第二十七話 手を伸ばせば
暗闇だった。
音はない。
風もない。
少女は立っていた。
身体は見えなかった。
輪郭だけが夜へ溶けている。
星が静かに瞬いていた。
一つ。
また一つ。
淡く光る。
その中に。
一際強く輝く光があった。
少女は見つめる。
理由は分からない。
ただ。
目が離せなかった。
……
その光は。
静かに瞬いていた。
◇
少女は目を開ける。
朝だった。
柔らかな陽射しが病室へ差し込んでいる。
身体が少しだけ痛んだ。
右手を持ち上げる。
包帯の隙間。
白い肌には細いひび割れが浮かんでいた。
黒い亀裂。
その隙間から。
小さな光の粒が静かに零れる。
床へ届く前に消えた。
少女は頬へ触れる。
指先にも。
細いひび割れ。
……
慣れていた。
◇
こんこん。
扉が叩かれる。
「おはようございます。」
治療師が病室へ入ってくる。
頬のひび割れを静かに見る。
「今日は少し出ていますね。」
「でも。」
「これなら夕方には落ち着くでしょう。」
「……うん。」
「では包帯を替えますね。」
治療はすぐに終わった。
治療師は一礼し。
病室をあとにした。
◇
病室は静かだった。
少女は左腕へ触れる。
包帯の下。
まだ少しだけ痛む。
風が白いカーテンを揺らした。
◇
昼だった。
こんこん。
扉が叩かれる。
「こんにちは、おもち!」
元気な声だった。
少女は反射的に布団を頭まで引き寄せる。
身体を小さく丸めた。
「あれ?」
「隠れちゃった。」
赤い髪の少女の声。
姿は見えない。
「どこか辛い?」
少しだけ。
元気がない気がした。
「……大丈夫。」
「よく分からない。」
なぜか。
今日は顔を見せたくなかった。
……
「ふふ。」
「猫さんみたい。」
「かわいい。」
少女は布団の中で目を閉じる。
猫さん。
……
私は。
おもち。
……
?
……??
考えても。
分からなかった。
「今日はね。」
赤い髪の少女は布団のそばへしゃがみ込む。
声が少しだけ近くなった。
「先生に褒められたの。」
「難しい魔法ができたんだよ。」
「でも。」
「次はもっと難しいんだって。」
「私、できるかなぁ。」
少しだけ照れたように笑う。
「今度おもちも見てね。」
「それまで。」
「もっと頑張るからね。」
少女は静かに聞いていた。
◇
昼食が運ばれてくる。
「……今日は。」
「……いらない。」
小さな声だった。
赤い髪の少女は少しだけ黙る。
けれど。
理由は聞かなかった。
「少しだけ。」
「二人でお話ししてもいい?」
侍女は静かに一礼し。
病室を出ていった。
◇
少しだけ沈黙が流れる。
赤い髪の少女は窓を見る。
「あ。」
「そういえばね。」
「今日は夜になると。」
「星がすっごくきれいなんだって。」
「流星群っていうんだって。」
「先生が教えてくれたの。」
「私も見てみようかな。」
少しだけ笑う。
「おもちとも。」
「見られたらいいな。」
少しだけ考える。
……
「あ。」
「ねぇ、おもち。」
「今日ね。」
「夜も来ていい?」
少女は少しだけ考える。
「……うん。」
赤い髪の少女は嬉しそうに笑う。
「やった。」
「じゃあ。」
「また夜に来るね。」
「……うん。」
……
赤い髪の少女の顔が少し気になった。
けれど。
顔は出せなかった。
……
「……星。」
その言葉と一緒に。
夢の中の。
あの光が浮かんだ。
◇
「姫様。」
扉越しに声がする。
「午後のお勉強のお時間です。」
「はーい。」
赤い髪の少女は少しだけ残念そうに立ち上がる。
布団へそっと手を乗せた。
「じゃあ。」
「今日は帰るね。」
「夜は。」
「お顔みせてね。」
「かわいい猫さん。」
笑う声。
その顔は。
見えなかった。
扉が閉まる。
病室は静かになる。
少女はしばらく布団の中にいた。
やがて。
そっと顔を出す。
病室には。
もう誰もいなかった。
……
静かだった。
◇
夜。
眠れない。
優しい声。
猫さん。
かわいい。
星。
来る。
……
まだ。
来ない。
……
窓を見る。
外は暗かった。
……
星。
見えるのだろうか。
少しだけ。
見てみたい。
少女はゆっくり身体を起こす。
ベッドの端へ座る。
足を床へ下ろす。
冷たかった。
少しだけ立とうとする。
けれど。
身体は動かなかった。
窓は。
すぐそこにあった。
……
少女は。
静かに見つめていた。




