第三十七話 受け継ぐもの
双子の侍女が少女の身支度を整えていた。
今日は、いつもより少しだけ明るい色のワンピース。
少女のお気に入りだった。
「姫様。」
「本当にこちらのお召し物でよろしいのでございますか?」
少女は嬉しそうに頷く。
「うん!」
「今日はお母様が先生だから!」
そう言うと。
少女はその場でくるりと一回転する。
ふわり。
ワンピースの裾が花びらのように広がった。
少女は双子を見上げる。
「どうかな?」
「お母様、褒めてくれるかな?」
双子は思わず顔を見合わせる。
それから、小さく微笑んだ。
「もちろんでございます。」
「王妃様も、きっとお喜びになられます。」
少女は安心したように笑った。
◇
少女は庭園へ向かう。
白いガゼボでは、母が柔らかく微笑んで待っていた。
「ガゼル。」
「お母様!」
少女は嬉しそうに駆け寄る。
母は娘をじっと見つめる。
「困ったわ。」
少女は少し不安そうに首を傾げる。
「……?」
母は少しだけ笑う。
「今日は可愛すぎて。」
「先生のお話が頭に入らないかもしれないわ。」
少女は一瞬きょとんとして。
それから顔を真っ赤にした。
「もう、お母様!」
母は楽しそうに笑った。
そして。
娘の頭を優しく撫でた。
「今日は少しだけ。」
「二人だけの特別授業をしましょう。」
少女は目を輝かせる。
「うん!」
母は花壇へ歩き出した。
色とりどりの花々が風に揺れている。
母はその中の一輪へそっと手を添えた。
「星癒魔法は。」
「人だけではなく、小さな命にも寄り添うことができます。」
淡い光が母の手から溢れる。
少しだけ元気をなくしていた花が、静かに顔を上げた。
少女は息を呑む。
「すごい……。」
母は優しく微笑んだ。
「この力はね。」
「命を傷つけるためではなく。」
「命を守るためにあるの。」
少女は静かに頷く。
母はもう一度花へ目を向けた。
「だから。」
「救えない命があることも、忘れてはいけないわ。」
少女は小さく頷いた。
「失われたものは。」
「戻せない。」
母は嬉しそうに微笑んだ。
「よく覚えていたわね。」
少女は少し照れくさそうに笑う。
母は足元へ目を向けた。
そこには風で落ちた一輪の花があった。
そっと拾い上げる。
母は花を掌に乗せたまま、優しく見つめる。
「けれど。」
「大切なものは。」
春風が花びらを静かに揺らした。
「形を変えて。」
「残してあげることもできるの。」
少女は不思議そうに首を傾げた。
「残す?」
母はガゼボの机から一冊の厚い本を持ってきた。
間には白い紙が挟まれている。
「今日は押し花を作りましょう。」
少女は目を丸くした。
「押し花?」
母は静かに頷く。
「咲いていた姿とは少し変わってしまうけれど。」
「思い出は、ちゃんと残るの。」
母は花壇へ優しく目を向けた。
「好きなお花を選んでごらん。」
少女は花壇の前でしゃがみ込む。
「あれもきれい。」
「これも……。」
少女の指先が、一輪一輪をそっとなぞっていく。
やがて。
「あっ。」
「これ!」
母は少女が選んだ薄紫色の花を見つめた。
「綺麗なお花ね。」
少女は花を大事そうに両手で包む。
「このお花、好きなの。」
母は少女のそばへ歩み寄る。
しゃがみ込むと。
少し乱れたワンピースの裾を、そっと整えた。
「これでよし。」
少女は少し照れくさそうに笑う。
「ありがとう。」
母も優しく微笑む。
「さあ。」
「一緒に作りましょう。」
二人はガゼボの机を囲む。
少女は母の隣へぴたりと座る。
「ここ?」
「ええ。」
「もう少しだけ寄せて。」
少女は真剣な表情で花を並べる。
母はその手元を見つめ。
思わず笑みをこぼした。
「上手。」
少女は本を大事そうに抱きしめた。
「楽しみ!」
母はその姿を優しく見つめた。
……
「ガゼル。」
少女が顔を上げる。
母は少しだけ悪戯っぽく笑った。
「今日だけは。」
「お母様が甘えてもいい?」
少し照れたように目を細める。
「久しぶりに。」
「一緒に寝てくれない?」
少女は少しだけ目を丸くした。
……
それから。
ぱっと笑った。
「もちろん!」
本をぎゅっと抱きしめる。
少し照れくさそうに笑う。
「私も。」
「お母様と一緒に寝たい。」
そう言うと。
嬉しそうに母へ抱きついた。
「今日はいっぱいお話しようね!」
母は娘を優しく抱きしめ返した。
指先で背中をそっと撫でた。
◇
夜。
少女は寝間着に着替えると、小さな本を抱えて母の部屋を訪れた。
扉が開く。
母は穏やかに微笑んだ。
「いらっしゃい。」
少女も嬉しそうに笑う。
「約束。」
母は小さく頷く。
「ええ。」
母は少女の寝間着の襟をそっと整える。
「冷えていない?」
少女は笑う。
「大丈夫。」
「今日はお母様がいるもん。」
二人は並んで寝台へ入る。
少女は母の腕へそっと寄りかかった。
「ねえ。」
「どうしたの?」
「今日は眠るのがもったいない。」
母は優しく笑う。
「明日もあるわ。」
少女は嬉しそうに頷く。
「そうだね!」
それから。
少女は楽しそうに話し始めた。
「早く押し花見たいなぁ。」
「どんな色になるかな?」
母は静かに耳を傾ける。
「今日は。」
「楽しかった。」
……
「お母様。」
「大好き。」
やがて。
少女の声は少しずつ小さくなり。
穏やかな寝息へ変わっていった。
母は眠る娘の小さな手を、そっと握る。
もう片方の手で、乱れた前髪を優しく梳いた。
少女は眠ったまま。
母の手をぎゅっと握り返す。
母は少しだけ目を丸くして。
静かに笑った。
「……本当に。」
……
「大きくなったね。」
静かな部屋。
机の上には、一冊の本。
その中には。
二人で挟んだ、小さな薄紫色の花が眠っていた。




