第二十九話 星の余韻
しばらく。
二人は何も話さなかった。
流れ星が夜を渡る。
風が静かに吹く。
少女は夜空を見つめたまま。
小さく口を開いた。
「……姫様。」
赤い髪の少女が振り向く。
「ん?」
少女は少しだけ考える。
「……姫様って。」
「姫様なの?」
赤い髪の少女はきょとんとした。
「……?」
首を小さく傾げる。
「私が姫様ってこと?」
少女は少しだけ首を横に振る。
「姫様は。」
「姫様って。」
「名前……?」
数秒。
赤い髪の少女は黙った。
そして。
「あっ。」
小さく笑う。
「そういうこと。」
少女を見る。
「私は。」
「ガゼルって名前だよ。」
少女は小さく繰り返す。
「……ガゼル。」
少女は。
ゆっくりと。
赤い髪の少女を見る。
目が合う。
もう一度。
小さく口を開く。
「……ガゼル。」
風が吹く。
赤い髪が静かに揺れた。
赤い髪の少女は。
少しだけ目を丸くした。
……
「……久しぶり。」
ぽつり。
夜空を見上げたまま呟く。
「名前で呼ばれたの。」
少しだけ目を細める。
「お母様以来かな。」
少女はその横顔を見つめていた。
……
風が静かに吹く。
流れ星が。
もう一度。
夜を渡っていく。
赤い髪の少女は夜空を見上げたまま。
小さく笑った。
「今日は。」
「いっぱい流れたね。」
少女も夜空を見る。
小さく頷く。
「……うん。」
それだけで。
二人はまた夜空を見上げた。
……
しばらく。
誰も話さなかった。
夜は少しずつ更けていく。
風も。
少しだけ冷たくなっていた。
赤い髪の少女は空を見上げる。
「もう。」
少しだけ残念そうに笑う。
「遅くなっちゃった。」
少女を見る。
「そろそろ。」
「お部屋に戻らないと。」
優しく笑った。
赤い髪の少女は。
少女へ手を差し伸べる。
「寝台まで。」
「一緒に行こう。」
少女は小さく頷く。
もう一度。
その手を握った。
ゆっくり。
一歩。
また一歩。
赤い髪の少女は歩幅を合わせる。
「あと少し。」
少女は静かに歩く。
寝台が近付く。
赤い髪の少女は。
そっと身体を支えながら。
少女を腰掛けさせた。
「ふぅ。」
安心したように笑う。
「えへへ。」
「今日は。」
「一緒に星が見られたね。」
少女は。
小さく頷いた。
赤い髪の少女は。
その様子を見て。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ。」
「今日はここまで!」
「また明日来るね!」
手を振る。
くるりと背を向ける。
一歩。
足音が静かな病室へ響く。
その時だった。
きゅっ。
小さな音。
赤い髪の少女は。
ゆっくり振り返る。
服の袖。
少女の小さな指が。
そっと掴んでいた。
少しだけ目を丸くする。
「……おもち?」
優しい声だった。
「どうしたの?」
少女は俯いたまま。
袖を握っていた。
離さない。
言葉が出ない。
胸が苦しい。
何を言えばいいのか。
分からなかった。
……
離せなかった。
赤い髪の少女は。
何も急かさない。
静かに待っていた。
少女は小さく息を吸う。
何度も。
口を開こうとして。
閉じる。
もう一度。
息を吸う。
小さな声だった。
「……もう少し。」
声が少しだけ震える。
赤い髪の少女は。
静かに少女を見つめていた。
……
少女は。
俯いたまま。
言葉を探していた。
……
もう一度。
息を吸う。
「……一緒。」
赤い髪の少女は。
一度だけ瞬きをした。
そして。
ふわっと笑う。
「うん。」
……
「一緒。」
そう言うと。
袖を掴む小さな手を。
そっと握った。
「実はね。」
少しだけ照れたように笑う。
「私も。」
「もう少しお話ししたかったんだ。」
寝台へ腰掛けた。
少女は小さく顔を上げる。
赤い髪の少女は。
いつものように笑っていた。
赤い髪の少女は。
そっと少女の手を握ったまま。
寝台へ身体を預ける。
「えへへ。」
嬉しそうに笑う。
「今日は。」
「たくさんおもちと過ごせたなぁ。」
少女も。
ゆっくりと寝転んだ。
二人の手は。
まだ繋がったままだった。
夜風が。
静かに部屋を通り抜ける。
赤い髪の少女は。
足をぱたぱたと揺らしながら。
「今日は。」
「約束。」
「できてよかった。」
少女は小さく頷く。
「……うん。」
それだけで。
赤い髪の少女は。
また嬉しそうに笑った。
少女は。
赤い髪の少女を見つめていた。
……
嬉しそうだった。
見ていると。
自分まで。
少しだけ。
嬉しい。
……
どうしてだろう。
「あ。」
何かを思い出したように。
ぱっと顔を上げる。
「そういえば!」
「この国には。」
「季節ごとにお祭りがあるの。」
少女は静かに聞いていた。
「春はお花のお祭り。」
「夏は星のお祭り。」
「それでね──」
楽しそうに笑う。
そして。
少しだけ懐かしそうに目を細めた。
「お母様と。」
「毎年行くのが楽しみだったんだー。」
少しだけ間が空く。
そして。
ぱっと笑う。
「今度は。」
「おもちと!」
「一緒に行こうね!」
「きっと楽しいよ!」
春。
花。
夏。
星。
一緒。
少女は小さく頷いた。
「うん。」
少しだけ間が空く。
「私も……。」
「見たい。」
◇
夜は。
少しずつ更けていく。
二人とも。
少しだけ眠そうだった。
赤い髪の少女は。
小さく欠伸をする。
「ふぁ……。」
「なんだか。」
「……眠くなってきちゃった。」
少しだけ照れたように笑う。
少女は。
閉じかけた瞼を。
少しだけ開く。
赤い髪の少女を見る。
小さく口を開く。
「……ガゼル。」
「ん?」
赤い髪の少女は。
眠たそうに返事をした。
「あなた……ガゼル。」
少しだけ。
言葉が途切れる。
「そうだよ?」
目は。
まだ閉じたままだった。
「……ガゼル。」
「もぅ。」
少しだけ笑った。
「なあに?」
少女は。
静かに見つめる。
そして。
もう一度。
「……ガゼル。」
赤い髪の少女は。
ふわっと笑った。
「ここにいるよ。」
少女は。
小さく息を吐いた。
まぶたが。
少しだけ落ちる。
それでも。
小さな声で。
「私は。」
「……おもち。」
赤い髪の少女は。
優しく頷く。
「うん。」
「おもち。」
少女は。
少しだけ目を閉じた。
夜風が。
静かに部屋を通り抜ける。
二人は。
手を繋いだまま。
眠りについた。




