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第二十八話 星降る夜


少女は。


静かに窓を見つめていた。


あと少し。


その距離だけが。


とても遠かった。


右手をゆっくりと寝台へつく。


力を込める。


身体が震えた。


もう一度。


息を吸う。


ゆっくり。


足へ力を込める。


身体が少しだけ浮く。


立てた。


少女は小さく瞬きをした。


立っていた。


……


本当に立てた。


久しぶりだった。


立つということが。


こんなにも難しかったことを。


身体が思い出していた。


少女はゆっくり窓を見る。


届く。


そんな気がした。


あと数歩。


一歩。


足が前へ出る。


身体が揺れる。


寝台へ手を伸ばす。


支える。


もう一歩。


呼吸が少しだけ速くなる。


窓は。


もうすぐそこだった。


あと一歩。


右足へ力を込める。


……


力が入らない。


「あ……」


膝が折れた。


視界が揺れる。


窓が傾く。


身体が前へ流れる。


咄嗟に。


手を伸ばした。


届かない。


床が近付く。


避けられない。


どさり。


鈍い音が。


病室へ響いた。


少女は床へ横たわる。


すぐに右手を床へつく。


力を込める。


……


動かない。


視線は。


自然と窓へ向いた。


あと一歩。


……


もう一度。


力を込める。


震える。


少しだけ身体が浮く。


もう少し。


……


力が抜ける。


また床へ落ちた。


息が乱れる。


肩で呼吸をした。


息がうまく吸えない。


苦しい。


痛い。


身体が。


言うことを聞かなかった。


……


どれだけ時間がたったのだろう。


呼吸が。


少しだけ。


落ち着いた。


痛みも。


さっきより。


なかった。


……


床が冷たい。


でも。


立てない。


窓を見る。


夜の光が。


静かに差し込んでいた。


星は。


まだ見えなかった。


……


窓は。


そこにあるのに。


……


夜に来るって。


顔をみせてねって。


言ってた。


……


立ちたかった。


星を見たかった。


……


顔が。


みたかった。


それだけだった。


……


やっぱり。


だめだった。


……


指先へ力が入る。


絨毯を握りしめていた。


赤い髪の少女の顔が浮かぶ。


私を。


見てくれた。


……


あんな子。


初めてだった。


少しだけ。


笑っていた。


私が。


……


ごめんなさい。


私なんかと。


お話ししたから。


……


また。


だめになる。


……


私なんか。


見つけなければ。


よかったのに――


こんこん。


扉が叩かれる。


少女は目を向ける。


返事ができない。


もう一度。


こんこん。


「おもち?」


「寝ちゃった?」


返事がない。


……


少しだけ首を傾げる。


いつもなら。


小さく返事をしてくれる。


部屋を見回す。


寝台。


いない。


机。


いない。


……


椅子。


そこにも。


いない。


……


胸が少しだけざわついた。


「……?」


もう一度。


部屋を見る。


そして。


窓の前。


「……!」


「おもち!?」


息をのむ。


駆け寄る。


膝をつく。


震える手で。


肩へ触れる。


冷たくない。


よかった。


「大丈夫!?」


少女は小さく瞬きをした。


少しだけ目を逸らす。


「……うん。」


声は弱かった。


赤い髪の少女はほっと息を吐く。


震えていた手から。


少しだけ力が抜けた。


「転んじゃったの?」


少女は答えない。


静かな沈黙。


やがて。


ゆっくりと窓へ目を向ける。


「……星。」


それだけだった。


赤い髪の少女も窓を見る。


夜空。


流れ星が静かに夜を渡っていた。


……


覚えてくれてたんだ。


だから。


見たかったんだね。


少女へ向き直る。


「そっか。」


少女は小さく顔を上げる。


「じゃあ。」


「一緒に見よう。」


赤い髪の少女は明るく笑う。


「約束したもんね!」


「立てる?」


細い手が。


当たり前のように差し伸べられる。


少女は見つめる。


……


私は。


この手に。


触れても。


いいのだろうか。


……


私が。


近付くと。


……


また。


だめになる。


だから。


少女は首を横に振った。


……


「……私。」


言葉が止まる。


「私といると。」


「みんな。」


「……だめになる。」


少女は小さく肩を震わせた。


「だから。」


「きっと。」


「あなたも――」


「え?」


赤い髪の少女は少しだけ首を傾げる。


「どうして?」


本当に分からない。


そんな顔だった。


少女は答えられない。


視線を落とす。


その時。


赤い髪の少女は。


当たり前のように。


少女の手へ自分の手を重ねた。


「……。」


温かかった。


逃げるより先に。


包まれていた。


少女の手は。


もう。


握られていた。


赤い髪の少女は少しだけ考える。


そして。


ふわっと笑った。


「私は。」


「どこにもいかないよ。」


「だって。」


「おもちと一緒に。」


「星を見る約束したもん。」


……


少女は。


握られた手を見つめていた。


……


離れない。


……


どうして。


「さあ。」


「星を見よう?」


……


少女は。


握られた手を見る。


赤い髪の少女を見る。


もう一度。


手を見る。


……


小さく。


頷いた。


……


なんで。


そんなに。


まっすぐなんだろう。


……


なんで。


そんな顔ができるんだろう。


……


私が。


怖くないのかな。


……


どうしたら。


そんなふうに。


……


知りたい。


……



私も。



いつか


――


赤い髪の少女は。


そっと少女の背中へ手を添えた。


「ゆっくりでいいよ。」


「私も一緒だから。」


少女は小さく頷く。


力を込める。


脚が震える。


赤い髪の少女は何も言わない。


ただ。


支えていた。


少しだけ。


身体が浮く。


もう少し。


もう少しだけ。


少女は立ち上がった。


身体はまだ揺れていた。


それでも。


倒れなかった。


隣に。


赤い髪の少女がいたから。


「わっ!」


赤い髪の少女の顔がぱっと明るくなる。


「立てたね!」


「あ……。」


少女を見る。


少しだけ照れたように笑う。


「えへへ。」


「うれしくなっちゃった。」


少女はその笑顔を見つめていた。


「ゆっくりでいいからね。」


「星は逃げないよ。」


赤い髪の少女はもう一度そっと支える。


ゆっくり。


一歩。


また一歩。


二人で窓の前まで歩く。


夜風が静かに部屋へ流れ込んだ。


少女はゆっくり顔を上げる。


夜空いっぱいに。


星が瞬いていた。


無数の光。


静かな夜。


遠く。


流れ星が夜を渡っていく。


少女は息をのんだ。


夢の中で見た星。


あの時は。


ただ。


導かれているようだった。


怖くもなく。


安心するわけでもなく。


そこにあるだけだった。


けれど。


今。


目の前にある星は違った。


「あっ!」


赤い髪の少女が夜空を見上げる。


「すごい……!」


「先生の言ってた通り!」


「ほんとにいっぱい!」


嬉しそうな声だった。


少女は。


夜空ではなく。


赤い髪の少女を見ていた。


夜風が赤い髪を揺らした。


「あっ!」


赤い髪の少女が空を指差す。


「おもち!」


「見て!」


「流れ星!」


夜空を一本の光が駆け抜ける。


「もう一つ!」


「ほら!」


「また流れた!」


嬉しそうな声。


弾むような笑顔。


夜風に揺れる赤い髪。


少女はその横顔を見る。


静かな呼吸。


温かな体温。


握られた手。


嬉しそうな笑顔。


全部。


ここにあった。


どうして。


こんなにも。


胸が苦しいのだろう。


……


嫌じゃなかった。


こんな気持ち。


初めてだった。


少女はもう一度。


夜空を見上げる。


風が光っていた。


夜が光っていた。


星が光っていた。


隣にいる。


赤い髪の少女も。


光って見えた。


……


世界は。


こんなにも。


光っていた。


少女の瞳へ。


星が映る。


流れ星が。


もう一度。


夜を横切った。


少女の唇が。


小さく動く。


「……綺麗。」


赤い髪の少女は。


少女を見つめる。


少しだけ目を丸くした。


やがて。


嬉しそうに笑う。


少女はもう一度夜空を見上げた。


流れ星が。


静かに。


夜を渡っていく。


少女は。


その光を。


ずっと見つめていた。


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