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第十三話 月の下で


 衝撃だった。


 少女の身体は地面を転がった。


 土を削る。


 石へぶつかる。


 木の根へ叩き付けられる。


 枝が肌を裂く。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 世界が回った。


 空と地面が入れ替わる。


 木々が流れる。


 闇が流れる。


 そして。


 ようやく止まった。


     ◇


 少女は仰向けになっていた。


 呼吸が上手くできない。


 胸が軋む。


 息を吸うたび痛みが走る。


 左腕は不自然な方向へ曲がっていた。


 右足もひしゃげている。


 裸足の足裏も傷だらけだった。


 枝で裂けた傷。


 石で削れた傷。


 泥の入り込んだ傷。


 血が止めどなく流れている。


     ◇


 遠くで獣の唸り声が聞こえる。


 枝が揺れる音。


 葉が擦れる音。


 草を踏む音。


 まだ近くにいるのかもしれない。


 森のどこかで。


 こちらを見ているのかもしれない。


 少女は目を閉じなかった。


 虚ろな瞳でぼんやりと空を見ていた。


     ◇


 木々の隙間。


 その向こうに夜空があった。


 黒い空だった。


 深く。


 静かで。


 どこまでも続いていた。


 そして。


 月があった。


     ◇


 白い光だった。


 柔らかな光だった。


 研究施設の照明とは違う。


 冷たい光でもなかった。


 ただ静かに。


 森を照らしていた。


 少女は見つめる。


 長い間。


 ただ見つめる。


     ◇


 風が吹いた。


 銀色の髪が揺れる。


 頬を撫でる。


 葉が擦れ合う。


 木々がざわめく。


 遠くで虫が鳴いている。


 小さな音だった。


 今まで聞こえていなかった音だった。


 少女は耳を澄ませる。


 風の音。


 葉の音。


 夜の音。


 静かな世界の音。


     ◇


 右手が少しだけ動いた。


 傷だらけの手だった。


 泥で汚れている。


 血も付いている。


 震えている。


 それでも。


 月へ向かって伸ばした。


 届かない。


 分かっている。


 けれど。


 伸ばしたかった。


 白い光が指先を照らしていた。


     ◇


 少女は目を細める。


 唇が小さく動いた。


「……きれい」


 声は掠れていた。


 誰にも届かないほど小さかった。


 けれど。


 確かにそう思った。


     ◇


 一筋の涙が頬を伝った。


 少女は気付かない。


 ただ月を見ていた。


 静かに。


 ただ静かに。


 見つめていた。


 身体は冷えていた。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 指先の感覚が遠くなっていく。


 流れていた血も。


 痛みも。


 森の冷たさも。


 ゆっくりと遠ざかっていく。


 けれど。


 月だけは消えなかった。


 白い光だけがそこにあった。


 風が吹く。


 葉が擦れる。


 木々が揺れる。


 今まで聞こえていなかった音だった。


 今まで見えていなかった景色だった。


 少女は知らなかった。


 世界にはこんな音があることを。


 こんな風が吹くことを。


 こんな月があることを。


 ただ。


 綺麗だった。


 本当に。


 それだけで十分だった。


 胸の奥で。


何かが小さく揺れた気がした。


     ◇


 ああ。


 そうか。


 と。


 自然に思った。


 難しい問題の答えが分かった時みたいに。


 静かに。


 当たり前のように。


 その考えは胸へ落ちてきた。


 私。


 ここで終わるんだ。


 でも。


 それでいいと思った。


 だって。


 あまりにも月が綺麗だから。

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