第二十六話 空白の時間
こんこん。
扉の音で目が開く。
「おはようございます。」
治療師が部屋にはいる。
朝だった。
柔らかな光が病室へ差し込んでいる。
治療師が静かに包帯を外していく。
「順調ですね。」
傷口を確かめる。
頷いた。
「熱もありません。」
「傷もほとんど塞がっています。」
治療師は小さく頷いた。
「もう少しすれば。」
「歩く練習も始められるでしょう。」
静かに治療が終わる。
少女は何も言わない。
この朝にもなれた。
「では、また明日。」
治療師は一礼し、病室をあとにした。
◇
治療が終わった。
次の検査はない。
呼ばれない。
誰も来ない。
何も始まらない。
……
少女の右手が。
ゆっくりと左腕へ伸びる。
包帯の上から掻く。
掻く。
……
ふと。
手が止まる。
静かに手を離した。
◇
病室は静かだった。
窓から差し込む陽射し。
風に揺れる白いカーテン。
机の上には絵本。
届く場所にある。
少女は見つめる。
窓を見る。
絵本を見る。
また窓を見る。
鐘の音が響く。
風が白いカーテンを揺らす。
……
もう一度。
絵本を見る。
また窓を見る。
窓から差し込む光だけが。
少しずつ傾いていた。
◇
昼になった。
……
まだ。
来ない。
――こんこん。
扉が叩かれた。
「こんにちは、おもち!」
元気な声だった。
赤い髪の少女が病室へ入ってくる。
「……きた。」
声が漏れた。
赤い髪の少女は嬉しそうに笑った。
「きたよー!!」
「今日はね。」
「午前のお勉強で魔法史を習ったの。」
「昔はね。」
「空を飛ぶ船もあったんだって。」
「きっと風が気持ちいいんだろうなー」
楽しそうに話す。
少女は静かに聞いていた。
「あとね。」
「図書室に行ったら。」
「おもしろそうな本を見つけたから。」
「今度持ってくるね。」
「きっとおもちも好きだよ。」
赤い髪の少女は笑う。
病室が少しだけ明るくなる。
少し話をしたあと。
ふと尋ねた。
「そうだ。」
「おもちは絵本読んだ?」
少女は少しだけ考える。
部屋を見渡す。
窓。
机。
絵本。
左腕。
……
「……何も。」
静かな返事だった。
赤い髪の少女は少しだけ笑う。
「そっか。」
それだけだった。
すぐに別の話を始める。
「そういえばね。」
「庭のお花がもっと咲いたんだって。」
嬉しそうな声が続く。
少女は静かに聞いていた。
◇
侍女が静かに一礼する。
「姫様。」
「午後のお勉強のお時間です。」
赤い髪の少女は目を丸くした。
「あっ。」
「もうそんな時間?」
少しだけ頬を膨らませる。
「もっとお話ししたかったのにー。」
侍女は困ったように微笑む。
「姫様。」
「むぅ……。」
「はーい。」
赤い髪の少女は。
少女の方を向いた。
「おもち。」
少女の手をぎゅっと握る。
「また明日ね。」
そっと手を離す。
赤い髪の少女は笑って手を振る。
少女も小さく頷いた。
静かに扉が閉まる。
少女は。
しばらく扉を見ていた。
廊下を歩く足音が。
遠ざかっていく。
……
聞こえなくなった。
少女は。
窓へ視線を戻した。
◇
夜だった。
病室は静まり返っている。
机の上には絵本。
少女は静かに見つめる。
ゆっくりと。
手を伸ばす。
あと少し。
そのまま止まる。
……
静かに手を戻した。
ベッドへ横になる。
頭まで布団を被る。
目を閉じた。




