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第二十一話 傷を覆うもの


窓から柔らかな光が病室へ差し込んでいた。


鳥のさえずりが静かに響く。


朝だった。


少女はゆっくりと目を開けた。


昨夜。


悪夢を見た。


汗で濡れた夜。


眠れなかった夜。


けれど。


明け方だけは。


ほんの少しだけ眠ることができた。


少女は左腕を見る。


白い包帯。


昨夜滲んだ赤い染みが残っている。


こんこん。


扉が叩かれた。


「失礼します」


白衣を着た治療師だった。


穏やかな笑みを浮かべている。


「包帯を交換しますね」


少女は黙って左腕を差し出す。


ばんっ。


「おはよう! おもち!」


元気な声が病室へ飛び込んできた。


赤い髪の少女だった。


今日も両腕いっぱいに本を抱えている。


「あ、おはようございます!」


治療師へぺこりと頭を下げる。


「おはようございます、姫様」


「今から包帯を交換しますので、少々お待ちください」


「うん!」


赤い髪の少女は嬉しそうに頷き、邪魔にならないよう椅子へ腰掛けた。


本を抱えたまま、少女を見守っている。


治療師は包帯をほどき始めた。


一枚。


また一枚。


白い布がほどけていく。


「……あら」


手が止まる。


少女は治療師を見る。


治療師は左腕を見つめていた。


昨夜。


血が滲むほど掻いた傷。


そのはずだった。


けれど。


肌は何事もなかったように元へ戻っている。


治療師は包帯を見る。


赤く染まった布。


もう一度腕を見る。


傷はない。


「昨日は確かに傷がありましたよね……」


「うん」


短い返事。


赤い髪の少女も思わず包帯を見る。


血の跡。


翡翠色の瞳が揺れた。


「痛くありませんか?」


「わからない」


「いつもこうですか?」


少女は少し考える。


「……うん」


「毎日?」


「うん」


「朝になると治るのですか?」


「うん」


治療師は言葉を失う。


「……ずっと?」


少女は視線を落とした。


「……前から」


それだけだった。


その一言のあと。


少女の表情から少しずつ色が消えていく。


視線は床へ落ちる。


返事もなくなる。


少女はそこにいる。


けれど。


どこか遠くを見ていた。


右手がゆっくりと左腕へ伸びる。


無意識だった。


指先が腕へ触れる。


掻こうとする。


「ねぇ、おもち!」


明るい声だった。


少女の指先が止まる。


ゆっくりと顔を上げる。


赤い髪の少女が笑っていた。


少女はその笑顔を見る。


いつもと同じ笑顔。


そう思った。


けれど。


何かが少しだけ違う。


何が違うのかは。


わからなかった。


「今日はね!」


本を一冊抱き上げる。


「昨日の絵本の続き持ってきたんだ!」


少女は赤い髪の少女を見つめる。


「それからね!」


「お花の本も!」


「すっごくきれいなんだよ!」


いつの間にか。


右手は左腕から離れていた。


治療師はその様子を見つめながら、新しい包帯を巻いていく。


「……昨日は確かに傷があったのに」


「以前にも骨折、咬まれた傷、切り傷も診てきましたが……」


「こんな再生は見たことがありません」


独り言のような呟きだった。


少女は何も答えない。


赤い髪の少女だけが、その言葉を静かに聞いていた。


翡翠色の瞳がわずかに曇る。


治療師は立ち上がった。


「包帯は終わりました」


「あまり掻かないでくださいね。あとは安静に」


「……うん」


小さな返事。


治療師は二人へ微笑みかける。


「では、失礼します」


扉が閉まる。


病室は静かになった。


重くなった空気の中。


赤い髪の少女は少女の前まで歩いてくる。


昨日と同じように。


少女の左手をそっと両手で包んだ。


「……?」


少女はその手を見る。


柔らかかった。


温かかった。


赤い髪の少女は微笑む。


「早く元気になりますように」


願うような小さな声だった。


少女はその言葉の意味を考える。


元気。


よく分からない。


それでも。


手の温もりは昨日と同じだった。


赤い髪の少女はぱっと笑う。


「よし!」


「今日はいっぱい読もう!」


本を机へ並べていく。


「これは昨日の続き!」


「これはお花!」


「これは鳥!」


「これはね、お気に入り!」


本が一冊。


また一冊。


机へ並んでいく。


少女はその様子を静かに見ていた。


どうして毎日来るのか。


どうして毎日本を持ってくるのか。


どうしてこんなにも笑うのか。


何一つ分からない。


それでも。


病室へ響くその声を聞いていると。


胸を締めつけていた苦しさは。


いつの間にか。


少しだけ薄れていた。

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