表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/59

第三十二話 城壁の向こう


午後。


いつもの授業を終えると、侍女が一礼した。


「姫様。」


「本日の課程はすべて終了いたしました。」


「これより庭園散策のお時間でございます。」


少女は嬉しそうに頷く。


「うん!」


侍女と護衛騎士に付き添われ、庭園へ向かう。


春の風が花々を優しく揺らしていた。


少女は一輪一輪を眺めながら、ゆっくりと歩く。


そのとき。


城壁の向こうから、馬の足音が聞こえてきた。


カラカラ、と荷車の車輪が石畳を転がる音。


人々の話し声も微かに聞こえる。


少女は足を止めた。


「今日はどんな人が来てるのかな。」


侍女は静かに答える。


「遠方より商人の方々がお越しになっております。」


「商人さん?」


「はい。」


「王城へ献上品をお持ちくださる予定でございます。」


少女は城壁を見上げた。


高い石壁の向こうには、見えない世界が広がっている。


「遠い国……。」


その小さな呟きに、侍女は頷く。


「商人の皆様は、王都を経て各地を旅しておられます。」


「城壁の外には、多くの町や村がございます。」


「さらにその先には、遠い国も。」


少女は目を輝かせた。


「遠い国……。」


少しだけ間を置いて尋ねる。


「私も、いつか行ける?」


侍女はすぐには答えなかった。


少しだけ考え、穏やかに微笑む。


「公務で訪れる機会はあるかと存じます。」


少女は侍女の顔を見る。


そして、小さく笑った。


……


「そっか。」


それ以上は何も聞かなかった。


鐘の音が庭園に響く。


侍女が一礼する。


「姫様、お時間でございます。」


「うん。」


少女はもう一度だけ城壁を見つめる。


その向こうには、どんな景色が広がっているのだろう。


どんな花が咲いていて。


どんな人が暮らしていて。


どんな空が続いているのだろう。


そんなことを考えながら、少女は城へ戻った。


     ◇


翌日。


侍女が部屋を訪れる。


「姫様。」


「本日は、遠方よりお越しになられた商人の皆様が献上品をお持ちくださいます。」


「姫様にもご同席いただく予定でございます。」


少女の瞳が少しだけ輝いた。


「商人さんに会えるの?」


「本当に?」


「はい。」


「やった。」


少女は小さく笑う。


その笑顔を見た侍女も、穏やかに微笑んだ。


玉座の間。


赤い絨毯が真っ直ぐ奥へと伸びている。


大きな扉が開かれると、数人の商人たちが恭しく頭を下げた。


「お初にお目にかかります、姫様。」


少女も丁寧に一礼する。


深緑色のドレスが、礼に合わせるように静かに広がった。


「よろしくお願いします。」


商人たちの後ろには、木箱がいくつも並べられていた。


一つ目の箱が開かれる。


中には、見たこともない鮮やかな青い布。


光を受けるたび、海のように色を変えて輝いている。


「こちらは西方の国で織られた布でございます。」


少女は目を輝かせた。


「きれい……。」


次の箱が開く。


透き通るような青い宝石。


赤く輝く果実。


細かな彫刻が施された木細工。


少女は一つひとつを夢中で見つめた。


「これは?」


「南方の国で採れる果実でございます。」


「こちらは北方の職人が作った細工物でございます。」


聞くたびに、知らない国の名前が増えていく。


少女は少しだけ商人へ近づいた。


「遠い国って……どんなところなの?」


商人は優しく微笑んだ。


「そうですな。」


「西には。」


「どこまでも青い海が広がっております。」


「海?」


「はい。」


「晴れた日には、空と海の境目が分からなくなるほど美しい景色でございます。」


少女は静かに想像する。


どこまでも続く青い世界。


潮風。


波の音。


まだ見たことのない景色。


「春になりますと。」


「丘一面がお花で埋め尽くされる国もございます。」


「お花……。」


その一言だけで。


胸が少しだけ弾んだ。


少女の瞳がきらきらと輝く。


城壁の向こうには。


まだ知らない世界がある。


まだ知らない景色がある。


その一つひとつが。


少女には宝物のように思えた。


そのとき。


侍女が静かに一礼する。


「姫様、お時間でございます。」


少女ははっと我に返る。


「ありがとうございました。」


少しだけ笑う。


「また素敵なお話を聞かせてね。」


商人たちへ丁寧に頭を下げた。


商人も深く一礼した。


少女が侍女とともに部屋を出ようとした。


そのときだった。


「姫様。」


商人はそっと身をかがめる。


小さな声で。


「世界には。」


「まだまだ不思議なものがございます。」


商人はいたずらっぽく笑う。


「ですので。」


「また来年も参りますぞ。」


少女は思わず振り返る。


表情がぱっと明るくなる。


「ほんと?」


商人は優しく微笑んだ。


「もちろんですとも。」


「お約束でございます。」


少女も嬉しそうに笑う。


「うん!」


「待ってるね!」


商人は静かに一礼する。


少女は部屋を出たあとも。


廊下の窓から。


城壁の向こうへ続く道を見つめていた。


見えなくなるまで。


ずっと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ