第三十一話 一日
朝食を終えると、侍女が少女の身支度を整えていた。
一人が皺ひとつない白いブラウスを整え。
もう一人が胸元のリボンを丁寧に結ぶ。
長い赤髪を優しく梳かし。
最後に髪飾りの位置を整えると、二人は一歩下がった。
「お支度が整いました。」
少女は鏡を見て小さく頷く。
「ありがとう。」
侍女は予定表を開いた。
「それでは、本日のご予定でございます。」
静かな声が部屋に響く。
「午前は礼儀作法。」
「姿勢矯正。」
「歴史。」
「筆記。」
「午後は魔法基礎学。」
「その後、庭園散策のお時間を三十分設けております。」
それから――
少女は嬉しそうに微笑んだ。
授業は頑張ればいいだけ。
だから散歩以降は耳に入らなかった。
少女は元気いっぱいに。
「お願いします。」
「かしこまりました。」
侍女に案内され、少女は教室へ向かう。
廊下には護衛騎士が控えていた。
教室では家庭教師が待っている。
「おはようございます、姫様。」
「おはようございます。」
少女は丁寧に一礼した。
「本日は姿勢矯正を行います。」
家庭教師は分厚い本を一冊手に取る。
「こちらを頭に乗せて歩いていただきます。」
「はい。」
本が頭へ乗せられる。
少女はゆっくりと歩き始めた。
一歩。
二歩。
ぽとり。
本が落ちる。
家庭教師は静かに言う。
「もう一度。」
「はい。」
少女は本を拾い、もう一度頭へ乗せる。
歩く。
落ちる。
拾う。
「もう一度。」
「はい。」
何度も。
何度も。
同じことを繰り返す。
誰も急かさない。
誰も叱らない。
誰も褒めない。
ただ、姿勢が身につくまで続ける。
少女の額に小さな汗が浮かぶ。
少しだけ肩を落とした。
それでも。
笑顔を崩さない。
「もう一回お願いします。」
家庭教師は静かに頷く。
「では、もう一度。」
本を乗せる。
今度は最後まで落ちなかった。
「本日はここまででございます。」
「ありがとうございました。」
少女は深く一礼した。
その後も授業は続く。
歴史では建国から現在までの出来事を学び。
筆記では美しい文字を書く練習を繰り返す。
昼食を挟み。
午後は魔法の基礎。
王家が代々受け継いできた知識を、一つずつ学んでいく。
気が付けば、窓から差し込む陽射しは少し傾いていた。
家庭教師が予定表を閉じる。
「本日の課程は以上でございます。」
少女はほっと息をつく。
侍女が一礼した。
「姫様。」
「庭園散策のお時間でございます。」
少女の表情がぱっと明るくなる。
「お花見られる!」
侍女は優しく微笑んだ。
「はい。」
少女は庭へ向かう。
その前には侍女。
後ろには護衛騎士。
誰かに見守られながら歩くことは、少女にとって当たり前の日常だった。
庭へ着くと、春の花々が風に揺れていた。
少女は花壇の前でしゃがみ込む。
深緑色のスカートがふわりと広がる。
「きれい……。」
風が花を揺らす。
鳥が空を横切る。
少女は花を眺め。
空を見上げ。
風を感じる。
その時間は。
あっという間だった。
「姫様。」
侍女が静かに頭を下げる。
「お時間でございます。」
少女は少しだけ空を見上げた。
「……うん。」
もう少しだけ見ていたかった。
それでも少女は笑顔で頷く。
「行こう。」
侍女は一礼する。
少女はもう一度だけ花壇を振り返る。
そして王城へと歩き出した。




