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第三十話 お姫様


朝の陽射しが王城の庭を優しく照らしていた。


色とりどりの花々は露をまとい、小鳥たちのさえずりが静かな朝を彩っている。


まだ幼い少女は、小さなじょうろを両手で抱えながら、一輪一輪に丁寧に水をあげていた。


朝の風に、深緑色のスカートが小さく揺れる。


長い赤髪には、小さな花飾りが揺れていた。


「これで、おしまい!」


「姫様。」


振り返ると、よく似た顔立ちの双子の侍女が揃って一礼する。


「朝のお支度のお時間でございます。」


「うん。」


少女は素直に頷いた。


「ありがとう。」


侍女は微笑み返す。


「本日も良いお天気でございますね。」


「そうだね。」


少女は空を見上げる。


雲ひとつない青空だった。


「お花も嬉しそう。」


「姫様のお世話が行き届いておりますね。」


「今年も綺麗に咲いております。」


少女は少し照れくさそうに笑った。


「ありがとう。」


そう言って、もう一度花壇へ目を向ける。


花が好きだった。


毎日少しずつ咲く花を見るのが好きだった。


だから毎朝こうして庭へ来る。


王城の外は知らない。


それでも、この庭には四季があった。


春になれば花が咲く。


夏には青葉が揺れる。


秋には紅葉が色づき。


冬には雪が静かに積もる。


少女はその景色を見るのが好きだった。


そのとき。


柔らかな声が庭に響く。


「ガゼル。」


少女はぱっと振り向いた。


表情が一瞬で明るくなる。


「お母様!」


花を思わせる淡い色のドレスが、朝の風にふわりと揺れる。


長い赤髪も陽の光を受けて柔らかく輝いていた。


優しい笑みを浮かべた女性が立っていた。


少女は駆け寄り、その手を握る。


「ガゼルは本当にお花が好きね。」


「うん! 大好き!」


「この白いお花ね、昨日よりいっぱい咲いてたの!」


嬉しそうに指差す。


女性は花壇へ目を向け、穏やかに微笑んだ。


「本当ね。」


「ガゼルがお世話をしてくれたから、お花も喜んでいるわ。」


少女は照れながら首を横に振る。


「お花が頑張ったんだよ。」


「あら。」


女性は小さく笑う。


「優しい考え方ね。」


少女は小さく首を傾げる。


二人は並んで庭を歩く。


朝露に濡れた芝生。


花壇を渡る風。


遠くで羽ばたく白い鳥。


少女は歩きながら、一つひとつを楽しそうに眺めていた。


「お母様。」


「なあに?」


「あの鳥さん、どこまで飛んでいくのかな。」


「遠い国まで行く子もいるかもしれないわね。」


「遠い国……。」


少女は少しだけ目を輝かせた。


「見てみたい?」


「うん!」


「いろんなお花があるのかな。」


「いろんな人がいるのかな。」


「きっといるわ。」


少女は楽しそうに想像する。


まだ見たことのない世界。


まだ知らない景色。


胸の中が少しだけわくわくした。


女性はそんな娘を優しく見つめる。


「ガゼル。」


「はい。」


「あなたは、どんな大人になりたい?」


少女は少しだけ考える。


王女とは。


どうあるべきか。


幼い頃から。


何度も教えられてきた。


民を想い。


国を支え。


誰よりも先に人々のためにあること。


まだ。


難しいことはよく分からない。


でも。


少女は母を見上げた。


褒めてもらえるかな。


そんな期待を胸に。


「みんなが笑ってくれる王女様!」


女性は目を細める。


「どうして?」


少女は嬉しそうに笑う。


「みんなが笑ってたら。」


「きっと幸せだから!」


「だから私、いっぱいお勉強頑張るね!」


「お母様にも褒めてもらえるように!」


小さな胸を張って笑う。


その笑顔は、朝の陽射しのように眩しかった。


女性は優しく微笑む。


けれど、その瞳の奥には、ほんの少しだけ言葉にならない寂しさが浮かんでいた。


少女はまだ気付かない。


母はそっと娘の頭を撫でる。


「あなたは本当に優しい子。」


「でもね。ガゼル。」


「自分のことも、大切にするのよ。」


少女は首を傾げた。


「?」


意味はよく分からない。


それでも。


「うん!」


元気よく返事をした。


女性は安心したように笑う。


二人は手を繋いで王城へ向かう。


穏やかな日差しが二人の影を長く伸ばしていた。


「ガゼル。」


「なあに?」


少女は母を見上げる。


女性は優しく笑う。


「大好きよ。」


少女も満面の笑みで答えた。


「私も! お母様大好き!」


二人の笑い声が、柔らかな朝の風に乗って消えていった。


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