第54章 **湾岸戦争(1990〜1991) ― 日米印海洋ブロックの初の共同戦争 ― **
■ 1990年8月2日
イラク軍、クウェート侵攻
史実と同じく、サダム・フセインは
• イラン・イラク戦争の負債
• 原油価格の下落
• クウェートへの領有権主張
から侵攻を決断。
しかしこの世界線では、
日本・インドが中東の安定に深く関与しているため、
国際的反応は史実より迅速で強硬。
---
■ 1990年8月3〜10日
日本政府、即座に派兵準備を開始
日本は停戦国であり、国防軍を保持しているため、
派兵は政治的にも軍事的にも自然。
● 派兵準備に入った部隊
• 第1機動艦隊(旗艦:近代化大和)
• 中型空母2隻を含む空母打撃群
• 第7戦車師団(90式主体)
• 第3航空団(F-15J、F-4EJ改、F-1)
• 特殊作戦群
• 工兵・医療・補給部隊
英国よりはるかに大規模。
---
■ 1990年8月20日
国連安保理、史実以上の強硬制裁決議
理由は三つ:
1. 日本が常任理事国級の影響力
2. インドが「インド洋の安全保障」を理由に強く反対
3. ソ連はアフガン戦争で弱体化し拒否権を使えない
→ 国連は史実より早く、強硬な制裁を採択。
---
■ 1990年9〜11月
日米印共同作戦本部設置
史実には存在しない枠組み。
● 指揮構造
• 総司令官:米軍
• 海上作戦:日本・インド共同
• 空軍作戦:米日共同
• 地上作戦:米英仏+日本戦車師団(側面支援)
日本は“海洋ブロックの中心”として扱われる。
---
■ 1990年12月
日本第1機動艦隊、ペルシャ湾へ進出
● 編成
• 旗艦:近代化大和(18インチ砲+ミサイル化)
• 中型空母2隻
• イージス護衛艦4隻
• 通常動力潜水艦2隻
• 補給艦2隻
大和は“海洋ブロックの象徴艦”として世界の注目を浴びる。
---
■ 1991年1月17日
砂漠の嵐作戦開始
---
日本軍の戦闘行動(1991年1月〜2月)
---
■ 1. 海軍:近代化大和の戦闘
● 1月17日
大和、ペルシャ湾にて初砲撃。
• 沿岸レーダーサイト
• SAM陣地
• 砲兵陣地
を18インチ砲で制圧。
大和の砲撃は米軍から“史上最大の海上火力支援”と評価される。
● 1月20〜25日
イラク海軍の高速艇・小型艇と交戦。
• 大和のCIWSがミサイルを迎撃
• イージス艦が対艦ミサイルで反撃
• 潜水艦がイラク艦艇を撃沈
---
■ 2. 空軍:対地攻撃航空部隊の戦闘
● F-4EJ改
• 対地攻撃(滑走路・補給線)
• クラスター弾による装甲部隊攻撃
● F-1支援戦闘機
• 低空侵攻で装甲車両を破壊
• 多国籍軍の地上部隊を支援
● F-15J
• 制空任務
• イラク空軍のMiG-29・MiG-23と交戦
• 3機撃墜(日本軍初の実戦空戦勝利)
---
■ 3. 陸軍:第7戦車師団の戦闘
● 2月24日(地上戦開始)
日本戦車師団は米軍の左翼を担当。
• 90式戦車がイラクT-72を圧倒
• 機械化歩兵が陣地を突破
• 工兵が橋梁を確保
• 特殊部隊が通信施設を制圧
日本陸軍は“高機動・高精度の戦闘”で評価される。
---
■ 1991年2月28日
停戦 → クウェート解放
日本軍は
• 海軍:制海権確保
• 空軍:制空・対地攻撃
• 陸軍:側面支援・掃討戦
で多国籍軍の勝利に大きく貢献。
---
■ 1991年3月
日本軍、戦闘参加国として国際的評価が急上昇
• 日本は“アジアの中心国家”として認識される
• 常任理事国入りの議論が本格化
• インドとの軍事協力が深化
• 東南アジアの信頼が強化
• 米国との同盟が強固に
---
総括
**この世界線の湾岸戦争は、日米印海洋ブロックの初の共同戦争であり、
日本は英国以上の戦力を派遣し、海・空・陸すべてで戦闘参加する。**
特に
• 近代化大和の18インチ砲
• 日本戦車師団の高機動戦
• 日本空軍の制空・対地攻撃
は戦争の象徴となる。




