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第三十三話 星癒魔法


朝。


礼儀作法や歴史の授業を終えると、少女は双子の侍女とともに星癒魔法(せいゆまほう)の教室へ向かった。


教室の前で立ち止まる。


侍女の一人が静かに扉を開く。


「姫様。」


「お時間でございます。」


「うん。」


少女は小さく頷いた。


教室へ入ると、教師が一礼する。


「本日は王家に代々受け継がれる星癒魔法について学びます。」


少女も椅子へ座った。


教師は静かに話し始める。


「星癒魔法とは、人を癒やす魔法でございます。」


「傷。」


「病。」


「疲労。」


「心の乱れ。」


「それらを穏やかに癒やし、人々を支える力でございます。」


少女は真剣な表情で耳を傾ける。


教師は続けた。


「しかし。」


「失われた命を戻すことはできません。」


「失われた身体を生み出すこともできません。」


「星癒魔法は万能ではございません。」


少女は小さく頷いた。


教師はさらに続ける。


「それでも。」


「人を癒やすことのできる魔法は、この世界でも極めて希少でございます。」


「ゆえに星癒魔法は、王家が代々受け継いできた大切な力なのでございます。」


「なお。」


「星癒魔法は術者自身を癒やすことはできません。」


「誰かを支えるために受け継がれてきた力でございます。」


教師は王家の紋章が描かれた書物を開く。


「王家の女性は十五歳になると継承の儀を迎えます。」


「そこで王家に受け継がれる星紋を継承し、その力をさらに大きく開花させます。」


教師は書物の一頁をゆっくりとめくった。


そこには、星紋を宿した歴代の王女たちの姿が描かれていた。


「過去には、この星癒魔法を用いて、多くの国民を救われた王女様もいらっしゃいました。」


「自らの身を顧みず、最後まで民を癒やし続けたことから、『星の聖女』と語り継がれております。」


少女は書物の絵姿を静かに見つめた。


「……。」


まだ幼い少女には。


その偉大さはよく分からなかった。


それでも。


「いっぱいの人を助けたんだね。」


教師は小さく頷いた。


「ええ。」


「王家は代々、その想いとともに星癒魔法を受け継いでまいりました。」


少女は自分の手のひらを見る。


まだ何も刻まれていない、小さな手。


教師は穏やかに微笑んだ。


「姫様は年齢に対して非常に高い適性をお持ちです。」


「将来、この国を支えるお力となられるでしょう。」


少女は真っ直ぐ教師を見つめた。


「いっぱい頑張ります。」


「みんなが笑ってくれるように。」


教師は静かに頷いた。


「その志を、どうか大切になさってください。」


「星癒魔法は、技術だけではございません。」


「人を想う心があってこそ、人を癒やすことのできる魔法でございます。」


「かつて『星の聖女』と呼ばれた王女様も、その志を胸に、多くの民を救われました。」


少女は小さく頷く。


「はい。」


教師は静かに書物を閉じた。


「それでは、続いて実技へ移ります。」


教室の空気が少しだけ変わった。


教師は机の上へ小さな水晶を置いた。


「通常の魔法は、術式を構築し、詠唱によって魔力を形へ変えて発動いたします。」


少女は頷く。


それは礼儀作法と並行して学び始めた、魔法の基礎だった。


教師は続ける。


「ですが、星癒魔法は異なります。」


「星癒魔法は、相手へ直接魔力を分け与えることで発動いたします。」


「術式も。」


「詠唱も必要ございません。」


「その代わり。」


「術者の心が、そのまま魔法へ映し出されます。」


「傷を癒やしたい。」


「苦しみを和らげたい。」


「助けたい。」


「その想いが、そのまま魔力となります。」


「ゆえに。」


「星癒魔法で最も大切なのは、技術ではなく心でございます。」


少女は真剣な表情で頷く。


「はい。」


教師は静かに頷く。


少女は自分の両手を見る。


「……。」


教師は穏やかに微笑む。


「姫様なら、きっとできます。」


教師は続ける。


「では、実際に小さな傷を癒やしていただきます。」


少女は息を飲む。


教師が双子の侍女へ視線を向ける。


二人は一瞬だけ顔を見合わせる。


小さく頷き合う。


その表情には、ほんのわずかな躊躇いが浮かんでいた。


一人の侍女が、小さなナイフを手に取る。


少女は不思議そうに見つめた。


「……?」


侍女は少女へではなく、自分の左手を差し出した。


「失礼いたします。」


小さく息を吸う。


刃先が指先へ静かに触れる。


すっと浅く滑らせた。


細い赤い線が走る。


やがて、血がゆっくりと滲んだ。


少女は目を見開いた。


「……!」


身体が固まる。


侍女は痛みを表に出さない。


けれど、小さな切り傷は確かにそこにあった。


少女は椅子を鳴らすように立ち上がる。


気づけば侍女のもとへ駆け寄っていた。


その手を両手で包み込む。


淡い光が手のひらから溢れた。


優しい光が傷を包み込む。


細い切り傷はゆっくりと閉じていき。


やがて跡形もなく消えていった。


少女は安心したように息をつく。


侍女は優しく微笑んだ。


「姫様。」


「私は大丈夫でございます。」


少女は小さく首を横へ振る。


「どうして……。」


それから、侍女を見上げた。


「痛かったよね……。」


声が震える。


「……こんなことのために。」

 

「怪我しないで。」


教室が静かになる。


教師は静かに目を伏せた。


「……心苦しくはございます。」


「ですが。」


「これも王女教育でございます。」


少女は納得できなかった。


侍女の指先を見つめる。


傷はもう癒えていた。


それでも。


ほんの少し前までそこに傷があった。


少女は忘れられなかった。


「だったら。」


視線は机の上の小さなナイフへ移る。


少女はそっと手を伸ばした。


「私も……。」


ナイフへ触れようとした、そのとき。


侍女がそっと少女の両手を包んだ。


「姫様。」


少女は侍女を見る。


侍女は静かに首を横へ振った。


「どうか。」


「その優しさだけで十分でございます。」


少女は唇をぎゅっと結ぶ。


目には涙が滲んでいた。


「……でも。」


「とても痛そうだった……。」


教師は静かに少女を見つめた。


「姫様。」


「ご自身を傷つけることは。」


「誰も望んではおりません。」


少女は何も答えられなかった。


膝から力が抜けた。


ぺたん。


少女はその場へ座り込んでしまう。


「姫様!」


双子は慌ててその身体を支えた。


少女は首を小さく横へ振った。


「……。」


「なんか……。」


「力が入らない……。」


教室には静かな沈黙だけが流れていた。


教師は少女を静かに見つめる。


「本日の実技は、ここまでといたしましょう。」


     ◇


授業は静かに終わった。


「本日の課程は以上でございます。」


教師が一礼する。


少女も礼を返した。


「ありがとうございました。」


教室を出る。


双子の侍女が後ろから歩いてくる。


「姫様。」


少女は返事をしなかった。


小さく俯いたまま歩く。


「姫様……。」


もう一度呼ばれても。


少女はゆっくりと歩くだけだった。


双子は困ったように顔を見合わせる。


二人は小さく目を伏せる。


「……申し訳ございません。」


その声は、ほんの少しだけ震えていた。


しばらく静かな時間が流れる。


やがて少女は足を止めた。


振り返らないまま。


小さな声で尋ねる。


「……もう。」


少しだけ言葉を探す。


「もう怪我しない?」


双子は顔を見合わせ、静かに頷いた。


「はい。」


「ご心配をお掛けいたしました。」


少女はゆっくりと振り返る。


二人の指先を見つめる。


傷はもうない。


それを確かめるように見つめたあと。


ほっと息をついた。


「……よかった。」


ようやく小さく笑う。


その笑顔を見て、双子も安心したように微笑んだ。



夕方。


少女は母の部屋を訪れていた。


扉が開く。


「お母様……。」


その姿を見た瞬間。


少女は小さく駆け寄る。


母へぎゅっと抱きついた。


母は娘を優しく抱き返した。


何も尋ねない。


ただ、指先がいつもよりゆっくりと娘の背中を撫でる。


「今日はね――」


抱きついたまま、ぽつりぽつりと出来事を話し始める。


星癒魔法のこと。


継承の儀のこと。


先生のお話。


母は相槌を打ちながら、静かに耳を傾けていた。


やがて少女の声が少しずつ小さくなる。


「……でも。」


少し俯く。


「二人が傷ついた。」


……


「もう、怪我してほしくない……。」


「怖かった。」


言葉が途切れる。


ぽろり。


涙が頬を伝う。


母は何も言わない。


優しく背中を撫でる。


髪を撫でる。


少女は母の胸へ顔を埋めた。


「ガゼル。」


穏やかな声が耳元に届く。


「あなたは優しい子ね。」


少女は小さく頷く。


母は娘を抱きしめたまま、静かに続けた。


「人の痛みを悲しみ、恐れることは。」


「決して弱さではないの。」


少しだけ間が流れる。


窓の外では、夕暮れの光が王城を優しく照らしていた。


母は娘の髪を撫でながら、小さく微笑む。


「その優しさを。」


「どうか忘れないで。」


少女は何も答えない。


その温もりだけを、静かに感じていた。


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