第2章 三式一番二十八号爆弾一型 ― 早期採用と実戦配備(1943〜1944)
■ 1943年9月
南東方面航空戦の教訓 ― 対空火力制圧兵器の必要性
ブーゲンビル・ラバウル周辺での航空戦において、 日本海軍は米艦隊の強力な対空火力
により攻撃機の損耗が激増した。
この結果、海軍航空本部は次の結論に至る。
従来の急降下爆撃・雷撃では損害が大きすぎる
艦隊防空火力を“先に潰す”兵器が必要
ここで初めて、 **「対空火力制圧用ロケット弾」**という発想が生まれる。
■ 1943年10〜11月
海軍航空技術廠による設計開始
海軍航空技術廠は、既存の噴進弾技術を基に 三式一番二十八号爆弾一型の設計を開始。
● 設計思想
固体ロケット推進
100kg級の破片効果弾頭
精密誘導は不要(面制圧が目的)
零戦・彗星・天山で運用可能
史実の日本海軍はすでに 「噴進砲」「ロケット弾」などの基礎技術を持っていたため、
この開発は技術的に十分可能である。
■ 1943年11月末
設計案完成
設計案は以下の特徴を持つ。
全長約1.2m
固体ロケットモーター
破片効果重視の弾頭
簡易安定翼による直進性確保
搭載は翼下ラック1基で可能
この段階で、 **「量産可能な簡易ロケット弾」**としての形が整う。
■ 1944年1月
試作弾完成・航空機搭載試験
試作弾が完成し、 横須賀・厚木での搭載試験が開始される。
● 試験機
零式艦上戦闘機
彗星艦爆
● 試験結果
発射安定性は良好
命中精度は低いが、面制圧としては十分
駆逐艦級の対空砲座を破壊可能
この時点で、 **「艦隊防空制圧兵器として実用可能」**と判断される。
■ 1944年2月
実用試験 ― 対艦攻撃で有効性を確認
トラック島空襲の直後、 海軍はこの兵器の重要性を再認識し、 実用試験を急ぐ。
● 実験内容
対艦標的へのロケット弾斉射
低空突入からの発射
対空砲座への破片効果確認
● 結果
駆逐艦の対空砲座を破壊可能
レーダー・測距儀への損害大
艦隊防空能力を一時的に麻痺させる効果あり
海軍航空本部はここで **「限定実戦配備」**を決定する。
■ 1944年3月
量産開始 ― 月産500〜800発体制
呉・横須賀・名古屋の工廠で量産が開始される。
● 生産体制
月産500〜800発
零戦・彗星・天山向けにラック改修
航空隊向け教範の作成
この段階で、 マリアナ沖海戦に間に合う数量が確保される。
■ 1944年4月
第一機動艦隊への配備開始
リンガ泊地に集結した第一機動艦隊に、 三式28号が優先的に配備される。
● 配備先
大鳳航空隊
翔鶴航空隊
瑞鶴航空隊
隼鷹・飛鷹の戦闘機隊
● 搭載機
零戦(主力)
彗星(急降下爆撃機)
天山(雷撃機)
特に零戦隊は **「対空火力制圧任務」**を担う新戦術を習得する。
■ 1944年5月
リンガ泊地での集中訓練 ― ロケット弾戦術の確立
第一機動艦隊は、 マレー半島・シンガポールの航空基地と連携し、 ロケット弾の集中訓
練を実施する。
● 訓練内容
集団ロケット射撃
低空突入からの一斉発射
対空砲座の制圧
駆逐艦・巡洋艦の外周防空網の破壊
この訓練により、 「第一撃は戦闘機による対空制圧」 という新 doctrine が確立する。
■ 1944年6月
あ号作戦発動 ― 三式28号を装備して出撃
米軍のサイパン侵攻により、 第一機動艦隊はリンガ泊地を出撃。
この時点で、 三式28号は十分な数量が揃い、航空隊は実戦運用可能な練度を獲得してい
た。
■ 1944年6月19日
マリアナ沖海戦 ― 三式28号の初実戦投入
第一波攻撃隊170機のうち、 約30機の零戦が三式28号を搭載して出撃。
● 攻撃目標
米艦隊外周の駆逐艦
対空巡洋艦
レーダー・測距儀
対空砲座
● 戦果(IF)
駆逐艦数隻が対空能力を喪失
対空巡洋艦のレーダー破壊
米艦隊の防空網が一時的に混乱
彗星隊の突入が容易になる
これにより、 日本側の急降下爆撃が史実より成功し、米空母に複数命中弾が生じる。




