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第十四話 命の灯火(2)


「――――だめっ!!」


声が森へ響いた。


悲鳴にも似た声だった。


叫ぶつもりなんてなかった。


気付いた時には。


叫んでいた。



心臓がうるさい。


胸が苦しい。


息が上手く吸えない。


目の前が真っ白になる。


血だらけの少女が見えた。


魔獣が見えた。


牙が見えた。


次の瞬間には。


身体が動いていた。


考えるより先だった。



魔獣が唸る。


赤い瞳が揺れる。


牙が見える。


間に合わない。


そんな考えだけが頭を埋め尽くす。


少女は走った。


転びそうになりながら。


枝に服を引っ掛けながら。


息を切らしながら。


ただ間に合うように。


前へ。


前へ。



瀕死の少女の前へ飛び出した。


魔獣達が唸る。


赤い瞳が揺れる。


牙が光る。


銀髪の少女を背に庇うように立つ。


少女は両手を強く胸へ当てた。


「お願い……!」


声が震える。


その瞬間だった。


柔らかな光が溢れ出した。



白銀の光だった。


夜空の星を溶かしたような。


月光を集めたような。


優しい光。


少女の身体から放たれた光は。


波紋のように森の中へ広がっていく。



魔獣達が反応した。


唸る。


牙を剥く。


後退る。


その瞳に浮かんでいたのは怒りではなかった。


嫌悪だった。


苦痛だった。


本能的な拒絶だった。


瘴気に侵された身体が。


その光を嫌う。


近付きたくないと叫ぶ。


獣達は低く唸りながら後退る。


一歩。


また一歩。


そして。


やがて森の闇へ消えていった。


逃げるように。


光から離れるように。



魔獣達が去っていく。


少女は呆然とその背を見つめた。


肩で息をする。


心臓はいまだにうるさい。


膝が震えている。


何が起きたのか分からなかった。


遅れて。


恐怖だけが押し寄せてくる。


思わず座り込みそうになる。


けれど。


そんなことはどうでもよかった。


少女は銀髪の少女へ駆け寄った。



「大丈夫!?」


返事はない。


少女は膝をつく。


その身体へ触れる。


冷たかった。


驚くほど。


冷たかった。


指先が震える。


傷だらけだった。


服は裂けている。


肌は血に汚れている。


折れた腕。


痣だらけの身体。


ひび割れた皮膚。


そして。


その隙間から漏れる淡い光。


見たことのない傷だった。


見たことのない状態だった。


何が起きているのか分からない。


それでも。


分かることが一つだけあった。


このままじゃ。


死んでしまう。



「だめ……」


小さく呟く。


涙が滲む。


「だめだよ……」


声が震える。


胸が痛い。


苦しい。


どうして。


どうしてこんなことになっているの。


どうしてこんな小さな子が。


こんな傷だらけになっているの。



少女は銀髪の少女を抱き起こした。


軽かった。


驚くほど。


細かった。


腕の中へ収まってしまうほど小さかった。


まるで。


少し力を入れただけで壊れてしまいそうだった。



その時だった。


少女の瞼が微かに動く。


ゆっくり。


本当にゆっくり。


薄紫色の瞳が開いた。


焦点は合っていない。


ぼんやりしている。


今にも消えてしまいそうだった。



少女は見た。


知らない顔だった。


赤い髪。


翡翠色の瞳。


月明かりを背にした少女。


泣きそうな顔をしていた。


どうして。


そんな顔をしているのだろう。


少女には分からなかった。


知らない人だった。


初めて見る顔だった。


なのに。


どうしてそんなに苦しそうなのだろう。


どうしてそんなに悲しそうなのだろう。


どうして。


泣いているのだろう。



「よかった……」


少女の声が震える。


「よかった……」


泣きそうだった。


いや。


もう泣いていた。


瞳から涙が零れていた。


少女には理解できなかった。


自分のために泣く人なんて。


見たことがなかったから。



少女はその小さな身体を強く抱き締めた。


消えてしまわないように。


どこかへ行ってしまわないように。


必死に。


本当に必死に。


その身体を抱き締めた。


そして。


叫ぶように言った。


「死んじゃだめ!!」



その言葉は。


夜の森へ響いた。


月明かりの下へ響いた。


そして。


少女の胸の奥へ落ちていった。



月が綺麗だった。


だから。


それでいいと思ったはずだった。


ここで終わるのだと。


そう思ったはずだった。


なのに。


「死んじゃだめ」


その言葉だけが。


消えなかった。


意識が沈んでいく。


世界が遠ざかっていく。


闇が広がっていく。


それでも。


その言葉だけは。


胸の奥で小さく灯っていた。


消えかけながら。


今にも消えてしまいそうになりながら。


それでも。


最後まで消えなかった。

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