第十四話 命の灯火(1)
森が好きだった。
城の庭園も綺麗だった。
季節ごとに花が植え替えられ。
職人達が丁寧に枝を整える。
噴水には澄んだ水が流れ。
どこを見ても美しかった。
けれど。
森の方が好きだった。
庭園は美しい。
でも。
少しだけ息苦しかった。
王女として歩く場所だったから。
背筋を伸ばして。
笑顔を作って。
皆の期待へ応える場所だったから。
森は違った。
誰も見ていない。
誰も評価しない。
風が吹いて。
鳥が鳴いて。
花が咲いている。
ただそれだけだった。
だから好きだった。
森へ来ると。
少しだけ呼吸がしやすくなる。
王女ではなくなれる気がした。
◇
木漏れ日が降り注いでいた。
若葉の隙間から差し込む光が。
森の中へ柔らかな模様を描いている。
赤い髪が風に揺れた。
草が擦れる。
花が揺れる。
白い花。
青い花。
名前も知らない小さな花達。
少女はしゃがみ込む。
そっと指先で花弁へ触れる。
柔らかい。
思わず小さく笑った。
風が吹く。
葉が揺れる。
鳥が鳴く。
その全部が好きだった。
世界は綺麗だと思っていた。
◇
ふわり。
淡い光が舞った。
小さな精霊だった。
花びらのような姿。
蝶のような姿。
掌へ乗りそうな小さな光。
ひとつ。
またひとつ。
木々の隙間から現れる。
少女が歩くと。
精霊達も後ろをついてくる。
楽しそうに。
くるくると。
踊るように。
森の中で遊んでいるみたいだった。
◇
少女は昔から精霊が見えていた。
王家へ受け継がれる星癒術。
その加護を持つ者だけが見ることのできる存在。
森の精霊達は気まぐれだった。
誰にでも姿を見せるわけではない。
けれど。
少女にはよく懐いた。
だから森へ来るのが好きだった。
ここでは一人じゃなかったから。
◇
不意に。
小鳥が肩へ止まった。
小さな茶色の鳥だった。
少女は微笑む。
「こんにちは」
小さく声を掛ける。
鳥が鳴く。
返事みたいだった。
思わず笑みが零れる。
すると今度は。
草むらから小さなリスが顔を出した。
木の上には鹿の親子がいる。
遠くでは兎が草を食べている。
森の生き物達は。
少女を怖がらなかった。
彼女の持つ星癒の魔力を知っているから。
傷付けないことを知っているから。
◇
だから。
異変にはすぐ気付いた。
最初に逃げたのは肩の小鳥だった。
突然羽を広げ。
慌てたように飛び去っていく。
「あれ?」
首を傾げる。
次の瞬間。
リスも消えた。
鹿も。
兎も。
森の生き物達が一斉に姿を消していく。
まるで。
何かから逃げるように。
◇
ざわり。
森の空気が変わった。
精霊達だった。
いつもなら。
一緒に遊ぼうとする。
花を見せたり。
木の実を運んだり。
楽しそうに飛び回ったり。
けれど今日は違った。
誰も遊ぼうとしない。
誰も笑っていない。
落ち着かない様子で周囲を飛び回り。
何度も森の奥を振り返っている。
ひとつ。
またひとつ。
服を引っ張るように。
奥へ行こうとする。
「どうしたの?」
答えは返らない。
けれど。
伝わってくる。
不安。
焦り。
怯え。
助けを求めるような気配。
胸がざわついた。
嫌な予感がした。
◇
その時だった。
遠くで遠吠えが響いた。
低く。
重く。
森全体を震わせるような不気味な声。
少女の顔色が変わる。
知っている。
魔獣だ。
瘴気に侵された獣の声。
しかも近い。
近すぎる。
こんな場所まで来るはずがない。
森のもっと奥にいる存在だ。
それなのに。
どうして。
◇
精霊達が一斉に飛び出した。
森の奥へ。
まるで。
こっち。
早く。
急いで。
そう訴えるみたいに。
少女は走り出した。
考えるより先だった。
木々の間を駆け抜ける。
枝を避ける。
草を踏む。
息が上がる。
胸が苦しい。
嫌な予感だけがどんどん強くなっていく。
何かがいる。
何かが起きている。
助けを呼んでいる。
そんな気がした。
◇
そして。
見つけた。
木々の隙間。
暗い森の中。
白いものが見えた。
最初は花だと思った。
違った。
髪だった。
長い銀色の髪。
月光を受けて淡く輝いている。
少女だった。
小さな身体。
泥に汚れた服。
血。
裂けた肌。
不自然に曲がった腕。
動かない身体。
そして。
その周囲を取り囲む赤い瞳。
魔獣だった。
何匹も。
何匹も。
牙を剥き。
獲物を見下ろしている。
◇
呼吸が止まった。
知らない子だった。
見たこともない。
名前も知らない。
どこから来たのかも分からない。
けれど。
そんなことはどうでもよかった。
だって。
あの子。
死んでしまう。
そう思ったから。
魔獣の一匹が一歩前へ出る。
牙を剥く。
唸る。
銀髪の少女へ近付く。
ゆっくり。
確実に。
獲物へ歩み寄るように。
その瞬間。
少女は叫んでいた。
「――――だめっ!!」




