「終わったぁ!」


ふぅっと息を吐く。


……


嬉しそうに机の引き出しを開く。


一冊の冒険の絵本。


年に一度。


王城を訪れる商人から買った。


大切な一冊だった。


少女はそっと抱き寄せる。


……


本を開く。


紙の香り。


インクの香り。


王城にはない。


遠い世界の匂いがした。


……


旅人は今日も旅をする。


草原を渡り。


海を越え。


山を登る。


少女は何度も読んだページをめくる。


もう。


何周読んだのかも分からない。


それでも。


ページをめくるたび。


胸は少しだけ躍った。


……


今日も。


三十分だけ。


絵本を読む。


それが。


少女にとって。


一日の終わりだった。


……


本を閉じる。


もう少しだけ。


読んでいたかった。


それでも。


少女は名残惜しそうに絵本を閉じる。


そっと抱きしめる。


「……おやすみなさい。」


「また明日ね。」


ゆっくりと。


机の引き出しへ戻した。


……


時計は。


零時を過ぎていた。


部屋の灯りが。


静かに消えた。


今日もまた。


王城の夜は更けていく。

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