第二十話 長い夜
夜だった。
病室は静まり返っている。
昼間聞こえていた鳥の声はもうない。
窓の外には星が瞬いていた。
少女はベッドの中で目を閉じる。
眠らなければならない。
そう思う。
けれど。
眠るのが怖かった。
眠れば夢を見る。
あの夢だった。
白い廊下。
冷たい床。
響く機械音声。
『Origin-0-Mirabilis-1』
『検査を開始します』
逃げられない。
毎晩そうだった。
少女はゆっくりと布団を握る。
胸が苦しい。
息が浅い。
汗が額を伝う。
目を閉じるたび。
第七個体の姿が浮かぶ。
白い髪。
苦しそうな声。
膨れ上がる身体。
そして。
音もなく弾け飛ぶ。
少女は息を呑んだ。
飛び起きる。
呼吸が乱れていた。
胸が上下する。
全身が汗で濡れている。
震えが止まらなかった。
右手がゆっくりと左腕へ伸びる。
いつもの癖だった。
指先が包帯を掻く。
掻く。
掻く。
掻く。
痛みはほとんど感じない。
ただ。
掻かなければ落ち着かなかった。
やがて。
白い包帯へ赤い染みがじわりと広がっていく。
それでも少女は気付かない。
息を整えることだけで精一杯だった。
しばらくして。
少女は天井を見上げる。
眠れない。
また夢を見る。
そう思うと。
自然と昼間のことを思い出していた。
赤い髪の少女。
よく笑う人。
毎日来る人。
手を握る人。
名前。
おもち。
少女はその名前をもう一度頭の中で繰り返す。
おもち。
意味は分からない。
どうしてその名前になったのかも分からない。
それでも。
あの赤い髪の少女は。
これから私を。
おもちと呼ぶのだろう。
少女は小さく呟く。
「……おもち」
静かな病室へ声が消える。
もう一度。
「おもち」
不思議だった。
その名前を考えている間だけ。
夢から少しだけ意識が離れていた。
理由は分からない。
気付けば。
さっきまで乱れていた呼吸は少しだけ静かになっていた。
ふと。
机へ目を向ける。
そこには。
あの赤い髪の少女が持ってきた絵本が積まれていた。
昨日より一冊増えている。
毎日。
少しずつ。
増えていく。
少女はしばらくその本を見ていた。
明日も。
また一冊増えるのだろうか。
どうして毎日来るのだろう。
よく分からない。
考える。
わからない。
わからない。
……
もういい。
考えてもわからない。
少女は小さく息を吐いた。
少女はぼんやりと窓の外を見る。
星が揺れている。
また来る。
そう言っていた。
明日も。
来るのだろうか。
◇
いつしか。
空が少しだけ白み始めていた。
少女の瞼が重くなっていた。
ようやく訪れた眠りは。
ほんの少しだけ。
夢を見ない眠りだった。
それは。
王城へ来て初めてのことだった。




